骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第12話 「散歩魔王」

 エ・ランテルとはリ・エスティーゼ王国の最東に位置する城塞都市であり、バハルス帝国との戦争時に於いては最前線基地として使用される、王国の要とも言える王直轄の重要都市である。

 人口は首都に次いで多く、スレイン法国とも近いので各国へ向かう中継地点になっており、経済状況は『王国の貴族が舌を伸ばしてきそう』なほどの勢いがあった。

 王国の暗部である犯罪組織の影が薄いのも、都市運営にとって好材料と言えるだろう。無論、薄いだけであって皆無などではない。息の掛かっている商会や組織は少なからず存在しているし、安価な麻薬“黒粉”も取引されているのだ。一部が帝国まで輸出されているのだから、都市長も頭を痛めていることだろう。

 そんなエ・ランテルで最近の話題と言えば、やはり『スレイン法国の大爆発』、そして『巨大遺跡出現』であろう。

 突然の大地震、そして南方の空を覆った黒い雲には誰もが息を呑んだに違いない。エ・ランテルでも家屋の破損、家財の倒壊など少なからず被害が発生しており、中でも近隣最大と言われる巨大墓地では目を覆うばかりの有様だという。

 人的被害は今のところ軽傷数十名程度ではあるが、爆音のショックで心臓を停止させるものが居なかったのは幸いというか意外というか。三重の城壁が役に立ったのかもしれない。

 ただ……、国家としての対応は皆無であった。

 エ・ランテルから首都リ・エスティーゼへ早馬を走らせてはいるが、国王や周辺貴族たちが状況を認識するまでには少し時を必要とするだろう。結論を出せるのはもっと先の話だ。しかしながらエ・ランテルの都市長パナソレイは、何の結論も出せず何の指示も来ないだろうと予測していた。

 早馬に持たせた報告書には、スレイン法国の件と出現した遺跡に加えもう一つ、『戦士長行方不明』の件が記載されている。状況報告のためにエ・ランテルへ寄った直後、すぐさま村々を襲っているという帝国兵の討伐へ向かった王国戦士長と戦士隊の面々。今日この日まで、その一人たりとも帰ってきてはいない。

 国王は事実を受け止めきれないだろう。五十名という少人数で討伐に向かわせた無能な王だ。戦士長不在を貴族派閥に糾弾されて、何一つまともな策を講じられまい。

 スレイン法国の調査は後回しにされる。

 遺跡の件は忘れられるだろう。

 故にエ・ランテルは動けない。王家直轄の都市が、王の意向を無視することなど許されないのだ。

 都市長パナソレイは、いつになく真剣な口調で愚痴をこぼす。

 

「スレイン法国の大爆発は、大気をも揺るがす尋常ならざるもの。早急に対処せねば、国家を揺るがす惨事につながりかねない。だがエ・ランテルの常駐兵を勝手に動かすわけにもいかん。ここは冒険者か請負人(ワーカー)――いや、あ奴らは新たに発見された遺跡に夢中だ。ちょっとやそっとの金額では心を動かすまい。それに周辺の村々が無人となっている変事も未解決のままだ。やるとするならば、戦士長探索に託けて兵士を動かすしか……あああぁぁ、ただでさえ帝国との戦争が控えているというのにぃ」

 

 一瞬『帝国へ身売りするか?』とよからぬ考えが浮かぶものの、すぐさま否定する。現国王“ランポッサⅢ世”には、エ・ランテルの都市長へ任命してもらった恩もあるのだ。色々言いたいことはあるが、今はそんな妄想に逃げている場合では――

 

「都市長! パナソレイ都市長様! 大変です!!」

 

 ノックを殴打と勘違いしている補佐官が、返事を待たず飛び込んできては大声を張り上げる。その狼狽ぶりには、パナソレイも唖然とするばかりだ。

 

「な、なにがあったというのだ。おちついてはなしたまえ」

 

 即座にいつもの口調に戻してはみたものの、悲報を持ってきたであろう補佐官の顔色は死人よりも青ざめたまま、言葉では語り尽くせない恐怖を示す。

 

「しし、死体だらけです! そこらじゅう死体だらけなんですよ! ふひ、死体が……、死体がぁ! 目を開けたまま、泡を吹いてっ! わ、わたしは走って、走ってここまで――ふひひひっひぃ!!」

 

 パナソレイは何も言えなかった。

 補佐官は四十代後半の理知的で優秀な男だ。付き合いは十年以上にも及び、戦争被害者や墓地の管理で遺体を見る機会も多く、多少の変事でも取り乱すなんてことはない――はずであった。

 それが今や床に頭を打ちつけて、『一刻も早くこの世からオサラバしたい』と言わんばかりの醜態を晒しているのだ。

 パナソレイは窓の外に覗く、一見平和としか思えない街の光景に視線を這わせるが、異常らしい異常は特に発見できない。

 

「いったいなにが……」奇声を上げる補佐官と、異変を感じて集まってくる使用人たちを前に、パナソレイは事態把握に努めるべき己の義務も忘れて、呆けることしかできないでいた。

 

 

 ◆

 

 

 エ・ランテルには、結構賑やかで繁盛している冒険者組合が存在している。

 これは帝国や法国に最も近い王国の都市であるため商隊護衛の依頼が多かったり、カッツェ平野・トブの大森林での採取及び討伐依頼が一年を通して出されていたりするためであり、冒険者にとって飯のタネが尽きない有り難い状況だからであろう。

 そして今、最も話題に上っているのが、『スレイン法国からのデカイ音』――ではなく、『新発見の大遺跡』である。

 エ・ランテルから数日で行ける距離に突如として現れた、墳墓のような遺跡。巨大な防壁が霊廟と思われる建造物を囲んでおり、地下へ降りていくような構造だ。防壁の外から遠眼鏡で覗き込んだ者の話では、どれほど深い構造なのかは分からないが、建物周辺の草木は綺麗に剪定されており、何者かの管理下にあることは明白とのこと。

 冒険者組合に所属するミスリル級冒険者としては、今すぐにでも潜りたい案件である。

 どうせ中に居るのはまともな相手ではない。墳墓というならアンデッドの類であろう。自分たちなら楽勝だ――そう“イグヴァルジ”は興奮気味に鼻を鳴らす。

 ただ、王国内に発見された遺跡は全て国の所有とされるので簡単には入り込めない。

 組合と都市長から国へ報告が成され、新発見の遺跡であると承認を受け、その後『遺跡の第一発見者に探索の権利と発見物品の取得権利が与えられる』と発布され――今回は発見者が一般人なので冒険者組合が権利を買い取っている――初めて冒険者の出番となるのだ。

 無論、国宝級の魔法具(マジック・アイテム)などが発掘された場合は国が口を出してくるだろうが、黙っていれば知られるわけもない。

 国としては『おかしな邪教集団の拠点』ではないと確認できればよいわけであり、予算を掛けずに掃除してくれるのなら冒険者の行動に口出しはしないのだ。面倒臭いという理由もあるだろうが……。

 しかしここで問題なのが、国の承認を得るまで何もできないということなのだ。

 イグヴァルジ率いる“クラルグラ”のようなエ・ランテル最高峰の冒険者チームが組合内で腐っているのも『承認待ち』が理由である。それともう一つ、抜け駆けしようとする請負人(ワーカー)どもの情報をいち早く入手して、邪魔してやろうとの思惑もあった。

 

「ちっ、いつになったら許可がおりんだよ。このままじゃ、一番乗りした俺たちがワーカーどものケツを舐めることになるぞ」

 

 何度目になるか分からない愚痴に「ワーカーでも遺跡探索となれば必ずエ・ランテルに寄るだろうし、動向は掴めるさ」「鉄級でも雇って見張りに行かせるか?」「かまわんだろ? 遺跡からお宝を持って出てきたところを頂こうぜ」なんて軽口が舞い飛ぶ。

 どこまで本気なのか判らないが、偶然にも二階から降りてきていた組合長としては、胃痛に加え頭痛まで発症したのかと気を重くするばかりである。

 

「あ~、イグヴァルジ君。組合としては、遺跡周辺の開拓村に関する調査を優先してもらいたいのだがね」

 

 冒険者組合長は立場上も本音の部分でも、“爆音を響かせる他国”や“新発見の遺跡”より行方不明となっている村民たちの安否が気掛かりなのだ。

 街に住まう親戚や薬師の少年からも、生存確認や現地同行の依頼が数多く出されている。都市長も重大案件と認識しており、規定割合を超える多くの補助金が報酬の上乗せ分として用いられていた。

 言うまでもないことだが、村民不在の第一報は即座に国へと送られている。周辺国家最強と名高い、とある重要人物の情報と共に。

 

「おやおや、アインザック組合長。いらしたんですかい?」横柄な態度はワザとだ。イグヴァルジは、己の立場が『それを許されるほどのモノ』なのだと周囲に知らしめたいのである。ゆくゆくは誰もが頭を下げてお願いしてくる立場になるのだから、組合長なんぞにペコペコしていられないと言わんばかりに……。

 

「調査なんか、そこの銀級を行かせたらいいでしょう? なぁ、“漆黒の剣”だっけか?」

 

「は、はい。覚えて頂いて光栄です、イグヴァルジさん。で、その、村の調査は私も気になっていたので、仲間と相談していたところです」

 

 くだらん依頼には弱っちい奴らで十分だ、と嫌味を言ったつもりなのに、銀級のリーダーらしき若造からは緊張気味ながらも力の籠った答えが返ってきた。

 恐らく本気で、開拓村の行方不明者に関する調査を行うつもりなのだろう。“漆黒の剣”なんて実力に見合わないチーム名だから覚えていたが、やはり銀級は銀級。物事の裏に潜む危険に気付いていない。

 国境に近い開拓村の村人が大勢消えるなんて、どう考えても犯罪組織か国家が絡んでいる案件だろう。冒険者の手に負える依頼内容ではない。

 アインザック組合長もある程度の調査だけ行って、後は国に任せるつもりなのだろうが、王国に潜む犯罪組織と言えば“八本指”だ。ほんの少し絡んだだけでも命の危険がある。英雄を目指している自分にとっては面倒事でしかない。

 

(俺はアダマンタイト級になる逸材なんだ。いずれはこの街の住人どもが、俺様を英雄と呼ぶことになる。だから寄り道なんてしている場合じゃねぇんだよ。今回の遺跡で大儲けして、念願の魔法具(マジック・アイテム)『石化耐性』を手に入れてやるんだ。毒耐性は持っているから、これでギガントバジリスクを討伐できる! そうすればアダマンタイトは目の前だ!)

 

 勝てるかどうかは別問題として、イグヴァルジには輝かしい未来が視えているようだ。

 まぁ実際ミスリル級の実力はあるし、仲間にも恵まれているのだから荒唐無稽というほどでもない。

 ただ、村人の行方調査に関してはバレアレ氏の孫が全財産を提示していたりもするので、もしかすると遺跡探索などより手早く儲けられたかもしれないが……。

 

「それより組合長、遺跡探索の許可はまだ下りねぇんですかい? 他に先を越されたらどうするんだ、って俺ら以外にも不満が溜まっているようですよ」

 

 己の不満を隠そうともせず、確認した訳でもない周囲の意見を、まるで集計したかのように持ち上げる。

 イグヴァルジは自分たちだけでも行かせろ、とばかりに決定権を持たないアインザック組合長を困らせていた。

 

「行かせてやりたいのは山々だがね」深いため息を一つ、加えて釘を一刺し「許可が下りるまでは国家の所有物だぞ。ないとは思うが、愚かな真似は慎んでくれたまえよ。……それで? 時間潰しに行方不明者捜索なんてどうかね?」

 

 警告ついでに、先程の依頼をいやがらせ風に提示する。

 そんな組合長のおちゃめな一撃には、ミスリル級のフォレスト・ストーカーも「あ、はい、考えときます」と小さく答えるしかなかった。

 

「ああ、そうそう、エ・ランテルからも戦士長捜索の名目で――というかそっちが本命なのだが、各村へ兵士を派遣することとなった。国王の側近である戦士長のためならば、都市防衛の兵士を独断で動かしたとしても都市長の首が飛ぶことはない、との判断だ。それより今は、村人が生きているのかどうかが優先される」

 

「それは、まぁ、分かりますけどね」

「はい、私たちもお手伝いします!」

 

 憮然とするイグヴァルジとは対照的に、“漆黒の剣”のリーダー、ぺテルからは快活な返事が飛ばされ、“クラルグラ”のメンバーへ『笑いを堪えさせる』という苦行を強いてしまう。

 それだけ自分たちのリーダーが悪役に見えてしまったのだろう。

 言動や外見も相まって、とてもエ・ランテルの最高峰に位置するミスリル級冒険者であるとは思えない。ぺテルの方が余程、物語に登場する英雄であるかのようだ。

 

「ちっ」どうにも面白くない。冒険者は国と距離をとるべきであり、王の命令など聞く必要はないのだ。イグヴァルジはそう自分に言い聞かせ、「おい、“漆黒の剣”。冒険者は国の手駒じゃねぇんだからな。そこんとこ忘れんなよ」と言い放つ。

 

「はい、イグヴァルジさん。御忠告ありがとうござ――」

 

 忠告ではなく八つ当たりであったのだが、イグヴァルジの粗野な声掛けに、ぺテルは感謝の言葉を――返すことは出来なかった。

 いや、ぺテルだけではない。イグヴァルジや組合長のアインザックも、周りにいる冒険者たちも皆が皆、一斉に白目をむいたのだ。

 

「ごがああああああ!!」

「ぎいぃぃぃいいい! ぐげっ!!」

「ひぃ! ひひぃぃ!!」

「ぎゃあああああ! ぎょおおお!!」

「がはっ、な、なんだああぁぁ?!!」

 

 頭を抱え、テーブルに叩き付ける者。床でのた打ち回る者。体液を垂れ流しながら喘ぐ者。痙攣したかと思えば、自らの腹を短剣で刺す者。

 冒険者組合は一瞬にして悲鳴と雄叫びで満たされる。

 何が起こったのかなんて誰にも解らない。

 必死に抵抗(レジスト)を行うイグヴァルジは、『殺して欲しいと懇願したくなる圧倒的な恐怖』を前に、幼子のごとく蹲ることしかできなかった。

 

 〈獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)〉!

 

 精神系治癒魔法の発動を認識し、イグヴァルジはハッと仲間の神官を見つめる。

 

「お、おまえ、よく、まほうをつかえ――」

「おかげで聖印は粉々だがな! 金貨三十枚が一瞬でゴミだぜ! スレイン法国製なんてめったに手に入らないってのに……。ほらっ、掴まれ」

 

 回復役である神官の精神が支配されるというのは、チームの崩壊を意味する。だからこそ、クラルグラも神官へ精神耐性の魔法具(マジック・アイテム)を与えていたのだ。

 その判断は正解であったと言うべきだろう。

 冒険者組合の建物内で無事な者など、ほとんどいないのだから。

 

「アインザック組合長! 無事ですか?! 話せますか?」

「ぐっ、イグヴァルジ……君、今のは一体? 何が……起こったのかね?」

 

 片膝を付きながらも意識を失っていないのは、流石は元上級冒険者というべきか。イグヴァルジも、この時だけは素直に尊敬の念を覚えてしまう。

 

「昔、エルダーリッチに〈恐慌(スケアー)〉を受けたことがありますが、それに似ているかと。しかし威力は桁違いですよ。効果範囲もわけが分からないほどです」

 

「これが、〈恐慌(スケアー)〉だと?」

 

「イグヴァルジ! こっちは済んだぞ! 他のチームも治癒するか?!」

 

「緊急事態だ! やってくれ!」

 

 戸惑う組合長を余所に、“クラルグラ”の神官は「おう!」と返答し、別チームの治療へ向かう。本来であれば、報酬を受け取らない魔法の使用は御法度だ。目の前に冒険者組合長が居るのだから、言い訳も出来まい。

 それでも今は一刻を争う。

 口から泡を吹いて痙攣している“漆黒の剣”の魔法詠唱者(マジック・キャスター)なんて、放っておけば小柄な死体一直線だろう。

 さっさと仲間の森祭司(ドルイド)を治癒して、同チームの回復へと向かわせなければならない。

 

「組合長、構いませんね?」

 

「無論だ、このような事態でくだらぬ横槍は入れまいよ。神殿にも誰かを走らせて協力を……」

 

 深呼吸を幾度か繰り返し、精神の安定を取り戻した組合長であったが、視線の先にあった光景には言葉を失ってしまう。

 受付嬢たちだ。

 荒くれ者の冒険者を上手くあしらい、時にはサポートしてきた逞しい組合員。その者たちは今、ピクリとも動かず、受付窓口のテーブルに伏している。

 呼吸の気配が無いことから、既に死亡しているのだろう。

 顔を覗けば、受け止めきれない恐怖の中で狂い死にしたことが窺えるのだろうが、確かめる気にはとてもならない。

 

「イグヴァルジ君、外は……、外はどうなって……、まさか?!」

 

「そういえば、静か……ですね」

 

 阿鼻叫喚の組合内に落ち着きが戻ってくると、後回しにしていた様々な疑問が浮かんでくる。

 原因はなんなのか?

 被害状況は?

 エ・ランテルの街中は大丈夫なのか? と。

 

「組合長、俺が……見てきましょうか? 他の奴らは、立つのもやっとでしょうし」

 

 こんな異常事態の最中にあっても、イグヴァルジは権力者に恩を売ろうと動いてしまう。もはや癖の領域なのだろうが、アインザックからしてみれば有難い行動だ。

 率先して先頭に立とうと冒険者組合の正面扉へ向かうさまは、まさにミスリル級冒険者に相応しい勇気ある行いであるのだから。

 だが、イグヴァルジは見てしまった。

 そして呟いてしまった――いや、呟こうとしてしまった。

 

『なんでこんなところに、エルダーリッチが』と。

 

 実際、言葉にできたのは『なんでこんなとこ』までであった。それ以上は頭を撃ち抜かれ、自分が死んだことも自覚できずに、ぐしゃりと倒れ込むのみ。

 イグヴァルジの頭を貫いたモノは小石、魔法付与(エンチャント)されたただの小石である。

 撃ち出した者は、マントを羽織った黄色い服の人物であるようだ。儀仗兵が着込む礼装軍服のような格式ある衣装を身に纏い、丸っこい頭部には軍帽。というか、丸っこい頭は本当に人間の頭なのか判らない。目と口の位置に黒い穴が開いており、まるで簡素な人形であるかのようだ。

 その者は、自身の前を歩く至高なる存在に聞かれぬよう独りごちる。

 

「下等アンデッドの名を出そうとしましたよねぇ。多分そうだと思うので殺しましたが……。まぁ違っていても構いませんよね。不敬と思われる言動は事前に排除しませんと」

 

 当然ながら、頭に穴の開いているイグヴァルジに聞こえるわけもなく。屍と化したミスリル級冒険者の前を、謎の一行はゆっくりと通り過ぎていく。

 ただ奇妙なことに、どこからも悲鳴は聞こえてこない。

 冒険者組合の入り口で、冒険者が血を流しながら倒れ込んでいるのであれば、通行人が驚きの声を上げて街の衛兵を呼びに走るはずだ。

 それなのに何故?

 ゆっくりと、呼吸荒く、膝に力が入らないフラフラとした歩みで、何とかイグヴァルジの元まで辿り着いたアインザックは、確認するまでもないと頭部の穴を睨みつつ、エ・ランテル最上位冒険者の死亡を確定させる。と同時に、視線を上げて街並みを見つめた。

 

「な、なんだ……なんだ、これは?」

 

 表現する語彙が見当たらない。

 物語にも、己の経験にも、こんな光景は無いはずだ。

 人が、多くの人が、老若男女関係なく、馬車を引いていたであろう馬ごと、地へ伏している。誰も彼もがピクリともせず、泣き喚いてもいない。――実際には生き残っている者も、死にかけている者もいたのであろうが、この時のアインザックは気付けなかった。あまりに少な過ぎたので発見できなかった、と言い換えてもよい。

 幾人かの顔を覗き見てみれば、そこにあったのは恐怖。この世のモノとは思えぬ何かと遭遇し、あまりの恐怖に生きることを放棄したような、死ぬことで恐怖から逃れたのだと思えるような、そんな苦痛と絶望に打ちのめされた醜き形相。

 

「なにが、なにがあった? なに……が」

 

 思い当たることと言えば、冒険者組合内で起こった異常事態だ。

 アインザック自身、心臓を掴まれるような突然の恐怖に、死を連想したことは否めない。長きに渡る冒険者としての鍛錬が無かったなら、自分でもどうなっていたことか。現役の冒険者たちでさえ、精神を癒す魔法の術に助けられる有様だ。

 それでも銅級や鉄級、銀級に犠牲者は多く、〈獅子ごとき心(ライオンズハート)〉の効果を十全に受けても意識が戻らない――なんて者まで居る。

 

「死を……呼んだのか? 誰かが死を」

 

 バタバタと駆け寄ってくる冒険者の気配を背中で感じながら、アインザックはその場へへたりこんでいた。

 遥か遠い昔に耳にした、街一つを壊滅させたという邪教集団の名を思い出そうとしながら……。

 


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