骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第49話 「彼方の魔王」

 すべては偶然に彩られる。

 最初から計算していたわけではない。

 勇者軍が勝利していれば、用意していた切り札など、暴走するであろうNPCの殲滅に使われていたはずだ。それが何の因果か、大魔王相手に使わねばならなくなった。

 だから邪魔なNPCたちを魔王から引き剥がそうと、各国の騎士や冒険者に上層階を侵略してもらい、命を懸けた鬼ごっこに興じてもらう。大魔王を倒すまで、階層の端から端まで走り回ってもらうのだ。

 魔王の傍には数名程度残るだろう、と予想していた。だけど魔王自身が人払いを行い、目の前に残るは水晶の玉座に座る骸骨魔王だけである。

 最高のタイミングであろう。

 それに漆黒聖典の隊長に持ってきてもらう予定であった切り札も、転移の阻害が無くなっている今の大墳墓ならば、容易に玉座の間まで運んでこれる。

 

 全ては整った。

 

「〈伝言(メッセージ)〉、隊長さん! そこに門を開けるから女王様を投げ入れて! 〈転移門(ゲート)〉!」

『――っえ? あ、はい! あけみ様!』

 

「ん? 女王、だと?」

 

 モモンガの疑問をよそに、あけみは闇の門を広げ、その中から飛び出てくる小柄な人間らしき存在を受け止める。

 

「っと、女王様、大丈夫?」

「んぐぅ~、ごほっけほっ、……あの小僧め、荷物みたいに投げ捨ておって」

 

 見覚えがある、とモモンガは生意気そうな幼女を眺める。

 確か人間の連合軍を結成させる場に居たはずだ。名前はそう、ドラウディロン・オーリウクルス。竜王国を治める女王で、つい最近までビーストマンの脅威に怯えていた弱者である。

 この世界では非常に珍しい竜の血を引く“ウルトラレア”であったため、モモンガの記憶に残っていたようだ。

 

「珍妙な客人だな。しかし、これが切り札なのか? あまり期待できそうにないが……」

 

「あけみ殿、ここはもうよい! 上層で囮になっている者たちを救出してくれ! このままでは皆殺しになってしまう!」

「――うん、分かったよ。……女王様、全てを背負わせてごめんね」

 

 最後の別れとでも言うかのように、あけみは女王の肩を軽く抱くと、直後に開けっ放しだった〈転移門〉へと飛び込んだ。

 闇の扉はすぐに閉じ、女王の退路を閉ざす。この状況では女王単独での脱出など不可能だろう。外部からの干渉を魔王が妨害すれば、救出することもできなくなる。

 だというのに、幼い女王が狼狽する気配はない。魔王を睨みつける瞳からも、強い覚悟の意が見て取れる。つまり、逃げる気は最初から無かったのだろう。命を捨てるつもりでナザリックへ侵入し、魔王の前へ身を置いているのだ。

 切り札というのもハッタリではないのかもしれない。

 

「さて、どんな見世物を用意しているのだ? 聴かせてもらおう」

 

 二人きりの静かな空間に、世界を破滅させる大魔王の言が響く。

 

「大魔王よ。私の国が、竜王国がどうなっているか知っているか?」胸の奥から絞り出すかのように、女王はか細く叫ぶ。

「あぁ、貴様の配下がビーストマンを殺しまくってくれたお陰で国としては生き永らえた。だがその後どうなったと思う? 国中にバラまかれたビーストマンの死骸から疫病が発生したのだ! 弱り切っていた我が国民には抵抗しようもない、恐るべき疫病がっ! 戦争に次ぐ戦争、ケガ人ばかり、腹を空かせて病気を乗り越える気力も体力もない。他の国から援助を受けようにも、貴様を討伐するための連合軍形成で余裕などない。我らに出来たことと言えば、疫病が外へ広がらぬよう対処するだけ……」

 

 憎悪と悲しみが混じり、涙声が零れる。

 

「解るか大魔王!? 竜王国は終わりだ! 辛うじて生き残っていた百万の国民は――早々死に絶える!」

 

「ふ~む、疫病で全滅するとは脆い生物だな。その程度であれば生かしておく必要もあるまい。女王よ、竜王国は崩壊してかまわんぞ。報告御苦労」

 

「はぁ?!」

 

 多くの人間を生かしておいたのは、その中から勇者が生まれるのを期待してだ。だが疫病ごときで死滅するほど脆弱であるならば、生かしておく必要性などない。

 モモンガは軽く手を振り、『話がそれだけならば下がってよいぞ』と怒りに震える女王へ申し渡す。

 

「ふ、ふざけるなあぁああ!!」瞳に涙を湛え、女王は身に宿す恐るべき力を輝かせる。

「教えてやるぞ魔王! 死を目前にした竜王国の国民は、私に全てを託したのだっ! 病に屈するくらいならば貴様を倒すための力になると、“魂”を捧げてくれたのだ!!」

 

 竜王国の女王が持つ特別な力。それは他者の魂をかき集めて放つ“始原の魔法”。百万の魂ならばツアーの大爆発さえ真似ることが可能とされる、人類側の切り札である。

 

「おぉ、そういえば老婆の記憶にもあったな。“真にして偽りの竜王”だったか? ふぅむ、この状況で出してくる切り札としては中々面白そう……だが」

 

 新しいオモチャの登場に一瞬だけ紅い瞳を輝かせる魔王様であったが、女王に内包された魂の総量を感じとると、深い溜息を吐きながら玉座の背もたれへ体重をかけてしまう。

 

「その程度か……。やれやれ、百万ぐらいの魂で私を滅ぼそうとはな。私はつい先程、本物の“真なる竜王”と戦ってきたばかりなのだぞ。その私に“始原”の真似事なんぞ見せてどうする? まったくあけみの奴め、これが本命なのか?」

 

「くくく、くはははははは!」

 

 玉座の間に、可愛らしい幼女の奇怪な笑い声が広がる。

 

「愚かな魔王め!」女王は己の命もろとも弾け飛ばんばかりに、膨大な眩い光で玉座の間を照らす。

「あけみ殿から聴いているぞ! 貴様の居城である大墳墓の各階層は、別次元に設置されているそうじゃないか! 壁に穴をあけても、どこかに繋がっているわけじゃないんだろ?! ならば階層ごと破壊されたら、貴様は何処へ行くんだろうな!? ふははは、私が試してやろう!」

 

「ほう」

 

 突拍子もない発言を受けて、モモンガは少し前のめりになる。

 女王の標的は、最初から魔王ではなかったようだ。“始原の魔法”で狙っていたのは、魔王の座する階層そのもの。“始原”の力で別次元に存在するという階層を丸ごと破壊し、この世界から隔絶されている次元の彼方へ魔王を放り出すつもりなのである。

 

「発想自体は悪くないな。やってみるといい」

「ほざいたな魔王! この世界に戻ってこれぬほどの次元の渦に飲み込まれるがいい!!

 ――“始原の魔法(ワイルド・マジック)”!!」

 

 ナザリック地下大墳墓、第十階層、玉座の間。

 そこでは百万人にも及ぶ人間の魂と、竜の血を引く女王の全てがビックバンのごとく爆裂した。膨大な光の波がシャンデリアや調度品、天井を支える柱に、撤去されていなかった四十一の旗などを覆いつくす。

 始原の力は玉座にゆったりと座っている魔王ではなく、玉座の間の天井や床、そして壁面へ向けられ、空気の詰まった風船を破裂させるかのように押し広げた。

 ユグドラシルでは不可能とも思える行為だろう。あけみも異世界でなかったならば提案すらしなかったに違いない。だけど現実化したこの世界では、ナザリック地下大墳墓も非破壊のオブジェクトではない。圧倒的な破壊力の前には瓦礫と化すのだ。それに今は嬉しい誤算として、ギルド拠点としての保護もないのである。

 

 “諸王の玉座”に座り、“強欲と無欲”を腕にはめたままでいた“モモンガ玉”を持つ大魔王様は、きっと驚いたことだろう。

 人間という種の、素晴らしき悪あがきに……。

 

 

 

 

「ロウネ! 戦況はどうなっている?!」

 

「はっ、第五階層で聖王国騎士団が悪魔と接敵、被害甚大との〈伝言〉を最後に連絡が取れなくなりました。帝国騎士団は第三階層で魔獣に襲われたとの報告あり。竜王国のクリスタル・ティアは第四階層で全滅とのこと。カルサナスの勇者は第一階層の吸血鬼に襲われ、下僕にされたそうです」

 

「くっ、一瞬でこのざまか……。あけみ殿は? あけみ殿は今どこだ?!」

 

「先程“蒼の薔薇”を救出、直後に墳墓内へ再転移しました。瀕死の者たちを一人でも多く助け出すとのことです」

 

 側近ロウネからの報告に、帝国皇帝ジルクニフはギリリと奥歯を噛みしめる。

 この地に集まった魔王討伐連合軍の戦力は、人類最高峰と言っても過言ではない。一部の冒険者やワーカーたちは逃げ出してしまったが、それでも魔王の拠点から脱出してきた強者たちと合流できたのだから、強運に恵まれていると言えよう。

 

「くそっ、ドラウはどうなったんだ?! 成功したのか? 魔王を仕留められなければ、我々は御仕舞いなんだぞ!」

 

 爆発音も振動も伝わってこないために、竜王国女王の命を懸けた特攻が実を結んだのかは判らない。

 あけみの手によって魔王が待ち受ける“玉座の間”とやらに侵入し、魔王と対峙できたことだけは聞いているのだが……。

 

「早くしてくれぇ、このままでは囮役の勇者も品切れだぞぉ」

 

 時間が経つほどに増えていく行方不明者たち。〈伝言〉も通じず、どこを這い回っているのかも不明。無論、遺体の回収も不可能だ。

 

「――ジルさん、負傷者の治癒をお願い! 五階層はもう駄目、聖典の隊長さんが殿を務めながら引き上げているところ! え~っと、聖王国の生き残りはこの人だけだよ! 他は焦げてた! わたしは四階層へ行くね!」

「了解だ、あけみ殿。負傷者の対応は任せておけ!」

 

 当然目の前に現れてはぐったりしている女性を落とし、言いたいことだけを言って、皇帝の返事を待たずに掻き消える。

 やはり“ぷれいやー”とは恐るべき存在だ。

 運よく協力を申し出てくれて、様々な情報を提供してくれたから助かってはいるが、あけみが居なかったらと思うと寒気が走る。

 

「ふぅ、人類はまだ生き残っていてもよいのだろうか? なぁ、カルカ殿? ……ふん、口を利く気力もないか。まぁそうだろうな、貴女以外は全滅なのだから」

 

 治療施設へ運ばれていく聖王国女王を眺めながら、ジルクニフは数刻前の状況を思い出す。

 魔王と真なる竜王たちが戦っている隙をつき、あけみは大墳墓へ侵入した。魔王の最秘宝であるギルド武器とやらを破壊するために。それさえ破壊すれば魔王軍は弱体化するらしく、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)率いる勇者軍の勝率が上がるとのことだった。

 しかし、作戦は失敗。魔王の最秘宝は見つからず、勇者軍は壊滅。魔王軍の生き残りは拠点である大墳墓へ戻ろうとしており、人類の希望は潰えようとしていた。

 その時である。あけみの〈伝言〉が頭に響いたのは。

 あけみは人類の切り札を――魔王軍の残党を滅するための“始原”を抱え持つ竜王国女王を、漆黒聖典の小僧に連れてこさせるよう言い放った。ついでに『他の誰かが墳墓の中を走り回って囮になれ』と、無茶苦茶なことを宣告してきたのである。

 否、と言えるはずもない。

 人類存亡の大勝負なのだ。集った連合軍の全戦力で突っ込むしかない。たとえ大半が生きて戻らないと理解していても。

 

「はんっ、ドワーフの秘宝もカルカ殿の〈最終聖戦(ラストホーリーウォー)〉も大して意味を成さなかったか? いや、あったからこそ、未だ人類は生き残っているのか?」ジルクニフは野営用の簡易椅子へ腰を下ろすと、悲惨な現状から視線を逸らし、青い空だけを見つめる。

「ふふふ、まいったな。これからどうするというのだ? まさかこの私に『魔王に対する最後の砦』になれとでも? はっ、冗談じゃないぞ」

 

 思わしくない戦況に対し、前線が崩壊していないのは魔王軍が墳墓内から出てこないためだ。

 第一階層で暴れている赤い鎧の吸血鬼が一歩でも外へ出ようものなら、皆気が触れるだろう。第二階層の巨大な蟲が四本の腕を外で振るえば、バラバラの死体で大地が埋まろう。第三階層と第四階層の闇妖精が率いる魔獣やドラゴンが溢れたなら、人間など餌にしかなるまい。第五階層の悪魔などは、聖王国の騎士団を火葬にしたとのことだ。ならば墳墓の外に布陣する連合軍も、同じように燃やされるのだろう。骨の髄までも。

 

「まだかっ? まだ魔王は仕留められないのか?!」

 

 最後の希望に縋りつくジルクニフの傍に、闇の扉が口を開ける。

 

「これで深層階の生き残りは全員だよ! ジルさん、大墳墓に潜り込んでいる人たちを撤退させて! 囮役はもう必要ない! 切り札の発動は成ったんだ! あとはもう、奇跡を期待するだけだよ!!」

 

 〈転移門〉から飛び出てきたのは、“ぷれいやー”のあけみ、漆黒聖典の隊長、そして帝国三騎士の一人、“雷光”であった。

 

「おお! ドラウディロン殿がやってくれたかっ! 個人的には好ましい相手ではなかったが、人類の救世主として後世に残させていただこう!」

 

「皇帝よ、喜ぶのは時期尚早かと。魔王の支配を離れた従属神が暴れだして、二百年前のように魔神と化する可能性があります」

 

「ふぃ~、おっかないですなぁ。みんな死んじまったってぇのに、これ以上どうしろと言うんで?」

 

 槍使いの少年相手に、ドワーフの秘宝たるアダマンタイト製の全身鎧を着込む“雷光”バジウッドは、からかい口調でお手上げとばかりに両手を上げる。

 事実、本当にどうしようもないのだろう。

 墳墓に侵入した戦力の大半は潰されてしまった。帝国三騎士――元は四騎士だったが女騎士が逃げ出して三人となった――の内二人は、墳墓の奥底で魔獣の餌だ。自分が生き残ったことも偶然でしかない。

 

「全軍へ通達! 大墳墓から撤退せよ! 死に物狂いで逃げ出せぇ!!」ジルクニフからの号令を受けて、魔法詠唱者たちが一斉に〈伝言〉を飛ばす。この時ばかりは〈伝言〉の信頼性など気にもならない。待ちに待っていた撤退命令なのだ。化け物どもを引き付けるために己の命を餌としていた反動が、一斉に解き放たれる。

「あけみ殿っ、化け物が外まで追いかけてきたらどうするのだっ?! 外にはもうケガ人しかいないぞ!」

 

「ああもぅ、分かってるってば! ラキュースさん、カルカさんを連れてきて! イビルアイはリグリットさんを! あとそこの雷光さん、アングラウスとかいう刀持った人も生き残っていたと思うから此処へ! え~っと、そっちに居る森の賢王さん! 手を貸してもらうよ!」

「な、なんでござるか? 某は協力できないでござるよ。殿に逆らうのは怖いでござるがゆえに」

 

 あけみは縮こまっていた丸っこい魔獣を無理やり引っ張り出し、その大きな獣の手に金属製の杭を握らせる。

 

「別に難しいことを頼むわけじゃないよ。この杭を地面に刺して、その杭頭を踏んでいてほしいの。それぐらいいいでしょ?」

「そ、それくらいなら構わないでござるが……。こんなところに杭を刺してどうするのでござる?」

 

 もっともな魔獣からの問いかけに、あけみは軽い笑いで答え、そのまま理由を話さずに離れてしまう。

 

「ラキュースさん、他のみんなは集まった?」

「あ、あけみさん、一応集まりましたけど……。カルカ様は治癒したばかりで立つのもやっとですよ」

「ハッキリ言って足手まといだ。ババアも連れてはきたが、魔王に捕まっていた奴が役に立つとは思えん」

「おお、泣き虫嬢ちゃんが言ってくれるのぉ。だが安心せい、最初から捨て駒は覚悟の上じゃ。一度は死んだ身じゃからな」

「はぁ、婆さんの覚悟なんかどうでもいいけどな。俺は――ガゼフでも届かなかった最強の剣士になるまで死ぬつもりはないぞ」

「はいはい、皆さんの言い分は解りましたから、あけみ様の話を聴きましょうや。急がないとマズいんでしょ?」

 

 帝国騎士バジウッドがパンパンと手を鳴らしたところで、集まった全員があけみに視線を向ける。

 緊張感のある、覚悟が決まった者の視線だ。

 これから成すべきことの重要性を考えれば、命を懸けても釣り合わないかもしれない。大墳墓から出てくるであろう魔神のような化け物たち。それらを倒す、もしくは押し留めなければならないのだ。

 普通に考えても気が遠くなる。

 

「みんなには墳墓の周囲に等間隔で散らばってもらって、この杭を設置してもらうよ」森の賢王へ渡したものと同じ金属製の杭を複数空間から取り出したあけみは、連合軍の生き残った強者たちへ一本ずつ渡していく。

「これはユグドラシルのアイテムで、囲んだ内部に強力な結界を作り出せるの。墳墓の中までは影響を及ぼせないけど、一歩外へ出たなら転移を阻害出来て、能力値の低下も可能って結構すごいアイテムなんだよ」

 

 手渡された杭は武器になりそうなほど大きくて硬く、吸血鬼に打ち込んだら一発で灰に出来そうではあるが、外見の武骨さから結界アイテムとは思えない。

 だけど噂に聞く“ぷれいやー”のアイテムなのだ。持つ手にも力が入ろう。

 

「ここは森の賢王さんが打ち込んだから、みんなは周囲に展開して。わたしと隊長さんは墳墓の入り口で警戒だよ。出てきたモンスターはわたし達でやっつけちゃうぞ!」

「……六大神様と同格であられる“あけみ”様の御命令とあらば、全身全霊を持って立ち向かう所存ではありますが、私程度の実力で対抗できるかどうか……」

「いいのいいの、わたしだって無茶だと思ってんだからさ。でもやるしかないでしょ? どうせ逃げ場所はないんだし、ねっ」

 

 そんなことを言ってイイのか――と訝しがる槍使いの少年も、『いや、言葉を飾る時期はとうに過ぎていましたね』なんて自嘲気味に呟いては一歩を踏み出す。

 どうせこれで最後なのだ。

 援軍などは期待できないし、神の奇跡も神が居ないのだからあり得るはずもない。突然未知の力に目覚めて敵を蹴散らす王道的展開は、スレイン法国で有名な物語の中でしか存在しないのだ。

 

「魔王は……どうなったのでしょうか?」

 

 かつて漆黒聖典を率いていた年若き槍使いは、魔王から下賜された伝説級の黄金槍を構えながら、そっと呟く。

 

「さぁ~てね。今頃は弾き飛ばされた次元の彼方で、頭でも抱えているんじゃないかな? 出来ることなら死んでいて欲しいけど、まぁあのモモンガさんだしねぇ」

 

 相手はユグドラシルでも有名な非公式魔王で、プレイヤーを何百人も殺しまくった大量殺戮者だ。誰よりも多くの魔法を覚えるためだけに、プレイヤーの死体を大量に集めていた事実には眩暈すら覚える。加えて自分専用とも言える世界級アイテムを所持する、超希少な存在なのだ。

 はっきり言って、この異世界で出会ったこと自体が不運そのものであろう。

 

「はぁ、何のために今まで生きて――」

「あけみ様はどうして戦うのですか?」ため息しか出ないあけみへ、槍使いの少年は疑問を呈す。このまま死ぬのだろうから、聴きたいことは聴いておこうとばかりに。

「あけみ様ほどの実力を持っていれば、魔王軍へ与することも可能だったのではありませんか? 生き残るための選択としては、それも有りかと思いますが……」

 

「う~ん、お姉ちゃんがモモンガさんに協力していたなら、その可能性もあったと思うけど……。でもまぁ、無理だよね。モモンガさんが求めているのは味方じゃなくて敵。それも未知の強敵。理想的なのは人間種バージョンのツアーさんかなぁ。わたしだと手の内バレ過ぎてて、単なる作業みたいになっちゃうし」

 

『はぁ~』ともう一つため息を増やし、あけみは不気味な静けさを醸し出す大墳墓を見つめる。

 異世界へ来てからの長き人生も、そろそろ終わりだ。

 リアルへ帰ってしまった己のパートナーを待ち続けて数百年。異世界を色々探索したり、八欲王相手に海上都市で籠城したり、十三英雄に少しだけ協力したりと、思えば結構慌ただしい異世界生活であった。ここ二百年ばかりは金貨枯渇の影響もあって冬眠状態だったけど……。

 

「さてと、最初に出てくるのはペロロンチーノさんのNPCかな? 上手く結界のデバフが効けばいいけど……。あぁでも、世界級アイテムを持っていたら意味ないかぁ。どうしよぉ?」

 

 行く先は暗い。

 魔王が次元の彼方であろうとも、配下のNPCたちが暴れだせば世界は終わろう。故に皆殺しにする必要がある。墳墓から出てきたところを袋叩きにして、消滅させねば人類に安息の日々など来ない。

 無論、その思惑が最初の一人目で砕かれそうなのは、痛いほど理解している。だがもう逃げ道はないのだ。

 死を覚悟して、墳墓の入り口を睨みつけるしかない。

 

 

 

 

「あけみ様! 墳墓の地下から何者かの気配が! 警戒をっ!」

 

 心臓を握られているかのような決死の表情で、美しき少年は槍を構える。

 

「ぐぬぅ、墳墓から出てこないって展開は無しかぁ。残念だけど仕方がない。やれるだけやるしかないね」

 

 相手は勇者軍との戦いを乗り越えた魔王軍最精鋭。その数は五百か千か……。

 はっきり言って無謀な挑戦だ。レベル100のプレイヤーであっても踏みつぶされるに違いない。

 ただ、プレイヤーの場合はリスポーンが可能だ。死亡したとしても海上都市で復活できるのである。その一点だけが、あけみの勇気を支える光明なのかもしれない。

 この場で死ぬまで戦って敵の数を減らし、殺されてリスポーンした後は隠れながらのゲリラ戦。レベルダウンした身体を引きずって、世界各地へ散ったNPCを一体ずつ始末していくのだ。隠れている他のプレイヤーとも協力できれば、世界滅亡のシナリオを回避させることも可能だろう。

 もちろん、地獄の窯がひっくり返ったかのように世界中が死体で覆われ、自身も幾度か殺されて八欲王のように消滅するかもしれないが……。

 


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