骸骨魔王のちょこっとした蹂躙   作:コトリュウ

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第9話 「牧場魔王」

「この者は私を倒そうとした勇者だ。魔王へ立ち向かい、限りなくゼロに近い勝機を必死に掴もうとした挑戦者には敬意を払え。言っておくが、世界級(ワールド)アイテムの種類によってはこちら側が敗北していた可能性もあるのだ。戦局を見誤るなよ」

 

「そ、それは……」

 

 敗北の可能性と言われても、アルベドには理解できない。自身の持つ最上級の頭脳をもってしても、愛する旦那様が退けられる未来など算出できないのだから。

 シャルティアやコキュートスに至っては、何かの冗談であるとしか思えないようだ。

 

「ふっ、そうか、そうだな。パンドラでもナザリックにある十一個の特性しか知らないのだから、お前たちが知らないのも無理はない」大魔王は宝物殿の天井へ視線を向け、遠い過去の記憶を思い出す。「世界級(せかいきゅう)には存在するのだ。たった一つでナザリックの全戦力を打ち砕ける、頭のおかしなぶっ壊れアイテムがな」

 

 想像することは無理だろう。統括としてナザリックの戦力を把握しているからこそ、あり得ないと断言したくなる。

 しかし、モモンガ様が虚言を弄することの方があり得ないので、全ては真実なのだ。

「そんなアイテムが存在するのなら、世界のバランスは崩壊してしまう」と、アルベドは『今まさにバランスを崩しているナザリック』を棚に上げて危機感を募らせる。

 ただ、本当の恐怖は別にあった。

 

 ――『もしかすると、モモンガ様を害されていたかもしれない』――

 

 おそろしい。

 心臓が激しく鼓動し、全身から汗が噴き出る。

 そんな可能性があったというだけで、絶望が全身を駆け巡る。

 だけど、忘れてはいけないのは『モモンガ様自身が全てを知っていながらも、宝物殿へ踏み込んだ』身も凍る事実だ。

 

「モモンガ様……、どうか、どうかそのようなことはお止めください」

 

「ん? あぁ、確認もせず宝物殿へ入ったのは……。アルベドよ、泣くようなことではない。魔王が勇者と戦う場合、そこには必ず敗北の可能性を残すべきなのだ。絶対に負けない決闘など、何の価値もない」

 

 魔王は淡々と、それでいて絶対の自信を込めて言い放つ。

 

「心配することはない。危機的状況に追い込まれてなお勝利する。それこそが真の大魔王だ。全世界が崩壊の憂き目に遭うような――そんな瀬戸際まで全種族を追い込まねば、ラスボスとして立つ瀬がないだろう? まぁ、そのまますべてを滅ぼしてしまっても構いはしないが」

 

「勇者の頑張りに期待だな」滅ぼす側とは思えない言葉を最後に、モモンガは豪華なローブをはためかせ、死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)へ向き直る。

 

「さてミマモリ、だったかな? 勇者たるお前には何か褒美をやろう。望みはあるか?」

 

 降伏した勇者に褒美を与える魔王など聞いたこともないが、ミマモリは『最後の希望』とばかりに魂からの渇望を吐き出す。

 

「お願い申し上げます! スレイン法国の存続を! どうかっ! どうか!!」

 

 既に神都は半壊し、住民も多数が踏み潰されている現状ではあるが、まだ壊滅したわけではない。副首都に南部都市、対エルフ戦に用いている砦など、人的被害の無い場所は結構残されているのだ。これ以上の虐殺さえ止められれば、国として生き残ることは可能であろう。

 大魔王モモンガ様が許せば、の話ではあるが。

 

「ふむ、そうだなぁ。これ以上殺しても特にうまみは……ん? あぁ、そうか。よし、ミマモリよ。スレイン法国が存続することを、大魔王モモンガの名において容認しよう」

 

「モ、モモンガ様?」

「おおぉ、過分な御慈悲を頂き、まことにありがとうございます」

 

 愛する旦那様の御言葉に異を唱えるつもりなど、妻たるアルベドにはさらさらないが、戸惑うくらいは仕方ないだろう。

 平伏しながら感謝の言葉を述べているミマモリですら、奇跡を賜ったかのごとく驚愕しているはずだ。

 スレイン法国はナザリックを――モモンガ様を覗き見ようとした愚か者である。潰されて当然のゴミであり、慈悲を与える価値すらない。

 そのはずであった。

 

「ちょうど思いついた案があってな、人間の国を使って実験だ。今日この日より、スレイン法国は“牧場”とする」

 

「えっ?」と声が聞こえるような仕草であっただろう。ミマモリが顎骨をパカンと上下に広げる有り様は、誰が見ても『唖然』としているようにしか見えない。

 

「人間を繁殖させて“生まれながらの異能(タレント)”や“武技(ぶぎ)”、“現地にしかない魔法”などを研究させてみよう。パンドラの報告では水薬(ポーション)にも変化があるようだしな。それに人間は、どんなに弱くとも“最低経験値”だ。他に使い道が無くなったら集めて殺し、“強欲”に吸わせよう」

 

 世界級(ワールド)アイテム“強欲と無欲”は、カンストプレイヤーが獲得できない余剰経験値を溜めこむことが出来る。そして必要な時に使用することも可能だ。

 だからこそ、経験値たる人間は増やす価値がある。

 国家として人間牧場を運営してくれるのなら、有難いことこの上ない。

 

「牧場……でございますか、人間の……牧場」

 

「どうした? 国家も牧場も大した違いはないだろう? 不満でもあるのか?」

 

 本当に不思議そうな、素晴らしいアイデアだろうと言わんばかりの魔王に、ミマモリは二の句が告げない。

 ただ、己自身も異形種、死の支配者(オーバーロード)なのだ。

 冷静に冷酷に、人間が、スレイン法国が生き残るためにはどうすればいいのか、答えを出せてしまう自分が恨めしい。

 

「不満などいささかも。スルシャーナから『行く末を見守るように』と命じられましたスレイン法国。それを残して頂けるなら、どんな形であろうと感謝申し上げる次第であります」

 

「はは、『見守る』から“ミマモリ”なのか? ネーミングセンスは“悟”並みだな。まぁそんなことより――、お前は先ほどから自分の主を“スルシャーナ”と呼び捨てにしているな。召喚された副官としては違和感があるぞ。どういうことだ?」

 

 牧場の件から召喚主の件へ、話題がぶん回されて思考が追い付かないミマモリであったが、魔王からすると人間牧場など雑談の一つでしかない。

 何百年も見守ってきたミマモリの苦悩など、知る由もないのだ。

 それより今は好奇心が勝る。

 殺されたと言われ、現時点においても姿を見せないプレイヤーの“スルシャーナ”。召喚主が不在、又は死亡しているにも拘らず副官として健在の“ミマモリ”。だが忠誠心に微妙な乖離を感じる。

 そう、まるで絶対の主人と思っていないかのような……。

 

「現在、我が主“スルシャーナ”は死亡消滅しており、私との繋がりも切れております。本来であれば主の死に絶望し、自暴自棄となるところかもしれませんが、今の私は“野良”なのです。“スルシャーナ”は“ミマモリ”を『ギルド拠点の防衛NPC』として配置した後、ギルドを解散させました」

 

「なん、だと?」

 

 ギルドの解散、それは何も珍しい話ではないが、『異世界で』となると意味合いが異なる。

 そんなことが可能なのか? と己に問えば、マスターソースとギルド武器があれば確かに不可能ではない。

 ナザリックでも、ギルドメンバー三分の二以上から権限を受け取っているので実行可能だろう。しかしそうなると宝物殿は? ギルド武器は? 防衛NPCは? と多くの疑問が溢れ出てくる。

 

「スレイン法国は解散したギルドの残骸だと? 宝物殿はそのまま残り、NPCは忠誠が外れ野良となる? ならばギルド武器は? ギルド武器はどこにある!?」

 

 戦闘の時より気が昂っているのではないだろうか? 心配そうに見つめてくる守護者らの前で、大魔王モモンガは少しばかり目を輝かせていた。

 未知を既知としていたあの頃のように。

 

「はい、ギルド武器はこの宝物殿に散らばっております。ギルド解散のあの日、ギルド武器は解体され、元の素材アイテム及びデータクリスタルとなりました」

 

「ほう、それは」魔王は新しい発見でもしたかのように骨の指を顎先に当て「ギルド武器として特別に増量されていたデータ容量が、無効にされたからだろうな」と金貨で溢れている宝物殿内部を見渡す。

 

「面白い、お前の話は実に面白い」守護者の嫉妬が渦巻く宝物殿で、大魔王は平伏している骸骨を褒める。退屈だったユグドラシルと比べて、異世界は新発見の連続だ。仕様の変化も多種多様であり、まだまだ発掘出来そうで期待が持てる。

 

「ふふ、少しばかり長話に付き合ってもらうぞ」

 

「はっ、かしこまりました。偉大なる御方」

 

 

 

 宝物殿内に〈上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)〉で黒曜石の玉座を創りだし、深く腰を掛けた魔王――の傍で、アルベドらに睨まれたままのミマモリは自身の知識を惜しみなく差し出す。

 それは六大神、八欲王、十三英雄、そしてスレイン法国の歴史。プレイヤーがこの世界においてどのように生き、死んでいったかの物語であった。

 

「六百年前だと?」魔王はこの時になってようやく自身の思い違いに気付く。スレイン法国に入り込んでいたプレイヤーは、魔王と同時期に転移してきたわけではない。国家と手を組み、アイテムの提供やNPCの配置を行っていたわけではないのだ。

 転移の時間軸が違う。

 協力者ではなく建国者。

 加えてプレイヤーは一人も居ない。高レベルの存在は皆、子孫であると。

 

 無論、法国に閉じ籠っていたミマモリの知識を鵜呑みにするのは危険だろう。他にもプレイヤーは居るかもしれないし、八欲王が遺したという“浮遊した城”以外にもギルド拠点はあるかもしれない。

 その点はユグドラシルとさほど変わらないはずだ。

 PvPの警戒はいつも通り、ギルド戦の用意も怠らず、敵対者は徹底的に叩き潰す。

 そう、いつものナザリックだ。

 

 魔王は最後に、宝物殿に残されている金貨が現地で作られた偽金貨であることを知らされて「はぁ?」と骨の顎をカクンと下げてしまい、「スレイン法国が年に一度、ユグドラシルの偽金貨を数千枚用意して奉納するのです。いつの日か訪れるであろう、神の再降臨を信じて……」なんてミマモリの言葉に少しばかり考え込んでしまった。

 

 当然ながら、法国民の信仰心に心を打たれていたからではない。

 エクスチェンジ・ボックスに偽金貨を入れたらどうなるのか? と小さな未知を楽しんでいただけである。

 

「まぁいいか。全部持っていくとしよう。シャルティア、(しもべ)を呼んで全てをナザリックへと搬送させよ。仕分けはパンドラが行う」

 

「というか勝手にパンドラの奴がやり出すだろう」なんてボヤキを加えつつ、魔王は――嬉々として身体を寄せてくるヴァンパイアの頭をポンポンと叩く。

 

「か、かしこまりんした、モモンガ様! 一切合財運び出すでありんす!」

 

「ふぐぬぬぬぅ、羨ましいぃぃ!!」

「適材適所トハイエ、御勅命ヲ頂ケルトハ」

 

「こらこら、お前たちは私の護衛だ。これからミマモリに案内をさせて、少しばかり法国首都を見て回るぞ」

 

「はい、(旦那様!)」

「ハッ、カシコマリマシタ」

 

「ぬぬぬぅぅ、モモンガ様に何かを命じて頂けるんは至福の喜びに違いありんせんが、護衛の任も御褒美みたいなものでありんすぅ。わたしはどうすれば……」

 

 何かに葛藤しているかのような美少女吸血鬼をスルーし、大魔王は宝物殿の外へと足を運ぶ。

 そこにはアウラが配置した魔獣と護衛のハンゾウたち、そして粉砕した人間の残骸と瓦礫の上に立ち並ぶ――黒山羊五体が主の帰りを待っていた。

 

「ふむ、プレイヤーの不在が明らかになった現時点においては、過剰な護衛だな。魔獣はアウラの元へ帰してもよいだろう。ハンゾウはそのままでいいか。黒山羊は……うん? そういえば帰還する気配など微塵も感じられないが、いつ還るんだ?」

 

 巨大過ぎる黒山羊の存在感が圧倒的であることに、モモンガは少しばかり首を捻ってしまう。

『異世界における召喚の仕様』に変化があったことは、パンドラからの報告で判明している。通常召喚と死体を用いた召喚だと、後者の方が召喚時間を長く保てるらしい。というか、今のところ限界が判っていないので、もしかすると無限だったりするのかもしれないが。

 

(だとすると、百万人の魂を吸い上げて召喚された黒山羊たちはどうなるのだろう? さすがにこのままずっと、なんてことはないと思うが、まぁどこかで遊ばせておけばいずれ判明するか)

 

 人間を踏み潰し過ぎて赤く染まった巨木のような複数の足を眺め、モモンガは「よく遊んだようだが、まだ足りないのであれば南にあるという亜人の国家で暴れてくるといい。この場は牧場にするから、これ以上は壊さないようにな」と、プルプル触手を動かす可愛らしい子山羊たちを送り出す。

 はっきり言って迷惑な話であろう。

 大魔王にとっては『プレイヤーを誘き出すための陽動』としての意味合いもあるのだろうが、遊び場にされた牛頭人(ミノタウロス)豚鬼(オーク)人食い大鬼(オーガ)の国家は絶望に打ちのめされるはずだ。

 唯一の救いは、「いずれ経験値として吸い取りに行くからほどほどになぁ」と黒山羊にかけられた魔王様の御言葉ぐらいだろう。

 ただ、この時のモモンガは予想していなかった。

 近い将来、遊びに行った五体の黒山羊が、砂漠地帯のオアシス上空に浮いている城のような建造物へ襲い掛かり、最終戦争のような騒動を起こすとは……。周辺地理に疎かった魔王様には分からなかったのである。

 まぁ、気にしていなかったとも言えるだろうが。

 

 

 

「ふ~む、結構生き残っているものだな。東側は全滅だが、西側はほぼ無傷だ。南北は半分ぐらいか?」

 

「偉大な御方の恩情のお蔭です。これからは牧場として人間の繁栄――いえ、繁殖に邁進したいと思います」

 

 牧場としての生存を受け入れたミマモリは、生き残っている法国民の惨状から目を逸らしつつ、魔王へ平伏する。

 

「あぁ、後で我が(しもべ)をこの地へ派遣するから、その者と相談して牧場運営を進めてくれ。それまではミマモリ、お前に任せよう」

 

「はっ、仰せのままに」

 

 軽く神都を見回してみても、魔王の視界に目新しいモノは映らない。

 神殿は全て崩壊しており、宝物殿以外は無数の瓦礫と黒い塵が降り積もるクレーターだけが存在感を醸し出していた。

 遠くに見える住宅都市では、多くの人間が逃げ惑っているようだ。でもまぁ、特に面白味はない。

 この神都以外にもスレイン法国の都市は複数存在し、そこには多くの人間が事情を知らず生活しているはずだが、魔王がそんな些事を気に掛ける必要もないだろう。

 面倒ごとは(しもべ)に任せればよいのだ。

 大魔王たるモモンガにとって、勇者の居ない国家など家畜が蠢く牧場程度でしかない。つまり、『スレイン法国に用はない』ということだ。

 

「さて、シャルティアの様子でも見てからナザリックへ帰るとするか」

 

「はい、モモンガ様。どこまでも御傍に(もちろん寝室までも)」

「ハッ、カシコマリマシタ」

 

 相変わらず妙な圧がアルベドから発せられるなぁっとお馴染みな感想を覚えつつ、宝物殿での運搬作業がどの程度進展した気になっていたモモンガは、豪華なローブをはためかせながら足を向けようとしていた――のだが、ふと立ち止まると、骨の指を頭の側部へ添えていた。

 

「どうした? デミウルゴス」魔王の口から洩れた名は、ナザリックへ戻した守護者のもの。負傷したことと、貴重な情報を持っているであろう老婆の尋問を行う為に、魔王の傍から外されてしまった、不運とも言える可哀想な悪魔の名であった。

 アルベドとコキュートスは不測の事態かと気を引き締め、大魔王様の御言葉に――いつもとさほど変わらないが――全身全霊を傾ける。

 

「ほぅ、人形遣いの所在が判ったか。それは重畳」

 

『はい、モモンガ様。人形遣いの正体を含め、御満足頂ける面白い情報をお渡しできるかと。この老婆は情報源として、他に類を見ないほど貴重な存在であったようです。人形遣い関連以外にも素晴らしい情報を数多く抱え持っており、現在精査中でございます』

 

 〈伝言(メッセージ)〉から感じられるデミウルゴスの口調は、どこか嬉しそうだ。モモンガ様に楽しんでいただける情報を得たからなのか、それとも己の失態を挽回できそうな材料を手にしたからなのか。

 まぁデミウルゴスからすれば、『己の失態』とやらもモモンガ様へ不利益をもたらす行為であるから挽回したいのだろうが……。

 

「今のところは人形遣いの件だけでよかろう。他の案件は、時間をかけてじっくりと確認すればよい」魔王は〈伝言(メッセージ)〉を繋げたまま歩き出し「私はそろそろナザリックへ戻る。報告はそちらで聴くとしよう」とアルベドらにも聞こえるよう宣言した後、デミウルゴスとの通話を終了させた。

 

 モモンガはしばらく散歩のように歩き続け、スレイン法国の惨状と、畏まっているミマモリを観察する。

「我が身を滅ぼすには至らなかったな」小さく呟き、癖となっているため息を漏らす。

 スレイン法国の底は浅かった。

 ギルドはすでに解体され、宝物殿程度しか残っておらず、最強の個体はレベル90台の“白黒少女”と“ミマモリ”だけ。レベル70台や60台も数名いたが、魔王にとっては雑魚同然。コキュートスのように価値を見いだせるわけもない。

 ただ、世界級アイテムが二つもあったのは驚きであり、「もっと上手く運用してくれたなら、面白い戦いが出来たかもしれんなぁ」なんて相手方の戦略に注文をつけたくなる。

 

「情報の価値、か」ギルドメンバーが語っていた重要にして最大の要素だ。モモンガはその言葉を口にしつつ、いずれ現れるであろう――ナザリックの監視網を掻い潜って魔王の首を狙う勇者へ、「早く来い」とぼやくのであった。

 

 

 ◆

 

 

 リ・エスティーゼ王国の北部には、複数の亜人種族と少数の人間種からなる都市国家――評議国が存在する。

 評議国を率いているのは、五匹とも七匹とも言われている竜王(ドラゴンロード)で構成された評議院。数が不明確なのは『名前だけを置いている竜王(ドラゴンロード)』や『死亡している竜王(ドラゴンロード)』が構成員とされているからであるが、対外的には多いほうが好都合なので特に訂正などはされていない。

 

 評議国の東北にその巨大な亀裂はあった。

 (ドラゴン)の巨体すら飲み込めるであろう暗い亀裂の中へ降りて――徒歩では不可能だが――行くと、中腹には人では造り出せないほどの大きな穴があり、その奥には古代神殿にも似た大規模な施設が現存している。

 とはいえ、誰でも入れるようにはなっていない。

 “始原の魔法(ワイルド・マジック)”で隠蔽が成されており、『そこにある』と確信していない者には、入り口すら発見出来ないのだ。他にも意識を外へ向ける魔法や入り口が壁に見える幻術など、複数の技で侵入者を防いでいる。

 そんな誰も寄りつかないような僻地の最奥で鎮座し続けているのが、評議院の一員であり、世界の崩壊を憂う最強の生命体、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)こと“ツァインドルクス=ヴァイシオン”、通称ツアーである。

 まぁ「世界を気に掛けている」なんて言っても、苦境に至っている奴隷を解放するわけでもなく、餌となっている人間を助けるわけでもない。無論、亜人狩りに口を挟んだりもしない。

 あくまで対象は世界であり、そこに住まう命。公正で平等な、生きとし生ける者たちの天秤を傾けない、バランスを保つことこそが主眼なのだ。

 だから、友人のリグリットを消し飛ばす瞬間も躊躇しなかった。彼女が持つ情報は個人という範疇を超えて、あまりにも危険過ぎるのだ。敵の手に渡るなんて愚行は、絶対に阻止せねばならない。

 特にギルド武器の情報は、世界を傾きかけない重大案件だ。

 五百年たった現在でも、天空に座するギルド拠点。“竜帝”率いる竜王(ドラゴンロード)たちが命を懸けて打ち倒した、三十もの従属神。資金枯渇――リーダーからの(げん)――で半分以上は復活していないが、いまだ十数体の従属神が強大な力と共に眠っている。

 その昔、『星に願ったリーダー』がギルド武器の装備資格を得て拠点の中へ入ったものの、出来たことと言えば拠点内の通行と、使えそうな武装やアイテムを数点持ち帰った程度だ。

 どうやらギルドマスターとしては認めてもらえなかったらしい。

 故に、危険な従属神は危険なままで、今も天空の城に待機している。

 常時活動しているのは数体らしいが、ギルド武器が破壊されたりすれば、生き残っている十数体の従属神が世界を破壊しようと目を覚まし、暴れ狂うのだろう。無論、下方に築かれた街などは全滅必至だ。

 許すわけにはいかない。

 見過ごすわけにはいかない。

 そう、今までは――今日この時までは、ギルド武器の安全な保管こそが最重要で最優先……だったのだが。

 

「こんなことになるなんて……、ごめんよリグリット。隠蔽魔法までかけて一キロも後方に待機してもらっていたのに、八欲王にすら見つからない高いレベルの隠密であったはずなのに、どうして……」

 

 スレイン法国で暴れていた悪魔たち、そして“イジャニーヤ”を思い出させる忍者型モンスターは、まるでリグリットがそこにいると最初から分かっていたかのように――「後方から戦場を観察するにはその場所が最適」だと読み切ったかのように突っ込んできた。

 リグリットの捕縛を妨害できればよかったのだが、相手はいずれも高位のモンスターばかり。本体でならともかく、鎧人形のままでは手も足も――いや、手ぐらいなら出たかもしれないが……。勝算は低かろう。

 だから自爆を選択したのだ。

 幸いにして、最上級の悪魔を含む数体の高位モンスターを巻き込むことができ、相手の戦力を大きく削ることには成功した。死体が残らないほど粉微塵に吹き飛ばしたのだから、蘇生も不可能だろう。

 ただ、確実に居るであろう“ぷれいやー”の存在を確かめるまでに至らなかったことは悔やまれる。

 

「世界を汚す邪悪な存在であることは間違いないね。後は何名来ているのか、拠点はあるのか、従属神は……」

 

 ツアーはブツブツと呟きながら、人形の視界で捉えた指揮官らしき悪魔を脳裏に浮かべる。

 

「あの眼鏡をかけた悪魔は従属神かな? 誰かの命令に従って動いていたみたいだけど……。殺しきれてはいないだろうなぁ。でも、あの程度なら私でもなんとかなるかも?」

 

 八欲王との戦いを思い起こし、ツアーは「あの時に比べたらマシだろう」と少ない希望を必死に灯そうとする。

 五百年前、八名の“ぷれいやー”と拠点たる浮遊城、そして三十体の従属神が現れたあの日。世界は破滅に陥った。

 この世の全てを支配していた“真の竜王”たちは、欲望のままに暴れる愚か者たちを殺しに殺し、復活してきても殺し、己の命すらも使い尽くす最悪の消耗戦の果てに、八欲王を消滅せしめる。従属神も半数以上が復活できなくなるまで叩き潰し、拠点の機能も最低限にまで追い詰めた。

 とまぁ、そう言うと聞こえはいいが、結局は八欲王の仲間割れが根本の原因だったりする。従属神を仲間へ差し向けた八欲王の心境は、どのようなモノであったのだろう? 今でも時折、血の涙を流しながら魂を引き裂く悲鳴と共に自決した――天使のような従属神の姿が浮かぶ。

 

「邪悪な存在で数が多い場合は仲間割れが期待できる。でも数が少なければ、私が仕留めるしかないね。問題なのは従属神と使役モンスターだけど、ぷれいやーに気取られないよう少しずつ狩っていくしかないかなぁ」

 

 情報を集める為の接触は、最悪の展開で終わってしまった。判ったのは、『この世界を汚さんとする邪悪なる存在』の出現のみ。つまり、得られたモノは殆ど無いということだ。

 最強たる竜王(ドラゴンロード)は、巨大なドーム型の古代神殿中央にて、大きなため息を漏らしてしまう。

 

 ――コツコツ――

 

「え……、えっ?!」

 

 “足音”であると、“複数の足音”なのだと気付くのに少しばかりの時間を要してしまった。

『そんなバカなっ』頭の中で驚きの声を上げても、足音は唯一の出入口側から響いてくる。隠すつもりもないのか、四体の人型らしき存在は竜王(ドラゴンロード)の探知に捉えられながらも歩みを止めない。

 

「いったいどうやって?」

 

 この地は知っている者しか入り込めない。誰かに場所を教えて貰った程度では無理なのだ。『そこにある』という疑念の無い完璧な認識こそが、形のない扉を開けるカギとなる。故に偶然は有り得ない。

 つまり、侵入者はこの地の情報を完璧に得ており、白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)の存在を把握しているのだろう。

 ツアーは無意識に、奇妙な形状の剣――ギルド武器を握り締めていた。

 

「……ん? おっと、ようやく会えたか。さてさて、確かツアーという名で呼ばれておったかな? “真の竜王”よ」

 

 姿を見せたのは、真っ赤なローブを着込んだ骸骨だ。

 上から下まで目が痛いほどの赤で統一されており、計六色にも及ぶ巨大な宝石をボタンのようにつけ、その周囲に金糸で奇妙な文字の刺繍が施されている。まるで派手という言語をファッションで表現したかのようであるが、濃密な魔力の波動は凄まじく、竜の感覚に頼るまでもなくその価値は測り知れない。

 手にしている赤き水晶が先端に付いた杖も、炎を纏わんばかりの真っ赤な魔力で満ちており、尋常ならざる魔法具(マジック・アイテム)であることは一目瞭然であった。

 

「な、なぜ? 生きて……」

 

 骸骨に放った言葉ではない。ツアーが見ていたのは骸骨に付き従っている、従者のごときモンスターたちだ。

 先頭に立つ薄衣の忍者型モンスターは、“始原の魔法(ワイルド・マジック)”で跡形もなく消し飛ばしたはずだ。骸骨の左側に控える、角と翼そして強大な怒りの炎を纏う最上級の大型悪魔も、逆側に居る青年のような悪魔と共に至近距離で木端微塵になったはずである。

 見間違うとは思えない。

 身に纏う気配からも、あの時爆発に巻き込んだ相手であるはずだ。

 

「あぁ、この者たちが世話になったな。今回の訪問は、そのときの礼も兼ねておるわけだが……。とりあえず自己紹介といこうか。我が名は“アエリウス”、プレイヤーとしてこの地に降臨した、絶対にして至高の存在! ――死の支配者(オーバーロード)である」

 


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