骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第10話 「現断魔王」

 

「な、なにがどうなっているのか、どうやってこの場所へ入ってきたのか、色々と分からないことだらけだけど……。私の前に“ぷれいやー”が姿を見せるなんて、大失態もいいところだね」

 

 瞳に強い殺気を漲らせて、ツアーは喉の奥を震わせる。

 “竜の吐息(ドラゴンブレス)”の準備だ。電気属性を宿している上に魔力も籠っているので、通常の防御魔法では完全に防ぐことなどできない。しかもこの地は、ブレスから身を隠せない地形なのだ。ツアーの居る位置から出口までは巨大な筒状になっており、ブレスの威力は全体に行き渡る。大砲の筒の中で、砲弾と火薬の爆裂を受けるようなものだろう。間違いなく死に至る。

 更にツアーは、ブレスの直後に始原の魔法(ワイルド・マジック)を放たんとする二段構えで骸骨を見据えていた。八欲王ですら討ち取れる最強の布陣だ。洞窟のような地下深くの遺跡で、転移も妨害されているとなればどこへも逃げようがない。

 

「くかかかかか、たいそうな自信であるな。転移阻害により逃走を阻み、〈伝言(メッセージ)〉も遮断しておるから助けも呼べん、か。よい、よいぞ竜王(ドラゴンロード)よ。対策を怠らんその姿勢には称賛を送るとしよう。だが一つ聞きたい。〈不死の奴隷(アンデススレイブ)〉という魔法を知っておるか?」

 

「…………」

 

 耳慣れない言葉に「本当に魔法の一種なのか?」と疑問を持つが、その気持ちを表に出すことはない。無知を相手に知られることは情報戦において痛手であり、不利になることを意味する。だが、知らない事実を誤魔化そうにも材料が足りないので無言となるしかない。

 

「くくく、なるほど、なるほど。その存在すら知り得ていないのであれば、阻害できるわけもなし、か。まぁ、手土産代わりに教えてやろう。〈不死の奴隷(アンデススレイブ)〉とは、己の感覚器官を召喚アンデッドなどとリンクさせる補助魔法だ。今も発動中だぞ。我の視覚と聴覚は御方とリンクし、この状況をお伝えしておる」

 

「え? 御方?」おかしな物言いに、ツアーは小さな骸骨を見つめてしまう。

 ぷれいやーたる異世界からの漂流者は、この世界において覇者であり絶対強者だ。多様な従属神を従えていることはあっても、神にも等しいぷれいやーが誰かに従うなんてことはあり得ない。

 ツアーは嫌な予感と共に「まさか、君たちは従属神なのか? ぷれいやーは……他に居る?」絶望にも似た感情を零していた。

 

「ふむ、従属神を守護者の方々と仮定するならば、我らは末端も末端よ。偉大な御方に“眼”としての役目を与えられることすら望外の幸福とする、一介の(しもべ)にすぎん」

 

「いつもは本の埃を掃っておるぞ」なんて骸骨の言葉に、竜の喉がゴクリと鳴る。

『その実力で一介の僕なのかっ』『勝てそうだと思っていたのに』『この地形で迎え撃てるという幸運に感謝していたはずが……』

 ぐるぐると高速で巡る思考の渦にのみ込まれまいと、ツアーは必死に活路を見いだそうとする。

 まだ相手の戦力は確定していない。だからこそ勝手な思い込みは厳禁だ。ツアーが拠点にしている神殿遺跡は地上から百メートルほどの深きにあり、入り口は一箇所。攻め込んできたなら竜の吐息(ドラゴンブレス)で一網打尽が可能であろう。

 世界の頂点たる最強の生命体、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)のブレスを受け続けてツアーの元まで辿り着ける化け物なんて、八欲王でも数名しか――

 

 ――ズン!!

 

 大きな揺れが一度。「な、なにが?」と口にする前に、さらなる大きな揺れが二度続く。次に五度。次は三度。

「え? ええっ?」ツアーの戸惑いを無視し、地震とも思える揺れは幾度も続き、数えるのも億劫なくらいに巨大な遺跡を振動させていた。

「この地に地震なんて!」起こるはずがない、というのはその通り。硬い岩盤があるからこそ神殿はここに造られたのだし、竜王も優れた拠点として選んだのだ。

 

 ――ゴゴゴッ!!

 

 続く衝撃は地上からのものだろう。まるで天空に浮かぶ星々が地面へ衝突したかのような――有り得るはずのない轟音を耳にして、地下深くの遺跡に座するツアーは危機感を募らせる。

 

「なにを?! 地上で何をしているんだ?!」ツアーの必死な問いかけにも、小さな骸骨は肩をすくめてからかっているかのように答えを出さない。間違いなく関係しているだろうに、そして自分たちも無事では済まないだろうに、忍者と悪魔と骸骨は、激しく揺れ動く神殿遺跡でも平然と竜王を見つめていた。

 

 ――ギンッ!!

 

 圧倒的な力が天井を押し下げ、複数の瓦礫が竜王の傍に落下してくる。

 いつ落盤が起きてもおかしくない状況だ。

「私を生き埋めに?」侵入しての殺害が不可能だと判断し、住処ごと破壊する。その思い切った手法には驚嘆したくなるが、「悪手だろうね」と少しだけ悪い笑みを漏らしてしまう。

 古代遺跡の天井が崩れたなら、膨大な岩石が己と侵入してきた四体のモンスターを襲うだろう。転移が出来ないのだからモンスターたちは逃げられない。天文学的な圧力を前にして、手も足も出ず死に至るだろう。死体も回収できまい。

 だがツアーは違う。

 阻害されているのは侵入者の転移だけであるが故に、簡単に逃げられるのだ。拠点を潰されるのは痛いが、派手に崩壊してくれるおかげで逃走は楽だろう。逃げ先も誤魔化せるに違いない。

 

 ――ギシュッ!!

 

 あまり聴いたことのない、大きな固形物が瞬時に消し炭となるような――まるで蒸発するかのような、そんな奇怪とも思える轟音がツアーの耳に届く。

「え? ええぇぇぇ!!」降り注ぐ岩石を避けたツアーが天井を見上げれば、有り得るはずのない――そう、絶対に視界に入るはずのない、竜の身では実に久しぶりとも言える、眩し過ぎる太陽光が竜眼へ飛び込んできたのだ。

 

「穴を……あけたぁぁ?」

 

 自分でも間抜けに過ぎると言わんばかりの呟きであろう。

 しかし誰がその事を責められるだろうか。この場所は、地下百メートルもの深き地の底に存在している古代の遺跡なのだ。蟻が通り抜ける小さな穴ですら、まともに通せはしまい。

 

「巨大な……光の剣?」何度か瞬きをしてみると、日差しの中に溶け込むような大きな剣が見える。

 どうやら穴を開けたのは、周囲の土砂や岩を溶かし蒸発させているのは、この巨人ですらもてあますような陽炎のごとき神の大剣なのであろう。

 鉱物すら蒸発させるという常識外れの行いからして、人間種や亜人の産物とは思えない。ツアーが知る竜王(ドラゴンロード)の中にも、そんな奇跡を起こせる化け物はいない。

 

「こんな……、こんなバカげた真似が出来るのは……ぷれいやー? 私に出て来いって、穴倉から顔を出せって言っているのかい?」

 

「くかかか、ノックをしてくださったのだぞ、お答えするのが礼儀ではないのか? まぁ、私なら平身低頭、即座にお出迎えするところだがな」

 

 一切の動揺を見せないところからして、乗り込んできた骸骨には全てが確定事項であったのだろう。敵地へ乗り込んでツアーの姿を確認し、未知の魔法で情報を伝達。次いで拠点まで穴を開け、引き籠っているトカゲ野郎を引っ張り出そうというのだ。

 ツアーにしてみれば、(ねぐら)は瓦礫で埋まり、天井には大穴。張り巡らせていた結界の機能も、時間と共に効果を失っていく。

 このまま動かない、なんて選択肢はもはや無い。

 

「君たちは……、怒り狂った私に殺されるとは思わなかったのかい? 今からでも十分実現可能なんだよ」

 

「なにを問うのかと思えば……。この世界における最強の存在と相対し、雌雄を決すのだぞ。我ら数名の命ぐらい使い捨てにするのは当然であろう。それに御方のお役に立てる現状を嘆く者がどこに居ようか。我らは今、感謝の念しか持っておらん」

 

 嘘偽りなく、骸骨の歓喜はツアーに伝わる。ならばもう、八つ当たり気味の殺害は何の交渉材料にもなりはしないだろう。ちなみに骸骨に付き従う悪魔と忍者は、ツアーに顔を見られているから此方が何者なのか伝わり易い、という理由で従者の任を願い出たそうな。もう一度殺されるかもしれないというのに。

 竜王は軽くため息を吐き、どんな鞘でも納めることが出来ない奇妙な形状の剣――ギルド武器を丁寧に、優しく掴む。

 

「私の命運もここまで、かな? はぁ、ぷれいやーが相手であっても、ある程度は戦えると思っていたのに……。今回の相手はちょっと無理そうだよ。派手に暴れるぷれいやーには慢心が付き物――じゃなかったのかなぁ」

 

 自分の力に酔ったぷれいやーなんて相手ではない。

 雑魚相手にやりたい放題で、MP消費にも気を向けていないのだから簡単に殺せる。即時蘇生のアイテムを所持していることも承知済みなので、相手が混乱している間に迅速な追撃にて二度目の殺害を行うのだ。

 それで“れべるだうん”。武装も剥ぎとれる。

 後はどこかで復活したぷれいやーを探し出して、徹底的に叩き潰すのみ。消滅するか、復活を拒否するかはご自由にどうぞ、である。

 ぷれいやーは、最後の最後まで混乱したまま消えていく。異世界への転移や自分自身の変異。懇切丁寧に教えてくれる“神”などいるわけもなく、恐るべき力を持った“ちーと”状態で、見知らぬ世界へと放り出され、そして暴れたり引き籠ったり……。

 ツアーにとっては有り難い状況だ。

 何しろこちらは知っているのだから……。百年ごとの揺り返し、魔神のごときぷれいやーの能力、そして理解を超えた戸惑いと望郷の念を。

 

(リーダー、君の知識をもっと得ておくべきだったよ。まぁ、今更だけどね)

 

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)は過去を振り払い、巨大な翼を広げる。幾度かはばたいて風を捉え、魔法の力と共に飛翔しては、天井の大穴へ飛び入る。

 既に光の剣は消え失せており、その場には数百年ぶりの――地下遺跡には初となる――太陽光が降り注ぐばかりだ。

 天を向くツアーの瞳に敵の影は見えない。

 大穴の先に見えるは青い空と、僅かばかりの白い雲。太陽の位置からして、ちょうどお昼時だろうか?

 ふふふ、と苦笑が漏れる。

 死ぬには悪くない天気だね、と何処にもいない仲間へ声を掛ける。

 

 さぁ、世界を救おう。

 

 

 ◆

 

 

 頑強な地盤が悲鳴を上げている。

 無理やりかき回されているからか? 何百年も動かなかった大地が、身を引き裂かれるかのような耳障りな音を響かせつつ、グルグルと地上にて巨大な渦を作り出していた。

 音からすると硬質岩が主体の地層なのであろう。高位のドルイドである闇妖精(ダークエルフ)であっても、なかなか大変な作業であるようだ。

 

「あ、あの、モモンガ様、深層部の岩盤も砕きました。こ、これで大丈夫だと思います」

 

「見事だな、マーレ」

 

 岩と僅かな植物だけで構成されている辺境の荒野。そんな人気の無い大地の上空でふわふわと浮遊するのは、世界滅亡級の化け物たちだ。

 

「次は、デミウルゴス」

 

「はっ、お任せください。――〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)隕石落下(メテオフォール)〉!」

 

 渦を巻く荒地の、まるで的当ての標的であるかのような地表へ向かって、町一つを消滅させかねない巨大な隕石が、それも複数降ってくる。

 大気を震わせ、岩肌を摩擦で焦がす隕石群。

 まるで怒りを表現するかのように真っ赤に染まった巨大な岩弾は、大魔王の前を素通りし、そのまま大地へとめり込んで、弾け飛んだ。

 

「流石に竜の巣は深いな。ではアルベド」

 

「はい、モモンガ様。――世界級(ワールド)アイテム、真なる無(ギンヌンガガプ)、発動!」

 

 マーレが緩め、デミウルゴスが穴を開け、アルベドが打ち砕く。

 守護者統括が放った青白い光の束は地上の大穴へと降り注ぎ、邪魔な岩盤をまるで砂糖菓子であるかのように粉砕していくのであった。

 

「ほう、久しぶりに見たが大した威力だ」大魔王は満足げに頷くと、仕上げとばかりに両手を掲げて詠唱を始める。

 

「発動まで待つのは面倒だからな、とっととやるぞ! 〈天上の剣(ソード・オブ・ダモクレス)〉!」

 

 貴重な課金アイテムを握り潰し、大魔王は超位の力をもって、大地に神の大剣を突き立てる。既に巨大な穴が何十メートルも掘られており、その下も緩んだ地層になっているので、ホールケーキにナイフを切り入れるがごとき軽快さだ。

 ただ、あまりに綺麗な刺さり具合だったので、モモンガも「地下神殿に居る竜王まで巻き込んでいないだろうなぁ」と少しばかり心配になっていた。

 

「ん~、多少崩れ落ちはしたが、ペチャンコにはなっていないようだな」リンクしている(しもべ)の視界から竜王の無事を確認し、魔王は必要のない一息を入れる。

 

「では最終決戦だ! 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)! 早く出てこい!」

 

 魔王は漆黒のオーラを噴き上げ、空中から地上に開いた大穴を見つめる。

 巨体の竜が十分に通れる大きさであろう。多少歪ではあるが、膨大な土砂を溶かし蒸発させたので、どこかが塞がっているようなことはない。

 

 ボフッ! バサァッ! 日差しを浴びて輝く白金の塊が、巨大な翼で視界を遮る。

 

「――まったく、ぷれいやーは皆、わがままだね」

 

「ふん、竜王(ドラゴンロード)に比べれば可愛いものだろう?」

 

 阻むモノなど何もない空中にて、大魔王と竜王は相対す。

 とはいえ、その一方が揃えんとする戦力は最終戦争級だ。

 ゆっくりとした速度で魔王の前へ浮遊してくるのは、神殺しの武具かと思える神器級(ゴッズ)及び伝説級(レジェンド)をその手に持つ、碧い蟲の王。そして竜燐すら容易く貫くであろう白いランスを構えた、赤い鎧の吸血鬼(ヴァンパイア)

 二人の後ろには、太陽ですら射貫けそうな神弓を持つ闇妖精(ダークエルフ)が一人。

 魔王の左隣には、スーツを着込んだ――ツアーには見覚えのある眼鏡悪魔が微笑みと共に佇み、右隣には漆黒の全身鎧を纏う、女性らしき戦士が――何故かクネクネしながら――浮遊していた。

 加えて、父親の背に隠れる人見知りの娘であるかのように魔王の背後に居たのは、黒い杖を抱え持った闇妖精(ダークエルフ)だ。無論、ただの女の子――いや、ただの子供でないことは、無感情の瞳に寒気を感じるまでもなく、ツアーには解っていたのだが……。

 

「さぁ、派手にやるとしよう! 貴様のギルド武器がどの程度のモノか見せてくれ!」

「えっ? あ、その、ちょっと待って!」

 

 複数の蛇が絡み合った黄金の杖(レプリカ)を掲げ「ギルド武器に見合った戦力を揃えたぞ!」とやる気満々だったモモンガに対し、ツアーは慌てて両手と尻尾を振る。

 

「む? なんだ? せっかくのイイ展開が台無しじゃないか」派手な魔法の応酬を期待していたのか、魔王の骸骨顔には少しばかりの不満が見える。

 

「水を差したのは悪いと思うけど……。そもそも私はギルド武器を使えないよ。これは保管しているだけさ」言葉と同時に奇妙な形状の剣を掲げ、ツアーは「なぜ私がギルド武器を使えると思ったんだい」と生きた心地がしない危険な状況の中で問いかける。

 

「は? 使えない、だと? んん? どういうことだ、デミウルゴス?」

 

「はっ、確かに『竜王がギルド武器を使用している記憶』を老婆は持っていませんでしたが、拠点侵入の件から装備できることは間違いありません。ギルド拠点から部外者がアイテムを持ち出すなど、ギルド武器を利用する以外に方法は無いかと」

 

 復活させた老婆の脳には、確かに八欲王のギルド拠点“浮遊する城”への侵入記憶が残っていた。それは、ナザリックへ部外者が侵入すると同義であり、無事に済むはずのない有り得ない状況。ツアーが所持しているギルド武器を、どうにかして使用可能にした――としか思えない。

 

「ちょ、老婆って、まさかリグリットを! そんなバカな?! ――いや、だから私の住処へ入ってこられたのか。なんてっ、なんて常識外れなんだ」理解する必要は無いのだろう、現実はいつも奇妙なものなのだ。ツアーは十三英雄との思い出を脳裏に浮かべながら「はぁ……だけどまぁ、ふん、今更……かもね。あぁそれより、ギルド武器を使って“ギルド拠点”へ入ったのは『星に願ったリーダー』だよ。私たちは付き添っただけさ」

 

 ぷれいやーの奇想天外ぶりには慣れていたつもりだったのに、ツアーはまだまだだったと思い知る。僅かに残っていた戦闘意欲も掻き消えそうだ。

 

「星に願ったぁ? お、おぉ、〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使用したのか。あの魔法にそんな使い道があったとは……」

 

「誤解を招かないように付け加えておくけど、結局ギルドマスターとしては認めてもらえなかったんだよ。おかげで“八欲王のギルド拠点”は、危険な“従属神”をたくさん抱えたままこの世界に在り続けている」

 

「だから暴れるな、大人しくしていろ、拠点の軍勢と戦いたくはないだろ?」なんて言葉の中に含ませてみても、ツアーの思惑など『どこ吹く風』だ。世界を幾度も滅ぼせる大魔王にとっては、ゲームイベント程度にすぎないのかもしれない。

 

「“空に浮かんでいる城”にも興味はあるが、まずは竜退治だ。とはいえ、ギルド武器込みで態勢を整えていたからな、このままでは過剰か……」

 

 魔王は軽く手を振り、前衛としてツアーの前に立ち塞がっていた守護者数名を横へ追いやると、ふわふわと軽やかに空中を進み出る。

 

「では白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)よ、一対一のPvPだ!」

「へっ?」

 

 背後に『魔王降臨』の四文字エフェクトが見えそうになるほど、自信満々に魔王は宣言するものの、竜王にその意図は伝わらない。

 世界を滅ぼせる従属神を何体も引き連れておきながら一対一とは? 付き従っている従属神も何故止めないのか? 『魔王様ご乱心』と叫んで押さえつけるべき案件だろうに!

 もっとも、従属神改め守護者たちも――拳に力を込めながら歯軋りしている様子からして止めに入りたいのであろう。事前に魔王から厳命でもされているのか、『私の楽しみを奪うな』とでも言われているのか、悲しみに潤んだ瞳からは、絶対の主たる魔王への忠誠心がドバドバと溢れんばかりであった。

 

「本気なのかい? 私には――」

「“始原の魔法(ワイルド・マジック)”が切り札なのは承知している。それに己の魂を限界まで絞りつくせば、プレイヤーを複数人消滅させることも可能なのだろう?」

 

「ふはははは、だからこそだ」魔王は楽しそうに三つの魔法陣を浮かび上がらせて、自慢のオモチャを披露する。

 

「こちらだけが相手の手の内を知っているのは不公平だからな。教えてやろう。この三つの魔法陣には、全て〈魔法三重最強化(トリプレットマキシマイズマジック)現断(リアリティ・スラッシュ)〉が込められている。そして私自身が同じ魔法を唱えると同時に魔法陣も開放し、合計十二の“次元をも切り裂く刃”でお前を襲う」

 

 魔王は必要ないはずの一呼吸を間に入れ、ツアーへ言い放つ。

 

「勝負だ、ツアー。私の“現断”とお前の“始原”。正面からぶつけ合って勝敗を決めよう!」

 

「なんて……嬉しそうなんだ」ツアーが無表情の頭蓋骨から読み取った感情は、歓喜であった。

 全力を出せる喜び。

 負けるかもしれないというドキドキ感。

 そして、己の切り札をお披露目できることへの感動。

 竜王は巨大な翼を一度だけ大きくはばたかせ、高速思考で自分の勝算を算出する。

 

(――くっ、これはっ! 武装が凄まじ過ぎて上限が解らない!? しかも、強化魔法の反応が十五以上? “次元をも切り裂く刃”とは八欲王も使っていた魔法だと思うけど、魔法陣に込められている魔力は桁違いだ。それが三つ? しかも同じ魔法を更に唱えるだって? 私を神とでも思っているのか?! それになんだよ! お腹の赤い球はっ! 私を世界ごと破壊するつもりかっ!!)

 

「どうした竜王よ。私としては、いい勝負になると思っているのだが……」

 

「はぁぁ、残念だけど……、無理だね。限界まで生命力を使い尽くしても、その魔法陣三つ――いや、神々の奇跡により私が未知の力に目覚めて全てを相殺させたとしても、力を使い切って弱体化した私は飛ぶこともできず、地面に激突して死んでしまうよ。もしくは地上の貧弱な獣に襲われてお終いさ」

 

 元々“始原の魔法(ワイルド・マジック)”は全盛期の力を持ってはいない。ツアー自身も最強の使い手とは言い難い。八欲王時代なら『もしや』と思える――竜帝のような――竜王はいたかもしれないが、現代においては白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)を最強とするしかないのだ。

 それに生命力を使い切る行為は、大幅なレベルダウンに等しい。大魔王の切り札を相殺するような大偉業を成すのであれば、最強の竜王も野良犬並みに転げ落ちることだろう。

 だからもう、打つ手はない。

 

「……降参だ、降伏するよ」

 

 たとえ降伏したとしても、待っているのは死であろう。本当なら最後の最後まで抵抗して、従属神の一人でも道連れにするのが正道なのかもしれない。

 だけど、相手は話が通じそうな大魔王だ。

 希望の糸は、まだ途切れていないのかもしれない。

 

「む? うむむ、そうか。それは非常に残念だが……、あぁ、そうか! 人形の自爆で“始原の魔法”(ワイルド・マジック)を行使していたな! だから疲弊していたのか! くそっ」

「え? いや、使いはしたけど、結果は同じ――」

「申し訳ありませんモモンガ様! 私が自爆を誘発してしまったせいで、御身の楽しみを邪魔してしまいました! この罪は――」

「デミウルゴスの責任ではありませんわ、モモンガ様。敵戦力の正確な把握を行えなかった、わたくしにこそ問題があったかと。どうか私に罰を――」

「ちょっ、ズルいでありんすよ、アルベド! 自分から罰をもらいに行こうとするなんてっ! モモンガ様! わらわにも何か罰を――」

「何かって、もう少し誤魔化そうよ。モモンガ様も困っちゃうじゃん」

「う、うん。お姉ちゃんの言う通りだと、お、思うけど……僕も」

「ナンノ話ヲシテイルノダ?」

 

 小首を傾げるコキュートス同様、モモンガも「なにがなんだか」と呆れ顔だ。

 最強の竜王たるツアーの――命を懸けた最終奥義を見ることは叶わなかったし、全力でのPvPも行えなかった。それは確かに残念だし、不機嫌になり得る事実だ。

 だがしかし、相手の残された力を見誤ったのはモモンガ自身の失態であって、守護者の誰かが悪いのではない。そもそも竜王の能力探査を最小限に抑えさせたのは、魔王の判断なのだ。

 相手が竜王一体なのは判明していた。

 ギルド武器を持っていることも、世界の最強種であることも判っていた。

 ならば、それ以上を探るのは野暮というものだろう。

 プレイヤーが籠るギルド拠点への侵攻ならともかく、竜王との腕試しにまで“ぷにっと萌え”の教えを貫くのは興がさめる。

 

「むぅ、ようやく勇者を見つけたと思ったのだがなぁ」

 

 老婆の有用で過剰な情報から、ツアーの存在を知った。

 異世界における最強の生命体。体系の異なる“始原の魔法(ワイルド・マジック)”。おまけにギルド武器を所持しているとなったら、それ以上の情報は楽しみを減衰させるだけでしかない。

 ナザリック勢が全力をもって戦える相手は、プレイヤーを除くと竜王だけだろう。だからこそ、それなりの期待と共に最強の布陣で正面からぶつかりに来たわけだし、最終的に一対一の決戦を行うことも織り込み済みだったのだが。

 モモンガは精神抑制が働かない程度の残念さを抱えて、深いため息を吐いていた。

 

「仕方ない、降伏した勇者を殺すのはつまらんからな。ではツアーよ、仲間探しの旅へ出るがよい」

「はへ?」

 

 思わずギルド武器を落としそうになるが、気を持ち直して受け取った言葉を反芻してみても、やっぱりおかしな返事が出そうになる。

 

「な、なにを言っているんだい? 君はっ」

 

「なにって……。魔王に敗れた勇者が、再戦のために仲間探しの旅へ出るのは定番中の定番だろう? この世界にはまだ複数の竜王が生きている、と老婆の記憶にあったぞ。それに海上神殿の最下層で寝ているというプレイヤーも起こしてこい。大魔王討伐の勇者チームを編成し、我が居城“ナザリック地下大墳墓”へ攻めてくるのだ。ふふ、期待しているぞ、勇者ツアーよ」

 

「滅茶苦茶だよ!」ツアーは魔王の嬉しそうな語りを耳にしながら唖然とした表情と共に愚痴を吐くものの、期待している自分に気付いてしまう。

 天空を飛び続けているアイツをどうやって引っ張ってこようか、地の底に籠っている偏屈野郎をどう説得するのか、海上神殿への侵入方法は? などなど。無意識の内に計画を立ててしまう。

 生きることを諦めていたつもりだったのに、魔王の言葉で意欲が湧くとは、なんという皮肉なのだろうか。笑いさえ込み上げてきそうだ。

 

「そちらに何の益も無さそうなのに、本当にいいのかい?」

 

「疑い深い竜だなぁ。大魔王が己の(げん)(たが)えることはないから安心しろ。配下の者にも『勇者出立』を通達しておくから、追手なんかも放たれたりしないぞ」

 

 面倒臭そうに骨の手をヒラヒラさせる魔王は、竜王を送り出そうとする最後の瞬間「おっと、忘れるところだった」とツアーに顔を向け、片手を差し出しながら骨の顎を開く。「ギルド武器は置いていってもらうぞ。構わないな?」

 

 当然と言えば当然であろう。

 危険で強力な、この世に二つとして同じモノはないギルド武器。

『特定の人物しか使用できないから』と言って放置してよいものではない。そう、この異世界には“生まれながらの異能(タレント)”なんて厄介な特殊能力が存在するのだから。

 

「お願いできる立場でないのは解っているつもりなんだけど……」

 

「あぁ、拠点の扱いなら任せておけ。ギルド武器を破壊して、お前たちの言う“従属神”とやらを放逐するつもりはない。この世界を壊してよいのは、私だけなのだからな!」

 

 大穴の開いた荒野の上空にて、豪華なローブを派手にはためかせる大魔王は、「モモンガ様、まじかっけー!」とか「ゾクゾクするでありんすー!」なんて桃色の声援をバックに、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)からギルド武器――刀身が複数に枝分かれしていてどんな鞘にも収まりそうにない奇妙な剣――を受け取る。

 

「ナザリック周辺を蹂躙したら、八欲王のギルド拠点でも攻めてみるか。高レベルNPCがたくさん居るようだし、今から期待が持てるな」

 

 モモンガの呟きに「やっぱり渡すべきじゃなかったかも?」と思い悩んでも、他に選択肢はなかったのだからどうしようもない。

 ツアーは何故か勇者に認定されてしまったのだ。ならばもう、考えるべきは魔王討伐の一点のみ。不本意ながらも。

 

(なんで竜種の私が勇者なんだよぉ)

 

 竜王の苦悩は、機嫌の良さそうな魔王には伝わらない。キャーキャーと声援を送っている守護者たちの眼にも映らない。

 最強だった竜王は、敗走の勇者と成り果ててしまったのだ。勝算があるのかどうかも判らない、いや絶対無理だろう、そんな魔王討伐へ駆り出される有り様。世界中の生き残っている竜王を集めても、その者たちは八欲王から逃げて大陸戦争に参加しなかった臆病者らなのだ。“始原の魔法(ワイルド・マジック)”もツアーほど使いこなせるとは思えない。ぷれいやーとの戦闘経験だって、ツアーの足元にも及ばないだろう。

 

(あ~ぁ、物語に登場する人間の勇者って、こんな絶望感に打ちのめされながら戦っていたのかなぁ。それでも物語ならハッピーエンドだろうけど、私の場合は……。リグリットも大丈夫かなぁ。生きているのか死んでいるのか。まぁ、消し飛ばした私が心配するのもおかしな話か。どうせ私が勝てなかったら助け出すことも不可能になるんだし……。最後の希望は“ぷれいやー”が持つ“ユグドラシル”のアイテム、ぐらいだろうか?)

 

 ツアーは手元を離れたギルド武器、そして大穴の奥底で瓦礫に埋まってしまった己の住処を悲しそうに眺め、ため息と共に数度はばたく。

 

「じゃあ、大魔王モモンガ……様、私は行くよ。仲間を探しに、ね」

 

「おお、元気でな勇者ツアーよ。私の度肝を抜くような最強チームを連れて来てくれ。あっと、私に肝は無いがな」

 

 最後の一言が冗談なのかどうなのか、笑っていいのか駄目なのか、ツアーはしばらく固まったまま、己の運命を呪うことしかできなかった。

 

 ちなみに「悟のせいだ! 悟のセンスが私にうつったに違いない!」なんて魔王が呟いたかどうかは、真偽不明である。

 


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