向カイ風ニモ負ケズ   作:柴猫侍

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滝隠れ秘伝 ‐遊戯編‐

 息を潜める。奴に気づかれぬように。

 忍び足で近寄る。奴を捕らえられるように。

 

 緊迫した状況の中、彼らは対象である物を見逃さぬよう、じっと奴を見つめていた。

 だが、ふとした瞬間に誰かが枝を踏み、音を立ててしまう。これに伴い、奴はこちら側の存在に気づき、その場から逃げようと走り出す。

 不味い。焦燥に駆られた三人の内、一人が全力で駆け出した。

 奴との距離はドンドン縮まっていく。もう少し、もう少しだ。

 

 手を伸ばし、奴を捕らえんと飛び込む。

 

―――捕らえた。

 

 奴の体を確りと両手で掴んで見せた。

 しかし、その所為で受け身を取る為の手が塞がってしまう。せめてもの衝撃吸収のため、柔道よろしく肩から転がり、数回ゴロゴロと落ち葉や枝が散らばっている地面の上で止まる。

 

「フシャー!」

「つっかっまえったァー!!」

 

 毛を逆立てて威嚇する猫を掲げる金髪の少女は、任務の達成を声高々に叫ぶのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 滝隠れの里は、かつて優秀な上忍を何人も輩出したことにより、忍び五大国以外で唯一尾獣を割り振られたという歴史がある。

 だが、若い世代のほとんどはそのような歴史など―――そもそも尾獣という存在さえ知らず、自分たちの故郷を小国らしい小さな隠れ里だと認識していた。

 

 三度に渡る忍界大戦。滝隠れは地理上、火の国と土の国に挟まれているため、雨隠れや草隠れ同様に、土の国の火の国侵攻のために国土を踏みにじられることも少なくなかった。それでも、里に伝わる秘宝である“英雄の水”を用い、その一時の爆発的な力を見せることにより、辛うじて里を守っていたという経緯もある。

 だが、近年になって英雄の水は、使用すると寿命が縮むという副作用が改めて危険視され、使用することが固く禁じられた。

 故に、今の滝隠れはかつてほどの力は有していない。

 尾獣という強大なアドバンテージがあれど、結局は忍一人一人が高いことに越したことはないのが、忍者の世界というものである。

 

 そんな滝隠れだが、今年も新しい下忍が誕生した。

 今回は、滝にて生まれたひよっこたちの激闘の物語。

 

 

 

 ***

 

 

 

「フクロダ先生ェー! もっと忍者らしい任務ないんですかー!?」

「クン……君という子は顔を合わせたらすぐそれですね」

「ややや、やめろよクン。先生怒っちゃうかもしれないぞ?」

「トッチは男なのに、そんなナヨナヨしないでよね!?」

 

 滝隠れの里にて、様々な任務が集う受付所。

 そこで今、一つの班が今日の任務を受ける為に集まっていた。

 

 班の長―――所謂、担当上忍である眼鏡の男性・フクロダは、ピーピー騒ぐ金髪の少女・クンに対し、やれやれと言わんばかりに首を振っている。

 一方、上司に対して物申すチームメイトを窘める茶髪の少年・トッチは、フクロダの堪忍袋の緒が切れないかと不安になっていた。

 

 クンとトッチは、今年になって下忍になれた新米だ。

 滝隠れの忍者塾―――誰もが憧れる忍者という職業に就く為の登竜門である施設を卒業し、漸く下忍になれた彼ら。

 どんな任務が待ち受けているのかと期待に胸を膨らませていた二人であったが、待ち受けていたのは任務とは名ばかりの雑用ばかり。トッチは『これも任務』と割り切っているが、クンは違った。

 現実と理想のはく離に失望し、『忍らしい任務を受けたい』と毎日騒ぐ始末だ。

 

 長い金髪を、銀杏の葉を模した櫛でまとめているクンは、今日もまた上司に物怖じすることなく騒いでいる。

 いくら彼女が忍者とは言え、まだ年齢は十二。子供なのだ。

 大人らしくガツンと叱るのも一つの手だが、フクロダの場合は、『そこまで言うのであれば……』といった様子で一つの案を用意して来た。

 

「なら……今日はいつものDランクの任務ではなく、里長より直々に預かってきたCランクの任務をやりましょう」

「里長より!? 直々に!?」

「ええ。場合によっては、Bランクになるとも言付かっています」

「Bィーっ!? やるやるー!! やりま~~~すッ!!」

 

 心擽られる単語の羅列に、目を燦々と輝かせて任務を受ける意気を見せるクン。

 一方トッチはと言うと、“Bランク”という単語に慄いていた。それもそのはず、Bランクとは中忍以上が受けるのが望ましい難易度であり、場合によっては忍との戦いさえも予想される、命の危険が懸かるかもしれないのだ。子供の彼にとって、死が怖くないハズがない。

 

「ほほっ、本当に大丈夫なんですか、先生……?」

「ん~……まあ、そんなに強張らなくても大丈夫ですよ。里内で済む任務ですので」

「「?」」

 

 若干苦笑いで告げるフクロダに、二人はどういう意味であるのか? と言わんばかりに首を傾げる。

 だが、折角のCランク任務。受けない理由もなく、クンは快くフクロダの提案に乗り、トッチも流されるがままに受ける羽目になるのだった。

 

 そして、向かった先は―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 何故だ。何故こんなことになった。

 マスが描かれた盤上を前に正座するクンは、ただひたすらにそのような思考を繰り返していた。

 任務とは思えないほどに麗らかな木漏れ日が差す居間。時折部屋を吹き抜ける風の心地よさ、そして畳の香りにより、気を抜けば微睡みが襲い掛かって来そうだ。

 

 だが、クンの心境を支配するのはそのようなものではない。

 理解し難い現状、それらに対する疑問、苛立ち、退屈―――数多くが複雑に絡み合い、形容し難い感情が燻っていた。

 

 そんなクンの気も知らず、隣でニコニコ微笑んでいるフクロダ。

 直訴しようと口を開こうとした瞬間、目の前でコロコロと賽は投げられた。

 

「お! あがりっす! あっしの一番ノリ~!」

 

 サイコロの出た目の分だけ、盤上のコマを進ませる人物。

 ちょうどゴールに到着してあがりを宣言する彼女は、実に楽しそうに笑顔を咲かせ、座っているクン、トッチ、フクロダの三人に目を向けてきた。

 トッチとフクロダは、あがった少女へ称賛を含んだ言葉や拍手を送るも、そもそもこの現状に納得していない―――あと、単純に負けたことにも同上―――クンは、眉を顰めて歯軋りをする。

 

(これがCランクってどういう意味!? ただ、同年代の子と双六するだけなんて!)

 

 クンは、黄緑色の髪の少女―――フウを見遣りながら、依然として抗議の目線を担当上忍に向けていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「次はトランプしたいっす! 大富豪でいいっすか?」

「ええ、構いませんよ」

「オ、オレもそれでいいよ」

 

 トランプの束を掲げ、大富豪をしたいと豪語するフウに、フクロダとトッチは同意の旨を示す。クンだけは答えを有耶無耶にするが、『いいっすね?』と半ば強引に事を進めるフウに、クンも強制的に大富豪に参加させられることとなった。

 

―――今回のCランク任務。その内容は、どこの馬の骨かもわからぬ少女・フウの面倒を看ることだ。

 

 強いて言えば、護衛任務に分類されるのだろうか。

 だが、実情としてはDランクの子どものお守りとなんら変わりがない。一体これのどこがCランクで、場合によってはBランクに変動すると言うのだろうか? クンは現在進行形で、担当上忍と里長に抗議しようと考えていた。

 

 思っていた内容との齟齬。それも苛立ちの原因ではあるが、もう一つ苛立つポイントがあった。

 目の前の少女はよく笑う。よく喋る。そして、物事を目出度い方向で解釈してる節がある。

 先程の双六で例を挙げれば、フウがあがった際に不機嫌だったクンを見て彼女は、『負けちゃって悔しいっすか? 大丈夫っすよ、次は勝てるかもっすから!』と、若干クンが楽しんでいることを前提にしている物言いに聞こえたのだ。

 

(全然楽しくないっての……!)

 

 不機嫌な時、人間は何事もネガティヴな方へ思考が動いてしまう。クンは現在、まさにそのような状態だった。

 

 むくれたまま、フウがテキパキと配るカードを受け取り、ざっとカードを一瞥する。

 

―――悪くはない。十分勝てる。

 

 楽しんではいない。

 楽しんではいないのだが、だからといって負けるのは嫌だ。

 気乗りせぬものの、どうすれば勝てるか戦略を練るクン。誰から始めるか決めるジャンケンも済ませ、四人による大富豪が始まった。

 

 着実に減っていく手札。

 時にはパスも織り交ぜ、互いの腹を探り合うような雰囲気の中、勝負は着々と進んでいく。

 

(ふん! 今に見てなさい……強い手札をドドーンと出して、みんなぎゃふんと言わせてやるんだから!)

 

 クンの作戦、それは強い手札を最後まで残し、後半になって一気に攻勢に出るというものだ。相手になにもさせず、一瞬の間に勝利をつかみ取る。その爽快感たるや、現状の苛立ちを清々させてくれるものに違いない。

 

 そろそろか。

 静かにその時を待つクンは、次であったフウに順番を回す。

 

「8切りっす!」

「へ?」

 

 ここぞとばかりに8を出すフウ。

 それに伴い、場は流れ、親がフウとなる。

 

「5飛ばしっす!」

「ちょっ」

 

 親のフウが続けざまに出したのは、5三枚だ。三人しかいないこの場では、否応なしに順番がそのままフウに回ることとなる。

 不味い、これはもう決めにかかっているのではないか?

 嫌な汗が頬を伝う。

 次にフウが出す手札を、これでもかというほどに凝視する。

 そして、彼女が出したのは残り三枚の手札全て―――、

 

「ナナサン革命っす!」

「嘘ォっ!?」

 

 革命だ(Revolution)

 

 滝隠れローカルルールの一つ、7を三枚出すことによって発動する特殊な革命『ナナサン革命』により、数字の強さが逆転してしまった。

 これでは折角とっておいた強かったカードが、ただの足かせとなってしまうではないか。

『あっがっり~!』とはしゃぐフウの横でまたもや敗北を喫したも同然のクンは、般若のような形相でギリギリと歯軋りする。

 

「またあっしの勝ちっすね!」

「あらら、強いですね~」

「ク、クン……そんな怖い顔するなよぉ」

「ま……まだよ……まだ勝負はこれからだから!」

 

 一人闘争心を燃やすクン。

 だがしかし、結果は惨敗だったことをここに記しておこう。

 

 

 

 ***

 

 

 

「次は鬼ごっこしたいっす!」

 

 クンが惨敗した大富豪の次は、外に出てのアクティヴな遊戯である鬼ごっこだ。

 『この歳にもなって鬼ごっこ……』という雰囲気を隠せない面々であるが、実に楽しそうにしているフウを目の前に、わざわざ口にする者はいない。

 そもそも、今回の任務は彼女の面倒を看ること。

 任務の対象を満足させることも、また忍の仕事だ。

 二度の苦渋を味わされたクンは、深呼吸して心を落ち着かせる。鬼ごっこは思いっきり体を動かすことのできる遊びだ。室内遊戯よりも、溜まった鬱憤を晴らすにては適していると言える。

 

(見てなさい……! 今度こそアタシが……!)

 

 闘争心を燻らせるクン。

 最早、任務がどうこうなど関係ない。ただ勝利を掴みたい。今の彼女の頭にあるのはそれだけになってしまっていた。顧客満足などクソ喰らえだ。

 

「じゃあ、分かりやすくするために、鬼は額当てを付けましょうか」

「はーい! じゃあ、あっしが最初に鬼やりたいっす!」

「え?」

 

 フクロダの提案に乗り、即座に額当てを取り出し、器用に頭部に巻き付けるフウ。

 その姿にクンは驚愕した。

 

―――忍だったの?

 

 思わぬ事実だ。

 今迄散々遊んでいたこの目出度い少女が忍だったとは。目を丸くしてフウを見つめるクンであったが、フウは早く始めたいと言わんばかりにそわそわしている。

 

「術の使用は有りで! じゃあ、散ってから十秒数えて始めるっす! じゃあ……散! いーち……にーい」

「ちょちょちょ……ええい!」

 

 散開の号令を受け、その場から消え去る面々。上忍のフクロダは尤も、トッチも少し遅れて散る。

 クンも少しばかり遅れてであったが、その場から飛び去った。

 

 四人が鬼ごっこしに来た場所は、忍者塾でも使用されることのある無数の木が鬱蒼と生い茂る林だ。地上は勿論、忍らしく木々の枝を飛び移って軽快な動きをすることも可能である。

 逆に言えば、忍ではない者にとっては逃げ辛い、且つ追いかけ辛い場所であることこの上ない。

 

 しかし、フウが忍であるなら話は別だ。

 

「じゅーう! さてと……じゃあまずは、感知の術!」

 

 瞬時に印を結んで術を発動するフウは、その術名の通り周囲の感知に努める。

 忍が相手であれば、十秒もあれば遠くまで逃げられてしまうものだ。されど、相手の位置を把握できたならば話は別だ。

 自身の気配を消し、通るであろうルートを先回りすることで、逃げる相手に追いつくことができる。

 

「むふふっ、そっちっすね……」

 

 チロリと悪戯っ子のような舌なめずりをするフウは、最も近い標的の下へ、つむじ風の如く向かっていく。ついさっきまで彼女が立っていた場所では、僅かばかりの砂埃が巻き起こる。

 木漏れ日が眩しい木々の下を颯爽と駆けるフウ。

 数十秒ほど忍者走りで駆け抜ければ、ピョンピョン枝を飛び回るクンを視界に捉えることができた。

 

 しめしめ。フウは印を素早く結び、口からチカチカ光を反射する鱗粉を吐く。

 それからわざとらしく大声を上げる。

 

「見ーつけたっす!」

「げっ、速―――」

「秘伝・鱗粉隠(りんぷんがく)れの術!!」

「え……眩しっ!!?」

 

 声に反応し振り向くクンであったが、それは悪手であった。

 図ったようにフウが両手を合わせれば、舞い散っていた鱗粉が鮮烈な閃光を放ち、辺りを光一色に染め上げる。

 完全に想定外であった攻撃に、まともに閃光を直視してしまったクンは目をやられ、飛び移ろうとしていた枝への着地もままならなくなり、足を滑らせてしまう。

 

 これはイケない。

 少しばかりやり過ぎたかと反省するフウは、すかさず腰から一対の翅を生やし、忍ならざる移動方法でクンの真下へ滑り込み、地面に激突するよりも前に彼女をキャッチした。

 

「目が……目がぁ……!!」

「えへへっ、ごめんっす。タッチっす」

「く、くっそぅ……絶対タッチし返してやるから……!」

「あ、意外に大丈夫な感じっすか? なら、今から十秒数えてから追ってきてね!」

「覚悟しなさい……!」

「ちょっと怖いっす!? くわばらくわばら!」

 

 憤怒のオーラを隠さぬクンに恐れを為し、フウはそそくさとその場を後にする。

 そして次第に視力が戻り、フウが去ってから十秒経ったのを見計らい、スッと立ち上がった。

 

―――許すまじ……!

 

 何度も屈辱を味わう嵌めになったクンの怒りは頂点に達していた。

 断崖にそびえ立つという土地柄故、滝忍の下忍でも習得しているチャクラの反発と吸着を用い、逃げるフウとの距離を一気に詰めていくクン。

 

 げっ、と声を上げるフウにほくそ笑むクンは、牽制のための術を発動するべく印を結んだ。

 

「水遁・水手裏剣!」

 

 手裏剣の形をした水が数枚、前を走る少女の周りへ向かって飛来していく。

 これで逃げることのできるルートは絞られる。となれば、後は加速するだけで追いつけるだろう。

 そのような考えを以ての攻撃であったが、不意にフウは身を翻し、水手裏剣に対抗するべく異なる印を結ぶ。

 

「風遁・突破(とっぱ)!」

「え……嘘ぉん!?」

 

 水で形成されていた手裏剣を霧散させ、尚且つ追っていたクンの体も吹き飛ばす暴風が一陣、林の中を吹き抜けた。

 体勢を崩し、無様な恰好で地面に落ちるクン。

 してやられた彼女は、最早戦意喪失気味だ。こうしている間にもフウはさっさと逃げ去り、この場にはクンしか居なくなった。

 

「……なんなのあの子、もぉ……」

「Bランクになる場合もあると言った意味、分かりましたか?」

「フクロダ先生ェ……」

 

 ひらりと一枚木葉が舞い落ちたかと思えば、担当上忍のフクロダが、情けない恰好で転がっているクンを見下ろすように枝の上から語りかけてきた。

 

「どんな任務でも真摯に取り組むべし。今日はいい教訓になりましたね」

「……Dランクの任務なんかより、よっぽどキツイ任務じゃないですかぁ」

「そりゃあCランクですし」

「……くぅ……」

「ほら、まだ任務は続行ですよ。相手が満足するように頑張らないと」

「こなくそォ―――!! こうなったら、絶対絶対絶対絶対! ぎゃふんと言わせてやるんだからぁ―――!!」

 

 煽りにも捉えることのできるフクロダの言葉に、再びクンは立ち上がる。

 彼女の雄叫びは林を突き抜け、里中に轟く程のものであったが、実際にぎゃふんと言わせられたか当人たちのみぞ知る事だ。

 

 

 

 しかし、一つだけ言えることがある。

 

 フウに新たな友達が出来たということだ。

 




補足説明
・トッチ&クン
 アニナルのオリジナルストーリー『ナルトの背中 ~仲間の軌跡~』にて、フウが勝手に木ノ葉隠れに提出した中忍試験申込書に書かれていた名前。
 恐らく知り合いの下忍ということで、今回の番外編にてオリキャラとして登場。

・フクロダ
 オリキャラ。アニナルに出ている滝隠れ上忍であるケゴンやヨウロウなど滝の名前をもじっているという法則に則り、有名な滝『袋田の滝』が名前の元ネタ。
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