骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第18話 「ろりこん魔王」

 

「恐れながらモモンガ様。現時点において、本当にたっち・みー様が偵察隊を送り込んできたかどうかは確定しておりません。よろしければ、私に確認を御命じ頂けないでしょうか?」

 

「うん? ああ、確かにそうだな。浮かれて確認を怠るとは“ぷにっと”に怒られるな。ではセバス、軽く聴き出してこい」

 

「はっ!」

 

 この後、気合の入りまくったセバスが殺気を抑えぬまま闘技場へ降り立ったため、“フォーサイト”の四人は半死半生になってしまうのだが、〈傀儡掌(くぐつしょう)〉の使用に問題はなかった。

 神官と思しき大男が白目をむいて倒れ込み、半森妖精(ハーフエルフ)らしき女が――発狂しかけていた少女に意識無く覆いかぶさっているその横で、リーダーであろう双剣使いはセバスの問いに抗うことなく言葉を零す。

『全て嘘でした』と。

 

「…………」

 

 無言で応える大魔王の傍らで、守護者らは緊張と殺気を纏う。

 “嘘”である。

 我らが至高の御方に嘘。

 つまらぬ地上のゴミが、神をも超える絶対支配者に戯言を吐いたのだ。となれば与えるべき罰は一つしかない。ただ、罪人たるゴミどもは勇者として認定された直後なのだ。短絡的な行動に走るわけにはいかない。

 セバスは意識を失っているであろうワーカー四人の傍で――造物主に関する情報を得られなかったという喪失感を抑え込みつつ、手刀を構え、首を刎ねるつもりで主人の言葉を待つ。

 

「なんだそれは? ツアーにも教えてやろうと思っていたのに」軽い言葉が大魔王から発せられる。口調に怒りは見えず、態度からも不快な思いを受けたような気配はない。ギルメンの情報が皆無であることにも、特段気落ちしてはいないようだ。「やれやれ、なんともつまらん余興だ。ワールドチャンピオンとの決戦はおあずけかぁ……」

 

「愛しの旦那さ――モモンガ様に嘘を吐くとは、あの人間(ゴミ)どもは潰してしまうべきではありませんか?」

「ちょっと統括殿から聞き捨てならない発言があったように思いんすが、あの人間(ゴミ)どもを殺すことには賛成でありんす。先程はちょっと恐ろしかったでありんすよ」

「うん、あたしもたっち・みー様と戦うなんて想像もしたくないしね」

「ぼ、僕も至高の御方と戦うなんて……あの、えっと」

「シカシ、ソレヲ至高ノ御方々ガ望ンダトシタナラ、我々ハドウスルベキナノダ? 全力デノ殺シ合イヲ所望サレルノデアレバ、私ハ……」

 

 ほんの少し空気が緩んだような気がしたものの、コキュートスの発言に守護者の気分は沈んでしまう。

 確かに“至高の御方”が望むのであれば、共にナザリックへ攻め込むのも、それを撃退するのも『御意志のままに』と受け入れるべきなのだろうが……。

 想像はあまりしたくない。

 セバスにしてみれば、モモンガ様と敵対するかもしれない立ち位置なのだ。己の造物主に従うは至上の喜びと言えど、いざその時が来たら『恐れながら申し上げます』と“たっち・みー”へ進言を行わずにはいられまい。

 ナザリックへの侵攻を考え直してもらうために。

 

「ふむ、皆はあまり乗り気ではないようだな。しかし、まぁ、そうかぁ。ギルメンの誰かが乗り込んで来たら、それはそれは楽しい拠点防衛戦の始まりだと思うのだがなぁ」モモンガは少し落胆するものの、部下が嫌がっているのなら強制するわけにもいかない。

 魔王にそんな趣味は無いのだから。嫌がる()部下を無理やり椅子にして座るような――変態(ぺロロン)的な趣味は。

 

「モモンガ様」乱れている空気を一新するかのように、アルベドが前へ出る。「生き残った侵入者どもは、どのように処理いたしましょうか? 地上とナザリック内部において、生存しているのは闘技場のワーカー四名、及び先程無抵抗のまま捕らえられたエルフ三名となっております」

 

「闘技場の四人はナザリックへ侵入してきた勇者だ。コキュートスの元でしっかりと研鑽を積んでもらうとしよう。とりあえずはカンストが目標だな」“カンスト”とは人間の限界を突破して超越者に至り、生物としての最終形態、個としての頂点へ到達することを意味している。

 その道は過酷であり、拷問にも等しい地獄そのもの。素養のない者の実力を無理やり引き上げることが、どのような苦痛を伴うのか? 強さを手に入れた果てに何を失うのか? 最終的に“それ”は人間なのか? なんて色々疑問も募ろうが、魔王様にとってはどれも一つの実験に過ぎない。

 勇者にどれほどの惨い死地を歩ませるのか、なんて気にもしていないだろう。

 

「だがエルフは必要ないな。自分の意思でナザリックへ来たわけではないのなら、ただの迷い込んだ虫にすぎん。適当に処分しておけ」

 

「はい、モモンガさ――」

「――ま、待って! 待って……ください」

 

 愛に溢れる美しい笑顔で、愛しの旦那様に平伏していたアルベド――の返答を邪魔するかのように、闘技場から女の声が届く。

 発声者は、目隠しされたまま仰向けで倒れ込んでいる請負人(ワーカー)魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。つい先ほどまで生死の境を彷徨っていたものの、セバスの応急手当てにより意識を取り戻した、“アルシェ”という名の少女である。

 

「このゴミがぁああっ!!」アルベドにとって『モモンガ様との会話を邪魔すること』は、死刑にも等しい大罪である。いや、すぐに殺すのではなく、じっくりと時間をかけて『殺してください』と懇願するまで拷問するべき案件かもしれない。「至高の御方との会話に口を挟むなんて、細切れにしても許されない! モモンガ様、この者を勇者に認定するとのことでしたが、躾が必要かと具申いたします。恐怖公の元へ運びましょう」

 

 殺気を放つ守護者統括の怒声に「うげっ」と闇妖精(ダークエルフ)吸血鬼(ヴァンパイア)が身を寄せ合うも、大魔王は静かに骨の指を顎へ添え、勇者がなにを言わんとしているのかを気にかける。

 

「そうだな、躾は必要だろうが……。とりあえず言い分を聞いてみるか」モモンガは軽く手を振り、今にも襲いかからんとしていたアルベドを下がらせると「セバス、その娘の発言を許す。己が死の縁にいることを自覚させてから喋らせろ。ハッキリと、な」

 

「はっ」

 

 セバスは気を送りながら子供のような魔法詠唱者(マジック・キャスター)の背中を支え、大魔王様へ顔を向けさせる。目隠しはそのままだ。至高の御方に拝謁するには不敬な様相かもしれないが、先程の様子からすると、モモンガ様の御姿を直視すると気がふれる可能性がある故仕方がない。

 

「お嬢さん、モモンガ様から発言の許可が下りました。何か語るべきことがあるのなら、全身全霊をもって言葉にしなさい。くだらない内容なら、この場で首を刎ねます」

 

「ひいっ!」

 

 異臭を放つ汚い身体がビクンと跳ね、パシャパシャと汚水溜りを叩く。

 アルシェが身に宿すは恐怖だ。

 突然現れた化け物の集団に最大級の警戒をもって対峙した直後、その中央と周辺に許容限界を突破する神の如き魔力の持ち主がいたことを“生まれながらの異能(タレント)”で察知し、狂い死にする寸前で倒れた。

 眼を隠してくれたイミーナには感謝すべきなのだろう――けれど今は、自分の眼を潰したくてしょうがない。もう二度と眼を開けたくないと思うほどに。

 

(クーデリカ、ウレイリカ……)

 

 最後の希望を心で唱え、勇気を奮う。

 死ぬわけにはいかない、墳墓に閉じ込められることも許容できない。

 自分が帰らなければ両親は経済的に破綻する。そして必ずや幼い妹たちを蔑にするだろう。借金のカタに差し出す可能性だってある。

 妹たちは幼すぎて抵抗できないはずだ。姉である自分が護らねばっ!

 

「――わ、わたしには妹がいます! 幼い妹が、二人! まだ自分の力だけでは生きていけない、か弱い妹が、私の帰りを待っているのです! お、お願いです! 帰してください! わたしで出来ることなら、何でもやりますからっ!」

 

 必死に、涙ながらに、家族の身を案じて、魂からの懇願。

 この場にニグレドやペスが居れば、よからぬ騒ぎを起こしかねないほどの愛に溢れた叫びであった。

 アルシェの背を支えていたセバスや、魔王の後ろに控えていたユリなども、少なからず力になってあげたいと思ったのではないだろうか? 無論、個人の感情などでナザリックの意思決定は成されない。原因が人間の事情であればなおさらだ。

 重要なのは大魔王モモンガ様の御意志のみ。

 ただそれだけである。

 

「妹、家族……か」小さく呟いて、大魔王は思案する。「魔王を討伐しようとする勇者の代表的な動機が『世界を救う』なのは珍しくもないが、それと同じくらい物語に登場するのが『愛する人を救う』だ」

 

「――ぇ?」

 

 アルシェには解らない。魔王が何を言わんとしているのかが解らない。

 

「つまり、お前は二人の幼い妹のためなら、魔王すら倒してみせるのだろう? くくく、素晴らしい、素晴らしいぞ勇者! お決まりのパターンではあるが、悪くない動機付けだ!」

 

(――やめて! その先を言わないで!)

 

 声にならない叫びは魔王の歯牙にもかからず、最悪の運命から逃れることも叶わない。

 

「では宣言しよう。お前の妹たちは私が預かる。救い出したければ、大魔王たる私を倒してみせるがよい。出来なければ愛する家族の命は失われる、永遠にな。……ああ、妹を見捨てて逃げても構わんぞ。それも勇者に許された行為の一つだ、否定はしない。くだらんとは思うがな」

 

「――ああ、あああぁぁぁああ、うぁああぁぁははははは!!!」

 

 パリンと何かが砕け散ったような、ギリギリ保っていた均衡が崩れたような。

 アルシェは理性を手放し、発狂した。

 叫んでいるのか、泣いているのか、笑っているのか。傍にいたセバスが困惑するほどの狂乱ぶりだ。

 余程の絶望をその身に宿したのであろう。

 実現不可能な試練、己の魂を何度すり潰しても希望の光すら見えてこない。確実なる家族の死。救いは無い。微塵も無い。救いがあるかも、なんて思える要素もゼロ。

 それが魔王討伐。

 無数の化け物に囲まれた、大魔王を倒すという――神殺しの方がマシかと思える破滅。

 アルシェはセバスに意識を落とされるまで、奇妙な雄叫びで笑い続けていた。

 

「やれやれ、精神的な鍛錬も必要だな。……では、アルベド」

 

「はい、モモンガ様モモンガ様」

 

「なぜ二度言ったかは聞かんが――、(しもべ)を送ってあの者の妹を確保せよ。連れてきた後はニグレドに預けておけ。幼子らしいから少しは喜んでくれるだろう」

 

「ああぁ、私の姉にそのような御慈悲をお与えになるなんて……。妹でありながら姉に嫉妬してしまいますわ」

 

 ニグレドも大変だな――と妙な感想を持ちつつ、モモンガはクネクネしているいつもの守護者統括へ必要な指示を与えると「私は玉座の間へ向かう。少し試したいことが出来たのでな」と、跪く(しもべ)たちの前から姿を消すのであった。

 

 

 

「試したいこと、とは何かしら? 私ならどんなことでもオッケーなのに……」

 

「はん、未経験のクセに大口をたたくものでありんすなぁ」

 

「あんたも人のこと言えないじゃん。ていうか、なんでそっち系の話題になるのよ! モモンガ様が玉座の間で試すと言ったら、もっと凄いことに決まっているでしょ!」

 

「え、えっと、凄いことって、あの、どんなことなんだろ?」

 

「至高ノ御方ノオ考エハ、遥カ高ミニアッテ拝見サセテ頂クコトスラオコガマシイト言エルダロウ。ソレヨリ……、モモンガ様ノ御勅命ヲ遂行スベキデハ?」

 

 本来であれば、姦しい女性陣を諌める役目はデミウルゴスのはずなのだが、当の知恵者はスレイン牧場へ出ずっぱりなので、コキュートスが代わりを務めるしかない。

 最初に成すべきは、モモンガ様の御勅命。

 勇者と認定した者の肉親を捕らえてくることだ。

 

「くふ、私が愛する旦那様の御希望を後回しにするとでも? ねぇ、パンドラ」

 

「はっ、『旦那様』のぉぉ件は初耳ですぅがっ、捕縛に関しては既に完了してぇおります。対象屋敷内に居たものはぁ全てナザリックへ搬送。不必要な人間は、餌や巣になってもらうぅ予定ですっ」

 

 バサッとマントを翻し、埴輪顔の領域守護者は任務達成を通知する。

 そう、終わっているのだ。

 ナザリックに侵入しようとした時点で、請負人(ワーカー)たちの素性は調査され、家族関係までも把握済み。

 そもそもアルベドが許すはずもない。

 勇者として認定されようが、家族や関係者は別枠だ。モモンガ様が望むので勇者を殺したりはしないものの、その分周りの者には罪を背負ってもらおう。

 愛しき旦那様の居城へ足を踏み入れたゴミ屑どもには慈悲など不要。

 無論、依頼主である貴族やその裏にいる帝国皇帝にもそれ相応の苦痛を味わってもらうことになるだろうが……。国家を叩き潰す娯楽は大魔王様のモノだ。部下が勝手に――というか妻が勝手に判断してはならない。

 

「それでコキュートス、そのゴミどもに勇者としての素質はあるの? 私からすると、弱過ぎてモモンガ様の視界に入れることすら不快なのだけど」

 

「ムゥ、確カニ厳シイカモシレン。スレイン法国デ拾ッタ者ドモヨリ、圧倒的ナ弱者デアルコトハ確カダ。シカシ、愛スルモノヲ思ウ気持チハ“レベル”ヲ凌駕スルカモシレン」

 

 蟲王(ヴァーミンロード)にしてはロマンチックな物言いだが、その発言の原因を知っているアウラは『あまり期待しないでね~』と肩をすくめる。

 

「それって蜥蜴人(リザードマン)のこと? まぁ、白いヤツを助けようと突っ込んできた蜥蜴人(リザードマン)は、魔法武器で武技なんか使ってきてさ、レベル以上の強さを見せたって報告したけどぉ~。結局、あたしのあまり強くない子一体だけで壊滅状態だよ。良かったのは、生き残った“レア”をモモンガ様へ献上できたことだけ、かな?」

 

 勇者ツアーと別れてからモモンガ様と散歩に行くまでの短い間、ナザリックの者たちは、ギルド武器の分析やスレイン法国宝物庫からぶんどったお宝の仕分けで、少しばかり慌ただしい時間を過ごすこととなっていた。

 アウラはその期間を使って、近くにある“トブの大森林”とやらを本格的に調査していたわけだが……。

 期待していたほどの成果は無かった。

 力を揮ったのは巨大なイビルツリーが襲ってきた時ぐらいで、他はあまりに弱々しい雑魚ばかり。

 個体数が少なかったり、一体しかいない希少種だったりした場合は捕縛したが、小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)蜥蜴人(リザードマン)のように珍しくもない種族は、“レア”以外皆殺しにした。

 もちろん、敵対してきた輩は即魔獣の餌である。

 ちなみに、妖巨人(トロール)やナーガはあまり美味しくない――とは(しもべ)魔獣の談だ。

 

「強さで言ったら……え~っと、ザイトロなんたらって魔樹の方が相当強かったよ。話が通じないから、ナザリックの(しもべ)とか勇者なんかには相応しくないだろうけどさ」

 

「強さなんて気にする必要ないでありんしょう? 至高の御方々には弱者を一瞬で強くする秘伝の技があると聞きおよびんす。その名も“ぱわーれべりんぐ”!」

 

「え、えっと、あの、ぱわーれべ? そ、それってどんな技なんでしょう?」

 

「知らないでありんす」

 

「はぁ?」珍しく有用な情報を口にしたなぁ、と感心しきりのアウラも目が点になる。「あんたさぁ、それじゃあ全然ダメじゃん。期待して損した」

 

「う、うるさいでありんす! 至高の御方々しか使えない秘伝でありんしょうから、わたしが知らなくてもしかたありんせん!」

 

「えぇ~?」

「んぎぃ~」

 

 両の掌を上へ向けて呆れるような仕草のアウラに対し、シャルティアは詰め寄って睨み付ける。

 そんないつも通りの二人に、周囲の守護者はため息しか出ない。

 

「――守護者の皆様方」力強く響く声はセバスのものだ。「私は今から、モモンガ様の元へ馳せ参じるつもりです。供の者が一人も居ないというのは問題でしょうから」

 

「ソウダナ。玉座ノ間デアロウトモ、モモンガ様御一人トイウノハ――」

「いえ、モモンガ様の元へは私がいくわ」

 

 コキュートスの言葉を遮り、前へ出てきたのはアルベドだ。

 当然シャルティアが噛みついて一騒動でも起こすのか――と思いきや、その場を支配したのはナザリック地下大墳墓を任されている守護者統括の厳格なる命令であった。

 

「守護者統括として命じます。セバスとプレアデスはこの場の後始末を。勇者どもの治療及び教育を行いなさい。コキュートスは武技習得と並行して、勇者どもの強化計画を遂行。シャルティアは上層階でナザリックの防衛任務へ。アウラは外へ出て周辺警戒。マーレはアウラのサポートを。私は玉座の間へ赴き、モモンガ様が行う実験のお手伝いを行います。皆、異論は?」

 

 統括としての役目を前面に出されては、流石のシャルティアも頷かざるを得ない。

 他の守護者も同様であろう。

 命令内容にしても特におかしなところがあるわけでもないので、モモンガ様のところへ足を向けようとしていたセバスも立ち止まるしかない。

 それにそう、守護者統括の正式な待機場所は“玉座の間”であるのだから。

 

「では、行動を開始しなさい」

 

 立場に相応しい威厳ある一声を最後に、アルベドは指輪の力で転移した。

 行先は当然、玉座の間の正面扉前であろう。

 それは解っているのだが、シャルティアには何だかもやもやとした感情が渦巻いて仕方がなかった。

 

「……なんでありんしょう? 正しいはずなのに、命令に納得できない自分がいるでありんす」

「うん、アルベドは守護者統括だもんね。あたしたちに命令するのは役目上間違っていない、はずだけど」

「お、お姉ちゃん? あの、僕たちはモモンガ様と散歩できたんだし、その、ね」

 

「ウウ~ム、デミウルゴスガイテクレタラ助言ヲ貰エタカモシレンガ……ン?」アルベドにも負けない知恵者である友人の不在を嘆くコキュートスであったが、「ソウイエバ」と辺りを見回し、もう一人の知恵者がどこへ行ったのかと訝しがる。

 

「どうかされたのですか? コキュートス様」

 

「私ニ敬称ハ不要ダ、セバス。――イヤナニ、宝物殿領域守護者ノ姿ガ見エナイト思ッタノダガ」複眼で闘技場を見回しても、貴賓席はおろか、観覧席の端にもあの目立つ軍服埴輪男の姿は無かった。「我ラニ気付カレルコトナク、何処カヘ移動シタトイウノカ?」

 

 確かに宝物殿領域守護者パンドラズ・アクターは居なくなっていた。タイミングからすると、アウラとシャルティアがじゃれ合っていたときに拠点内転移用指輪(リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)を使用したように思えるが。

 守護者数名もコキュートスの呟きに、キョロキョロと視線を動かす。

 

「ああぁぁ! アイツ、アルベドから命令される前にモモンガ様のところへ行ったんだ! ずっるーい!」

 

「あ、そっかー。だ、だからアルベドさんは急いで後を追いかけたんだね。えっと、凄いよね~」

 

「うぎぎ、褒めるところではありんせん。わたしたちは抜け駆けされたでありんすよ。酷いでありんす」

 

 本当なら後を追いかけて、玉座の間になだれ込みたいところである。

 しかし、守護者統括から命令を出されてしまった守護者として、任務放棄ともとれる行動を起こすことはモモンガ様への謀反に等しい。

 アルベドも解っていて発令したのであろう。

 任務内容が間違っていないだけに、余計腹立たしい。

 

「守護者の皆様方」苛立ちを募らせる守護者を前に、セバスは語る。「まずは命令を遂行いたしませんか? 区切りのよいところまで終わらせて、玉座の間まで報告に参りましょう。それならば、堂々とモモンガ様にお会いすることが出来るかと」

 

 成すべきことを成し、その報告に参上したとなれば、流石のアルベドも邪魔できないのではないだろうか? いや、平気な顔で「代わりに報告してあげるわ」と言いそうな気もするが。

 各守護者はセバスの(げん)に、不安を飲み込みながら軽く頷く。

 

「うん、そうだね。また変な奴らが来てないか見て回らないと。マーレ、いくよ」

「あ、待ってよぉ、お姉ちゃん」

「仕方ないでありんす。ゴミどもが入り込みんした上層はしっかり掃除する必要がありんすし……。ペットの再教育も緊急課題でありんしょう」

 

 双子の闇妖精(ダークエルフ)が走っていくのを見送りつつ、吸血鬼(ヴァンパイア)は『今になってようやく気付いた』といった感じで、闘技場の片隅で倒れ込んでいた血塗れの少女を一瞥する。

 

「もう少し戦えるかと思っていんしたけど、期待外れでありんした。やっぱりこの程度の雑魚だと、力量が判りにくいでありんすねぇ」

 

 後方でセバスと戦闘メイド(プレアデス)たちが勇者一行を引き摺って行き、コキュートスが武技使い集団と話し込んでいる最中、シャルティアは転がっているペットを軽く蹴りつける。

 

「ぐっごほ!」

「ほら、起きなんし」

 

 矢を受け、複数の裂傷、加えて魔法による打撲と火傷。でもペットたるエンリが受けた最も大きなダメージは、シャルティアの軽い蹴りだったのではないだろうか?

 身体を丸めて痛みを堪えるエンリは、虫けらを眺めているかのような御主人様へ必死に言葉を発する。

 

「あ、ありがとうございます、シャルティアお姉さま!」

 

「ふふ、おんしは敗北したのだからお仕置きでありんす。覚悟しなんし」

 

「はい、お仕置きしてください! シャルティアお姉さま!」

 

 痛む体を無理やり起こし、恍惚の表情を浮かべながら御主人様についていく人間ペットのエンリ・エモット。

 シャルティア御自慢の特殊な教育――というか快楽拷問中に、村娘らしからぬ能力の発現を見せ、コキュートス管理の武技使いたちが行っている戦闘訓練へと放り込まれた。

 それで少しは強くなったかと思いきや、動像(ゴーレム)を使役しても請負人(ワーカー)チームに完敗。

 やはり本職の人形遣いのようにはいかないものである。指揮ができたとしても、自立意思を持たない人形相手では勝手が違うということなのであろうか?

 事前の訓練ではそれなりに動かせていたのに、やはり付け焼刃程度では、実践において使い物にならないようだ。

 

「次はフサフサの尻尾にしんしょうかぇ」

 

「シャルティアお姉さまの御心のままに!」

 

 御尻に突っ込まれた尻尾型アクセサリー。戦闘中にそんなものをつけていたからこそ、まともに動けなかったのであろうに……。

 吸血鬼(ヴァンパイア)がそのことに気付くのは、遠い先の話である。

 


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