向カイ風ニモ負ケズ   作:柴猫侍

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十五. ついつい買っちゃう宝くじ

 

 一人は既にヒナイが倒した。チャクラの鎖―――ヒナイ曰く、『金剛封鎖(こんごうふうさ)』なる封印術の類らしいが、それを用いて敵を絡めとって振り回すという、なんとも大胆な攻撃で敵を倒すとは、何とも坊主らしからぬ攻撃だ。

 一方シライトは、袖から口寄せしたムカデで起爆札付きのクナイを一蹴した。

 頑丈が売りの大ムカデ。ちょっとやそっとの起爆札程度でやられることはない。

 

 しかし、多勢に無勢だ。

 非戦闘員であるタズナを守りつつ、残りの九名と戦うのは、正規の忍ではないシライトたちに厳しい状況である。

 

「タズナさん……少しの間、すみません」

「んォ!? おおおォ!?」

 

 そこでシライトは、タズナを取り囲むよう、口寄せしたムカデにとぐろを巻かせた。

 これにより、大抵の攻撃は防げる。ムカデが苦手とする雷の性質変化でもなければ、持ち前の甲殻により築かれた鉄壁の城塞を貫くことは叶わない。

 ただ、自分よりも大きなムカデに四方八方取り囲まれるという、虫嫌い……そうでなくても鳥肌が立つ状況に陥ってしまう。なんとかタズナに我慢していてもらいたいところだ。

 

「で……どうしましょう……」

「ここまで来て、んな心配そうな声出すんじゃねえよ、コラ」

 

 消え入りそうな声を漏らすシライトに、ヒナイが彼の背中をバンと叩いて喝を入れた。

 

「死ね!」

 

 その時、襲ってきた忍の一人がクナイを振りかざして迫ってくる。

 咄嗟にその場を離れる二人。分断した二人に対し、クナイを振りかざした忍はシライトの方へ飛びかかった。

 錫杖を持つヒナイに対し、シライトは丸腰だ。得物を持たぬ相手から先に倒そうという魂胆なのだろう。

 一気に距離を詰める忍は、クナイを一閃、また一閃と振りぬく。

 だが、振るえど振るえどクナイが、シライトの首どころか皮一枚すら掠らない。全て、軽快なフットワークで躱されてしまっているのだ。

 

(こいつ……!)

 

 業を煮やした忍は賭けに出た。

 姿勢を低くし、そのままシライトの懐へ潜り込んだのだ。

 インファイトは、こちらの攻撃も当てやすくなるが、相手からの反撃も受けやすい諸刃の剣のようなもの。相手が得物を持っていないというアドバンテージを捨ててまで肉迫したのは、他でもない、一撃でも切りつければ勝てるという確信―――言い換えれば、慢心があった。

 

 懐に入った忍は、クナイを振り上げた。

 

 だがしかし、これもまたシライトが顔を少し横に逸らしたことにより、回避されてしまう。

 

「なッ……」

 

 振りぬかれたクナイ。

 攻撃直後は、ほとんどの場合無防備になってしまう。個人の練度や、繰り出した攻撃によって差異はあれど、この時は仕留めるべく深々と踏み込んだ上での攻撃であったため、隙はかなり大きいものとなってしまった。

 シライトの顔と忍の顔の距離は、ほんの数センチ。

 攻撃を躱された忍の頬には、冷たい汗が伝っている。

 

「ごぶッ!?」

「あっ……」

 

次の瞬間、肺から空気が絞り出されたような悲鳴を上げる忍。そのまま宙を舞う相手を見つめ、拳を鳩尾に突き立てていたシライトは、『やってしまった』と言わんばかりの表情で立ち尽くしていた。

なんてことはない。繰り出したのは、只のボディーブローだった。

 しかし、繰り出した人物が不味かったと言う他ない。

 

 綱手との修行で、回避“だけ”は上手くなったシライト。

 一方で、攻撃に関しては素人に毛が生えた程度だった。

つまり、折角躱しても反撃に転じられない。守勢から攻勢に転じることができないのだ。

 本人が医者を目指していることを自覚して、攻撃についての指導をほとんど受けなかったのが理由である。

 

 だが、この時ボディーブローを喰らった忍の不幸だったのは、素人ならざる力を持つ相手が上手い加減も分からないまま、ほぼ反射的に反撃されたところだ。

 加減は、練度が高くなればなるほど、緻密にコントロールできるものである。

 その加減を覚えるには、ほとんどの場合は実践あるのみ。多くの失敗を重ね、徐々に手に入れられるのだ。

 しかし、シライトの今までの試行には、全力の場合の経験値しかなかった。

 最大チャクラを一瞬で練り上げ、必要な部位に集中させて放つ攻撃―――桜花衝。

 素人は知らなかった。その一撃の威力が、ただの忍のみならず上忍さえも殴り倒せる威力があったことを。

 

 長い……とても長い時間だった。

 宙を舞い、地面に落下した忍は、口から蟹のようにぶくぶく泡を吹き、白目を剥いて気絶していた。

 

「ひぃ!?」

 

 ちょうど殴り飛ばされてきた味方が近くに落ちた忍は、直視するのも憚れる攻撃でやれれた味方を前に、怯え竦んだ声を発する。

 

「いい拳持ってんだな、コラ」

「今のは……不本意です」

 

 感嘆するヒナイの言葉に、シライトはやっちまった感を滲ませた声色で応える。

 

 本人が言う通り、不本意な一撃であったが、結果的に相手の士気を下げられたのは幸運だっただろう。

 少しタジタジと後ずさりする忍たち。

 だが、不意に響く金属が擦れる不快な音が鳴り響くと同時に、一同の視線は一人の少女に集まる。

 白内障を患っているかのように、右目が白く濁っている少女―――濃霧は、辺りに満ちるうすら寒い霧の如き冷たい威圧感を滲ませる。

 

「……逃げるな。逃げたら、私が刈る」

 

 何を、とは敢て言わない。

 しかし、濃霧の言葉を聞いた者達は皆、首筋に冷たい感覚を覚えるに至った。

 人を人と思っていないかのような物言い。それは彼女自身が自らへの扱いを経た経験からなのか。

 どちらにせよ、シライトたちに濃霧の真意など分からぬことだ。

 今はただ、あの大鎌の餌食にならぬよう抵抗するのみ。

 

 警戒を最大に高めたシライトとヒナイ。

 刹那、素早く印を結んだ濃霧が、口から霧を吐く。

 

―――霧隠れの術か?

 

 しかし、すでに霧が濃い場所で更に霧隠れを繰り出す必然性は感じられない。

 シライトが怪訝に眉を顰めれば、ハッとしたヒナイが声を上げる。

 

「気ィつけろ! それに触れっと溶けるぞ、コラ!」

「溶け……ッ!?」

 

 触れれば溶ける霧など穏やかではない。

 そして、今の状態ではほとんど物理攻撃しか攻撃手段を持っていないシライトにとって、接触技を封じられるような術は天敵だ。

 

(……なら)

 

 徐に地面に両手を突き立てるシライト。

 腕に血管が浮き出るほど力を込め、彼が腕を振り上げれば、巨大な土の塊が畳のように返されるではないか。

 

(畳返しの……術っ……!)

 

 いかにも忍者らしい術名。

 しかし、内容はもれなく腕力がモノを言う脳筋仕様だ。

 

 内容は兎も角として即席の防壁は、接触したものを溶かす霧―――巧霧の術を防ぐ。

 さらに、返した土の塊に桜花衝を叩き込むことで、土の破片を前方へ拡散するように吹き飛ばす。

 吹き飛ぶ破片は、相手を牽制するにとどまらず、風の流れを作ることで功霧の術が向かってこないようにもできる。

 

 望むことなら、この一撃による破片が当たって気絶でもしてくれれば儲けものだったのだが、砕けた視界の先に濃霧の姿はない。

 代わりに、辛うじて日光が届く霧の中に佇むシライトに影がかかった。

 

「っ……!」

 

 風を切る音と共に、大鎌が振り下されたが、シライトは紙一重でその一閃を回避する。

 

 強い。先程クナイを振るってきた忍とは比べ物にならない。

 綱手とのスパルタな修行がなければ、今の一撃で開きにされていただろう。じっとりと額に脂汗が浮かぶ。

 

―――嗚呼、だからこういう物騒なのは嫌なんだ。

 

 しかし、心の中でぼやくシライトなど構わず、濃霧は次々と大鎌を振るう。

 無表情ながらも、どこか鬼気迫る様子の彼女。強迫観念のようなものが、あの華奢な体を突き動かしているのだろうか? 相対すシライトは、そう感じざるを得なかった。

 

 そんなシライトと濃霧のやり取りの傍では、ヒナイと他の忍との戦いが繰り広げられている。

 片や1対1で戦っているのに対し、片や1対6だ。不釣り合いな戦力だが、濃霧が相手しているならば一人で十分という認識を、襲撃してきた忍が抱いているのだろう。

それだけ彼女の実力が高いとなると、シライトが相手できるのか心配になってくるヒナイだったが、彼女も他人に気をかけるほどの余裕はない。

 

 反りのない忍刀を振るってくる忍に、ヒナイは錫杖から仕込み刀を抜く。

 激突する刃の間から、眩い閃光が爆ぜる。

 深い霧の中、長時間待機していて暗闇に順応していた視界を持っていた者にとって、舞い散る火花は一瞬の隙を生み出すのに十分な光だった。

 細くなる忍の瞳。一方で、深編笠を被っているヒナイは、それほど火花で目が眩むような事態には陥ることはなかった。

 

 刹那の隙。

 ヒナイは、腰辺りから放った金剛封鎖で忍の体を絡めとり、少しだけ己の方へ引き寄せる。

 不意に引き寄せられたことで体勢を崩す忍に対し、ヒナイは渾身のエルボーを喰らわせる。

 相手は『ぎゃっ!』と短い悲鳴を上げて倒れ、チャクラの鎖も解かれたことで力なく地面に伏せた。

 

―――一人。

 

 エルボーの流れで背後を見れば、今まさに斬りかかろうとしていた忍が二人、クナイを構えていた。

 投げられるクナイは、そのままヒナイの体に突き刺さる。

 髪と同じ赤が、彼女の口から吐き出された―――かと思いきや、たった今ヒナイが立っていた場所に居たのは、人の形が成るように積み重なっていた無数のネズミだ。

 

「鼠分身の術ってな、コラ」

 

 口寄せしたネズミを集めてできた分身―――鼠分身の術。

 本物のヒナイが自分たちの背後に居ると忍たちが気付いた時には、既に彼らの身体に鎖が絡まっていた。

 引き寄せられる鎖。宙で身動きを取れるハズもなく、二人の忍は互いの頭部が激突する形でぶつかり、強い衝撃が頭部に奔ったことで気絶する。

 

―――三人。

 

 三人を伸したヒナイ。だが、そんな彼女の両腕に水の鞭が絡まった。

 敵の忍二人が、水遁・雷鞭迅の術を用いたようだ。

 雷鞭迅の術は、チャクラで制御した水の鞭で相手を打ち据えるか、絡めて捕らえる活用方法の他に―――、

 

「っ~~~!!」

 

 水の鞭を伝い、全身を奔る衝撃。

 どうやら雷遁チャクラを伝わらせ、絡めとっているヒナイを痺れさせたようだ。

 感電とは非常に厄介なものである。自分の意思とは裏腹に、体が動かなくなってしまうのだ。

 現にヒナイは、身動き一つとることができなくなり、ただただ全身に襲い掛かる衝撃を耐えるしかない。

 

 そして、そんな隙を敵が見逃すハズもなく、残っていた最後の一人が霧の奥から颯爽と現れ、携えていたクナイをヒナイの胸に突き立てた。

 

 今度は分身などではない。本体だ。

 胸にクナイを深々と突き立てられたヒナイは、口から紅い粘性の液体を吐き出し、ガクリと項垂れた。

 

―――殺った。

 

 無言で頷き合う三人は、倒したヒナイを捨て置き、濃霧と交戦しているシライトの下へ向かおうとする。

 

 だが、ふと金縛りにかかったように体が動かなくなった。

 

「なッ、なんだこれは……!?」

「―――……ごほっ、え゛ほっ! よくもやってくれたな、コラ……!」

 

 身動きのとれぬ三人の中心で、激しく咳き込みながら立ち上がるヒナイ。

 印を結んでいる彼女の足元からは、三人の足元まで広がる陣が展開されている。

 

 一糸灯陣。陣の中に居る相手の動きを封じる、封印術の基礎のような術だ。

 印を結んでいるヒナイは、自身の口の端から零れる血を舐め取りつつ、三人が動けぬよう一糸灯陣で動きを縛っている。

 

「こ……こんなアカデミーで習うような術で……ッ!」

「あ、焦るな……すぐに力尽きるさ。それから確実にやれればいい……!」

「ああ、そうだな……!」

「そりゃあ……どうだかな、コラ!」

「「「!!?」」」

 

 ヒナイの体力が尽きるのを待とうとした三人であったが、彼らの足元に蠢く影。

 ネズミだ。先程ヒナイが口寄せした大量のネズミが、動けない三人の体を覆っていくではないか。

 

「口寄せ・窮鼠噛猫の術!」

「ひ、ひぃぃぃい!?」

「ね、ねずみぃ~~~!」

「そこは噛んじゃダメェ―――!!」

 

 阿鼻叫喚の絵面である。

 全身を覆ってくるネズミに至るところを噛まれた忍たちは、心身ともにやられてしまい、ヒナイが一糸灯陣を解除すると同時にその場に倒れ込んだ。

 

 一方で、胸にクナイを突き立てられたヒナイは、ケロリとした様子で佇んでいる。

 普通であれば、瀕死に陥るほどの重傷だったハズ。

 しかし、彼女の胸に既にクナイによる傷はなく、残っているのは血の滲んだ法衣が斬り裂かれている痕のみだ。

 

(うしっ……一丁上がり。次はしらたきのトコに……)

 

 自前の能力で怪我は治癒できていた。

 それでも失くした血までがすぐに戻る訳ではない。

 フラリと立ち眩みを覚えたヒナイは、その場に膝を着いてしまう。なんてことはない、疲労と貧血に伴う症状だ。

 

「ちっくしょ……!」

 

 動けないことが自分の根性のなさだと考え、直ちに援護へ行けぬことに歯がゆさを覚える。

 

 だが、ヒナイが思っていたよりも、シライトは濃霧と戦うことができていた。

 綱手との修行が生きている。あの、一撃でも喰らえば病院送りになる修行を、死に物狂いでやった価値はあった。

 大鎌という得物を前に、全て紙一重で躱し続けるシライト。

 刃には毒が塗られているのだが、知ってか否か、掠り傷さえも受けていない。

 

 対して、大鎌を振り続ける濃霧は、その重い得物を絶え間なく降り続けている所為で息が上がっていた。

 やや表情には焦燥が浮かんでいる。

 

 どうして刈れない?

 どうして、どうして?

 濃霧を突き動かす強迫観念が、ただでさえ鈍ってきた太刀筋を、更に荒くしていく。

 

 自分は道具。

 親に売られた時から、“普通”の人間の扱い方をされるとは期待していない。否、期待できないように調教されてきた。

 反感を抱くことを許されず、遂には反感を抱くこともなくなり、ただただ主の命令を聞くだけの存在になり果てたのだ。

 与えられた任務を達成できねば、待っているのは凡そ一般人の堪えがたき折檻。

 

 恐怖が背中で蠢いている。

 理不尽が背中を押している。

 やらねば、やらねばやられるのは自分だ。

 

 鬼気迫る様子は顔に出ていたが、一層気迫が滲み出たようだ。

 躱すシライトの表情も、威圧されたように歪む。

 

―――もう、こうなったらアレを……。

 

 忍具を使っての攻撃は最早無駄と判断した濃霧。

 味方もむざむざやられている。

 だが、こちらの目的はタズナを殺せればいいだけだ。手段は択ばなくともいい。

 それこそ、味方を巻き込んで殺しても問題はない。

 道具は、補充が利くのだから―――。

 

「沸遁……巧ッ!?」

 

 印を結び、チャクラを練る濃霧だったが、ふと足が地面に引きずり込まれるような感覚を覚え、そのまま体勢を崩してしまった。

 ぞわぞわとやせ細った足に絡みついているのは、がっしりと対になっている脚でホールドしているムカデ。タズナを守っているムカデよりは小さいが、それでも規格外の大きさだ。

よく見れば、ムカデは毒液滴るハサミで足に噛みついている。ズキッと足に走る激痛。ムカデの毒は強力だ。すぐに処置せねば、三日三晩ロクに眠ることができなくなる痛みが残るだろう。

 

 激痛にチャクラが乱れる。

 そのまま、事前にシライトが口寄せしていたムカデは、土遁・心中斬首の術で濃霧の体を地面に引きずり込む。

 これで無力化できるハズ―――攻撃が苦手なシライトは、毒と体の拘束で敵の無力化を図ったのだ。

 

 だが、その見通しは忍を止めるには至らなかった。

 

 地中に埋もれつつも、なんとかチャクラを練った濃霧は、血走った眼を浮かべ、口から多量の霧を吐き出す。

 

―――沸遁・巧霧死息(こうむしそく)の術!!

 

「ギギィ!!」

「? ……ッ、みんな離れて下さい……!」

 

 濃霧を拘束していたムカデが、突然霧に触れて悶え始める。

 そして数秒後には、力なく地面に倒れてしまった。

 その様子に危機感を覚えたシライトは、膝を着くヒナイを抱え、ムカデに守らせていたタズナを袖から口寄せしたムカデで引っ張り、その場から逃げ出す。

 

 ムカデが掴める定員的な問題で、敵である倒れている忍は連れられなかった。

 敵でさえも逃がそうとしたシライト。結果としてそれが叶わなかった彼の嫌な予感は的中する。

 濃霧が吐き出した霧……それが倒れている者の近くを漂った途端、気絶していた者達がもがき始め、ムカデと同じく数秒後には動かなくなった。

 

(シズネさんの『毒霧』と同じ……一吸いでもしたら不味いタイプの術……!)

 

 姉弟子のシズネの術である毒霧は、体内のチャクラを特殊な化学物質に変化させ、大気中に放った瞬間、猛毒の霧へと変化する術だ。

 シズネの術を知っていたお陰で、ある程度早く反応することができた。

 だが、見た目が見た目だ。毒霧は空気に触れれば紫色へと変色するが、濃霧の繰り出した術は、霧隠れの術や巧霧の術などと外見に大差がない。

 もし、防げるとみてその場から動かなかったら、致命傷は免れなかったハズ。

 

 背筋に寒気が襲い掛かってくる感覚を錯覚した。

 

 次の攻撃に警戒し、少し離れた場所に着地したシライト。

 そんな彼を見て、ムカデによる拘束が解かれた濃霧は、自力で土の中から這い出て、再び忍術を繰り出した。

 やはり霧だ。

 見分けがつかない。

 相手に一吸必殺の術があるとするなら、迂闊に近づくことができないのは当然と言えよう。

 

「ここは……逃げます」

「お、おう。そうじゃな。超逃げてくれ!」

「て、鉄分……」

 

 戦略的撤退に移るシライトに、ムカデに巻かれた奇々怪々な状態で運ばれているタズナは、声を大きく発しながら首肯する。一方、貧血気味のヒナイは鉄分を求める旨の呟きをしているが、今この場で鉄分を摂取させてもなにもならないため、彼女の発言をスルーして逃げ始めるシライト。

 度々後方に目を遣って敵が来ないが警戒するも、一向に敵がやって来る気配はない。

 結局、霧が晴れるところまで逃げ切ったところで、三人は一息を吐く。

 

 波の国に来て二日目。

 前途多難とは、まさにこのことだと、シライトは頭を抱えるのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 痛い。

 体が痛い。

 灼けるように痛い。

 全身の骨が溶けるかと思うほどに痛い。

 

 どうしよう。

 失敗して帰れば、何をされるか堪ったものではない。ムカデの毒を解毒してくれる可能性は小さい。

 

 ならばどうするか?

 

「殺すまで……帰らない……」

 

 激痛に苛まれる体と大鎌を引き摺り、濃霧は霧の深い森の中へ姿を消すのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ガーッ……ガーッ……ムニャムニャ……」

「……こいつ、女らしからぬ寝相で寝とるわい」

「……頑張ってましたから……大目に見てあげましょう」

 

 結局その日は、橋造りに向かうことがなかったタズナたち。

 疲労と貧血で倒れたヒナイは、現在布団の上でいびきを掻きながら爆睡中だ。寝相がかなり悪い方なのだろう。服の裾がめくれ、へそが丸出しになってしまっている。

 

 そんな彼女のお腹が冷えぬよう、献身的に布団を掛けなおすツナミ。

 

「でも、どうするの父さん? 今回みたいにまた襲われたら、橋造りどころじゃ……」

「ううむ……」

 

 娘であるツナミの言葉に、唸りながら悩むタズナ。

 今回はシライトたちが居たからこそ生き残れたようなもの。もし、普段通り一人で出勤すれば、たちまち忍たちの手に掛かって死んでいただろう。

 こうなれば、医者や坊主を護衛につけるのでなく、正規の忍を護衛につけるべきだ。

 そんなことはタズナにも分かっている。分かっているのだが、やはり金がないのだ。

 

「む、むむぅ……なあ、先生」

「……あ、僕のことですか?」

「ああ、そうじゃ。ちょいと聞きたいことなんじゃが……いや、やっぱり大丈夫じゃ」

「? ……そうですか」

「こうなったら、背に腹は代えられんわい」

 

 深々とため息を吐くタズナは、決心した顔つきで、頭に巻いていたねじり鉢巻きをまき直し、言葉を紡ぐ。

 

「護衛の依頼を出して、わしら橋造りの面子を超守ってもらう他ないわい!」

 

 息巻いて言い切ったタズナ。

 しかし、『じゃが、やはり……』と消え入るような声を漏らした後、何故かシライトに向かって土下座をし始めた。

 デジャヴを感じるシライト。

 

「超頼む、先生! 少しだけでいい、金を貸してくれ!」

「お金……ですか?」

「ああ。わしらにはまともに忍に依頼をできるだけの金もない! 将来、必ず返す! じゃから……」

「……まあ……構いませんけど……」

「すまん! 超恩に着る!!」

「宝くじで当たったお金ですので……こういう用途で役に立つなら……」

 

 依頼金を貸してくれるよう頼まれたシライトは、ごそごそと財布を漁り、去年の火の国ジャンボで当選した五万両をスッと差し出す。因みに、共に買った綱手は当然の如く外れていた。

 しきりに頭を下げるタズナと、横でこれまた礼を言ってくれるツナミ。

 金ですぐに解決できる問題でもないが、正式な忍を護衛につけてもらえば、安心であることには変わらない。

 『ギリギリ……』と呟くタズナの声を、シライトが不思議に思う場面もあったが、波乱の一日は漸く幕を下ろそうとしていた。

 

 

 

 因みにだが、シライトの差し出した五万両と、タズナ家の貯蓄を合わせても、木ノ葉のBランク任務を依頼するには()()()()足りない金額であったことを、ここに追記しておこう。

 


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