向カイ風ニモ負ケズ   作:柴猫侍

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十一. 新しい扉が開かれるのはふとした時

 

 拳が岩に叩き込まれる。

 チャクラコントロールにより威力が強化された一撃は、蜘蛛の巣のような亀裂を岩に入れ、同時に幾つかの破片を辺りに飛散させる。

 

―――今のは中々いい拳だった。

 

 僅かばかりの進歩を実感。ほとんど気休めだが、ゴールへ向かっている間に歩幅が大きくなったことは素直に喜ぶべきだ。

 しかし、余りにもゴールは遠い。

 綱手に言い渡されたお題―――人が通れる程度に、谷間を塞ぐ岩を除去する作業のことだが、途方もない作業量になるだろうと、一日目にして既にため息が出てしまう。

 達成できれば正式に弟子として認められる訳だが、初めて会った時の賭け並みに、シライトにとって不利なお題と言える。

 

 だが、今更引き下がるつもりはない。

 誰かのために頼んだ仕事を、そっくりそのまま自分が引き受けただけだ。他人任せのまま事を収めるよりも、達成後の感慨はより一層深いものとなろう。

 自分自身に励みを送り、再びチャクラを練り始める。

 

(最大チャクラを……一瞬で……拳に……っ!)

 

 全身の経絡系を通り、身体エネルギーと精神エネルギーより練られたチャクラが拳に収束する。

 冷水が一気に沸騰するかのような感覚。

 刹那、己の拳が最大の矛となるのを見計らい、拳を岩に叩き込む。先程広がった亀裂の中心に叩き込まれた拳は、さらに亀裂を広げ、一層多い破片を舞い散らせる。

 

 だが、まだまだだ。無駄が多い。これでは岩を削ることはできても、砕くことはできない。

 

「……ふぅ」

 

 辺りに散らばる破片もそうだが、手の甲に滲む血を目の当たりにし、シライトは一息つく。

休息のついでに、傷を負った己の手は未熟な掌仙術で治癒する。必要以上にチャクラを込めれば自身が昏倒してしまう為、細心の注意を払いながら、だ。

 ここで言う休憩は、あくまで肉体的な休息。緻密なチャクラコントロールを必要とされる“破壊”と“治癒”―――どちらも、気を抜いて事に当たる訳にはいかない。

 それからある程度傷が癒えれば、辺りに散らばった破片を邪魔にならない場所まで抱えて運ぶ。時折、除去作業に当たって小さな岩―――それでも子供には重いだろう物―――は、これまたチャクラコントロールで身体能力を底上げし、ヨタヨタとふらつきながら運んでみせる。

 

(……なんやかんやで……考えられてるメニューなんだなぁ……)

 

 作業を数度繰り返した所で、シライトはこの除去作業の意図に気が付き始めた。

 医療忍術に必要とされるのは、何より緻密なチャクラコントロール。これは一朝一夕で為せるものではなく、出来るようになるまで試行回数を多く求められる。

 

 そして、この除去作業はそのような医療忍術を会得する過程で必要なチャクラコントロールを得られるメニューとなっていたのだ。

 

 一瞬で最大チャクラを練り上げ、必要な部位に集中させる作業。

 

 必要以上にチャクラを込めない作業。

 

 持続的にチャクラを練り、身体能力を向上させる作業。

 

 どれをとっても、緻密・繊細なチャクラコントロールを会得することに必要と言える内容だ。

 ただ言い渡した訳ではない。しっかり、必要な技術を会得できるよう考えられている。

 一週間という設けられた期限。それに伴う焦燥。されど、焦ればコントロールが乱れ、結果的に作業が滞る結果となろう。なによりチャクラは有限だ。雑に作業し、無駄にチャクラを浪費すれば一週間持つハズもなく、無論、岩の除去も不可能となろう。

 

「ふぃ~……」

 

 現在の作業量は、全体の一割にも満ちていない。

 どうにかして破砕作業についての技術を身につけなければ、お題を達成することは現実味を帯びてこないだろう。

 故に止まってなど居られない。

 焦ってもいけない。

 一歩ずつ着実に進まなければならないのだ。

 責任感にも似た焦燥を律し、深呼吸で心を整え、再び眼前の巨大な岩に臨む。

 

「頑張って下さい! もっと腰を入れて! こう、ぐっ、ドーンという感じで!!」

「……カツユ様……抽象的です」

 

 後ろで声援を送るカツユが、今この場の癒しだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 一日目の作業は、結局こなすべき作業の一割にも満たない程度で終わってしまった。

 拳は勿論、着ていた服も飛散する破片や塵でボロボロ。なによりチャクラをほとんど消費してしまい、一直線に歩くことができないほどにヘトヘトとなった。

 

 そんなシライトの面倒を看てくれたのは、鼠ノ寺の和尚だ。

 綱手は一週間待つ間、賭場のある町の方に泊まる予定である。本来ならば、シライトは綱手たちが泊まる民宿まで足を運ぶべきなのだが、如何せん作業が重労働過ぎて、いちいち町の方まで歩く体力をとっておけない。

 そこで、事情を知っている和尚が、一週間の間はシライトの面倒を看てくれることになった訳だ。

 全ては鼠ノ寺の者のためとは言え、和尚には頭が下がる想いであるシライトは、明日の作業を一層励まんと誓いながら、死ぬように床についた。

 

 そして二日目。朝食も振舞ってもらった後、朝早くから除去作業に取り掛かる。

 昨日の作業で少しコツは掴んだとはいえ、まだ試行錯誤の段階だ。決して速いとは言えぬ速度で、それでもコツコツと岩の破砕、手の治療、破片の運搬をこなしていく。

 

 三日目。

 まだまだ終わる気配はないが、それでも一割は超えただろうか。

 一撃の威力はだんだん強くなってきたが、一方で、散らばる破片も多く、飛び散る勢いもそれなりに強まってしまったため、いちいち顔に当たって痛い思いをしていた。

 旅の始まりより身につけていたヘアバンドのポジションも試行錯誤し、なんとか破片が当たっても痛くならないようにと頑張る。

 結果、医者が手術の際に布で口元を覆うスタイルから、更に布の位置が頭へと上がっていき、目元も隠れるスタイルとなってしまった。傍から見れば、不審者でしかない。

 しかし、背に腹は代えられない。周囲から送られる視線(は、ほとんど無いが)に気恥ずかしさも覚えつつ、それを紛らわさんと拳を振るう。

 

 四日目。

 まだまだ終わらない。四日目となってくると、砕け飛ぶ破片の大きさもそれなりとなる。腰の入ったイイ一撃が入り、大きな破片が落ちれば、自分の成長を実感することができ、一人岩の前で不敵な笑みを浮かべる不審者となってしまっていた。

 『この破片の形……中々イカしてる』や『ああ、この形……イイ』など、飛び散る破片がスローモーションで見える世界の中、現実逃避のようなことを考える。

 シライトが、我ながら変態染みてきたと自分を悩ましく考えるのは、致し方ないと言えよう。

 

 そして、四日目になってきた露見してきた問題がある。

 最初は普通に地上に立ち、地道に削って来た訳であるが、大岩に窪みができた光景を目の当たりにし、バランスが大丈夫であるのか心配になってきたのだ。

 

―――ふとした瞬間、岩が自分の方へ転がり、押し潰されやしないだろうか。

 

 そんな不安から、シライトはちょこちょこ殴る位置を変え、横や上からなど様々な位置からの破砕を試みることとなった。

 こうなってくると、殴る際のチャクラのみならず、岩の側面などに吸着するチャクラのコントロールも要求され、より一層作業が難しくなってきたのである。

 これはまた難儀なこととなった。

 しかし、異身伝心の術を用いての仙人モード発動の修行に際し、物事を同時に平行することには多少慣れている。

 幸か不幸か、難易度は仙人モードよりも簡単だ。慣れるのもそう時間はかかるまいと、シライトはゴツゴツとした足場を素足で踏みしめながら、拳を振り下す。

 

 五日目。

 段々削れて小さくなってきている岩に、充実感を覚え始めた。

 物が削れて覚える充実感など、今まで考えたことがなかったが、思い返してみれば小さい頃は意味もなく地面を木の棒で削ったりしていた―――ような気がする。

 窪みが好きなのかもしれない。

窪みフェチになってきたのかもしれない。

 

「……いや、それはナイ」

 

 ふとした自分の新たなる扉の発見に対し、拳を以て自分自身へツッコミを入れる。

 轟く破砕音。飛び散る破片も中々の大きさだった。今日一番の威力が出たようだ。

 自己嫌悪による一撃が最も威力が大きいとは、中々悲しい結果である。数秒、青い空を見上げて心を洗い流すことを試みた後、血の滲んでいる拳を掌仙術で治療する。

 二日目の時点で痛みに耐えかね、気休め程度に拳には包帯を巻いていた。だが、始めは白亜であった布地も、一日が終わる頃には血と塵で赤黒く染まっている。それが気休めと分かっていても行ってしまうのは、人の性なのだろうか。擦り切れた包帯と、次第に傷が塞がっていく手の甲を見て思案する。

 

―――……やっぱり、この握った時の骨のゴツっとした窪みが……。

 

「……ふんっ!!」

 

 我に返らんと振るい落とした一撃は、今日一番の威力を誇った。

 

 そして―――六日目。

 周囲に激震が走った。轟く音は空気も震わせ、木々の上で囀っていた小鳥たちを周囲から追いやる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 息も絶え絶えとなりながら、拳を何度も振るうシライト。

 日が昇り、そして日が落ちるまで岩を殴り続けた拳は、いくらチャクラで強化されていても、ボロボロになってしまっていた。

 六日目となると、掌仙術もこなれてきたものだ。

 タイムリミットが設けられている中、繊細なコントロールが要求されれば、誰でも焦るものだろう。だが、だからこそ一回一回の試行が丁寧となり、結果的に短期間での習得を可能足らしめた。

 今のシライトの掌仙術は、医療忍者としてやっていけるほどに洗礼されている。

 

 だが、治療の時間は短縮できたとしても、問題なのは岩だ。

 まだまだ岩は健在。全体の五割ほど削ることができ、最初ほどの威圧感はなくなったが、人が通る道ができていないことには変わりない。

 

 あと一日。

 状況は絶望的と言っても差し支えない。

 

「……っ」

 

 朝から晩まで動き続けた疲れが出、シライトは空を仰ぐ形で倒れた。

 倒れたついでに休憩しようと、暇つぶしに満天の星空を見上げる。月明りが眩しい。穏やかな光は、少しでも気を抜けば微睡みを呼び寄せてしまいそうだ。

 結局、倒れたままでは寝てしまうと考えたシライトは、一分と立たぬうちに立ち上がり、再び眼前の岩へ相対した。

 

「律儀だな、アンタも」

「……ヒナイさん?」

「見ず知らず……赤の他人のために、なんでそこまでボロボロになってやるんだよ?」

 

 月光により伸びる影が近づいてくることに気が付いたシライト。

 振り向けば、チャポチャポと液体が揺れる音の鳴る竹筒を携えたヒナイが立っていた。

 

「……寝てなかったんですか?」

「和尚に、倒れてねーか見てきてくれって頼まれてよ。案の定来てみたら倒れてたじゃねえか、コラ。もう寝ろよ」

「すみません……時間がもったいないので」

「……顔」

「……はい?」

「貸せ」

「……はぁ」

 

 一度ヒナイの質問をはぐらかしたシライトは、すぐさま作業に戻ろうとするも、ヒナイの呼びかけを無視することもできず、一旦断りを入れた。

 そんな彼の様子に、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるヒナイは、徐に親指をカリッと噛む。ツーっと滴り落ちる真紅の血。月明りしか光源のないこの場では、真紅の血はそれこそ墨汁のように真っ黒な色合いに見える。

 

 一方、ヒナイに顔を貸せと言われたシライトは、何をするのかと疑問に思いつつ歩み寄った。

 次の瞬間、ヒナイはたっぷりと血にまみれた親指を、半開きになっていたシライトの口へ突っ込んだ。

 

「ぶっ……!?」

 

 仄かな塩気。

 舌の上を転がる鉄臭さ。

 ああ、血だ。違うことなき血である。

 

 指を口へ突っ込まれたこともそうだが、何より血を舐めさせられる現状に、シライトはグロッキー状態となった。因みに、指を突っ込まれた際、割と強めに爪が歯に当たっている。まさかここにきて歯茎が痛い思いをするとは、思ってもみなかった。

 

「おぇっぷ……わ、割と本気で何を……?」

「手ぇ見てみろ。治ってんだろ」

「……血を舐めて傷が治るなんて……どこの民間療法な―――」

 

 ヒナイの言葉に半信半疑で手の甲に目を遣るシライト。

 ぱっくり開きかけていた傷口は、仄かな緑色の光―――ちょうど掌仙術のような光に包まれ、あっという間に塞がっていた。

 

「……治ってますねぇ」

「だろ? なにがなんだか知んねぇけど、オレの血ィ舐めっと傷治ったりすんだよ」

「……本人なのに知らないんですか?」

「和尚は、“ケッケーゲンカイ”だかなんだとかじゃねえかっつってたぞ」

「ケッケーゲンカイ」

「おう」

 

 よく知らない単語を聞き、呆けるシライト。

 その後、近くに居たカツユに話を聞き、特殊な血筋を持つ人の特殊な能力であると理解した。親のことをあまり覚えていないと言うヒナイであるが、彼の両親も、特殊な血筋の者だったのかもしれない。

 そのド派手な髪色を見れば、尚更だ。

 シライトは人生の中で、地毛が黄緑色の人間は見たことがあるが、真っ赤な人間を見たことはない。だが、人間は千差万別。地毛が真っ赤な人々も居るのだろうという結論に至る。

 

「……なんか……その……凄いですね」

「月並みか、コラ。でもまあ、この能力がありゃああっという間に怪我治るだろ? 和尚にゃ、あんまり人に見せるなって言われてるんだけどよ、頑張ってるアンタになんにもしねえで居ると、尻の穴がムズムズすんだよ。だからよ、怪我したんならオレに言え。何回でも舐めさせてやっぞ」

「……遠慮させて頂きます」

「血ィ舐めんのが嫌なのか? そう思って、口直し用の水持ってきてやったんだからな」

「いや、そういう問題じゃ……まあ、そういう問題じゃないと言えばウソになりますけど……本当に大丈夫です」

 

 良心で、人に見せぬよう言われていた能力でわざわざ治療してくれたヒナイ。

 だがシライトは、遠慮する旨を告げ、擦れてボロボロになった拳の包帯を投げ捨てた。滲む汗を撫でる夜風に運ばれる包帯。しかし、塵と血で重くなっていた包帯は、ほどなくして地面にバサリと舞い落ちた。

 

「これを一人でやるのは……僕自身のためなんです」

 

 そう言い、振るう拳。

 いい一撃が入った。既に入っていた亀裂が更に岩の表面を奔り、バラバラと幾つか板のように表面が剥がれ落ちる。

 

「でもよ、聞いたぜ? それ、明日の内に全部退かさなきゃ、ちゃんと弟子になれねえんだろ? 人の善意突っぱねてまでよォ……もしできなかったら、アンタの努力全部無駄になんぜ?」

 

 食い下がるヒナイは、シライトが課されたお題が達成できなかった場合の時のことを説く。

 確かに、現状は達成できない可能性が高い。

 その時は綱手が愛想をつかし、見切りをつけられ、故郷を返されかねない結果となるかもしれない。

 が―――、

 

「……無駄になんかなりませんよ」

「は?」

「無駄になんか……なりません」

「……どうしてそういうこと言えんだ」

「その……目標を達成するまでに培った技術は……事実だから、です。たしかに達成できなかったら、努力が全部水の泡同然かもしれないですけど……その時は、“無価値”が価値あるものになれるよう……また新しい目標を立てればいいだけですから」

 

 岩を退かせなかった時、“正式に弟子として認めてもらう”という目標においては、今までの目標は水泡に帰す。

 しかし、例えそうなってしまったとしても、鼠ノ寺の人たちを救うべく、岩を退かすという目標の下では決して無駄にはなっていない。

 

「間に合わなくても……やり通します……!」

 

 この岩は退かす。

 今一度誓うシライトは、何度も拳を振るう。

 何度も。

 何度も何度も。

 何度も何度も何度も。

 何度も―――飛散せし破片は、花弁となりて舞い咲く。

 

 その様を後ろで眺めるヒナイは、只管に真っすぐな視線をシライトへ送る。

 するとどうだろうか。

 時が経てば経つ程、数をこなせばこなす程、その拳の鋭さはどんどん磨かれていく。

 そして、空が白み始めた頃―――彼は賭けに出た。

 

 

 

 ***

 

 

 

「さて……どんなもんか見物じゃないか」

「シライトくん、大丈夫ですかね……」

「ブー……」

 

 約束の七日目。

 今日一杯で道が出来ていなければ、弟子の話はなかったことになる訳であるが、先頭を歩む綱手は考えを読み取れないような無表情だ。心配そうにしているシズネとトントンとは大違いである。

 

 暫く歩み、そろそろあの岩が見える地点にまでやって来た。

 どの程度まで進んでいるか、純粋に疑問であったためか、綱手たちの足取りは自然と速くなる。

 

 岩は―――在った。

 

 大分小さくなっている。それでも、道というべきものは出来上がっていない。

 しかし、綱手たちの目が向いたのは岩そのものではなく、その上で座禅を組んでいたシライトの姿だった。

 

―――何をしているんだ?

 

 全員が、少年の行動に首を傾げていると、不意に動きが見え始めた。

 徐に立ち上がるシライトは、高々と拳を掲げる。

 そして、

 

「あひィ!!?」

「ブー!?」

 

 振り下された拳が岩に当たれば、地面が唸っているような振動と轟音が辺りに響く。

 同時に、拳を天辺に叩き込まれた岩はと言うと、悲鳴のような亀裂の入る音を奏で、ゆっくり……ゆっくりと左右へ開かれるように転がり倒れた。

 道が開かれたのだ。

 岩が砕き割れ、破片が花弁のように舞い散る中、少年は軽快な動きで地に足を着ける。

 スッと消え入る()()の一方で、限界を超えた拳は傷が開き、ぼたぼたと血が滝のように流れ始めた。

 

 その様に綱手は震える。

 

「綱手様……!」

「……治しておやり、シズネ」

「はい!」

 

 シライトの拳を目の当たりにし、目を手で覆い隠した綱手。

 そんな綱手を心配したシズネであったが、彼女の促しにより、シライトの治療へと赴かされる。

 

(……まったく、ホントにやりやがったんだねぇ)

 

 目を背けた光景。

 

 血は恐ろしい。

 かつて、恋人を戦場で看取った時のトラウマがあるからだ。

 

 だが、今この瞬間の震えは、血に対する恐怖だけではない。

 

「『桜花衝(おうかしょう)』。……ふんっ、及第点だな」

 

 事をやり遂げた少年を目の前にした興奮と感動。

 この震えは―――案外悪いものではない。

 

 桜は、確かに舞った。

 

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