向カイ風ニモ負ケズ   作:柴猫侍

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十七. 良薬は口に苦しとは言えども

 

「そうですか……一度、あなた方はタズナさんと一緒に居る時に襲撃を」

「はい……」

 

 カカシたち木ノ葉の忍が波の国に来て二日目。未だ床に臥すカカシは、第三者ではあるものの目的を共にするシライトと、情報を交換していた。

 話していたのは一昨日の襲撃。間違いなくガトーの手先の者達による襲撃だったが、カカシは数秒思案し、口を開く。

 

「ふむ、となると……その襲いに来た輩で、ガトーの下に帰った者は居ない可能性が限りなく高い」

「……?」

「あー……八人の内、七人はやられて、一人は逃亡。んでもって、翌日―――タズナさんが木ノ葉に来てから襲いに来た再不斬たちの襲撃。二つの襲撃を考慮すると、あなた方の情報がガトーに渡った可能性は低い訳でありまして」

「はあ……」

「まず、二日連続の襲撃。攻撃を仕掛ける間隔として、余りにも短い。畳みかけるという意味合いも含まれていたかもしれませんが、それにしちゃあ私たちの下に来た忍が小分けだった。ここで考えられる可能性は三つ。一つ、ガトーにとって差し向けた忍が、それほど大した実力を持つ奴らではなかった。一つ、ガトーに差し向けた忍を撃退したあなた方の情報が渡らなかった。一つ、今言った二つのどちらも……です」

「ほう……」

 

カカシの推理に耳を傾けるシライト。

 だが、いまいち理解していない様子だ。忍の世界の戦術など、彼にとっては専門外だからである。

 シライトの理解していなさを察したカカシは、『ま!』と言葉を紡ぐ。

 

「幸いだったのは、一斉に敵の忍が襲い掛かってこなかったところですね。じゃなかったら、もう少し重傷を負った怪我人が出たかもしれない……情けない話ですがね」

「……過ぎた話をしても仕方ありません……今は生きてる。それだけで十分かと」

「ええ。おっしゃる通りだ。だから、次こそは必ず……」

 

 床に臥しているものの、語気を強めるカカシの言葉に、シライトは息を飲んだ。

 綱手やシズネとも、また一味違う威圧感。それはまさに、鋭く研ぎ澄まされた刃のようだ。

 

(でも……人前で官能小説を読もうとする……)

 

 しかし、玉に瑕な部分もある。

 そのギャップが人間らしいと言えば人間らしいのだが、それにしても今迄出会ってきた上忍という存在は一癖も二癖もあった。

 綱手は賭博と酒好きの豪快な女。

 シズネは事あるごとに『あひィ』と変な叫び声をあげる。

 そしてこの上忍は……言わずもがなだ。

 

 天才ほど、変人が多いという説もあるが、あながち間違いではないのだろう。

 シライトは強くそう思わざるを得なかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ねえ、シライトさん」

「……はい?」

 

 カカシとの話も終わり、建設途中の橋の上でタズナの護衛に来ていたシライトは、雇われた正規の忍であるサクラに声をかけられた。

 聞くところによれば、彼女は既に木登りの業を達成し、課題が終了したということで、いち早く護衛に戻って来ているとのこと。

 木登り―――滝隠れの里では崖登りだが、シライトにとっては幼少期に体得したチャクラコントロールを使用した技術だ。人は、必要を迫られれば体得しようとする。シライトは、便利だからという理由で勝手に体得した技術であったが、木ノ葉の下忍にとっては、まだ習っていない技術だったらしい。

 

 閑話休題。

 

 不思議そうな声色で応えたシライトに、サクラは興味津々な様子で何かを尋ねようと身を乗り出してくる。

 

「昨日、サスケ君やナルトにやった、こう、手がポワーってなって傷を治す術ってなんですか?」

「……掌仙術のことですか? それがどうかした―――」

「あれ、教えてもらえませんか!?」

 

(食い気味……)

 

 目を爛々と輝かせ、掌仙術を教えてくれるようせがんでくるサクラ。

 横で、護衛に来ていながらも、日和見した後に座禅しながら昼寝し始めたヒナイは、大声に反応せず起きることもない。

 

「ど、どうして掌仙術を……?」

「私、サス……じゃなかった。みんなが傷ついた時、怪我治せてあげられたらな~って思って……」

「成程……」

 

 殊勝な心意気だとシライトは感心する。

 

 だが、サクラの心中と言う名の脳内妄想は違った。

 

 

 

『チッ、掠り傷を負っちまった……』

『大変! サスケ君、治してあげる!』

『サクラ……ありがとな』

『ううん、気にしないで! 私、サスケ君のためだったら……』

『サクラ……』

『サスケ君……』

『サクラ……』

『サスケ君……』

 

 

 

(―――ってな感じで、公私共々サスケ君を癒せる存在になっちゃえるかも! しゃーんなろー!)

 

 暇を持て余したが故の妄想。年頃の女の子であるため、仕方がないと言えば仕方がないのだが、内なるサクラが暇に乗じて絶賛活動中になってしまっている。

 恋心のままに行動に出るサクラ。

 彼女の真なる思いなど露ほども知らないシライトは、一向に教えても構わないと考えているのだが、

 

「……でも、掌仙術然り他の医療忍術然り、一朝一夕ではできない術なので」

「え!?」

「少なくとも……一か月は要するかと……」

「えぇー!? なんだ、期待して損しちゃった……」

 

 どんなに才ある者であっても、医療忍術を扱うに必要なチャクラコントロールを身につけるには、一か月ほどの時間を要してしまう。

 今回のタズナの護衛は、見通しとしては一か月以内に終わる。

 繊細なチャクラコントロールを要求される医療忍術を体得する上で、過度の焦燥は繊細さを欠き、結果として会得を遅らせる結果となってしまうだろう。

 シライトは、大蛞蝓仙人での修行―――そして医療忍術のプロフェッショナルである綱手の下で修行したからこそ、あの短期間で掌仙術ができるようになったのだ。

 チャクラコントロールが上手いサクラであっても、一か月以内―――正確には、次に再不斬が仮死状態から復活して襲撃しに来るまで、掌仙術を会得できる可能性は限りなくゼロに近い。

 

 そのような裏の事情は兎も角、折角意中の人のハートをゲットできると思っていたサクラは、言い渡された言葉にガッカリと肩を落とす。

 しかし、『だが』と言葉を続けるシライト。

 

「術は無理でも……料理ならできます」

「料理?」

「兵糧丸……知ってます?」

「知ってるもなにも、食べれば三日三晩戦える秘薬で、高蛋白でカロリーもあって、忍者の携帯食料にも用いられる丸薬のことですよね?」

「……その通りです」

「兵糧丸作りは、くノ一の嗜みとして授業でも習いましたから!」

 

 えっへんと胸を張り、得意げに語るサクラ。どうやら木ノ葉の忍者学校では、兵糧丸作りの授業もあるらしい。

 ならば話が早いと、シライトは人差し指を立てる。

 

「練り込む材料によっては、食べた人のチャクラを回復・増幅させる作用もあります……なので、それを作って友達のみんなにあげてみたらどうかと……」

「そっか! その手があったわ!」

 

 拳をグッと握るサクラの瞳には、猛々しく炎が燃え盛っている。

 

(男を掴むなら胃袋を掴め! 美味しい兵糧丸を作って、サスケ君のハートをゲットよ!)

 

 かくして、木登りの業に勤しんでいるサスケ(とナルト)に、兵糧丸の差し入れをすることが決まった二人。

 その日の作業が終わり、タズナと共に夕飯の材料を買うとともに、兵糧丸の材料となりそうな物をある程度揃えた一行は、タズナ宅へ戻っていった。

 

 ナルトとサスケはまだ戻っていない。

 居たのは、ツナミだけだ。イナリの姿は窺うことができない。

 

「超腹減ったわい。……む? おうい、ツナミ。イナリはどうしたんじゃ?」

「あら? イナリならさっき外に出てったんですけど」

「入れ違ったか? うーむ、じゃがすぐに帰ってくるじゃろ」

 

 タズナたちが帰ってくるより少し前に出かけたらしいイナリ。

 どこに出かけたのか気になるが、時間が時間であるため、そう遠くに出かけることはないだろうと、タズナは余り気にすることなく、買ってきた食材を台所まで運んだ。

 

「……手伝います」

「あら、いいの? でも、先生もみんなも父さんの護衛で疲れてるでしょうし、一番疲れてない私が料理するわよ」

「いえ……家事も疲れるでしょうから。それに、分担すれば夕飯も早くできますから……」

「あっ……わ、私も手伝います!」

 

 率先してツナミの手伝いを申し出るシライト。続いて、サクラも名乗りを上げ、腰かけていた椅子から立ち上がり台所へ向かう。

 その間、手持ち無沙汰になってしまったヒナイは、橋造りで疲れているタズナに目を遣った。

 

「おっさん。マッサージしてやろうか、コラ」

「おおう、頼むわい。力仕事で、体中超凝ってるからの。超強く揉んでくれ」

「オレに強く揉めたぁ……覚悟しろよ」

「おい、なに不穏なこと言っとるんじゃ!」

 

 不敵な笑みを浮かべて手をワキワキさせるヒナイに、冷や汗を掻くタズナは、常識の範囲内で揉み解すよう窘める。

 そんな家の中を眺めるカカシが一言。

 

「いやぁ~、これぞチームワークでしょ。うんうん」

「カカシ先生は、今は食っちゃ寝してればいいだけなんだから楽よねー」

「……サクラ。もうちょい言い方ってモンがあるでしょ」

 

 教え子の辛辣な言葉にシュンとせざるを得ない、カカシなのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 もうすぐ空が茜色に染まる頃、イナリは風呂敷に包んだ箱を片手に、昨日も訪れた場所へ向かって歩いていた。

 気分は、親に秘密で飼っている犬に餌付けに向かうようなものだ。

 だが、その足取りは嬉々に満ちたものではなく、昨日より家に泊まることになった木ノ葉の忍の存在に苛立ち、地面を怒りのままに踏みつけるようなものとなっていた。

 特に、ガトーを倒して将来火影になると息巻いていた金髪の少年の存在が、癇に障る。

 

 苛立ちは歩幅を大きくし、イナリが思っていたよりも早く目的地に辿り着くこととなった。

 鬱蒼と葉が生い茂る林を前に、数拍躊躇いを覚えつつ、手に持つ風呂敷をジッと見つめた後、意を決して林の中へ足を踏み入れる。

 

―――死んでなきゃいいんだけど。

 

 わざわざ必要もないのだが、音を立てぬようゆっくりと歩を進めていき、昨日と同じ場所に着けば―――居た。

 フードを深く被っているため、顔までは確かめられないものの、体育座りで寝息を立てている少女の姿が見える。

 

 ゆっくりと上下する肩に安堵の息を漏らした後は、少し考え、近くの茂みをわざと手で揺らした。

 それが目覚まし時計代わりになったのか、少女はバッと顔を上げ、瞼が開き切らない目でこちらの方を睨んでくる。だが、自分の目の前に居る者が、昨日出会った少年だと分かると、『何しに来た?』と言わんばかりのジト目で、尚も睨んできた。

 

―――そんな目をされたら、近づこうにも近づけないじゃないか。

 

 少女の態度に心の中で文句を垂れながら、勇気を出して一歩踏み出すイナリは、風呂敷を広げる。

 中に入っていたのは、簡素な弁当箱。

 蓋を開けば、とても綺麗な形とは言い難い形状の握り飯と、小さな焼き魚が二匹入っている。

 

 豪華とは言えないラインナップ。

 しかし、朝から飲まず食わずの少女にとって、これ以上ないほどのご馳走ではあった。

 ぐぅ、と腹の鳴る音が響く。

 

「……食えば」

「なんで?」

「おなか……減ってるんでしょ?」

 

 返事の代わりに、今一度少女の腹が鳴る。

 

「さっさと食べてよ。ボクもこれから夕ご飯なんだから、早く帰らないと……」

「なんで、わざわざ私のところなんかに持ってきたの?」

「へ? そ、そんなの……今言った通りじゃないか。お腹……減ってると……」

「お腹が減ったらなんなの?」

「……いつか、お腹が空き過ぎて死んじゃうじゃないの?」

「じゃあ、なんで私が、お腹が空き過ぎて死なないように、ソレを持ってきたの?」

 

 続けざまに問いかけてくる少女に辟易するイナリは、多少の―――否、かなりの面倒くささを覚え、思わず声を荒げてしまう。

 

「っ~~~、ここの近くはボクがよく来る釣り場なんだ! そんな近くで人が死んでみろ! その……人が居るって知ってたボクがなにもしなかったみたいで、悪者みたいじゃないか」

「知ってて何もしなかったら、なんで悪者になるの?」

「へ? ……そ、そんなの知らないよ! あ~、もううるさいな! ボク、もう帰る! その弁当箱、明日取りに戻るからな!」

 

 半ば強制的に話を終わらせ、地団駄を踏むかのような所作をした後に、茂みをかき分け、大急ぎで帰路につくイナリ。

 

 苛立つ少年の背中を見送った少女―――濃霧は、なぜ彼が怒ったのかわからぬまま、蓋が開けられている弁当箱に目を遣る。

 何も知らぬ第三者の施しを受けることなど、ガトーの下で働いていることはほとんどなかった濃霧だが、空腹には抗えない。

 

 とりあえず、不格好な握り飯を手に取り、一齧り。

 

「……しょっぱい」

 

 白く濁った右目から知らぬ間に流れていた涙ごと白飯を食べた濃霧は、これまた塩味が涙のものと知らぬまま、モクモクとイナリが持ってきてくれた弁当を食べ進めるのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ナルトたちが波の国へ来て三日目。

 まだ木登りが完全に出来ていないナルトとサスケは、何度も何度も登っては落ちてを繰り返していた。

 木の幹に刻まれた数多もの傷は、彼らが不撓不屈の精神で登り、クナイで印をつけた跡だ。

 その努力の跡とも言える傷跡を、次は超え、さらに上へ進もうと駆けあがる二人に諦める様子は一切ない。

 

 しかし、二日続けて朝から晩まで修行することに疲弊しない訳ではなく、零れる玉のような汗と、力を振り絞っているかのように歪む顔が、彼らの疲労を如実に表していた。

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 疲労により、一旦立ち止まるナルト。

 目の前にそびえ立つ木が、初めて見た時よりも高くそびえているような気がした。

 

「ちっきしょう……こうなったら!」

 

 苦心に顔を歪め、ナルトが懐から取り出したのは、真っ黒な丸薬だった。

 

(サクラちゃんの愛情たっぷりの兵糧丸を食べるってばよ!)

 

 意中の女の子が、差し入れにと贈ってくれた兵糧丸。

 これを食べれば、体力やチャクラだけではなく、ナルト個人のモチベーションを保つことができるというものだ。

 ニマニマと笑みを浮かべつつ、ガブリと一気に半分ほど口に入れるナルト。

 咀嚼すること数秒。

 始めは笑顔だったナルトだが、だんだん何とも言えない顔へ変化していく。

 

 甘いような、渋いような、しょっぱいような、苦いような味。

 それでいてボソボソしているような、しかし硬いような、ネチョネチョしているような食感。

 

「ま、まっじぃ……」

 

 ゲー、と舌を出すナルト。

 ここにきて、漸くサクラが執拗に『味については追及するな』という旨の言葉を言った意味を理解できた。

 良薬口に苦し。

 愛情たっぷり(だと、ナルトは考えている)だと言えども、不味いものは不味いのだ。

 味のよい携帯食料を目指して作ったのであれば、もう少し味や食感はなんとかなっただろう。

 しかし、材料も限られている中、消費したチャクラを回復できるようにと作られた兵糧丸は、そこまで味を追求するのは酷だった。

 

「うっ……」

 

 隣で『そろそろ……』と兵糧丸を齧ったサスケも、顔を顰めている。

 どうやら、サスケにだけ美味しい兵糧丸を作るという贔屓をした訳ではなさそうだ。

 

 そう、これは平等。フェアだ。

 

 ただ、兵糧丸を食べるだけ。

 こんな時にも、ナルトのサスケに対する対抗心が燃え上がった。

 顔を顰めるサスケを横目に、残った兵糧丸を一口で食べ、荒く噛み潰した後に一気に飲み干す。

 カーっと体の奥が熱くなっていくような感覚。これがチャクラの回復する感覚なのだろうか。

 辛うじて甘みも感じ取れたことから、糖分も入っていたと推測できる。

 疲れ切った身体に、露ほどの甘みが染みわたっていく。

 そしてなにより、サクラが頑張って作ってくれた(であろう)兵糧丸だ。

 ナルトのやる気は、漲るに漲っていた。

 

「っしゃー!! まだまだいけるってばよォ!」

「っ……!」

 

 自分よりも早く兵糧丸を食べ終えたナルトを見て、対抗心を燃やして自分の兵糧丸を大急ぎで食らうサスケ。

 実力は、ナルトより自分の方が上だという自負がある。

 だからこそ負けられない。負けたくない。

 サスケは一足早く木登りの業を再開し、何度目か分からぬ落下をしているナルトを横目に、胃袋の底の重みを覚えつつ、再び駆け上るのだった。

 

 まだ、バラバラなチームワークの三人。

 しかし、確実に三人は互いを高め合う仲へと発展していっていることに、間違いはなかった。

 

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