骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第23話 「遠足魔王」

 

「ほう、これが噂の十三英雄か? 老婆の記憶では二百五十年ほど前から存在しているヴァンパイアで、アンデッドの気配を魔法具(マジック・アイテム)で誤魔化しながら、人として冒険者をしているとのことだが……」

 

 執務室のソファーに腰を落とす魔王のごとき骸骨の前には、魔法の鏡が浮かんでいた。

 鏡の中では、仮面の子供が喉を引き裂かんばかりに助けを求めており――その悲痛な叫びを耳にしてしまうと、魔王の後方に控えていたセバスなども、『手を差し伸べたい』という想いに引っ張られそうになっていたのではないだろうか?

 でもまぁ、魔王の隣に侍っていた真祖(トゥルーヴァンパイア)からすると、別の意味で手を伸ばしたくなっていたのかもしれないが。

 

「わらわとは別タイプのヴァンパイアでありんすねぇ。モモンガ様、捕らえてくるのでありんしたら即座に」

 

「いや、王国の戦力を横取りしたらコキュートスに悪かろう。たいした敵ではないとはいえ、これ以上弱くなってもらっては困る」

 

 魔王は王国の各地を覗き見ながら、コキュートスが楽しめるかどうかの分析を行っていた。

 アルベドやデミウルゴスが推薦していた知恵者はもとより、王族や大貴族たち、軍を束ねる将軍や近衛兵、そして冒険者の実力などを。

 

「それにしても評議国の竜王を引っ張り出そうとは、思い切った行動に出たものだ。自国民を囮や盾とし、魔王軍を分散させて、背後を竜王に強襲させる。うんうん、これならコキュートスも楽しめただろう……が」

 

 方向性は悪くない、とモモンガは判断していた。

 魔王軍の強さを常識外と予想し、それを打ち砕くには竜王をおいて他にはない、と決断した頭脳には喝采したくなる。この調子であれば、竜王を扇動して引っ張り出すことにも十分勝算があったのではないだろうか?

 だがしかし――。

 そう、『だが』なのだ。

 知恵者たる王女は知らない。

 現在評議国が、最強たる真の王――白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)こと“ツァインドルクス=ヴァイシオン”を欠いているということに。

 

「ツアーが居れば面白くなっただろうが、それはそれで容易く扇動されたりはしまい。別のやり方で魔王軍との戦争に手を貸す程度か? まぁ、居ないモノはしょうがない」

 

「ツアーとはあのドラゴンでありんすか? なにか御身の邪魔となるようでありんしたら御命令を。わたしが滅ぼしんす」

 

 あまり話の内容を理解していないシャルティアは、ふと耳にしたことのある名を捕らえて過去の決戦を思い出す。

 結果として、相手の降伏で終わってしまった不完全燃焼の戦いだ。

 次の機会があるならば、文字通り一番槍として突っ込みたい。幸いにして、大口ゴリラは不在なのだ。おねだりするなら今がチャンスであろう。

 

「ははは、ツアーと戦うのはまだ先の話だろうが、油断は禁物だぞ。あやつは超位魔法に勝るとも劣らない、“始原の魔法(ワイルド・マジック)”の使い手だ。それに戦闘経験も豊富。老婆の記憶では、“魔神”と呼ばれるNPCと何年にも渡って戦っていたらしいぞ。プレイヤーと共闘もしていたそうだし、この世界における最強の存在であろうな」

 

「モモンガ様にそこまで言わすんとは……。羨ましいドラゴンでありんすなぁ。殺す日が楽しみでありんす」

 

 “嫉妬”という名の殺す理由をシャルティアが保持したことは、ツアーにとって不幸かもしれないが、それはそれ。

 仲間探しに勤しんでいる勇者のことは、王国に無関係だ。

 今は、ツアー不在で混乱している評議国が動きそうにないという事実、ラナー王女の思惑通りに竜王たちが戦争へ赴かない、という悲しい現実が問題であろう。

 

「手を貸してやるか……」魔王は骨の指をパチリと鳴らし、コキュートスへのプレゼントを用意しようと動き出す。

「セバス、第六階層で戦闘訓練をしているパンドラを呼びだせ。あぁ、アルベドは呼ばなくてよい。そのままドリームチームの訓練を続けさせよ」

 

「はっ、かしこまりました、モモンガ様」

 

 自分で〈伝言(メッセージ)〉を使えば早いのだろうが、平時においては配下の呼び出しなどを魔王自身が行うものではない。魔王が直接声をかけるのは、戦闘時か緊急時ぐらいであろう。

 遠い昔、“悟”のヤツがそんなことを言っていたような気がする。

 

「モ、モモンガ様、あの宝物殿守護者に、な、何を御命じになるのでありんすか? 御傍には守護者最強、シャルティア・ブラッドフォールンが控えておりんすが」

 

 大魔王にピタリとくっつく吸血鬼(ヴァンパイア)の言いたいことは、なんとなく解る。

 目の前に守護者が居るのに別の守護者を呼び出すなんて、シャルティアには仕事を任せられないと言っているようなものなのだ。

 アルベド不在の時間にモモンガ様を独占していた優越感が、跡形もなく吹き飛んでしまう。

 

「パンドラには評議国の竜王を戦争に駆り立てるよう謀らせるつもりだ。王女の思惑通りにな。それとシャルティアは私の護衛なのだから、どこかへ行ってもらっては私が困る」

 

「ああ、モモンガさまぁ」

 

 小さな身体をすりすりと擦りつけ、シャルティアはこの後に待っている御褒美を幻視する。恐らく、執務室の奥にある寝室へと連れ込まれるのであろう。そこで幾日もの間、まぐわうのだ。

 

「ふひ、ふひひひひ」

 

 この時を待っていた。

 ずぅ~っと待っていたのだ。

 アルベドに一歩先を越されているのではないかと焦りながら、それでもチャンスはあると自分に言い聞かせ、ひたすら牙を研いでいたのである。

 

「ああ、わたしは今日、初めてを捧げるのでありんすね」

 

「――というわけだ、パンドラ。頼んだぞ」

 

「はっ、お任せください、モォモォンガッ様!」

 

 吸血鬼(ヴァンパイア)がトリップしていた横では、いつの間にかパンドラがモモンガ様と対面しており、いつの間にやら打ち合わせが終わっていた。

 当然セバスも戻ってきており、涎を垂らしている吸血鬼(ヴァンパイア)へ厳しい視線を送ったりしていたのだが……。当の夢見がちなアンデッド少女は、自分が作り出した甘美な世界に入り浸るばかりであったそうな。

 

「さて、評議国はパンドラに任せるとして――。シャルティア」

 

「は、はひぃ、モモンガさまぁ」

 

「私たちは“遠足”にいくぞ」

 

「……え?」一瞬そんなプレイがあったかしら? と思うものの、造物主から授けられた知識を押し広げても、そんなマニアックすぎるプレイ内容を見つけることはできなかった。

「モ、モモンガ様? あの、“えんそく”とは、どのようなプレイでありんしょうか?」

 

「ぷれい? え~っとそうだな、散歩の延長版みたいなものか? 悟の知識では、徒歩で遠くまで赴き、景色などを楽しむ娯楽らしいのだが……。まぁ、リアルでは実現不可能であったそうだ。だから悟に代わって、私がこの世界で体験してやろうかと思ってな」

 

 前回、闇妖精(ダークエルフ)の双子と足を運んだ街散歩は、思っていた以上に有意義であった。

 のんびり人間の街中を歩きながら気ままに殺戮したり、適当に虐殺して召喚実験を行ったり――それはいつもの蹂躙とは少し異なる、剣を持たぬ人間のあっけない死に様を見物できる稀有な機会。

 

「世界を滅ぼすにしても、楽しまなくてはな」

 

 魔王としての立場を離れ、配下の者たちと気安く言葉を交わし、見知らぬ土地を散策する。

 言葉で表すならば、大魔王のプライベートとでも言うのだろうか? 中々御目にかかれぬ、極めて珍しいレアイベントであろう。

 

「“悟”とはリアルでの協力者と聞きおよびんすが、モモンガ様と親しき仲であったように感じられんす。少し羨ましく思いんすぇ」

 

「うん? 親しい仲であったかどうかは疑問の残るところだな。まぁ、もう二度と会うことはないのだから、シャルティアが気にするような存在ではない」

 

 モモンガは軽く己の半身を投げ捨てると、「では遠足の準備を行うとしよう」とシャルティアの頭を撫でながら動き出す。

 向かう先は第六階層だ。

 そこには周囲索敵の任務を一段落させたアウラやマーレに加え、チームの連携を確認しているアルベドもいるので、シャルティアとセバス、それに戦闘メイド(プレアデス)を引き連れていけば、関係者が全員揃う。

 

 

 

「モモンガさまー! あたしが守護する第六階層へ、ようそこ!」

「お、お姉ちゃん、待ってよ~」

「このぉぉ、モモンガ様を最初に御迎えするのは統括の私でしょ?! なに抜け駆けしてんのよアウラァ!」

 

 モモンガが階層に入った瞬間、ナザリックの(しもべ)らは即座に察知できる。しかし、そこからは各自の能力次第だ。

 素早さに優れるアウラは、他二人の守護者を置き去りにしていち早く魔王の前へ跪く。

 最も近くにいたマーレは、読書を中断し、短いスカートを押さえながらパタパタと走る。

 御世辞にも俊敏とは言えないアルベドは、残念な形相でマーレを追い抜きながら、アウラに掴みかからんばかりの勢いで魔王の前へと滑り込んでいた。

 

「騒がしいでありんすなぁ。モモンガ様、こんな野蛮な大口ゴリラは捨て置いて、わたしとだけで遠足に赴くべきかと思いんすが?」

「あっ? ドリームチームの初任務はヤツメウナギ討伐にしてやろうかしら――って遠足? なんのこと?」

 

 いつもの睨み合いかと思いきや、聞き慣れない単語を耳にしたアルベドは、キョトンとした表情でいやらしい笑みを浮かべている吸血鬼(ヴァンパイア)を見つめる。

 

「教えてあげてもかまいんせんが……」どうしようかなぁ~と上から目線で意地悪をしかけるシャルティアに、アルベドの堪忍袋は破裂寸前だ。

 大魔王としても、ため息交じりに口を挟むしかない。

 

「落ち着くのだアルベド。ふむ、そうだな、アウラやマーレと行った散歩みたいなものだ。違いは少し遠出になるくらいだろう」

 

「遠出の散歩、でございますか? でしたら」

 

「ああ、今回は前の留守番組、アルベドにシャルティア、セバスと……、プレアデスからも何人か連れて行くとしよう」

 

 モモンガからの御指名に、統括はもちろん、セバスや戦闘メイド(プレアデス)からも喜色の気配が伝わってくる。ただ闇妖精(ダークエルフ)の双子は「お留守番かぁ」と残念そうであり、戦闘メイド(プレアデス)からは『誰が同行できるのか?』と喜びながらも周囲を伺うような視線が漏れ出ていた。

 

「モモンガ様」自身の感情をかみ殺し、静かに声を上げたのはセバスだ。その無感情な口調からは、配下の戦闘メイド(プレアデス)たちが浮ついているのを諌めたかった、という想いが透けて見える。

「プレアデスからはルプスレギナ、ソリュシャン、エントマが宜しいかと愚考するところであります」上司の宣告に、メイドたちはピキリと張り詰めた空気を纏う。

 

「そうだな、後の者はまたの機会にしよう。では、アルベド」

 

「はっ」

 

 跪く守護者統括を前に、バサリと豪華なマントを翻し、大魔王は宣言する。

 

「ガルガンチュアを起こせ! ヴィクティムも連れてこい! バハルス帝国の帝都まで、みんなでのんびり遠足としゃれこむぞ!」

 

 遠足が――始まる。

 

 

 ◆

 

 

 世界の傾きを感じていた。

 人類の悲鳴が聞こえたような気がしていた。

 大窓から見える晴れやかな青空には不穏な影などまったく見えないのに、人知の及ばぬ“何か”が潜んでいるような疑念ばかりが募る。

 恐ろしいのだ。

 怖いのだ。

 ゆっくりと蝕まれているようで、気が狂いそうなのだ。

 

 バハルス帝国の皇帝“ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス”は、己の執務室に運び込まれる各地の情報を前に、胃のむかつきを我慢できそうになかった。またぶちまけてしまいそうだ。

 

『カッツェ平野に展開していた二万。王冠を被ったエルダーリッチが率いるアンデッド部隊から襲撃を受け、死者多数』

『現在は平野から撤退。アンデッドの追撃を警戒中です』

『アンデッド部隊内に死の騎士(デス・ナイト)を複数確認。危険度は国家滅亡級!』

 

『スレイン法国からの帰還者はゼロ。行方も辿れません』

『遺跡に入り込ませた請負人(ワーカー)チームも同じです。キャンプ地防衛の冒険者チームですら、跡形もなく消え去っております』

『法国、遺跡ともに成果無し。これは間違いなく、大規模な隠蔽工作によるものかと』

 

『エ・ランテル消滅! 繰り返します、エ・ランテル消滅!』

『住民の生き残りは発見できず。それどころか、人が住んでいたであろう家屋の痕跡すら皆無です!』

『エ・ランテルにアンデッド及び悪魔の部隊を確認! 規則正しい整列の様子から、指揮官がいるものと思われます』

 

 やめてくれ、もう、やめてくれ。

 頭を掻き毟りながら叫びたくとも、そのような醜態は許されない。

 ジルクニフは帝国の皇帝なのだ。

 その肩には、帝国民数百万の命を護るという責任が圧し掛かっている。

 

「国家の非常事態を宣言する」皇帝は力強くも静かに、国家存亡の危機であることを明言すると「全軍はカーベイン将軍の軍と合流。カッツェ平野とエ・ランテルの化け物が帝国へ進軍した場合は、その侵攻を止めるのだ」

 

 止められない――と解っていても、ジルクニフは命令するしかない。

 魔法省の地下に捕縛されているという伝説のアンデッド、死の騎士(デス・ナイト)が複数居るのであれば、専業の騎士とて狩られる側の獲物に過ぎないだろう。

 だからこそ、切り札も切るしかない。

 

「フールーダは魔法詠唱者(マジック・キャスター)部隊を率いろ。前線へ赴き、強力な化け物どもを優先的に駆逐するのだ。使えるモノはなんでも使え。学生でも第一位階が使えるのであれば、強制的にでも連れて行け」

 

「はっ、かしこまりました、陛下」

 

 皇帝よりも余裕をもって、老齢の首席宮廷魔法使いは動き出す。

 この程度の窮地など経験済みである――と語っているのかのようなフールーダの鋭き瞳に、ジルクニフは少しだけ気を持ち直していた。

 

「後は冒険者と請負人(ワーカー)どもだ。帝国からの強制任務として、各都市の防衛を担ってもらう。拒否する者はその時点で犯罪者だ。殺して構わん。逃げたとしても賞金首とする。さぁ、即座に帝国全土へ布告せよ」

 

 戦争に参加はしない、それが冒険者の決め事である。とはいえ、相手がアンデッドや悪魔などの人外であれば無理やりにでも働いてもらおう。依頼の選り好みなど、知ったことではない。

 当然、反発はあるだろうが、帝国が生き残った後でならいくらでも聞いて――

 

「へ、陛下!」

「くっ、今度はなんだ?!」

 

 情報官がひっきりなしに出入りしている開けっ放しの扉から顔を覗かせたのは、秘書官のロウネ・ヴァミリネンだ。

 派遣部隊の人員と物資に関する手配指示を命じていたはずだが、仕事を終えて戻ってきたような顔色ではない。

 

「ゴーレムです! 先発していた部隊の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が、巨大なゴーレムを視認したと〈伝言(メッセージ)〉を送ってきました! 村や町を踏み潰しながら、真っ直ぐ帝都へ向かっているとのことです!」

 

「ゴーレムだと? くそっ、こんなときこそ〈伝言(メッセージ)〉は虚偽だと断ずるべきなのに、真実としか思えんぞ!」〈伝言(メッセージ)〉の信用性へ皮肉を言いつつ、ジルクニフは広げられた巨大な地図を睨む。

 

「ロウネ、ゴーレムの位置は分かるか? どこだ!?」

 

「はっ、先発隊の報告では、エ・ランテルから帝都へ向けて馬で半日程度の平原であると」

 

「なっ、いや、まてまて!」受け取った情報のままに、騎馬を模した駒を地図上へ置いてみると、おかしなことに気付く。

「カーベイン将軍が展開していたエ・ランテル側の軍はどうしたのだ? 通り過ぎているぞ!?」

 

 カッツェ平野と同様、エ・ランテル側にも軍を展開し、警戒するように命じていたはずだ。王国を刺激しないよう演習程度の配備であったとはいえ、巨大な動像(ゴーレム)を素通りさせるとは思えない。

 

『カーベイン将軍からの報告は、カッツェ平野撤退を最後に途絶えております。こちらからの呼びかけにも応じません』

 

 情報官からもたらされる情報には、嫌な予感だけが募る。〈伝言(メッセージ)〉の魔法は距離や環境の影響で不通になりやすい――とは理解していても、現状では不穏な外的要因で繋がらないのだろうと思ってしまう。

 

「陛下、ゴーレムを発見した先発隊は、そもそもカーベイン将軍と連絡を取るための要員だったのです。それが将軍と接触する前に、化け物と出遭ってしまいました。つまり……」

 

「なんということだ。軍隊でも対処できんのか」潰されたか蹴散らされたか、それは分からないが、秘書官の言葉にジルクニフは項垂れる。

「ロウネ、ゴーレムの情報をよこせ。ああ、〈伝言(メッセージ)〉の内容で構わん。確認なら後でいくらでも出来るだろうさ」

 

「かしこまりました。では――」

 

 秘書官ロウネが語る、先発隊からもたらされた動像(ゴーレム)の情報とは、

 全長三十メートルの人型。

 岩のような外観。

 胸のあたりに脈動する赤い輝き。

 ゆっくりとした歩みで、帝都へ直進。

 複数の村や町が踏み潰されている模様。

 幸い動像(ゴーレム)が目立ち過ぎるので、住民の避難は順調。

 なお、目的は不明。

 

「魔神……か」想像を超える動像(ゴーレム)の巨大さに、皇帝は二百年前の御伽噺を思い出す。

 山を越える巨体の化け物、街を埋め尽くす蟲の化け物、空を覆う翼を持った化け物、人を喰らう(ドラゴン)の如き化け物。

 物語であるからこそ少し過剰に表現しているのだろうが、魔神と呼ばれる化け物たちの存在は歴史上の真実である。十三英雄と呼ばれる人類の救世主に滅ぼされるまでは、確かに世界中で暴れていたのだ。

 

「英雄どもが取りこぼしたというのか? 二百年もの歳月を経て、よりにもよって帝国に現れるとはっ」

 

 どうせならスレイン法国へ行けよ、と愚痴を吐きたくなるものの、引き当ててしまったものはしょうがない。やるしかないのだ。

 

「帝都に直進しているのであれば好都合だ。迎え撃つぞ! 帝都郊外に攻城兵器を展開! フールーダを呼び戻せ! 工作兵は進路上の足場を緩ませて、歩行困難な泥濘を作り出りだすのだ!」

 

「はっ、直ちに!」

 

 動像(ゴーレム)の足を沈ませて動きを止め、攻城兵器により遠距離攻撃。事前に泥濘までの正確な距離を測っておけば、命中率も格段に上がるだろう。それで動像(ゴーレム)が膝でも付けばこっちのものだ。

 魔法付与の破城槌を接敵させ、足を砕いてやろう。

 魔化させた戦鎚を揃え、全身を少しずつ削ってやろう。

 帝国に狙いを定めたことを後悔させてやる。

 

「くくく、全長三十メートルものゴーレムなら、得られる素材も尋常ではあるまい。それを使って対アンデッド用のゴーレムを大量に作ってやる。カッツェ平野やエ・ランテルで何があったかは知らんが、人類を舐めるのもいい加減にしておけよ。ここから――反撃開始だ!」

 

 光明が見えてきた、とばかりにジルクニフは吠える。

 そんな皇帝の雄々しき姿に、周囲の家臣たちは「流石は皇帝陛下」と安堵の一息を漏らす。先程までの絶体絶命を思わせる顔色はどこへやら、背後に控えていた帝国四騎士も『己が新たな十三英雄になる』とばかりに意気軒昂であった。もちろん一人は除くが……。

 

「対ゴーレム戦の指揮は私が執る! 皆行くぞ!」

「「「はっ!!」」」

 

 人類史上でも最上位となろう優れた支配者に、実力主義で集められた有能な部下たち。

 おそらく純粋な人間だけの国家としては、これ以上の品質は望めないに違いない。別の世界から押しかけてきた理不尽な力だけの存在――に建国された法国よりは様々な面で劣るかもしれないが、“血の覚醒”や“神器”に頼らない努力の国家としては、大絶賛されてしかるべきであろう。

 

 ただ、そんな努力も純粋さも、大魔王の前では無意味だ。

 羽虫の偉業など知ったことか。

 虫けらは踏み潰されて地面のシミとなればよい。

 そう、ゴミ虫など一足(ひとあし)だ。

 何気なく踏み出した軽い一歩に潰されて、醜い中身をぶちまけよ。

 

 

 ガルガンチュアの――お通りだ。

 


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