骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

35 / 52
第35話 「ワンパン魔王」

「ふぅー、流石は蒼の薔薇だ、二人しかいないのにこれほど手強いとは……。だがもう私には後がない。全てを懸けて挑ませて頂く!」

 

 ガゼフは強くなった、とはいえ所詮は支援のない独り身(ソロ)だ。疲れるし傷つくし、使用できる武技の限界も見えてくる。それに時間をかければかけるほど、王国民は殺されてしまうのだ。

 もう、やるしかない。

 

「いくぞぉ! 〈限界突破〉!!」

「砕けやあぁぁあああ!!」

 

 獣のごとく駆け出した戦士長の一歩を狙って、ガガーランは大地を突き叩く。

 闘技場の地面へ亀裂が走り、粉塵と共に局所的な地震が発生。まともに立っていられないほどの揺れが、発生者であるガガーラン以外を襲う。

 これを避けるにはラキュースのように効果範囲から離れているか、戦士長のように――そう、飛び上がるしかない。

 

「狙い通りだぜおっさん! これで終わりだ! 〈剛腕連撃〉!!」

「私たちは負けられないのです! 浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)!」

 

 足場を崩して敵の動きを誘導する。〈不落要塞〉などで弾かれないよう連撃で止めを刺す。加えて複数の魔法剣が死角から襲いくる。

 ガガーランとラキュースに躊躇はない。本気で王国戦士長を殺そうとしているのだ。

 

「武技、〈無光連斬〉!」

 

 ガキンっと無数の衝突が重なり合って一つの音となる。

 ガゼフが生み出した数えようもない連斬は、ガガーランの刺突戦鎚(ウォーピック)による連撃を全て打ち弾き、ラキュースの魔法剣を切り裂いた。

 

「なん、だぁあ?!」

「ガガーラン!」

「終わりだ、〈世界崩し〉!」

 

 上段から振り下ろされるユラリとした剣斬。

 当然、ガガーランは自慢の刺突戦鎚(ウォーピック)鉄砕き(フェルアイアン)”を掲げるが――。

 

「があああぁああ!!」

「すり抜けた?! いやそんなっ! 〈重症治療(ヘビーリカバー)〉!」

 

 魔化された刺突戦鎚(ウォーピック)がほどかれる。まるで編み物をバラバラにするかのように。

ケリュケイオンの小手(ガントレット・オブ・ケリュケイオン)”がさらりと二分され、左腕ごと身体から離れる。国宝級の鎧“凝視殺し(ゲイズ・ベイン)”が布の服であるかのように、“抵抗の上着(ヴェスト・オブ・レジスタンス)”ごとほろほろと寄り分けられ、護っていたはずの肉体から多量の血潮を噴き上げさせた。そして左足も、『場所を移動させただけ』と言うかのように転がり落ちた。

 

「ちくしょおお! なにがどうなってんだ?!」

「ガガーラン下がって! 後は私がっ」

「来い、ラキュース殿!」

「ざけんなおっさん! あんたの相手は俺だ!!」

 

 治癒途中の左半身を見向きもしないで、ガガーランはガゼフの腰に食らいつく。戦士長にしてみれば少し予想外の行動だったのだろう。ガガーランは治癒魔法を受けたのだから、まだ戦闘不能になったわけではない。それなのに不十分な回復状態で、しかも武器を破壊された丸腰のままで密着するとは……。

 即座に首を刎ねられるだけの悪手でしかない。そこまでしてラキュースへ向かうはずの一手を遅らせたかったのか?

 

「さらばだガガーランど――」

「うおおおおぉおお!! 〈斬撃〉!!」

 

 ガガーランが巻き上げた粉塵の中を走り抜けて、一人の戦士が最上段から振り下ろす。

 誰もが予測し得ない突発的な一撃。頭を狙われた戦士長も、一瞬思考が止まったに違いない。なにせ自分が褒めた渾身の振り下ろしなのだ。しかもあの時より数段鋭く、己の能力限界を突破したかのような一振り。

 鮮烈と言える。

『ああ、訓練を必死に続けていたのだな、才能などまったくないというのに』と親目線で微笑んでしまいそうだ。

 

 王国戦士長“ガゼフ・ストロノーフ”はこの時、腰に抱き付くガガーランへ長剣を突きつけたまま、王国第三王女の護衛騎士“クライム”によって頭を叩き斬られた。

 即死であった、とのことである。

 

「はぁ、はぁ、はぁぁ、はっ、はふぅ、ふぅぅ……」

 

「お、おいおい、マジかよ。やりやがったな小僧」

「クライム、あなたは……」

 

 ガガーランは驚きよりも称賛側に気持ちが傾いているようだが、ラキュースはクライムの乱入に危機感しか覚えない。

 二対一の決闘に割り込んだのだ。試練とやらのルールを破ったのは間違いない。故に、進行を担っている埴輪男や角を備えた女悪魔が黙っているとは思えないのだ。

 

「ガガーラン、戦士長の武器を拾って! 〈中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)〉! クライムはラナーの傍に戻って!」

「くそっ、忙しいな!」

「は、はい!」

 

 人類最高峰の戦士と一戦交えても、まだ一息つくことは許されない。

 ガガーランは愛用していた“鉄砕き(フェルアイアン)”を破壊され、魔法具である防具も半壊。ラキュースも魔力は尽きかけており、魔剣による奥の手もしばらくは使用できない状態だ。イビルアイらは今だ石像のままであり、逃げるなんて選択肢はない。

 クライムは限界以上の力を揮った影響からか、眠っているラナーの傍で震えながら片膝を付いている。

 もはや、これまでか?

 

Wunderbar(素晴らしい)!! 見事な勝利、おめでとうございます! 新たな勇者の誕生に祝福をっ!」

「ふん、大粒の勇者が小粒になっただけでしょ? あんな雑魚が旦那様を楽しませてくれるとは思えないけど……。でもまぁ、ちょっとは面白かったわ」

 

 ワザとらしい盛大な拍手と、形だけのパチパチという小さな拍手。

 ラキュースは闘技場の観覧席へ目をやりながら、己の立場がどう転んでいるのか理解できそうもなかった。

 

「勇者の試練は終了しました。勝者“蒼の薔薇一行”! つきましては勝利報酬として、仲間三名の解放と評議国の助命を了承いたします。ただし、現時点をもって王国の救済は不可能となりましたので御理解願います」

「コキュートスには評議国へ攻め込まないように通達しないといけないわね。もっとも、向こうから攻めてきた場合は仕方ないでしょうけど……」

 

 大きな胸を強調してくる女悪魔は、こう言いたいのだ。『今回は見逃してやるけど評議国を滅ぼす方法などいくらでもある』と。彼の者らにとっては、見逃すことに大した意味など無いのだろう。いずれ世界を滅ぼすのであれば、一国の明暗など早いか遅いかの違いだけだ。

 もしかすると、評議国は今回滅ぼされた方がマシだったのかもしれない。周辺国が潰されていくのを横目で見ながら生き続けることへの苦痛。怨嗟の悲鳴が頭の中に響き渡ることだろう。『お前たちは何故無事なのだ?! どうして魔王軍に見逃されている? 貴様らは魔王に手を貸したのか? この裏切り者がっ!』と。

 

「……私たちの勝利、で宜しいのですか?」

 

「おや? 何か問題でもありましたか? 戦士長は頭を割られ、間違いなく死亡しておりますが?」

 

「いえ、その……」

 

「ああ、そちらの護衛騎士が止めを刺した件ですか? それはそれは失礼いたしました」パンドラは踵を打ち鳴らし、胸に片手を添えて語り出す。

「“蒼の薔薇”が連れているモノは、全て付属品扱いにしております。当然、そこの“クライム”と呼ばれる小粒の勇者も付属品。腰の予備武器と同様で御座います。故に今回は蒼の薔薇が放った付属品“勇者クライム”が見事勝利をもぎ取った、というところで御座いましょう」

 

 最後に『御心配なく』と優雅な一礼を見せ、パンドラは勇者の試練が終了したことを全ての者たちへ伝えた。

 もちろん魔法の鏡で見ていた父上にも――。

 

 

 ◆

 

 

「ふ~ん、これが伝説の吸血鬼でありんすかぁ~? ちっぽけでありんすねぇ」

 

 闘技場に降ろされて石化を解かれた吸血姫は、美麗なレースをふんだんに使った可愛らしいドレスを着込む恐るべき真祖(トゥルーヴァンパイア)にツンツンされていた。

 

「こんな弱っちい吸血鬼が勇者になっていいんでありんすか? 勇者とは人間種だけに限定していたのではありんせんかえ?」

「なに言っているのよ。例のドラゴンも勇者に認定されたじゃない。要はモモンガ様を楽しませることが出来るのであれば、種族なんてどうでもイイってことよ」

「それは確かにその通りでありんすねぇ」

 

 小柄で少女のような吸血鬼は、二本角の女悪魔と談笑していた。

 口調からして同格の立場にある存在なのだろう。蒼の薔薇にしてみれば、石化されていた仲間が犬頭のメイドから治療を受け、本来の実力を発揮できる五人勢揃い――となったところで化け物が一人追加された状況だ。

 埴輪顔の男はどこか遠くの誰かと魔法で話しており、どこかへ去る気配はない。ラナーは眠り姫のままでクライムに抱かれており、現状打開のアドバイスなどはもらえそうにない。

 ラキュースは、そして説明を受けた他の仲間たちは、血の匂いが残る闘技場へ座り込んだまま固まっているしかなかった。

 

「それで? 評議国への勧告はどうだったの? 何か反応はあった?」

「え~っとでありんすねぇ。あまり喜んでいる感じはなかったでありんすよ。『魔王様の御慈悲により、この国は滅亡から免れたでありんす。感謝の涙を流しなんし』と伝えんしたのに、いきなり襲ってきたでありんす。思わず五百ほどの亜人を血祭りにあげんして、数体のドラゴンを斬り刻んで素材回収班に任せることになりんしたが……。かまいんせんねぇ?」

「襲ってきた相手にまで手心を加える必要はないわ。本来なら皆殺しに遭うべきゴミなのだから、身の程を弁えてもらわないとね。それより……、パンドラ。そっちはどう?」

「はっ、コキュートス殿への報告は完了いたしました。王国の滅亡は順調かと」

 

 話の内容を盗み聞くに、化け物たちは評議国や王国への対応を進めていたのだろう。どうやら、決闘結果に関する約束事は守ってもらえそうだ。王国を滅ぼす、という目を背けたくなる災厄も含めて。

 

「ではシャルティア、〈転移門(ゲート)〉を牧場に繋げてちょうだい」

「はいはい、デミウルゴスでありんすね。〈転移門(ゲート)〉」

 

 闘技場に開いた闇の扉は、先程大きなリボンをつけた吸血鬼が潜り出てきたモノと同じ転移系の魔法であろう。どの程度の位階魔法なのかは解らないが、目線を合わせたイビルアイが首を振っているところからして、考える必要はないのかもしれない。

 そして闇の扉から出てきた、スーツと呼ばれる南方の民族衣装に身を包んだ尻尾のある眼鏡をかけた人型の化け物。もはや思考するのも無粋と言える。

 

「お久しぶりですね、皆さん。何も御変わりはありませんか?」

「特にないわね。少しくらい襲撃があるかも、なんて思っていたけど、ほら、ズーラーノーンとかいう邪教集団とか」

「ああ、エ・ランテルにも幹部が居たそうだね。だけど“死の宝珠”や“レアの女剣士”から集めた情報では、期待できそうにない雑魚だと思うよ。途中で潰してしまっても“ソレ”とは気付かない程度のね」

 

 眼鏡の悪魔は何やら嬉しそうに語っていた。まるで久しぶりに自分の家へ帰ってきたかのように、晴れやかで満足げな表情である。

 ただ、観察されているような視線を感じて寒気がする。品定めをされているような怖気が走り、蒼の薔薇一行は身動き一つ出来ずに俯くしかない。

 

「ふむ、これが例の勇者たちかい? 毛色の変わった者も居るようだが、総じて弱過ぎるね。これではモモンガ様の御期待には沿えそうにない」

「これから強くすればイイのよ。それと貴方の担当はそっちの二人、眠ったままの女と小粒の勇者ね」

「あぁ、王国の知恵者と護衛の犬だね。早速、牧場で繁殖させてみるよ。犬の方は武技試練場に放り込んで鍛えてみよう。無駄足にしか思えないがね」

「あら、そうかしら? その犬は、自身を遥かに超える力量の戦士長を仕留めたのよ。それって、モモンガ様が勇者に求めている資質の一つなのではないのかしら?」

 

 おかしな話が進んでいた。ラナーとクライムが“牧場”とやらへ連れて行かれるとのこと。嫌な予感しかしない。あの眼鏡悪魔が取り仕切っている牧場なら、まともであるはずがない。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!」ラキュースは勇気を振り絞って問いかける。一睨みされただけで失神しそうな、異形の美しき化け物たちに向かって。

「あ、あの二人は助けてくれるとっ、確か、そう確か約束してくださったはずでは?!」

 

「ん? まだ説明していなかったのかい? アルベド」

「別にゴミの送り先を話す必要などないでしょ? ゴミ相手に」

 

 アルベドの侮蔑ともとれる発言は嫌味で言っているのではない。本気で言っているのだからタチが悪いのだ。デミウルゴスは『やれやれ、一応勇者なのだからゴミ呼ばわりは駄目だと思うよ』と軽く頭を振っては、優しい口調で怯える人間(ゴミ)へ語りかけていた。

 

「心配する必要はありませんよ。そちらの二人は、私の牧場で仲睦まじく繁殖行為に励んでもらう予定です。もちろん身の危険などありません。繁殖に出産、そして子育て。全てにおいて最高の環境を提供させて頂きます。……御理解していただけましたか?」

 

「は、はんしょく……? ラナーとクライムが? な、なぜ?」

 

 ラキュースの疑問も当然だろう。

 だいぶ前から親友の想いは知っていたし、心が壊れてからの行為も見て見ぬふりを続けていた。だけど恐るべき力を持つ魔王軍の悪魔が、どうして人間同士の『ごにょごにょ』に関わってくるのか。

 羨ましいわけではないけど気になる。羨ましいわけではないけど……。

 

「特に意味はありません。しいて挙げるのであれば、犬とはいえ小粒の勇者となった者の子供には期待が持てるのではないか? と、その程度ですね。あとはそう、第三王女の知能が子供に引き継がれるのかどうかも検証したい、とまぁそんなところでしょうか」

 

「き、危害を加えることは、ないのですね」

 

「くどいですね~。貴女はそんなことを気にしている場合ではないでしょうに」

 

 呆れたように肩を竦める眼鏡悪魔に代わり、角を備えた白ドレスの女悪魔が口を開く。

 

「さて“蒼の薔薇”の治癒は済んだかしら? ペストーニャ」

「はい、人間の負傷は全て完治しております。そちらの吸血鬼も、シャルティア様に回復して頂きました、わん」

「ふふふ、楽勝でありんした。何なら、このまま連れ帰って調教してあげてもイイでありんすよ?」

「駄目よ。こいつらはモモンガ様の元へ連れて行くのだから……」

 

 本当は人間の治療なんかしたくない――と、そんな嫌そうな表情をしながらも、アルベドは『モモンガ様の元へ行ける口実になるのだから、別に構わないかもね』と気分を持ち直し、セバスとペストーニャへ指示を――。

 

「あら? そう言えば、セバスは勇者たちやレアを連れて“竜王国”へ行っているのだったわね」

「人間の国を救うために、ビーストマン討伐へ向かったそうだね。セバスの喜ぶ顔が目に浮かびそうだよ」

「不愉快そうでありんすなぁ。でもモモンガ様の御勅命を受けたかったのは、わらわも同じでありんすよ」

「貴女が行ったら竜王国自体が無くなりそうだけどね」

 

「あ゛あ゛ぁん?!」

「んだごらぁ!?」

 

 凝縮した殺気の塊がぶつかり合う光景は、守護者にとって見慣れたものである。ただ普通の人間、蒼の薔薇一行にとっては神々の争い同然だ。

 ラキュースがパタリと倒れ込むのも仕方がない。仲間の身を案じられるのは、イビルアイ一人だけだろう。

 

「二人とも、せっかくの勇者が死んでしまうよ。これから身支度を整えさせて、モモンガ様の元へ連れて行くのだろう? だったら喧嘩している場合じゃないと思うがね」

 

「そ、そうでありんしたっ。わらわも身を清めないといかんせん!」

「モモンガ様に拝謁を願うわけですものね。小汚いままでは、連れて行く私の評価が落ちかねないわ。……ペストーニャ、プレアデスと共に蒼の薔薇を綺麗になさい。ただし、第九階層ではなくこの六階層で処理すること。モモンガ様の執務室がある場所へ、薄汚い人間(ゴミ)ごときが足を踏み入れるなど許されないわ」

 

「はい、アルベド様。かしこまりました、わん」

 

 深々と頭を下げる犬頭のメイド長――が放った一言を合図にしたかのように、守護者を含む(しもべ)たちは動き出した。

 身を清めようと浴場へ向かった女性陣。

 小粒の勇者と眠り姫を配下の悪魔に抱えさせ、シャルティアが展開したままであった〈転移門(ゲート)〉へ足を踏み入れ、牧場へと向かった眼鏡悪魔。

 そして犬頭のメイド長は、戦闘メイド(プレアデス)三名を前に、お仕事開始の発破をかける。

 

「では、近くの湖で丸洗いにしましょう。着ている服は汚いので処分します。全て脱がせてください、わん」

「はい、かしこまりました」

 

 黒髪を結い上げた眼鏡メイドの返事を最後に、“蒼の薔薇”は問答無用で全裸にされた。

 仮面の吸血鬼が最後まで弱々しい抵抗をみせていたものの、他の者――ガガーランなどは勇ましく開き直り、自分から脱ぎ出しては指示された通りに歩き出す有様。ティアに関しては、長い黒髪のメイドに自分から纏わりつき、乱暴に脱がされたりしていた……。

 

(もうどうしようもないわ。雑務を任されたメイドにすら勝てそうにない。抵抗するだけ無駄みたいね。ラナーとクライムが何処へ連れていかれたのかも分からないし、この闘技場の位置すら不明なんて……。私たちはいったい何に巻き込まれているの? 世界はいったいどうなってしまうの?)

 

 現実感の乏しい夢の中を漂うような、そんなユラユラとした思考で美しい森の中を歩きつつ、ラキュースは己の選択を顧みていた。

 魔王軍との戦争。

 王城からの脱出。

 仲間を犠牲にした逃走。

 戦士長との決闘。

 王国民ではなく評議国民の生存を選択し、剣を振るった。

 どこで間違ったのか? 他の選択肢があったのか? 叔父さんやリグリットさんなら、別の道を選べたのか? ――解らない。何も解らない。もう、しゃがみこんで泣き喚きたい。全てを投げ捨てたい。

 

「大丈夫ですか? どこか痛みますか? わん」

 

 頭部の中央を縫い合わせたかのような犬頭であるのに、優しく声を掛けてきて、背中にそっと手を添えてくれる。

 うわべだけの態度ではない。言葉に感情が篭り、本当に気を掛けてくれているのだと伝わってくる。相手は人ではなく、異形の存在だというのに。

 

「なんでもありません。なんでも、ないのです……」

 

 ポロポロと涙を流し、動けなくなったところで犬頭メイドの豊満な胸に包まれる。

 “蒼の薔薇”のリーダー、アダマンタイト級冒険者にして貴族出身のラキュースは、冒険者として戦いの中に身を置いて以来――初めて、誰かの胸の中で泣きじゃくった。

 その地が大魔王の拠点であり、身を任せた相手が魔王軍の中でも重要な地位にいる者だと知らないままで……。

 

 

 ◆

 

 

「すばらしい、私が求めていたものはコレなのだよ! レベルや能力値からすると、あの小僧が戦士長を殺害するのは不可能のはず。だがしかし、見事に頭部を斬り裂いた! これこそ私が連合軍に期待する奇跡! 私を倒す必殺の一撃なのだ!」

 

 大魔王様の機嫌がイイのは大変結構なのだが、こちらとしてはあんなものを見せられて喜べるわけがない。

 人類の切り札たる“蒼の薔薇”が、まるで見世物であるかのように闘技場へ引き込まれたかと思うと、対峙したのはあの戦士長だ。

『死亡したんじゃなかったのか?』との驚きは投げ捨てて、始まった闘いに驚愕する。

 帝国四騎士の実力を目にしている者として、武技の応酬には目が肥えているつもりであった。それなのに“魔法の鏡”が映し出す化け物同士の決闘を前にして、開いた口が塞がらない。人間がこんな動きをするとは、驚愕を感じながらも頼もしく思えてしまう。

 ただ、そんな強者たちを闘技場で見世物にしている化け物たちは、『驚き』なんて言葉では言い尽くせない領域なのだ。町や村を踏み滅ぼしていく巨大動像(ゴーレム)の姿が、今でも瞼の裏に焼き付いている。

 

「あの小僧は牧場で鍛えるとしよう。もしかすると思わぬ拾いモノやもしれんな。連合軍にとっても貴重な戦力となり得るぞ。なぁ、皇帝よ」

 

「は、はっ! 優秀な人材は大歓迎です。期待させて頂きます」

 

 ハッキリ言って期待など出来るわけがない。

 戦士長を倒した小僧は、不意打ちによる幸運をモノにしただけだ。実力が伴っているかどうかなど、戦いに身を置いていない皇帝たる自分でも判別できてしまう。

 第一、『大魔王を同じ手段で殺せるのか?』と問いたくなる。不意打ちしても掠り傷の一つもつかないだろう、絶対。ホントマジで! 骸骨剥き出しでも、間違いなく骨の強度じゃないぞ、あの魔王は! どうやって殺すんだよ! 誰か教えてくれ!

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。