骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第6話 「山羊魔王」

「さて、従属神の方々を」カイレが知る従属神は“ぷれいやー”に絶対服従。それ故にスレイン法国へ害を成さないよう命じるのは容易いはずであったが、「おぉぅ?」と老婆の口からは混乱を示すとしか思えない声が漏れ出ていた。

 

「カイレ様、これは?!」隊長の目に映るは、ユラユラと揺れて姿が薄くなる従属神と周囲の悪魔たち。そして姿がボヤけたと思った直後、波打つ剣を備え、大きな盾を構える黒くて巨体のアンデッドとなっていた“ぷれいやー”様。

 隊長としては「“神聖呪歌”何が起こった!?」と仲間の一人に問いかけたとしても仕方のないことであろう。

 

「わ、わかりませ……。あ、あぁ、もしかして、すべて! すべてが大掛かりな幻術だったのでは?!」

 

 妙齢の女性が頭を抱えながら周囲を見渡しても、取り囲んでいた悪魔の姿はない。押し潰されるかと思うような重圧も消えていた。残っているのは崩壊した大地と砂塵、そして一体の死を纏う騎士のようなアンデッドだけ。

 

「あ、あれはまさか?! 死の騎士(デス・ナイト)じゃと? となると“ケイ・セケ・コゥク”の効果は――ぬぅ、ぷれいやーの骸骨にかけたはずが、支配の繋がりはあやつから感じられるわ! くっ、これは……身代わりか? いったいなにがどうなっておるんじゃ?!」

 

『ふははは、それでは答え合せといこうか』

 

 頭に響いたのか、その場に轟いたのか? 聞いたことのない声の何者かの宣告に、隊長は槍を構え、老婆は支配したばかりの死の騎士(デス・ナイト)を己の護りにつかせる。

 

『幻術――は正解だ。殺気すら感じる“たりすまん”の強力無比な魔法は、もはや芸術と言えるだろう。どうだ? 世界(ワールド)の加護でも五感情報までは遮断できまい。直接意識へ干渉するのではなく、対象物を視認させ気配を感じさせることで「そこにある」と誤認させる、ユグドラシルでも用いられる小技の一つだ。抵抗(レジスト)の判定が発生しないから、認識力と知恵で見破るしかないぞ』

 

 先程の恐怖を再現するかのように「ふふふ、PvPは相手にどれだけ間違った情報を与えられるかが勝負どころなのだよ」と語りながら、骸骨魔王が闇の扉から現れる。

 その光景はまるで既視感(デジャブ)

 後方に付き従う従属神も、取り囲んでくる悪魔たちも、一度体験した先程の絶望そのままであったのだ。

 

「身代わり――も正解だ。死の騎士(デス・ナイト)に“傾城傾国”の支配を受けてもらった。まぁ私が受けてもよかったのだが、その場合はただ単に無効化されるだけで面白味はない。やはり『切り札が効果を発揮し勝利を確信した』その瞬間こそが、魔王の登場シーンとして相応しいだろう。あとはそうだな、『連発できない世界級(ワールド)アイテム対策』なんてのもあったな」

 

 何を言っているのか、と理解を拒みたくなる。『身代わり』に『無効化』、『面白味』に『登場シーン』。生物としての本能が、翻訳される言語を拒絶しそうだ。加えて『わーるどあいてむ』とは神の秘宝を指し示しているのだろうが、『連発できない』には老婆としても唇を噛みしめてしまう。

 確かに、一度発動させるだけでも多くの生命力を必要とする神器だ。連発なんて出来るわけがない。支配だって一度に一体が限界だ。

 つまり、今はもうスレイン法国の切り札にして神が遺した超絶アイテム“ケイ・セケ・コゥク”は使えない。目の前の死の騎士(デス・ナイト)を支配し続けるだけだ。

 

「お、御待ちくだされ、ぷれいやー様! 我らは――」

「さて、アウラは世界級(ワールド)アイテムと老婆を確保。マーレは雑魚どもを無力化して捕縛し、ナザリックに残ったパンドラへ引き渡せ。デミウルゴスは死の騎士(デス・ナイト)を処理した後、(しもべ)を率いて周囲へ展開。予想外の事態へ備えよ。コキュートスは槍の男を殺せ。全力にどの程度抗うのか試してみろ。アルベドとシャルティアは待機だ」

 

「「「はっ!!」」」

 

 老婆の懇願を遮った魔王は、配下へ指示を飛ばし、その最後にパチンっと骨の指を鳴らした。

 スレイン法国の者らは誰もが息を呑んだだろう。自分たちの命はここで終わる、と悟ったからだ。

 隊長は槍を握りしめ、巨大な碧い蟲と相対す。迫りくる一歩一歩が己の寿命を削るかのようだ。瞳に映る四つの武器などは斬首刀にしか見えない。

 ありえないだろっ! と叫びたくなる。

 なぜモンスターが、六大神の秘法に勝るとも劣らない武装を備えているのか? しかも一つや二つではない。ほぼ全てが神の領域だ。

 

(あの方でも……、“絶死絶命”でもどうにもならない!)

 

 今までは、自分の後ろに絶対的な強者が控えていたから絶望とは無縁だった。どう転がっても最後はなんとかなるだろうと。

 それがもはや夢幻、希望など何処にも無い。

 

「デハ、ユクゾ」

「くっ」

 

 開始の合図を貰えるという恩情に感謝の念を覚えることもできず、隊長は己の槍を見つめ『切り札』を使用すべきか思い悩む。

 

(駄目だ! 今『入れ替え』て使用しても、蟲のモンスターを道連れにすることしかできない。必要なのは“ぷれいやー”に脅しをかけて交渉の場に引き込むことだ。その為に! “絶死絶命” “ミマモリ”様、後は頼みましたよ!)

 

 覚悟を決めて周囲の状況を把握してみれば、無事な者など一人も残っていなかった。

 カイレ様は麻痺ガスでも吸わされたかのように、闇妖精(ダークエルフ)の足下でひれ伏したままピクピクしており、その身に“ケイ・セケ・コゥク”はない。

 漆黒聖典の隊員たちも蔦のような植物に身をからめ捕られており、幾人かは両膝を叩き潰されていた。

 ふと“時間乱流”の生まれながらの異能(タレント)と神の武具が組み合わさって生み出される奇跡の最終奥義、〈時間停止(タイムストップ)〉が発動した――と察するが、“ぷれいやー”と“従属神”は何事もなく停止している時間の中を動き続け、子供の遊戯を鑑賞するかのごとくだ。

 もっとも、己ごときでも時間対策の宝具を持っているのだから、神たるぷれいやー様に通じなくとも驚くようなことではないのだろう。

 もはやこれまで。

 

「こちらの準備が整うまでお待ちいただき恐縮です。ではっ!」

 

「ヨキ覚悟ダ」

 

 余計な考えに気を回している漆黒聖典隊長へ斬りかかり、そして斬り捨てるなどコキュートスには児戯でしかないが、モモンガ様が望んだのは全力の斬撃に対し「どの程度抗えるのか?」というものであった。

 故にコキュートスは相手の準備が整うまで待ったのだ。最高の一撃を準備して。

 

不動明王撃(アチャラナータ)――三毒ヲ斬リ払エ! 倶利伽羅剣!!」

「不落要塞っ!!」

 

 頭上から迫りくる“ソレ”は、斬撃などと呼べる代物ではなかった。あまりに大きく、鋭く、身を切り裂くほどの殺意に溢れた“死の塊”だったのだ。隊長が出来たことと言えば、みすぼらしい槍――通称“入れ替えの槍”――を掲げ、無意味とも思える“武技(ぶぎ)”を発動させることだけ。

 

 斬り抜けた刃が地面を砕く前に寸止めされ、分割された肉塊がドチャリと水音混じりの落下音を響かせる。

「不合格だな」大魔王の退屈そうな呟きが、評価の全てであろう。

 コキュートスの“倶利伽羅剣”は、受け止めたり受け流したりしてはいけない。発動された場合の正解は避けること。茶釜やアルベドなどのガチタンクで、高リスクのカウンターを狙う場合は例外だが、基本としては遅い発動時間を踏まえて回避すべきなのだ。

 まぁ、隊長にしてみれば「どこが遅いのだ?!」と文句の一つも言いたくなるところだろうが……。槍ごと真っ二つにされてしまった今となっては、言葉を発することもできない。

 

「コキュートス、感想を聴こうか?」

 

「ハッ、モモンガ様。コノ者ハ弱者ナレド、力ノ差ヲ理解シテイナガラ一歩モ引キマセンデシタ。見事ナ覚悟カト」

 

 プシューと冷気を吐き出しながら、コキュートスは久しぶりの敵対者を褒める。出来ることなら命を削り合うギリギリの攻防を行いたかったのだろうが、それでも真正面から立ち向かった槍の男に対し、武人として称賛せずにはいられないようだ。

 もしかすると『気に入った』のかもしれない。

 

「そうか、ならば死体は保管しておけ。先に渡した王国戦士長と共に、“武技(ぶぎ)”の研究に役立ってもらおう」

 

「ハッ、モモンガ様ノ御心ノママニ」

 

 コキュートスとの会話を終えて辺りを見回してみれば、全てが終わっていた。

 漆黒聖典隊員たちは転移門(ゲート)の中へ押しやられ、目の前には民族衣装のような服を両手で大事に持っているアウラ、そして一仕事済ませた疲労感など微塵も感じさせないマーレが待機している。

 両脇では、ギリギリまで身体を寄せてくる――ちょっと邪魔な――アルベトとシャルティアが笑顔でこちらを見ていた。

 デミウルゴスは周囲への警戒網を構築しているようだ。数百体の悪魔とハンゾウたちを用いて、外から余計な邪魔が入らないようスレイン法国神都を外界と隔離させている。いや、もしかすると神都の住人を逃がさないようにしているのかもしれない。

 

世界級(ワールド)アイテム確保……か。う~む、こんな簡単に奪取していいのだろうか? 悟のヤツが聞いたら「偽物では?」と疑うだろうなぁ)

 

 死が降り積もる厄災の地で“傾城傾国”をアウラから受け取り、アイテムボックスの貴重品枠に収めるモモンガは、事前に魔法による探査を行いつつも「後でパンドラに最終確認させよう」と心の予定表にメモるのであった。

 

「さて……」ジャリっと奇跡的に無事な石畳の上を数歩進み、モモンガは多大な被害を受けている中央神殿へ視線を向ける。

 そこには多くの人間の――恐怖に歪んだ瞳が並んでいた。

 装備からするとスレイン法国の兵士、及び神官たちなのであろう。国の一大事に集結し、一致団結して国難に当ろうとしていたのだ。

 それが今や、まともに立てぬほどの恐怖で足を揺らす、生まれたての仔山羊同然。誰一人として神殿から飛び出し、モモンガたちへ襲いかかろうともしない。

 

「向こうからは来ないつもりか? だが、こちらから出向くというのも妙な話だ。魔王は出迎えるものだろうに……」

 

「モモンガ様が足を運ばれる必要などございませんわ。この地へ御光臨して頂いたことだけでも、ゴミどもには過ぎた褒美かと」

「わらわに御命じ頂ければ、隠れ潜んだゴミなど即座に」

 

 グイグイとアピールが激しい二人に挟まれ、モモンガはしばし思考する。

 パンドラの探知によると、中央神殿にはレベル90台が一人いるらしく、詳細不明の宝物殿も存在するとのこと。

 つまりはギルドの中心部であり、強力な罠があることを意味している。

 ナザリックも“玉座の間”手前には、勇者パーティーを二つ同時に瞬殺できるほどのトラップとモンスターを用意しているのだ。

 それを考えれば、無闇に突っ込むわけにもいかない。

 

「ならば、丁度いい」モモンガはスレイン法国の外縁に広がる住宅都市部を見て「プレイヤーを誘き出しつつ、突撃要員を用意するとしよう」と不敵な笑みを浮かべる。

 

 モモンガが視線を向けた先は、スレイン法国の一般市民が住まう東部住宅都市。他にも西部、北部、南部とあるが、一箇所だけで百万人以上が生活している巨大都市である。

 六大神が人間の保護を続けて六百年、猛獣・魔獣・野盗などの被害をまったく受けない安全な生活場は、人類史上まれにみる人口増加を助長したのであろうか? いや、それだけ多くの人々が亜人たちから逃げてきた、ということなのかもしれない。

 スレイン法国の南部には、人間を奴隷、もしくは餌と認識する亜人国家も多いのだから。

 とはいえ、その辺りの事情など魔王には無関係だ。もちろん、たとえ関係があったとしても大魔王様は気にしない。

 

「守護者たちよ、今より超位魔法を詠唱する。アイテムによる即時発動を行わず、超位の魔方陣を目立つように展開させるつもりだ。お前達は発動阻止に出てくるであろうプレイヤーを警戒し、可能であれば迎撃せよ」

 

「「はっ、お任せください!」」

 

「では、この世界に来て初めての超位魔法だ。じっくり確認させてもらうとしよう」

 

 少し前までスレイン法国の神殿があった死滅の大地、そんな地獄の光景をバックに、モモンガは巨大な魔法陣を出現させる。周囲には守護者たちが配置され、その外にはアウラの魔獣らが警戒網を構築していた。

 

 

 遠目から恐怖の視線を飛ばしていたスレイン法国の神官どもは、紋様を変え続ける美しい球形の魔方陣に目を奪われながら、「これから何が起こるのか?」と己の上司へ縋るような視線を向けるばかりだ。

 まぁ、縋られても上司だってどうしようもないだろう。一瞬にして爆滅した複数の神殿に、真っ二つに切り裂かれ――その死体と他の隊員まるごと何処かへ持っていかれた漆黒聖典。神器を身に付けていたカイレ様も、いつの間にかいなくなっていた。

 最上位の神官長らは、「宝物殿に安置されている神々の宝具を護る」とおっしゃってから音沙汰がない。そのまま逃げたわけでもないだろうが、宝物殿の前でバリケードでも築いているのだろうか?

 いやそれよりも、何故攻撃されているのかが分からない。予兆なしに訪れた空間が歪むほどの大爆発。死体すら確認できない兵士や神官、被害のあった住宅地の住民の数を合わせると、死傷者は十数万に及ぶだろう。

 そんな甚大な被害を受けなければならないほどの罪を、スレイン法国は犯したというのか? 冗談ではない! もし万が一、歴史に残るような大罪を犯していたとしても、数万もの人命を摘み取っていいわけがない。神であっても許されない所業であろう。

 そう、たとえ相手がスレイン法国の伝説に残る六大神の一柱、“不死者の王”の同族であろうとも。

 

 

「ふん、超位魔法を目の前で発動させようとしているのに妨害なしか。レベル90台のプレイヤーはなにをしているんだ? 即時発動の場合もあるのだから、即応しないと手遅れになるだろうに。やれやれ、ガチ勢ではない――と判断してもよさそうだな。ではやるか」

 

 巨大な球形の魔方陣はあるべき姿を描き出し、モモンガは第十位階を超える神の魔法、超位魔法を撃ち放つ。

 

 ――〈黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)〉――

 

 その日、スレイン法国東部都市には黒い風が吹いた。実際には大気が蠢くような現象は起こっていないのだが、それは寒くも暖かくもなく、ただ全身の力が抜けるような……魂を撫でられるような実態無き風であった。

 多くの住居が立ち並ぶ、人口密度の極めて高い都心において、一人、また一人と、壊れた人形のように人間(ゴミ)どもが地へ伏していく。

 悲鳴はなく、逃げ惑う群衆もいない。

 それは静かな眠り。とても静かで穏やかな、ゆり籠に集められた百万近くもの住人が眠りにつく、非現実的で神秘的な、美しいともとれる光景であった。

 

「ははは、思っていた以上の影響範囲だ。これなら新記録も期待できるな」

 

「すばらしい威力でございますわ。召喚の贄としては前代未聞の数かと」

「ン? 召喚トハ何ノコトダ?」

「あらあら、コキュートスは知りんせんでありんすか? 勉強不足でありんすね~」

「そんなこと言って、アンタも知らないでしょ?」

「んがっ! 知っているでありんす! あ、あれがそうなって、そうなるでありんす!」

「や、やっぱり知らないんですね、シャルティアさん」

 

 機嫌の良い主の周りでは、超常の者たちが周囲の視線も気にせず骸骨魔王に纏わりついている。まるでピクニックにでもきているかのようだ。

 崩れ残った神殿の陰から覗き見ていたスレイン法国の神官などは、東部都市での異様な光景に「何が起こっているのか?」と理解が及ばない。

 遠目から見て、住人たちが倒れているのは判る。しかし何故倒れているのか? 無事なのか? 他の住人はどうなのか? 等々、現地へ足を運ばなければ判らないことだらけだ。

 まさか死んでいるわけではあるまい、と怖れの中にも希望を灯す。

 東部都市だけでも百五十万人の法国民が暮らしているのだ。それらが何かの力で害されることなど、あるわけがないだろう。たとえ相手が、骸骨の姿をした魔王であったとしても。

 

 モモンガは「やはりプレイヤーの横やりは無いな」と改めて周囲を見回すと、守護者たちと共に東部都市の――上空部分に現れたドス黒い塊を眺める。

 

「さぁ、生まれ出でるがよい。可愛らしい仔山羊どもよ!」

「――ッメエエエエエエエェェェエエエエ!!!!」

 

 遥か遠くにありながらも耳を押さえたくなる叫び声。

 ベチャリ、ゴチャリ、と巨大で生々しい“何か”が地面へと落ちる。

 それは黒く、腐った血よりもドス黒く、幾本もの触手を生やし、そして巨大であった。そう、あまりに巨大であった。五本もの巨木のような足――に押しつぶされた足下の住宅と比較しても、(ドラゴン)と赤ん坊であるかのような比率である。

 

「メエエエエエェェ! メエエエエエエ!!」

「おお、産声というやつかな? しかも五つ子だぞ! ……ふはっ、ふはははは! やった! 勝ったぞ! 悟の二匹を大きく更新だ!! ん? ということはユグドラシルの新記録か? はは、これは愉快……ちっ、また抑制か」

 

「おめでとうございます、モモンガ様。ところで“悟”とは?(旦那様とどんな関係なの!?)」

「あ、いや、(しまったなぁ、つい口が滑ってしまった)……ああ、気にするな。ユグドラシルでの協力者だ。この世界には居ない」

「さようでございまし――」

「モモンガ様! おめでとうございますでありんす!」

「凄かったです、モモンガ様! あんなに高レベルのモンスターを五体同時召喚なんて」

「か、かっこよかったです、モモンガ様。山羊さんたちもすごく強そうで、た、頼りになりそうです」

「都市ニ住マウ人間ヲ皆殺シニシテノ大召喚。流石ハ至高ノ御方々ノ頂点ニ君臨スル御方カト」

 

 この場にデミウルゴスが居れば、さらなる称賛の嵐が続いたことであろうが、彼は周辺警戒に出ていて不在である。それが良いのか悪いのかは分からないが、当の骸骨魔王は百万の死体を踏み潰してそびえ立つ、触手だらけの巨大な黒山羊――五体を前にしてご満悦であった。

 

「う~む、ゴミのような一般人を贄にしたわりには上手くいったな。これはやはり、最低経験値は大人であろうと幼子であろうと同じというわけか? ならば……」

 

 モモンガはふと「アレを持ってくればよかったかなぁ」なんて、宝物殿の最奥に安置されている籠手(ガントレット)を思い浮かべてしまう。「アレならば大量の経験値を確保できたのでは?」と今更ながら考えつくものの、そもそも黒山羊召喚に使用するので確保はできなくなるはずだ。やるならば別の機会に、であろう。

 

「さて」モモンガが黒山羊に向かって軽く骨の指を鳴らす――と、深い闇色の仔山羊たちは東部都市の建物と大量の死体を踏み潰しながら、飼い主に呼ばれた犬の如く近寄ってくる。

 ただその光景は、空を覆う黒い壁が迫りくる絶望と同義。

 言葉が出なかった、出せないでいたスレイン法国の兵士や神官たちも、悲鳴で答えざるを得ない。

 

「ひっ、ひいいいいいぃぃ!!」

「な、なんなのだ?! アレは!」

「魔神だっ! 魔神が召喚されたんだ!!」

「住人たちはなぜ逃げない?! なぜ倒れ込んだままなのだ?!!」

「どど、どうする!? どうするんだっ?」

 

 巨大であるというのは、それだけで力を示す要因になる。

 どんな愚か者であろうとも、巨体を動かす怪力が自分に迫ればどのような結果を生み出すのか、なんて知恵を絞るまでもないだろう。

 ただ吹き飛ぶ、ただ潰される、ただそれだけなのだ。

 もちろん、全身の血を吹き出しながら絶望と共にこの世を去るのは確定なので、何も悩む必要は無い。

 死は等しく与えられる、骸骨魔王様の御手によって。

 

「一体は外縁都市部を北回りで、もう一体は南回りで潰せ。残った三体は神殿を集中攻撃だ。特に中央の大神殿には注意しろよ。あそこには――」

 

 続く言葉で強者の存在、もしくはトラップを示唆するつもりだったのであろう。だがモモンガは言葉を止め、頭の奥に意識を繋ぐ。

 

「なに? 外部からの侵入者だと?!」

『はい、モモンガ様。北方の警戒網で“ハンゾウ”が捕捉いたしました。相手は白銀の全身鎧(フルプレート)を着込んだ騎士と人間の老婆――』

 

 守護者たちに緊張が走る中、モモンガは意識の奥に繋がるデミウルゴスからの〈伝言(メッセージ)〉を聞いていたのだが、紡がれる言葉を最後まで受け取ることは叶わなかった。

 〈伝言(メッセージ)〉が途切れるとほぼ同時に轟いた、天地を揺るがすほどの大爆音。顔を向けるまでもなく、膨大な圧力が感覚を揺るがす。爆心地はスレイン法国の北に広がる大森林。だがその規模は、モモンガに驚嘆の声を零させるほどであった。

 

「なっ?! 〈大災厄(グランドカタストロフ)〉に匹敵する爆発だとっ?」

 

 上空の雲を押し退けるかのように吹き上がる噴煙。

 巨大な木々を吹き飛ばす爆風。

 それは正に、つい先程観賞したばかりの、偉大にして最強の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が御業であった。

 

「ワールド・ディザスターか!? やはりこの地に居るのだな! 面白い! 異世界に来て初めての、カンスト同士のPvPだっ! 魔王の力を見せてやろう!」

 

「モモンガ様! 御待ちをっ!!」

 

「ん?」横へ視線を向ければ、〈飛行(フライ)〉を唱えたモモンガへ抱き付かんばかりに身を寄せてくるアルベド、そしてシャルティアの姿が見える。

 

「デミウルゴスの身を案じるモモンガ様の気持ちは痛いほど理解できますがっ、御一人で行かれるのはお止めください! あの威力です! 待ち構えているのは油断ならぬ強敵かと!」

「モモンガさまっ、わらわもご一緒させてくんなましっ!!」

 

 アルベドとシャルティアの悲鳴にも似た嘆願に、モモンガはふと己の行動を振り返る。

 

 ――『なぜ一人で戦いに行こうとしていたのか?』――

 

 深く考えなくともおかしいと解る。あまりに無謀な突進だ。今まで慎重に慎重を重ねた警戒を、(しもべ)と共に積み重ねていたのは何の為なのか?

 モモンガは骨の手を額に当て、心当たりへ愚痴を吐く。

 

(“悟”の思考か?! くそっ、ユグドラシルでプレイヤーを襲っていたときの癖が出たか。あぁ、そうだ、そうだな。あの頃は、守護者を伴ってPvPなんかできるわけもなかったからな。プレイヤーの痕跡を発見したら、こちらの情報を盗み見られる前に初見殺しで打ち倒す。事前の情報が得られない単独での不意遭遇戦なら、当たり前の行動だった……)

 

「ふぅ」モモンガは必要ないはずの呼吸を軽く行うと、金貨で復活可能だから気にもしていなかった――なんて素振りを微塵も見せず「デミウルゴスのことが心配で、少し気が逸ったようだ」と口にする。

 

「デミウルゴスも階層守護者の一人です。確かに巨大な爆発でしたが、耐えきれぬほどではないかと」

「アルベドノ申ス通リデス。デミウルゴスハ“炎獄ノ造物主”、生キテイルハズデス」

「モモンガ様! ここからでも、爆心地周辺に集まっているデミウルゴス配下の悪魔を数体確認できます。でも中心地の空間が何かの力で歪んじゃって、敵の姿がよく見えません」

「ま、魔法も少し変です。デミウルゴスさんに伝言(メッセージ)が繋がらないです」

 

 殺気立つ守護者らを前にして、モモンガは「ふむふむ」と感心していた。

 悟がいた頃とはまるで違うPvP環境だ。優れた知能と能力を持つ(しもべ)が何体もいる。この者たちと連携すれば、過去のアインズ・ウール・ゴウンにも負けない協力プレイが可能だろう。

 

(やれやれ、一人で狩りに出ていた期間が長すぎたんだ)

 

 スレイン法国に「ギルド戦だ」と余裕を持って乗り込んだときには、(しもべ)の力を有効活用すべく差配するつもりだったのに……。予期せぬ横やりに対してだと昔の癖が出てしまう、とは魔王失格だ。

「悟のヤツめ」モモンガは軽く八つ当たりを行うと、一人先陣を切ろうと鼻息を荒くしている吸血鬼(ヴァンパイア)へ声を掛ける。

 

「シャルティア、私の楽しみを独り占めするのは許さんぞ。敵を歓迎するなら私たち全員でだ。さぁ、デミウルゴスの驚いた顔を見にいくぞ! 〈全体飛行(マス・フライ)〉」

 


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