骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第39話 「AI魔王」

 瞳を輝かせるデミウルゴスの称賛を受けても、大魔王としては微妙に嬉しくない。なぜならNPCの挙動を看破した理由が、ユグドラシルでの膨大な戦闘経験によるものだからだ。幾度も戦い、勝利と敗退を繰り返し、悟やギルメンと共に対抗策を練ったあの日々。今では数手見ただけで、どんなAIを使用しているのかが判る。

 またプレイヤーに関しても似たようなものだ。ユグドラシルで用いられていた戦法は、たいてい頭に入っている。魔法や特殊技術の組み合わせ、チーム戦での『いろは』。ガチ勢が当たり前のように使うPvPでの戦術など。骨の身に沁み込んでいるかのようだ。

 だからこそ、モモンガは面白くないと断じる。

 ユグドラシルでの戦いは磨き上げられ昇華しているのだ。戦う前から結果が見える、予測がつく。実際の戦闘で工夫して、大勢が覆ることは殆どない。相手も同じように工夫しているからだ。

 ワールドチャンピオンがいい例だろう。

 一対一ではまず勝てない。ならばどうするか? 答えは簡単だ。一対多になるようNPCを配置すればよい。相手の能力は把握しているのだから、勝てる陣営で挑めばいいのだ。勝利だけを求めるならばそれでよい。勝利だけ――ならば。

 モモンガは異世界へ来た意味を考える。

 “たっち”のような強者と戦いたいだけならユグドラシルで十分だ。それに勝敗なら全敗で確定しているので今更だろう。いくつか試したい戦術や切り札はあるものの、それはもはや実験であり勝負ではない。命を懸けた本当の戦いを望むのであれば、相手はユグドラシル要素の少ない異世界人が適任だろう。

 つまり未知である。自分の知らない未知の技、魔法。対処法など確立していない未体験の戦い。“武技”や“始原の魔法(ワイルド・マジック)”が該当するだろうか? 初見殺しになりかねない、危険で面白い相手である。

 

「そろそろ閉幕といこうか」

 

 大魔王の前で繰り広げられている天使と悪魔の斬り合いは、どうやら膠着状態に陥ったようだ。熾天使の一撃はアルベドの防御を突破できず、アルベドの稀に繰り出すバルデッシュによる反撃は大したダメージになっていない。魔力や特殊技術(スキル)の使用回数もあと僅かであるため、単純な戦闘技術のぶつけ合いだけが続く。

 双方共に膨大なHPを持つ100レベルだ。決着まで待っていると日が暮れよう。

 

恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)よ、なにか逆転の一手はないのか? 時間が経てば経つほど、超位の呪いがお前を蝕み弱くするぞ。現時点でも体が重いだろう? 力の減衰を感じるだろう? このままだと、少しずつ刻まれていく天使を見物するだけの観賞会だ。時間の無駄としか思えん」

 

「舐めるなよアンデッド! 最後の一人となっても貴様らを打ち倒してみせる!」

 

「ああ、HPを消費しての奥の手か? 今ならギリギリ2回使えるな。どうする?」

 

 追い詰められた熾天使が何を使うかなんて、ユグドラシルでは常識だ。モモンガ自身も痛い目を見た経験から忘れるわけもない。当然のように相手のHP残量を把握し、奥の手の使用回数とタイミングを見定める。

 

「くそっ、そこまで知っているのか? ……ならば、……それならばっ」

 

 熾天使は一歩引き、周囲へ視線を走らせる。

 そこには仲間たちの――即時蘇生可能時間が過ぎて光の粒子となっていく、盾持ち天使や支援型天使たちの残骸が転がっていた。こうなればNPCである己に蘇生は不可能。“真なる竜王”との決戦で死亡した外征組と同じく、帰らぬ主が戻るまで無と成り果てるのだ。

 

「うおおおぉおお!! 人間! それをよこせぇ!!」

「なにっ?」

 

 天使たちのはるか後方で、ギルド武器にしがみ付いて蹲っていた少年。その者に向かって熾天使は飛んだ。

 まさかの敵前逃亡である。

 背中を向けられたアルベドはもちろん、大魔王も呆気にとられる意外な一手だ。

 今更装備も出来ないギルド武器を奪取したからといって、なにが変わろう? ギルド拠点を防衛する者としては、確保したい最重要アイテムなのだろうが……。無駄としか思えない。

 少年ンフィーレアのように全ての制約を取り払って使用可能とならない限り、熾天使にとっては奇妙な形の大剣型オブジェでしかないのだ。

 

 ――『敵意を確認。自動防衛システム作動。迎撃開始』――

 

 ふいに響く、感情を伴わない警鐘。

 それはンフィーレアが抱き付いている、枝分かれしていて鞘に入らないであろう大剣――ギルド武器から聞こえていた。

 

『目標、天使。――〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉』

 

 微かな発光の後、次元を斬り裂く魔法の刃が放たれた。飛びかかってくる熾天使を左右に斬り分ける、真正面からのクリティカルコースである。

 流石の恒星天の熾天使(セラフ・エイスフィア)でも手痛いダメージを負うだろう。HPの残量から判断すると即死には至らないかもしれないが、ギルド武器奪取の勢いは確実に削がれる。

 

「ぐぎぎぎぃぃぃ! う、うでがぁ!!」

 

「おお、あの間合いで頭部への直撃を避けたか。たいした反応速度だな」

「モモンガ様、あのギルド武器は危険かと。わたくしから離れないでいただけると嬉しいですわ」

「同意見です、と言いたいところですが、アルベドがモモンガ様から離れたくないだけではありませんか? こんな状況で油断は止めてくださいよ」

「私ガ先陣ヲ切リマショウ。アノギルド武器、斬リ裂イテ御覧ニ入レマス」

「お待ちをコキュートス殿、確かギルド武器の破壊は拠点の崩壊に繋がると……」

 

 熾天使の左腕が斬り飛ぶ様子を後方から眺め、モモンガを始めとするナザリック勢は警戒を強める。

 ギルド武器の自動迎撃システム。

 ナザリックのギルド武器にも組み込まれている特別な防御機能だ。膨大なデータ量を保持できる特性を生かし、本来武器には入れられないはずのAIが入っているギルド武器。いわゆる“意思を持つ武器”である。

 

「ふふ、そうかそうか、浮遊都市のギルドは〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉を選択したのか。“アインズ・ウール・ゴウン”では範囲攻撃タイプにすべきとの意見から見送っていたのだが……。間近で見てみると悩むところだなぁ。入れてもよかったかもしれんなぁ」

 

「モモンガ様、あの小僧は如何いたしましょう? ギルド武器を所持しているからか、〈支配の呪言〉に反応いたしませんが……」

「ん~、そうだな。少し見物して――」

 

「おのれぇ! 〈大治癒(ヒール)〉! この人間があっ! 我らが主のギルド武器をっ!!」

「く、くるなぁ! この武器が欲しいなら、ま、魔王を倒して! お願いだからっ!」

「黙れぇええ!!」

 

 涙目の少年ンフィーレアへ、再度熾天使が襲い掛かる。

 多少疲弊しているとはいえ、流石はレベル100だ。失ったはずの左腕も回復しており、あと数回第十位階魔法を喰らっても、少年の首をもぎ取るには支障ないかと思われる。

 

『危険度上昇、防衛戦力召喚――“剣の守護者(ガーディアン・オブ・ソード)”、“盾の守護者(ガーディアン・オブ・シールド)”』

 

 少年の意志とは関係なく、ギルド武器は独自に判断を下す。迫りくる天使が、同じ拠点の味方かどうかも関係ない。持ち主に危険が及ぶのであれば、最適な判断で障害を排除するのだ。

 

「このっ、邪魔だぁ!」

 

 新たに召喚された二体の騎士らしき存在へ向けて、神器級(ゴッズ)のハルバードを横殴りに振るう。どうせ自身よりレベルの低い召喚モンスターだ。一撃で二体を上下に分断し、勢いのままに人間を潰す。

 そして(あるじ)のギルド武器を取り戻すのだ。今はそれしか頭にない。

 

『パリィ!』『高速剣!』

「なにぃ!?」

 

 姿が隠れるほどの巨大な盾を一部砕かれながらも、特殊技術(スキル)で剣戟を弾き、その隙にもう一体が両手剣の斬撃を熾天使へ浴びせる。

 息の合った連係だ。

 盾持ちの騎士はダメージを負いながらも、『死ぬまで壁役を担う』とばかりに立ちはだかる。剣持ちの騎士は重い一撃よりも命中率を上げ、少しでも熾天使のHPを削るつもりのようだ。

 最初から勝つつもりなどないのだろう。

 どれだけ時間を稼げるか? どれだけ足を引っ張れるのか? そのためだけの捨て石なのだ。

 

『再度設定。目標、天使。――〈重力渦(グラビティメイルシュトローム)〉』

「ぐっ! このっ!」

 

 ある種のゴーレム的思考回路、かと思えるギルド武器の無感情な発言、そして魔法攻撃に、熾天使は自身を回復させながら立ち向かう。

 

「なめるなよ人間! 身の程を知れ!! 〈神炎(ウリエル)〉!」

 

 なけなしの魔力を使い、矮小な人間を神の炎で包む。これは使用者のカルマ値が善に傾いているほど威力を発揮する第十位階魔法だ。本来なら魔王へぶち込む予定だったのに、虫けらよりも価値の無い人間ごときに使う羽目になろうとは……。ギルド武器を取り戻すためとはいえ、なんとも皮肉な話である。

 

「――っ! ――!」

 

 悲鳴を上げる暇などない。人間の肉体など塵も残さず消え失せる。まるで魂さえ燃やし尽くすかのように。

 その場に残るのは、神の炎に炙られた奇妙な形の大剣のみ。数百年ぶりにあるべき場所へと帰ってきた、浮遊都市の要にして替えのきかない至宝。

 八欲王が遺した八武器の一つにして、最重要アイテム、ギルド武器である。

 

「む? ギルド武器ごと攻撃しただと? ギルドの守護者が? 一撃程度で壊れはしないと理解していても、手出しは出来まいと思っていたのだが……。う~む、NPCの成長とは侮れないものだな」

「わたくしであれば躊躇なく、徹底的に破壊してみせますわ。モモンガ様」

「アルベド、論点が違っていますよ。それよりモモンガ様、“レア”である人間“ンフィーレア”が死亡してしまいました。如何いたしましょう?」

 

 デミウルゴスが人間の心配などをするわけはない。モモンガ様の“レア”であるから気をかけるだけだ。

 

「そうだな、あの小僧は下位の蘇生魔法でも1回だけなら耐えられたはずだ。あとで生き返らせておけ。それと、今回の記憶は消した方がいいな。繁殖作業に邪魔だろう」

「はっ、御命令のままに」

 

 ンフィーレアには“生まれながらの異能(タレント)”がある。人間種を強化する上でも此処で処分するにはもったいないと言えるだろう。

 ただ、蘇生を拒否する可能性も有ると言えば有るのだが、“エンリ”や“ネム”に心を残しているのなら、さほど気にする必要もないのかもしれない。

 

「モモンガ様、少しよろしいでしょうか?」

 

「どうした? セバス」

 

 盾持ち天使を叩き潰した後、熾天使に警戒しながら前衛に立っていたセバスは、頭の奥に残っていた『気掛かり』について大魔王へ語る。

 

「あの少年に協力した老婆ですが。私はそうと知らず、先日まで竜王国にて帯同しておりました。処分は私に御命じください」

 

 モモンガ様に反旗を翻していた老婆を、何も知らずに竜王国で鍛えていたとは、己の愚かさに殺気すら覚える。セバスの思考とは、このようなモノであろうか?

 

「老婆か。一応“レア”な知識持ちだったから生かしておいたが、今となっては特に価値など無いしなぁ。とはいえ、処分する必要性も感じない」

 

「よろしいのですか?」

 

「ああ、今回のように私を楽しませてくれるのであれば、生かしておく価値もあろう。色々と暗躍して欲しいものだな」

 

 裏で何かを企むのは、決して悪いことではない。

 ユグドラシルでもサプライズイベントはあったし、“糞運営”とか叫んでいた悟も、どこか嬉しそうに無理難題へ挑んでいたものである。

 だから老婆には期待しよう。

 企みの果てに、大魔王を討伐するかもしれない――という可能性を信じて。

 

 

 

「あはは、あはははは!! やった! ついに主様のギルド武器をとり返したぞぉ!!」

 

 鞘に収まらない奇妙な形状の大剣を抱きかかえて、熾天使は一人、数百年に及ぶ悲願達成に涙する。

 ただ、その者の近くには誰も居ない。

 守護を担っていた天使たちは皆地へ伏し、手先から光の粒子へ変換されようとしている。プレイヤーが残っていれば『復活のために消費する金貨がどれぐらいか?』と金策に頭を悩ませる状況だろう。だけど、浮遊都市の主たる“八欲王”は消滅し、マスターソースを操るものなど存在しない。

 そう、誰も居ないのだ。

 

「これで、これで主様もお戻りになるに違いない。ギルド武器を玉座へ運べば――」

『装備者の死亡を確認。敵勢力による強奪を認識。妨害行為始動、――〈黒曜石の剣(オブシダント・ソード)〉」

「なっ?!」

 

 抱き締めていた剣から流れる無感情な敵意に対し、咄嗟に身をかわそうとしたところで背中に衝撃が走る。

 盾の守護者(ガーディアン・オブ・シールド)剣の守護者(ガーディアン・オブ・ソード)だ。

 召喚されたままの二体は、熾天使の無防備な背中へ盾ごと、そして剣ごと突っ込み、多量の血を流させる。と同時に、ギルド武器が放った“意思を持ったかのような黒き剣”からの逃げ道を塞いだのだ。

 

 丸太を叩き斬るような重い音が響くかと思いきや、思っていたより軽い裂傷音。

 やけに生々しく、心臓の鼓動を感じ取れそうなほどドクドクと溢れ出る真っ赤な血流に、転がり落ちる天使の首。

 ギルド武器はだらりと垂れ落ちる両腕から逃れ、フワフワと漂う。その傍には二体の騎士が寄り添い、未だ警戒態勢が解けていないことを示していた。

 

「たいしたものだな。装備者が殺されてからの反撃まで組み込んでいたのか。これなら相手も油断しているだろうし、嫌がらせには充分と言える」

 

 大魔王が語るように、プレイヤーを殺したにも拘らずその装備品が反撃してきたら、どんな相手でも度肝を抜かれるに違いない。あの“ワールドチャンピオン”や“リアル軍師”以外なら手痛いダメージを負うはずだ。当然、魔王たる自分も例外ではない。

 なお、ナザリックのギルド武器には装備者死亡後の反撃など組み入れてはいない。そんな無粋な真似は勇者に失礼というものだ。大魔王が倒されたなら世界は平和になる。余計な横ヤリは不要。『討伐されし大魔王、跡を濁さず』である。

 

「モモンガ様、アノ武器ハ如何ナサレマスカ? 御命令イタダケレバ、即座ニ斬リ捨テテ御覧ニ入レマスガ」

 

「むぅ、どうするかな」

 

 浮遊都市のギルド武器は、一日に一度しか使用できないと思われる高位魔法をいくつか使用している。召喚体もすでも顕現させているので、手の内はほぼ晒していると言えよう。これならコキュートス単独でも撃破は可能かと思われるが……。

 

「装備者が死亡しているのだから、すぐに警戒態勢は解かれるだろう。とはいえ、このまま待っているだけ、というのも芸がない。……パンドラ」

 

「はっ、御傍に」

 

「あのギルド武器を破壊すると、どうなる?」

 

 魔王は骨の人差し指を真っ直ぐ伸ばし、持ち主の居ない――ユラユラと浮かぶ大剣を指し示す。

 

「はい、ギルド武器が破壊されたならば、この浮遊都市は拠点としての機能を失い、NPC制御・自動修復・マスターソース管理などが消滅します。宝物殿もシステムから放り出されることでしょう。加えて、浮遊がギルド拠点として後付のモノであるなら、落下すると思われます」

 

「そうか、最初から浮遊していたならギルドの拠点システムが無くなるだけで、浮遊島自体はそのまま――いや、それはユグドラシルの場合だな。この世界でも通用するかどうか……。検証するにしてもやり直しがきかんしなぁ」

 

『なんとなく落下するような気がする』とモモンガは、どんな原理で浮いているのか解らない浮遊都市の処遇に頭を悩ませる。

 別に浮遊都市自体が崩壊消滅しようが知ったことではない。ユグドラシルでも数多のギルド拠点を潰してきたのだから、気にするほどのことでもない。ただ、異世界におけるギルド拠点は貴重だ。見物してみたいし、色々実験に使ってみたい。持っていけるなら、ナザリックの上空にまで運びたいと思っている。

 

「マスターソースを起動し活用するには、やはりギルド武器を装備し、ギルドマスターとして認識してもらう必要があるな。だが、タレントで装備してもマスターにはなれなかった。う~む、ギルドの乗っ取りは無理そうだなぁ」

 

 大魔王が浮遊都市へ足を運んだ本当の理由。それは“レア”の人間を使って、ギルドを乗っ取れないか? という試みのためであった。

 生まれながらの異能(タレント)でギルド武器を装備できるなら、玉座まで赴き、マスターソースを起動できるだろうと。そうなればギルマス権限を行使できるのではないかと、そう考えていたのだ。

 

「仕方ない、ちょっと面倒だが……。コキュートス、ギルド武器を破壊せずに無力化せよ。出来るか?」

 

「ハッ! オ任セクダサイ、モモンガ様!」

 

 ズシリと、重量感のある一歩を蟲王が踏み出す。

 相対するギルド武器は敵意を感じ取ったのであろう――召喚した二体の騎士を並べ、臨戦態勢だ。

 

「先程ノ戦イハ見セテモラッタ。天使カラ手痛イ一撃ヲ浴ビタコトモ知ッテイル。ナラバ、今コソ全テノ力ヲ出ス時ダ! 出シ惜シミナドスレバ、勝負ハ一瞬ダゾ!」

『敵意を確認。迎撃開始』

 

 襲いかかる蟲王の前に盾の守護者(ガーディアン・オブ・シールド)が立ちはだかり、その背後に剣の守護者(ガーディアン・オブ・ソード)が潜む。

 熾天使を相手にした時の連携だ。大盾でコキュートスの一撃を防ぎ、その隙に斬撃を浴びせる。それで怯んだなら、追撃としてギルド武器から攻撃魔法が飛んでくるのだろう。初見の相手には、それなりに有効で堅実かと思われる。

 初見であれば、だが。

 

「同ジ手ハ通用シナイ!」

 

 盾騎士に軽く攻撃を当て、次に飛び出してくるであろう剣騎士へ、全力で振り下ろす。『来る』と判っていれば実に簡単な作業だ。

 剣の守護者(ガーディアン・オブ・ソード)は完璧なタイミングで頭上から斬り裂かれ、左右に分割。返す刀で刻まれた盾の守護者(ガーディアン・オブ・シールド)は、膝を落としながらもコキュートスへボロボロの盾を向ける。

 

『危険度上昇、――〈朱の新星(ヴァ―ミリオンノヴァ)〉』

「ヌゥ、〈フロスト・オーラ〉!」

 

 強大な魔力の高まりを感じ、それが紅蓮の炎に姿を変えて己に向かってくると察すれば、すかさず冷気を全力で噴出させて相殺を目論む。

 火属性に対し、冷気属性をぶつけるのは基本中の基本だ。完全相殺が不可能であったとしても、ある程度の軽減は期待できよう。ギルド武器が用いる魔法には〈最強化〉などが付加されていないので、ガチ勢のプレイヤーほど警戒する必要はない。

 ただ、流石に炎系の対個人攻撃魔法として最高位を誇るだけのことはある。

 冷気のオーラを突き破り、コキュートスの鎧とも言える外皮を醜く爛れさせる火力。見た目ほどダメージは無さそうだが、かすり傷とは言えそうにない。

 

『守護天使召喚――〈門番の智

「サセヌ! 〈風斬〉!」

 

 召喚陣が形成される寸前、コキュートスから遠距離用の戦士系特殊技術(スキル)が複数放たれる。

 一つはギルド武器を激しく打ち弾き、城の門壁へ衝突させ、もう一つは動きが止まっていた盾の守護者(ガーディアン・オブ・シールド)の首を盾ごと斬り裂いた。

 

「手加減スキル発動! 〈フロスト・バーン〉!」

 

 コキュートスがよく用いる冷気属性の斬撃は、神器級(ゴッズ)武器“斬神刀皇”のふざけた威力だけではなく、冷気による追加ダメージ、そして移動阻害の状態異常など、ガチ勢でも手を焼きそうな凶悪さである。だけど手加減スキルを発動させておけば、相手のHPを必ず1だけ残すことが可能だ。

 無論、標的がギルド武器でも同じことである。

 

『――被害甚大、――戦闘継続不可能、――機能を停止する』

 

 まるで脳震盪でも起こしたかのようにフラフラと漂い、しばらくしてギルド武器はその動きを止めた。

 地上から少しだけ浮き上がり、持ち手を上に、刀身を下に。

 まるで誰かに所持して欲しいかのように。

 

「モモンガ様。御命令通リニ、ギルド武器ヲ無力化イタシマシタ」

 

「よくやったコキュートス。これでようやく、拠点の見物ができるな」

 

 部下の働きに満足げな表情――骸骨だが――を見せつつ、モモンガは輝きを失ったギルド武器をアイテムボックスの中へ放り込む。

 もはや役には立たないだろう。

 生まれながらの異能(タレント)持ちの人間が死亡している今、装備できる者はいないので表に出していても無駄なだけだ。『何かの拍子で壊れる』という可能性を考慮すると、異空間に収納しておいた方が安全だと言える。

 


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