骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第37話 「見物魔王」

「十三英雄のリーダーは〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉による一時的な誤魔化しで、アイテムの提供などを受けたそうだが、ギルドマスターしか扱えないはずのギルド武器を完璧に装備している少年を見て、はたしてどんな反応をするのか。楽しみだな」

 

「モモンガ様、お気を付け下さい。浮遊都市の中にはまだ、最低でも十八体の守護者が残っておりますわ。戦闘になった場合は、撤退も視野にお入れください」

 

「それはそれで面白そうだが、金貨の消費を考えれば三十もの守護者を全稼働させたくはないだろうなぁ。ふふ、“真なる竜王”との決戦でNPCを何度復活させた? 金貨を使ってどれだけの傭兵を投入した? 魔法障壁の展開にどれだけの金貨を消費している? ナザリックですらアンデッドを多用することでギリギリ辻褄を合わせているのだぞ。それが天使を主体にした拠点であれば、完全に需要と供給のバランスは崩れる。マスターソースを活用できないのであれば尚更だ」

 

 遠い昔――そう、今ではもう遥か昔のこととなる、ナザリックの維持費を稼いでいたあの日々。巨大な拠点を敵プレイヤーから護るために奮闘していた、悟との孤独な戦い。あれをNPCだけで続けられるわけがない。

 事実、ユグドラシルが終わりを告げようとしていた当時、金貨の管理がなされていないギルド拠点はボロボロだったのだ。

 異世界に転移した浮遊都市は、強大な敵が不在で、且つ通常より多めの収入が見込める都市型であったために外装を維持できているに過ぎない。もちろんエクスチェンジボックスに伝説級(レジェンド)装備でも放り込めば、膨大な金貨を獲得できただろうが、NPCが勝手にレア武具を処分できるかというと……。ナザリックの(しもべ)たちを見ていれば解る。そんなことは不可能だと。

 

「それではモモンガ様、浮遊都市へは――わたくしデミウルゴスとアルベド、コキュートスに、おっとセバスとパンドラも到着したようですね」

「遅くなりまして申し訳ありません、モモンガ様」

「ナザリックは御指示通り、オーレオール殿にお任せしてきました、モォモォンガッ様!」

 

 ナザリックに残っていたパンドラが開いたのであろう、〈転移門(ゲート)〉から執事姿のセバスと黄色い軍服姿の埴輪男が早足で進み出てくる。

 

「セバス、竜王国では勇者どもの世話が大変だったみたいだな。ビーストマン討伐による経験値稼ぎ……、どうだった?」

 

「はっ、神人の二人は予想通り変化はありませんでした。他の者も成長は鈍く、期待したほどではありません。ただ“刀使い”と“刺突使い”の両名は、最終段階時の戦士長を超えたのではないかと判断しております。とはいえレベル上昇の鈍化が著しく、限界は近いかと」

 

 セバスが竜王国で行っていたのは、勇者やレアどものレベリングである。大量のビーストマンを殺戮し、大幅なレベルアップを果たそうとしていたのだ。目論見通りにはいかなかったようだが。

 

「むぅ、プレイヤーの血を覚醒させた神人と一般人との差が大き過ぎるな。出来ることならプレイヤーの関与がない、純粋な人間の勇者を求めたいところではある。しかしなぁ、成長限界を突破するには他の手が必要か……」

「モモンガ様、少しお聞きしてもよろしいですか?」

「ん? かまわんぞアルベド」

「はい、それでは――モモンガ様はどうして、神人を勇者として御認めにならないのですか? 能力だけなら例の“真なる竜王”にも匹敵する強者でございますが」

 

 それほど関心があったとは思えない。だけどモモンガ様と言葉を交わしたかったから入り込んできたのだろう。守護者統括は浮遊都市を前にしても平常運転であった。

 

「はっきり言うと、つまらんからだな」大魔王は過去の膨大な経験を思い起こし、言葉を重ねる。

「ユグドラシルプレイヤーの力が関与している戦闘は、所詮PvPの延長にすぎん。面白味はないし、せっかくの異世界が台無しだ。やはり別世界の魔王に対峙するべきはこの世界の人間、この世界の勇者であるべきだろう。まぁ、今は妥協して人間以外でも仕方ないとは思っている、ツアーとかな」

「かしこまりました、モモンガ様。今後は私も、見込みのある人間の発見に注力したいと思いますわ」

「ああ、頼むぞ。と言っても今回は浮遊都市の見物に来ただけ、だがな」

 

 モモンガは大仰にローブを翻すと、集まった(しもべ)たちやギルド武器を両手で支える少年へ〈全体飛行〉(マス・フライ)をかけ、ガルガンチュアの頭頂部から浮かび上がる。

 

「久しぶりにワクワクするぞ。何が起こるか分からない、そんな不確定要素があるギルド拠点への侵入など、異世界では初めてのことだからな」

「モモンガ様が喜ばれるのであれば私も嬉しいのですが、統括の立場から申し上げますと、斥候を放って頂きたいところですわ」

「確かに、モモンガ様に危険が及ぶような状況は避けたいところです。金貨が枯渇しているとはいえ、未知のアイテムなどもあるでしょうし」

 

 ちょっぴり面白がっている魔王とは異なり、二人の知恵者は周囲への警戒に余念がない。

 今度の標的は、腐ってもギルド拠点なのだ。それもナザリックに勝るとも劣らない大規模都市。八欲王が竜王との決戦に全てを費やしてもなお、三十体のNPCが守護している破格の戦力。

 仲間内のイザコザがあったとはいえ、よくぞこんなギルドのプレイヤーどもを倒せたものだと、モモンガも期待してしまう。あの“真なる竜王”は必ずや魔王を倒せる戦力を仲間にし、目の前に現れてくれるはずだ。そして始まるに違いない。

 世界の命運を懸けた最終戦争が――。

 

「おっと、パンドラ。シャルティアには浮遊都市を包囲させておけ。面倒事が起きたとき、即座に対応できるようにな」

「はっ、直ちに通達いたします」

 

 視線を下げて地上都市を見やれば、迎撃に出ていた天使たちの残骸が視界の端に映る。もうしばらくすれば、光の粒子と成り果てて死亡が確定するのだろう。マスターソースの名簿に空きができる瞬間だ。これならばアウラとマーレが率いる部隊だけで問題なかろう。シャルティアはサポートに回せる。

 侵入組は不釣り合いな大剣を抱えるンフィーレアを先頭とし、次にモモンガとアルベド、デミウルゴスとコキュートスが続き、最後尾にセバスとパンドラが並ぶ。

 なお、数えるのも億劫なくらいのハンゾウたちが隠れているのはいつものことなので気にしない。

 

「さぁ、浮遊都市“エリュエンティウ”を見せてもらうとしよう。どんな歓迎をしてくれるのか、今から楽しみだ」

 

 観光地へ足を踏み入れるかのように、魔王は一人の少年を旅行ガイドにして魔法障壁を通り抜け、浮遊都市へと降り立った。ゴーストタウンのように静まり返った、捨てられたかのごとき都市の中へ。

 

 

 

「モォモォンガッさま! まことに不敬ながら、絶対なる支配者であられる父上を御出迎えすべき手の者が見当たりません。なんと愚かなっ!」

「本当に誰も出てこないとは極刑に値するわね。妻としては夫を侮辱されたようで許せないわ」

「あぁ~君たち、なにを好き勝手に父上とか妻とか夫とか口にしているんだね。まったく、(しもべ)としての立場を弁えてほしいものだよ」

「ムウ、妻ニ関シテハ悪イ話デモナイト思ウノダガ……。御子息ノ誕生ヲ期待デキルノダカラ……」

「モモンガ様、地上へ向かった天使の迎撃部隊は正面の城から出てきました。そちらへ向かわれてみては如何でしょう?」

 

「そうだな、セバス。玉座がある中枢を偽装するため別の場所が入り口である可能性もあるが、このギルドはそんな小細工を弄するようには思えん。普通に城の中がマスターソース起動の中心部であろうな」

 

 遠い昔であれば多くのNPCが都市部のアチコチに姿を見せ、賑わいのある様相を見せていたのであろう。だがしかし、それだけのNPCを常時起動できるだけの余裕などあるはずもない。

 都市の中は一見、美麗なる建築物で覆われているように見えていても、実際は無数の破損箇所が目につく。掃除も行き届いてはいない。それでも、数百年の時を経た建物にしては廃墟感など無く、また使われることを前提に整備していたかのようだ。

 この都市には、恐るべき三十の守護者が居るという。

 だが、たった三十だ。これだけの規模にしては少な過ぎる。ナザリックが数万――恐怖公の眷属を含む――であることを考えると、現状維持すら困難と思える。

 巨大なギルド拠点は維持するだけでも大変だ。城下町の分だけ多めの収入を見込める――という都市型拠点でも、浮遊都市ほどになると日々の出費に頭が痛くなろう。しかも主要NPCは天使系ばかり。アンデッドなら費用節約にもなるのだが、ユグドラシルでアンデッド系は不人気であり、悪のギルドを自称しているような大墳墓でもなければ多用しないものだ。

 

「……抜け殻の拠点か」

 

 静かな都市を見回して、ふと大魔王は考える。

 己が勇者に討たれた後、ナザリックはどうなるのだろう? 取り残されたNPCたちは、浮遊都市と同じ道を辿るのだろうか? それとも残った勇者と死ぬまで戦い続けるのか?

 物語として考えるならば、残党が魔王復活へ邁進し、新たな世界への危機を招くことになるのだろうが……。

 うん、それイイな。

 

「モモンガ様、城の正面門に敵影ですわ。数は十二。完全武装で歓迎の意を表していると思われます」

「戦闘可能なNPCはこれで全て、というわけか。残りは生産系か治癒系で、金貨節減のために凍結させているのだろうな」大きなギルドであればあるほど、生産系でもNPCは高レベルとなる。普通に活動させていては貴重な金貨も減る一方だ。大魔王は相手の懐具合を読み解きつつ、戦闘態勢に入った十二体の天使を睨む。

「拠点のトラップに引き込んで戦う本来のパターンが使えないのだから、迎え撃とうとするのは当然か。拠点を破壊されるのも嫌だろうしな。しかし……」

 

 城の正面門前にズラリと並ぶ敵NPCの挙動を見つめ、モモンガは悲しげに呟く。

 

「あれらは『浮遊都市から出てよい』との命令を受けていないのだろうな。いや、そんなことをいちいち命令しなくともイイだろう、と思われていたのかもしれん。八欲王とやらも、自分たちが死んだ後のことは考えていなかったのかもな」

 

 NPCにとって主たるプレイヤーの命令は絶対だ。加えて許可がなければ、己の生死に関わっていようとも勝手な行動はとらない。異世界に転移して自立意思に目覚めようとも、その点は不可侵なのだ。ナザリックと同様に。

 

 

 

 

「侵入者へ告げる。即刻立ち去れ、この地は貴様らのような存在が立ち入ってよい場所ではない。――ただし、先頭の人間は置いていけ。調べさせてもらう」

 

 集団の中心にありて、大きな存在感を放つ一体の天使。リーダー格なのであろうその天使は、光り輝く六枚の翼を広げ、体格に見合わぬ大型のハルバードを構える。

 

「おお、恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)か。NPCではレア中のレアだな。しかも主武装が神器級(ゴッズ)だと? これは相当想い入れがありそうだ。竜王に壊されたくなかったから置いていった、という可能性もあるな」

 

 天使からの威嚇も軽く受け流し、魔王は思考に暮れる。

 拠点のNPCは基本的に何にでもなれるし、何でも出来る。拠点ポイントさえあれば、それを振り分けるだけの話なのだ。しかし例外として、絶対に取得できない職業などが存在する。代表的なのが“たっち・みー”の『ワールド・チャンピオン』。“ウルベルト”の『ワールド・ディザスター』。“モモンガ”の『エクリプス』、などである。

 そして次に、条件さえクリアすればなれる種族・職業などがあった。その条件の一つが課金である。少々レア度が高い場合は、課金アイテムを使用した上で拠点ポイントを振り分ける必要があったのだ。

 なお、恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)の場合は課金ガチャである。狙った種族の課金アイテムが出てくるまでは、ガチャを回し続けなければならない――という鬼畜の所業。当然レア度が最高峰である場合は、モモンガが持つ“流れ星の指輪(シューティングスター)”並みの課金を余儀なくされるのだ。

 ユグドラシルの運営は糞だった。異世界でもその想いは変わらない。

 

「聞こえないのかアンデッド! 人間を置いて去れっ!」

 

「違うな、言い方が違うぞ」今にも襲いかからんばかりの配下を押し留め、モモンガは天使の言動を訂正する。

「自慢の魔法障壁を軽く突破できる――本物のギルド武器を装備している人間を置いていけ、だろ? そんなに自分たちの拠点に必要不可欠であるギルド武器が気になるのか? ギルドマスターでもない人間が装備していることを疑問に思うのか? 別に珍しいことではあるまい。二百年前にも来ただろう?」

 

「あ、あの時の人間?! いや、そんな馬鹿な! 人を捨てアンデッドになったのか? 我々に無理やり協力させておいてギルド武器も渡さず、そして次は化け物どもと我らが主の拠点へ侵攻するだと?! やはりあの時、無理やりにでも殺しておくべきだったのか!」

 

 悲しいかな、ギルド武器を人質にされれば、NPCたちに成す術は無い。

 ギルド武器はギルドの心臓であり、(あるじ)たるプレイヤーの最重要アイテムである。破壊されることは絶対に、そう命を犠牲にしてでも絶対に避けなければならないのだ。

 

「ふははは、十三英雄などと一緒にされるのは魔王として不名誉なことだな。まぁそれより、デミウルゴス」

「はっ、モモンガ様。予定の行動へと移らせて頂きます。……ンフィーレア君」

 

「は、い、デミウルゴス、様。拠点の守護者には、下がっていてもらいます」

 

 虚ろな瞳の少年は、デミウルゴスの――大魔王の意向に従い、天使が護る城の正面門へ向けて歩き出す。奇妙な剣を杖のようにして階段を上がり、戸惑いを見せる十二体の天使へ堂々と「下がれ」と告げては、ギルド武器をあからさまに見せつける。

 

「くっ、主以外の命令など――だが、ギルド武器を所持している以上、下手な真似はっ」

 

 最も危惧されることは、装備者だけが行えるギルドマスターの特権――破壊である。

 ギルド武器の破壊はギルドの消滅に等しく、主から託されたギルド拠点防衛という勅命を達成できなくなる最悪の結末。おまけに、自分たちも違う存在になりかねない。以前聞いた“魔神”の正体を考えれば、拠点という心の拠り所を失ったNPCの未来はあまりに暗い。

 

「想像とは少し違うな。ギルド武器を装備したことより、破壊される可能性を重視しているようだ。装備しただけでは絶対服従とならず、場合によっては奪い取ることも出来得る。う~む、ナザリックでも同じなのか?」

 

「モモンガ様のギルド武器を他人が持つことなど想像するのも不敬かと思いますが、私は旦那様以外の命令など絶対に聴きません。そこの人間が浮遊都市と同じことをナザリックでしようものなら、即座に叩き潰して御覧に入れますわ」

「アルベドはギルド武器も攻撃に巻き込みそうで怖いですねぇ。万が一にも有り得るとは思いませんけど、その時は冷静にお願いしますよ」

 

 天使たちとは対照的に、ナザリックの答えは明確だ。

 モモンガ様以外の命令などギルド武器を持っていようと聴く耳持たず、である。とはいえ、それは大魔王たるモモンガが君臨しているからこその答えであろう。浮遊都市の天使と同じく、(あるじ)を失って数百年経過しているともなれば、ギルド武器に執着したとしてもおかしくはあるまい。

 

「お、お前たちの望みはなんだ!? 前回同様、アイテムを希望するのか? 言っておくが、我々は宝物殿へ入れない。提供できるのは我ら自身が所持している物だけだぞ。当然だが、武装は主の命令でなければ外せない!」

 

「なるほど、主から使用許可が下りている所持アイテムなら裁量権を持つというわけか? ならばギルド武器の破壊を盾に、武装を剥がせるか脅迫してみたいところだな。自分で考えギルド武器の破壊を免れるか、主の命令を頑なに守るか」

 

 二百年前の十三英雄たちは様々なアイテムの提供を受け、魔神との決戦に挑んだというが、それらは八欲王が気にも留めていなかったゴミアイテムであったが故に可能だったのだろう。天使たちが妥協できたギリギリのライン、と言ったところか? その柔軟さは、ナザリックの(しもべ)たちにも見習って欲しいかもしれない。

 

「まずはそうだな、拠点内の見学でもさせて――」

 

 モモンガは城の正面門をチラリと見やり、他者のギルド拠点をじっくり観察できるよい機会ではないかと考えていた。

 ギルド拠点というモノは、侵入者を倒すための工夫に満ちている。迷路やトラップ配置、NPCとフィールドエフェクトとの組み合わせ。レベル100のプレイヤーチームをぶち殺そうと、幾人もの知恵と奇抜な発想が組み込まれているのだ。

 もっとも、金貨枯渇でNPCぐらいしか稼働できない拠点では絵に描いた餅。大魔王様の目を楽しませる程度にしか役に立つまい。

 

「――む?」

 

 小さな魔力の発動を察知し、魔王が言葉を止める。

 魔力がうねっているのはギルド武器を持つ少年――ンフィーレアの”頬”辺りだ。あまりに弱々し過ぎて火花すら創り出せないだろうと警戒もしないが、この瞬間に魔力が動いたことだけは気にかかる。

 そう、この少年はデミウルゴスの支配にかかっているはずなのだ。

 

『守護者へ命令する! 僕の状態異常を解け! 今すぐに!』

 

 少年の声が響く。

 当の少年はまったく口を開いていないというのに。

 

『命令する! 僕の状態異常を解いてくれ! お願いだ!!』

 

 ぼんやりと虚空を見つめている少年の頬から、必死な懇願が発せられる。

 まるで、別人が喋っているかのようだ。

 

「な、なんだ? 状態異常を解けだと?! それが望みなのか? ならばっ!」恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)と他に数名の天使が、戸惑いながらもンフィーレアに対する治癒魔法発動へと動き出す。

 

「モモンガ様、人間を確保すべきかと」

「このままでは私の〈支配(ドミネート)〉が解かれます。モモンガ様」

「アルベド、デミウルゴスも動くな。コキュートスも武器をしまえ。少し面白くなってきたところだ。続きが気になる」

 

 バサリとローブごと右手を横へ払い、アルベドらの動きを抑える。

 モモンガが耳にした声は確かに少年のモノであり、自身にかけられた魔法の解除を求める救援要請であった。ただ、当人の口は動いておらず、魔法具を発動させた痕跡もない。ということは、あらかじめ録音しておいた自分の声を、この時点で自動再生したわけだ。

 モモンガにしてみれば、それほど難しい仕組みでもない。複数の魔法を組み合わせれば同じことが可能であろう。だけど、ただの人間である少年が行うには、いささか無理難題に過ぎる。

 

「面白い魔法だな。僅かばかりの魔力で、音声の記録と予約再生をなすとは……」

 

「はっ――、ここは?! ひっ、て、天使さん! 僕を護ってください! あの化け物たちを近付けないでっ!!」

「人間! 望みを叶えてやるから手にしている剣をよこせ! それはお前が持つべきモノではない!」

「い、言うことを聴いて下さい! 武器を渡すのは後です!」

「くっ」

 

 不承不承と表情で語りながら、リーダーの恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)は片手を上げ、配下の天使たちで少年を取り囲む。

 少年の望み通り身を護るために、そしてギルド武器を逃さないために。

 

「少年よ、聞きたいことがあるのだが……」場が落ち着くのを待って、大魔王はレアである“生まれながらの異能(タレント)”持ちの少年、ンフィーレアへ問いかける。

「今の魔法は何だ? 中々面白そうな仕組みだな。ギルド武器の魔力に隠れて、見えなくなるほどの微小魔法だ。自分で創ったのか?」

 

「せ、生活魔法です。第0位階を組み合わせて、僕が一人で創った魔法です」

 

「嘘だな」

 

 ギルド武器を抱えて精一杯の虚勢を張る少年に、魔王はさらりと真実を述べる。

 少年に魔法の素質はあったが、連日の繁殖行為を続けながら新魔法の開発は不可能だ。必ずや協力者が居る。

 浮遊都市を知り、守護者を知り、ギルド武器に関する知識を持っている者。

 魔法に長け、少年と接触できる者。

 そしてギルド武器を持った少年の支配を解けば、守護者たる天使を味方にでき、魔王と戦えるに違いないと実行へ移せる者。

 それは――。

 

「あの老婆か……」モモンガは、十三英雄として浮遊都市へ入った経験を持つ老婆“リグリット”を思い浮かべ、楽しそうに笑う。

「くくく、それにしても、音声を再生させるタイミングは見事だったな。アレがズレていれば目論見は水の泡だったぞ」

 

「だ、だけど、賭けには勝ちました! 僕は浮遊都市の守護者を味方にできた! 大魔王、貴方の負けです!」

「おい、我々は味方になったわけでは――」

「ん? 負け、だと?」

 

 ギルド武器を持っているから仕方なく、とそんな天使の言い分を遮り、恐るべき闇の波動が場を満たす。

 殺気とも怒気とも言い難い、死を身近に感じる危険な気配だ。

 ギルド武器の恩恵を受けていなければ、人間などスライムのように溶けていたかもしれない。

 

「ああ、『戦闘は始まる前に終わっている』なんて昔の仲間も言っていたが、確かに情報を収集して戦いを優位に進めようとする行為は正当だ。しかし、勝敗が決まっている戦いなどに意味などあるのだろうか?」

 

 大魔王は七匹の蛇が絡み合う黄金の杖(レプリカ)をとり出し、下端部分を石畳へ叩きつける。

 

「お前は今――ギルド武器を持ち、天使たちの戦力を得、勝利を確信した。勝敗がどう転ぶか判らないこの時点で……。虚勢なら解らないでもないぞ、強大な力を持っていると相手に誤認させて戦闘を優位に運ぼうというのならな。だが私は、戦う前から勝ち負けを論ずるのは好きではない。勝負は何が起こるか分からない、だから面白いのだ」

 

「お、面白さなんかいるもんか! 僕はエンリとネムさえ返してもらえればそれでいいんだ! 大魔王、二人を返せ! さもないとっ」

 


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