骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第17話 「てかてか魔王」

 

「(なぁ、お嬢ちゃん。無理やり戦わされてんのか? もしそうなら協力できると思うぜ。俺たちは帝国でも名のあるワーカーだ。素人娘に勝ち目なんてない。無謀な決闘なんかより、この場から逃げるために手を組もう)」

 

 頭上高くにいる闇妖精(ダークエルフ)に気付かれぬよう、ヘッケランはゆらりと双剣を構えつつ、囁く。この闘技場には幼い子供と動像(ゴーレム)ぐらいしかいないのだ。武装している目の前の若い女さえ説得すれば、外へ逃げ出すのは容易い。

 

「あはっ」愉快と感じる一声。「あははははははは!!」続いて響き渡る狂ったような少女の笑い声。「無理やり? 私がシャルティアお姉さまに無理やり? なにを馬鹿なこと言っているの!? お姉さまに命令されるなんて最高じゃない! 無理やりなんてもっと(たぎ)るじゃない!! お姉さまが私を押さえ付けて、初めてを奪ってくださるのなら……。あああぁ、駄目! 駄目よエンリ! 今は醜いゴミ虫どもを排除しないとっ。でもそうね、貴方たちをいたぶり殺したら、お姉さまから御褒美が……。くひ、くひひひ」

 

 うっわ~、と残念がるような声が闇妖精(ダークエルフ)から聞こえた気もするが、フォーサイトにしてみてもドン引きである。

 イミーナがアルシェの耳を塞ぐとともに「見ちゃダメ」と視界を遮るほどだ。

 

「これは、“魅了”されているってことでいいのか? ロバー」

「魔法がかけられているようには思えませんが、精神に異常をきたしているのは間違いないですね」

「瞳に強い意志を感じるわ。操られているわけではなさそう」

「――警戒! くる!」

 

 最後尾に追いやられていたアルシェが敵の挙動に気付き、全体へ警鐘を鳴らす。と言いながらもフォーサイトの連携は非常に高く、すでにヘッケランがエンリの前面へ身を投じ、ロバーデイクとイミーナは左右へと展開していた。

 

 〈鎧強化(リーンフォース・アーマー)

 〈聖なる束縛(ホーリー・バインド)

 

 光り輝く呪縛により体勢を崩した少女が、前のめりに倒れそうになる――そこへ防御魔法の支援を受けたヘッケランが双剣を打ち下ろす。

 

「〈双剣斬撃〉!」

「このぉ!」

 

 必死に片手剣をかざすが、エンリの力では武技の威力を抑えきれず、頭部と肩口に裂傷が刻まれる。と同時に、わき腹へ突き刺すかのような痛みが走り、その場から飛び退くことを強いられてしまう。身を縛る魔法の束縛を強引に引き千切ってでも。

 

「よし、イミーナ。タイミングバッチリだ!」

「油断しないで! 心臓を狙ったのに外されたわ!」

 

 ヘッケランの攻撃に合わせたイミーナの射撃。右側面へ移動してから無防備な脇腹を狙ったのに、当ったのは一本だけだ。それも致命傷ではない。完全に不意を突いたはずなのに、どうにかして――同時に迫ってきていた矢の片方を手刀で弾いたのだ。

 素人娘ではできない芸当であろう。魔法の束縛に抵抗した精神力、そして無理やり引き剥がした怪力も少女のモノではない。

 

「わたしに傷をつけましたね。シャルティアお姉さまのペットであるわたしの身体に!」

 

 裸同然なのだから傷ぐらいつくだろう――とはフォーサイトの誰もが思ったのだが、殺気に満ちた少女の瞳に見つめられ、無意識に息を呑む。

 

「はっ、強がりもそこまでにしておけよな。もう解っただろ? お前さんじゃ俺たちに勝てない。多少訓練はしているみたいだし、身体能力も見た目通りじゃなさそうだが、帝国最強のワーカーチーム“フォーサイト”には敵わないぜ」

 

 最強――なんて当然ハッタリである。

 初撃での殺害が崩されてしまった以上、己の力を強大に見せて、決闘から交渉へと移行させたいのだ。

 あまり時間をかけ過ぎると、墳墓から何者かが転移してくるかもしれない。又は遠目から見守っているだけの闇妖精(ダークエルフ)が下りてくるかもしれないし、“なんとかお姉さま”とやらが乱入してくるのかもしれない。

 ヘッケランは仲間の命を救うため、必死に頭を働かせていた。

 

『おおっと~、今度の挑戦者は中々やるぞ~。変態吸血鬼のペットを軽々退けて――ってほら、やっぱりダメじゃん。あんな裸同然の鎧じゃ、矢も防げないよ。うう、うるさいでありんす! あれはペロロンチーノ様お気に入りのビキニアーマーでありんすよ。尻尾を通す穴まで開いている特注品でいんす! だから~、戦闘用じゃないって言ってんの。ペロロンチーノ様の観賞用なんじゃないの? あんたが着たりしてさ。……わたしが着るのは無理でありんす。胸が……、胸がぁぁ。あ、その、ごめんね』

 

 なんだか緊張感のない会話が聞こえてくる。

 というか、いつの間にか二人に増えているようにも思えるが、ちらりと視線を上げたヘッケランの瞳には、可愛らしい闇妖精(ダークエルフ)だけが映るばかりであった。

 

「(どうなってんだ? 他に誰かいるのか? くそ、嫌な予感がする。さっさとこの闘技場から外へ出ねえと)よし! 次で仕留める。アルシェ、牽制頼む!」

 

「――了解、〈魔法の矢(マジック・アロー)〉」

 

 リーダーの決断により、小柄な魔術師(ウィザード)が魔力を練り上げ、一本の矢を創りあげては撃ち出す。目標は脇腹の矢を引き抜こうともがいている半裸の少女、その顔面だ。

 恐らく避けるのは困難であろう。剣か腕か、何かをぶつけなければそのまま顔を潰されてしまうに違いない。だが〈魔法の矢(マジック・アロー)〉を防御した瞬間こそが最終幕だ。

 正面からヘッケランが襲いかかり、左右からはイミーナとロバーデイク。

 もはや逃げ道はない。

 詰みである。

 

「これで終わりだ! 〈双剣斬撃〉!」

「なめるなあぁぁぁぁぁ!!」

 

 闘技場に響いたのは、勝利を確信したヘッケランと、決死の覚悟で対抗しようとするエンリの雄叫び。加えて岩を殴打し、斬り叩いたかのような衝撃音だ。

 肉と骨を叩き斬るはずだったヘッケランは、意外な手ごたえと面前に現れた土くれの正体に気付き、慌ててチームの後退を口にする。

 

「みんな下がれ! あれに近付くな!」

「ちょっと、どうなってんの?!」

「イミーナさん危ないですよ! もっと後ろに!」

「――動像(ゴーレム)、観覧席にいたヤツ!」

 

 見れば、少女を護るかのように現れたのは人食い大鬼(オーガ)のごとき巨体の動像(ゴーレム)であった。アルシェの魔法を弾き、ヘッケランの武技を受け止めた、剛体を誇る使役魔法人形である。

 

「あははは、勝負はこれからですよ」動像(ゴーレム)の後ろから顔を覗かせる少女は、血塗れのまま、刺さった矢の鏃を体内に残したままで笑顔を向けてくる。「シャルティアお姉さま! わたしの戦いをご覧ください! 人間に可憐な悲鳴を上げさせて、闘技場を新鮮な血で染め上げてみせましょう!」

 

 薬物中毒にでもなったかのように視点が定まらない少女の奇声に合わせて、さらに二体の動像(ゴーレム)が現れる。フォーサイトから見て右に一体、左に一体だ。今度は観覧席から飛び降りてきた動像(ゴーレム)の挙動がはっきりと見て取れたが、なぜ動き出したのかまでは予想の範疇を超えない。

 

「くそっ、ゴーレムを使役できるってか? しかも三体同時に?!」

「駄目! 矢が通らない! 硬すぎるわ!!」

「私が前に出ます! 土人形に斬撃は不利です!」

「――三体を相手にするのは無謀。狙うは、〈魔法の矢(マジック・アロー)〉!」

 

 アルシェの頭上に輝く三本の矢。それは瞬時に獲物を求めて飛び放たれるが、目標は動像(ゴーレム)ではない。その陰に隠れている使役者だ。

 

「がっ?!」側頭部と二の腕、腹部に各一発ずつ。見事なまでのクリーンヒットに、エンリは血反吐と共に膝を落とす。

 

「よくやったアルシェ! あとはまかせろ!」動きの止まった動像(ゴーレム)の脇をすり抜け、ヘッケランは蹲っている少女の背後へと迫る。「確実に仕留める! 〈流水加速〉!」

 

 そのまま剣を振り下ろしたとしても、少女の頭を斬り分けることは可能であっただろう。だが他にも能力を隠し持っているかもしれない。動像(ゴーレム)を三体使役できるだけでも驚愕の能力と言えるのだから、油断は禁物だ。

 まぁ、当の使役術に関しては、まだまだ未熟であったようだが。

 

「しゃっ!! ――あ?」少女の頭部に剣先が沈み込もうとする最中において、ヘッケランの気合は途切れた。

 指である。

 中指と親指だ。

 細くて白い、爪先まできれいに整えられた令嬢の美しい指だ。

 それが全力を込めた振るったヘッケランの双剣を纏めて摘まんでいる。

 

「おめでとうでありんす。そなたらはわらわのペットを撃退し、試練を突破したと認められんした。勇者の称号を受け取りなんし」

 

 軽く摘まんでいるのにビクともしない。

 そんな常識外れの怪力でヘッケランの〈斬撃〉を止めたのは、あまりに美しい赤い瞳のお姫様であった。丁寧なケアがなされているであろう艶やかな銀髪に、ボリュームのある胸とスカート。纏っている衣装は生地からフリルまで職人の御業による一級品だ。

 無骨な闘技場においては、王族専用の貴賓席でしかお目にかかれない貴婦人であろう。

 

「え? な、なんだぁ?」

「このバカ! そいつはヴァンパイアよ! 早く離れなさい!」

「目を見てはいけません! 〈下位精神防御(レッサー・マインド・プロテクション)〉」

「――援護する! 〈雷撃(ライトニング)〉! 」

 

 あまりの美少女ぶりに一瞬呆けてしまったのは、凄腕請負人(ワーカー)として失態には違いないが、イミーナ自身「気持ちは解るわ」と非難する気になれない。おまけに自慢の剣戟を摘ままれ、仲間からの〈雷撃(ライトニング)〉を平然と受け止めるなんてされてしまえば、周囲の状況を即座に把握なんて無理だろう。

 赤い瞳に笑みから零れる牙。人外と思しき怪力。そして人間を虫けら同然と見下している態度が、本性を教えてくれる。

 ヘッケランはビクともしない双剣から手を離すと、数度のバックステップで吸血鬼(ヴァンパイア)から距離をとっていた。

 

「なぁ~んでありんす? 突然攻撃してくるなんて酷いでありんしょう? ん~、もしかして調子に乗っているんでありんすか? なら一人ぐらい潰して身の程を――」

「やめなって。自発的にナザリックへ挑戦してきた貴重な人間なんだよ。弱っちいけど一応試練には合格したんだし、魔王様への御目通りは叶えてあげなきゃ。……ですよね、モモンガ様」

 

 いつのまに――とフォーサイトの全員が目を見開いた。観覧席にいたはずの闇妖精(ダークエルフ)が、吸血鬼(ヴァンパイア)の隣で仲良く談笑している。動いた気配は無かったはずだ。何かの魔力が発動したようにも思えない。

 だが……、本当に驚愕すべきなのはここからだ。

 

「ふふふ、アウラ、シャルティア。ご苦労だった」

 

 寒気がする。闘技場全体が何かに支配されたかのように重苦しく感じる。

 アルシェは「見てはいけない」と警鐘を鳴らす自分の勘に気付くことなく、頭を上げて闘技場の貴賓席を見てしまう。

 そして――

 

「ぅおげえぇぇぇぇぇええぇぇぇ!!」

 

 涙や鼻水と共に吐しゃ物が撒き散らされ、股間からもビチャビチャと漏れ出でて、異臭が辺りを満たすと同時に、アルシェはどべちゃっと崩れ落ちた。

 

「な、なんだ?! どうなってる?!」

「アルシェ、しっかりして! ロバー!」

「任せてください! 〈獅子のごとき心(ライオンズハート)〉」

 

 フォーサイトの混乱ぶりとは裏腹に、貴賓席では白けた空気が漂う。

 待ちに待った大魔王と勇者の御対面であるが故に、モモンガはデミウルゴスやヴィクティム、ガルガンチュアを除く各守護者に加え、セバスに戦闘メイド(プレアデス)、大図書館の死の支配者(オーバーロード)たちや、レベル90近い最上級のNPCなどを貴賓席周辺に侍らせていたのだ。

 対面する直前まで完璧に気配を消し、魔王の居城へ侵入してきた勇者の度肝を抜く。そんな予定でモモンガは登場しようとしていたのだが……。

 

「むぅ、人間には刺激が強かったか? ナザリックに侵入してくるぐらいだから問題ないと思ったのだがなぁ」

 

「モモンガ様の美しさに発狂してしまうのは仕方のないことかと。私にはあの人間の気持ちが良く解ります。ええ、本当に!」

「まぁさにっ! 統括殿のおっしゃる通りかと! 矮小な存在でありながらモォモンガッ様の御威光に触れてあれほどの驚嘆とは、中々見込みのあぁぁる人間ではないですかっ? 我が主の素晴らしいさを、そぉの一端とはいえ感じ取れるのぉですから!」

「は、はい! その通りだと思います! あの、その、モモンガ様は素晴らしい御方ですから!」

「トハイエ、モモンガ様ノ視界ニオ入レスルニハ、イササカ不浄デハ? 勇者ダトシテモ流石ニアレハ酷イ」

 

 プシューと冷気を吐き出すコキュートスの言は、いちいち尤もである。

 大魔王の前で糞尿垂れ流しとは無礼にもほどがあろう。

 一番幼い子供の粗相だとしても、普通なら首を刎ねられて御仕舞いになるところだ。たとえ、モモンガ様のあまりに美しい御姿に耐えられなかったとしても。

 

「ぐええぇぇぇぇおげぇぇ! かはっ、きひぃ!」

「ロバー! どうなってんの?! 効いてないわよ!」

「いえ、魔法は発動しています! ですがアルシェさんの受けた衝撃が、治癒効果を上回っているのですよ!」

「そうか! イミーナ、アルシェの目を塞げ! 貴賓席を見させるな!」

 

 リーダーの指示に従い、イミーナは懐から取り出した手拭布で暴れ狂うアルシェの目を覆い隠す。ロバーデイクは再度、精神系治癒魔法を繰り出して呼吸の安定化を図り、ヘッケランは仲間を護るような立ち位置で、貴賓席の化け物集団を睨み付けていた。全身の震えを必死に抑えようと、無駄な努力をしつつ……。

 

「む? ああ、なるほど。ここにもタレント持ちがいたのか。相手の力量を看破する瞳――いや、シャルティアやアウラを見て平然としていたのなら、別の看破能力か? う~む」

 

 珍しい小動物でも発見したかのような骸骨の言葉に、ヘッケランは戸惑いと寒気を覚える。

 完全に上位者としての物言いであり、理性的。加えて人間を分析しているような意図が短い発言の中からも感じとれて、化け物というよりは“天上の神”が箱庭で蠢いている人間を見下ろしているかのように思える。

 ただ、絶体絶命ではなさそうだ。

 貴賓席とその周辺から姿を現した異形の者たちは、たった一体でフォーサイトどころか帝国すらも滅ぼせそうだが、話している内容からして交渉が可能だと察する。

 ならば一歩を踏み出すのはリーダーの役割だ。なにがなんでも仲間を生きて帰さねばならない。

 アルシェには幼い妹もいるのだから。

 

「この墳墓の主とお見受けいたしますが、まずは謝罪をさせていただきたい」ヘッケランは予備武器の短刀をおろし、化け物集団の視線が集まる最中へ一歩を踏み出す。「この墳墓にあなたに無断で入り込んだことは謝罪いたします」

 

「ああ、気にしなくともよいぞ。魔王の許可を取って居城に攻め込む勇者なんぞ聞いたこともない。勇者は勝手に入ってくるものだ。そして魔王の首を刎ねる」

 

 玉座に座る化け物の親玉らしき骸骨の言葉は、理解しがたいものがある。

 魔王、居城、勇者。

 先程も闇妖精(ダークエルフ)が口にしていたが、魔王とは真実であったのか。

 ヘッケランは、「モモンガ様、あのような下賤な者どもに直接御声をかける必要など」と口にする角の生えた美しい女性――を片手で制しながら立ち上がる魔王のごとき骸骨に気圧されて、思わず膝をついてしまう。

 

「さて、勇者と認定したからにはそれなりの実力を所持してもらわんとな。第六階層で鍛えている武技使いと一緒に、人間の限界を超えてもらうとしよう。とはいえ、現状が弱すぎるから数年はかかるか?」

 

「お、おそれながら」勝手に話が進んでいる状況――墳墓に何年も閉じ込められることは死を意味する――を止めようと、ヘッケランは素手で(ドラゴン)に殴りかかる覚悟をもって賭けへ出る。「我々は“とある人物”から依頼を受けて、この墳墓を調査していたのです。私利私欲のためではありません」

 

「ん? 皇帝が操る帝国貴族の依頼を受けたことは知っているが……。その口ぶりだと、ナザリックの先行偵察にきたかのような意味合いだな。となると、他のプレイヤーか? それともギルメンか? いや、仲間であるのなら他の誰かに依頼する必要が……」

 

 ぷれいやー、ぎるめん、なかま。

 疑問符をつけたくなる言葉の中で、ヘッケランは理解できる――利用できる単語を捉え、薄氷の上を歩くかのような賭けを続ける。

 

「貴方様の仲間かどうかは判りません。ですが人間とは思えぬ姿であり、この墳墓を知っていたのですから関係者の可能性は高いかと」

 

「ほう、面白そうな話だ。で、どのような姿をしていた? 種族は?」

 

「は、はい。……種族は、その、見たことのない外見で、え~、てかてかしていました」

 

「てかてか?」

 

 モモンガはふと考える。

 アインズ・ウール・ゴウンのメンバーは皆異形種で、独特な外見をしている者ばかりだ。

『ふさふさ』とか『もこもこ』ならぺロロンかウルベルトだろう。

『ぷるぷる』なら茶釜かヘロヘロか?

『ぬるぬる』とか『ぶよんぶよん』もスライム系には合っているかもしれないが、もしかするとタブラになるかもしれない。

 では、『てかてか』とは?

 

「う~ん、“あまのまひとつ”か? 蟹の部分が『てかてか』しているように見えなくもないか?」

 

 全てを見通す魔王様でも、なかなか難しい連想ゲームであるようだ。

 そんな首を捻る主を前に、貴賓席を囲む世界滅亡級の化け物たちは何も発言できず佇むことしかできない。至高の四十一人に関わることであるのなら、余計な口を挟むことなど(しもべ)にできるはずもないからだ。

 ただ、角を備えた白い悪魔は別の理由で発言しないのかもしれない。突如湧いてきた至高の御方々の情報にも、他の守護者より余裕をもって微笑んでいるだけである。

 

「さて、少ない情報から辿っていくのも面白い余興ではあるが――」モモンガにしてみれば、目の前で小鹿のように震えている勇者の記憶を覗けば済む話だ。嘘か真かも判らない人間の戯言に頭を捻る必要など無い。「後ろでぐったりしている小娘にも治療が必要だろうしな。そろそろ答え合せといこうか」

 

「モモンガ様、発言をお許しください」

 

 せっかくの勇者チームが崩壊してはもったいないとばかりに、大魔王は勇者の記憶を覗こうと動き出すが、それを止めたのは後方に控えていた戦闘メイド(プレアデス)のリーダー、セバスであった。

 

「どうした? セバス」

 

「はい、モモンガ様。先程の『てかてか』についてなのですが、もしかすると“たっち・みー”様のことではないかと愚考いたします」

 

「“たっち”だと?」

 

 言われてから想像してみても、モモンガにはまったくイメージが湧かない。

 純銀の聖騎士と言われる“たっち”に『てかてか』とは、創造されたセバス自身が怒り出すような表現ではないだろうか?

 それをセバス当人が提示してくるとは……。

 

「ああ、そうか。ワールドチャンピオンの鎧はナザリックに保管してあるから、今の“たっち”は蟲人の外観なのか。うむうむ、そうであれば甲殻が『てかてか』しているというのも頷けるな。恐怖公と似たようなモノだろうし」

 

 深く頷き、魔王は「素晴らしい」と絶賛する。

 造物主の特徴を把握しているセバスもそうだが、“たっち”に送り込まれた勇者たちにも称賛を送りたくなる。

 

「ふははは! たっちか! あのワールドチャンピオンがお前たちを送り込んできたのか! これは最高に面白くなってきたぞ! たっちがナザリックに攻め込んでくるなんて、ユグドラシルでも実現しなかった夢の対戦だ!」

 

 精神抑制が発動しない程度の愉悦をもって、大魔王は笑う。

 人間の勇者を選別しようと待ち構えていたら、意外な大物が釣れたのだ。あの“たっち・みー”であるならば、大魔王モモンガも全力で戦え、負けたとしても華々しい最期を遂げることができるだろう。

 無論、魔王として負けを前提とした戦いなどあり得るはずもないが。

 

「よし、セバスよ。宝物殿からたっちの武装を持ってこい。この勇者たちに案内をさせて、全ての武装をたっちに渡してくるのだ。セバスはそのまま向こう側へついて、ナザリック攻略に全力を尽くせ」

 

「モ、モモンガ様?」愕然とするしかない。己の造物主に関する情報を得ようと首を突っ込んだら、いつの間にやらナザリックへ反旗を翻す話になっている。おまけにたっち・みー様まで敵側だ。

 セバスとしては、武装をとってこいと言われても、足と心が重くて動くに動けない。

 

「モモンガ様、お待ちください」石化したかのように硬直してしまったセバスに代わり、声を上げたのはアルベドだ。「たっち・みー様がナザリックへ攻め込むなんて、想像するのも非礼かと思うのですが……。どうしてそのような?」

 

「どうして、だと? そんなことはセバスに聴けばすぐ解るぞ。世界を滅ぼす魔王が現れたのなら、嬉々として討伐に赴くのが“たっち”だ。それがヤツの正義、生きる意味だ。相手がナザリックだろうと関係ない。たっちは困っている者を助け、正義を貫く。私は死と絶望を振り撒き、全てを滅ぼす。どうだ? この異世界でワールドチャンピオンとの決戦だぞ」

 

 嬉しさを抑えきれないでいる魔王に対し、守護者統括は優しく微笑んで「モモンガ様の御心のままに」と優雅な礼を行う。

 混乱したのはセバスだ。

 主人を諌めるような発言をするかと思いきや、まるで賛同するかのような態度。このままでは本当にたっち・みー様とモモンガ様が争うような事態に発展しかねない。

 セバスは腹に力を込めて、魔王の前へ跪く。

 


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