スマホって便利。
守護騎士が一人、シャマルは大人の落ち着きを見せる女性というのが一般的な認識であるが、実際は結構なドジッコである。
そんなシャマルがホテル・アグスタなどのような超VIPホテルの現場警備主任としてはやてに引っ張り出されたのは、機動六課にまともな指揮官がいないからに他ならない。
「八神課長たちは指揮をなさらないのですか?」
移動中のヘリの中、ティアナがはやてに訊いた。
「私達隊長は内部警備や。ティアナ達は、副隊長やシャマルの指示に従ってな?」
「了解です」
フォワード陣のそれに対する反応は様々である。スバルは、なのはの勇姿が見れなくて残念と思い、ティアナはその逆のことを思い、エリオとキャロは足元にある大きなケースに興味津々だった。
そんなエリオとキャロに気付き、シャマルが「気になる?」と微笑みかけてきた。
「はい。中はなんですか?」
「うふふ、隊長達の『お仕事着』よ。キャロなんかは、似合うかもしれないわね」
「僕は?」
「人によっては食い付くわね」
シャマルの意味深な笑いに年少二人は顔を見合わせ首を傾げるしかなかった。
※
前述した通り、ホテル・アグスタは超VIPの集う山間の高級ホテルである。
部屋数は少ないものの、豪華な内装が売りで、オペラハウスや劇場も備えたまさにセレブのためのホテルである。
そして今、このホテルでロストロギアの競売、オークションが行われるため、セレブ達は、これまた豪華なロビーで華麗に時間を潰していた。
ロビーには美しいメロディ(交響楽団の生演奏である)が流れ、辺りには飲み物を銀のトレーに載せたウェイターや、いかにも高級そうな軽食を並べるシェフの姿があり、布衣の者が入るのを憚られる空間が広がっていた。
そんな空間の中、一人の伊達男が上等そうなスーツを身に纏い、シャンペングラスを持ってさりげない仕草で女性達を物色していた。
「素敵な奥方はおられぬものか……ム?」
そんな彼の目に止まったのは、美しい三人の女性が談笑している姿だった。
その中でも濃い紫を基調としたドレスに身を包んだ美しい金髪の女性は優しく、そして凛々しい横顔をしており、紳士を完全にハートキャッチした。
「すみません、レディ。どうです?ご一緒に、お茶でも……」
「はい?」
女性は微笑みながら振り向いてくれた。だが、紳士にとって予想外なことに、この麗しの女性の首から武装局員であることを示す札が下がっていたことだった。
「どうかなさいましたか」
「エッ!?いや、その……お勤め、ご苦労様です!」
彼は慌てて敬礼をしてみせるとカチコチの動きで回れ右し、そそくさとその場を去るのだった。
「なんや、今の?」
「わかんない」
フェイトに話し掛けてきた男性の姿はもうなく、少し首を傾げるとすぐになのはとはやての方へ向き直った。
彼女となのはは、はやてから『こういった場所での身の振る舞い方』の講釈を聴いているのだ。
彼女たちは一応士官だから、給料は多めに貰っている。しかしだからと言って億万長者になれるわけでもないし、更に武官という立場もあってこのような華やかな場所とは無縁であった。
彼女達の知っているパーティーと言えば、身内の簡単なホームパーティーか、名前しか知らないお偉方のパーティー程度である。後者に至っては、単にただ飯が食えるから行っているようなものだ。
「ええか、こういう場所で粗相したら、一生世間に顔向け出来なくなる」
講釈垂れるはやてはなぜか少し胸を張っていた。ネットで拾ってきた知識にも関わらず、偉くなったものである。
はやては、続ける。
「こういう場所でこそ、女性の品格が問われるというわけや」
「ねぇねぇ、音楽さ、生だよ。すごいね」
「歩き方から細かい所作まで、全てマナーがあるんや」
「あっ、二人とも見て!キャビアだキャビア!」
「何があっても、スマートに、エレガントに事を運び」
「ローストビーフの塊!ヤベェ!かぶり付きたい!」
「うるせぇ!」
はやてはピーチクパーチク騒ぎまくるなのはの頭にどこから取り出したか知れないハリセンの強烈な一撃をお見舞いした。乾いた快音が響く。
「なんやねん!大人気もなく、お上りさんか!」
「だって、慣れてなくて。あっ、ウェイターさん!飲み物チョーダイ」
なのはの凄まじい胆力にはやてはムキーッとハリセンを振り回す。だが、唯一冷静なフェイトがはやてを止めた。
「はやて、周りの視線が……」
「ハッ!?」
気が付くと、周りのセレブ達がこちらに冷たい視線を送っていた。男性陣は咳払いして目を合わせないようにし、女性達は扇子やらなんやらで口許を隠しながら「はしたないわねぇ」とか、「同じ女性として恥ずかしいわ」とか、「なんで武官がここにいますの?」などと聞こえよがしに言っている。
はやての顔はみるみる赤くなり、湯気でも出そうな勢いであった。そして、ハリセンをフェイトに押し付けるやいなや、
「もうお嫁にいけない!」
などと言ってどこかへ走り去ってしまった。
「行っちゃった……」
「はやてちゃん、どうしたのかなぁ」
フェイトは、いつの間にかローストビーフを手に入れて素手で口に運ぶなのはを見ながらその度胸に対し尊敬と呆れの混じったため息を吐くだけであった。
※
はやては走って二階に行き、渡り廊下の手摺に身を預けて冷静さを取り戻した。渡り廊下は下のロビーに面したところにあり、そこから人々がゴミゴミと動く様子がよく見えた。
「ん?はやてか?」
階下の人々をボーッと眺めていたはやての耳に、聞き慣れた声が飛び込んできた。振り向くと、そこには白いスーツに身を固めた伊達男と、長めの髪を後ろで束ねた優しそうな青年が立っていた。
「ロッサ!それに、ユーノ君も!」
ロッサことヴェロッサ・アコースは、優秀な捜査官であり、はやての兄貴分的な存在である。一件いい加減な性格に見えるが、その奥に秘めた信念をはやてはよく知っている。
そして、隣の青年、ユーノ・スクライアは最も長い付き合いの一人で、彼女達が魔導師として歩む切っ掛けとなった人物でもある。
そんな二人にバッタリ会って、はやての機嫌は一気に良くなった。
「奇遇やなぁ。二人とも、どないしたん?」
「スクライア教授の護衛さ」
「護衛?」
ユーノは今回のオークションに考古学のゲストとしてお呼ばれしたらしい。それを、ロッサが護衛しているというわけだ。
「出来るんか?ロッサに」
「舐めてもらっちゃ困るよ」
彼は少し機嫌を損ねたという仕草をすると、大きく笑った。
「でも、ユーノ君は流石やね。こんなところに呼ばれるなんて」
「いやぁ、大したことじゃないさ。ここの連中は、ほとんど歴史的価値とか、そういうのには興味がない、金持ちの道楽できてるんだ」
彼は苦笑混じりにそう言いながら階下を覗いた。そして、何かに気が付いたかのような表情をして顔をこちらに向けずに静かに質問をしてきた。
「なのははさ、……元気?」
「うん……?」
……その質問は、はやてがユーノに会ったときから覚悟していた質問だった。だが、心の中ではしないでほしいと思う質問でもあった。
二人の間に奇妙な空気が流れ始めた。ここにいては不味いと思ったのか、ロッサは「喫茶店に行ってる」と去っていき、渡り廊下には階下のざわめきしか届く音は無くなった。
「なのはは、元気?」
ユーノがもう一度訊くと、はやては階下で様々な料理を摘まみながらフェイトと巡回するなのはを指差した。なんとも、楽しそうである。
数秒間、沈黙が続いた。
先に沈黙を破ったのは、ユーノであった。
「僕は、なのはが好きだったんだ」
「知ってる」
「いや……今も好きさ。愛してるさ」
「……知ってる」
ユーノはやはりはやてに目を向けないまま、一人で淡々と語り始めた。
「優しくて、強くて、愚直で、真っ直ぐで、頭も良くて、だけど鈍感でちょっと間抜けで……僕は、彼女のそれら全てを含めて好きなんだよ」
「知っとるよ。もう、何回も聞いた」
はやては自分の脈拍が上がり、呼吸が苦しくなるのを感じた。階下のなのはの姿が目に入るだけで、奇妙な緊張を覚えた。
「だけど、違う。あの日以来、なのはは変わったよ」
「その話、やめようや……もう、過ぎたことやし……」
それでもユーノは話すのを止めようとしなかった。はやての目にはフェイトに何やら取り押さえられるなのはの姿が映っている。
「ちょっとはしゃぎすぎなところもあるけど、一見すると変わってない。いつもの彼女は明るく、元気だ。だけど、決定的な何かが変わったことは、君も気付いていたろう?」
そこで初めてユーノがはやての顔を見た。だが、今度ははやてが視線を逸らしてしまい、結局向き合うかたちにはならなかった。
「見た目は変わらずなのはだ。だけど、違う。決定的に違う。僕達の知っている『なのは』じゃない……」
ユーノがその先を続けることは許されなかった。はやての平手打ちが彼の頬を強く打ったのだ。突然の事態に彼は呆然とする中、はやては叩いた手をぎゅっと握りしめて顔を下に向けた。
「あれは……なのはちゃんやよ……教導隊一等空尉で、機動六課所属、スターズ分隊長で、私たちの親友の……高町なのはや。間違いなく、どう見ても……」
「はやて……」
彼ははやての肩に手を伸ばそうとするが、ビクッとなり、結局そのまま引っ込めた。はやては、くるりと背を向けて、階下の二人のもとへ駆けていった。
ユーノもまた、暫くそこに立っていると、やがてロッサのいる喫茶店へ向かって行った。
※
「いぃぃぃぃなぁぁぁぁ……」
「スバル、ぼやいてないで警備なさい!」
スバルとティアナは正面の警備を担当していた。が、あまりにも退屈なため、スバルが中の人々に対して羨望の声をあげ始めた。
「だってだって、なのはさん達きっと美味しいもの食べてるよ」
「だから、何?」
「いいなぁ……」
スバルの実直さにティアナは呆れる。だが、退屈なのは彼女も同じだった。
先程からチラリチラリとやって来るナンタラ界のトップ云々に礼をする以外やることがないのだ。こんな任務、警備会社にでも頼めばいいのだ。
「なのはさんがいたら良かったのに」
「良くないわよ!」
あの人がここにいたら、「あーん、退屈~」などと言って無差別にディバイン・バスターを乱射しかねない。いや、するだろう。そういう人だ。
「おら!お前達!ボーッとしてんなよ」
そんなことを考えているといつの間にか真上に飛んできていたヴィータにカツを入れられ、二人はビシッと不動の姿勢をとる。
(あっ、ヴィータ副隊長、パンツ丸見えだ)
真下にいた二人はヴィータを見上げながらまずそう思ったが、口には出さなかった。彼女の相棒、グラーフ・アイゼンに殴り飛ばされること必至である。
「賊は前後左右上下、どこから来るかわかんねーんだ。気イ抜くなよ?」
「はい!」
二人の元気な返事を聞くと彼女は満足したようで、笑顔をみせるとそのまま裏手へヒューンと飛んでいってしまった。
「……たく!スバルがちゃんとしてないから」
「えぇ!?私のせい!?ティアもボーッとしてたじゃん」
「あ、あれは、考え事をしてたから……」
ティアナは慌てて弁明する。しかし、スバルはそんなことに興味はないらしく、「そういえばさ」と話を変えてきた。
「ヴィータ副隊長のパンツ、ちょっと可愛かったね」
「は!?」
「ウサギさん模様」
なるほど、中々に可愛らしい趣味だ。
だが、ティアナとっては上司の趣味なんかより、あの状況で上司の下着を吟味するスバルの胆力こそが驚くべきことであった。
つづく……。
さぁ、なのはさんを変えてしまったという「あの日」とは一体!?
分かるのは、だいぶ先だ!
でも、大体わかるよね。