骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第40話 「落城魔王」

「ではハンゾウたち、行くがよい」

 

 パチリと骨指を鳴らした魔王に呼応し、二十数体にも及ぶ忍者型モンスター“ハンゾウ”・“カシンコジ”・“フウマ”が姿を見せる。

 今の今まで、戦闘には一切関与させてもらえなかった護衛たちだ。天使が放つ神聖属性魔法をモモンガ様が喰らっているというのに、他の守護者が盾持ち天使たちに足止めを受けているというのに……。眺めることしかできなかった憐れな存在だ。

 主の命令故に仕方ないとは言え、カルマが中立で高レベルのハンゾウたちは天使にとって有効な傭兵モンスターである。だからこそ、使い捨てであろうとも戦闘へ投入して欲しかったと思わずにはいられない。

 

「城の奥を探れ。それと、面白そうなアイテムがあれば念話で知らせろ」

「はっ、かしこまりました、モモンガ様」

 

 気合が入り過ぎているのを悟られぬよう冷静に答え、ハンゾウたちは消えるように散った。

 目指すは浮遊都市の中枢である城の最深部、ギルド拠点の中心とも言える玉座。そして“レアアイテム”である。

 

「そちらはどうだ? パンドラ。皆の回復状況に問題はないか?」

「はい、特殊な状態異常を受けることもなく、あとは自己治癒で賄えるかと。想定していたよりダメージ管理が上手く働きました。神聖属性の耐性防御をしっかり整えていた御蔭でありましょう」

 

 属性防御はプレイヤー戦でも重要な項目の一つだ。弱点の多い異形種であるならば、決して目を逸らしてはいけない。ましてやモモンガはアンデッドだ。対策をしていても貫通ダメージを受けるのだから、無対策なんてことはありえない。カルマ値の特攻ボーナスも含めたら、天使相手に即死だって考慮する必要があろう。

 

「ふむ、初のチーム戦としては悪くなかったかな。皆、よくやった」大魔王は片手を上げ、歓喜に身を震わせる守護者たちへ労いの言葉をかける。相手が経験の浅いNPCであったとは言え、拠点防衛を担う守護者であったのだ。それを撃破したのなら、働きとしては十分だろう。地上都市へ攻撃を仕掛けている別動隊も含め、何か褒美をとらせたいところである。

「さてハンゾウからの念話がくるまで、アウラたちの状況でも確認しておくか」

 

 巨大な城の探索には時間がかかろう、とモモンガは〈伝言(メッセージ)〉を起動させ、迎撃に出てきた天使たちを追い回している闇妖精(ダークエルフ)の双子を呼び出すが……。

 

『モモンガさまぁ~! まだ仕留め切れていないんです。ごめんなさい!』

「ほう?」

 

 アウラとマーレの部隊は、それだけで世界を滅ぼせるほどに強力だ。相手がプレイヤーであったとしても後れをとるとは思えない。

 

「手強い相手でもいたのか?」

『あの、え~っと、強いわけではないのですけど、すっごく速いんです。指揮官らしき二体の天使がマーレのドラゴンでも追い付けないほど逃げ回っていて、あたしの弓でも致命傷には至りません』

 

 アウラの弓でも駄目、となると相当な速さだ。恐らく“アインズ・ウール・ゴウン”に所属していた速さ特化の変態並みに、ステータスを偏らせているのだろう。飛行可能な天使系と相性の良いビルドだから驚きはしないが、ギルド拠点の防衛には向かない気がする。

「全ての攻撃を躱せばどうということはない」なんて変態忍者みたいなヤツが侵入者を迎え撃ってどうするというのか? それでは自慢の速度を生かせないだろう。だとするならアウラとマーレが追い回している天使は、防衛というより斥候・偵察用NPCに違いない。

 竜王との決戦に置いていかれた理由が解りそうなものだ。

 

「むぅ、シャルティアなら追いつけるか? いや、追い付けなくとも攻撃範囲まで近付ければ倒せそうだが……。いやそれより、ツアーに協力させたほうが面白いか? 拠点NPCが持ち場を放棄するとも思えんが。むむむ」

『モモンガさま?』

「ああ、すまないアウラ。その天使は放っておけ。無理に倒さず、監視だけに留めよ。私たちは今から浮遊都市の城内を見回ってくる。何かあれば知らせよ」

『はい、かしこまりました、モモンガ様!』

 

 逃げ回る蠅に興味など無い。有効活用する必要性も感じなかった。

 唯一価値がありそうなのは経験値だが、それだけのために憐れな天使を追い回すなど魔王の所業ではない気がする。

 魔王は挑戦を受ける側だ。勇者を待つ立場であり、“散歩”だ“遠足”だと言って出歩く存在ではない――と、浮遊都市まで“旅行”に来ておきながら、勝手な理論を展開する魔王様であった。

 

 

 

「モモンガ様、ただ今戻りました」

「ハンゾウか、早かったな。……それで? 城内の構造は把握できたか?」

「はい、この城は五つの層で構成されております。各層は城の中とは思えぬ広さで、全体像は未だに掴めておりません。ですが、第五層の玉座までなら問題なく。次の層へ進むための大扉――“転移門”は魔力さえ注ぎ込めば起動しますし、(トラップ)の類も停止しております」

 

 大魔王の前に跪くは三体の忍者。その全員が“ハンゾウ”と呼ばれる傭兵モンスターである。

 

「流石に大手ギルドだな。課金拡張も廃人レベルだろう。とはいえ、プレイヤーの居ない拠点は憐れなものだ。各層はナザリックと同じく別次元で展開しており、『壁を壊して次の層』なんて不可能だから“転移門”での移動が一般的。だから、その大扉をNPCや即死罠(デストラップ)の組み合わせで護るのだが……。金貨枯渇でNPCはいない、(トラップ)も動かない」

 

 魔王は紅く輝く瞳で浮遊都市の中心たる城を眺め、軽く息らしきモノを吐く。

 

「ユグドラシルの終焉時期を思い出すな。ここと同じような拠点がいくつも存在していたものだ。NPCをそのままにして放置、動けなくなるまで命令を守らせて、死んでも誰一人気にしない。人員や物資の無駄使いだな。ギルドを解散させるなり、誰かへ譲渡するなり出来ただろうに……」

 

「モモンガ様? なにか御不快なことでも?」

 

 不意に頭をもたげ始めた魔王の怒りは、誰に対するものだったのか? 問い掛けてきたアルベドには解らない。ただ、夫の怒りは妻の怒りでもある。旦那様を不快にさせた何者かに、それ相応の罰を与えるのは確定事項なのだ。

 

「ん? ああ、少し昔のことを思い出していただけだ」

 

 魔王にとって配下の僕たちは駒であり、勇者に倒されるのを遥か後方から眺めるだけの存在だ。千五百人のプレイヤーに攻め込まれた時も、復活の資金がいくら必要になるかと勘定していた記憶しかない。悟は何やら感情的になっていた気もするが……。

 モモンガが今回気にしていた点――それは(しもべ)の安否でも金貨の消費具合でもなく、敗者の痕跡である。いずれ己が辿るであろう魔王討伐、殺された後の光景についてだ。

 

「八欲王とやらの散りザマはあまり参考にならんな。今まで集めた情報からすると、八人のプレイヤーは仲間割れの最中に強襲され、NPCを率いた最終決戦でも竜王たちに敗走。相手の頭目は潰したものの、自身は過度のレベルダウンで対抗できず、そのまま押し切られて消滅。拠点は何百年も無様な姿を晒し、結局我らに侵略される有様とは」大魔王は来たるべき勇者との決戦、そして敗北に至る上での理想とする結末を夢想する。

「やはり華々しく散りたいものだな。魔王は分かり易く討伐された方がよい。雨雲が去って晴天となるように。拠点などが残って悪さをするのもイマイチだ。後々の復活に関する伏線として残るのはいいが、その場合は地下深くに潜伏するべきだろう。生き残った生物が、長過ぎる平和によって堕落するまで」

 

 大事なのは散り際だ。世界を滅ぼす大魔王として、相応しい最後を飾らねばならない。

 大魔王は朽ちるのを待つだけとなった浮遊都市の居城を眺めながら、『八欲王と同じ轍は踏むまい』との決意を固めていた。

 

「モモンガ様、そのような……、そのようなことをおっしゃらないでください」

 

「む? どうしたアルベド? セバスにデミウルゴスも? 皆どうした?」

 

 震える声音に誘われて振り返れば、守護者の誰もが大粒の涙をこぼしていた。流石の大魔王でも心配になるほどの号泣ぶりである。何かの状態異常なのか、と疑いたくなるほどだ。

 

「我ラ守護者ガ不甲斐ナイバカリニ」

「私が失態を犯さなければ……」

「最も傍にお仕えしていながら、私はなんと愚かな」

「ぅおお、ちちうえぇぇ、散るなどとぉぉ、そのようなことはぁぁ」

 

 あまりの醜態にちょっと引き気味になる魔王様であったが、そもそも己の言動が原因なのだから他人事にするのはちょっと可哀想だ。

『大魔王の最後に関する演出』なんてモノは“悟”とだけの秘め事である。

 それをNPCに聞かせれば不具合も起きよう。

 

「ふはは、これはウッカリしていた」取るに足らぬ些事であるかのように笑い飛ばし、深刻な空気を纏う守護者たちに前を向かせる。

「すまなかったな、お前たち。これは私の趣味みたいなものだから、それほど真剣に捉える必要はないぞ。大魔王というものはどんな世界に在ろうとも、己の退場シーンに拘るものなのだ。アクターなら解るだろう?」

 

「そ、それは確かに……。とはいえ、あまり拘ってほしくはない趣味で御座います」

 

 パンドラにしてみれば、自分の父親が『あれやこれや』と殺され方について吟味しているようなものなのだ。悪趣味と言わざるを得ない。

 

「現実には起こり得ない事象だからこそ、自由に想像できる楽しみがある――ということなのでしょうか? ですが、妻としては気が気ではありません。愛する夫の身に何かあってはと……」

 

 スーツアーマーのままでクネクネしているアルベド――はちょっと不気味だなぁ、と軽く流し、モモンガは『何も気にすることはない』とばかりに悠然と歩を進めては、放置状態であったハンゾウたちの前を通り過ぎる。

 

「では、ギルド拠点の見物へ行くとしよう。ハンゾウよ、玉座までの道案内を頼むぞ」

「はっ、かしこまりました」

 

 耳にしてよい話だったのかと軽く戸惑いながらも、三体のハンゾウは大魔王様を先導する位置へと瞬時に移動し、城へ入るための最初の大扉を潜る。

 

 静かな、とても静かな空間が魔王一行を出迎えていた。

 人気はなく、魔力の稼働もなく、カラクリも動いてはいない。空虚であり、生活感など微塵も無い無機質な空間。まるで存在しない神なんぞを奉る神殿であるかのように、神聖にして不快な城のエントランスホールであった。

 

「この辺りは掃除が行き届いているようだな。己の主を出迎えるためか? そんな人員を動かす余裕などなかったであろうに」

 

 静かな空間にモモンガの呟きが響く。

 実に数百年ぶりとなるプレイヤーの声だ。本来であれば浮遊都市の全NPCでもって歓迎すべき状況なのだが……。巨人族でさえも通れそうな巨大な通路には、ただの一人も拠点守護者の姿はなかった。

 

「モモンガ様、次の転移門はこちらです」

「うむ」

 

 幾つもあるダミーの大扉を素通りし、ハンゾウが調べたであろう次階層への侵入口へ歩を進める。

 居城階層の次は広大な訓練施設、その次は兵器の研究所をデザインしたかのような階層。さらに進むと、地下牢獄のような場所へ出た。薄暗く、邪教集団が生贄でも捧げていそうな血生臭い造り込みだ。浮遊都市の外観と正反対の様相であるのは、城の暗部を表現しようとしたのかもしれない。誰かの趣味である可能性も有るが……。

 

「次が玉座の階層か」

「はっ、十二の部屋を抜けた先が玉座の間となっております」

 

 モモンガの踏み出した足は、上質な絨毯を踏みしめていた。周囲を見渡せば、最初の居城階層へ戻ってきたかのような感覚を覚える。ところどころに騎士の鎧などが飾ってあり、美しい女性の肖像画なども魔王一行を出迎えてくれる。

 だが、よく見ればどれもトラップだ。それもレベル100のプレイヤーを打ち滅ぼせるほどの強力なモノである。全盛期の浮遊都市が、どれほどの防衛能力を所持していたのかが伺える光景だ。こんなトラップ部屋が全部で十二もあるのだから、侵攻してきたプレイヤーは大変だっただろう。もちろん、消費される金貨の量にも寒気が走る。アンデッドだけど。

 

「ん? ここが玉座の間……、最終地点か?」

「はい、モモンガ様。この部屋から奥へ繋がるような隠し通路などは、発見出来ておりません」

 

 ハンゾウたちが勢揃いで出迎えてくれたのだからそうだとは思ったが、どうにもナザリックとはイメージが異なる。

 一言で言えば、SFだ。

 まるで宇宙船のブリッジであるかのように未来的なデザインで、壁面や柱、照明に天井など、全てが曲線を描いている。

 玉座に至っても同様だ。

 中世的な雰囲気はどこにもなく、未知の鉱物で作られた――レース場を高速で走る特殊な車の座席を思い起こさせる。

 だけど、それが八席もあるのはどういうわけか? 浮遊都市の王は、ギルドマスターは八人いるとでも言いたいのだろうか? モモンガは他者に対し『センスがどうのこうの』と言える立場ではないが、久しぶりに遭遇したプレイヤーの感性には戸惑いしか覚えなかった。

 

「やれやれ、老婆の記憶が一部曖昧だったのは理解が及ばなかったせいか。まぁ、プレイヤーの趣味を理解出来る方が異常とも言えるのだから仕方がないが、それより……」

 

 大魔王は気を取り直して、玉座の間へ赴いた本来の目的を探す。

 目指すは、ハンゾウからの念話でも伝えられていた一冊の本だ。

 老婆リグリットの記憶から辿り着いた八欲王の持つ秘宝。浮遊都市の最奥に安置された世界に匹敵するアイテム。この世界に第十位階までの魔法が存在することの根拠となった、何人たりとも持ち出せない魔法の書物である。

 

「アレがそうなのですか? モモンガ様」

「アルベド、不用意に触るなよ。トラップが稼働しているようだ」

 

 アルベドが見つめる先、一番奥にある玉座の横、小さなテーブルに百科事典(エンサイクロペディア)並みの書物が開いたまま置かれていた。

 

「おぉ、これが『例の』ですか? モモンガ様」

「そうだな、デミウルゴスに渡している世界級(ワールド)アイテムと同格のモノだ。私も実物を見るのは初めてなのだがな」

 

 悪魔と魔王が眺める先で、魔法の書物はひらりひらりと勝手にページをめくっていた。まるで意思を持つかのように。

 

「ムム? モモンガ様、開イタ頁ニ何ヤラ文字ガ浮カビ上ガッテイルヨウデス」

「噂では、世界中で使われているありとあらゆる魔法を記載するらしい。新しく開発された魔法でもおかまいなく、だそうだ」

 

 書物の名は“無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)”。

 何故かは知らないが、八欲王が仲間割れの最中にも、真なる竜王との決戦にも持ち出さなかった、ギルド武器よりも価値のあるぶっ壊れアイテムである。

 

「それでどうだ? パンドラ。トラップは解除できそうか?」

「はっ、今しばらくお待ちください。費用不足のためか、かなり限定的な発動条件になっているものの、即死トラップです。呪文書をテーブルから持ち上げると、黒こげになります」

 

 “チグリス・ユーフラテス”に変身したパンドラの言に、緊張が走る。

 流石に世界級(ワールド)アイテムともなると、ある程度の対策はとられているようだ。他のトラップ同様金貨枯渇で停止しているかもしれないと軽く考えていたが、浮遊都市における金貨供給優先度はNPCよりも上であり、最後の最後まで止まらない設定であるらしい。

 とはいえ、肝心のプレイヤーが消滅しているのでは何の意味も無い。無駄に金貨を浪費するだけだ。マスターソースを開けるならば、さっさと停止させるべきだろう。そうすれば、他の分野に金貨を流用できたであろうに。

 

「ふむ、手っ取り早いのはギルド武器を破壊して、拠点の機能を喪失させることだが……」

 

 魔王はボロボロの大剣を取り出して、しばし迷う。

 そう、迷ったのは『しばし』だ。

 直後に大魔王様は「残しておく価値もないか。このままだと宝物殿にも入れんしな。ギルド拠点の乗っ取りは諦めよう」と呟き、あっけなく八欲王の残した秘宝、浮遊都市のギルド武器、幾重にも枝分かれしている奇妙な大剣を――握りつぶした。

 

「さて、どうなる?」

 

 あっけなく砕け散った大剣の破片をパンパンと払い、モモンガは周囲を見渡す。

 ユグドラシルではギルドの崩壊など飽きるほど見てきたわけだが、異世界では初めての経験だ。どんなアクシデントがあるのかと、少しだけワクワクする。

 

「父上、トラップの機能が停止しました。周囲に満ちていた魔力も、希薄になっているようです」

「ああ、拠点の自動修復機能も消滅したようだな。これで浮遊都市はただのダンジョンだ。気になるのは、浮遊状態が継続されるのかどうかだが……」

 

 少し薄暗くなった玉座の間で、魔王一行は経過を見守る。

 浮遊都市がギルド拠点でなくなり、元のダンジョンに戻ったとすると、管轄権は運営の手に渡るのがユグドラシルでの常識だ。運営が破損個所を補修し、モンスターを配置し、ボスを選定する。次の挑戦者がくるまで、『拠点にできるダンジョンの一つ』としてマップに残されるわけだ。

 しかしながら、異世界では誰も管理しないし出来ない。

 元のダンジョンに戻っても、プレイヤーが弄った設定や物品はそのままだし、アチコチ壊れたままだ。余所からモンスターがやってきて塒にする可能性はあるだろうが、プレイヤーはどうなのだろう? 攻略しても再度ギルド拠点にできるのだろうか?

 

「理屈は解らんが、落ちる気配はなさそう――いや、この階層は外と繋がっていない設定だったか? だとすると、外から見たほうが早いな。〈伝言(メッセージ)〉、シャルティア、聞こえるか?」

『はい、モモンガ様! 敵でありんすか?! ならば今すぐ御傍にっ!』

「待て待て、少し聴きたいことがあるだけだ。シャルティアから見て浮遊都市はどうなっている? 変化はあるか?」

 

『お待ちしていたでありんす!』とばかりに突っ込んできそうな吸血娘を押し留め、大魔王は外からの情報を求める。

 

『は、はい。え~、島自体はモモンガ様がお入りになられた時と変わりないように見えんすが、邪魔な魔法障壁はいつの間にやら消えてしまいんした。敵の姿などは皆無でありんすえ』

「そうか、ではそのまま周囲の警戒を頼む」

『かしこまりんした、モモンガ様!』

 

 寂しげな感情が見え隠れするシャルティアの返事を軽く流し、モモンガは改めて元ギルド拠点であったダンジョンの最奥、玉座の間を眺める。

 

「ギルドのシステムから外れた“浮いている島”か。もしかすると、運べたりするのか?」

 

 浮いている原理は不明だし、この場に固定されている可能性も否定できないが、黒山羊の触手が届く高さなのだから五体で協力すればナザリックまで動かせる気がする。

 毎回〈転移門(ゲート)〉を展開させるのは面倒だし、実験や研究に使うのなら傍に置いておいた方が何かと便利だろう。

 

「やってみるか、っとその前に。パンドラ、“無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)”を確保し、少し調べておけ。ハンゾウ、宝物殿への入り口は――ああ、玉座の後ろに出現するのはユグドラシルと変わらんのか。掘り出し物があるかもしれんから後で覗くとしよう」モモンガは戦利品の扱いを整理すると、未だ残っているであろう敵の状況を確認する。

「〈伝言(メッセージ)〉。アウラ、逃げ回っている天使はどうなった? ギルドを消滅させたのだから、何かしらの変化が見られると思うのだが」

 

『はい、モモンガ様。その天使なら、ちょうど今捕まえました! よく分かりませんけど、急に逃げるのを止めてフラフラしはじめたんです。小声で「捨てられた」とか「もう終わり」とか呟いていますし、なんか変ですよ、この天使たち』

 

 彼の者らは必死に己の役目を果たしていたのだろう。何百という化け物たちに追いかけられ全身に矢を浴びながらも、主から任された拠点を護ろうと命を懸けていたに違いない。

 されど繋がりは絶たれた。

 NPCが生涯一度しか経験し得ない、ギルド拠点の崩壊。数多の存在がゴミ箱へと捨てられる瞬間だ。

 

「ああ、今は己の存在意義を探しているところなのだろうなぁ。主は居ない、所属すべき場所もない。良くも悪くも完全に自由なNPCというわけだ。放置すれば何百年後かに“魔神”となって暴れるのかもな」

 

『暴れるのですか? でしたら殺しましょうか?』

 

 幼さが残るアウラは、屈託なく答える。自分と同じ立場であった守護者の、憐れとも思える末路に対して。

 

「そうだな……」大魔王は『ゴミを処分しておけ』とでも言うかのように、確保した天使の処分を命じた。

 色々と利用方法を思考したのは当然であるが、呆然自失となったNPCなど扱うのも一苦労だ。ツアーに預けても役に立つとは思えない。ナザリックのために活用するにしても、なまじ高レベルな分だけ面倒だ。それに放置しておけば暴れ出す粗悪品など、殺してその経験値をマーレの持つ“強欲”に吸わせる方がまだマシだろう。

 

「さて次は宝物殿へ――」

 

 八欲王のギルド拠点が崩壊し、あとに残された浮遊都市の持つ最後の価値。それが宝物殿だ。ギルドシステムから外れた宝物殿は、誰でも入れるダンジョンの一区画となって玉座の裏に接続される。

 昔から宝物殿への入り口は玉座裏の隠し階段がお約束、らしいのだ。

 運営の考えることはよく解らない。

 だけど宝があることには違いないので、大魔王もレアを期待してしまう。

 八欲王が“真なる竜王”との決戦で数多のアイテムを消費しているだろうから、残っているモノに大した価値は無い、なんて冷静な視点はこの際無視でいい。

 宝物殿という場所は、入るだけでも楽しいのだ。

 潰したギルド拠点の宝物殿へ、“悟”と共に踏み入ったあの感動は今でも忘れない。敵対プレイヤーの阿鼻叫喚が感じられる最高の瞬間であった。

 

「――ん? どうした、ニグレド?」

 

 ふいに響くは、ナザリックの周辺監視を担っていた高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)にして守護者統括アルベドの姉、“ニグレド”の〈伝言(メッセージ)〉だ。

 その声色からは、ただならぬ事態の急変を嗅ぎ取れてしまう。

 

『モモンガ様! すぐにナザリックへ帰還してください! 敵です! あの勇者が部隊を率いて現れました! 例のドラゴン、勇者ツアーです!!』

「なん――だとっ?」

 


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