骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第25話 「おねがい魔王」

『ゴーレムの頭部から人間と思しき存在が三名落下! い、いえ! 降りてきました! あれは? ぅえっ!? お、女です! 奇妙な服装のっ』

 

 興奮気味の監視隊員には眉をひそめたくなる。

 せっかくの敵影報告が意味不明では、自分で遠眼鏡を覗いた方が早いというものだ。

 

「三名の、女だと? 新手の敵なのか?! いやそれよりフールーダはどうなったのだ?!」

 

 聞きたかったのは帝国最高戦力の行方だ。

 動像(ゴーレム)の歩みを僅かなりとも止められず、『手の施しようがない』とパニック状態に陥りそうな帝国軍を立て直すには、単身で飛び出していった逸脱者の力が必要なのである。

 ジルクニフは遥か彼方にありながらも強大な存在感を示す動像(ゴーレム)を睨みつつ、僅かな希望に縋りつこうとしていた。

 

『御報告! 第二軍十六番監視員より目視情報! フールーダ・パラダイン様、上空にて敵の攻撃を受け落下! 地面へ激突し身体損壊! 生存は絶望的であると判断す! 以上であります!』

 

「なっ?!」嫌な予感がしていたとは今更だ。我を忘れて飛び出していった時点で、フールーダがマトモな状態であるとはジルクニフも思っていなかった。しかし、そう簡単に死ぬわけがないとも根拠なく信じていたのだ。

「くそっくそっくそっ! 爺一人で帝国全軍と同等なのだぞ! それがっ! それがぁぁああ!!」

 

 強大な切り札は、所持しているだけで絶対の自信を与えてくれる。だが失えば、その反動は計り知れない。

 代わりの支えを簡単には用意できない――とは、組織にとって厳しいデメリットであろう。どこへ縋りつくこともできず、底なし沼に沈みゆくかのごとく。

 もはや頼れるものなど皆無である。

 

「へ、陛下! 兵の動きがオカシイですぜ! 同士討ち? いや、部隊の中に敵が入り込んだのか?!」

 

「左翼側でも混乱が見られますわ! あ、あれは魔法による爆発? ……こ、これは、逃げてもよろしいですわよね、陛下!」

 

「ロックブルズ殿! 今はそんな話をしている場合ではないでしょ!? 生き残るために協力して下さい!」

 

「陛下お下がりをぉぉ!!」

 

 混乱を極める司令部において、両手に大盾を持つ一人の騎士が皇帝ジルクニフの前へ踊り出る。

 直後、地面へ突き刺して固定された大盾は、破城槌でも受けたかのような轟音を鳴らすと同時に内側へ醜く歪み、その見返りに一人の美しい女性を弾き返す。

 

「おんやぁ~、手加減し過ぎたみたいっすね~。でも弱っち人間にしては上出来っすよ。褒めてあげるっす」

 

 軽やかに着地する女と思しき存在は、戦場には似つかわしくない晴れやかな笑顔と、辺境民族的要素が入ったメイド服のような――これまた戦闘には不釣り合いとしか思えない衣装で場を混乱させてしまう。

 何者か?

 敵か?

 いや、攻撃してきたのだから敵なのだろうが、まともに戦える敵なのだろうか?

 ジルクニフは帝国四騎士――内一人は逃げ腰――に囲まれながら、交渉すべきかと頭を回転させる。

 

「ちょっとぉ、指揮官を見つけたらぁ報告しないとでしょぉ。いきなり攻撃してぇ殺しちゃったらどうするのよぉ~」

「その通りだわ。ってあら? そこにいるのはバハルス帝国の皇帝じゃないかしら? 知恵の回る小賢しい獲物の一人として、資料に載っていたわよ」

 

 追加で二人、世界観の異なる美しい女性が現れた。

 話している内容からして、先に襲い掛かってきたおさげ美女の関係者なのであろうが、ジルクニフは重要な事実を知ってしまう。

 敵は、バハルス帝国を認識している。今殺しかけた人間が、皇帝ジルクニフその人であるのだと。

 

「待って欲しい! こちらに抵抗の意思はない!」ジルクニフは美女たちの後方へ視線を向け、打ち捨てられた膨大な量の亡骸を確認する。

 バラバラであり、燃やされている肉片。

 首だけが切り裂かれている綺麗な死体。

 何かに食い漁られた残骸。

『無理だ』と素直に思ってしまう光景だ。どうやって殺したのかも気になるが、心が折れるのはその殺害速度であろう。気付いた時には死体の山が出来ているなんて、いったいどこの地獄なのかと。

 

「ふ~ん、まぁいいっすよ。あとはエンちゃんに報告してもらうだけっすから」

「はぁい、まかせてぇ、〈伝言(メッセージ)〉」

「生かしておくのは皇帝だけでよさそうだけど、どうしようかしら? ふふ」

 

 小柄で可愛らしい少女が札を、ミミズがのたくったような奇妙な文字の書かれた縦に長い薄紙を掲げると、隣の――スカート丈の短いメイド服を着込んでいる貴族然とした――金髪女性がペロリと上唇を舐めつつ、帝国最強の騎士を眺める。

『ここまでか』ジルクニフは生き残っている帝国兵の戸惑いを一身に受けながら、片手で『その場を動くな』と指示を出していた。

 周辺にはまだ万を超す軍勢が残っており、魔法兵団や大型兵器を運用している部隊も健在だ。常識で考えれば、メイド服を着込んだ三人の女など相手にならぬ。

 だが動けない。

 動いた瞬間が最後なのだと、相手に口実を与えることになるのだと、本能が教えてくれる。だから巨大な動像(ゴーレム)がゆっくりと近づいてくる恐怖に満ちた十数分。ジルクニフは呼吸にも気を遣いながら、己に降りかかるであろう災厄を待つ。

 

 

 

「なるほど、この者がバハルス帝国の皇帝か……」

 

 動像(ゴーレム)の頭上で醜悪なる骨の玉座に座するは、“死”そのものであった。

 遥か高みから皇帝たる自分を見下ろす、神の如き気配を纏う骸骨。着込んでいるローブなども人の手で作り出せる品ではないのだろう。身に付けている指輪一つだけでも、帝国の国家備蓄を上回る価値に違いない。

 

「モモンガ様。人間ごときが御前で頭を上げたままでいるなど、無礼かと思われます」

「まことでありんす。玉体を直視するなど万死に値しんす。目玉をくり抜いてやりんしょう」

 

 “死”の隣に立つのは、黒い翼と二本の角を備えた魔性の美を持つ白ドレスの女性だ。反対側には口元から牙を覗かせる、赤い瞳の少女。

 どちらも化け物であるのだろう。人外の美しさと、言葉に乗せられた殺気が生存本能を刺激してくる。

 他にも歴戦の戦士と見紛う年配の執事や、赤子のような生物も視界に入ってくるが、もはや気を回す余裕はない。

 

「こ、降伏だ! 全面降伏のドラを鳴らせ!! 全軍へ通達! 武装を解除し平伏せよ! 今すぐだ! 帝国兵は皆、その場で平伏せよ!!」

 

 力の限り叫び放ち、誰よりも早くその場へ伏して頭を下げる。

 自分でも驚くべき決断の早さであったと思う。もう少し遅ければ、メイド姿の化け物美女が己の頭を掴み、砕き潰さんばかりに地面へと叩きつけていたはずだ。

 まさに生きるか死ぬかの分岐点。

 

「ふむ、まぁそんなに畏まる必要はないのだがな。我らは少し景色を眺めながら、ぶらついていただけだ」あまり関心を示していないという含みと共に、帝国皇帝の頭上へ魔王の言葉が降りかかる。

『ぶらついただけで一国を踏み潰すというのか!?』と食って掛かりたくなるも、気持ちを抑え、ジルクニフは骸骨が語る言葉の先へ意識を向けていた。

 

「ただ帝国の皇帝が居るのであればちょうどよい、と思ってな。あ~、ちょっとやってもらいたいことがあるのだ、皇帝よ」

 

「はっ、なんなりと!」それ以外に言えることはない――とばかりに、ジルクニフは全てを受け止める。実現不可能な命令であろうとも関係ない。断れば、その場で死ぬのだから。

 

「周辺諸国へ呼びかけて、至上最高の連合軍を結成してもらいたい。私が率いる魔王軍と戦うための決死軍だ。世界を救うための最終防衛軍と言ってもよい。まぁ早い話、こちらから探すのは面倒なんでな。誰かに集めてもらおうと思っていたのだ。どうだ? ありとあらゆる場所から英雄や勇者どもを連れて来て、私と戦わせるだけのことだぞ? 問題ないな?」

 

「は、はい! 御命令しかとっ、承りました!!」ふざけるなっ――とそんな勢いで承諾するも、実現出来るとはとても思えない。

 利害関係が複雑に絡み合っている人類国家なのだ。

 一緒に魔王を倒そう、なんて使者を送っても門前払いどころか、物笑いのタネになるのがオチだろう。

 

「ああ、ついでに教えておくが」骸骨の魔王は小動物へ排便の躾でもするかのように、優しく語る。

「法国はすでに滅ぼしてある。王国も現在蹂躙中だ。評議国も流れで壊滅させるだろうから、その他の国と交渉を行うとよい」

 

 理解するのに時間がかかる――とは久しぶりの感覚だが、皇帝として呆けている場合ではない。ジルクニフは必死に言葉を絞り出す。

 

「ぁありがとうございます、大魔王様」

 

「では、そちらの準備が整い次第侵略に向かうとする。期待しているぞ」

 

「はっ!」

 

 皇帝には似つかわしくないほどの低姿勢で了承の言葉を返し、巨大な動像(ゴーレム)が立ち上がるさまを微動だにせず見届ける。

 動像(ゴーレム)はその巨体を反転させ、帝都を踏み潰すことなく離れていった。

 

「助かった……のか?」無意識に呟いたであろう己の呟きに、答えをくれる者はいない。

 誰も彼もが混乱していたのだ。

 手も足も出なかった動像(ゴーレム)との戦いに。

 突然現れた骸骨の魔王に。

 そして人類の命運を懸けた最終戦争へ、否応なしに放り込まれたことに。

 もはや人類の切り札にして“三重魔法詠唱者(トライアッド)”、逸脱者にして帝国最強の大魔法使い、フールーダ・パラダインの死亡など気にもならない。

 

「どうしろと言うのだ……。この私にどうしろと……」

 

 帝国だけではなく、世界をも背負うこととなった。

 失敗すれば、全人類があの骸骨魔王に殺されるのであろう。降伏や逃亡が許される領域だとはとても思えない。

 だが、『成功の余地があるのか?』と己に問う。

 答えは簡単だ。

『そんな余地などあるわけがない』と即答できてしまう。

 

「死ぬと解っていて集めろと言うのか? 殺されると解っていて各国を説得しろと? 魔王が自ら足を運んで滅ぼすのが面倒だから?」

 

 膝を付いたままで頭を抱える帝国皇帝へ、声を掛ける者はいない。側近も帝国四騎士も、掛ける言葉が見当たらないからだ。

 口を開けば嗚咽しか出ない気がする。全身の震えは止まらないし、視界の歪みが涙のせいなのかも自覚できない。

 今一度立ち上がるには、救済が――人類の希望たる皇帝の激が必要だろう。

 現状に於いては望むべくもないが。

 

 

 帝都郊外に布陣していた帝国軍は、巨大動像(ゴーレム)が去ったあとも、放心しているかのように動かなかった。

 仲間の潰れた死体を回収しようともしなかったし、行方不明者の捜索も始めなかった。無論、敵対勢力の追撃など考えもしない。

『地獄の蓋が開いた』

『八欲王の再来』

『魔神との世界戦争が、再び始まろうとしている』

 誰が呟いたのかは分からない。

 ただ、誰も否定しなかった。

 平原に刻まれる巨大な足跡へ視線をやり、撒き散らされた仲間の残骸を確認する。

 不思議と恐怖感は無い。

 どこかの物語に入り込んだかのような浮遊感だけが魂をくすぐる。

 そう、別の世界。異世界へ迷い込んだ仔羊なのだろう。昨日までの日常と異なる、化け物だらけの異世界へと足を踏み入れてしまった憐れな異物。

 小さな笑いが漏れる。

 でもどうしてだろう? 可笑しいことなんて微塵もないのに……。涙を流しながら笑ってしまう。

 ああ、オカシイ。

 どうして私は――私たちは、さっさと死ななかったのだろう? 動像(ゴーレム)に踏まれたなら楽に死ねたのに。美しいメイドのような化け物も、あっさり殺してくれたでしょうに。

 ああどうして、生き残ってしまったのだろう?

 あんな“死の支配者”とも言える、骸骨大魔王様が蹂躙しようとする狂った世界に――。

 

 

 ◆

 

 

 賛成が二体。

 反対が二体。

 反対ではないが時期尚早である、が一体。

 アーグランド評議国の評議員である五体の竜王たちは、山頂付近に建てられた巨大なホールにて議論を交わしていた。

 

「今が好機だと何故解らん!? 魔王軍とやらは王国軍と対峙しておる! これならば軍の背後を強襲できるはずだ! 評議国に攻め込んでくるまで待つなんぞ、馬鹿げている!」

 

「愚かですね。王国からの情報が正しいなどと誰が保証します? それに魔王軍? 小賢しい人間の偽装でしょう」

 

「たしか人間の集団に、アンデッドを使役する宗教団体があったのう。過去に一つの都市を滅ぼしたとかいう……」

 

「それが何か? 強大な軍であることに変わりはありませんわ。その愚かな軍勢が評議国を危険に晒すのであれば、何かしらの対策を講じる必要があるでしょう。場合によっては、黄金姫の提案に乗るのも宜しいかと……」

 

「ただなぁ」面倒臭そうに長首を上げる青鱗の竜は、オリハルコン製の鎧でもぶち破りそうな長い爪で頬をかきつつ、本題に入る。

「この黄金姫も思い切りが良過ぎるのではないか? もはや助けることは困難だからと言って、『自分諸共、我ら評議国を救うための犠牲にしてほしい』とは……」

 

 レエブン候が持ち込んだラナー王女の親書には、血の涙を流しながら書いたのかと思えるほどの苦渋に満ちた決意が刻まれていた。

 ありとあらゆる手段をとったものの、暴走した貴族たちに踏みにじられ、王国民の速やかなる避難が困難であること。

 魔王軍が送り込んできた“死の騎士(デス・キャバリエ)”がいかに強大で、数多の罪無き兵士たちが何の抵抗も出来ずに殺されたということ。

 王国戦士長は事前に死亡しており、アダマンタイト級冒険者も一組全滅したということ。

 国王は病床に伏し、第一王子は殺され、第二王子が戦争準備を行うも、貴族の誰一人として従わず、国民を護ることも逃がすことも保護することもできないということ。

 

 文面の最後の方になると、冷静さを欠いていたかのように文字が崩れ、インクが滲んでいたりもしていた。

 それはまるで文字が叫んでいるかのようであり、泣いているかのよう。

 王族の一人として、愚かな治世に懺悔している姿が見えてくる。

 

 そして終わりに――黄金姫は絶対にしてはならないと理解していながら、そのあまりに整った、死を覚悟した一文を明記したのだ。

『魔王軍の脅威は王国全土を呑み込むだけに留まらず、評議国の皆様へも手を伸ばすことでしょう。どうか、どうか伏してお願い申し上げます。王国はもう手遅れです。ですが評議国を救うための犠牲となれるのであれば、喜んで死ぬことができましょう。私も生き残るつもりはありません。死ぬ直前まで魔王軍を引き付け、竜王様の一助となる覚悟です。ですからどうか、私たちの命を無駄にしないでください。どうか生き残ってください。私たち、王国民の分も』

 

「う~む」灰色がかった髭を揺らし、一体の竜王は唸る。

「もはや半狂乱の様相なのじゃろうなぁ。人間種には滅亡すら想像してしまうほどの相手なのじゃろう。じゃが、我ら竜種には関係ないのう。人には脅威でも、我らにはたいして影響あるまい?」

 

「はっ! ツァインドルクスの件で慌てふためいていたヤツがなにを言う! 正直に吐いたらどうだ?! 『怖い』となっ!」

 

「貴様……」

「図星だろうがっ」

 

 血気盛んな赤鱗の竜王に対し、灰色髭の竜王は『脳筋が』と囁きつつ、静かな殺気と共に目を細める。

 

「やめてください。内部崩壊なんて馬鹿らしいですよ。それにツァインドルクスが行方知れずになった件については、私も慌てました。なにせ彼の御方は、八欲王ですら打ち破る“真なる竜王”なのですからね。評議国の守り神が居なくなったようなものですよ」

 

 かけてもいない眼鏡をクイっとするかのような緑鱗の竜王は、冷静に物事を分析する。

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)こと“ツァインドルクス=ヴァイシオン”が何も言わず居なくなったことは確かに問題だ。居住近辺に見られた異常な崩壊からしてみると、何かの天変地異が起こったとしか考えられず、その為に住処を移したようにしか思えないのだが……。

 連絡がない以上真相は不明だ。

 だけどまぁ、あの“真なる竜王”様が困るような事態など起こるはずもないだろう。それほどに強いのだ。世界最強と断言できるほどに。

 

「でも、私は攻めるべきだと思うわ」

「え?」

 

 かけてもいない眼鏡がずり落ちるような錯覚を受けて、緑鱗の竜王は視線を上げる。そこには――自分と同じ反対派ではないものの、賛成もしていなかった白い竜王が『魔王軍撃つべし』と声高々に吠える自信に満ちた表情があった。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください! 貴女はまだ早い、情報を集めるべきだと言っていたでしょう? それなのに、どうして開戦の急先鋒みたいなことを言っているんですか?!」

 

「あら? 先の会議で発言した内容なんてブラフに決まっているでしょ? 私は白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)様が不在であるにもかかわらず、能天気に立て籠もるなんて愚策を提案した馬鹿どもを笑っていたのよ」

 

「なんじゃと?」

 

 灰色髭を揺らし、籠城戦を提案した竜王が圧力のある視線で白い竜王を睨む。

 

「だってそうでしょ? 私たちの切り札たるツァインドルクス様が居ない状況で籠城を選択して、もし敗北なんて無様な醜態をさらしたならそれで御仕舞ですよ。相手の実力が不明な段階で押し返せるなんて、楽観的にもほどがあります」

 

「私たち竜王が五体居てもですか? 亜人の名だたる強者も集結しているというのに?」

 

 評議国に住まう亜人たちは人間などより遥かに強い。基本的な身体能力が格段に違うのだ。確かに総数こそ少ないものの、王国兵など比較にならない強靱さなのである。

 もっとも、アダマンタイト級に匹敵する者となると皆無であるが。

 

「ですから提案ですわ。まず魔王軍とやらが分散するのを待ちましょう。その後、敵の総大将や指揮官が居そうな部隊を強襲し、有能そうな個体だけを駆逐。残りの雑魚は王国軍に任せ、私たちは評議国の守りを固めるために帰還する。いかがですか?」

 

 最初からそのつもりだったのかと思うほどに、白き竜王は議場を支配する。

 賛成派の赤や青は『不満なし』と頷くだけで前のめり気味だった重量感のある竜体を元へ戻し、反対派の灰色髭と緑は「むう」と唸り考え込むばかり。

 確かに無策での籠城は考えものだ。

 敵勢力は王国と戦っても左程疲弊せずに評議国へと迫るだろう。ならばその時、評議国は十分な力を保持した魔王軍と対峙することとなる。

 負けるとは思えぬが、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)からは呆れられるかもしれない。少なからず犠牲も出るだろうし、評議員としての資質を問われかねない愚策だろう。

 故に、王国軍が的となっている現状において敵の戦力を削いでおく、というのは理に適っている。

 

「やむをえぬのう」

「仕方ありません。法国からどんな反応があるか気になるところですけど、まぁあちらも何やら混乱しているようですから、ちょっかいを出してくることはないでしょう」

 

 了承の意を示していながらも、緑鱗が気にしていたのは法国のことだ。

 自国で何やら騒動があり、異形の集団たる魔王軍の討伐にも姿を見せない自称人類の救世主。

 評議国にとっては敵対勢力以外の何者でもないのだが、今回ばかりは役に立つかと思っていたのに。

 

「それで? どのように襲撃するんじゃ? 魔王軍の頭領を最初の一撃で沈めるんかの?」

 

 やると決めたのなら、力を揮いたくてウズウズする。おかしな反応かもしれないが、長く闘争から離れていた竜王たちなのだ。

 灰色髭も『相手が八欲王でないのであれば』と、久々の蹂躙劇を夢想してしまう。

 

「敵総大将の所在は不明です。黄金姫の情報にもありませんでしたわ。ですから、私たちは各部隊の指揮官を端から潰していきましょう。魔王軍が慌てて守りを固めたら、そこに標的がいることになります」

 

「ふん、御託はいい! 一番手は俺にやらせろ! 魔王軍とやらに最強の生物がどのような存在なのかを教えてやる!」

 

 鼻息の荒い赤き竜王のデカい声には、白き竜王もうんざりしているようだ。

 相手が未知の軍隊であると言うのに、己が最強と信じて疑わない(ドラゴン)なる生き物。周りが弱者ばかりであると、このような無能に成り果ててしまうのか。

 白き竜王は少しだけため息を吐くと、『評議国もたいしたことはありませんね』などと独りごち、巨大な翼を広げては最後の一手へ踏み込む。

 

「では、“評議国”は“魔王軍”への“襲撃”を決定いたします。ルートは東回りで、トブの大森林側から仕掛けましょう。あちらには霜の竜(フロスト・ドラゴン)の縄張りがありますので、もしかすると見間違ってくれて、はぐれているのかと警戒されないかもしれませんわよ」

 

「赤いヤツや緑のヤツがいるのにか? 見間違ってもらえるのは青鱗の我か、白いそなた、灰色髭のジジイはどうだろうなぁ」

 

 くだらない冗談はやめて戦闘準備だ、と言わんばかりに青き竜王はその身を起こし、議場となっていた巨大なホールを出ていく。

 恐らく己の手駒であろう竜種から共に空を駆ける若者を数体、そして亜人の中から背に乗せて連れていく英雄を選抜するつもりなのだ。それほど多くは連れていけぬだろうが、強襲した魔王軍の中に降り立って、竜王が指揮官を殺すまでの時間を稼ぐ要員である。弓や魔法で竜王を狙う邪魔者を排除し、駆け回って混乱を助長する。もしもの場合は捨て置かれる覚悟もいよう。

 とはいえ、竜王様と共に戦場を駆けるのは栄誉以外の何ものでもない。子々孫々まで語り継がれる英雄譚だ。

 

「出撃のタイミングは私に一任させて頂きますわ。黄金姫からの情報と、私が独自に入手している魔王軍の状況を合わせ、最適な時期を見定めます」

 

「まぁお主ならよい」

「独自にって、いつの間にそんな情報網を……」

「出撃の第一報は俺に寄こせ。先陣は俺様のものだ」

 

 好き勝手に騒ぎながら、竜王たちは議場を後にする。

 これから評議国自体の護りも固めなければならないので色々と大変だ。人員・武装の調達や物資の備蓄、それに王国から避難民も押し寄せてくるだろうから、入国禁止などの対処も早急に済ませる必要があろう。

 

「ふふふ」

 

 広いホールに、白き竜王の微笑が漏れる。

 

「コキュートス殿、使用を許可されている手駒は評議国のモノのみではありますが、負けるつもりなどありませんよ。私自身が参戦できなくとも、やりようはあるのです」

 

 父上に楽しんでいただける最高の戦争を――、白き巨大な翼をマントのようにバサリと舞わせ、白き竜王はいつもとは異なる口調で意味不明な呟きを洩らす。

 そんな独り言は誰の耳にも届かない。

 不気味な黒い穴のような瞳が、眼下に広がる評議国首都を眺め、観察する。

 

 時は暑さのピークが過ぎたであろう夏の終わり。

 今日この日、評議国は魔王軍との全面戦争へと舵を切った。滅亡が約束された最悪の未来へと。何故そうなったのか? なんて決断した評議員の竜王ですら頭を捻るかもしれない。

 一体の白き竜王の提案に乗ったからだ、と答えられるだろうか?

 当事者である白鱗の竜王ですら、そんな記憶など無いというのに……。

 

 かくして賽は投げられた。

 王国を舞台に、評議国は魔王軍へと襲い掛かる。

 この世界に於ける最強の生物――竜王が五体参戦するという、十三英雄の大陸戦争時にも起こり得なかった稀有な戦いだ。

 故に、もはや魔王軍の脅威など語る必要はない。竜王と対峙して生き残れる存在など、この世界には居ないからだ。

 魔王軍は敗走し、総大将は首を晒すだろう。そう、世界は平穏を取り戻すのだ。

 

 竜王様の圧倒的な御力と、御威光の元に……。

 


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