骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第33話 「仲介魔王」

 

「すぐに出るわよ。ガガーランはラナーを担いで」

「途中で騒ぎ出さないだろうなぁ」

「問題ない、半日はぐっすり。イジャニーヤの特別製」

「ティア、貴女は斥候よ。手薄な場所を見逃さないで!」

「了解、鬼ボス」

 

 蒼の薔薇は王城の包囲網に穴があることを見抜いていた。というより魔王軍がわざと抜け出易い――逃げ易い箇所を設けているのだと理解していた。

 第二王子ザナックが城の緊急脱出ルートを使って見事に捕らえられたことから察するに、一定以上の実力者でなければ解らないよう隠蔽されているのだろう。強行突破するにもアダマンタイト級の武力がなければ軽く餌食にされるので、現時点では“蒼の薔薇”以外の何者も城からは脱出できない。

 

「さぁ、いくわよ! ラナーさえ無事なら……、私たちの勝ちよ!」

「ちょっと無理がある」

「まぁ、この状況じゃ~なぁ」

「お前ら、ティアが呼んでいるぞ。さっさと動け」

 

 ラキュースは、地味な旅装束を着込んだ状態で背負われている親友の横顔を覗き見ながら、魔王軍幹部とのやり取りを思い出す。

 あのときのラナーは、魔王軍に取り入ることで王国の未来を切り開こうとしていたのだ。己の身を売り渡し、どんな要望にも応えるとひれ伏しながら、王国民が生き残れる選択肢を探っていたに違いない。

 ラナーには不慣れな役目だったことだろう。屈辱的であったはずだ。

 結果として交渉は決裂し、ラナーは壊れてしまった。

 あの日以来クライムだけを傍に置き、来る日も来る日も……。あんなことやこんなことを……。

 

「鬼ボス、この先に死者の大魔法使い(エルダーリッチ)が率いる骸骨(スケルトン)部隊がいる。迂回するのは無理。それに魂喰らい(ソウルイーター)が一体、上空をウロウロしている」

「迷っている暇はないわ。私とティナ、ティア、クライムで突っ込むわよ。ガガーランはラナーの警護。イビルアイは魂喰らい(ソウルイーター)を」

「「了解」」「は、はい」「まかせとけ」「よし、上は私がもらうぞ。〈飛行(フライ)〉」

 

 足を止めたのは一瞬。

 蒼の薔薇は即座に攻勢へと移り、無警戒のアンデッドへ迫る。

 死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は己の影から飛び出してきた『何か』に気付く前に、その頭骨を刈りとられた。率いられていた骸骨戦士(スケルトン・ウォリアー)などは、クライムでも容易く打ち砕ける模様。ガガーランが強引に参戦するまでもないようだ。

 ラキュースはイビルアイの戦況を見つつ、『問題ない』と判断して片手を上下させた後、手のひらを開いては閉じ、進むべき方向へ手刀を下ろす。

 

「ティナ、追手は?」

「大丈夫、私たちに反応した個体は居ない――と思う」

「なんだよ、自信なさげだな」

「気持ちは解る。魔王軍は規格外すぎて、今この瞬間もどこからか見られている気がする」

 

 走りながら周囲へ視線を送り、ガガーランは肩をすくめる。

 

「おっかねえなぁ」

「――どうした? 敵でも見えたか?」

「ちげえよ、イビルアイ。って骨馬のやろうは仕留めたのか?」

「ああ、問題ない。と言いたいところだが大技を使い過ぎた。魂喰らい(ソウルイーター)クラスの化け物は、もう勘弁願いたいものだな」

 

 努めて平静を装いながらも消耗具合を口にする。流石に伝説の吸血鬼、”国堕とし”でも魔王軍のモンスターは手強いようだ。

 

「みんな揃ったわね。これから先は森の中を進むわ。薄暗くて視界は最悪、しかも厄介なモンスターが邪魔をしてくる難所だけど、魔王軍を相手にするよりマシよ。……クライムも、イイわね?」

「はい、もちろんです。よろしくおねがいします」

 

 クライムは保護されている立場だ。傷心のラナー王女を救出してもらっている側であり、足手まといでしかない。

 だから今は、ちょっかいを掛けてくるであろう森の獣へ剣を振り下ろすことぐらいしか出来ず、己の無力さを嘆くばかりである。

 

 

 

 

「ふぅ、ガガーラン、大丈夫? 背負うの代わるわよ」

「冗談だろ? 指揮官が動き辛くなってどうするよ。それに姫さんは軽過ぎて、担いでいるって感じもしねーよ」

「ガガーランさん、よろしければ私が……」

「おいおい、ついてくるのもやっとの小僧が言うじゃねえか」

「そ、それは、その……」

「おい、呑気にお喋りしている場合じゃないぞ」

 

 そう口にすると、イビルアイは足を止めて後方へ顔を向ける。

 

「判るか?」

「かろうじて、何かヤバそうなのがくる」

「森の中じゃない。空?」

 

 イビルアイの傍に寄り、双子の忍者は目を細める。

 感覚を研ぎ澄ませてようやく捉えられる距離だ。これならまだ逃げられるのではないか? と目線で隣の吸血鬼を急かそうとするが。

 

「無理だな。信じられんほどの魔力を感じる。これは魂喰らい(ソウルイーター)より上位のモンスターかもしれん」

 

 イビルアイは覚悟を決めて、仲間から一歩離れる。

 

「お前たちは先に行け。ここは私が引き受けた」

「なっ、なにを言っているのよイビルアイ!」

「マジで言ってんのか? だったらぶん殴るぞ」

「イビルアイ様、お一人で残るなど……」

 

 そんな反応がくるだろうなと、予想通りの答えに苦笑しながら、イビルアイは片手を上げて皆を黙らせる。

 

「今迫ってきている追手には勝てない。全員でも返り討ちだ。だが私なら時間を稼ぐことができるだろう。お前たちが逃げ切れるだけの時間を。……ラキュース、リーダーなら決断しろ。このままでは無駄死にだぞっ」

 

 誰も犠牲を出さずに最良の結果を出すなんて、物語の中でしか存在しない架空の冒険譚だ。実際には人は死ぬし、怪我をするし、脱落する。

 どんなに注意を払っていても、それは突然訪れるものなのだ。

 

「――イ、イビルアイ! 後で合流しなさい! 絶対よ!」

「ああ、努力するよ」

 

 決断すれば行動は速い。

 ラキュースは流れ落ちる涙を隠すかのように顔を背け、駆け走る。血が滲むほどに拳を握りしめたガガーランは、鋭い目線でイビルアイを見つめると、凄まじい勢いで森の奥へと走り行く。その後ろには戸惑った表情を隠せないクライムが続き、ティアとティナが『そんじゃまた』と軽い挨拶だけを残して消えてった。

 

「はぁ、私もここまでか。まぁ二百五十年も生きれば、って生きてはいないが、充分だろうなぁ」

 

 薄暗い静かな森の中で、一人の吸血鬼は覚悟を決める。

 

(長く生きた者から死ぬべきだ。ならば私の役目はアイツらを生かすこと。そのために死ぬ!)

 

 一陣の風が森の木々を揺らし、隠れていた五体の影を晒す。

 

魂喰らい(ソウルイーター)が四体に――、コイツは、先頭のコイツは……」

 

 遠い昔、十三英雄のリーダーに分厚い辞典を見せてもらったことがある。モンスターの美しい姿絵が載っている魔法の書物だ。

 あまりに多様で詳細な内容に驚くしかなかった当時ではあるが、一緒に見ていたリグリットなどは“将来召喚したいアンデッドリスト”を作って騒いだりしていた。私もリストを見せられて『いつの日か召喚してみたいものじゃ、おっ、これなんか強そうじゃな』と鬱陶しい雑談に付き合わされたものである。

 

「……蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)

 

 昔の記憶がよみがえってくるのは、走馬灯と呼ばれる現象であろうか? 吸血鬼にも適用されるとは今の今まで知らなかったが、もしかすると大発見かもしれない。

 

「ああ、上から見下ろして、楽勝だとでも思っているんだろうな。はっ、その思い上がりを打ち砕いてやる! 最強にして最悪の吸血鬼“国堕とし”の力を見るがいい!!」

 

 〈飛行(フライ)〉の魔法で飛び立つ小柄な吸血鬼に対し、蒼い馬に乗った禍々しい騎士はユラユラと陽炎のようなその身を揺らし、無言で待ち構える。

 その口元は、ほんの少し笑みを浮かべているように見えた。

 

 

 

 

「鬼ボス、そのまま走りながら聴いて」

「面倒ごとね、なに?」

 

 イビルアイと別れて数刻後、森の外縁部に差し掛かっていた蒼の薔薇に緊張が走る。

 

「新手が来た。地を這うような奇妙な移動。イビルアイと対峙していたモンスターとは別班だと思う」

「だけど数が多い。十以上は確実」

「なら仕方ないわね、この場で迎え撃つわよ」

「おっしゃあ! ようやく出番がき――」

「――ちがうちがう」

 

 足を止めて迎撃の準備に入ろうとするラキュースとガガーランであったが、ティアとティナに腕を引っ張られて再び走ることを強いられてしまう。

 

「ちょっと、どうしたのティア?」

「ここは私たちに任せる。多数の追手を攪乱するのは忍者の十八番。鬼ボスと筋肉は邪魔」

「誰が筋肉だよ」

「ついでにクライムも邪魔」

「うっ……」

 

 言いたいことは解った。

 納得はできないけれど、ラキュースはリーダーとして決断しなければならない。

 ここで足を止めては、更なる追手に追いつかれる要因になるだろう。イビルアイの献身も無駄になる。今は王国復権の命綱である“黄金姫”の安全を確保すべく、突き進むしかない。

 

「ティア、ティナ。合流地点で待っているから、遅れないこと!」

「ヘマこくなよ、二人とも!」

「御武運を!」

 

 担がれている姫を含む四人を見送り、双子の忍者娘は地を這う影のような追手の前に立ちはだかる。

 

「ここを通りたければ、私たちを倒すんだな」

「ふっ、貴様らにできればの話だがな」

 

『一度言ってみたかった』という台詞を放ち、真っ赤な短刀を構える。

 目の前の人影はゆっくりと立ち上がり、蝙蝠のような羽を広げ、鋭い爪を前面へと押し出す。影は影のまま、距離が近づいても漆黒。ただ、目があると思われる箇所は黄色く輝き、丁寧に殺意の有無を知らせてくれる。

 

『(悪くない人生だった。死に方も暗殺者には贅沢すぎる)』

『(同意、鬼ボスと筋肉とチビには感謝している。もちろんティア、貴方にも……)』

 

 片手で意思を送り合い、軽く微笑む。

 もう、覚悟は決まった。

 

 

 ◆

 

 

 ほんの少し前、この場所には城塞都市があった。

 その名は“エ・ランテル”。

 各国の中間地点にあったことから軍事・経済において重要視され、けれども王都から物理的に離れていたため王族貴族の影響が希薄であり、それ故に帝国や法国の工作員が山ほど送り込まれていた最前線。

 今その場所には誰も居ない。

 兵士も貴族も平民も、冒険者も請負人(ワーカー)も荒れくれ者も、工作員も犯罪者も……。

 

 丘の上の、溶けた岩が台座となっている平らな場所に、大きな円卓と複数の椅子が並べられていた。

 周囲には何もない。建物は当然ながら、朽ち果てた荒野のように植物なども存在しない。

 そんな場所に、人間が現れた。

 一人、二人、三人四人……。

 高品質の衣服を纏う上流階級と思しき人物が円卓の席へ座り、その後ろに従者らしき一人が控える。座ったのは四人、立っているのも四人。円卓の席にはまだ余裕があるものの、それ以上増えることはなさそうだ。

 ただ、円卓には一席だけ場違いな、誰も座らないだろうと思える“骨の玉座”が存在感を露わにしていた。

 座ったら呪われそうでたまらない。視線を向けるだけでも魂の何かが削れそうだ。

 

「――待たせたな、諸君。集まってくれて嬉しいぞ」

「ひぃっ!」

「なっ?!」

 

 突然、まさに突然、それは現れた。

 骨の玉座に座する、“絶対的な死”。一目見ただけで全てを諦める、絶望しただけでは許されない最悪の災厄。規格外の魔力が満ちる豪華なローブから覗き見える骨の身は、人が触れることを許されない神体のごとく。生者を憎むアンデッドであることすら些事であるかのよう。それはまさに人知の及ばぬ存在、絶対者であり、支配者であり、神をも超える大魔王様。

 さぁ、生きる望みを投げ捨てよう。

 

「ああ、座ったままで構わん。飲み物でも飲んで楽にしてくれ。ソリュシャン」

「はい、モモンガ様」

 

 いつの間に現れたのか? 飲み物を運ぶメイドらしき女性が三名。そして大魔王の隣には、闇妖精(ダークエルフ)の少年と少女が大人しく控えていた。

 

「今回集まってもらったのは、連合軍の結成を促進するためだ。帝国の皇帝による呼びかけが上手くいっていないようなのでな。……そうだな? ジルクニフ」

 

「は、はいっ! 申し訳ありません、大魔王様!」

 

 集められた人間の一人、帝国皇帝ジルクニフはその場で頭を下げつつ、『最初から無茶苦茶な要望だろうがっ! 誰が大魔王の存在なんか信じるんだよぉ!!』と心の中だけで叫ぶ。

 

「謝罪の必要はない。優秀だと言われているそなたで駄目なら、他の対策が必要だということだ」大魔王は『矮小で愚かな人間の無能さを、まだ理解できていないな』と反省し、集まった他の指導者を見やる。

「それで? カルサナス都市国家連合の代表殿はどう考えているのかな? まだ連合軍の結成など不要と判断しているのか? それで人類は生き残れると?」

 

 魔王から直接声を掛けられ、三十代と思しき精悍な女性――連合の代表たるカベリア都市長は、震える身を律して答えを発す。

 

「皇帝の提案を一蹴したのは軽率であったと後悔しております。今後は一致団結して、コトに当らせていただく所存でございます」

 

 余計なことを口にしないようにと気を配りながら、冷や汗がしたたり落ちる緊張感の中で頭を下げる。

 

「ふむ、面白味のない回答だが、まぁよい。それより代表殿、護衛は好きなだけ連れてきてよいと言ったはずだが、皇帝と同じく女を一人とは……、何か特別な人物なのかね?」

 

 偶然の一致なのか、今回招集した指導者は皆、御供を一人だけしか連れてきていなかった。皇帝は後宮の左程美しくない成人女性を。都市長は軽装の身軽な女剣士を。他の者も宰相一人だったり、女神官だけだったり……。

 迎えに行かせた“死の支配者(オーバーロード)”たちなら幾人だろうと連れてこられるはずなのに、何故なのだろう? それぞれに事情がある、ということなのだろうか?

 

「は、はい。この者は私が知る最強の使い手でして、ほとんど無理やりながらも護衛の任を引き受けてもらったのです」

「――今は後悔している。いや、見たこともない転移の魔法を使う骸骨の化け物を見た時点で、その場に身を置いていた時点で、私の運命は終わっていたのだろう。もう抵抗する気力もない」

 

 都市長の後ろに控える若い女性は無気力に俯き、己の死を覚悟しているかのようだ。

 身に纏うは動きやすさ重点の布と革。所々に仕込み武器が備えられていることからすると、暗殺者のような職業を得ているのかもしれない。

 

「ん? 王国の冒険者でこんなヤツが居たような」

「それは多分姉妹。私たちは三姉妹で皆忍者。諜報や暗殺、たまに護衛なども担う」

「ほぅ、忍者か」

「ちょっとよろしいですか? モモンガ様」

 

 低レベルの雑魚であるのに忍者だという人間に対し、少しばかりの興味を持ったところで隣に控えていたアウラが割り込んできた。

 その口調には、隠そうとした怒りが微かに頭を覗かせている。

 

「どうした? アウラ」

「はい、その人間があまりに不敬だと思います! モモンガ様に対しその口のきき方! 殺してもイイですか?!」

「――っひぎぃ!」

 

 殺気と呼ばれるモノがある。アウラが(しもべ)魔獣を躾けるときに用いる、上下関係決定の鞭だ。

 それを生きた人間に当てると、標的は全身丸ごと串刺しという瀕死級の激痛を、錯覚であるはずなのに感じるという。ついでに気を失って、股間から色々噴出させたまま倒れ込んでしまうとのことだ。

 もちろん、都市長の護衛として連れてこられたイジャニーヤの女頭領“ティラ”も例外ではない。

 

「あ、あれ? 白目むいちゃった……。どうしよう」

「お、お姉ちゃん、えっと、て、手加減しないと、ね」

 

「放っておけ、特に話があるわけでもない。ルプスレギナ、あとで起こしておけ」

「はっ、かしこまりました」

 

 戸惑う双子をそのままに、大魔王はメイドの一人に処理を任せて、次の指導者へ視線を移す。

 

「さて、次は竜王国としての意見を聴こうか?」

 

「わ、わたしはなにも、なにも逆らう気は、ああ、ありません」

 

 大きな黒曜石の椅子にちょこんと座る、子供にしか見えない竜王国の女王“ドラウディロン・オーリウクルス”。御供に宰相らしき中年男性を一人連れているだけであり、まな板の上の鯉であるかのごとく最初から無抵抗の白旗状態だ。

 

「そ、それに我が国はビーストマンに侵攻されていて、どうにもならない状況なのです。連合軍への参加などと言われても、私の方が助けてもらいたいぐらいで――」

 

「ビーストマンか……。魔王たる私以外の者がどこかを侵略しているのは、あまりイイ気がしないな。国にしろ種族にしろ、滅ぼすのであればそれは魔王の手によるものでなければならない。許されんな」

 

 ズズズっとよからぬ闇が頭をもたげ始めるも、そのままでは周囲の人間が死んでしまうと思い直し、ついでにビーストマンの駆除方法へ思考を繋げる。

 

「普通に殺したのではもったいないな。せっかくの経験値だ。勇者育成に使わせてもらおう。六階層の勇者やレアたちを戦争地点へ放り出し、ビーストマンと死ぬ寸前まで戦ってもらうとするか。監督役は……、国を救うのだからセバスが適任だな」

 

 手早く思考し、必要な通達を済ませ、魔王は幼い女王へ向き直る。

 

「女王よ、ビーストマンは私が育成している勇者で始末するとしよう。それならば連合軍への参加に問題はないな」

 

「は、はい! もちろんです!」

 

 実際はボロボロの国家だ。ビーストマンの脅威が無くなったからと言って、即座に大魔王討伐へ赴けるはずがない。それに魔王が育成している勇者とは何なんだ?! 頭がおかしくなりそうだ。

 

「では最後に、聖王国の見解を聴こうか?」

 

「は、はい。私ども聖王国と致しましては、あの……」

 

 ローブル聖王国の至宝とでも言うべき美しき聖王女“カルカ・ベサーレス”は、魔王からの問いに即応できず固まってしまった。

 それも仕方のないことであろう。聖王国は一枚岩ではないのだ。聖王女の一言で、国が魔王討伐の連合軍へ参加するなど有り得ない。貴族は反発するだろうし、軍部も言うことを聴かないだろう。国は割れるし、内乱が起こる。

 聖王国の終わりの始まりだ。

 

「も、申し訳ありません。私の一存では決められないのです。く、国へ戻って議会を開かないと――」

「やれやれ、つまらん回答だな」

 

 事態の深刻さを理解していない。

 聖王女以外の指導者――竜王国は追い詰められ過ぎて選択肢が無かっただけなので除外する――は、『こちらを巻き込むなよ』という冷たい視線でカルカを一瞥し、魔王の動向を伺う。

 

「迎えの者にいきなり斬りかかった聖騎士もそうだが、聖王国は人材不足なのか? 後ろに控えている神官はどうだ? この状況で話を持ち帰るだと? 私に立ち向かおうとしない人類国家など存在する意味はないぞ。次に滅ぼす国家は聖王国、それでいいな?」

 

「し、失礼ながら、大魔王様! 発言をお許しいただけますか?」

 

 聖王女の後ろに控えていた聖王国の№3“ケラルト・カストディオ”は、整った美しい顔に悲壮感を漂わせながら、一歩前へ踏み出す。

 

「許そう。それで?」

 

「はっ、聖王国は連合軍へ参加いたします! 聖王女様は国内情勢に疎いただの飾りにすぎず、何も解らないのです! 実権は私が握っておりますので問題ありません! 必ずや、大魔王様の御期待に沿う結果をお見せいたします!」

 

 聖王女に一切の反論を許さない強い口調で、女神官は全てを確約した。

 出来る出来ないではない。

 やるしかないのだ。

 聖王女にはその覚悟がなかった。反論してくるであろう南部貴族どもを皆殺しにしてでもやり遂げる、という血反吐を飲み込むような気概が無かったのだ。

 

「ふむ、よい部下を持ったな聖王女。では次の話に行こうと思うが、その前に」魔王は側頭部へ骨の手を添え、ここには居ない何者かとの意思疎通を行う。

「ああ、聖王女よ。例の斬りかかってきた女騎士の蘇生は無事終わったようだ。あとで聖剣と共に国へ送っておこう。最上級の蘇生魔法を使用したからレベルや経験値、――こちらでは生命力になるのかな? それは左程欠損してはいないだろうから、すぐに元の実力を取り戻せるはずだ」

 

「そ、それは、なんと感謝申し上げればよいのか……」

「だ、大魔王様、姉を救っていただき感謝の言葉もありません」

 

「殺したのはこちらだからな、感謝など不要だが……。まぁそれより、斬りかかるなら相手の実力を見極めてからの方がよいぞ。ウルピウスのヤツも『うっかり殺してしまいました』と慌てていたからな」

 

 死の支配者(オーバーロード)がいきなり目の前に現れたら、誰だって斬りかかるような気がする――なんて心の中だけで思いつつ、聖王女と神官は全ての抵抗を諦めて平伏した。

 もはや何もかもが理解の枠を超えている。

 聖王国の執務室に突然現れた闇の扉と紳士的な骸骨。一瞬にしてバラバラにされた聖騎士団長“レメディオス・カストディオ”。見たことも聞いたこともない集団長距離転移。この世の終わりと同義かと思える大魔王との対面。そして魔王討伐連合軍への参加。最後にレメディオスの蘇生が加わったとしても、感覚が麻痺して驚けない。

 聖王国はこの先どうなってしまうのか?

 聖王女カルカは、深過ぎる闇の沼にはまり込んだのを自覚しながら、『このまま沈んでもいいかもしれない』と思い始めていた。

 

「さて次は余興だ。この遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を見てもらおう。滅亡に瀕した王国がどうなるのか? 同じ人類として興味があるだろう?」

 


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