骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第46話 「喝采魔王」

「ほう、ガルガンチュアの腕を破損させるとは、近接戦闘能力も尋常ではないな」

 レイドボス並みの攻城兵器とまともに殴り合える生物――いやアンデッドなど珍しい、とモモンガは素直に感心し、思わず拍手までしそうになる。

 だがそんな言動は、ツアーからすると皮肉でしかない。

 

「余裕だね大魔王。だけどもう、これまでだよ!」

 やるしかない、今しかない。ツアーは魔王を仕留める最初の一撃として、合図のブレスを空へと吐き飛ばす。

 

 合図に反応したのは勇者軍の生き残りたち。高位階魔法を操る術者に“竜王級”のドラゴンら、そしてこの瞬間を待っていた世界級アイテム所持者――森妖精(エルフ)の女王である。

 

「さあ、攻撃をよこしなさい! 私がこの天秤を用いて、魔王へぶつけます!」

 

 丸っこい魔獣の背に乗る――あまり肌を隠せていない伝説級の衣を纏う金髪森妖精(エルフ)は、神の輝きを放つ天秤を片手に味方からの猛攻を一身に引き受ける。

 それは雷撃であり火球であり、吹雪であり風刃であった。高位階魔法の中に竜王からのブレスも交じり、どんな耐性を備えていたとしても塵となり果てるに違いない。

 

「神器よ、神の天秤よ! 全ての災いを我が意へ傾けよ!!」

 

 森妖精(エルフ)の女王が持つ黄金の天秤、世界級(ワールド)アイテム“ギャラルホルン”。

 その神器が持つ能力は、受けた攻撃の誘導――通称『神の差配』である。自身へ放たれた位階魔法を含むあらゆる“力”を、自由自在に分配できるのだ。そのまま相手へ返すのはもちろん、任意の別人へぶつけたりもできる。複数の分割、味方へ投射も可能。故に特大回復魔法を小分けにして、任意の味方へ分け与えたりも出来たりする。

 加えて重要なのが、標的とした敵対者と己とのカルマ値差だ。差があればあるほど天秤は傾き、反射すべき攻撃の威力を高める。森妖精(エルフ)の女王と死の支配者(オーバーロード)たる大魔王とでは語るまでもないだろう。

 ちなみに“ギャラルホルン”による効果は反射のみなので、反射された魔法やブレス攻撃に“世界(ワールド)”の無効化は通じない。威力が高められていても特殊効果とは認定されないのだ。

 大魔王を押し潰すにはふさわしい一撃だろう。

 まぁ本当であれば、従属神を仕留めるために用いたかったのだが……。

 

「滅びよ大魔王!!」

 

 まるで太陽が落ちてきたかのごとく、圧倒的な暴力が襲い来る。

 神器級の防具、魔法の護り、各種完全耐性のアクセサリー。それら全てを用いても防ぎ切ることは難しいだろう。通常の攻撃であるが故に多くの対処法が有効だとは言え、消滅寸前の痛手を負うはずだ。ツアーはそれを見越して、トドメを狙っているのだろう。

 助かるためには腹の紅玉、“モモンガ玉”の使用が望ましいが……。それをすれば、ツアーは嬉々として“始原の魔法”で妨害してくるに違いない。どう転んでも骨の身はボロボロだ。

 

「仕方ないな――デミウルゴス!」

「はっ、お任せください! 世界級アイテム、“無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)”発動!!」

「なっ?!」

 

 後方支援に徹していたデミウルゴスが取り出したのは、分厚い魔法の書物だ。八欲王の拠点で入手した、この世のありとあらゆる魔法を――使用されたものに限って――記載する世界級(ワールド)アイテムである。

 ただ“無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)”は記載するだけではない。

 そう、記載された魔法は一度に限り使用できるのだ。魔法行使は魔法詠唱者(マジック・キャスター)に限らず誰でも可能。しかし一度使われた魔法は書から消え失せ、再び世界のどこかで使用されるまで再記載されない。

 そして重要なのが、魔法なら何でも記載されるということだ。位階魔法に限らず、“真なる竜王”が用いる“始原”であっても……。

 

「“始原の魔法(ワイルド・マジック)”! 〈世界断絶障壁〉!」

 

 “聖天の竜王(ヘブンリー・ドラゴンロード)”が用いた、ルベドの特殊な範囲攻撃さえ遮断する無敵の障壁。デミウルゴスの持つ書物から放たれた“それ”は、確かに世界をズラし、人も物も、魔法も祈りも、ありとあらゆるすべての理すらも断絶せしめた。

 当然、森妖精の女王が放った超位魔法をも超える破壊の渦は魔王へ届かず、必死に抜け道でも探すかのように荒れ狂った後、誰も傷つけず霧散するのみ。

 

「あ、悪魔が“始原の魔法(ワイルド・マジック)”を使うなんて……、悪夢にしても趣味が悪いね」

「一対一の勝負に変な横ヤリを入れるからだぞ、ツアー。それが悪いとは言わんが、お前が使えば私も使う。当たり前のことだ」

 

 魔王の言い分には色々と反論したくなるが、よく聞けばツアーにとっても悪くない内容だったりする。

 それは、ツアーが他者の力を借りようとさえしなければ、魔王も従属神を使わないということ。たとえ殺される寸前であっても……、殺されると分かっていても。

 

「(これが最後の一手、もうやるしかない!)大魔王! 私の全てを懸けて君の存在を否定する! この世界から消え失せろ!!」

 

 一気に間合いを詰め、“始原の魔法(ワイルド・マジック)”を発動させる。

 この日のために――魔王を倒すためだけに整えた特異な魔法。特殊な効果を与えるのではなく、一撃必殺の大爆発でもない。

 それは魔法詠唱者(マジック・キャスター)である大魔王を追い詰めて、ツアーへ勝利をもたらす救いの騎士。

 

「いでよ! “黄金の騎士”、“白銀の騎士”!!」

「むっ?!」

 

『この展開はどこかで』と思考するより先に、召喚された二体の騎士がモモンガの逃げ道を遮る。レベル的には格下なのだろうが、油断ならない相手であると警鐘が鳴り響く。

 見た目はツアーが操っていた全身鎧の色違いだ。片手に剣、もう一方に盾。魔法を使いそうには見えないが、現時点では判断できない。

 それより今は大きな問題がある。

 二体の騎士が牽制してくる所為で魔法を詠唱できず、さらには突っ込んでくるツアーの一撃から身を躱すこともできないのだ。

 

「ごぶぁっ!!」

 巨大な爪が胸部を打ち叩き、無いはずの肺が潰れたかのような錯覚に陥る。

 ゴロゴロと地面を転がりながらアイテムで〈飛行(フライ)〉を発動させ、追撃を狙う騎士の間合いから逃げる。

 

「ふ、ふはは、接近戦を仕掛けてきたか! それに始原による騎士召喚だと? まるで八欲王のギルド武器だな!」

「なんだ知っていたのかい。そうだよ、私はギルド武器をただ護っていたわけじゃない。解析して自分の力にしていたんだ。あ~だけどね、まさか魔王を倒すために使うとは思ってもいなかったさ」

 

 魔王との間合いを一定に保ちつつ、ツアーは自身の爪に始原の力を宿らせる。

 手ごたえは十分だ。やはり魔王は接近戦に弱く、直接的な物理ダメージにこそ勝機があろう。

 ツアーは二体の騎士を神経質なまでに位置調整させると、二撃目を狙って軽く飛んだ。

 

「ぅげはっ! ――ぐっ、今度は尻尾か?!」

「まったく頑丈な骨だね。いったいどんな構造をしているんだい? そこらの鉱石よりも硬いなんて、君の骨で武具でも作ったら面白そうだ」

 

 ツアーの軽口に、魔王はよろけながらも「ふはは、死の支配者(オーバーロード)の骨で武具製作か。試してみたいところだ」と返し、その裏で反撃の魔法を放とうと魔力を集約させるが――二体の騎士が邪魔すぎる。というかツアーとの連携が整い過ぎている。

 召喚されたばかりのモンスターにしては異常だ。

 動像(ゴーレム)ならば指示の出し方一つで“ぬーぼー”のように操れるかもしれないが、戦闘に参加しながら操作するのは無理難題と言えよう。

 つまり、魔王は絶体絶命かもしれないということだ。

 

「ふふ、ただの召喚体ではないということか? どんなカラクリなのか聴きたいものだ」

「時間稼ぎに付き合うつもりはないけど、少しだけ教えてあげよう。私はね、百年以上も鎧騎士を遠隔操作してきたんだけど……。その経験を動像(ゴーレム)騎士へ入れ込めたら素敵だと思わないかい?」

 

『AI制御? そんなことが可能なのか?』と思考するよりも前に、ツアーの巨大な身体が視界を埋める。咄嗟に身を捻って大地を砕く大爪をかわし、後ろに跳ね飛んで空を裂く尻尾をよけ、手にした黄金蛇の杖で騎士を牽制すると――、ツアーの頭突きでぶっ飛んだ。

 

「ふふふ、ふはははは!! これが激痛、大ダメージというヤツか。しかも洒落にならない瀕死の重傷だぞ! さすがは勇者ツアー、見事だ!」

 

 近接戦闘に弱い低HPの魔法詠唱者(マジック・キャスター)で、殴打に弱いスケルトン系。そんなアンデッドが“始原の魔法”で強化されたドラゴンアタックを受け続けているのだ。しかも二体の騎士からは、魔法の詠唱を邪魔するためだけの細かい攻撃が雷雨のごとく。

 はっきり言って、間合いを詰められた時点で魔王の勝算は低かろう。

 大魔王だプレイヤーだと言っても、所詮は後方支援の死霊術特化型魔法詠唱者(マジック・キャスター)である。

 完全無欠とは縁遠い存在だ。

 

(さぁこい大魔王! もはや“腹の紅玉”以外に手はないだろう。だが私一人だけなら“始原”で突破できる! 全ての生命力を使い切って面前まで迫り、己の魂を代償にトドメをさす。見ているがいい、偉大なる愚かな竜帝よ! 貴方が一族を裏切り“ぷれいやー”になろうとしたツケは、子である私が払う!)

 

 魔王が余裕を見せているのは、“腹の紅玉”があるからに違いない。ツアーはそのように判断し、対策を立てていた。

 追い詰められた魔王が紅玉を用いたその瞬間、命を捨てた特攻を行う。

 魔王は驚くだろう。紅玉の力が絶対だと信じているからこそ、突き抜けてきた自分に手も足も出ず殺されるはずだ。もちろん、生命力と魂を捧げた己も帰還は不可能。だけど魔王相手に相打ちなら上出来だ。

 ツアーはふと、周囲の勇者たちに謝罪の念を持ってしまう。

 魔王が紅玉の力を放てば、ほとんどが死ぬだろう。予定通りだとは言え、結果的に騙した感じになってしまったのは不本意だ。

 それでも魔王軍を追い詰め、魔王と一対一の状況を作り上げるにはこれしかなかった。あの恐るべき大魔王を倒すには、勇者軍を犠牲にするしかなかったのだ。

 

「ん? どうしたツアー? 様子見なんてしている場合か? 私はHP自動回復のアクセサリーを装備しているぞ。時間を与えていいのか?」

 

「(紅玉を使わない? 何故だ? 流石に瀕死のはずだぞ。次に騎士二体と私の一撃を浴びれば……)いや、使えないのか?! この間合いなら、紅玉を発動させるよりも先に打ち倒せる!」

 

 思考より先に身体が動き、魔王の正面へと迫る。二体の騎士は、魔王の斜め後ろから体当たり気味に剣を突き刺そうと突っ込む。

 魔法の詠唱を阻害できる近距離だ。魔法詠唱者には残酷な間合いだろう。たとえ魔王だと言っても、行動できなければただの骸骨に過ぎない。

 

「これで終わりだっ、大魔王!!」

「素晴らしいぞ勇者ツアー!!」

 

 モモンガは感激する。

 ユグドラシルのPvPにおいて、モモンガに魔法を使わせない立ち回りなどは正にカンストガチ勢、上級者の洗練された動きだ。

 まるであの“たっち・みー”が追い詰めてくるかのような――。

 

 モモンガは懐かしき思い出と共に、あらかじめ準備していた無詠唱化の〈完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)〉を発動させ、両手に一本ずつ持っていた小さな木の板をへし折る。

 

「――っ?!」ツアーは時間の流れが遅くなるような錯覚の中にいた。〈時間停止(タイム・ストップ)〉ではない。“真なる竜王”たる己の身ならば、時間操作系の影響は受けないのだ。

『ならば何故?』と思うものの、ツアーは白い全身鎧を纏った魔王が巨大な剣を振り回す、という奇妙な光景を眺めながら『ああ、死を目の当たりにしたからか』なんて自覚せずに納得してしまった。

 右腕を根元から持っていかれるという、味わったことのない地獄の痛みと共に。

 

「ぎがああああぁぁあああぁあ!!!」

 

 巨体の竜が地面へ叩きつけられ、多量の血肉がぶちまけられる。

 ツアーの片腕はバラバラに吹き飛び、胴体も深く抉られ肋骨の一部が顔を見せていた。

 

「ぐがが、がはっ! ……な、なんだ? なにが?」

 

 右目の視界が戻らない中、ツアーは状況の把握に努める。

 自分が弾き飛ばされたのは事実であり現実だ。あの密着した状態から、非力な魔法詠唱者が巨大な竜王へ強烈過ぎる一撃を与えたのだ。

『どんな魔法であろうと押し潰せたはず』と多少の反撃では、事態を一変させることなど不可能だと思っていた。それなのに、今は起き上がることも困難なほどの重傷を負っている。

 紅玉の発動ではない。

 気を配っていたから間違いない。

 ならばなんだ?

 

「まだ生きているのか、ツアー。流石に頑丈だな。“素戔嗚(スサノオ)”の一撃を食らって半死程度ですむなど、恐ろしいやつだ」

 

 大魔王が持つソレは、身の丈三メートルにもなる大剣、というか特大剣。形状からすると忍刀のつもりかもしれないが、大き過ぎて忍べるわけもないおバカな武器だ。

 持ち運ぶのも一苦労だろう。振りかぶって敵に当てるなんて、相手が動かないのを期待するしかない。

 それでも敵へぶつけたいのであれば、敵の方から向かって来てもらうのが順当だ。

 そう、カウンターである。

 

「ぐふっ、ど、どうして魔王が鎧を? 武器を持っているんだ? いったい……何をしたんだ君はっ!」朦朧とする意識を繋ぎ留め、ツアーは必死に召喚騎士へ思念を送る。自分の傷を癒すための時間稼ぎをさせるためだ。もちろん、大した時間は稼げないだろうが。

 

「ああ、二体の騎士が気になっているのか? ならば残念だ。私の傍に居ることは居るのだが、金の方は下半身が無い。銀の方は上半身が半分無い。まぁ、それでも動こうとしているのは褒めるべきだろうなっ」

 

 白い全身鎧の魔王は、重そうに素戔嗚(スサノオ)を持ち上げると、斬るというよりは叩くかのように召喚騎士を潰した。

 ツアーと繋がっていた思念の糸が、プツリと切れる。

 

「さて、どうだツアー? 近接戦闘最強の“ワールドチャンピオン”を倒すために用意していたカウンターだ。戦士化と素戔嗚(スサノオ)を呼び寄せるタイミングがかなりシビアでな、結構訓練したんだぞ。“悟”の奴は“課金アイテム”の使い過ぎばかりを気にしていたが……」

 

「ワールドチャンピオン、カウンター、戦士化、スサノオ、サトル、カキンアイテム…………がはっ、げほっげほ!」

 

 魔王の言葉には一部、訳の分からない内容もあったが、ある程度の意味は理解できた。

 つまり――罠であったのだ。

 近接戦闘を挑むことは読まれていて、待ち構えられていたのだ。

 渾身のカウンターをぶつけるため、じっくりとタイミングを計っていたのだろう。だがしかし、魔法詠唱者である魔王が巨大な剣をふるうなど予測できるものか! 凄まじい威力を発揮した剣も、どうやって手にしたのか解らない。収納空間から引き出したのであれば、もっと早く感知できたはずなのに……。

 ツアーは血反吐の血だまりを作りながら、数歩下がる。

 

(どうする? 一度退いて傷を回復させるべきか? いや、私の代わりに魔王を足止めしてくれる者が居ない。どうしたら……)

「お疲れのようだなツアー。もしかして、そろそろ限界だったりするのか? 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)様も死期が近づいていると? ふふふ、それは困るな。私は楽しくて仕方がないんだぞ。ツアーにはまだまだ頑張ってもらわないとな」

 

 本当に、本当に楽しそうに大きな忍刀を引きずりながら、魔王はツアーへ歩み寄る。

 重過ぎる武器のせいで鈍重ではあるけれど、その一歩一歩が勇者の死を――世界の破滅を暗示しているかのようだ。

 勇者ツアーとしては、蹲っているわけにもいかない。

 

「(一時的に姿を隠そう。この状況は危険だ!)ははっ、大魔王! 君とて限界は近いんじゃないのかい? やせ我慢は身体に良くないよ!」

 

 破損した翼を大きくはためかせると同時に力強く後方へ飛び、血だらけの喉奥からブレスを吐き出す。牽制と目くらましを兼ねた攻撃だ。魔王が怯んだ隙に隠形の魔法を用い、傷の治療をおこな――。

 

「うごっ!!」

「おっ、流石は“ゲイ・ボウ”。命中率補正も最高峰か。この距離ならまず外れんな」

 

 電撃を纏うブレスの壁をものともせず、三本の矢がツアーを貫いた。竜の鱗すら貫通し、内臓まで届く、状態異常満載の凶悪な遠距離攻撃である。

 ツアーは「いつの間に弓を?!」と地面へ叩きつけられる寸前に思考するも、「そういえばあの特大剣すら瞬時に手にしていたか」なんて諦め気味に目を閉じ、迫ってくる衝撃へ身を委ねてしまう。

 

 重量物が落下し、砂煙を巻き上げる。

 振動と轟音が周囲へ広がり、視線を向けてきた勇者たちへ『最後の希望が砕かれようとしている』のだと知らしめる。

 勇者ツアーは血の味しかしない唾液を飲み込みながら、世界の破滅を覚悟していた。

 

「辛そうだなツアー。その様子だと、取れる手は一つだけだと思うが……。命と魂を犠牲にする“始原の魔法”。それしかなかろう?」

 

「ぐがっ、げふっ、く、ははは……。結局、そう、なのか? 君は最初から、私の“始原の魔法”と……ぶつかりたかった、だけなのか? なんて、我儘なんだ」

 

 もはや頭を上げることすら困難な竜王は、骸骨魔王の真意を知り、軽く笑う。

 魔王は戦いを求めていた。

 勇者を渇望していた。

 恐るべき死闘の果てに――世界を巻き込んだ大虐殺の果てに、一片の欠片も残すことなく殲滅されることを望んでいたのだ。

 だがしかし、単純に言えば全力を出せる相手が欲しかったに過ぎない。手持ちのカードを余さず使い切り、精根尽き果てたボロボロの状態で倒れこみ、「楽しかったなぁ」と笑いながら消滅できれば何も言うことはないのだろう。

 勝敗などどうでもいい。配下が死のうと知ったことか。結果として世界が終ろうとも関係ない。

 魔王の思考としては正しいのかどうか……。それは誰にも解らないだろうけど、確かなことは一つだけある。

 魔王には説得も取引も、脅迫も懇願も通用しない。

 出会ったなら倒すしかないのだ。

 他に道はない。

 

「――――“始原の魔法”――――」

 

 静かに軽やかに、何かを悟ったの如く呟き、ツアーは全てを捧げて光り輝く。

 美しい光の波動であった。恐ろしさは感じず、生き残っていた勇者たちも思わず見惚れてしまうほどに。

 

「――――“モモンガ玉”発動――――」

 

 挨拶を返すかのように、モモンガは何の気負いもなく腹の紅玉、世界級アイテムを開放する。消費するレベルは上限の5。課金アイテムで呼び寄せた“強欲と無欲”から3レベル分を消費し、自身からは2レベル分を費やす。

 

「なんて綺麗な」と誰かが零した。

「モモンガ様の意のままに」と元僕たちは紅蓮の波動に無抵抗でのまれる。

 勇者軍と魔王軍は、交じり合った紅と白の世界を前にしてただ佇み、だらりと武器を下ろしては瞳を閉じる。

 もはや全てが無意味だ。

 ちっぽけな勇者が聖剣を振り下ろそうとも、矮小なる魔将が高位階魔法を詠唱しようとも、世界は光で満たされる。

 悲鳴は要らない。

 血も涙も要らない。

 生者も死者も平等に塵と化す。

 

 この日、巨大な大陸の辺境において、世界の一部が欠けた。

 天を衝く紅白の光は遥か遠くからも目撃され、神が降臨したのだと多くの者が跪いたそうな。

 だけどその中心部に居たのは骸骨魔王だ。

 高らかに「――喝采せよ」「我が至高なる力に喝采せよ」などと宣う、大魔王様が居るだけなのだ。

 


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