フォワード達は下の中庭で合流し、どうするかを話し合っていた。緊急事態だからこそ、冷静さが大事なのだ。
「隊長達を待つわよ。デバイスだって、私達が持ってるんだから」
「でもティア、なのはさん達は中だよ?」
「十五階、ですね……」
四人は上を見上げた。黒っぽい肌をした本部ビルは雲を突き抜けるかのように聳えている。少しクラクラした。
「ん?」
そんな四人は、ビルの中頃辺りで窓ガラスが吹き飛ぶのを見た。そして、太陽に煌めくガラスの中に何やら人影が踊っているのがはっきりと見えた。
その人影は両脇に人を抱えていた。勿論、バリアジャケットなぞは展開していない。全くの、無防備である。しかも、どうやら四人のいる場所に落ちてきそうな気配である。
「ちょっと! あの人落ちてくるわよ!?」
「ど、どうしよう!?」
「キャロ、フリードとどうにかできない!?」
「できないよー!」
人影は位置エネルギーどどんどん加速しながら落ちてくる。結局四人はどうすることも出来ず、慌ててその場を離れ、身体ごと視線を逸らした。
そして、その刹那、ズン!という重々しい音と共にその人影は土煙をあげて落着した。
数十メートルの高さである。身体は、木っ端微塵だろう……と、思いきや。
「うはー! 気持ちぃ!」
煙の中からどうも聞き慣れた声がする。四人は恐る恐る顔を向けた。
すると、どうだろう。煙が晴れると、そこにははやてとフェイトを両脇に抱えたなのはが当たり前のように立っていた。
ティアナはニコニコしているなのはと本部ビルを見比べながら驚愕の声をあげる。
「なのはさん! えっ、あの高さから!? どうやって!?」
「ティア~、なのはさんだから当たり前じゃん」
「まぁ、そうだけど……いやいやいや、おかしいわよ!」
いくら高町なのはが超人的身体能力を持っていたとしても、あの高さから飛び降りれば即死すること必至である。それなのに、目の前にいる人間は即死どころかいつもより元気である。
なのはは笑いながら説明してくれた。
「別に難しいことじゃないよ。落着する少し前に魔法でネットを張ったんだ」
「でも、デバイスは持っていないんじゃ……」
「別に難しいことでもないよ」
一般的に魔法を正確に顕現させるにはデバイスの補助が必要である。スクライア族などはデバイスに依存しない魔法を持っていると言うが、なのははもっとも一般的なミッド式魔法の使い手である。確実に人間を、それも三人を受け止められる魔法のデバイス無しでの発動は尋常じゃないほど難しい。
「流石はなのはさん!」
「えへー、ありがとう、スバル。……ほら、二人とも、起きてー」
なのはは脇の二人を地面に降ろして頬をペチペチと叩いた。
「……う、ううん……あれ、何やここ、天国……?」
「あっ、はやてちゃん起きた?」
「……地獄やったか……閻魔様が見える」
はやては頭を振りながらムクリと起き上がった。フェイトも頭を振りながら起き上がる。二人は少しキョロキョロした後、地面の確かな感触を感じながら立ち上がった。
「なのはちゃん、無茶しすぎや。足の震えがまだ続いとる」
「えへへ、メンゴメンゴ」
「うわぁ、反省してない」
そう言いながらフェイトとはやてはこの人間に『反省』の二文字がないことを知っている。深く考えずにすぐフォワードへ身体を向けた。
「じゃ、ティアナ、情報を教えてーな?」
「あ……はい! 情報がかなり錯綜しているんですが、どうやら本部はハッキングを受けてメインシステムを書き換えられてしまったようです。現在、本部内の電子制御機器や防衛機構は半分暴走しているようなものです」
「どうりでスプリンクラーやらがいきなり作動したわけだ」
フェイトは髪の毛にこびりついた消火剤を忌々しげに剥がしていた。
「さらに、確かな情報ではありませんが、建物内で武装した不審人物が暴れているというのもあり、108を中心に現場へ向かっています。副隊長達は警戒のため空へ上がりました」
「うん、結構……全然結構やないけど。なのはちゃん、ニヤニヤすんの止めて」
「うへぇ? そんなことないよウヘェ」
説得力に欠けるのはいつもの事である。今さらとやかく言うつもりは全員にない。
とにかく、情報が錯綜しているというのは指揮官にとって致命的であった。
「私とフェイトちゃんはちょっと情報を集めてくる。ライトニング分隊は、フリードと隊舎の方に向かって。もしかしたら、襲われとるかもしれん」
「了解!」
はやてに命令されたエリオとキャロの顔に不安と緊張の入り交じった表情が浮かび上がった。だが、武装局員としての誇りを胸に、敬礼して直ぐ様出発の準備を始めた。
「スターズ分隊は108の援護! なのはちゃんは……そこら辺で警備」
「えー!?」
なのはは不満の声をあげた。しかしはやてはそれを「うるさい!」と一蹴した。
「本部直営隊が混乱しとる今、防衛には少しでも優秀な魔導師が必要なんや!」
「だって、運が悪かったら敵さんこっちに来ない」
「何危なっかしいこと言っとんねん! ほら、デバイスを受け取って!」
なのははスバルから愛機を受けとると如何にも不満げな顔をして「高町、防空任務につきまーす」と情けない敬礼をしてゆらゆらと空へ上がっていった。
「ほら! しゃんとせんかい!」
「八神部隊長、大変ですね……」
「……ふぅ。まぁ、ね。ティアナも、じきにわかる」
彼女は少し笑うとスターズのフォワード二人に先行した108のギンガの援護へ向かうよう命令を出して、もう一度上を見上げた。空の上ではなのはがフラフラと飛行しており、口から自然と溜め息が漏れた。
しかし、はやては後にこの判断を後悔することになる。
※
その頃、陸士108隊のギンガ・ナカジマは地下階層を走っていた。そこに、正体不明の機動体がいるのだという。
『ナカジマ、無茶するなよ』
「了解です……頼んだわよ、ブリッツキャリバー」
彼女は通信士に返事をすると相棒に小さく声を掛けて加速した。
地下ブロックは赤色灯が灯って、照らし出された剥き出しの配管が気味の悪い明暗を産み出していた。通路の奥は暗く沈んでおり、ギンガは自分が闇に向かってが遮二無二突き進んでいるような錯覚に襲われた。
「胸騒ぎがする……なんだ?」
脈拍が早くなるのを感じる。薄暗く狭い通路を照らす赤色灯は、血の色をイメージさせる。
《
「なに?」
彼女は壁を蹴ると相棒の示す方向へ転換した。その先にはちょっとした空間があるはずで、物置か何かとして利用されているはずである。
まさか、このようなときにコソドロが入り込んでいるとも考えられにくい。
彼女は反応が最大になる部屋の前に立ち、横にスライドして開く扉を蹴破った。
「う!?」
「……!」
彼女はてっきりそこにいるのは新型のガジェットか何かだと思っていた。だが、そこにいたのは明らかに人間であり、小さいながらも局員の制服と準尉の階級章を身に付けていた。
ギンガは思わずたじろいでしまい、敬礼すべきなのか、それともこんなところにいる理由を訊くべきなのかに迷ってしまった。
それを見据えてか、その準尉な何やら笑みを浮かべながらギンガに話し掛けてきた。
「優秀な、局員をやっていると聞くが?」
「……は……?」
「だが、敵を見抜けないようではな『妹』として恥ずかしいぞ」
ギンガはその準尉が自分にとって対になる存在であることに気付けなかった。気付いたころには準尉の階級章を付ける敵は投げナイフのようなものをこちらに投擲し、ギンガの動きを封じ込めようとしてきた。間一髪、ナイフは避けるが、壁に着弾したそれは爆発を起こし、彼女の身体を撥ね飛ばした。
「敵は、一人だけなら!」
ギンガにはたった一人程度ならどうにでもなるという自信があり、彼女自身その場には自分と準尉わ偽った敵しかいないと思っていた。
思い込みは、人を殺す。
《後ろ!》
「何ですって……!」
ブリッツキャリバーが彼女に背後から近づく敵を報せるのと、敵が強烈な蹴りを彼女の首筋に当ててくるのはほぼ同時であった。彼女は脳天を駆け抜ける凄まじい振動と吐き気を感じながら吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた。
「ノーヴェ、脳は破壊するなよ」
「分かってる。眠らせるだけさ……」
ギンガの視界にはノイズのようなものが走っていた。クラクラする、というより、どこかでショートを起こしているような印象である。
彼女は床に手をついて立ち上がろうともがいた。だが、それを阻止するかのように例の投げナイフが脚を貫き、一瞬で距離を詰めたノーヴェの拳が数発胴体にめり込んで立ち上がることが出来ない。そして崩れる身体を念のためと言わんばかりにノーヴェは蹴りつけた。息を吐くのと同時に彼女の口から大量の血が吹き出した。
(肋骨が……肺に刺さったか……)
視界がますます見えづらくなるなか、彼女は場違いに冷静な事を考えていた。
※
「あまりいい気分じゃぁないぜ……?」
「分かってる。私だってそうだ」
動かなくなったギンガ……タイプゼロ・ファーストを見ながら二人はそう呟いた。
タイプゼロの回収は二次的な目的とはいえ、スカリエッティの望むところである。ならば、それを叶えるのは『娘』として当然の義務である。
「チンク姉、これじゃリンチじゃねえかよ」
「言うんじゃない。ノーヴェ」
「こいつは、戦闘機人モードを使わなかった」
ノーヴェの声を受けながらチンクは半ば敢えてギンガの身体を髪を掴みながら乱雑に引き起こして、ノーヴェを諌めるような、自分を納得させるような口調で、
「それはファーストの甘さだ」
と言い捨てた。
「とにかく、ファーストからの通信が切れたとなればセカンドも来るだろう。その時に、捕縛する」
「またやるのかよ?」
「ぼやくなよ……近いぞ」
ギンガと同じ、ローラーの音が狭い通路に響いている。そして、それはみるみる大きくなり、果たしてタイプゼロ・セカンドこと、スバル・ナカジマが蹴破られた部屋の入り口に立った。
「ギン姉?」
スバルの目の色は雑じり気のないものだった。何も知らない、分からない赤ん坊のような印象を持った目をしている。
彼女はチンクとノーヴェと、床に血塗れで倒れるギンガを数度交互に見比べた。すると、その雑じり気のない瞳はさらに澄んだものへと変化していき、いつかお昼ご飯を破壊されたときのような、いや、それ以上にはっきりと金色に光始めた。
スバルは自身の身体から魔力の波が溢れ出しているのを感じた。
そこから、彼女の記憶はすっぱりと抜け落ちている。
※
時刻は六時を回って、空はほとんど暗くなっていた。
そのような中をガジェットの大群は地上本部へと向かい殺到している。いくら撃墜しても、減る気配を見せない。
「素晴らしいことだよヴィータちゃん!」
「うるせぇ、黙ってろ!」
「しかし、とんでもない数だ!」
なのは、ヴィータ、シグナムの三人は地上本部へと殺到するガジェットをひたすら叩き落としていた。ちなみに、ほとんどをなのはが撃ち落とし(というか消滅させ)、残りを副隊長二人が叩いているといった調子である。
「なのは! そんなバカスカ撃って、大丈夫なのかよ!?」
「ヘーキヘーキ!」
なのはは尋常でない量のガジェットに向かってかつてないほど砲撃を浴びせていた。ディバインバスターやらを速射砲のように連射しているのである。もっとも、なのはは相変わらず気持ち悪い顔をており、いかに余裕かが窺えるが。
「最高に「ハイ!」ってやつだァァ!」
「しかし、高町。この敵、おかしくないか?」
「ほんと、可笑しいね!」
「馬鹿め! 違う!」
シグナムは迫ったガジェットを切り捨てた。
「こいつら、足止めをしているのではないか!?」
ガジェットの行動には明確な目的が感じられなかった。あれほどの大編隊、広範囲に広がれば本部へなぞいくらだって行ける。それにも関わらず、そのおぞましい数を三人にだけ向けているのだ。
「知ったこっちゃないね! 私は、今しあわせだよ」
「高町! お前はやりたい放題できて幸せかもしれんがな、戦術とかそういうのも考えて……」
「知らないって」
なのははストレンジ・ハートを槍のように構えると先端からディバインバスターを放ち、巨大な鞭のように敵に向かって振るった。
「こいつらを薙ぎ払っちゃえばいい話だよ! それに、今私はとても気持ちイイんだから! 変な汁が出ちゃってさ!」
「くそ……お前だって、限界があるだろう」
「限界なんてないよ! 魔力がアホみたいに溢れてきて……尽きることがない。私、おかしくなっちゃいそう!」
「そう、魔力が尽きることはない」
戦闘の様子をガジェットのカメラを通して見ているスカリエッティは顔に薄ら笑いを浮かべながら上等なソファに座っていた。
「高町なのは……君の魔力が尽きることはデータ上永遠にない。だが、物は使いすぎたり、容量を越えたりすると壊れてしまう。だから、リミッターのようなものが掛けてあるものだ」
彼は一人で呟きながらウーノに差し出されたブランデーグラスを手に取り、閃光煌めくモニターに透かして琥珀色の液体越しに光の乱舞を楽しんだ。
「君もまた、そう。無意識にリミッターが掛けられる……」
「……!」
それは突然のことだった。先程まで元気にバスターしていたなのはが、身体をビクンと痙攣させたかと思うと、脱力してそのまままっ逆さまに落ちていったのだ。
「なのは!?」
「高町が!?」
二人は
んななのはに悲鳴のような声をあげた。 落ちていく自体は大したことはない。デバイスが保護してくれる。
だが、彼女達にとっての衝撃は、あの『高町なのは』が墜落していくという事実そのものであった。
※
通信網が完全にダウンしていることで本部にいる人々は全く知らない事なのだが、機動六課の隊舎は壊滅的な被害を受けていた。地上本部への攻撃はやはり囮であり、本命は隊舎の中にいるたった一人の少女であった。
隊舎は半分が炎に包まれ、残りもほとんど瓦礫に変化しつつあった。空には飛行型のガジェットが我が物顔で飛び回り、地上ではⅠ型が機材等を弄んでいた。
「行動が起きて、どれくらいだ?」
ディエチが軟禁されている部屋は停電している以外ほとんど損傷が無かった。先程までは部屋の外から騒がしい声が聞こえていたのだが、今は散発的な爆発音しか聞こえない。
「私がいなくても、何とかなったか?」
それだけが心配であった。姉妹達は優秀だから、自分がいなくとも何とかなるとは思うが……。
(もしやすると、私は必要ないかもしれん……)
一人暗い部屋ではそのような下らないことも考えてしまう。カーテンを開けて空を飛び回るガジェットに目をやり、小さく吐息をはいた。
その吐息と同時に、入り口の扉が無理矢理こじ開けられた。
「……?」
「……迎えに、来た」
何事かとディエチは思ったが、そこに立っていたのは助けに来てくれた味方であるルーテシアとガリューであった。ガリューの腕には金髪の女の子……スカリエッティの言っていた鍵であろう……が抱き抱えられており、ディエチは知らず知らずに嫌な気分になっていた。
「その子は?」
「……知らない。ドクターが連れてこいって……」
「そうか……」
この子は、私以上に人形している。
それは別に彼女にとってどうでも良いことのはずであった。だが、不思議と気になって、嫌悪感も湧いていた。
「早く行こう」
「分かった……急かすな」
ディエチはルーテシア達と共に部屋を出て、崩れかけた建物の中を走り、外へと逃げていった。
この地上本部襲撃に関する一連の事件はこれから始まる一大事件の前振りとして、歴史にな刻むことになる。しかし、高町なのはをはじめとした機動六課の人々にとってそれ以上に重要な日となった。
そして、スバル・ナカジマにとっても……。
つづく
次回から物語が大きく動き出す!ってこれ何回目だろ。