骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第1話 「骸骨魔王」

「おかしい」と呟き、幻想的な光景――ナザリック地下大墳墓第十階層『玉座の間』――を視界に収めながら、思考の中に疑問を浮かべる。

 全てが終わるはずだった。

 そのように“鈴木悟”は言っていたし、確信していた。

 珍しく姿を見せた他のギルドメンバーたち、“ヘロヘロ”もそのようなことを口にしていたはずだ。

 ユグドラシルが終わる。

 世界が終わる。

 そして、ナザリックは消滅する。

 

 “モモンガ”は、人格を共有していたもう一つの思考存在“鈴木悟”を感じ取ろうとするも――空振りに終わってしまう。

「そんなことがあるはずがない」「同じ人格を持つ並列思考の一翼なのだから消えるはずがない」「ログアウトならば私自身“モモンガ”も思考を停止させるはずだ」などと様々な考えが空洞たる骸骨の中を巡るものの、結局なにも分からないままであった。

 

(ふぅ、消滅か。確かに世界は停滞し、群雄割拠など遥か昔の出来事。人間種撲滅も世界征服も叶わぬまま。しかし私は魔王としてナザリックに君臨し続け、数多の勇者を、神を、殺しに殺した。仲間が居なくなってからも……)

 

 悲しげな視線は、跪いたままの執事やメイドの頭上を越えて、ガランとした玉座の間を漂う。

 

(悟は私のことを“ロールプレイ”とか呼んでいたんだったか? まぁ世界消滅――そんな気配はまったく無いが、終末時期まで生き残った大魔王だ。生きてはいない骸骨だけど……。悟の(げん)を借りるならば『楽しかった』と言えるのだろうなぁ)

 

 玉座に深く腰を掛けモモンガはため息を吐く。もちろん息は出ない。

 左手首の時刻表示バンドへ視線を落とせば、そこには真夜中を過ぎて数分の経過が見て取れた。悟は四時起きだと言っていたが大丈夫なのか? と現実世界(リアル)へ向かうはずだったもう一人の自分、並列思考の安否を気遣う。

 しかしながら、その存在を今はまったく感じ取れない。現在は完全に一人の人格に一つの思考、“モモンガ”のみがこの場に存在している。

「まいったな」と呟いてしまうのも仕方がない状況であった。

 

「如何なされましたか? モモンガ様」

 

「ん? ああ、ちょっと……な」

 

 話しかけてきたのは玉座の近くで跪いていた胸の大きな白い悪魔、守護者統括のアルベドだ。

 モモンガは「言葉を交わしたのは久しぶりのような気もするが、前はいつだったか?」と常に近くにいたはずの側近に対し妙な違和感を持つものの、それより自身が巻き込まれている異変を「どう説明したらよいのだろうか?」と軽く思案していた。

 

「そう……だな。アルベドよ」

 

「はっ」

 

「この世界が……あ~、何か違和感はなかったか? そう、数分前だ」

 

『世界が終る』と言いそうになるも、余計な不安を与えるべきではないと思い直し、感覚的な事象にのみを問うてみた。加えてアルベドたちNPCは“鈴木悟”や“現実世界(リアル)”に関する知識を持たないので、中途半端な問いかけは混乱を招くことになりかねないだろう――とも配慮する。

 

「いえ、数分前どころか、モモンガ様が玉座の間にいらっしゃってから一片の違和感もありません。全て完璧でございます(私の愛しい旦那様!)」

 

「そっ、そう……か」

 

 何だか最後の台詞の後にもの凄く眼力がアップしたようにも思うが、まぁとりあえずアルベドに異常はないのだろう。

 であるならば、次はナザリック全体の調査を行うべきか?

 

「ふむ、そうだな。では守護者統括アルベドへ命ずる」

 

「はっ、なんなりと(むしゃぶりつきたいです、ももんがさま!)」

 

「……ナザリックの警備レベルを最大にした上で大墳墓内の調査を行え。なにやらよからぬ異変が起こっていると思われる。各守護者にも油断せぬよう伝えよ。ただし第八階層は私の手で行う故干渉するな」

 

「異変でございますか……。はい、第八階層を除き、直ちにナザリックの調査を行います(モモンガ様かっけ!)」

 

 ゾクっと背すじに悪寒を感じたような気もしないではないが、アンデッドだから勘違いだろうと思考を閉ざし、モモンガは大墳墓の内部調査へ向かうアルベドと執事たちを見送った。

 ただ、その場へ残った二人の美しいメイドには声をかけざるを得ない。

 

「ユリ、ルプスレギナ。お前たちも行って構わんぞ」

 

「何をおっしゃいますモモンガ様。御身を一人にするなど有り得ません」

「そうっす……ですモモンガ様。玉座の間の外には近衛の者も用意してございます」

 

 妙に張り切って――黒髪を結い上げた眼鏡メイドが、三つ編み赤毛メイドの言葉遣いを殺気混じりの瞳で注意して――いるメイドの意欲を削ぐ訳にもいかないので、モモンガはそのままマスターソースやコンソールなどの機能を確認しようとするが。

 

(まぁ隠すようなことでもないか……ん? 隠す? NPCに? なぜそのようなことを、いや、これは“悟”の思考か? 思考の名残か? うむむ、いやちょっとまて、コンソールが出ないぞ)

 

 マスターソースでナザリック全体の確認は可能であったが、コンソールの起動は叶わなかった。

 コンソールの使用は主に“鈴木悟”が行っていたのでそれほど重要なわけではない。大抵は現実世界(リアル)に関係する作業ばかりであり、モモンガにとっては無用の長物だ。つい先ほども“居なくなる前の鈴木悟”が“アルベド”の設定を弄っていたようにも思うが、何をしていたのやら。設定などを見なくとも当人へ問いかければ済むだろうに……。

 とはいえ、以前出来ていたことが出来なくなっているという点には不安だけが募ってしまう。

 

(やはり何かしらの異変が起きているのだろう。ユグドラシル消滅の代わりに世界の理が一部変化したのだろうか?)

 

 ピッピっとマスターソースでNPCの状態を一通り確認すると、モモンガは一息ついて己の見慣れた骨の手を見る。

 特に変わったところはない。ただの骨、死の支配者(オーバーロード)の骨の手だ。

 しかし一点だけ違うところがあるとするならば、この骨を眺めていたのは“モモンガ”と“鈴木悟”の二人、二つの思考であったはずが今は“モモンガ”だけという点。

 それが何を意味するのか、良いのか悪いのか、現時点ではなんとも言えない。

 

(悟が消え、コンソールは起動しない。しかしナザリックは健在であり、私自身の能力や所持アイテムに欠損はない。ならば何を恐れるというのか。今まで通り、愚かな人間どもを駆逐していけばよいだけだ。たとえ……、仲間が一人も居ないとしても……)

 

 玉座の間に飾られている仲間の旗を懐かしげに見つめることしばし、モモンガは傍らのギルド武器を握りしめ立ち上がった。

 

「大図書館へ向かうぞ」

 

「「はっ」」

 

 即座に跪く二人のメイドを眺め、モモンガは「そういえば何かを命じるなんて久しぶりのような」と少しばかり過去を振り返り「いや、そもそも命じたこと自体あっただろうか? 名前で呼びかけたことすら初めてのような……」などと頭を悩ませる。

 

(そんなわけはないな。第十階層に常駐している戦闘メイド(プレアデス)なんだし……。第八階層の末妹と混同しているのだろう)

 

 モモンガは大図書館――正式名『最古図書館(アッシュールバニパル)』――へ向かう途中も“鈴木悟”が居ない初めての現象に戸惑い、多くの違和感と戦い続けるのであった。

 

 

 ◆

 

 

「これはこれはモモンガ様。ようこそ最古図書館(アッシュールバニパル)へ」

 

 飾り気のない無骨で巨大な扉を三メートル近い動像(ゴーレム)に開けさせて進めば、無数の書物と美術館のような光景、そして六体の骸骨がモモンガを出迎えていた。

 その内の五体はモモンガと同じ種族の死の支配者(オーバーロード)であり、中央の一体は司書長の任を授かる骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)“ティトゥス·アンナエウス·セクンドゥス”――いずれも大図書館内を活動領域とするナザリックの(しもべ)、NPCたちである。

 ちなみに途中まで付いてきていた二人のメイドと過剰な近衛たちは、大図書館の外で待機となっていた。

 

「ティトゥス、アルベドから聞いているかもしれんが、何か異常はあったか?」

 

「はっ、守護者統括の指示により大図書館内の確認を行いましたが、今のところ問題となるべき異常は発見出来ておりません」

 

「……傭兵召喚はどうか?」

 

 モモンガは大図書館に保管されている“傭兵”のデータが気になっていた。

 “傭兵召喚”は金貨を消費して新たなNPCモンスターを召喚できるシステムなのだが、これが機能していないとなると侵入してくるプレイヤーたちに対抗するのは困難となる。

 無論、千五百人のプレイヤーを撃退した実績を持つナザリックだ。仲間が居ないとは言っても一度や二度の侵攻なら問題は無い。しかし長期的な複数回の侵攻となると補充や入替が必要となろう。それに仲間が心血を注いで創りあげたNPCを何度も倒されるのは癇に障る。

 ただ「それほど警戒する必要もないか」とも思う。

 悟がユグドラシル崩壊を明言していた数刻前、確かに多くのプレイヤーが九つの世界で好き勝手に暴れていた。幾つかのギルドが世界級(ワールド)アイテムの使用で吹き飛ばされたとも聞く。

 とはいえナザリックへ侵攻してきた者など、ここ数年では数えるほどしかいない。それも皆、完全攻略を本気で考えていないエセ勇者ばかりだったのだ。

 骸骨魔王モモンガとしては憮然とするしかない。

 だがそれでもナザリックで自動POP(湧き)するモンスターは三十レベルが上限だし、各所に配置されているNPCたちは“傭兵”より費用の掛かる一点ものばかりなのだ。

 大墳墓を支配する魔王なれば、費用対効果の面から、事前に性能と外見が用意されている“傭兵NPC”を活用するのは至極当然のことであろう。

 

「モモンガ様、傭兵召喚は金貨を消費するため実際に行ってはおりませんが、手順に問題はありませんでした。傭兵のリストにも欠損はございません」

 

「そうか、なら召喚してみるか」

 

 拠点防衛のNPCを増やすのは支出を増やす要因になりかねないが、異変の全容が判明するまでは仕方がない。

 また外の狩場で金貨を稼いでくる必要があるだろうが、“モモンガ”はふと考えてしまう。

 

(魔王が拠点の維持費用を稼ぐために狩りへ出掛けるって……。何か変だな)

 

 “鈴木悟”が居た頃は特に気にしていなかったが、今思えばおかしな話だ。

 (しもべ)たちが拠点の外へ出られないのだから仕方がないとはいえ、魔王単身で勇者パーティーのいるかもしれない地表へ出るなんて……。異形種が多く住まうヘルヘイムであったとしても、目の前に魔王が出現したら相手方も戸惑うだろうに。

 

(悟がよく言っていた“糞運営”とか“糞製作”の所為なのだろうか? まぁ(しもべ)を拠点へ縛り付けているのはソイツらなんだし、関係あるとは思うが、う~む)

 

「モモンガ様、召喚の準備が整いました。傭兵のリストはこちらに」

 

「ああ、わかった」

 

 モモンガはモンスター名が並ぶリストへ目を向け、レベルや能力、外見などを吟味し、今後必要となるであろう傭兵モンスターを選び出す。

 

「分からないことだらけだからな、危険な第八階層の調査任務も任せることになるだろうし――そうだな、隠密系忍者型モンスターの“ハンゾウ”にしよう」

 

「かしこまりました。それでは大図書館に備蓄してある金貨を必要分運んでまいります」

 

 大図書館には――生産系NPCであるティトゥスが巻物(スクロール)短杖(ワンド)を製作する、及びモンスター召喚時の消費金貨をその都度宝物殿から輸送しないで済むよう、ある程度の金貨が備蓄されていたりする。

 ただ今回召喚する“ハンゾウ”はかなりの高レベルモンスターだ。

 備蓄の金貨で足りるかどうか、モモンガも備蓄量なんて覚えていないので、骨の指を顎先に当てて少しばかり考えてしまう。

 

「(足りないような気がするなぁ。まっ、ならばちょうどイイか? 宝物殿の調査もしたかったし、様子を見がてらアイツにも会ってこよう)……ティトゥス。今回は大図書館の備蓄を使わず宝物殿から持ってくるとしよう。お前たちはこの場で少し待っているがよい」

 

「はっ、御待ちしております」

 

 歩き出そうとしていた足を止め、即座に跪く六体の骸骨は、指輪の力で転移する至高の骸骨魔王様を見送ると、余韻を楽しむかのようにしばらく頭を下げ続けていた。

 至高の御方と言葉を交わし、その命令を受け、跪けるという喜びに浸っていたかったのであろうか?

 ここ最近は足を運んでいただけなかった大図書館であるだけに、管理を任されていた司書長としては感慨深かったのかもしれない。

 

「ああ、表の近衛の方々にもモモンガ様が宝物殿へ向かわれたことを伝えなくてはな。御方の気配が突然消えて戸惑っているやもしれん」

 

 この場へ戻ってくることを知らせなければ、とティトゥスは配慮し、遥か後方に控えていた司書の一体、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を正面口へ向かわせる。

 ただ、知らせを受けた近衛は大いに悩むことだろう。

 なにせ宝物殿へ向かうには、至高の御方々しか所持を許されない特別な指輪が必要なのだから。いついかなる時も至高の御方の盾となって死ぬ――そんな気持ちの近衛らでも、付いていけぬ場所なのだからどうしようもない。

 そう、今は待つしかないのだ。

 最後の御一人となってもナザリックに君臨して頂ける、至高の御方々の纏め役にして頂点、骸骨大魔王ことモモンガ様を。

 

 

 ◆

 

 

 記憶の片隅に隠れていた合言葉をなんとか思い出し、“タブラ”に愚痴を吐きながら猛毒に満ちた空間を通り抜けると、そこにはヌメヌメした複数の触手を揺らす軟体生物が待っていた。

 

「(ん? なんでタブラの格好をしているんだコイツ……)あ~、元に戻ってイイぞ、パンドラ」

 

「はっ! よぉうこそおいで下さいましたっ! モォォォモンガッさまっ!!」

 

 軟体生物がグネグネと身体を変化させると、そこには軍服を着込んだ埴輪顔の人型生物が敬礼を行っていた。

 今まで幾度も繰り返した所作であるからか? 少しの迷いもズレもなく、自信に満ちた様相で、魔王たる己の造物主を賛美するかのように踵を打ち鳴らす。

 

(うむ、やはりカッコイイな。軍服は強そうだし、敬礼は見事なまでの完成度だ。声もよく通って美しく響いている。さすがは私の創ったNPCだな。悟の奴は妙な感情を抱いていたようだが、いったい何が不満だったのやら)

 

 モモンガは御満悦のようだ。

 自らが創った宝物殿領域守護者“パンドラズ・アクター”の大仰で大胆で、舞台役者でもあるかのような動きに己の理想でも垣間見たのであろうか。

 目の前で敬礼を続けるパンドラへ、モモンガは再度強く頷く。

 

「素晴らしいぞパンドラ。お前のような優秀でカッコイイ守護者を宝物殿専属にしておくのはもったいないな。よし、これからは私の専従にしよう。宝物殿で何かの任務がある場合に限り、この地へ戻るがよい」

 

「おぉ、おおぉぉ! なんとっ、なぁぁんと素晴らしき御勅命! このっパンドラズ・アクター! 己の全てぇを懸けましてっ、モモンガ様へ付き従う所存であります!!」

 

「ではこれを渡しておこう。拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)だ」

 

 モモンガが差し出した指輪は、本来転移できないはずのナザリック内を自由に転移できるようにするギルド専用アイテムである。

 だが、ナザリックの(しもべ)にとってはその機能以上に重要な意味を内包しているアイテムであったりするのだ。

 それは至高の四十一人、ナザリックや(しもべ)たちを創った神にも等しい御方々、いずれ世界を統べる最強の支配者にしか持つことを許されない指輪。つまりアルベドなら天に拳を突き上げて「よおぉっしゃあああぁぁああ!!」と叫び狂うぐらいに貴重にして重要な指輪であるということだ。

 

「ふほぉぉぉぉぅ、拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)、この指輪に秘められた効果は――」

 

 驚きと喜びが一周回って冷静になってしまったパンドラは、思わず早口でアイテムの解説を始めてしまうのだが、そんな光景をモモンガはただ嬉しそうに眺め続けていた。まるでお土産に喜ぶ子供を見つめるかのように。

 

 

「さてパンドラ、早速だが仕事だ。大図書館まで金貨を……そうだな、五億枚ほど運んでくれ。傭兵召喚に使用する」

 

「はっ、お任せ下さい!」

 

 パンドラの敬礼姿を眺めて満足そうに頷くモモンガは、召喚すべき傭兵の数について考えていた。

 五億枚の金貨とは百レベルNPCの復活費用一回分でしかないが、レベル八十台の忍者型モンスター“ハンゾウ”ならばそれなりの数を揃えることが可能だ。より低レベルの傭兵なら大量に召喚することもできる。

 ただ、出会う相手がほぼ間違いなくカンストプレイヤーであるユグドラシルにおいては、低レベルモンスターなんて足止めにもならない。最低でも“ハンゾウ”クラスは必要となるだろう。

 もちろんより多くの金貨を消費して最高クラスの傭兵を召喚して配置すれば、どんな異変の最中であっても対応できるのであろうが、宝物殿の金貨は有限だ。これから先、異変の内容がどう転がるか不明な現状に於いて大盤振る舞いは宜しくない。

 過去の千五百人防衛戦と同等の戦いが起こるのならば、金貨はいくらあっても足りないぐらいなのだ。傭兵召喚、トラップ起動、NPC復活、拠点修復などなど。加えて立ち向かえるプレイヤーはモモンガただ一人。慎重な行動が要求される。

 

 

「――ん? アルベドか、どうした?」

 

『モモンガ様、〈伝言(メッセージ)〉にて失礼いたします』

 

 骨の手を頭蓋骨の横に当てて意識を向けると、魔法による繋がりを感じ取っていた。

 魔法により通信手段、〈伝言(メッセージ)〉である。

 本来前衛タンクであるアルベドには使えない、というかガチビルドにするため覚えさせていない魔法ではあったのだが、「それでは統括として片手落ちでしょう」とタブラが貴重な装備枠の一つを外して〈伝言(メッセージ)〉が使用可能な魔法の首飾りを装備させていたのだ。

 設定に忠実なタブラの行動を悪いとは思えないし思いたくないが、装備枠の一つを潰してしまう行動に、他のガチ勢は不満げであったように思う。まぁドリームビルダーのモモンガは特に気にならないし、アルベドはそもそもタブラのNPCなのだから好きにすればイイのだ。

 そう、パンドラのように。

 

『ナザリック地下大墳墓内の調査を終えましたので御報告させて頂きます。調査の結果、大墳墓内に異常はありませんでした。異変を感じ取った者もおりません。ですが……』

 

「ナザリックに異常がないのは喜ばしいことだが、何かあったのか?」

 

『はい、第一階層の(しもべ)からの報告によりますと、いつも聞こえていたツヴェーグたちの鳴き声が聞こえない、とのことです。加えて外の様子がいつもと違っているように感じる、との声が複数上がってきております』

 

 少しの間をおいて、モモンガは「内ではなく外だと?」と頭の中で呟き、同時に外の様子をナザリックの(しもべ)たちが感じ取れる、ということに驚愕していた。

 

 ――ギルド拠点は外と隔離されていたはずだ――

 

 悟が言うところの“糞運営”とやらが設置した“システム・アリアドネ”が拠点の状況を常時監視しており、NPCが外へ出ることはもちろん外へ干渉することも不可能なはずなのだ。

 

(だが外の音を、蛙どもの声を聞いていただと? そして今は聞こえないと……)

 

 間違いなく異変に関する事象なのであろうが、その脅威度については判断しかねる。異変は数刻前に発生したのだと思っていたのだが、それ以前から外の音を感知していたという事実には理解が及ばない。

 やはり情報が足りない、圧倒的に足りない。

 

「アルベド、自動湧きするアンデッドを数体外へ出して様子を探れ。ナザリックの第一階層入口付近には、シャルティアと最上級の側近を配置し侵入者に備えさせよ」

 

『はっ、直ちに行います』

 

 外で何が起こっているのかは分からない。自動湧きする――殺されてもナザリックに何の損害も出さない――アンデッドが外へ出られるのかも不明だ。

 もしかすると、一歩外へ踏み出した瞬間殺されて何の情報も得られない、なんて事にもなりかねない。

 

(傭兵NPCなら連れていけるはずだったな。よし、“ハンゾウ”ならカンストプレイヤーにもある程度対抗できるだろうし丁度良い)

 

 モモンガは外で起こっている未知の異変に『要警戒』の付箋を貼りつけると、金貨の運搬にいそしんでいるパンドラを一瞥し、「コイツが外へ出られるなら“ぬーぼー”の能力で広範囲を探索できるはずだし」と己の創り出したNPCと、かつての仲間の能力に期待を寄せる。

 今は確かに一人だが、パンドラは“アインズ・ウール・ゴウン”のギルドメンバー全員の能力を八割がた行使できるのだ。

 外に多くのプレイヤーが蠢いていたとしても一泡ぐらいは吹かせられるだろう。宝物殿の最奥に安置されている世界級(ワールド)アイテムさえも活用すれば、まだまだナザリックは難攻不落であると宣伝できるはずだ。

 外でどんな異変が起こっているのかは知らないが、骸骨魔王の名に恥じぬ戦いを見せてやる。

 

「では大図書館へ行くとするか」

 

 大図書館との往復を繰り返すパンドラを眺めて「他の(しもべ)にも手伝わせるべきだったか?」と思いつつも、モモンガは「まっ、いっか」と気にすることなく大図書館へと転移した。

 転移した先は宝物殿へと向かう前に腰を下ろしていた大図書館の一席だ。

 事前に通知していない転移なのだから司書長としても慌てるだろうなぁ――と少し配慮不足を感じながら書物が並んだ本棚の列を視界に入れると、何故かモモンガの前には司書長たちが跪いていた。

 転移前からずっとその体勢だったのか? と「悟なら驚くだろうなぁ」なんて居なくなった半身を懐かしみながら、モモンガは(しもべ)たちの忠誠心に満足の笑みを浮かべる。骸骨だけど。

 

「お帰りなさいませ、モモンガ様」

 

「ああ、ティトゥス。パンドラとの顔合わせは済んだのか?」

 

「はい、モモンガ様直属の(しもべ)であられるパンドラズ・アクター殿とお会いできたことは光栄でございます。しかも生産系を極めた至高の御方に変身できるとは……。今後も色々とお話を伺いたく思います」

 

 跪きながらも少しばかり興奮しているような骸骨司書長。

 巻物(スクロール)短杖(ワンド)製作に携わっているからこそ、パンドラの有用性が理解できるのであろう。

 モモンガはそんな司書長の言葉を聴き「ん? 確かにパンドラの協力があれば製作が捗るだろうに、どうして今まで会わせなかったんだ?」と首を傾げてしまう。

 

(これも異変の影響なのか? 悟なら分かるかもしれんが……)

 

 “鈴木悟”が居なくなったことは、思っていたよりも大きな影響を及ぼしているのかもしれない。今後もさらに多くの検証が必要であろう。

 モモンガは軽く気を引き締めると、用意された山積みの金貨を前にして傭兵召喚を始めるのであった。

 


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