骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第4話 「興奮魔王」

 

「カルネ、リ・エスティーゼ、バハルス、スレイン……。どれもユグドラシルとは関係なさそうな名称だな」

 

 第九階層の執務室にて、モモンガは情報収集の結果報告を受け取っていた。

 手にした報告書には聞いたことのない名称が並び、本当にここが別の世界なのだと思い知らせてくれる。

 

「はい、モモンガ様。村人の誰一人として、“ユグドラシル”に関する知識を持ってはいないようですわ」

「……統括殿、私の台詞をとらないで頂きたい。というより何故ここに?」

 

 村人の頭を覗いて情報を集める作業は、“タブラ”に変身したパンドラが担当責任者として行っていたことだ。故に主への報告もパンドラが行うべきであろうに……。埴輪顔の領域守護者が造物主の執務室へ到着したそのとき、何故かそこにはアルベドが待ち構えていたのだ。

 

「あら、ごめんなさい。モモンガ様に三十八時間も御会いできなかったものだから、つい気が逸ってしまったわ。くふふ」

 

「まぁいいでしょう。ではモモンガ様、この世界、異世界とでも言うべきこの地についてですが――」

 

 丸い穴のような目であるが故に睨んでいるのかどうかも不明なのだが、パンドラは守護者統括を一瞥した後で、報告の続きを行う。

 

「国家形態、流通通貨、使用言語、生活水準などを村人の知識レベルで纏めてございます。今のところ特筆すべき情報はありませんが、気になる点と致しましては“森の賢王” “生まれながらの異能”(タレント) “城塞都市エ・ランテル” “冒険者” “王国戦士長”などでしょうか?」

 

「そうだな、特に“生まれながらの異能(タレント)”は気になる。カルネ村とやらに通っていた魔法詠唱者(マジック・キャスター)が所持しているとのことだが」

 

 モモンガは骨の指で報告書の端をパシッと弾き、そこに書かれている“ンフィーレア”なる人間へ興味を寄せる。

 カルネ村の夫婦が娘の恋人候補として認識していた若い男であり、ユグドラシルに存在しなかった異能をもつ魔法詠唱者(マジック・キャスター)にして薬師。しかも所持している“生まれながらの異能(タレント)”は『どんな魔法具(マジック・アイテム)であろうとも使用可能』という破格の能力だ。

 好奇心という意味でも脅威という意味でも、関心を持たない方がおかしいだろう。

 

「その者は“城塞都市エ・ランテル”に居るとのことですわ。一軍を送り込んで確保いたしましょうか? モモンガ様(じゅるじゅる)」

 

「(なんだかしゃぶられそうな……)まぁ、待て。辺境の村人が持つ情報だけで動くのは危険だ。もう少しナザリック周辺の生き物から情報を集めるとしよう」

 

「その件ですが、我が造物主――モモンガさまっ。ナザリックは現状のままでよろしいのですか? 大草原の中に墳墓の地表部分がむき出しで、大変目立っておりますが」

 

 アルベドを牽制するかのように会話へ割り込んだパンドラの発言。それは確かに防衛という面で問題となる案件であった。

 しかし、骸骨大魔王モモンガは軽く笑って隠蔽を否定する。

 

「そのままでよい。確かに見知らぬ土地で目立つことは下策かもしれんが、私はユグドラシルの魔王だぞ。コソコソ隠れ潜むなど、私に相応しくない下劣な行為だ。この世界の勇者とやらが仕掛けてくるなら、あぁいつでも来るがよい。派手に暴れてやるとしよう」

 

「おおぉ」

「くふー! モモンガ様、マジかっけ!」

 

 確かに格好良かった。

「本気は出さないから、かかってこい!」とばかりに両手を広げるモモンガの姿は、どこへ出しても恥ずかしくない大魔王そのもの。勇者が何人襲いかかろうとも、勝てるとは思えない。

 

「とはいえ、戦うにしても重要なのはやはり情報だ。だからこそ――ん? どうしたアルベド」

 

 黒い翼をピクピクさせて今にもモモンガを押し倒そうとしていたアルベドだったのだが、突然“仕事のできる秘書”であるかのように厳しい表情をみせて大人しくなる。

 

「はっ、申し訳ありませんモモンガ様。たった今、周辺偵察に出ていた(しもべ)より報告が入りまして」戦闘開始とでも言わんばかりの静かな口調でアルベドは紡ぐ。「武装した騎士や戦士の人間種集団を複数発見、とのことです。如何いたしましょう?」

 

 武装しているとなればナザリックに害をもたらす可能性があり、ひいてはモモンガ様へ無礼を働く可能性もあるということだ。

 アルベドとしては、相手の強弱に関わらず皆殺しにしたくなる相手である。

 

「ふふふ、ようやくまともな情報を持っていそうな奴が出てきたな。……アルベド、前回同様拉致しろ。全員だ。もし(しもべ)が手古摺るような相手であるなら連絡を寄こせ、私も出る」

 

「「はっ!」」

 

 当然「御身が出ることなど」と言いたかったのだが、アルベドもパンドラも力を揮いたそうにしているモモンガを前に平伏するしかなかった。

 そう、魔王はウズウズしていたのだ。

 まともに勇者と戦えなかったユグドラシル時代。それがこの世界に来て叶うかもしれないのだから興奮もしよう。アンデッドだけど。

 互いの存在を懸けた死闘。何百手先を読み合い、カウンターやフェイクを用意し、骨を切らせて肉を断つおかしな消耗戦。血反吐を吐きながら――血液が流れていない骨だけど――最後には勝利を掴む、あの昂揚感。

 モモンガは最後まで勝てなかった一人の戦士を思い浮かべ、自嘲気味に笑う。

 

(魔王たる私が一度も勝てなかった、なんておかしな話だが、事実なのだからしょうがあるまい。とはいえ、まだ試していない新開発のアレをどこかの勇者へぶつけられるのならば、やらない手はないだろう。ふふ、ワールドチャンピオンの代わりとしては不足だろうがな)

 

 異変が巻き起こした転移により、別世界の武装集団と戦うことになったわけだが、モモンガに安全策を選ぶような気配は無かった。

 もしかすると、この世界にはモモンガを一撃で葬ることのできる強者が居るのかも――なんて考えていないのだろうか? いや、もしそんな勇者が居るのなら「魔王として派手に散るのも悪くはない」と期待しているのかもしれない。

 無論、“ぷにっと萌え”の教えに従い徹底的な情報収集の末に勝利を求めて戦うのだろうが、勝率を気にして撤退も視野に入れていた“鈴木悟”とは異なり、モモンガに『逃げ』はない。

 魔王は退かない。

 魔王は背を向けない。

 そして何者も――魔王からは逃げられない。

 だからこそのラスボス、ユグドラシルの大魔王なのだ。

 魔王は遥か高みから勇者を見下ろし、圧倒的な暴力で蹂躙する。最強であり、物語の最後を飾る災厄の王。

 倒されたならば、世界は平和になってメデタシメデタシというわけだ。

 

「さて、楽しみだ……」

 

 モモンガは、まだ見ぬ『自分を倒してくれるであろう勇者』へ想いを馳せる。

 村人の記憶にあった伝説の魔獣“森の賢王”や王国最強の“王国戦士長”など、この世界には力を持った未知の生き物がそれなりに多そうだ。

 まるでそう、悟とユグドラシルの地へ初めて降り立った、あの時と同じような状況であろうか? 気分が高揚する感覚も似ている。まぁ、当時は魔王ではなく骸骨の魔法使い(スケルトン・メイジ)であったが。

 

(この世界ではどのような道を歩むのだろうか? 玉座を占領するだけの忘れられた魔王か? それとも世界を破滅に追い込む恐怖の大魔王か? ふふふ、勇者よ早く出てこい。でないと好き勝手に暴れてしまうぞ)

 

 もう“鈴木悟”も“たっち・みー”も居ないのだからな――と軽く呟き、モモンガは戦闘集団の捕縛へと向かう白い悪魔を見送る。

 アルベドは「守護者統括にしてモモンガ様の()()アルベド、行ってまいります」という耳慣れない挨拶を残し、左手薬指の指輪を撫でながら執務室から去って行った。

「うおぉぉいちょっとまてぇい!」と呼び止めておけばよかった、なんて魔王が後悔したのは、それから少し後のことだったそうな。

 

 

 ◆

 

 

 村人を集めたときと同様に、モモンガの周りには各守護者とパンドラ、そしてセバス率いる戦闘メイド(プレアデス)、加えて近衛兵やハンゾウたちが控えていた。

 モモンガの前には百名にも及ぶ武装した騎士や戦士、魔法詠唱者(マジック・キャスター)たちが静かに、且つ悲痛な表情でピクリともせず蹲っている。

 とは言いながらも、まぁ鎧を纏い弓と剣を所持していれば、それは確かに武装集団なのだろうが「そのレベルで武装していると言ってイイのか?」と、モモンガはナザリックの地上、霊廟前で乱雑に纏められて人形のように動かない人間たちを見下ろし、やれやれと出ないため息を吐いてしまう。

 

「なんだこの雑魚どもは? ユグドラシルではこんな低レベルの戦士なんて、見つけるのも難しいぞ。村人NPCじゃあるまいし」

 

「申し訳ありません、モモンガ様。今回捕縛いたしました者どもは、私の『支配の呪言』が効く程度のゴミでございまして、最高でもレベル30に届かない弱者でありました。ですが――」

 

 絶対の支配者であるモモンガ様に御足労頂いたことは申し訳なく、としながらも、デミウルゴスは事前に行っていた聴き取りの成果を告げる。

 

「この者たちは、現地において中々の強者であると思われます。スレイン法国の一般兵と特殊部隊、リ・エスティーゼ王国の戦士長と隊員たち。モモンガ様、どうやらこの世界の平均戦闘レベルですが……ユグドラシルと比べて格段に落ちるのではないかと」

 

 知恵者デミウルゴスの言葉ならほぼ間違いないのであろうが、モモンガとしては「う~む」と不満を漏らしたくなってしまう。ユグドラシルで出来なかった華々しい最終決戦を期待していたというのに、目の前で膝を付いている噂の戦士長とやらは装備からしてみすぼらしい。

 これでは魔法訓練の的にもなりはしないな、と愚痴を吐きたくなった――そんな頃、モモンガの隣にはアルベドが忍び寄っていた。

 

「モモンガ様、落胆される必要はありませんわ。その戦士長とやら、面白そうなモノを所持しているようです」

 

 姉からの情報を自分の手柄であるかのように振る舞う統括には、デミウルゴスとしても渋い表情にならざるを得ないが、「獲物には手を触れておりませんので、どうぞ」と鉄面皮で迫りくるアルベドに、モモンガは「う、うむ」と気を取り直して魔法探知(ディテクト・マジック)を行使し、戦士長と呼ばれる人間の手から無視できない反応を得る。

 それは指輪であり、大魔王が手にするにはあまりに地味なモノ。

 だが道具上位鑑定(オール・アプレーザル・マジックアイテム)で判明したその性能は、ナザリックにおいても希少と言える価値があったのだ。

 装備した者の能力を引き上げる、とはよくある能力上昇の魔法具(マジック・アイテム)でしかないが、その上昇率は神器級(ゴッズ)に匹敵するレベル。しかも、製造工程が全く解らない未知の品である。

 魔王の興味を引くには十分すぎるアイテムであった。

 

「これは凄いな。指輪タイプでこれ程の能力上昇とは……。雑魚が持つには過ぎたアイテムであろう。それにどうやって作ったのかも興味がある」

 

 モモンガは「データクリスタルを消費しないで神器級(ゴッズ)が作れるのなら、ナザリックの戦力増強にも繋がる」なんて少しワクワクしながら、脂汗を流して必死の抵抗を試みている戦士長らしき男の頭を掴む。

 

 〈記憶操作(コントロール・アムネジア)

 

 神の魔法で記憶を覗き、指輪の手掛かりを探る。ついでにどの程度の人物なのかを軽く読み取り「本当に村人が言っていた王国最強の戦士なのか?」と、そんな疑問の答えを記憶の海から拾い上げようと試みる。

 

「ふ~む、指輪は老婆からの貰い物か。それと……ん? 武技(ぶぎ)? なんだこれは? 特殊技術(スキル)と似ているが、この世界特有のものか? ふむむ、ならば魔法職の私にも使えないかなぁ」

 

 ユグドラシルの(ことわり)がこの世界へ干渉している――位階魔法や職業(クラス)による装備規制など――のは実証済みだが、この世界の(ことわり)がユグドラシル発祥の自分たちへ干渉できるのかどうか。

 試してみる価値はある。

 

「コキュートス」

 

「ハッ!」

 

「この人間を預ける。武技(ぶぎ)とやらの達人らしいから、ナザリックの者たちに伝授可能か試してみよ。無論、コキュートス自身が体得できるのかどうかもな」

 

「畏マリマシタ。オ任セクダサイ!」

 

 ライトブルーの蟲王は、久しぶりの勅命に嬉しさを抑えきれないようだ。己の部下に手早く実験素材となる人間を確保させると、新しいオモチャでも弄るかのように四本の腕で王国戦士長“ガゼフ”を転がす。

 

「ははは、凍らせて殺すなよコキュートス。さて他には」

 

「モモンガ様、次は私が」今度は自分の番だと言わんばかりに守護者統括を押し退け、デミウルゴスは「こちらのスレイン法国特殊部隊の隊長をご覧ください」と一人の魔法詠唱者(マジック・キャスター)を引っ張り出してきた。

 

「スレイン法国か……」

 

「はい、人間至上主義の国家と情報を得ておりましたが、正にその通りであったようです。他の種族へ情報を渡すぐらいなら死を選ぶと、特殊部隊員全員に呪いにも似た情報隠匿の儀式魔法が付与されておりました」

 

 デミウルゴスが言霊による支配を行って命じたのは「静かに」と「動くな」の二つだけであり、両方とも情報を求めるような命令ではなかった。それにも拘らずスレイン法国の特殊部隊員は皆、血を吐き出さんばかりに暴れ狂おうとしたのだ。実際は指一本動かせず、叫び声を上げることも叶わなかったが。

 スレイン法国が国家として、機密情報を漏らさないために行った手法の一つなのだろう。理解はできなくもないが、モモンガにとって人間の生き死になどどうでもよいことだ。どうせ情報を抜き取った後は、食ったり、巣にしたり、召喚実験に使ったりするのだし、気にするまでもない。

 ただ、情報収集を邪魔されるのは癇に障る。

 

「呪いか……。解けるのか?」

 

「はい、問題なく。ルプスレギナでも大丈夫かと思うのですが、ここは大事をとってペストーニャを呼ぼうかと考えております」

 

「う~ん、ペスは今、ペットの世話で忙しいだろうからなぁ」

 

「モモンガ様が(しもべ)の都合を気にする必要など」と口にするデミウルゴスを片手で抑え、モモンガは傍らで大人しくしている最高傑作に出番を与えるべく、名を呼ぶ。

 

「パンドラ、“やまいこ”に変身して力を揮え。出来るな」

 

「はっ! お任せくださいモモンガさまっ!」

 

 予測していたのか用意していたのか? まったく間を置かずに反応したパンドラは、瞬時に半魔巨人(ネフィリム)へ変身すると、その巨大で醜悪な右手を掲げる。

 一方、そんな彼の姿を見た戦闘メイド(プレアデス)の一人が、メイドにあるまじき息をのんで姿勢を崩しかけるという不始末をしでかすのだが、モモンガは見て見ぬふりをした。主が何も言わぬのだから、セバスや守護者たちも不動にて無言である。

 

「至高の御方が揮う力の前には、呪いなど塵芥に等しい! 全て消え去りなさい!」

 

 物事一つ一つに全力なのは喜ばしいと、造物主であるモモンガならば頬の一つでも緩ませるところなのだろうが、骨だから無理だと突っ込む前に困った事態が巻き起こってしまった。

 パンドラが放った光の前に全ての呪いは掻き消える。そう『支配の呪言』さえも。

 

「やった! 動けるぞ!」

「き、貴様ら! 私が逃げるのを援護しろ!! 金ならやる!」

「戦士長! 今助けます!!」

「止めろっ! 無駄死にだ! 私に構うな!!」

「スルシャーナ様! 我らは信徒です! どうか御慈悲を!」

「神?! 我らの神なのですか!!」

「何をやっている?! 我らの神は殺されたのだ! こやつはアンデッドモンスターに過ぎん! 早く天使で壁を作れ! 最高位天使を召喚する!!」

 

 四つん這いで逃げ出す者、泡を吐いて騒ぐ者、死を覚悟して剣を抜く者、そして生き延びようと水晶の塊を取り出す者。

 それらは皆が皆、必死に己の意思を貫こうと足掻く――か弱き勇者たち。

 魔王たるモモンガはなんとなく「元気だなぁ~、でもうるさいなぁ」と縁側で日向ぼっこでもしている御爺さんの心境でほっこりとしていた。

 

「あ~、人間は脆いから潰すなよ。アウラも魔獣たちに手加減するよう指示しておけ。マーレも植物で拘束するのはいいが、何体かバラバラになっているぞ。もっと緩く緩く。それとシャルティア、血を出さないように工夫するのは素晴らしいのだが、首がブラブラしているぞ。確実に死んでいるだろそれ。あとパンドラ、他の守護者に仕事を分け与えようとするのは構わん。だが、いきなりだとビックリするだろ? 今度から何かやる前には教えてくれ」

 

「はっ、流石はモモンガ様! 何もかもお見通しとはっ!」

 

 ナザリックの絶対支配者の前で仕事らしい仕事ができたのは、デミウルゴスを含む数名でしかない。他の物たちには割り当てられた業務こそあるものの、『御方の前で』となると機会に恵まれてはいなかったのだ。

 だからパンドラは人間どもを『呪言の支配』から解放し、逃走者の確保という仕事を強引に用意したのである。もちろん、今の内に別世界の人間――特に戦闘職――がどのような存在なのかを知っておいてほしい、との目論見もあるのだが……。報告書に書かれた文字や数字だけでもある程度は得られようが、やはり実際に触れてみないと判らないことも多いのだ。

 ちなみにこの行為は、アルベドからすると「余計なことを」であり、デミウルゴスからすると「悪くない配慮ですね」となるらしい。

 

「まぁよい。それより面白いモノが転がり出てきたな。シャルティア、お前が背骨をへし折ってしまったその男、確かスレイン法国の特殊部隊を率いていた隊長だったか? 掴んでいる水晶を持ってこい」

 

「はい、かしこまりんしたモモンガ様!」

 

 御方から何かを命じられるというのは、下腹部によからぬ刺激を受けるほどの快感なのかもしれない。シャルティアは泡を吹いている男の手から水晶をもぎ取ると、寝所へ呼ばれたかのごとき勢いで魔王の前へと駆けこんでいた。

 

「ほう、”魔封じの水晶”か。まさか、この地で作られた魔法のアイテムが偶々ユグドラシルの物と似ていた――なんてくだらない冗談じゃなかろうな」

 

 魔王は笑う、好敵手の存在を感じて。

 

「プレイヤーが持ち込んだか。ふふふ、嬉しいものだな。異界の地には弱者ばかりではなく、本物の勇者も居るようだ。ならばナザリックの力を存分に揮うことができよう。“システム・アリアドネ”によって拠点内に縛られていたユグドラシル時代とは違う、攻撃型ナザリックの真価を見せて――」

 

 興奮気味の魔王に引きずられて「おおおぉ」と感激の声を上げていた(しもべ)らであったが、ふと言葉を切ったモモンガが手元の水晶を睨み付けたことで緊張に包まれてしまう。

 

「モモンガ様、シャルティアが何か粗相でも?」

「アルベド! おんしは黙りんしゃい! モモンガ様、何か問題がありんしたならおっしゃってくんなましな」

 

「いや、この水晶には探知魔法が掛かっていたようでな。使用したり所有者が代わったりすると合図が送られるらしい」

 

 モモンガは「よく有ることだ」と気にもせず「では次に何が起こる?」などと、守護者を前にして授業でも始めるかのように問題を出していた。

 

「モモンガ様に持って頂いたことを感謝するでありんす!」

「シャルティアさぁ、今はまだ所有者が代わったことぐらいしか判んないんじゃない?」

「そ、そうだね。どこかで警報が鳴ったぐらいだと思う……よ?」

「部隊ヲ整エ、奪還ニ来ルノデハ?」

「コキュートスの言うように奪還の用意は整えるだろうけど、まずは情報収集だろうね」

「そうね、魔法による探知を行って事態の把握に努めるはずだわ」

「となるとぉ、もうそろそろモモンガ様へ向けて探知魔法が発動されるのですね! なんとも許されざる行為ですっ! ここは一つ、カウンターマジックを用意いたしましょう!」

 

 ぐねぐねと変身しはじめたパンドラと、正解を言い当てたであろう守護者たちを片手で制し、モモンガは「何も問題は無い」とばかりに口を開く。

 

「お前たちの予想通り、アイテムの新たな所有者を特定するため、スレイン法国とやらは魔法によってこの場を覗き見ようとするだろう。だが残念」

 

 魔王は軽く笑って、第十階層に安置されている自慢の一品を披露する。

 

世界級(ワールド)アイテム”諸王の玉座”! この秘宝により、ナザリックの地表に居る我々への干渉は不可能。しかも込めてあるカウンターマジックは破格も破格!」

 

 ”諸王の玉座”はぶっ壊れアイテムの名に相応しく、設置された拠点への干渉を完璧に妨害する。しかも発動したカウンターマジックは回避不能。世界級(ワールド)アイテムでも所持していればターゲティングされないだろうが、そんな確率はゼロに等しい。

 ユグドラシルでも地下墳墓を入手した直後、多くの探知特化プレイヤーがちょっかいを掛けてきたのだが、それらを粉々にしたのがナザリックの誇る最強魔法詠唱者(マジック・キャスター)、ワールド・ディザスターの“ウルベルト”が切り札。

 そう、普通は不可能なのだが”諸王の玉座”にはどんな魔法でも永続カウンターマジックとして込めることが可能であると解明され、ウルベルトが悪乗りしたのだ。

 その魔法の名は〈大災厄(グランドカタストロフ)〉。

 幾人もの探知特化プレイヤーを木端微塵にし、違法改造だと多くの苦情を発生させた超位魔法をも凌駕するMP大喰らいの一撃。

 そんな大花火を久しぶりに見ることができるのだから、モモンガとしても興奮しない訳がない。たとえアンデッドであろうとも。

 


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