スワンレイク・アフター/カーム・デイズ   作:放浪人

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† 岸波 優華(キシナミ ユウカ)
 事故で病院に入院している少女。謎の夢に悩まされつつ、双子の妹や想い人である従兄との平穏な日常を送っている。毒舌と蹴りが得意で、ドールマニアの気がある。

† 岸波 芽愛(キシナミ メア)
 優華の双子の妹。人類のそれとは思えない腕力と歳不相応の胸囲が特徴。姉と同じく従兄の善夜を異性として慕っている。

† 岸波 善夜(キシナミ ヨシヤ)
 姉妹の従兄でありその想い人。事故によって優華と共に入院している。入院中は両手を負傷した優華の世話を受け持っている。


スワンレイク・アフター

 ―――輝かしい記憶。

 眩しくて視界がぼやけてしまうほど。

 

 あの時は恐怖しかなかった。絶望しかなかった。

 私の性能ではあの人を守りきれないと、決定的な場面がいつ来てしまうかと、夜ごと泣いていた。

 

 でも―――あの人は笑っていたから。

 弱かった私は全力で後を追った。

 

 楽しすぎて泣いていた。

 辛すぎて笑っていた。

 何をしても、どんな過酷な状況だろうと輝いていた。

 

 アナタの為なら、アナタとならどこまでも行ける気がした。

 そう、何が相手でも戦えると、戦うと誓った。

 

 あんなにも最悪の状況だったけれど、

 あの人がいるかぎり、私には最高のものに見えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ある(白鳥)の話をしよう。

 

 

 

 

 

『いやがる相手を徹底的に蹴り倒せるなんて正直、たまらないわ』

 

 

『人形はいいわ。ひたすら愛しても文句を言わない、不満をこぼさない、変わらない』

 

 

『呆れた。本当に呆れたわ。私が彼女を人間扱いしてないですって?

 そんなの―――初めから、そう言っているじゃない』

 

 

『貴方の人間としての部分を削ぎ殺してあげる。

 完全な二次元キャラになって、私の所有物(モノ)になりなさい!』

 

 

 

 月の裏側に生まれ堕ちた孤高のプリマ―――それが彼女(■■■■■■)だった、

 自らでは痛みを知れず、故に他者を傷つけることでしか(快楽)を実感できていなかった、加虐のアルターエゴ。

 

 

 

『私の愛。私の恋。私のすべて!

 これはBBから切り離されたエゴじゃない。私の、私から生まれた確かな心!

 誰にも否定はさせない。何より貴方には、決して。

 否定するぐらいなら、私を殺して』

 

 

『でも……うん、仕方ないわ。だって、ときめいたんだもの。もっと何度も、話したかったんだもの。

 貴方に―――私を女の子として、好きになって、ほしかったんだもの』

 

 

『結局……欲しいモノは、掴めなかった。

 ねえ、お馬鹿なリップ。何のために生まれたのかしら、私たち』

 

 

『……あーあ、いっちゃった。さようなら、わたしの恋。さようなら、素敵なひと。

 どうか―――この先に待つ結末を知っても、絶望に挫けないで』

 

 

 

 しかし一人の少女と無銘の英雄との出逢いが、彼女の殻を撃ち壊す。

 

 

 

 

 

 そして―――痛み(失恋)を知った彼女がやがて降り立ったのは、深海に広がる魔性の楽土(セラフ)

 

 

 

『カルデアというところから来たのですか? サーヴァントも連れず、ひとりで?』

 

 

『それでは私と契約をしてくださいますか? この通り、何もかも失った私ですが―――このジゼルの魔剣()はアナタの為に。

 私を見つけてくれたアナタの為に、最後まで踊りましょう』

 

 

『……人間が嫌いなのではありません。私たちは人間が怖いのです。

 誰もがみな、私たちを怪物と笑うから。

 私たちの誰もがみな、それを思い知っているから。

 

 だから、その。

 こんな風に手を掴まれるのは、初めてで。』

 

 

『あら。アナタの努力のおかげでようやく元の性能(スペック)に戻ったのに、何か不満でも?

 言葉づかいが違う? 態度が変わった? 当然です。これが本来の私ですから。

 

 でも―――根本にあるものは変わらないわ、私の■■。

 弱かったメルトリリスも、醜かったメルトリリスも、私はずっと覚えている。

 アナタと過ごしたこれまでの経験を私は消去しない。

 自分が違うものだと気付いた白鳥の全てが、泥の湖から飛び立っていくなんて思わない事ね?』

 

 

『たとえ、この両手()が砕け散っても。アナタの元に飛んで見せるわ』

 

 

 

 虚構の楽土で育まれる絆――しかしかつて打倒した悪魔の再来が、それを踏み躙る。

 

 

 

『ぁ―――やめ、て―――お願い、やめて……!

 

 殺さないで、逃してあげて……! その人は、その人だけは、おねが―――あ―――ぁ、あ―――っっっ…………!』

 

 

 

 耐え難い喪失と嘆き――それでも彼女は立ち上がった。

 

 

 

『―――逃げないわ。逃げてたまるものですか。

 私が向かうのはこの海の始まり。10,000メートルの彼方、2時間半前の座標―――光の速度を超えて、必ず辿り着いてみせる。

 

 この霊基(カラダ)がひび割れようと、もう一度。

 もう一度、あの人に出逢うために―――!』

 

 

 

 化物である自分を恐れないでくれた少年を、自分の手を握ってくれた彼を―――己が最愛(マスター)を救う為に。

 

 

 

『―――嘆かわしいわね。ええ、本当に嘆かわしいわ。

 為す術なく殺されようとするアナタも、初心者を獲物にしようとする貴女も。

 野蛮な殺し合いだからこそ優美(エレガント)に。美しくないものに観客は振り向かない。

 

 勝ち続ける者には相応の華というものが必要よ。なのに―――まだ舞台に上がってもいないマスターを殺して、その胸に何の華が咲くというのでしょう』

 

 

『――――――なんだ。

 こんなにも、簡単な事だったのね』

 

 

『……アルブレヒト、アルブレヒト。素敵なアナタ。今度こそ、私の手を放さないで―――』

 

 

 

 ―――そうして、白鳥は求め続けた結末(オワリ)へと辿り着く。

 

 

 

『さようなら、見知らぬアルブレヒト。

 でも、繋いだ手だけは離さないわ』

 

 

『“自分の(ユメ)は自分で守る”。

 女の子なら当然でしょ、そんなコト』

 

 

『―――いいえ、何も。

 何もありません、■■。

 私は彼にとってただのアルターエゴ。それでいい、それでいいのです。

 だって私たちは本来、出会ってもいないのだもの。

 教会で私を見つけてくれたあの人と、彼は違う時間を歩んだのですから。

 

 私はそれでいいのです。愛して欲しくて戦ったのではありません。

 私は恋をする為に、湖から飛び立ったのです』

 

 

 

 ―――役割を終えたプリマは、舞台から退場するのみ。

 その想いと記憶だけが、託されて。

 

 

 

 

 

 救い救われた少年は、あるべき場所へ。

 飛び立った白鳥は、輝ける悠き彼方へ。

 

 それにて、おしまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――けれど。

 

 

 

 

 

『―――そんなの、寂しすぎるじゃないか』

 

 

 

 

 

 ―――そんな風に思ってくれたお人好しの神様が、どこかにはいたらしい。

 

 

 

 

 

                      †

 

 

 

 

 

「―――……また『コレ』なわけね」

 

 

 閉じていた瞼を半分くらいだけ開いてから口にしたのは、無意識的にとすら言える風に半自動的に紡がれた一言だった。

 

 恐らく夢を見ていたのだろう。いつの頃からかは覚えていないが、気が付けば見るようになっていた夢。

 それだけなら大したこととは言えないだろう。人間誰しも夢くらい見る。むしろ一度も見たことがないという人間の方が特異だ。

 

 ―――同じ夢を何度も見て、尚且つその内容を覚えていないという方が異常だろうけれど。

 

 

「本当、何なのかしら『コレ』……見たなら見たで、内容を憶えているかいっそ見たこと自体忘れればいいのに」

 

 

 もどかしい故の苛立たしさからそんな独り言を愚痴ってしまうが、幸いこの部屋には他に誰もいないので、奇異の目を向けられることはなかった。

 

 『コレ』と仮称しているのは、その夢のことだ。時折見る、「見たことは憶えているけど内容はちっとも憶えていない夢」。

  夢を見た、でも内容は憶えていない―――それだけならいくらでもあることだろう。然したる不思議でもない。

 けれど『コレ』に関してはその限りではなくなっていた。何せ『まったく同じ夢』を見て、尚且つその内容は憶えていないという訳の分からない状態となると、見る側は咽に物が痞えたような心境にさせられるのだから。

 

 

「……9時半……道理で今日はストレスが少ない訳ね。せめてもの幸いかしら」

 

 

 悶々となりかけている思考を切り替えようと時計に目をやれば、口にした通りの時刻をデジタル画面が数字で表していた。

 

 低血圧な自分は朝に弱い。そんな状態で件の夢まで見た日には気分は最悪だ。双子の姉妹や従兄弟の幼馴染曰く「触れたら斬れる刃物状態」らしい。毒舌具合と足癖の悪さ(・・・・・)が酷くなるのは自覚している。

 なので、いつもより多めに睡眠時間を取れた……要は遅寝したことでストレスは緩和されたらしい。

 

 周囲を見回す。ベージュ系列の柔らかい色合いで構成された大部屋。自分が体を預けているものも含めた6つの白い可動式ベッドとその周りに簡易的な家具が置かれている。

 ここは、自分()が入院している病室だった。

 

 

「……さて、と」

 

 

 起きたばかりだが夢のせいか完全に覚醒状態で眠気は失せていた。

 とりあえず顔でも洗おうかと思って上半身を起こそうとし―――

 

 

「……はあ。面倒ね」

 

 

 自身の両手。その状態を今になって思い出し、億劫さに起因する溜息を吐いた。

 両の手を持ち上げれば、そこにあるのは包帯で上腕部まで満面なく覆われている自らの両手。言うまでもなく、病室というこの非日常的空間に身を置いている原因だった。

 

 おかげで寝起きだというのに顔も洗えない。嗜みである最低限の化粧など出来ようはずもなかった。

 

 

「……何やってるのかしら、あの人」

 

 

 そんな状況を解決してくれる人物を思い浮かべ、その不在に眉を顰める。

 

 自分の寝起きの悪さをよく知る『彼』は共にここに入院して以来、毎日朝の世話をしに来る―――訂正、朝というよりは一日中である。まあ両手がこんななのだから是非もないのだが―――。

 ところが、無意識に「どうせ目を覚ましたら近くにいるのだろう」と思っていた当人は影も形も見当たらない。

 そのことに僅かな不満を覚えつつ、とりあえずはベッドから起き上がろうとして―――

 

 

「あ、起きてたんだ。いつもより遅いから心配したよ」

 

 

 病室のドアが開く音に引かれて目を向ければ、声が耳に届くと同時にその姿を視界に捉えた。

 

 ―――その存在に無条件の安堵を憶える自分を自覚するが、それを億尾にも出さず自然に振舞う。

 

 

「朝からレディの部屋に無断で入るなんてマナーがなってないわ」

「うーん、俺もここに入院しているから一応は共有空間のはずなんだけど……まあ今のは軽率だったか。気をつけるよ」

 

 

 苦笑で応じる相手に「分かればいいわ」と返し、体をベッドへと預けた。彼が来た以上、とりあえずは起き上がる必要性は消えている。

 

 

「改めて、おはよう。優華」

「ええ。おはよう、善夜」

 

 

 ベッドのすぐ隣に置かれている簡易イスに座った彼―――岸波(きしなみ) 善夜(よしや)の挨拶に、岸波(きしなみ) 優華(ゆうか)は努めて淡白に、しかしその遣り取りを噛み締めるように挨拶を交わした。

 

 挨拶を済ませると、善夜が手に持っていたモノ―――水を張った小型のたらいに浸けられたタオルを差し出す。

 

 

「はい、顔拭くよ?」

「……お願いするわ」

 

 

 ん、と目を瞑って顔を少し突き出すようにすれば、直後には濡らされたタオルが顔に宛がわれ、優しく全体を拭いていく。

 両手が不自由となっている現在は、五体満足な彼がその穴を埋めてくれている。朝の洗面もその一環だ。

 

 生まれてこの方の付き合いなので、そこに気まずさの類など存在はしない。……寝起きの顔を見られることに一人の女子として全くの抵抗が無いと言えば嘘だが、この状況では背に腹を変えることも出来ないので妥協するしかなかった。

 

 

「じゃあリボン付けるね」

「ええ」

 

 

 タオルとたらいを邪魔にならないよう片付けた彼は、備え付けの引き出しの中に仕舞っておいた青いリボンを取り出すとそれを馴れた手際で結っていく。

 その際、自分の肌や薄紫の髪に彼の手が触れる度にその感触に反応してしまうが、幸いにも相手がそれに気付く様子はなかった。

 

 程なくしてキュッと布を結う音が作業の終わりを報せる。

 リボンをつけ終えたのだから当然手も離れるわけだが、そのことに名残惜しさを感じてしまう。

 

 

「ああそうそう、芽愛から連絡来てるよ。今日は休日だから午前中に来れるって」

「そう。じゃあ頼んだものは今日中に揃えられそうね」

 

 

 芽愛というのは優華の妹である岸波 芽愛(きしなみ めあ)のことだ。双子であるため同じ15歳であり、目の前にいる善夜とも自分と同じく従兄弟で幼馴染の関係にある。

 控えめかつ引っ込み思案な性格で、自分が善夜に対して対等以上に接していることに対し一歳年下ということもあってか兄のように接している。

 

 そんな彼女は顔立ちや髪の色・髪型こそ双子らしく瓜二つなのだが、しかし決定的な差異があるので姉か妹かで間違われることはない。それは―――

 

 

「……ほんと、何をどうしたらああ(・・)なるのかしら」

「? 何か言った?」

「いえ、何でもないわ」

 

 

 思わず零してしまった独白を誤魔化し、ベッドから起き上がる。

 

 

「さあ、あの子が来る前に朝食を済ませてしまいましょう」

「うん、行こうか」

 

 

 ここの食事は配膳式と食堂式の二種類あるので、配膳時間を気にせずに食堂で食べることができる。

 なので、目の前の彼も自分が起きるのを待って腹を空かせていることなどお見通しだ。

 

 

「はい」

「……ええ」

 

 

 当たり前のように差し出されたその手に、自分の中の『何か』が脈打つのを自覚し―――しかしそれを平素の態度で応じながら、自身の手を重ねた。

 

 

 

 

 

 辿り着いた先の食堂はそれなりに賑わっていた。喧しいのは好きではないので、その喧騒に顔を顰めてしまう。

 

 

「煩わしいわね」

「まあこの時間帯はね。とりあえず席取ろうか」

「そうね」

 

 

 苦笑しながら言う彼に頷き、ちょうど窓際の二人席を見つけて腰を下ろす―――片方だけが。

 

 

「今日も俺が先?」

 

 

 椅子を動かして座らせながらそう尋ねてくる彼に、決まっていた答えを返しながら頷く。

 

 

「ええ。起きたばかりでお腹もそんなには空いてないし」

「了解」

 

 

 すると予め決めていたらしく、注文して料理を貰ってくるのに数分も要さなかった。

 

 

「じゃあお先に頂きます」

「ええ、お召し上がれ」

 

 

 自分が作った料理ではないが、律儀に手を合わせて食事の挨拶をする彼に自然とそう応えてしまう。それは相手も思い至ったことらしく苦笑を浮かべ、そのまま食事を始めた。

 

 

「……食べづらいなあ」

「あら、気にすることはないわ。特にやることもないから眺めているだけよ、アナタの食事するところを」

「うん、すんごく食べづらいです」

 

 

 そう言いつつも食事を続ける彼を眺めること暫く。品を全て平らげるとやはり「ご馳走様でした」と律儀に挨拶をし、空の食器を載せたプレートを持って席を立つ。

 

 

「じゃあ優華の分を頼んでくるけど、いつもの奴でいいの?」

「ええ、それで」

「分かった。ちょっと待っててね」

 

 

 確認を取ると自分が食べた分を返却コーナーに返し、その足で先程の行程を繰り返す。

 

 

「お待たせ。でも毎回同じものでいいの?」

「構わないわ。何食べても大体同じだもの」

 

 

 美味しいから―――という好意的意味合いではない。

 

 

「それは流石に酷い……でも仕方ないかなあ。桜さんの料理毎日食べてれば」

「そういうことよ」

 

 

 彼が口にしたのは優華の母である岸波 桜のことだ。「自分たち姉妹はこの人のクローンなのでは?」と思ったことがある程に娘姉妹と瓜二つだ―――訂正、姉妹が母親に似ているのか。

 そんな母の料理の腕は贔屓目なしに絶品だ。一流シェフが云々といった安っぽい賛辞をする気はないが、余程の捻くれ者か味覚が狂ってでもいない限りは百人中百人が賞賛するだろう。

 

 そんな人の手料理を離乳食の時分から食べさせられているのだから、舌が肥えないはずもなく。

 吐き出すとまではいかないが、そこらの安っぽいものなど口に入れただけで盛大に顔を顰められる自信はある。食べさせられたものなら遠慮なく罵倒する自信も。

 

 余談だが、目の前にいる彼は環境的な面ではもっと酷い。何せ彼の父親――つまり優華にとっての叔父――は桜と同等の料理の腕前の持ち主で、幼少はその手作りに舌を肥やしているのだから。しかも3年前からは叔母の手料理に毎日三食(・・・・)舌を肥やされていると来ている。

 

 まあ本人の性格や人柄もあって、よほど酷くなければそれをどうこう言うことはないのだが。

 

 

「むしろよくアナタが普通に食べられるのか不思議だわ」

「うーん、そりゃあ父さんや桜さんと比べるのは烏滸がましいと思うけど、そもそも食堂の料理にそこまで期待はしてないからなあ。むしろ美味しい方だと思うよここは」

 

 

 訂正、さり気無く毒を吐くことはある。

 ……まあ、そんなことはさておき。

 

 

「じゃあ、はい」

「ん……ぁ~ん」

 

 

 持ってきた料理を小さめに掬って差し出してくる彼に合わせて、顔を突き出すようにして下品にならない程度の大きさに口を開ける。

 食べさせ――いわゆる『あーん』という奴だ。

 

 

「ムグムグ……んっ」

「はい」

 

 

 口にした分を咀嚼して飲み込み――美味しくないのでそのまま飲み込んでしまいたいところだが、健康な食生活を重んじる母の躾で習慣化してしまっている――、また口を開けて次を要求する。それに応じ、彼が次の分を掬って口に入れる――その繰り返し。

 

 数分も経つ頃には食堂の人たちから少なからずの視線を集めているのを感じるが、どうでもいいので気に留めてはいない。

 そもそもこちらは両手を怪我して入院しているのだから、ちゃんと動ける相手に食べさせてもらって何が悪いというのか。

 

 まあ目の前のその相手は最初の時よりはマシになったものの、そうした視線に晒されて恥ずかしがっていたのだが―――そんな彼の表情は見ていて()しいので、やめるつもりはなかった。

 

 

「ぁ~」

「……はい」

 

 

 

 

 

 食事はたっぷり30分程かけて行われ、食べ終わった頃には彼が気恥ずかしさから顔を真っ赤に赤らめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終え、更に腹ごなしということで小一時間ほど散策をして病室に戻り、それから一時間ほど暇を潰していたのだが―――

 

 

「……ん?」

「どうかした?」

 

 

 交わしていた言葉を止め、病室のドアへ視線と意識を向ける―――厳密には、その向こう側にいる『彼女』にだが。

 

 

「……何やってるのかしら、あの子は」

「?」

 

 

 思わず口から漏れた言葉の意味を理解できず彼が首を傾げるが、説明するより見る方が早かろうと視線を彼に戻した。

 

 

「善夜? 悪いけどドアを開けてもらえるかしら」

「? 分かった」

 

 

 変わらず『?』を浮かべたまま、しかし言われた言葉に頷いて返すとドアまで向かい、彼は慎重にそのドアを開ける。

 

 ……そこに誰がいるかなど分かりきっているので、呆れの溜息と共に瞼を伏せた。

 

 

「……芽愛?」

「ふぇっ!? あ、えっと、おはようございます善夜さんっ!」

「うん、おはよう。そっか、芽愛だったのか……って、どうしたのその荷物」

「え、えっと、これは優華に頼まれたのとお母さんから渡されたのと、あとえっと……!」

 

 

 入り口で始まりつつある慌しい会話にもう一つ溜息を吐いてから、その状況に梃子を入れる。

 

 

「……いつまでそこで立っている気かしら? あんまり通行人に中を覗かれたくないのだけれど、芽愛?」

「はわっ!? ご、ごめんね優華!」

 

 

 そう差し向けた一言でようやく自分の状態を把握したらしく、彼女――岸波 芽愛は慌てて病室の中へと入ってきた。

 

 そこにいるのは、岸波 優華と酷似した少女。顔立ち、長く伸ばされた薄紫の髪は、向き合えば鏡合わせとなるほど同じ。

 それは当然のことで、彼女は生まれも育ちも、過ごした時間の殆ども同じくする双子の妹なのだから。

 

 しかし明確な違いもある。二人の瞳の色は異なっており、優華は青で芽愛は薄紅色。また共に左側に結われたトレードマークであるリボンの色も、そんな二人の瞳の色に合わせたものとして区別されている。

 

 そして決定的なものとして―――両者の体系は、絶望的と言えるまでに差異がある。

 具体的に言うと、胸囲が。

 

 その、立派なものがブルンと揺れたことに胸の内に如何ともし難い苛立ちを覚えるが、とりあえずは置いておくことにする。

 

 

「はぁ~……よかったぁ。両手が塞がってたからどうすればいいかと思ってたんだ」

「どうするも何も、荷物を降ろすなりすればよかったでしょう。お馬鹿な芽愛」

「お、お馬鹿じゃないもん! だって、大事なものだから床に置けなくて……」

 

 

 そう言われて彼女が持ち込み、今は彼の手で机の上に置かれている三つの荷物に目を通す。その正体に「なるほどね」と心の中では頷くが、しかし口では反対の言葉を紡ぐ。

 

 

「ここは病院よ? それは人が往来して通っているんだから汚くないとは言わないけど、ほんの少し床に置くくらいでどうにもならないわ。成長してもそういうところはズレてるのね?」

「む、むぅ~! 入院しても相変わらず意地悪なんだから優華は!」

「あら、別に頭を打ってどうこうした訳じゃないのだから中身が変わるわけないでしょう? そんなことも分からないのかしら?」

「もぉ~!」

「まあまあ二人とも落ち着いて」

 

 

 姉妹のじゃれ合い(少なくともこちらにとっては)がヒートアップしだしたところで彼が仲裁を入れ、それにより

 

 

「は、はいっ!」

「そうね、疲れるだけだし」

「むぅ~……」

 

 

 という風にとりあえずの手打となった。

 

 悶着の後、彼に合わせて芽愛も椅子に腰掛け、まだ膨れっ面のままの表情でこちらを睨んでくる。

 

 

「もう……せっかくお母さんのお弁当と白乃叔母さんのお見舞い持ってきてあげたのに」

 

 

 そう言う芽愛の言葉に反応したのはすぐ隣にいる善夜だった。それもそのはずで、芽愛が口にした叔母の白乃とは善夜の母親に他ならない。

 

 

「あれ、母さんたちそっちに行ってたの? 帰ってきたのはメールで知ってたけどお見舞いは午後になるってあったからてっきり」

「えっと、まだ済ませなきゃいけない用事があると仰ってたので、先にお見舞いの品を預かってきたんです」

 

 

 岸波 善夜の両親―――つまり姉妹にとっての叔父叔母夫妻である岸波(きしなみ) 士郎(しろう)岸波(きしなみ) 白乃(はくの)は6年程前から仕事の都合で長期間家を空けるようになった。

 そこで、当時中学生になったとはいえ子供を一人暮らしさせるわけにはいかず、昔から同じような状況になった時は面倒を快諾していた兄夫婦の家で暮らすようになっている。言ってしまえば居候だ。

 

 そんな叔母夫妻が今ちょうど帰ってきているらしかった。

 フルーツが詰め合わされた大き目のバスケットは彼らからのお見舞いの品だろう。

 

 

「そっか。ごめんな、荷物増やせちゃって」

「い、いえっ! 言い出したのはわたしですし、途中まで送ってもらいましたから全然っ!」

「それでドアを開けられなくなってオロオロしていた、と」

「うぅ……! また意地悪言う……!」

「はいはい、私が悪かったわ」

 

 

 いよいよ涙目になりかけたので、これ以上はまずいかと引き下がる。久しぶりに母の料理が食べられるので機嫌が良かったのも影響していた。

 

 まあ、それはさておき―――

 

 

「それで芽愛。頼んでいたものは?」

「ツーン。意地悪な優華の頼みなんて知らないっ」

「あらそう。じゃあ貴女がこの前善夜の「わわわわわ~~~~っ!! 持ってきた! ちゃんと持ってきてるから!」そう、それは良かったわ」

「えっと……俺が何?」

「な、何でもないです! 本ッッッッ当に何でもないですからぁ!」

 

 

 首を傾げる彼に、芽愛が全身を動かして誤魔化そうとする。

 

 なおその際、その上半身に備わっているたわわな胸が大きく揺れ、そして歳相応には「そういうこと」に興味はある健全な青少年は無意識にそれに目が行ってしまい――――

 

 

 ―――シュッ!

 

「ドフォウ!?」

「ひゃうっ!?」

 

 

 彼が顔を赤らめてすぐに目を逸らそうとするが、それよりも早く、その視界を高速の何かが通り過ぎた。

 

 

「人の前で妹……ついでに言えば、年下の従妹の胸に欲情するなんて恐れ入るわ。ちょっとお仕置きが必要かしら?」

「ご、ごめん! つい視界に入っちゃったから……」

「はぅっ!?」

「……まったく」

 

 

 下手な言い訳などせず素直に謝る姿に免じて、突き放った脚(・・・・・・)を引っ込めた。

 

 

「じゃあ芽愛が持ってきたものを出して頂戴。芽愛に任せて壊されたら堪らないもの」

「こ、壊したりしないよ!?

「そう。貴女が子供の時に善夜のオモチャを『ちょっと力を入れた』だけで壊してなければ信じてもよかったのだけれどね?」

「あー……“蒸気機関王バベジンガー”かぁ……懐かしいなぁ……はは……」

 

 

 未だに名前を覚えていたとは、どうやら思っていた以上に大事にしていたらしい。まあ目の前で怪力の従妹に粉砕されれば嫌でも記憶に残るだろうが。

 

 お気に入りの玩具が見るも無残な残骸に成り果てて失意に沈む従兄、悪気が全く無かった下手人は謝りながら大泣きする妹で、そしてそんな二人を必死に慰める自分―――実に混沌とした状況だったのを憶えている。

 

 

「今はもうあんなことにならないから! よ、善夜さんもあの時は本当にごめんなさい!」

「あ、いや、責めているとかじゃなくてちょっと思い出しただけで―――」

「どうでもいいから早くしなさい。それとも本当に一撃もらっておく?」

「イエ、遠慮シテオキマス……」

 

 

 一度は布団の中に仕舞った脚をもう一度チラつかせながら言えば、その威力を一番よく知る人間らしく顔を青ざめさせて降参を示した。

 

 そうして、彼が芽愛の持ってきた荷物の一つから取り出した中身は――――

 

 

「フゥ。やっぱりこれがあると落ち着くわ」

「……本当に好きだね、そのオリべえ人形」

「フォウくん人形も捨てがたいのだけど、この子が一番しっくり来るの。何故かしら?」

「いや、俺に聞かれても?」

 

 

 出てきたのは二種類のぬいぐるみ人形。一つは肩掛けを着ている、ネコともリスともウサギともつかない白いモフモフな動物の人形、通称フォウくん人形。

 茶色い熊がキトンを身に纏い棍棒を手にしているという、某神話的被害者を連想させる方は通称オリべえ人形。今は既に、両手の中に抱きかかえられている。

 

 以前ゲームセンターに行った際、彼に無茶振りしたら本当に取って見せた記念の品だ。いくつもある人形の中でも断トツにお気に入りであることとは、まあ無関係ではない。

 

 

「はあ……これで退屈な入院生活も少しはマシになるわね」

「もう、優華ったら……本当は善夜さんと一緒にいられて嬉しいくせに

「何か言ったかしら」

「な、何でもないよー?」

「そう、ならいいわ」

 

 

 そこで一旦言葉を切るが、「ん……」と少し考えた後、彼の方を向く。

 

 

「善夜、悪いけど飲み物を買ってきてくれないかしら。姉としては妹の働きに報いないとね」

「ふぇ?」

「いいよ。二人ともいつものでいい?」

「それでいいわ」

「えっ、あっ、は、はいっ!」

「了解。じゃあちょっと行ってくるね」

 

 

 そう言って彼が部屋を出る。

 彼が出て行った方を姉妹揃ってしばらく眺めてから、次には示し合わせたかのように向き合う。姉妹のシンクロニティの無駄な用途である。

 

 

「……優華。善夜さんに変なことしてないよね?」

「あら、変なことって何のことかしら。そんな抽象的な表現では答えかねるわ」

「うぅ……そ、それは……えっと……その……はぅ……」

 

 

 自分から口にした言葉を指摘され、顔を真っ赤にしては俯いてしまう己が半身に肩を竦めた。

 双子の自分には遠慮なく接する彼女だが根が引っ込み思案の恥ずかしがりやであることが変わるわけではなく、「そういった話題」には免疫も無いのでただでさえ赤らんでいた顔を更に真っ赤にさせて俯いてしまった。

 

 あんまり弄りすぎると後が面倒になるので、意地の悪い質問はそこで切り上げることにした。

 

 

「安心しなさい、何も無いわよ。大体ここ病院なんだから、変なことできるわけ無いじゃない」

「そ、そうだよねっ。よかったぁ……」

「そうよ。手を繋いだり食事を食べさせてもらっているだけだもの」

「全然大丈夫じゃなかった!?」

 

 

 ガタンと音をさせながら立ち上がって吼える芽愛に、その行動は想定通りのものだが眉を顰める。

 

 

「静かにしなさい。防音措置がされているとは言っても病院よ、ここは」

「あ、ご、ごめん……じゃなくて! 何をさも当たり前のように!?」

「あら。だって私、この通り両手を怪我してるのよ? 一緒に入院している身内に食べさせてもらっても何もおかしいところなんて無いわ」

「嘘! 絶対下心あるでしょ!? 優華なら足ででも食べられるはずだよ!」

「貴女私のこと何だと思っているのかしら」

 

 

 ちょっとこの妹と話し合わなければなるまい。

 と、額に血管を浮かび上がらせながら物申そうとし―――

 

 

 

 

『まったく。精神的に成長しても加減が分からないお馬鹿さんなんだから』

『わたし、お馬鹿じゃないもん! 馬鹿って言う■■■の方が馬鹿なんだもん!』

『はいはい。そうね、私の馬鹿、私の馬鹿』

 

 

 

 

「――――――」

「……? 優華? どうしたの?」

「―――……いいえ、何でもないわ」

 

 

 一瞬脳裏に浮かんでは消えていく白昼夢(デイドリーム)

 しかしそれが記憶に残ることはなく、件の夢と同じで「何かを見た」という認識だけ。

 

 ―――ただ、とても懐かしく思える「何か」への想いだけが、胸の内に残される。

 

 

「でも、優華なんだか嬉しそうな顔して―――」

「で、私なら足ででも食べられる、だったかしら? 本当に馬鹿ね、するわけないじゃないそんな間抜けなこと。飢え死んだ方がマシよ。馬鹿芽愛」

「また馬鹿って言った!?」

「馬鹿だから馬鹿って言ったのよ。

 大体、そんなに羨ましいなら貴女もやってもらえばいいでしょう? どうせ母さんが作ったお弁当、私と貴女と彼で三人分なんだろうし」

「え!?」

 

 

 ……なんだろうか、その反応は。

 

 

「何よ」

「だ、だって優華があっさりと薦めてくるから」

「お馬鹿な妹にいつまでも騒がれたら五月蝿くて堪らないもの。今日のところは妥協してあげるわ。

 ああ、要らないと言うのなら全然構わないわよ? 私と彼だけでちゃんといただきますかr―――」

「た、食べる! 食べます! わたしも善夜さんと一緒に食べたいです!」

 

 

 混乱して取り繕いなく本音を口にする妹に、思わず苦笑が浮かぶ。そのまま、視線を芽愛の背後(・・)へと向け―――

 

 

「―――だそうよ、善夜?」

「えっと……俺がどうかした?」

「はわわわわわっ!? よ、善夜さんいつからそこにっ!?」

「いや、今ちょうどだったんだけど……二人とも楽しそうだね」

 

 

 まあ、愉しくはあった。

 ただ話しているだけで虐めてしまうとは、流石天然のM気質。本人が喜んでいるかどうかは別とするが。

 

 

「……よ、善夜さん!」

「な、何? 芽愛」

「わ、わたしもお昼をご一緒してもよろしいでしょうかっ!!」

 

 

 そんなことを考えていると、意を決した芽愛が行動を起こしていた。

 その当人からしてみれば渾身とも言える申し出に、

 

 

「え? うん、勿論いいよ。というか芽愛も一緒に食べるんじゃなかった?」

「っ! はいっ!」

 

 

 岸波 善夜という人ならそう当たり前のように返すのは分かりきっていた。

 

 そんな様子に彼らしいという、好感とそれ以外が綯交ぜになった複雑な気持ちになっていると、「そうだ」と何かを思いついたらしい彼が言葉を続ける。

 

 

「なら外で食べないか? せっかくのお弁当なんだし」

「わあ、ピクニックみたいでいいですね!」

「……まあ、偶にはいいかしらね」

 

 

 唐突な提案に芽愛は純粋に目を輝かせ、そんなに嬉しがることかと呆れるが口にはせず頷いておく。そんな純真なところが彼女のいいところなのだろう。絶対に言う気は無いが。

 

 楽しそうに料理が入った重箱を抱える妹に気づかれないように苦笑しつつ、ベッドから立ち上がろうとし、

 

 

「はい、優華」

「ええ、ありが―――」

 

 

 今回も差し伸べられる彼の手。特に意識せずその手を取って―――

 

 

 

 

 

『ほら、■■■』

 

 

 

 

 

「――――――、」

「……優華?」

 

 

 脳裏に一瞬、刹那に去来しては失せた白昼の夢。そして我に返った時、その光景が如何なるものであったのかは既に忘却の彼方だ。

 いつもと同じ。何千何百回と経験している、日常化した異常。思い出せないもどかしさも習慣化されて慣れてしまった現象。

 

 

 ……ただ―――

 

 

「優華、本当に大丈夫? 調子が悪いなら安静にしていた方が……」

「えぇっ!? 優華本当!? お、お医者様呼ばなきゃ……!」

「やめなさい。ちょっと考え事していただけよ」

 

 

 心配そうに見つめてくる彼に、それに輪を掛けて心配しながら慌てふためきだす妹。

 早とちりで面倒な事態に発展させようとするお馬鹿を止め、大丈夫だとベッドから立ち上がった。

 

 

「だけど―――」

「大丈夫と言っているでしょう。大体提案したのはアナタなのだから、今更無しとか言わないで」

「ハイ、スミマセン……」

 

 

 ジトッと睨むように見上げれば、言い出しっぺの負い目もあってか降伏を示した。基本的に和を重んじる彼ならそうするだろうと予測済みだったのは胸の内だ。

 

 

「貴女もよ芽愛。慌ててお弁当落としたりしないようになさい」

「お、落とさないよ!……ねえ優華、本当に」

「嫌なら芽愛抜きで頂くから来なくていいわよ」

「何でそうなるの!? 行く、行きますっ!」

 

 

 尚も案じてくるが一押しで陥落。この、生まれた時から一緒の妹のことなど手に取るように分かるのだから、これくらいは造作も無い。

 

 「さて、と」という言葉を口にしながら立ち上がる。

 

 

「時間もちょうどいいし、早く行きましょう」

「……優華―――」

「しつこい」

「ハイ……」

 

 

 芽愛が一足先にドアを開けて部屋の外に出たのでそれに続くように歩き出したのだが、慌てて隣に並んだ彼は尚も食い下がってくる。それに対してピシャリと、続けようとした言葉を抑えつけた。

 

 まったく、と心の中で呆れると同時に、やっぱりね、とも苦笑する。

 自分の事は二の次にしがちな癖に、周りの人間の事となれば当然のようにそちらを優先する―――それが自分の知る岸波 善夜という人間だ。

 自身に無頓着という訳でも誰も彼をも助けたいなどと宣ったりもしない。ただ、自分がすべき(・・・・・・)だと思ったことを当たり前にやり通す(・・・・・・・・・・・・・・・・・)それだけの人間(・・・・・・・)なのだ。

 

 

 

 

 

 そう―――そんな人だから。

 

 そんなアナタだから、きっと――――

 

 

 

 

 

「……ちょっと思い出していただけよ。昔のこと(・・・・)を」

「昔?」

 

 

 

 

 

 ―――私は―――私たち(・・・)は、アナタに恋をしたのだ。

 

 

 

 

 

「ええ。遠い、悠い昔の―――ね」

「……そっか」

 

 

 こちらの様子に何かを感じたからかそれ以上は何も聞かずに手を引き、止めていた歩を再開させた。

 硝子を扱うかのような繊細な誘導に逆らうことなく身を委ね、やがてその隣に並んで歩いていく。

 

 

 ―――その、何ら特別ではない当たり前が、堪らなく幸せで満ち足りたものであることを感じながら。

 

 

 

 

「ねえ、善夜」

「うん?」

 

 

 

 

「この手を離さないで―――今度こそ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――もうあの輝かしい記憶を思い出すことはないだろう。

 それでも、この想いは何一つ消えず残っている。

 

 私がいて、あなたがいてくれる。

 今度こそ、どこまでも共にあろう。共に泣き、共に笑おう。

 

 (白鳥)は飛び立ち、ここ(アナタ)に辿り着けた。

 

 

 だから今度こそ、どこまでも手を繋ぎ続けよう―――いつまでも、どこまでも。

 

 誰よりも愛しい、私のアルブレヒト。

 




■この作品の概要
 要はメルト・リップ・ぐだ男(剪定事象)の三人が平和な世界に転生して再会し平穏な日々を送るというご都合主義な話。
 確定事象のぐだ男はカルデアへ帰還したが、剪定事象となった世界のぐだ男はメルト達と共に転生を果たした、というもの。


■登場人物+α
† 岸波 優華(キシナミ ユウカ)
 事故で従兄と共に入院している少女。内容を思い出せない、けれど毎回同じものだということだけは分かる不思議な夢に悩まされている。
 従兄である少年・岸波 善夜を恋慕しており、入院生活では擬似的な同棲生活にご満悦中。
▼FGO×CCC本編におけるメルトリリスの転生体。その明確な記憶は残っていないが、内容を憶えることはできずとも夢という形でリフレインしている。他にもある程度緩和されているとはいえ毒舌で嗜虐的あったり脚が丈夫で蹴り技が得意だったりドールマニア気質だったりと、類似点は多い。今回の事故に際しても何がしかの因果なのか両腕を負傷し不自由している。
▼名前は『メルト→融(ゆう)→優』+『リリス→アマリリス(≒花)→華』という、元の名前を置き換えたもの。


† 岸波 芽愛(キシナミ メア)
 優華の双子の姉妹。毒舌で凛とした姉とは対照的に引っ込み思案で、周り曰くよく『つい虐めたくなる』とのこと。
 優華と同様に従兄の善夜を異性としても慕っており、そのことは姉妹で互いに把握している。それでも少女マンガじみたドロドロさに発展しない辺りが姉妹仲の良さを顕している。
▼メルトリリス同様、FGO×CCC本編におけるパッションリップが転生した存在。彼女の最大の特徴であった人外の鉤爪や異様なバストは持ち合わせていないものの、見かけに拠らない凄まじい怪力であったり母親以上の巨乳であったりと類似点もある。
 事故には遭っておらず、また今のところこちらは夢の類に悩まされてもいない。
▼名前はメルトと同じく元のパッションリップを置換したもので、『リップ→チューリップ(≒芽)→芽』+『パッション→(愛への)情熱→愛(あ)』という構成。メルトよりこじつけっぽいのはご愛嬌である。


† 岸波 善夜(キシナミ ヨシヤ)
 優華と共に入院している少年。姉妹にとっては血の繋がらない従兄であり、恋慕の相手でもある。
 可もなく不可もなく、不細工ではないが秀麗というわけでもない平凡かつ平均的な容姿であり、その在り方も凡庸。しかし何事にも真摯で誠実に取り組んでいくその姿は同性異性を問わず、親愛であれ恋慕であれ相手を惹きつける。……それが彼を慕う姉妹の心中を穏やかでなくすることには基本無自覚だが。
 総じて、平素の行動が結果へと繋がる(無自覚な)ジゴロであり人たらし。
▼その正体はFGOの主人公(男)であった存在の転生体。より正確には、ビーストⅢと化した殺生院キアラを巡る事件の『最初の一周目』においてメルトリリスを庇い命を落とした『剪定事象の主人公』である。メルトリリスの過去溯行により最終的にビーストⅢを打倒した確定事象の主人公は本編の通りカルデアへと帰還したが、剪定事象における彼は事件終息後のオリジナルのメルトリリスやパッションリップ共々、『とある存在』の干渉により全く別の世界へと転生させられた。
 無論この事を当人は知覚していない―――筈である。
▼実は割と複雑な設定を持つ。彼は姉妹の従兄だが前述の通り血の繋がりは無い。というのも彼は幼くして身内を亡くし、現在の両親である養父母に引き取られて育てられたためである。この養父母が姉妹の伯父伯母であり、結果として彼は姉妹の従兄となった。
 なおその養父母は年中世界中を飛び回っており、そのため現在は姉妹の方の岸波家に居候中。そこでギャルゲーよろしくなトラブルやハプニングが起きているかはご想像にお任せする。
▼『善夜』というのは作者のプレイネームから。それ以外は公式主人公である藤丸立夏と大差はなく、別に岸波の系譜だとかいう設定もない。ただし鋼メンタル。


† 岸波 白野(キシナミ ハクヤ)
 姉妹の父親。本編には未登場。
▼名前で分かる通り、EXTRAシリーズの主人公である岸波 白野(男)その人……ではなく、その並行世界の同一人物的存在。凄腕のプログラマーという点を除けば、妻子から慕われる凡庸万能(?)大黒柱。大体ザビ男と同じ。
 オリジナルとの区別のため、字は同じだが名前の読みを変えている。


† 岸波 桜(キシナミ サクラ)
 姉妹の母親。本編では言及のみされた。姉妹と瓜二つ……訂正、姉妹が瓜二つ。
▼Fateシリーズにおける間桐 桜の並行世界存在。原作の悲惨な身の上や特殊な生まれなどはなく、ごくごく平凡に家庭を切り盛りする料理上手なお母さん。ただし食事関連では妥協がなく、怒らせると長女ですら震え上がる程に怖いとか。


† 岸波 白乃(キシナミ ハクノ)
 善夜を拾い育てた義理の母親で、姉妹にとっては父の双子の妹である伯母。別名・鋼の女。詳細は不明だが夫と共に世界中を飛び回っているらしく、普段は家を空けている。
▼要はサビ子の(以下略。白野とは双子で、一応はこちらが妹となっている。鋼のメンタルだったり女なのにオヤジを心に宿していたりと大体同じだったりする。
 名前が違うのはザビ男との区別のため。


† 岸波 士郎(キシナミ シロウ)
 白乃の夫、善夜の義理の父親。白髪・褐色に焼けた肌と日本人離れした外見の持ち主。妻共々世界中を駆け巡っているらしく、難民キャンプやら紛争地帯やらで二人の姿が見られるとかナントカ。
▼紅茶さん。サーヴァントではなく純粋な(?)人間。ただし色々と複雑な過去を持っており、苗字が妻のものなのもそれが関わっている。
 名前は、まあ言わずもがな。


† ?????
 三人を転生させた存在。神様っぽい何か。それ以上の動きはしていない。
▼どこかの世界線でムーンセルを完全掌握し凄まじい権能を手にしたサビーズ……といった感じ。ご都合を成立させるための存在なのでそれだけ。並行世界を観測していたらFGOでのメルト達を見つけ、その結末に報いたいと手を差し伸べた。
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