骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第21話 「傍観魔王」

 

「……行ったようですね」

「ラナー様、いったい……なにがっ、起こったので、しょうか?」

 

 身を震わせるクライムにこれ幸いと抱き付きながら、ラナーは思考する。

 死の騎兵(デス・キャバリエ)とやらの強大さは把握した。王国が対応できない高い戦闘力を持つ化け物であること。人間と同等かそれ以上の知能を持つ会話可能な相手であること。そしてたった一騎で国家に乗り込んでくる常識外れの存在が、“魔王軍”とやらの単なる先触れでしかないということ。

 

(終わりね。王国はお終いだわ。でも――、私とクライムだけは生き残ってみせる)

 

 相手の全戦力を知らなくとも、勝敗は見えてくる。

 恐らくあの死の騎兵(デス・キャバリエ)とやら一騎でも城を落とせたに違いない。戦士長が存命だったとしても、撃退できたかは怪しいところだ。

 ならば――とラナー王女は決断を下す。

 

(王国を盾とし、囮とし、使い潰し、私たちの逃げ道を確保する。脱出の際は、ラキュースに護衛を頼みましょうか。……っと、邪魔者がきましたね)

 

 ドカドカと大きな足音を響かせて、複数人が迫ってきている。こんな非常時に第三王女の私室を訪れるなんて、普通では考えられない行動ではあるが、それ故に相手が誰かはすぐに判る。

 ラナーは名残惜しそうにクライムから離れると、ノックもなしに扉を開ける無礼者を笑顔で迎え入れていた。

 

「妹よ! 聞いたか?! 聞こえたか?! とんでもない事態になったぞ!」

「落ち着いて下さい、お兄様。周りの方々も困惑していますわよ」

 

 姿を見せたのは、何をおいても国王の元へ馳せ参じるべきであろうちょいと太めの第二王子、ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフであった。後方には有り余るほどの護衛を引き連れており、共に駆けつけた六大貴族の蝙蝠――本人は蛇のような様相であるが――レエブン侯の護衛も合わせると、第三王女の私室にはとても入らない大所帯である。

 

「そ、そんなことを言っている場合ではない! 王城の前は血の海だぞ! 兄上は手勢を集めて、黒い騎士の後を追いかけてしまった! 急がなくては手遅れになる!!」

 

 手に負えない事態――言葉と表情が深刻さを物語っている。

「お兄様、レエブン侯。三人だけで話し合いをしましょう」第二王子は無能ではないものの、ラナーにとっては多少聞き分けのイイ駒でしかない。レエブン侯も似たようなものだ。であるならば、精々役に立ってもらうとしよう。

 

「クライムは外へ出ていてください」

「はい、ラナー様」

 

 もちろんクライムが一緒でも構わない、というかその方が嬉しいのだが、今はまだ本性を晒すのは早過ぎる。それに第二王子ですら護衛を外に押しやっているのだから、妹が護衛を置くことなどできるはずもない。

 

「妹よ、はっきり聴くぞ。どうすればいい。どうすれば王国は救われる。魔王軍とやらには勝てないのだろう? ああ、宣戦布告にきた黒い騎士があの強さなんだ。俺でもそれぐらいは判るぞ」

 

「王子、いきなり何をおっしゃるのです? ラナー殿下にお聞きするような内容では……」黙って付いてきていたレエブン侯も、王子の形振り構わぬ言動には驚きを隠せないようだ。当人としては、国王の元へ向かう前に第三王女を連れていこうと、ちょっとした寄り道程度に思っていたようだが。

 

「お兄様、レエブン侯。王国は滅びますよ、間違いなく」なんの感傷もなく、不気味なまでの平淡な口調でラナーは言葉を紡ぐ。

「ですから王国民には時間を稼いでもらいましょう。魔法詠唱者(マジック・キャスター)を動員して戦争が始まることを国民に伝えるのです。もちろん時間が無いので近隣の防衛拠点に集ってもらうことぐらいしか出来ませんが、まぁ肉の盾ぐらいにはなるでしょう。ただ、相手が“魔王軍”であることは伏せます。逃亡されても困りますしね」

 

「時間を……稼ぐだと? 何のため――誰のための時間だ?」妹と会話しているとは思えないほどの冷や汗をかきながら、第二王子は渇いた喉の奥から声を絞り出す。

 

「もちろん“私たち”が逃げるための時間ですよ」

 

 ラナーは“黄金”の名に相応しく――とはとても言えないようなドス黒い表情で、ニタリと笑った。

 

「ちょっ、ちょっとお待ちください殿下。それではっ、そのようなことをしてはっ、王国民に多大な被害が出る恐れがあります。王城の兵士ですら手も足も出なかった相手が、軍となって押し寄せてくるのですよ。民兵ごときではっ」

 

「ですから、民兵ごときにできることは時間稼ぎぐらいでしょう? 一人殺されるのに数十秒だとしたら、百万人で一ヶ月ぐらいなんとかなるのでは? まぁ、魔王軍が十万もいたら一日で壊滅でしょうけど」

 

「お、お前は……」王子として最初に考えたのは『どうしたら勝てるか?』だ。しかし即座に『どうしたら国を残せるか?』と頭を悩ませた。魔王軍とやらに勝てる見込みがない以上、和平や休戦協定への道筋を模索しようとしたのだ。

 

「お兄様、悲観している場合ではありませんよ。国民への戦争告知と同時に、“アーグランド評議国”へ親書を送りましょう。内容はもちろん魔王軍に関することですが、『助けてほしい』とは嘆願しません」まるで他人事のようなラナーの発言に、王子やレエブン侯は「はぁ?」と顔を歪ませる。

 

「救援を要請しても来るはずがないでしょう? まともな国交もないのですよ? それより『次はお前たちだぞ』と危機感を煽り、王国が魔王軍の相手をしている間に背後を突いてもらう方が確実です。評議国も他国が盾となっている状況を好機と捉えるでしょう」

 

 ラナー王女の提案はまさしく王国を餌としたものだ。

 国中に散らばる人間という餌、それに食らいつく魔王軍。恐らく、魔王軍は他方に散らばり戦線は拡大する。強力な化け物が一ヶ所に集るような事態は避けられるだろう。

 ならば、評議国の竜王(ドラゴンロード)たちも重い腰を上げるに違いない。

 

(評議国の戦力に問題はないはず。王国に来ていた商人たちの動向に変化はなかったし、先日の噴火のような大爆音も、誰も住んでいない荒野が発生源とのことですし……。評議員である竜王さえ扇動できれば、逃げ出す隙ぐらい作り出せるでしょう。まぁ、魔王軍を壊滅させてくれるなら、それに越したことはありませんけど)

 

 この世界において竜王(ドラゴンロード)とは、人知の及ばぬ恐るべき戦力である。有効に活用できるのであれば、魔王とだって戦えるに違いない。

 しかしラナー王女は、魔王軍の戦力を八欲王並みと推定していた。

 少し過剰かもしれないが、過小評価して後悔するよりはマシであろう。故に、竜王(ドラゴンロード)の横やりがあったとしても魔王軍は止まらないと考えられる。良くて膠着状態、悪くて返り討ち。予想としては思わぬ攻撃を受けたことで進軍速度が鈍り、分散していた軍勢の統率が乱れる――といったところか。

 

「さぁ、お兄様。時間がありません、早く戦争の通達を! 評議国への親書内容は私が考えますので、レエブン侯には竜王様へ謁見可能な人物の選出をお願いします」

 

「お、おう」

「これは、私自身が赴くべきでしょうな」

 

「病床のお父様には何も知らせず、バルブロお兄様や貴族派閥の方々には全権委任で戦争を任せましょう。おだてて煽り、全ての手柄を譲ると確約するのです。もちろん次期国王の座も」

 

 流石に王位の話を出されると、第二王子も顔が引きつる。

 第一王子と長きに渡り争ってきた地位なのだ。それを容易く渡せと言われると「い、いや、それは……」と歯切れも悪くなろう。

 

「お兄様、この国は亡びるのですよ。そんな国の王位に何の価値があるのでしょう。まぁ、万が一国が残ったとして、その玉座に座りたいとお兄様がおっしゃるのであれば、私が協力しますよ」

 

 まるで些事であるかのように、魔王軍と戦うことに比べたらお遊戯であるかのように、ラナー王女は黄金の名に恥じぬ美しい笑顔を振りまく。

 

「さぁ、王国民数百万人を餌にして、私たちは生き残りましょう。ここからが正念場ですよ!」

 

 第三王女の激に、第二王子とレエブン侯はゴクリと喉を鳴らして、己の成すべきことに向けて動き出した。

 ちなみにラナー王女の『私たち』とは、自分自身とクライムのことであり、他の者は一切関係ない。当然家族も蚊帳の外だ。

 第二王子は感付いているのだろう――餌の中には自分も含まれているのだと。だが、現状ではどうにもならない。魔王軍との戦争に穴を開けられるのはラナーしかいないのだ。今はその穴に自分も入り込もうと画策するしかないだろう。他に道はない。

 一方、レエブン侯も理解していた。ラナー王女の澱んだ瞳に自分は映っていないのだと。だから評議国への使者を請け負ったのだ。密かに家族を呼び寄せ、評議国からは戻らないつもりで。

 領民は怒り狂うだろう。貴族の地位は剥奪されるだろう。今まで積み上げてきた実績も全て水の泡だ。

 国の存亡をかけた戦争が始まろうとしているのに、防衛するべき領地を捨てて、家族とともに国外逃亡。他国へ親書を届けにきた使者が返答も受け取らずに亡命するのだから、それはそれは評議員たる竜王(ドラゴンロード)たちも呆れかえることだろう。

 だけど、そう、それでいい。

 ラナーは手駒となるべき愚者を送り出すと同時に愛すべき男を迎え入れ、不安で仕方がないとばかりに抱き付く。

 

(ふふ、必死に生き抜こうとするレエブン侯の姿こそが、魔王軍の脅威を伝える一要素となるでしょう。あとは王国の戦力と配置を正確に教えて、有利な襲撃箇所に気付いてもらわないと……)

 

 こちらから提案する襲撃計画では、竜王(ドラゴンロード)たちを引っ張り出せたりはしまい。重要なのは、自発的に動いてもらうことだ。

 竜王(ドラゴンロード)たちは戦況を見すえ、最も効果的で被害の少ない襲撃計画を練るはず。無論、『被害が少ない』とは評議国にとってであり王国のことではない。王国兵は評議国にとって盾であり囮でもあるのだから、全滅まで放置はされないだろうが――魔王軍相手に潰し合いをしてもらう関係上、膨大な死傷者を要求される。

 大地が血で染まり、死体の山が並ぶはずだ。

 あの死の騎兵(デス・キャバリエ)という黒い騎士に匹敵する兵で軍を構成しているのなら、最前線は阿鼻叫喚の地獄絵図となろう。王都へ到達するのに大した日数はかからないかもしれない。

 

(情報が欲しい、魔王軍の情報が……)ラナー王女は愛しい犬の胸で、『背中に手を回してくれてもいいのに』と妄想しながら、敵の全容を予想する。

 

(軍の規模はそれほど大きくないのかもしれないわね。大軍であるのなら、今まで誰にも目撃されていないのはおかしい。それで今は、エ・ランテルに駐留? 『滅びの街』とか言っていたのは、住民を皆殺しにして占領したから? まぁ、あんな街なんかどうでもいいけど……。逃げてきた人がいれば、話を聞いてみたいわね。さて)

 

 名残惜しそうな悲しい笑みを浮かべつつ、ラナーはクライムから離れ、執務用の机へ向かう。

 評議国の竜王(ドラゴンロード)たちを“その気”にさせるための親書作成だ。

 普通のやり方では難しいだろう。評議国は王国が滅びるのを対岸から眺め、自国の護りを固めるはずだ。それが悪手だとも知らずに……。

 

(王国を呑みこむ魔王軍を前にしては、流石の評議国も撃退できないでしょう。竜王だけなら逃げられるかもしれませんけど、国としては終わりですね。唯一の道は、最大戦力での不意打ち。そう、敵の総大将――魔王の首をとること)

 

 幸い竜王(ドラゴンロード)は空を飛べるのだから、不意打ちにはもってこいだ。

 王国が蹂躙され、魔王の機嫌が良くなっているであろう頃合いに、背後からの強襲。竜王(ドラゴンロード)が複数突撃すれば、魔王とやらがどんな力を持っていても手傷を負うに違いない。たとえ物語に出てくる“八欲王”の如き化け物であっても。

 

「うふふふふふ」

 

 ラナー王女は手駒を誘導して行われる盤上の戦争に、無意識ながら笑っていた。

 困難であり、国難ではある。だが勝てない戦争ではない。

 王国は滅亡するし、国民や貴族、王族も軒並み屍を晒すだろう。誘い出した竜王(ドラゴンロード)も、魔王の実力によっては半壊するかもしれない。

 魔王が負傷退場した後でも、瓦解した魔王軍の残党が暴れるだろうし、この大陸は死者で溢れかえるはずだ。

 

「ふふふ、早くラキュースに帰ってきてもらわないと……」

 

 逃げ道を用意し、護衛を確保し、ラナー王女は脱出の計画を練る。もちろんその脱出計画の中には、父親や兄たちの名はない。頭の中だけで創りあげられる計画――その中に記載される名は、自分を除くと一人だけ。

 

「いひひ、誰にも邪魔はさせない。誰にも」

 

 いつもと違う気配を纏って、ときおり不気味な笑い声を上げながら、評議国への親書を作成する第三王女様。

 そんなお姫様の背後では、鎧を纏った若い男が青い顔で佇んでいた。

『国家存亡の危機を前にして、心を壊してしまったのではないか』と、黄金の王女を心配しながら……。

 

 

 ◆

 

 

 その日、〈飛行(フライ)〉を唱えられる魔法詠唱者(マジック・キャスター)は総動員され、リ・エスティーゼ王国領内へと放たれた。

 各地方都市に戦争が始まる旨――ザナック王子の開戦宣言を伝えるために。

 とはいえ、送られた都市は王国内の六割程度だ。他は貴族派閥の反発もあって、ザナック王子の決定に応じなかった。

『王が病床の身であることに乗じて勝手なことを』

『バルブロ王子が戻られてからにするべきでしょう』

『我らの同意なく開戦を宣言するなど』

 とまぁ、王城の前が血の海になっていることも気にしないで、王派閥を揺さぶるネタが見つかったと騒ぐばかり。肝心のバルブロ王子が死の騎兵(デス・キャバリエ)の後を追いかけたまま帰ってきていない、という現状にも心配の言葉すらない。

 恐らく“魔王軍”の話も、エ・ランテルの内乱程度と考えているのだろう。あそこは王の直轄領地なのだから、自分たちが兵を出す必要はないと。王の兵だけで鎮圧するべきだと。

 

 そんな中、悲報は舞い込んだ。

『バルブロ王子の死亡を確認! 率いていた部隊も全滅!』

『アダマンタイト級冒険者チーム“朱の雫”、王都正門付近にて全員死亡!』

 双方ともに、死の騎兵(デス・キャバリエ)へ挑んだ結果なのであろう。王都へ入り込んだ化け物相手に勇ましく戦いを挑み、華々しく散った、というわけだ。

 だけどまぁ、当の死の騎兵(デス・キャバリエ)は標的を減らしたくないと洩らしていたので、挑まなければ命を落とすこともなかったのだが……。

 はっきり言って無駄死にである。

 貴族派閥のボウロロープ候などは、安置所へ運ばれる娘婿のバラバラ死体を前に、血管が破裂しそうなぐらい怒り狂っていた。

 

「役立たずのお兄様は、死んでからの方が使いモノになりますのね。貴族派閥を戦争に駆り立ててくれるのですから……」

 

 恐らくラキュースの魔法でも復活は難しいと思われる――損壊著しい兄の死体を一瞥し、ラナー王女は出立直前のレエブン候へ微笑む。

 

「ラナー殿下、そのような物言いはなるべく止めて頂きたい。黄金の名を冠する殿下の正体がソレでは、王国民も絶望し、時間を稼ぐことすらできませんよ」

 

「あら、それは困ります。国民の皆様には、たっぷりと時間をかけて死んでもらわないといけませんものね」

 

 このクズがっ――と言いそうになる己の感情を押し留め、レエブン候は恭しく頭を下げる。

 

「では、ラナー殿下。評議国へと行ってまいります。必ずや竜王様の御助力を得てまいりますので、御期待ください」

 

「ええ、解っていますよ。早くご家族を呼んで、奥地へ逃げてくださいね。そんな形振り構わぬ大貴族の姿を見たら、ことなかれ主義の竜王様も事態の深刻さを理解するでしょうから」

 

 黄金に輝く天女のような微笑みをもって、ラナー王女はレエブン候を送り出した。

 評議国の竜王(ドラゴンロード)を引きずり出せるかどうか――その確率はかなり微妙だ。

 王国でも重要な地位にいるレエブン候が、ザナック王子の名が入ったラナー王女の親書を持って行ったとしても、竜王(ドラゴンロード)たちは歯牙にもかけないかもしれない。自身が強者であるからこそ、切迫した事態には鈍感なのだ。目の前に竜狩り(ドラゴンスレイヤー)が現れても、欠伸を抑えきれないだろう。

 だからこそ、魔王軍には“力”を期待する。(ドラゴン)が冷や汗を垂らし、命の危険を感じるような“力”を。

 一番困るのは、王国がそこそこ戦えてしまう場合だ。

 まぁ無いとは思うが、それだと王国は魔王軍と共倒れになって滅亡するだけであり、晒される屍の中には自分も含まれよう。

 最悪の展開だ。

 

「戦争が始まって王国民がどれほど無残に殺されるか……。その惨状を評議員に届け、どれほどの危機感を持ってもらえるか……。王国が肉の盾となっている状況に活路を見いだしてくれるよう、誘導しないといけませんね」

 

 ラナー王女は、人類の切り札たる“朱の雫”が復活可能な状態なのかと議論している神官たちを尻目に、自室へと戻っていった。

 大量の死体運搬を手伝っているクライムが早く帰ってこないかなぁ~と、『大勢の兵士が殺されたことへの悲痛な想い』を堪えているかのような儚き表情のままで。

 

 

 

 

 八日後。

 戦争準備の期間としては短過ぎる日数が経過したその日、一万を超える魔王軍は動き出した。

 更地となったエ・ランテルを出発し、ゆっくりとリ・エスティーゼ王国領土を侵食していく。

 先頭は骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)獣の動死体(アンデッド・ビースト)死霊(ワイト)などの下位アンデッドと、地獄の猟犬(ヘル・ハウンド)朱眼の悪魔(ゲイザー・デビル)極小悪魔の群集体(デーモン・スオーム)魂食の悪魔(オーバーイーティング)鱗の悪魔(スケイル・デーモン)などの下位悪魔を混成させた、見た目にも醜悪な部隊だ。

 まさに魔王軍の先陣に相応しい様相であろう。どこからどう見ても、帝国軍が侵攻してきたとは思うまい。

 

「進軍速度ヲ落トスヨウ全軍ヘ通達セヨ。我ラノ目的ハ恐怖ヲ与エルコトナノダ。急イデ相手ヲ滅ボシテモ、得ルモノハ何モ無イ」

 

「ハッ! 各部隊長のエルダーリッチへ指示いタしまス」

 

 下位から上位までの(しもべ)が勢ぞろいしての侵略戦争なんて初の経験なので、コキュートスも、その配下たちも気が高ぶって仕方がない。

 そもそも、ナザリックに籠って待ち構えるだけの戦いしか知らないのだ。

 常に受け身であり、ここ数年は侵入者と相見えることもなく、先日の法国襲撃や請負人(ワーカー)チーム撃退が夢心地にも思えてしまう。

 

「ダガシカシ……」コキュートスは浮かれ気味の心境を整え、侵略戦争の意味を考える。

 

(モモンガ様ハ私ニ経験ヲ積マセヨウト、軍ヲ任セテクダサッタニ違イナイ。ナラバソノ御期待ニ沿エルヨウシッカリ学バネバナラン。ソレニ国家ガ侵略サレルトナレバ、表ニ出テイナイ実力者モ動キ出スコトダロウ。油断ハ禁物ダ)

 

 スレイン法国でも不意の一撃があった。

 友であるデミウルゴスが、油断していないにもかかわらず片腕を潰されたのだ。

 ならば王国でも同様の一撃を警戒する必要があろう。

 今回は法国へ攻め込んだ時のような電撃戦ではない。時間をかけ、広く展開し、一人も逃さず蹂躙せねばならないのだ。

 敵からしてみれば、つけ入る隙はいくらでもある状況だろう。

 

「コキュートス様、小さナ村をいくツか発見しタとの報告ガ入りまシタが……」

 

「ン? 問題デモ発生シタノカ?」直立した巨大なクワガタかと思える――黒い光沢を湛える部下の言葉に、コキュートスは気を引き締める。

 

「イえ、大したことでハないのデすが、村ハほぼ(から)でアリ、生きテいる人間とイエば老人バかりであルとのこトでス」

 

「ナルホド、老イタ者ヲ置キ去リニシテ、村ヲ捨テタカ」

 

 戦争が始まると聞いて、しかもエ・ランテルがすでに落とされていると知れば、周囲の開拓村は決断を迫られたことだろう。軍隊に襲撃された村々がどのような目に遭うのか、なんて子供でも理解できる。

 時間も無かったはずだ。王都から遠く離れた小さな村に、開戦の報せが来たのは期日の一日前か二日前か……。事前の準備など不可能と言えよう。

 だから、動ける者だけで近隣都市へ避難したのだ。持てるだけの物資を、貧弱な荷車に積み上げて。

 

「皆殺シニセヨ。村ノ隅々マデ捜索シ、隠レ潜ンデイル者ドモヲ殺セ。ダガ、逃ゲル者ヲ追ウ必要ハナイ。ソヤツラニハ、逃ゲ延ビタ先デ広メテモラワネバナラン。我ラ“魔王軍”ガ、貴様ラヲ滅ボシニ来タノダ――トナ」

 

「ハッ!」

 

 魔王軍はゆっくりと、それでいて確実に侵攻した。

 遠くに逃走中の一団がいようとも関せず、アンデッドと悪魔の軍勢を見て泣き叫ぶ幼子にも矢を射ろうとはしなかった。

 ただ追い立てて、逃走先の近隣都市へ逃げ込むさまを見届ける。

 都市の中は大混乱であろう。

 開戦とは聞いていたが、化け物が相手とは知らなかった。帝国が攻め込んできたのではないのか? あの軍勢は何なんだ?! 俺たちは――人類はどうなってしまうんだ?!

 そんな悲鳴にも似た叫びが聴こえてきそうだ。

 


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