「殺され……」
余りにも唐突な内容に言葉を失うシライト。
それもそうだ。突然、『お前の友人は殺される』と殺されて『ああそうですか』と理解できる人間が居るとすれば、それは生きるか死ぬかの世界で長年過ごして居る者だけであろう。
例えば、忍者など―――。
「……というより……なんでそんな予言染みたことを……」
深呼吸し、一旦自分を落ち着かせたシライトは、そもそも何故大蛞蝓仙人が他人の未来を視ることができているかに疑問を持つ。
そういう能力を持っていると言われればそこまでだが、例えそうであっても信じたくないのが人間というもの。
人間いつか死ぬ。
だがしかし、死に方はできるだけ穏便はものがいい。殺害など物騒な死に方ではなく、天寿を全うするような―――そんな死に方が一番いいと、シライトは考えている。
忍を目指しているフウが、戦場に死に場所を求める性格ではないことも鑑みての判断だ。
兎に角、友達が殺される未来から目を背けたいという思いがあったのは確かである。
「落ち着きなんし。万物の理は、円の如き形をしているでありんす。生の行き着く場所は死。死の行き着く場所は生。輪廻とはそういうもの。穢土での死は、浄土での生が始まることを意味する……ここまでは理解ささんす?」
「……いまいち」
「……まあ、主さんほどの童にすぐさま理解されては逆に困るというもの。それよりも、何故あちきが先の少女の未来を予言したか、と申しんしたな」
輪廻について語っていた大蛞蝓仙人は、本題に移ると言わんばかりに『さて』と手を叩く。
緊張の一瞬。ゴクリと生唾を飲む音が、静寂に包まれている湿骨林に響く。
「主さんは、寄生虫を知りささんす?」
「……きせーちゅー……ハリガネムシとか……ですかね」
「左様。先に申しんしたチャクラの応用で、その存在をあちきは確かめしんした」
今度は寄生虫について語り出す大蛞蝓仙人に、シライトは一体なんなのかと目を丸める。
「寄生虫に宿られた者の末路は二つに一つ。寄生虫に体を貪られるか、また別の生き物に貪られるか。どちらにせよ、天寿を全うした時点で宿主は“殺された”と言うのが正しい状態でありんす」
「……フウに……寄生虫が巣食っているという感じでしょうか?」
「ふふっ、言い得て妙。確かに虫と言えば虫だが、主さんが思っているよりも随分大きな虫でありんしょう」
「……お薬で……治るものですか?」
「治ら……いや、一つだけ薬は有りささんす」
「それは一体……?」
寄生虫に巣食われ、その結果殺される運命を辿ることになるフウ。
友人である以上、一定の幸せを願っているシライトは、治る見込みがあるのであればと藁にも縋る想いで問いかける。
真摯な眼差しを向けるシライトに、大蛞蝓仙人は不敵な笑みを浮かべ、こう言葉を紡ぐ。
「……愛、でありんす」
「……その虫さんは……精神病かなにかを患っているんですか?」
処方箋が“愛”とは如何なものか。
一瞬、そんな考えが脳裏を過ったシライトであったが、そういえば先程会話で意思疎通できたナメクジが今も横に居ることを思い出し、フウに巣食う虫もまた意思があるのではと考えた。
きっと、意思があるタイプの寄生虫なのだろう。
(……意思があるタイプの寄生虫ってそもそもなんだろう?)
ノリツッコミのようなやり取りを自身の脳内で行う。
「病に患っていることは間違いなささんす。心の餓え……それによる人間不信。人間という籠に閉じ込められた彼の虫は、自由を奪われ、彩りのない毎日を過ごすのみ……嗚呼、まるで遊郭の遊女のように悲しき運命を背負いし生き物でありんすなぁ」
「……あっ……自発的に寄生した感じじゃないんですか?」
「左様」
話を聞く限り、その虫とやらは“寄生した”のではなく“寄生させられた”とのこと。
何の目的で?
一体誰が?
何故、その対象がフウに?
疑問は尽きることがないが、少しだけ見えてきたものがある。
「……僕に……なにかしてあげれますかね……?」
―――己が何を為すべきか。
「ほう。主さんが何かできるのでは、と」
俯き気味に呟くシライトに、大蛞蝓仙人は意味深に顎に手を当てながら思案する。
「さて、ここからはあちきの提案でありんす」
「……はい?」
「答えは二つに一つ。一つ、このまま彼の少女の天命に対し見ぬふりをかまし、殺される様を外野で眺めるか。一つ、あちきのあがりを潰すついでに、もちっとマシな生涯を終えさせてやるか……さぁ、どちらにささんす?」
「太夫……それは最早誘導尋も―――」
「カツユ。お黙りなんし」
二つの提案をした後、呆れた様子で物申そうとしたカツユであったが、すかさず鬼のような形相になった大蛞蝓仙人に黙らせられる。
しかし、カツユの言う通り、選択肢の内容の言い方的に前者を選ばせるつもりがないことは、子供ながらシライトもひしひしと感じていた。もしこれで前者を選べば、人間的にどうしたものかと問われるレベルである。
ぼんやりと選択肢の内容を吟味するシライト。
「……じゃあ、後の方で」
「口調が軽い! いいんですか、貴方は!?」
「……ちょうど将来の夢とかなかったので、まあ、目標が立てられるかなと……」
承諾に際し、余りの口調の軽さに思わず声を上げてしまうカツユ。ナメクジながらも、案外彼女は常識人のようだ。
「ふふっ、カツユ。諦めなんし。主さんがそういうのだから、致し方あるまい」
「いや、だから太夫の誘導じ―――」
「カツユ。お黙りなんし」
得意げにほほ笑む大蛞蝓仙人に再度物申そうとしたカツユであったが、またもや黙らせられる。デジャヴだ。天丼だ。
ぼそりと『綱手と言い、どうしてこんなにも理不尽な方が私の周りに……』と呟いているのが聞こえてくる辺り、彼女も中々苦労人なのだろう。ナメクジだが。
それは兎も角とし、割とあっさりと大蛞蝓仙人の提案に乗ったシライトは、ジトっとしながらも真っすぐな目で彼女を見上げる。
「……とりあえず、一旦家に帰らせて下さい」
「もちっと待ちなんし」
―――彼はマイペースだ。
***
「以前人が訪れたのは数十年前……あちきはこの湿骨林で、延々と茶を挽いていたでありんす」
「……お茶が好きなんですか?」
「“茶を挽く”は“暇だった”という意味です」
「まあ、だと言えども生きた年月に比べ、数十年など刹那の一時。それにあちきはこう見えて蟒蛇」
「……仙人様は蛇なんですか?」
「“蟒蛇”は“お酒をたくさん飲む人”という意味です」
「湿骨林が誇る仙酒・八塩折の酒を始め、かつて各国を回って手に入れた酒を呑み、悠々とあがりを潰しささんす」
「……ナメクジでいらっしゃるのに、塩の字がつく銘柄のお酒を呑んで大丈夫なんですか?」
「“八塩折”とは“何度も醸造を重ねた濃い酒”という意味です。実際にお塩が入っている訳ではございませんのであしからず」
大蛞蝓仙人が語り、シライトが疑問の部分を問い、カツユがそれに答える。
なんとも珍妙な光景が広がっているが、これは全て彼らのこれからについての重要事項を話し合う為だった。
「……つまり、仙人様は見返りに各国のお酒を献上しろと」
「左様」
内容は至って単純だった。
仙人なのに酒豪である大蛞蝓仙人に、修行をつけてもらう代わりに、世界中の旨い酒を献上しろというものだ。
「……僕、まだ十歳ですよ」
「なに、今すぐに故郷を出ろという訳ではありんせん。しかるべき下地を整えた上で、主さんには各地を巡ってもらうと算段でありんす」
「……忍術も習ってないですよ」
「護身術程度は教えささんす。それからは……そうじゃ、綱手姫にでも弟子入りさせるとするか。どうせ火の国を放浪していることだろう」
「つ、綱手様にですか!?」
大蛞蝓仙人が口に出した名に反応するのは、これまたカツユだ。
一方で、まったく分からないシライトはただただ聞きに徹するのみ。
「む? なにか問題でも……あぁ、そう言えば以前よりグレしんしていたか」
「そうです。忍界大戦で負った心の傷も癒えず……」
「がさつで男勝りなくせに、そういう所ばかりは女々しい女よ……。まあ、それについては追々考えるとしよう」
『さて』、と口にする大蛞蝓仙人が、話を聞いていたシライトに振り返るや否や、指を鳴らして見せる。
すると、どこからともなく煙と共に、巻物を背負うナメクジが現れたではないか。
それなりに分厚い巻物だ。
それを背負っているナメクジの姿は、まるで、
「カタツム―――」
「だァれがカタツムリや!! ウチはナメクジや!! あんな殻背負ってるトロい奴らと一緒にすんなや!!」
「すみません」
ありのままに感じたことを述べようとしたら怒られた。あまりの剣幕に、いつものたどたどしい喋り方も息を潜め、流暢に謝罪する。
そんなしゅんとして肩を落とすシライトに、カツユは同情の視線を送った。
「そこに居るは巻物蛞蝓の『マイマイ』。そして背負っている巻物は、代々ナメクジと人の口寄せ契約に用いる契約書。さぁ、これから良き関係を築く為にも、あちきらと主さんの間で契約を交わしんしょう」
言われるがままに、既に塞がっている親指の傷を見つめ、数秒思案するシライト。
「あの……」
「む、なにか問題でも?」
「契約しないと……口寄せって使えないんですか?」
「当然。口寄せ獣然り、忍具然り、契約せねば口寄せはできささんす」
「……因みに……しないまま術を使うとどうなりますか」
「……成程。話が見えしんした。主さんは未契約の状態で口寄せし、湿骨林に飛んできたでありんすな」
「……はい」
事の顛末を理解した大蛞蝓仙人がクツクツと笑い、その横で居た堪れない様子のシライトが、親指をジッと見つめる。
―――無事、滝隠れに戻った後には、フウにどのような仕返しをしてやろう。
自分の性格を把握しているが故、大した仕返しはできないだろうが、こうも迷惑(精神的な)を被ったことを鑑みれば、仕返しの一つや二つはせねば気が済まない。
必死に頭をこねくり回して思いついた仕返しは……―――
「……鮎を砂糖で焼いたモノを食べさせよう」
至ってしょぼいものだった。
***
ペタペタペタ。
そんな擬音が似合う音を奏でているのは他でもない、シライトだ。
どこからともなく取って来た葉の上で、様々な食材をこねくり回し、兵糧丸を作っている最中である。
事の発端は、滝隠れへの帰路につく前にと、大蛞蝓仙人が一つの提案をしたからである。
『時空間忍術の修行でありんす。湿骨林で幾つか兵糧丸を作り、旅の道中で口寄せしなんし』
要するに、現在お弁当を作っているという訳だ。
しかし、ここは人の手が届かぬ秘境。凡そ、人の口に合うような食材が都合よく生えている訳ではない。
その為、辛うじて手に入れた薬草や山菜、そして蜂蜜をペーストにして丸めている。
見た目は最悪。とても美味しそうには見えない。
「……一口……ぐふっ」
味見の為、小さく齧ってみたシライトであったが、舌に兵糧丸の欠片が乗った瞬間に、薬草の苦みが波濤のように広がり、思わずえずいてしまった。
とても口寄せしてでも食べたいモノとは思えない。
「……地産地消が……一番だと思います」
「ふむ。では、食材を小分けにしなんし」
「……ッ!」
わざわざ兵糧丸にせず、個別に分ければいいのではないか。
そう述べる大蛞蝓仙人に、シライトは絶句するしかなかった。
(……めげそう)
帰り道は長そうである。
***
「太夫。何故彼に仙力を教えようと……」
「ん? 申しんしたじゃろうに。あがりだったからでありんす」
「そんな気まぐれで……」
補足説明
・大蛞蝓仙人
オリキャラ。湿骨林を城にする、廓言葉を使う仙人蛞蝓。お酒が大好き。本体は余りにも巨大である為、人前には幻術で作った姿で現れる。幻術で現れる姿に関しては、100%見ている相手のイメージに任されるため、人によって目にする姿がまったく違う。
・八塩折の酒
独自設定の道具。妙木山の蝦蟇油、アレの湿骨林バージョン。
日本神話においては、スサノオノミコトが八岐大蛇を退治する際、酔わせて眠らせるのに用いた7回絞った濃い酒のことである。