骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第13話 「実験魔王」

 

 エ・ランテルは魔王の目から見ても、中々に立派な城塞都市であった。

 

「ユグドラシルでも、こんな感じの都市を攻め落とそうと議論したことがあったなぁ」とモモンガは、心配そうな視線を向けてくる闇妖精(ダークエルフ)姉弟を撫でつつ、気を引き締め直して周囲を確認する。

 

「モォォモンガッ様、護衛の配置は完了してぇおります。現時点において問題はぁぁございません」

 

 無駄のない綺麗な敬礼とその報告内容に、魔王は『格好良すぎて困る』とばかりに頷くと、エ・ランテルへ視線を戻す。

 

「では〈不可知化(アンノウアブル)〉を解除して散歩に赴くとしよう。途中で邪魔な虫がいれば、各自の判断で排除してよい。ただパンドラ、“レア”に関しては別途回収しておけ。後で選別するとしよう」

 

「「「はっ!」」」

 

 散歩に赴くとは思えない気合の入った守護者たちの返事を最後に、エ・ランテルの正面門付近は静寂に包まれた。

 それもそうだろう。

 検問所の衛士たちも、街へ入るための検査を受けようと並んでいた商人および旅人たちも、何も無い場所に突然豪華なローブを着込んだ骸骨が現れたとして、それでどうしろというのだ。

 骸骨がボロボロのローブでも着込んでくれていれば、瞬時にモンスターだと判断して逃げ出せたのだろう。だが目に映るは、王族でも手が届くのかと思えるほどの神々しい衣装だ。ぼんやり光っていることからして、一般人にも感じ取れるほどの魔力で満ちているのだろう。

 それになにより、可愛らしい闇妖精(ダークエルフ)の子供が場を和ませてしまう。

 二人の子供は信じられないくらいに美しく、服装もこの世のモノとは思えない美麗な作りに見えた。いや、エ・ランテルの検問を顔パスできない程度の下級市民に何が判るというのか。恐らく、街に住まう誰であろうと価値の判別などできまい。触れることは当然、見ることすらおこがましいと平伏するだろう。

 圧倒的な上位者を前にした愚民どもの行動は、いつの世でも似たようなものだ。突発的な事態に唖然としていなければ、または相手が骸骨でなければ、すぐさま(こうべ)を垂れていたに違いない。

 神のごとき骸骨に、天使のような闇妖精(ダークエルフ)、そしてよく解らない黄色い服の人物を前にして、誰も彼もが静かに息を呑んでいた。

 

「なんだ? もっと騒ぎ立てるかと思ったのだが、奇妙な反応だな。気配を消す指輪の効果か? ……まぁ、どうでもいいが」

 

 モモンガはアウラとマーレを左右に並べ、パンドラを背後に添えて歩き出す。ただこの時の魔王様は、散歩に加え一つの実験をしようと人間たちを眺めていた。

 それは特殊技術(スキル)に関するもの。

 効果範囲や強度、特殊効果の内容に変化はないか。さらには特殊技術(スキル)自体をこの世界の理で変化させることはできないか、などである。

 

(ナザリックでも一通り研究してはいるが、自分のスキルは自分で確認するのが一番だろう。魔法に関してはこの地にきて真っ先に調べたし、いくつかの重要なスキルだけは使用してみたが、まだまだ不明な点は多いしなぁ)

 

 キョロキョロと赤く輝く眼のようなモノで、呆然としている人間どもを一瞥すると「実験動物としては十分な数だな」と軽く呟いて、大魔王は特殊技術(スキル)を発動させる。

 

 ――絶望のオーラ レベルⅠ――

 

「ひぐっ!」と、何かしらの言葉を発することが出来ただけでも称賛に値しよう。絶望のオーラを浴びて、浴び続けて正気を保っていることなど不可能に等しいのだから。

 瞬き程度の微かな時間であろうとも、圧倒的な恐怖を前に呼吸を止めかねないほどの衝撃だ。それが現時点においても、憐れな一般市民を覆い続けている。

 喉をかき切りたくなる絶望だろう。

 死を賜って楽になりたいと願うだろう。

 魔王が放つ恐怖のなかで、心臓を動かし続けるのは非礼だと悟るだろう。

 だから皆、死を選んだ。

 いや――奇跡的に数名の生存者はいるようだが、長くは持つまい。意識も保てないだろう。生き永らえてもまともな生活を送れるかどうか……。それこそ死んだ方がマシだと思うのかもしれない。

 

 若い男が前のめりに崩れる。

 衛士が泡を吹いて、検問所の側壁に頭を打ち付ける。

 中年の痩せた商人は、座り込んで息をしないまま眠った。

 悲鳴はどこからも聞こえない。

 それはまるで神の宣告を受けた罪人たちが、己の愚かさを自覚して命を捧げたかのように、静かで美しい――感謝の言葉が聞こえてきそうなほどの『なめらかな死』であった。

 無論、その表情は『有り得ないほどの恐怖』を体感したかのように歪み狂っていたのだが。

 

「ふぅむ、効果は“恐怖”だけのはずだが、“即死”効果も発生しているのか? ユグドラシルと何が違う?」

 

 半径三十メートルもの範囲に垂れ流される黒きオーラをそのままに、魔王は首を傾げる。

 

「みんな死んじゃいましたね~。あっ、でも、心臓が動いているのは何人かいるみたいですよ」

「ど、どうして死んじゃったのでしょうか? 抵抗らしい抵抗も、あの、していないみたいですけど」

 

 正門近辺で大量の人間が倒れ込んでいるのは異様な光景だ。しかしそれ以上に、可愛らしい闇妖精(ダークエルフ)の子供が課外学習にでも来ているかのように平然としているのは、理解を超える異常さであろう。

 もっとも、何かの解説を始めようとしているパンドラを含め、誰一人として大量の死体に囲まれている現状をおかしいとは思っていない。

 人は魔王の前に転がる石ころである。

 死して当然の雑草にすぎない。

 不思議がる必要がどこにあろうか。

 

「モォモォンガ様の御力が強過ぎるのですっ! “恐怖”のみを与えるぅ“絶望のオーラ”であっても、あまりに長時間! あまりに桁違い! であれば命すらも放棄させてしまうものなのです! 恐怖から解放されるために死を選ぶぅ! まさにっ、死の支配者、モモンガ様の御業!」

 

 パンドラは開拓村の村民から情報を集めた経験があるので、一般人の弱さを正確に捉えているのだろう。アウラやマーレは王国や法国の兵士を潰したことがあるだけなので、戦闘技能を持たない人間の脆弱さを把握しきれていないのだ。

 モモンガ様も似たようなものであろう。簡単に死んでしまう生物だと知っていたつもりでも、“恐怖”が“即死”になるほどとは想定していなかったはずだ。

 未だに絶望のオーラを放っている点からしても、範囲内にいる人間の『死にも至る恐怖』を理解していないのは間違いない。「たまたま弱い人間だった」程度にしか考えていないのだ。絶望のオーラとは、魔王様にとって特に効果を期待していない“そよ風”なのだから……。

 とはいえ、数ある実験の一つには違いない。

 意味が有ろうと無かろうと、これも成果であり、結果だ。一つずつ学んでいけばいいだろう。幸い、実験動物は掃いて捨てるほど残っている。

 

「ふむ……、ユグドラシルでは強度の上昇など不可能だったはずだが、この地では仕様が異なるのか? ならば、強度を倍にできるか試してみよう。効果範囲の拡大も検証が必要だな。まずは半径百メートルで……。む? 魔力ではなく気力――いや、精神力を消費すればいける……か?」

 

 闇妖精(ダークエルフ)の双子に両手を引かれながら正門をくぐった大魔王は、悟と共に行っていた懐かしき特殊技術(スキル)検証の日々を思い出す。

 獲得した新たな魔法や特殊技術(スキル)がどのような特性を持っているのか? 情報が公開されていないからこそ、自分たちで発見する楽しみがそこにはあった。

 異世界での仕様変質は、全てを知り尽くしていた魔王にとって『二度手間』ではない。歓喜すべき未知なのだ。

 

「あまり放ち続けると、オーラの効果なのか、人間の脆弱さが原因なのか判らなくなるからなぁ。数秒で切るか……っと」

 

 なんの抵抗もなくエ・ランテルの街中へ足を進めた魔王が、「ぎょっ」と表情を強張らせる人間どもを気にもしないで黒きオーラを全方位へ拡大させる――と全てが終わってしまった。

「バギッ!」と一番大きな音を出していたのは、荷物を積み込む途中で落下してしまった商隊の者であろう。

「きひゅっ」と奇妙な呼吸音を最後に仰向けで倒れ込んだ白目の女性は、買い物へ向かう途中か?

「きぃぃぃぃ!」と己の両頬を掻き毟った兵士は、狂乱状態で魔王様に突っ込んできたので、“ハンゾウ”を始めとする(しもべ)たちに排除され、後でアウラの魔獣に食べられたらしい。

 

「ん? 何かあったか、パンドラ?」散歩優先気味の特殊技術(スキル)確認を行っていたモモンガは、背後での微かな殺気に気付く。

 

「いえ、問題ありません、モモンガ様。建物から顔を出した人間が不適切な言葉を口にしようとしましたので、始末したところです」

 

 チャラっと小石を握り直し、胸に手を当てて軽く頭を下げる軍服埴輪男に、魔王は「やはりカッコイイ」と御機嫌に頷く。

 

「そうか……。それでパンドラ、何か面白そうなレアは見つかったか? 近くにあるなら教えてくれよ。殺してしまうと復活とかが面倒だし」

 

 そもそも相当なレアでなければ復活させる気も起きないだろうけどな――なんて呟き、魔王は両手を引っ張る闇妖精(ダークエルフ)たちにも声を掛ける。

 

「アウラにマーレも、面白そうな人間とか連れて行きたい人間がいたら言うといい。お前たちが興味を持つというだけで、それはレアと言えるからな」

 

「はい、モモンガ様。今のところは、み~んな弱過ぎて同じ人間にしか見えませんけど、変わったヤツが居たらお知らせしますね」

 

「か、かしこまりました、モモンガ様。ボ、ボクもがんばります」

 

 お父さんの手を引っ張りながら街中を散歩しているような双子は、なんだか嬉しそうだ。赤みを帯びた頬もそうだが、声にも普段以上に気合が入っており、モモンガ様と散歩している以外に御褒美でも貰っているかのように感じる。

 まぁ、これが例の吸血鬼(ヴァンパイア)なら、パンドラでなくともすぐに判ったのだろう。絶望のオーラを受ける度になまめかしい声を上げて、モモンガ様にしなだれかかろうとするに違いないのだから。

 

「モモンガ様、レアの確保はお任せください。たとえ死にかけていようとも即座に治療いたしますので、何も気にする必要はございません。御自由に実験を行ってください」

 

「ふむ、そうか。ならばこの辺りの千人ほどを使って、召喚実験でもするか」

 

 魔王は召喚の特殊技術(スキル)にも疑問を持っていた。

 レベル40程度の中位アンデッドまでなら、人間の死体で無限とも思える召喚時間を確保できる。しかし上位ともなると既定のままだ。例外は黒山羊たち。あの場合は百万人もの魂を使用したので、一体辺り二十万人の魂がすり潰され、召喚の糧になっていた。

 ならば話は早い。

 “魂”だ。

 人間の魂をたくさん用意すれば、上位のアンデッドだって長期間の召喚が可能であるに違いない。無論、下位や中位よりも召喚時間は少なくなるだろうが、肝心なのは費用対効果だ。

 魂の数と召喚時間との割合。

 魂百で何日か? 魂千で何年か?

 これこそ実験すべき案件であろう。

 

「ではアウラ、マーレ。この付近の人間を千人ほど殺してほしい。直後に人間の魂を使って上位アンデッドの召喚を行うから、なるべく同時に、な」

 

「はい! お任せください、モモンガ様!」

「は、はい! えっと、が、がんばって殺しますね、モモンガ様!」

 

 覗いている守護者がいれば、嫉妬の歯軋りをこの地まで響かせるであろう御勅命。

 闇妖精(ダークエルフ)の双子は喜びを全身で表しながら、元気よく殺戮の一歩を踏み出す。

 

「まずは対象を確認(ターゲティング)して、麻痺させますね」

 

 アウラが可愛らしくふぅーと息を吹き出すと、微かに赤みがかった霧のような何かが辺りを包む。それはまるで意志を持っているかのように風向きに逆らい、周囲の建物を次から次へと支配下へ置いていく。

 

「そんじゃあ、マーレ」

「う、うん。蔦で巻き込んでから一斉に潰すね。〈植物成長(グロウ・プラント)〉」

 

 漆黒の杖で軽く地面をつついて魔法を唱えると、短いスカートの闇妖精(ダークエルフ)の前には、多量の植物が――硬い石畳を貫いて姿を現していた。植物は細くて長く、大木に巻きつく蔦のようであり、その全長は何百メートルになるのか想像もつかない。

 

「うんしょっと」マーレが可愛らしく杖を振ることで、蔦植物は意思を持ったように動き出し、アウラが麻痺させた千もの人間へ巻きつく。

 

「で、ではモモンガ様、あ、あの、殺しますね」

 

「ああ、やってくれ」

 

 軽く手を振る魔王の合図に合わせて「はいっ」と元気よく声を返す双子は、自分の身に何が起こっているのか理解できないでいる住人たちを前にして、その有り余る力を揮った。

 

 ――グジュッ――

 

 熟れた果実を握りつぶしたような、潤いのある軽い音が響く。

 続いて漂うのは、生き物を解体した時のような生臭さと血の匂い。エ・ランテルのような城塞都市の表通りでは、そうそう味わうことのない危険な殺戮の匂いだ。

 闇妖精(ダークエルフ)の姉は、『弟が人間を殺しそこなっていたら後始末をしてあげよう』と待ち構えていたのだが、やはりというか、一人残らずひき肉になっており出番はなかった。

 自分が誘導したから当然と言えば当然なのだが、活躍の場が減らされたように感じてしまい、ちょっとだけ弟を睨んでしまう。

 もちろん、モモンガ様の御命令をミスなくこなしたのだから、褒めてあげたいとも思うのだが。

 

 ――上位アンデッド作成、死の皇帝(デス・エンペラー)――

 

 用意された人間の死体、それと同数の魂千人分を貪り喰らいて、魔王の声に一体のアンデッドが呼応する。

 表情筋が削げ落ちた、血色皆無の死者の顔。所々から骨が見える。

 頭上には五色の宝石に彩られた王冠が黄金色に輝き、身に纏うローブには金糸による複雑な刺繍が成されており、まるで複数の魔法陣を模しているかのようだ。

 肩と胸には紫色の部分甲冑がふよふよと浮かんでおり、自立盾を連想させる。

 右手に持っているのは神官が使いそうな聖杖かと思いきや、刀身が半分以上を占めており、ひっくり返せば剣としても使えそうだ。

 

「ふむ、千人分の魂を用いても上位種をこの世界に固定するのは無理か。せいぜい数ヶ月、半年は無理のようだな。う~む、人間を千人潰してこの結果ならば、“強欲”に吸わせた方がマシなのだろうか……。むむむ」

 

「偉大なる御方、御指示を頂きたく……」

 

 もの凄く見つめられていたために、出ない冷や汗でもかいたような幻惑に囚われていた“死の皇帝”(デス・エンペラー)は、勇気を出して召喚主へ問いかける。――何をしたらよろしいのでしょうか? と。

 

「ああ、特に何も考えていなかったが、まぁ、そうだな……。この近くにカッツェ平野なるアンデッドの無限召喚領域があるらしい。そこを掃除でもしてもらおうか。私に従わないアンデッドなど目障りなだけだしな」

 

「はっ、御勅命賜りました」

 

 勅命さえ頂ければ召喚アンデッドの行動は迅速だ。召喚主から受け継いだ知識を頼りに、エ・ランテルの東南東にある霧深き平野を目指そうと――。

 

「少し待て……。パンドラ、死の皇帝(デス・エンペラー)に下位・中位の召喚アンデッド与えられるだけくれてやれ。皇帝(エンペラー)は召喚より従える方が得意だろうからな。私に変身すれば三十数体は召喚可能――ん? そういえばパンドラ、変身を解いた後の召喚アンデッドはどうなるのだ? 普通に行動可能なのか?」

 

「はっ、お答えいたします。モモンガ様への形態変化で行った召喚は、変身解除後に接続切断となるようです。召喚アンデッドは案山子(かかし)のごとく。帰還はいたしませんが、待機状態の人形と成り果てます」

 

「ほう、そうなのか」新たな発見に少し嬉しくなるモモンガであったが、パンドラの話が本当であるなら御供のアンデッドは用意できない。パンドラに変身を継続させて召喚アンデッドを動かすことは可能だろうが、あまりに非効率過ぎて選択肢の外だ。

 とはいえ、手段が無いわけではない。

 

「くくく、予想していない突発的な事象に頭を悩ませるのは、たとえ小さな事柄であっても面白いものだ」全てを見通せる魔王にとって、『予想外』とは余興に過ぎない。それに問題が発生した場合の対応能力にかけては、骸骨魔王様の右に出る者などいないのだ。七百を超える魔法を熟知し、モンスターや罠の知識、癖のあるプレイヤーとの豊富な戦闘経験。加えて“タブラ”や“ぷにっと”から嫌というほど『価値ある情報』を詰め込まれている。

 案山子を動かす程度、些事であろう。

 

「ふむ、皇帝(エンペラー)職業(クラス)持ちは、“支配”や“従属”、“洗脳”などの特殊技術(スキル)を得ているはずだが……。召喚アンデッドの支配権を上書き、もしくは新たに構築する。どうだ? 死の皇帝(デス・エンペラー)。頭が空っぽの人形を尖兵と成せるか?」

 

「はっ、偉大なる御方。素体が待機状態であるのなら、私の管理下に置くことは可能と判断いたします。むしろ意思のある個体よりやり易いかと」

 

 死の皇帝(デス・エンペラー)からの答えは、大魔王の予想通り。しかしモモンガは更なる実験に着手する。

 

「ああ、ついでに死の皇帝(デス・エンペラー)も何体か召喚してみるといい。死の支配者(オーバーロード)より不得意だろうが、パンドラの召喚アンデッドと性能比較を行ってみよ。無論、パンドラの支配がある場合とない場合の両方で確認し、支配権をパンドラから奪えるかどうかもな」

 

「はっ、畏まりました、偉大なる御方」

「おおぅ、なぁんとも素晴らしき御勅命! かぁしこまりましたっ、モォモォンガ様! 先程、冒険者組合なる場所がありましたので良質の死体を確保できるかと。では死の皇帝(デス・エンペラー)殿、参りましょう」

 

「しばし御傍を離れることをお許しください」との言葉を最後に、パンドラは上位アンデッドを連れて、来た道を戻っていった。

 と同時に、闇妖精(ダークエルフ)の双子からは満面の笑みが零れる。

 

「モモンガ様、次はどちらへ行かれますか?」アウラにしてみれば、自分たち姉弟が御主人様を独占しているような状況だ。だから御機嫌で、魔王様と手を繋いだりしているのだろう。ちなみに弟は姉に絶対服従なので、二人いても『独り占め』である。

 

「そうだな、目的地へは最後に到着することとして、遠回りに実験しながら散歩するとしよう。“絶望のオーラ”のレベルを段階的に上げて反応を確認し、最終的には……レベルⅤの“即死”に耐えられる人間でも探してみるか」

 

 散歩がしたいのか、殺戮が目的なのか?

 “生まれながらの異能(タレント)”を持った少年を確保しに来たはずなのに、大魔王の周りには物言わぬ死体ばかりがオブジェのように転がっていた。

 

「モモンガ様のオーラに包まれるなんて、人間なんかには過ぎた御褒美ですよね~。実験にも使ってもらえるのだから、人間たちは感謝しないと!」

 

「そ、そうです! モモンガ様に、感謝を、捧げるべきです!」

 

 いやいや死んでいるから無理だろ――と突っ込むのも無粋なくらいに、闇妖精(ダークエルフ)の双子は本気で純粋だ。

 たとえ死体と成り果てる運命だったとしても、魂が掻き消えるその瞬間までモモンガ様に感謝の念を捧げろ、と曇りなき(まなこ)が言っている。

 

「ふふ、そうだな。雑魚モンスターに殺されるよりも余程名誉な死に方だろう。有り難く思ってもらわねばならん」

 

 冗談交じりの言葉と共に、漆黒のオーラが吹き上がる。

 今度はレベルⅡ、効果は“恐慌”。オーラに晒された人間たちは一切の戦闘行為が取れず、その場から逃げ出そうとするはずだが……。

 テクテクと世界を破滅させんとする大魔王らしくない――素朴な歩みのモモンガの周りでは、多くの人間たちがこの世から逃げ去っていた。

 重苦しく、全身が震え、呼吸もままならない。尋常ではない汗が噴き出したかと思えば、背筋に感じた寒気は己の意識を逃避させたくなるほどである。

 恐ろしくて、恐ろしくて、家族も何もかも放ってこの場から逃げ出したい――のは山々だが、身体が思うように動かない。黒きオーラはこの世の終わりまで、この世の全てを純粋な絶望で満たさんとしているかのようだ。

 だから逃げた。

 己の肉体から、世界から。

 それ以外に方法は無い。

 いや、もしかすると魂になっても逃げられないのかもしれないが、他に道は無かったのだ。そう、死ぬことでしか救われない。

 我らはか弱き人間(ゴミ)なのだから……。

 


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