骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第11話 「必罰魔王」

 世界が破滅に傾いていることなど、矮小なる人間には解らない。

 それでも地軸を揺るがす振動と天を黒く染める爆炎の雲を――遠目ながらも目撃してしまえば、この世の終焉を想像してしまうものだろう。

 そう、バハルス帝国にも当然居たのだ。

 ただしその者は漠然とした予感などではなく、国家存亡の危機感を募らせて行動に移ろうとしていたのだが。

 

「なぜ誰も報告をよこさんのだ!? 〈伝言(メッセージ)〉での一報ぐらいすぐに出来るだろうがっ!」

 

 帝国首都アーウィンタールの帝城にて、皇帝“ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス”は苛立ちを抑えずに吠えていた。

 他所の影響を受けにくい皇帝執務室でも感じられた地響き。咄嗟に窓を覗いて視認した真っ黒な天上の雲。方角的には、スレイン法国の神都であるかのように思われた。そしてただ事ではないとも感じられた。

 故に魔法詠唱者(マジック・キャスター)を組み込んだ複数の偵察部隊を送り込んだのだ。中にはスレイン法国への正当な使者として、正面から向かった者たちも含まれている。

 

「これは……何者かの妨害にあって全滅した、と判断すべきでしょうな。我が弟子の実力からして考えにくいことではありましょうが」

 

 長い白髭を撫でながら、帝国最強の首席宮廷魔法詠唱者(マジック・キャスター)“フールーダ・パラダイン”はため息を吐く。そんな老人の口調からは、偵察隊の任務不達成を嘆いているのか、優秀な弟子の喪失を惜しんでいるのかは判らない。

 

「全滅だと?! 鷲馬(ヒポグリフ)で空からも行かせているのにかっ!」

 

 虎の仔たる皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)まで引っ張り出したのだ。それで得られたモノが何も無いなんて悪夢でしかない。

 

「この地からでも見える巨大なきのこ雲だったのだぞ。スレイン法国で問題が起こったのは間違いない」皇帝は適度に沈み込むやわらかくも豪華なイスに深く腰掛け、左手先をこめかみへ添えながら唸る。「森妖精(エルフ)、もしくは南部の亜人国家から攻め込まれたのか? それとも内乱か? 法国は良くも悪くも人類の守護者なのだ。倒れてもらってはこちらが困る」

 

 皇帝の言葉を最後に、防音に優れた執務室が沈黙で満たされる。

 誰も情報を持っていないのだから仕方がない。真実にしろ虚偽にしろ、議論する材料があるのなら前にも進めようが、何も無いのでは進む方向すら定まらない。

 

「……で、陛下。つい先程聞こえてきた、西方からの爆発らしき異音はどうします?」

 

 沈黙に耐えかねた四騎士の一人、雷光“バジウッド・ペシュメル”が誰も触れようとしなかった禁忌を持ち出す。それは帝国の西に広がる大山脈の、さらに西側から響いてきたであろう大窓をビリビリと振るわせた波動の件だ。

 

「山脈の西側で噴火でも起こった――と思いたいのは山々だが、スレイン法国の変事と無関係ではないだろうなぁ。しかしあちらには評議国がある。帝国からは距離もあるし、任せるしかあるまい。それより今は法国だ。何とか情報を集めないと……。一番近い都市は王国のエ・ランテルだったな? 何か報告は来ていないのか?」

 

 帝都まで響いた爆発振動なのだから、エ・ランテルでは地震のごとき体感であったはずだ。当然何事があったのかと騒ぐだろうし、王国首都への報告、原因究明等、夜を徹しての大騒動になっているのでは? と期待したくなる。

 

「はっ、今のところ〈伝言(メッセージ)〉による第一報だけですので裏付けはありませんが、スレイン法国関連の情報で目ぼしいものはありません。我らと同じく、天地を揺るがす大爆発に混乱しているだけです。他の話題ですと、表側では『エ・ランテル近郊に現れた遺跡』、裏側では『王国戦士長行方不明』ぐらいでしょうか」

 

「ん? 遺跡、だと? それに戦士長?」秘書官“ロウネ・ヴァミリネン”からの報告に、ジルクニフは耳慣れない単語と、気になる名称を捉える。「近郊に『現れた』だと? 発見ではないのか? それに、戦士長とは“ストロノーフ”のことだな? なにがあった?」

 

「は、はい。〈伝言(メッセージ)〉の内容をそのまま信用する訳にはまいりませんが、何も無かったはずの草原のど真ん中に突如遺跡が現れた、とのこと。戦士長は同地域にて暴れていた武装集団排除へと赴き、行方知れずとなったそうです。ま、まぁ、荒唐無稽と言いますか、なんというか……」

 

 後日、報告書が届きますので確定させるのはその時に――とロウネは〈伝言(メッセージ)〉の信憑性に苦言を呈しつつ、皇帝が何に興味を持ったのかと訝しがる。

 

「このタイミングで遺跡だと? スレイン法国で変事が発生したであろう、この同じ時期に? しかもあの最強戦士がその場にいた?」

 

 理解を超えた”非常識な存在”の気まぐれなど、ジルクニフには読み取れない。手元にある少なすぎる情報から真実へ辿り着くことも不可能だ。

 それでも、国家と国民を護るために動かなければならない。スレイン法国の騒動が、バハルス帝国を滅ぼさんとする前に。

 

「スレイン法国への強硬偵察は中止だ。これ以上人的損失を増やすわけにはいかん。ロウネ! 捨て駒の貴族を誘導して、請負人(ワーカー)どもをスレイン法国とエ・ランテルの遺跡へ突っ込ませろ。死んでも構わん。生きて帰ってくる者がいたら、拘束して情報を吐かせろ」

 

「はっ! 美味そうな餌をぶら下げて、『我先に』と走らせて御覧に入れます」

 

「美味すぎて警戒されぬようにな。――よし、次はカッツェ平野に一万……いや、二万の軍を展開させる。名目はアンデッド掃討及び軍事演習だ。無論、実際はスレイン法国からの脅威を警戒した布陣だが、エ・ランテル側にも注意を払え」

 

「畏まりました、陛下。軍の指揮は――」

 

 皇帝からの手早い指示を、ロウネは焦ることなく捌いていく。同時に必要な人員に費用、請負人(ワーカー)どもを熱狂させるネタについてなど、多くの情報が頭の中を駆け巡る。

 余程優秀な秘書官なのであろう、皇帝ジルクニフの意図を間違って捉えている気配など微塵も無い。

 ジルクニフ自身、淀みのない的確な反応に満足げな笑みを浮かべてしまうが、これで事態が改善する保証は何処にもなく、未だにスレイン法国の情報は皆無だ。

 地響きの原因がただの自然現象で、情報を集めに行った偵察隊は皆無事。連絡がつかなかったのは運が悪かっただけ。スレイン法国は健在で、エ・ランテルは新しく見つかった遺跡の発掘で大繁盛――なんて平和な世を願っても、今日(こんにち)まで(あゆ)んできた血まみれの覇道が全てを否定してくる。

 そんな都合の良い未来なんて有る訳がない。

 皇帝としての立場上、最悪をも想定して複数の対処法を用意しておくのは当然だ。しかしながら、時々地理上の優位性に胡坐をかいている王国が羨ましくなったりもする。――ほんの少しだけ。

 

「さて、スレイン法国が南の亜人国家に滅ぼされたとは思いたくもないが……。万が一の場合は、カッツェ平野を跨いだ防衛戦の始まりか。王国や聖王国、竜王国にも通達を――いや、竜王国はビーストマンで手一杯だろう。王国はこちらの話をまともに聞くとも思えん。聖王国は兵を派遣するかどうか。くそっ、やはり情報だ! 確たる証拠が無ければどの国だって二の足を踏むに違いない!」

 

 確証が無ければ動かない、それは自分だって同じことだ。それなのに入手できた情報は何も無い――というか、偵察隊未帰還ぐらい。思わず金髪のサラサラヘアーを掻き毟りたくなってしまうが、今はそんなことをしている場合ではない。

 時間は有限だ。

 一刻も早く、スレイン法国で起こっている異変の真実を確かめなければならない。

 

「ふむ、請負人(ワーカー)だけで足りるか? 捨て駒にするにしても頭数に不安があるな。よし、使えるモノは全て使うとしよう。商人、神官、冒険者、盗賊どもや牢に入れてある罪人も法国へ流せ」

 

「冒険者に、罪人も……ですかい?」

 

 バジウッドが唸るのも仕方がないことであろう。冒険者は国家に所属しない集団であり、今後の関係に亀裂が生じる可能性がある。

 罪人どもはもっと問題だ。多くの手間を掛けて捕まえた犯罪者を、無罪放免とばかりに外へ出すのは抵抗がある。対象となる者の中には、バジウッド自身が捕まえた腕の立つ武闘派も何名かいるのだから。

 

「お任せください、陛下。冒険者には、スレイン法国行きの商隊警護依頼をあてがっておきます。罪人どもはスレイン法国での別件犯罪検証という口実で移送し、途中で放逐しましょう。無論、スレイン法国以外へは行けないように対処します」

 

 それで生きて帰ってきた者を捕縛し情報を吐かせます――そう語るロウネは、盗賊に関しても討伐隊を編成し、スレイン法国側への逃走を誘発させんと頭を回転させる。

 バジウッドら四騎士が前面に出て、本気の討伐隊であることをアピールすれば、多少活動し辛いと言われている法国側へも足を向けることだろう。数だけは多いのだから、スレイン法国で何が起こっているのかを目撃してくれる可能性は高い。

 

「あとは先行偵察隊の回収に関してですが……」ロウネが言葉を選んで口にするのは、連絡が途絶えてしまった偵察部隊についてだ。

 生きているにしろ死んでいるにしろ、情報漏えいを危惧するのであれば、肉体も武装も持ち帰らねばならない。

 

「ああ、当然そうしたいところだが、帰ってこない場所へ兵を送り込むわけにもいかん。だからと言って部外者に頼むなど論外だろうし。……なぁ、爺。やはり魔法で探索する訳にはいかんのか?」

 

 皇帝の問いは、未だ行方不明となった弟子への未練を断ち切れないでいる一人の老人を振り向かせる。

 

「前にも言いました通り、自殺行為ですな。スレイン法国の探知阻害結界は、他の国と比較になりませぬ。無駄に魔法詠唱者(マジック・キャスター)を減らすだけですぞ」

 

 そう口にしながらも「結局、優秀な弟子を無駄にしてしまった」と、フールーダは項垂れる。国境から少し入り込んで、法国の状況を〈伝言(メッセージ)〉で報告するだけの任務だったはずなのに、一言も連絡を寄こさず誰も帰ってこないなんて悪夢でしかない。

 ちなみにフールーダは弟子の身を案じているのではなく、魔法の深淵を覗くための人的資産が削られたことを嘆いているのである。誤解なきように……。

 

「少しでも効果が有るのなら、何人か使い潰しても構わんだろうが……。やれやれ、そんなに厳重ならばスレイン法国で何が起こったというのだ? 情報らしい情報が何も無いから、余計な詮索ばかりが募って仕方がない。この際だ、バジウッド。虚偽でもいいから情報を持ち帰ってくれないか?」

 

「間違っている、嘘の情報でもイイんですかい?」

 

「こちらを惑わそうという欺瞞情報なら、その意図からでも多くの事柄が読み取れる。一番困るのは何も無いという状況だ。検討する材料が無いのでは、流石の私もお手上げだ」

 

 降参だぁ~、というコミカルな表情と共に軽く両手を上げる皇帝の様子に、側近たちはわははと笑い、場を賑わせる。

 これでよい――皇帝はそう密かに頷いて、配下の者を送り出す。

 切迫した事態であることに違いはないが、焦ったところで事態は好転しない。必要なのは適度な緊張感と余裕。そして「自分たちの皇帝はまったく動じていないから大丈夫」という安心感だろう。

 屋台骨がグラつくわけにはいかないのだ。

 とはいえ、一時的に苛立ちを募らせていたのは間違いないのだが……。まぁそれはそれとして、鮮血帝も血の通う一人の人間なのだと軽く流してもらいたいものである。

 

「では期待して待つとしよう。餌にどんな獲物が食らいつくのかを、な」

 

 余裕たっぷりの微笑みを湛えて、ジルクニフは緊急会議を終了させた。

 自分自身と、帝国全土が向かおうとしている未来の、その圧倒的なドス黒さに気付かぬままに……。

 ちなみに先行偵察隊の回収は保留となった。居場所も不明で、助ける手段も無いのだから当然であろう。

 

 

 ◆

 

 

 信賞必罰は世の常だ。

 たとえ神をも殺す魔王軍であったとしても例外ではない。

 しかし、魔王の傍に侍ることが最高の栄誉であり御褒美だと思っているナザリックの(しもべ)には、これ以上何かを与えると過剰になりかねないので注意が必要だ。

 それより問題なのは罰である。

 大魔王モモンガ様のためならば即座に己の首を刎ねかねない(しもべ)であるが故に、へたな罰は即刻死刑と採られかねない。

 もしかすると、竜王(ドラゴンロード)との戦闘よりバランス感覚を要求されるのではないだろうか。

 

「頭を上げて、モモンガ様の御威光に触れなさい」

「「「はっ!」」」

 

 守護者統括の声が響く玉座の間にて、多くの絶対強者たちが跪き、同じ方向へ顔を向ける。

 全ての者が見つめる先には、玉座に深く腰を沈める神をも超える大魔王、モモンガ様の姿があった。

 “悟”がこの場に居れば「御威光ってなんだよぅ」と弱気な発言が零れたかもしれないが、絶対支配者たる骸骨魔王は、一切動じることなく(しもべ)たちの敬愛に満ちた視線を受け止めると、威厳溢れる言葉でナザリック最深部を支配する。

 

「各階層守護者にセバス、パンドラ、そしてスレイン法国制圧と竜王討伐に参加した全ての(しもべ)たちよ。お前たちのお蔭で“強制イベント”――いや、突発的な任務はつつがなく完了した。感謝するぞ」

 

 大魔王からの謝辞に「感謝など勿体無い」というアルベドの喜びを隠せない発言を始めとする多くの返礼が巻き起こるものの、モモンガのかざした右手がその場に沈黙をもたらす。

 

「本題に入るとしよう、デミウルゴス」

 

「はっ」

 

 深く頭を下げる眼鏡悪魔の成すべき本題とは? それは、罰を受けることである。

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の放った自爆人形で重傷を負い、部下も数名爆裂死亡。加えて貴重な情報源の老婆まで死なせてしまい、モモンガ様の機転がなかったなら、老婆が貴重過ぎる情報を持っていることすら知らないままであっただろう。

 デミウルゴス自身、老婆の記憶がどんな価値を持っていたのかを知った一人なのだ。それ故に己が許せない。たとえモモンガ様が温情を与えてくださったとしても。

 

「愚かなるこの身に罰をお与えください、モモンガ様」

 

「う~む、あの自爆は誰であろうと防げなかったと思うが……。まぁ、仕方ない」モモンガは骨の人差し指を頬骨へ軽く添えると「デミウルゴス、罰としてスレイン法国の牧場運営、及び付随する研究の一切を任せる」

 

「――っ?!」

「モ、モモンガ様?!」

 

 魔王の発言に驚きを示したのはデミウルゴスだけではない。各守護者も、統括のアルベドもだ。

 

「ん? どうした、アルベド」期待通りの反応だと言わんばかりの魔王――に対し、アルベドは「モモンガ様の決定に異を唱える愚をお許し下さい」と口を開く。

 

「スレイン法国を人間牧場とし、繁殖させた人間どもに“武技”や“生まれながらの異能(タレント)”などの研究を行わせ、使い道がなくなれば経験値として吸収する。死体は餌や巣、可能であれば召喚素体としても余すことなく活用」

 

 再確認とでもいうかのようなアルベドの情報列挙に、モモンガはウンウンと頷き肯定の意を示す。

 

「そのような国家規模の牧場運営任務は、とても“罰”などと呼べるものではありませんわ。むしろ御褒美ですぅ!」

 

「モモンガ様、アルベドの意見は尤もであるかと思います。御慈悲には感謝申し上げる次第ではありますが……」

 

「ふふ、ふははははは」

 

 突然の笑い声には、アルベドもデミウルゴスも戸惑うしかない。

 他の守護者たちも同様だ。

 

「そうかそうか、御褒美か。それはちょっと悲しくなるな」悲しいと言いながらもちょっと嬉しそうな大魔王は、子供をからかうかのような口調で混乱している(しもべ)たちへ語りかける。

 

「牧場運営は大変な任務だ。多くの手間と時間がかかるから、現地での滞在を余儀なくされるだろう。ナザリックへの帰還頻度も少なくなる。だとすると、私の傍にいる時間は殆ど無くなるだろうなぁ。私と話すことも、私の姿を見る機会も失われるに違いない。だがそうか~、御褒美なのか~、私の傍から離れることが御褒美とはな~」

 

 意地悪そうな語りかけに、アルベドもシャルティアも悲鳴をもって答えるしかない。

 

「ば、ば、ばつです! 恐ろしい罰ですわ! 私では耐えられません!」

「そうでありんす! ニューロニストの拷問を受ける方がマシなくらいの罰でありんすぅ!」

 

 一呼吸を置いて、他の守護者も頷く。

 

「確カニ、褒美トハトテモ言エナイカト」

「うんうん、モモンガ様と離れないといけないなんてねー」

「ぜ、ぜったいダメ! だと思う。僕は、その……、モモンガ様の傍にいたいなぁ」

「まぁさにっ! こぉれ程の罰を受けるデミウルゴス殿にはっ、同情を禁じ得ませんな! ああ、拒否したくなるぅ気持ちも解ります! よぉく解りますとも! ですがデミウルゴス殿! 罰は罰! し、か、とっ、受け止めるべきでしょう!」

 

 クルクル回るパンドラからのトドメと言わんばかりの一撃を受けて、デミウルゴスは(こうべ)を垂れるしかない。

 スレイン法国での牧場運営が大きな任務であり、モモンガ様のお役に立てる活躍の場であることは疑いようのない事実である。それをモモンガ様は、無理やり罰に仕立て上げ、他の守護者が納得するように誘導してくれたのだ。――デミウルゴスのために。

 ナザリックから離れるのは、モモンガ様から離れるのは、確かに身を裂かれるような苦行であろうが、任務のためなら耐えられる。絶対支配者、骸骨大魔王モモンガ様のためならば耐えられるのだ。

 

「どうだ? デミウルゴス。少し厳し過ぎる罰であったかな?」

 

「はっ。確かに、モモンガ様の傍に侍ることが許されないのは、我ら守護者にとって存在意義を失うに等しい絶望的状況ではありますが……。このデミウルゴス! 牧場の運営をもって、モモンガ様の御慈悲に報いたいと思います!」

 

「慈悲とは何のことやら」魔王は骨の手をヒラヒラ舞わせ、眼鏡悪魔への懲罰提示は終わりだと皆へ示すと「では、次の件だ。後回しになっていたエ・ランテルへ、散歩に行くぞ」庶民的な話題を持ち出していた。

 

「例の“生まれながらの異能(タレント)”を持った少年を確保するのですね。ですがモモンガ様が御命じになれば、一刻と待たずして御前に運んでまいりますが……」

 

 少し不思議そうにアルベドが問いかけると、魔王は「ふふん」と鼻を鳴らす。

 

「散歩と言っただろう? 私は人間の街を歩いて回りたいのだ。ユグドラシルでは人間の街に入ろうとすると、即戦闘が始まって散歩どころじゃなかったからなぁ」

 

「モモンガ様を拒否するとは許せないでありんす! 即刻滅ぼすべきでありんしょう!」

「も~、ここはユグドラシルじゃないってば~。落ち着きなよ、シャルティア」

「で、でもお姉ちゃん。この世界でも人間は敵、だよ? 同じように、せ、戦闘になるんじゃないかな?」

「ナラバ私ガ、モモンガ様ノ御傍ニテ警護ヲッ」

「羨ましい限りだね。私は牧場へ行かないといけないから、同行は許されないだろう」

 

 デミウルゴスが肩を落とすと同時に、むくりと頭をもたげ始めたのは守護者たちの“欲”だ。

 

 ――警護任務――

 

 コキュートスが何気なく呟いた一言に、コキュートス自身も興奮してしまう。

 モモンガ様が人間の街を散歩するのであれば、当然ながら御身を御守りする警護者が必要不可欠。脆弱な人間ごときが、魔王たるモモンガ様に指一本触れることが出来ないのは承知の上だとしても、傍に侍る守護者級の者が一人も居ないなど許されるはずもない。

 ただ、スレイン法国での警護のような戦闘配備にはならないだろう。

 もっとそう、守護者統括や真祖(トゥルーヴァンパイア)が妄想しているような、ゆる~い同行任務になるのではないだろうか?

 

「モモンガ様、私は“妻”として御一緒させて頂き――」

「だぁ~れが妻でありんすかっ! 抜け駆けは許さないでありんすよ! モモンガ様はわたしが御守りするでありんす!」

「イヤ、少シ待テ。二人ハスレイン法国デ警護ノ任ニ就イテイタノダロウ? ナラバ、私ノ番ダナ」

「え~、それを言ったらコキュートスもじゃん。あたしとマーレは周辺警戒だったんだよ」

「そ、そうですよ。お、お姉ちゃんの言う通りです」

「あの~、私はナザリックで留守番だったのですけどぉ……」

 

 現地へ乗り込めなかったパンドラの呟きにセバスが小さく頷く、――そんな頃、玉座に悠然と身を置いていた魔王が場を纏めようと動き出す。

 

「ふむ、そうだな。ハンゾウら隠密系の(しもべ)たちは周辺に展開させるとして、守護者からはアウラとマーレ、それにパンドラを連れて行くとしようか」

 

「やったー!」

「う、嬉しいです、モモンガ様!」

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)!」

「ぐぅ、うらやまじいぃぃぃぃ」

「あぁぁ、モモンガ様とわらわのデートプランがぁぁ」

「仕方アリマセン。留守ハオ任セヲ」

 

 二名がピョンと跳ねて喜びを表すと、一名が美しい異国の言葉で忠誠を唱え、一名がモモンガ様の御姿を刺繍したハンカチを握りしめて泣き喚き、一名が頭を抱えてゴロゴロ転がり、一名が頭を下げて了解の意を示す。

 そして最後に、眼鏡悪魔が同僚の惨状をヤレヤレと嘆きつつ、挨拶の言葉を捧げる。

 

「それではモモンガ様、私はスレイン法国改めスレイン牧場へと参ります。牧場の運営状況や研究結果については定期的に報告書を持参いたしますので、その時には拝謁を賜りますようお願い申し上げます」

 

「ああ、期待しているぞ、デミウルゴス。ただ、外敵に対する警戒は怠るな。隠密特化型の悪魔以外にも、レベル75以上の(しもべ)を最低五体は傍に配置しておけ。この世界にはプレイヤーだけではなく、竜王のような強者も居るのだからな」

 

「はっ、畏まりました。このデミウルゴス、モモンガ様の下僕として恥じぬ働きをお約束いたします」

 

 竜王の名を持ち出されたならば、デミウルゴスとしても考え得る最高の警戒をもってしてコトに当ろうとするだろう。自爆に巻き込まれるような失態など、二度とあってはならないのだから。

 

「よし、ではいくか」玉座から立ち上がり、大魔王モモンガは闇妖精(ダークエルフ)二人と、軍服埴輪へ視線を向け「用意はイイか?」と問いかける。

 

「えぇっと、モモンガ様。あたしの魔獣はどうしましょう? 連れて行きますか?」

 

「う~む、あまり仰々しいのも散歩の邪魔だしな。隠密系の魔獣のみにしてくれ。マーレは(ドラゴン)を置いてくるように。アレが街へ降り立ったら、目的の少年まで踏み潰しかねない」

 

「はい! わかりました!」

「は、はい。かしこまりましたモモンガ様」

 

「パンドラは……、そうだな、既に街へ入り込んでいる影の悪魔(シャドウデーモン)八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)、そしてこの場に居る八体のハンゾウを統率しておけ」

 

「かぁしこまりましたっ、我が絶対の主! モォモォンガッさま! ――では、エ・ランテルのどの辺りへ転移いたしましょう? 御希望の場所に〈転移門(ゲート)〉を展開いたしますが……」

 

 エ・ランテルには多くの(しもべ)が密かに入り込んでおり、転移先のマーカーはどこであろうと配置可能だ。それこそ三重城壁の最深部、領主の執務室であろうと容易く転移できる。無論、どんなに魔法的な結界が張られていたとしても問題にはならない。

 だが当の骸骨魔王は、なにやら楽しそうに街への直接転移を否定する。

 

「ふふ、せっかくの散歩なのだ。街の正門から、のんびり歩いて入るとしよう。転移は何かと便利ではあるが、風情というものに欠ける」

 

「それがいいと思います、モモンガ様! のんびり歩きましょう!」

「ぼ、僕もそう思います。転移だと、モモンガ様の傍にいる時間が、す、少なくなっちゃいます」

「おおぉ、私としたことが……。効率化を図るあまり、大切なことを見落としていたようですね。ではっ、エ・ランテルまで歩いてまいりましょぉう!」

 

 楽しげな闇妖精(ダークエルフ)の傍でシュバシュバと忙しい動きを見せる埴輪に対し「いや、流石にそれは遠すぎるだろ」と骸骨魔王の冷静な突っ込みが飛ぶ。と同時に「正門前の適当な場所でよい」との指示が放たれ、魔王モモンガは“玉座の間”の大扉へ向けて歩き出す。

 転移でどこへ行くにせよ、“玉座の間”からは発動できない。地上の何処かへ転移するならば、一度“玉座の間”から出て拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)で第一層の地表近くまで飛び、外へ出てから〈転移門〉(ゲート)を発動させるのが通例だ。

 もちろん“玉座の間”以外であれば、一気にカルネ村などへ飛ぶことも可能だろうが、それだと最重要アイテムの指輪まで持ち出すことになり問題だ。

 だからモモンガは、今にも血涙を流さんばかりとなっている留守番守護者たちへ「さぁ地表へ出るぞ。拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を預かってもらわねばならないのだから遅れるなよ。ついでに……デミウルゴスの見送りも兼ねるとしようか」と語り、大扉に飾られた彫像――天使と悪魔の前を通る。

 

「もったいなき御言葉」

 

 『ついで』扱いされながらも、わざわざ名前を出されて『見送り』と言われたなら誰もが胸を熱くするだろう。

 深く頭を下げる眼鏡悪魔は、指輪の力を発動させる大魔王様に遅れまいと、即座にナザリック地表部へと転移するのであった。留守番となった無念さを――わざとらしく歯軋りで伝えてこようとする同僚守護者の残念ぶりに「困ったものだ」と呆れながら……。

 


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