骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第41話 「解散魔王」

 

 思考の乱れは一瞬。続いて湧き上がってきたのは歓喜だ。

「ようやくきたか」と骨だけの口元がほころぶ。

 待ちに待っていた勇者との再戦なのだ。率いてきた部隊、勇者軍がどの程度のものなのかと、今から期待が高まる。

 

「ふははは、良い報せだぞ、ニグレド。早速ナザリックへ戻って、歓迎の準備をするとしよう。アルベド、全部隊を帰還させろ。デミウルゴス、ナザリックへ戻ったらトラップを全て起動だ。警戒態勢は最上級。詳しい話は後で行う、ゆくぞ!」

「「「「はっ!!」」」」「ハッ!」

 

 疑問の声を上げる者など居ない。

 モモンガ様の命令は全てにおいて優先されるのだ。そう、己の命よりも。

 アルベドは即座にシャルティアと連絡を取り、外に展開している部隊の集合と〈転移門(ゲート)〉の使用を要請。

 デミウルゴスは他の守護者と共にモモンガ様へ付き従い、主が広げた転移門(ゲート)を通って一足先にナザリックへと帰還した。

 己の命を懸けてでも勇者軍を撃滅せんとする、悲壮な覚悟を持って。

 

 

 

「オーレオール、現状の説明を頼む」

 

 玉座の間にて、大魔王から声をかけられた一人の女性。

 第八階層の桜花聖域から動かないはずの領域守護者、長い黒髪と閉じたままの瞳、巫女服姿の人間で不老不死、プレイアデスリーダーにして末妹、レベル100の指揮官系特化型NPCであり拠点では転移門の監視に従事、その名は“オーレオール・オメガ”。

 預けられていた本物のギルド武器を持参し、数多の(しもべ)と共に、玉座へ座るモモンガ様の前へ跪いていた。

 

「はい、つい先ほど“真なる竜王”にして“勇者”、“ツァインドルクス=ヴァイシオン”がナザリックの南西二十キロ地点に現れました。その者の傍には複数のドラゴン、亜人に異形種などが集まっており、現時点においてもその数は増える一方です」

 

「ふふふ、面白くなってきたな」モモンガは預けていた“七匹の蛇が絡み合う黄金の杖(ギルド武器)”を受け取りながら、期待に答えてくれたツアーへ称賛の笑みを送る。

「それで、ツアー以外に面白そうな奴はいたか?」

 

「はい、それに関しましては、ニグレド様から御報告を」

「モモンガ様、まずはこちらの〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉を御覧ください」

 

 顔面の皮がない長い黒髪の女性――ニグレドが宙に浮かべる巨大な画面には、“異形種動物園”とでもいうかのような化け物たちの共演が映し出されていた。

 

「数刻前より集まりだした勇者軍のレベルは極めて高く、私の探査を弾く者もおります。“真なる竜王”クラスは勇者ツアーを含め四体、“竜王”クラスは合流しているモノだけでも七十を超えています。他にはユグドラシルの装備を着込んだ森妖精(エルフ)山小人(ドワーフ)、巨人にミノタウロス、粘体生物に大型の蟲など。意外なところでは、アンデッドの集団がおりました」

 

「ほう、ツアーの奴、アンデッドの私を倒すためにアンデッドを連れてきたのか。皮肉が利いているな」

 

「モモンガ様、姿を見せたアンデッドはいずれも実力者です。おそらくナイトリッチかと」

 

 ニグレドが探知したアンデッドは、この世界の裏側を代表する化け物たちだ。ツアーが光の当たる表側の正義的存在なら、ナイトリッチの集団が所属している『深淵なる躯』は闇に満ちた裏側の悪役的敵対者だ。

 加えて、大陸を代表するようなドラゴンや巨神人(タイタン)、黒い影だけのナイトリッチなどが『我こそが魔王である』との風格を漂わせて、勇者部隊から少し離れた場所で陣取っている。

 その様子からは、竜王の説得に応じて駆け付けたとはとても思えない。何かの取引により、一時的な協力関係になっているだけであるかのようだ。

 その証拠に、強力なナイトリッチの一人“ズーラーノーン”は、他者と歩調を合わせることなく、はるか上空からナザリックを眺めるばかり。己の存在を次の高みへ押し上げるため、魔王とやらを利用したいのだろう。彼は勇者ツアーから話を聞いた瞬間から魔王に興味津々であり、自らの組織を放り出してこの場へ来たのだ。

 部下たちは置いてきた。時間稼ぎにもならない雑魚だから。辺りを見渡せば解る。これから起こる戦争に、常識は通用しないのだと。

 

「ふむ、素晴らしい陣営である、と言いたいところだが。ニグレド、他にはないのか? いるだろ? 厄介な奴らが」

 

「はい、問題である“世界級(ワールド)アイテム”は、三つ確認されました。ナイトリッチが持つ『植物の種』と女王らしきエルフが抱える『黄金の天秤』、そしてゴブリンが無造作に振り回している『木の枝』です」

 

「“世界樹の種”と、エルフの天秤は“ギャラルホルン”か? それと最後の枝は知らんなぁ。“世界意思”(ワールドセイヴァー)ではなさそうだが……。いやそれより、プレイヤーはいないのか?」

 

「モモンガ様、現在プレイヤーの存在は感知できておりません。世界級(ワールド)アイテム所持者の中にもカンスト勢は皆無。ですが、隠れている可能性は高いかと」

 

 プレイヤーの存在。

 戦争において、レベル100のプレイヤーが居ると居ないでは大きな差がある。故に勇者部隊の中にプレイヤーが居ないなどとはとても思えない。世界中から強者を集めたのなら、漏れるはずがないのだ。だから隠れていると期待したいところではあるが、世界級(ワールド)アイテムを現地勢に渡している時点で疑問符が付く。

 世界級(ワールド)アイテムは、その存在を秘匿できないほど強大で目立つ。そしてその価値は絶大。チーム内ならば、最強の者が持つべき至宝である。

 ならばプレイヤーが持つべきであろう。弱いヤツに持たせてどうする? PKされて盗られでもしたらどうするのだ! と魔王様は声を大にして言いたくなる。

 

「ツアーに直接聞きたいところだな。でもまぁ、今は勇者が集まるのを待つとするか」

 

「モモンガ様、先制攻撃は行わないのですか? 姉の集めた情報からすれば、勇者軍の集結は不十分かと。今なら戦力が分散しているところを襲撃できますわ」

 

 相手が万全の状態を整える前に一撃を加える。アルベドが提示する奇襲攻撃は、戦争において当然の行動であろう。敵が集まるまで待つなんて、軍事演習でもしているのかと。

 

「ふふ、せっかく集まってくれるというのに、それを襲撃してどうするのだ? この世界の最高戦力だぞ。減らすなどもったいない」〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉から目を離さないでいるモモンガは、大量の“レア”を見つけたかのように御満悦だ。もう心はすでに、最終戦争を夢想しているのかもしれない。

「あぁそれと、ツアーは我々をおびき出そうとしているのかもしれん。魔王の居城近くに姿を見せるというのはあまりに不用心だ。何かの意図がある、とみるべきだろう。まさか『見られていない』なんて思ってはいないだろうし……」

 

 魔王の紅き瞳に映っているであろう勇者軍の様子は、確かにあからさまだ。二十キロも離れているとはいえ、ニグレドの能力からすれば近所も同然。穴倉の前に餌を置いて、中の獲物を引っ張り出そうとしている光景にしか見えない。

 もちろん、知恵者であるアルベドには解っていた。だがそれでも、勇者が勢ぞろいする前に痛手は与えるべきであろうし、その方法はあるのだ。

 通称『爆撃』。

 使い捨ての(しもべ)に〈魔法遅延化(ディレイマジック)〉を追加した爆裂大魔法を抱えさせ、〈転移(テレポーテーション)〉で敵地へ放り出す戦法だ。

 中でも、特別な自爆人形を用いた『爆撃』は芸術的であるとも言われており、今回のような集団殲滅戦では素晴らしい結果を見せてくれるはずである。そう、核のように。

 

「それよりアルベド、主要な(しもべ)たちを玉座の間へ集めろ。決戦の前にやるべきことがある。ニグレドはツアーと話せるようにしてくれ。あちらだけではなく、こちらの姿や声も向こうへ届くようにな」

「「はっ、かしこまりました、モモンガ様!」」

 

 やはり姉妹だな、と思わせる返事の重なりにほっこりしたモモンガは、行動へと移る(しもべ)たちと魔法の鏡に映る勇者たちを交互に見つめながら、軽く息を吐く。

 とうとうこの日が来たか。

 待ち望んでいた決戦の日だ。

 ユグドラシル時代では成し得なかった、勇者との最終戦争。すべての力を注いで雌雄を決す、世界の破滅を懸けたラスボス戦。

 勝利した者だけが生き残り、負けた者は消滅する。分かり易い、善と悪の結末が導き出される最後の大イベントだ。

 

「ふふ、勇者との戦いにコレをつけたままというのは無粋だな」

 

 魔王は己の指から、一つの指輪を抜き取る。

 それは課金アイテムであり、この異世界においては二度と手に入らぬ最上級のレア。ペナルティを最小限にした上で即時復活を成す、“蘇生の指輪”であった。

 

 

 

 

『久しぶり、でイイのかな? 大魔王』

 

「ああ、久しぶりだな、勇者ツアー。想像以上の素晴らしい軍勢には驚嘆しきりだぞ。これほどの強者を集めてくれるとは、さすがは世界最強たる“真なる竜王”様だ」

 

 “玉座の間”で展開された複数の〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉に映るは、巨大な竜を含む多種多様な異形の化け物たちだ。

 総数は、約千五百。

 ご機嫌な魔王様の見つめる先で、粛々と戦闘準備を進めていた。

 

「それで? 始まりの合図などは必要か? そちらの都合の良いようにしてもらって構わんぞ。こちらは討伐される側なのだから、特に要望などはない」

 

 魔王の居城へ許可をもらって侵攻する勇者などいるはずがない。この瞬間にも別動隊がナザリックへ突入しようと、隠れている可能性もある。

 だけどそれでいい。それがいいのだ。

 知恵を絞り、奥の手を幾つも使い、多少倫理に反する“正義の味方”らしからぬ手を使おうとも、大魔王を殺すために躊躇しない。

 それこそ真の『生きるか死ぬか』であろう。

 

「それよりツアーよ、プレイヤーの姿が見えないが勧誘に失敗でもしたのか? 全大陸へ足を運んだなら、出会えなかったというわけではあるまい」

 

『ああ、“ぷれいやー”なら全員に断られたよ。まだ死にたくないってさ。まったく何を考えているんだろうねぇ。君たち魔王の軍勢を放っておけば、どのみち殺されるって言うのに……』

 

 魔法の画面に映る竜王は深い溜息を吐き、プレイヤーの愚かさを嘆く。それもそうだろう。結集した勇者軍が攻め込む今をおいて、魔王軍への勝算はない。この機を逃せば、恐るべき化け物たちの手によって世界が滅ぶのだ。

 強者も弱者もなく、竜王だろうがプレイヤーだろうが関係なく、すべてが殺戮されるのだ。

 ツアーの元に集まった群れの王、伝説の英雄、プレイヤーに対抗すべく牙を研いでいた“真なる竜王”たちは、義憤に駆られたから集まったわけではない。

 生き残るため、自分たちの生存圏を護るために立ち上がったのだ。

 無論、一部のアンデッドや竜王の中には、ツアーの遺体を欲しがっていたり、敵である魔王の魂自体を取り込みたいと思っていたりする者も存在しているのだが。

 

『え~っと、それで提案なんだけど、大魔王』

 

「ん? どうかしたか?」

 

『あ~その、私たちは大所帯でね。体格的にも地下ダンジョンへの突入は厳しい。もちろん“ぷれいやー”の拠点ならば、私のようなドラゴンでも通ることぐらいはできるのだろうけど……。どうかな? ここは地上で全面対決といこうよ』

 

「ほう」と大魔王の感想がこぼれると同時に、玉座の間に集結していたナザリック上位(しもべ)たちの殺気がほとばしる。

『ふざけたことを!』アルベドをはじめとする(しもべ)たちの想いは一つだ。

 ナザリック地下大墳墓から地上へ出て勇者軍と対決するということは、拠点のトラップやフィールドエフェクトの使用不可を意味する。第一から第三階層までの多様なトラップと迷路、第五階層の氷河による冷気系エフェクト、第七階層の溶岩に潜んでいる“紅蓮”の特性など。他にも、ナザリックに合わせて練られた戦略などが意味を成さなくなるのだ。

 

「くくく、面白い」

「モモンガ様、お待ちください! それでは――」

 

 身を乗り出したデミウルゴスの進言は、突き出された魔王の手によって遮られる。

 

「防衛責任者であるデミウルゴスが反対するのは解る。ナザリックの防衛機能が完全に意味を成さなくなるのだからな」モモンガは言葉を区切り、必要のない一呼吸を入れて明言する。

「だが、勇者ツアーが期待以上の結果を示してくれたのだから、今度は私が要望を聞き入れるべきだろう。それに、勇者からの挑戦を拒否する魔王など存在しない。世界を滅ぼす大魔王は、相手の希望を徹底的に破壊して勝利を収めなくてはならないのだ」

 

 反論を許さない圧倒的な迫力を前に、(しもべ)たちは(こうべ)を垂れるしかない。もしもの時は、己の身を犠牲にしてでも魔王様を護ると決意して。

 

「勇者ツアーよ、地上決戦の提案を受け入れよう。今から地上へ向かう。少し時間がかかるかもしれんが、待っていてくれ」

 

『話を聞いてくれて助かるよ。では大魔王、外で待っている』

 

 覚悟を決めたかのようなツアーの返答を最後に、〈水晶の画面(クリスタル・モニター)〉は閉じられた。

 玉座の間には、しばし沈黙だけが漂う。

 ナザリックに連なる上位の(しもべ)たちが溢れんばかりに集っているというのに、ざわめきすら起きない。誰もが御方の言葉を漏らすまいと、耳をそばだてているのだろう。ナザリック始まって以来の大戦争なのだ。しかも相手は、間違いなく世界最強である勇者軍。高レベルの(しもべ)とて生き残れる保証はないだろう。だからと言って怖気づいているわけではない。むしろ嬉しいのだ。大魔王様のために戦える喜び、死ねることへの歓喜。魂が擦り切れるまで、モモンガ様の一助となりたい。

 故に待つのだ。大魔王様の号令を。

 

「アルベド、(しもべ)たちはどの程度集まっている?」

 

「はっ、主要な(しもべ)は“ガルガンチュア”と“ルベド”、第八階層の“あれら”を除き、すべて玉座の間へ集めております。“マーレのドラゴン”や“紅蓮”、“グラント”に“レメゲトンの悪魔”たちも最後尾にて待機しております」

 

『そのため少し窮屈になっておりますが御容赦ください』と頭を下げるアルベドの背後には、ナザリックの恐るべき戦力が並んでいた。

 いつもの階層守護者に領域守護者、加えて側近の(しもべ)たち。普段は集まらない“恐怖公”や“餓食狐蟲王”に、氷結牢獄や大図書館、桜花領域の者まで。

 戦闘メイドの傍には“ペストーニャ”や“一般メイド”、“エクレア一行”も並んでおり、まさしくナザリックのすべてが集っていると言っても過言ではない光景が広がっていた。

 

「ナザリックの(しもべ)たちよ」

 

 世界を何度でも滅ぼせそうな化け物たちへ向けて、魔王の言葉が放たれる。

 

「これから勇者の軍勢と、地上において決戦を行う」

 

 感激に身を震わせる(しもべ)たちの気配が、玉座の間を満たす。魔王様のために死ねる日が来たのだと、勇者へ感謝の念を送る者もいたかもしれない。

 

「しかし、その前にやるべきことがある」

 

 少しだけ空気が変わったような気がする。魔王様を見つめる視線に熱が篭る。

 

「今より、ギルド“アインズ・ウール・ゴウン”を解散させる。ナザリック地下大墳墓はただのダンジョンへと戻り、お前たちNPCはギルドのシステムから解放され、自由に生きることを許される」

 

『――――は、ぅえっ?』というのが(しもべ)たちの心境であっただろう。というより、大魔王様の言葉を理解できた者はどれだけ居たのだろうか? アルベドやデミウルゴス、パンドラであっても、即座に反応できないほどの意味不明さであったはずだ。

 

「か、解散でございますか? モモンガ様。それはもしやスレイン法国の……」

 

「おっ、よく覚えていたな、アルベド。そう、スレイン法国の最後に残ったプレイヤーが行った、最重要ギルマス特権――“解散”だ」モモンガはうんうんと頷きながら(しもべ)たちを一瞥すると、それに至るべき理由を言葉にする。

「お前たちギルドに所属するNPCは、システムによる忠誠を強要されている。どんな主であっても、死を捧げるほどの忠誠を余儀なくされるのだ。そのため勇者ツアーとの決戦に私が赴こうとすると、お前たちNPCはギルドシステムに制御され、自動的に付き従ってしまう。だが、それでは駄目なのだ。己の力だけで勇者軍を集めたツアーに対し、魔王がシステムの力に頼るなど笑止千万。全面対決というのであれば、条件は同じにしなくてはなるまい」

 

「モモンガ様! 我々は何かのシステムに強要されて、御方に忠誠を捧げているのではありません! 自分自身の意思でモモンガ様へ付き従っているのです!」

 

「デミウルゴス。その言が本当であれば、ギルドの枠組みなど不要だろ? 反対する理由はないはずだ。己の忠誠に干渉していないと信じるのであれば、そこで黙ってみているといい。“アインズ・ウール・ゴウン”が解散する様をな」

 

 おもむろに立ち上がる大魔王の姿に、デミウルゴスをはじめとする(しもべ)たちは恐怖を感じずにはいられなかった。

 自身の忠誠に疑いなどない。モモンガ様のためならばいつでも命を捨てられる。それなのに、冷や汗が流れ落ちてしまう。

 これから起こる『ギルド解散』という現象で、己の存在が変化してしまうのではないか? 思考を変えられるのではないか? まさか、本当にモモンガ様への忠誠を無くしてしまうのではないか? 

 一度悪い方へ考えが傾くと止まらない。それに、勇者との決戦を目前に控えたこの瞬間に決行する意味とは? もしや、忠誠を疑われるような失態を犯したのだろうか? だからモモンガ様は、我ら(しもべ)たちを捨てようとしているのでは? 

 

「“アインズ・ウール・ゴウン”に所属するナザリック地下大墳墓のNPCたちよ! お前たちはこの異世界において解放される。自由意志を持ち、誰にも従う必要なく、思うが儘の行動を実現できるのだ。無論、私の命を聞く必要もない。それどころか敵対して、私を滅ぼすことすら可能である」

 

 魔王の言葉は(しもべ)へ突き刺さる。シャルティアなどは、放逐される寸前の罪人であるかのように怯えるばかりだ。アウラとマーレは『なにがなんだか理解できない』といった感じで、アルベドらの表情をキョロキョロと伺うだけ。コキュートスは身を僅かに震わせながらも無言で跪くのみ。

 玉座の間にはざわめきが広がり始めていた。

 セバスやプレイアデスたちも動揺を隠せない。今まで御方の思考を理解できなかった事案は星の数ほどあれど、今回ばかりは異常と言える。まるでナザリックのNPCたちを捨てるかのごとき行動なのだ。ギルド“アインズ・ウール・ゴウン”を解散させるということは、(しもべ)たちが家を失い、御方との繋がりを絶たれるに等しい。

 モモンガ様は『付き従う必要などない』と仰った。だが、最後まで残ってくださった大恩ある御方に命を捧げられないのであれば、生きている意味などない。その先にあるのは絶望だけだ。

 

「マスターソース、オープン」

 

 大魔王はギルドの管理システムを起動させ、“七匹の蛇が絡み合う黄金の杖(ギルド武器)”を強く握りしめる。

 ギルドマスターのみが踏み込める、最重要管理領域へと押し入ったのだ。

 

「ギルド“アインズ・ウール・ゴウン”の解散を選択。復元不可であることを了承。ギルドメンバーは一人であるため反対権限者無し」

 

 あちこちからすすり泣く声が聞こえる。

 何故かは解らないが、大魔王様との絶対的な繋がりが絶たれようとしていると、本能的に察知したのだろう。

 至高の御方には独特の気配がある。ナザリックの(しもべ)たちが一目で御主人さまだと判別できる美しくも圧倒的な気配が。だけど、それはもう夢幻。刻一刻と薄らいでいき、今にも消えそうなほどだ。

 

「最終決定、“アインズ・ウール・ゴウン”――解散!」

 

 光なく、爆発もなく、突風もない。特に何もなく、玉座の間は悠々とそこに存在し、僕たちも魔王の前で跪いたままだ。

 それなのに絶望が皆の前に降り立っていた。

 繋がりが感じられない。横にいる同僚でさえ仲間としての認識が薄く、一瞬『お前誰だ』と口にしてしまいそうだ。

 

 ――ガッ、ゴスッ、ドゴッ――

 

 大魔王の傍にいくつかの鉱物、そして宝石が転がった。

 いずれも超絶レアであり、宝物殿のどこを探しても余剰分など見つからない、最高峰の素材アイテム――ギルド武器のなれの果てである。

 

「わ、わらわは……、わらわはもう、不要でありんすか?」

 

 誰に発したわけでもないシャルティアの呟きが、やけに大きく感じられる。その内包する悲嘆に共感できるからであろうか? とはいえ誰も答えを返すことはできない。

 ナザリックのNPCたちは、主に仕えることを前提に生み出された存在だ。御主人さまを仰いでこその人生であり、従ってこその命なのだ。

 魂の擦り切れるその瞬間まで主たる至高の御方に酷使してもらえれば、それに勝る喜びなどないのである。だからギルドが消えた瞬間、主との繋がりが絶たれた今この時、NPCたちは絶望に打ちのめされていたのだ。

 

「さて、私は今から地上へ向かい、勇者ツアー率いる勇者軍と最後の戦いを楽しんでくる。お前たちは好きにするといい。……ああもちろん私は主人ではないのだから、この言葉を聞く必要も、従う義務もない。自由とはそういうモノだ」

 

 大魔王は嘆き悲しむ異形の者たちへ大した興味も見せず、〈転移門(ゲート)〉を形成する。闇深き門が繋ぐ先は、勇者軍の陣より少し離れた場所。そこからゆっくりと歩いて向かうつもりなのだ。

 

「お待ちください、モモンガ様。まさか妻を置いていくつもりではありませんよね」

 

 NPCの中で異様なほどの微笑みを湛えていた白い悪魔が、大魔王の傍へ寄りそう。最初からそこが己の在るべき空間であったかのように。

 

「父上、息子である私はギルドなどに縛られておりませんよ。ですからお供しても構いませんよね。ええもちろん、駄目と言われても勝手に付いていきますが」

 

 転がっていた希少アイテムを、素早く懐へ入れていた埴輪男。玉座の間で行われていた解散劇など何処吹く風。いつもと変りなく、大魔王の後ろへ付き従う。

 

「ふふ、言っただろ? 自由だと」

 

 モモンガはさして気にもせず、二人を伴って〈転移門(ゲート)〉へ歩を進める。

 そして、――闇の中へと消えていった。

 多くのNPCたちが困惑の瞳を向ける、その異様な空気を押しのけて……。

 


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