「イナリったら、こんな朝早くにどこに出かけてるのかしら……」
息子の安否が心配で、ぼやきながら皿洗いをするツナミ。
九人分の食器洗いは、それなりの労力だ。夏ならばいいば、土地柄も相まって未だうすら寒い波の国では、食器洗いの際の水が冷たくてたまらない。
余所の人間に皿洗いを手伝わせるのは少々憚られるが、こういう時ばかりは、相手の厚意に甘えて、手伝ってもらいたくなる気分にもなる。
だが、今ここに居るのは一人。
早々に片付け、洗濯に掃除など、他の家事を……。
そう思った時、突然玄関の扉で大きな音が鳴った。
何事かと息を飲んで様子を見に行けば、穏やかでない様子の男二人が、刀を携えながらにやにやとツナミの方を見つめてくる。
「アンタがタズナの娘か? 悪いが一緒に来てもらおう」
人質に、ツナミの身柄を確保しに来た男たち。
体格のみならず、鋭利な刃物を携える男二人に真面な抵抗ができるハズもないツナミは、心の中で尚もイナリの無事を祈り、ガトーの手先たる彼らに連れていかれてしまうのだった。
***
一方、ナルトたちの下では既に激戦が繰り広げられていた。
建設途中の橋に辿り着くと、タズナと共に橋造りを手伝ってくれていた波の国の者達が、血を流して倒れていたのだ。
間違いない、これはガトーたちの―――再不斬の仕業。
一気に警戒を最大限に高める木ノ葉隠れ第七班。
そんな彼らを取り囲むよう、突如として現れたのは再不斬の水分身だ。オリジナルの十分の一程度の性能しか出ない水分身であるが、以前は手も足も出なかったサスケ。
しかしサスケは、一瞬のうちに両手のクナイで水分身を一掃し、分身らをただの水へ還してみせた。
「ホー……水分身を見切ったか。あのガキ、かなり成長したな。
「そうみたいですね」
「あ―――!! あのお面野郎ォ!!」
サスケの活躍に歯軋りしていたナルトは、現れた本物の再不斬と、追い忍の仮面を被る少年の登場に、指をさしつつ大声を上げた。
どうやら、カカシの予想は的中していたらしく、以前再不斬の死体(仮死状態だが)を持ち帰った彼は、他でもない再不斬の味方であったらしい。
余りにも堂々と横に並び、『自分たちは仲間だった』と主張しているようで、ナルトのみならず他の面々も少なからず騙されたことに対する嫌悪感を覚えていた。
騙し騙されるのが忍の世界だが、やはり騙されるのは腹立たしいということだ。
「アイツはオレがやる。下手な芝居しやがって……オレはああいいうスカしたガキが一番嫌いだ」
「カッコイイ、サスケ君♡」
「ぐぬぬ! いーや、オレがやるってばよ! サスケェ! おめーは引っ込んでろ!」
「ナルト! ちょっとアンタ黙ってなさい!」
敵前にも拘わらずわちゃわちゃと騒ぐ三人。
正確には、騒いでいるのはナルトとサクラの二人だけであるが、どちらにせよカカシはやれやれとため息を吐く。
ほどほどに余裕がある分には構わないが、それが油断となってしまっては元も子もない。
「来るぞ!」
「っ!」
カカシの注意を促す発言が飛んだ後、刹那の間を突き、白と呼ばれた仮面の少年が千本を片手にサスケに肉迫する。
目にもとまらぬ瞬身の術。
だが、辛うじて見切ったサスケは、振るわれる千本をクナイの刃で受け止めた。
今の所、力は拮抗しているらしい。
両者の忍具は押して押されてを繰り返し、その場から動く様子を見せない。
千日手にも見えない光景。だが、これも白の狙いだった。
辺りに、水分身を破られたことによって撒かれた水―――水遁系の忍術を扱う者にとって、水は不可欠だと考えれば、それらがどのような狙いで撒かれたのだろうか?
答えは単純。
空いた片手で印を結ぶ白に、誰もが目を見開く。
忍術を発動するには印が不可欠だが、それらのほとんどが両手によって結ぶものがほとんどだ。
初めて見る片手の印に誰もが驚く中、白の凶刃が牙を剥く。
秘術、
まき散らされた水が一斉に浮かび上がり、鋭利な千本の形となり、瞬く間にサスケを貫かんと宙を翔けた。
「サスケェ!」
ナルトの声が響く。
純粋に仲間を心配する声だ。
だが、そんなチームメイトの声に応えんばかりに、サスケは襲い掛かる水の千本を掻い潜り、上へ跳ぶことによって逃げた。
消えた錯覚せんばかりの疾さ。
自ら繰り出した千殺水翔に巻き込まれないように距離をとった白は、つい先ほどまでサスケが居た場所で爆ぜる水に視界を奪われ、上へ逃げたサスケを見逃した。
しかし、上空より飛来する手裏剣が回る微かな音に気が付き、一度、二度、三度とバックステップしてそれらを躱す。
そして、手裏剣が白を橋の端まで追い込み、彼を真横に避けさせた時だった。
「案外トロいんだな……これからお前は、オレの攻撃をただ防ぐだけだ!」
「!!」
背後をとられた!
すぐさま振り返る白に、今度はサスケのクナイが牙を剥く。
振るわれる腕を止めることによって攻撃を防いでみる白だったが、続けざまに投げられるクナイ、そして躱す為にしゃがんだところへの蹴りに対応し切れず、まんまと一撃をもらってしまった。
元々暗部に居た白に勝るスピードで、彼を打ちのめしてみせたサスケ。それだけでうちはサスケという下忍の、同年代の下忍とのフィジカルの違いが、如何に異常であるかが分かるだろう。
(す、すげぇ……!)
余りに速い攻防を前に、ナルトは茫然と彼らの戦いを見るだけだった。
ナルトは、この一週間で強くなった―――強くなったとばかり思っていたが、サスケの戦いぶりを見ることで、少しだけ自信が喪失するかのような感覚を覚える。
だが、まだだ。まだその時ではない。
今、出しゃばれるポイントがないのであれば、必要になった時に出しゃばればいいではないか。
(うん! それだってばよ!)
必要ない時に出しゃばり、状況を悪化させるのはまさしくバカのやる真似だ。
しかし、サスケがピンチとなり、自分がサスケを助けに行って白を倒せば……、
『う~……』
『フッ、世話が焼けるってばよ!』
『きゃー! ナルト、カッコイイー!』
と、なるハズ。
緊迫した状況で、こんなことを考えられる辺り、ナルトの肝は大分据わっていると言えよう。
だが、状況は思っていたよりも早く変化を見せ始める。
再不斬の催促の言葉に『残念です』と呟く白から、鳥肌が立つような冷気が溢れ始め、瞬く間にサスケを取り囲むように、無数の氷で出来た鏡が浮かび上がった。
一体何だと周囲を警戒するサスケを前に、白はなんと、氷の鏡の中へ入る。
秘術・
「じゃあ……そろそろ行きますよ。ボクの本当のスピードをお見せしましょう」
「! うぐぅっ! ぐあああ!」
反響するように四方八方から聞こえる声に、得も知れぬ寒気を覚えたサスケだったが、鮮烈な痛みが体中を襲い掛かる。
余りにも熾烈な攻撃。
四方八方から飛来する千本による攻撃を前に、サスケはただただ急所から外れるよう身を防ぐしかない。
「っ……サスケェ! ちっくしょう、てめェ!」
チームメイトの体に無数の傷が刻まれることに対し、我慢ならないナルトは、怒りのままにクナイを投げ飛ばす。
しかし、投げ飛ばしたクナイは、氷の鏡から上半身だけ現した白に掴まれてしまい、そのまま地面に捨てられてしまう。
その光景に、遠距離からの攻撃ではなんにもならないと悟ったナルトは、感情のままに駆け出そうとした。
だが、
「迂闊に突っ込むな!」
「っ!」
カカシの一喝に、足がピタリと止まる。
いや、それだけではない。
服がピンと張り詰めているような違和感を覚え、振り返ってみれば、プルプルと凍えているかのように震えているサクラが、ナルトの服を掴んでいるではないか。
顔が青ざめている。
無理もない話だ。意中の人が、あれだけ無残にもズタズタにされてしまっているのだから。
しかし、ただ一つサクラにとって幸いだったのは、自分と違って感情―――特に憤怒を露わにするナルトを目の前にすることで、至って思考は冷静でいられたままだったことだ。
漂う冷気と、サスケが今すぐにやられてしまうのではないかという恐怖に身を震わせながらも、なんとか息を整えたサクラは口を開いた。
「カ、カカシ先生の言う通りよ! 考えも無しに突っ込んだんじゃ、返り討ちにされるのが目に見えてるわ!」
「だったら、サスケを見殺しにしろって言うのか!? サクラちゃん!」
「待って! 考えがあるから! だから待って。待ってて……!」
「サ、サクラちゃん……」
待ってと何度も口に出しながら、ポーチを漁り始めるサクラ。
ナルトだけではなく、サスケにも伝えるような口調だった。
サクラを目の前にし、少しばかり平静を取り戻しナルトは、今にも動き出しそうな体を自制しつつ、サスケが居る場所を睨む。
そんな中、再不斬と対峙するカカシは、サスケのために奮闘している二人を一瞥し、『そうだ』と小さく頷いた。
(確かに、血継限界持ちのあの子相手に、サスケ一人じゃあ叶わない……だが、一人がダメでも二人なら、三人なら勝てるかもしれない)
「でも、まあ……オレはさっさとお前を倒すことに集中させてもらうよ」
「ふんっ! オレにもう写輪眼は通用しねェ。やられるのは……てめェの方さ!」
クナイを構えるカカシに、鬼人が首切り包丁を振るう。
***
少し時間は遡る。
朝食を早めに食べ終えたイナリは、最近日課となりつつある、とある少女への弁当配達へ向かっていた。
昨日の夕食では、少しばかりナルトとの口論―――ほぼ一方的なものであり、ナルトの言葉に黙らされてしまったが―――に発展してしまい、普段以上に家に居た堪れない気分になっていたのだ。
―――気分転換に、空腹の人間に食料を分け与える善人気分にでもなろうか。
弱虫な自分では、英雄なぞ大層な称号を持つ人間にはなれはしない。
できるのは、少しばかりの善行のみ。
それでも、あの名も聞いていない少女に弁当を届ける度、自分がマシな人間になった気分になれ、荒んだ気持ちが多少楽になれた。
そして、今日もまた来てしまった。
「来たよ」
「ん」
躊躇いなく茂みを抜ければ、端的に応える少女が視線を向けてきた。
「ほら」
さっさと弁当を置けば、少女―――濃霧は、無言で弁当を食べ始める。
当初の箸を扱う際のぎこちなさもなく、顔色もよくなっている彼女は、五分も経たぬうちに弁当を完食した。
咀嚼の音も消え、静寂が辺りを包み込む。
イナリは、すぐに弁当箱を回収して帰宅しようかとも考えたが、今はどうにも帰る気になれない。
「……ねえ、ねえちゃん」
「なに?」
「この国の人じゃないよね? どっから来たの?」
「生まれは水の国……だったはず」
「だったはずって……どういう意味だよ」
「小さい頃に身売りされたから、大して記憶がない」
「!」
衝撃の事実に息をのむイナリ。
容易く聞いていい内容ではなかった。子供ながらに、地雷を踏んでしまったかと冷や汗を流すイナリ、尚も平坦な様子で佇む濃霧の顔色を窺う。
「ご、ごめんなさい……」
「なんで謝るの?」
「そういうの、あんまり聞いちゃいけない話だと思って」
「私にとっては、なんの価値もない話。今はただ、私を飼ってる人間の下で働くだけだから」
「? だ、誰だよそんなヤツ」
人間を飼うなど、ロクな人間じゃあない。
濃霧の生い立ちに同情しつつ、恐る恐る尋ねるイナリに、濃霧は一拍置いてからこう応えた。
「―――ガトー」
「ひっ……!?」
「……?」
思わぬ単語に、イナリの腰が抜けた。
濃霧は、そんなイナリに首を傾げている。
(そんな……このねえちゃんが、ガトーの手下だったなんて!)
早く逃げなくては。
様子を見る限り、相手は自分がタズナの孫などとは思っても居なさそうだ。逃げるならば今しかない。
悟られぬ内に、さっさと帰路につこうと翻った。
(ガトーの手下だったんなら、助けなきゃよかった! 死んじゃえばよかったんだ! 死んじゃえば―――)
走り去ろうとした瞬間、脳裏を過った言葉に立ち止まってしまった。
ガトーの手下だから死ねばよかったなど、思っていい考えではない。
もし、義父カイザが生きていれば、拳骨と共に怒声をあげられてしまうような考えだっただろう。
「……ねえちゃんは、ガトーが悪いこといっぱいしてるの知ってる?」
「? ……私に、いいことと悪いことの区別なんてつかないから」
「そんなの言い訳さ。ちゃんと……ようく考えれば分かるハズだよ」
「……一体なに?」
意図の分からぬイナリの言葉に、濃霧の顔に苛立ちが浮かぶ。
だが、イナリは続ける。
「なんにもしてない人のことを殺すような、そんなガトーの悪いことを知ってて見ないフリしてるなら、ねえちゃんは悪者さ」
「悪者だったらなに?」
「悪者になったら……これから先、きっと英雄が現れてやられちゃうんだ!! ロクな死に方しないぞ!!」
静かな声色から、急に大声を上げ始めるイナリに、一瞬濃霧が竦む。
しかし、ムッと顔を顰めて言い返す。
「ロクな死に方をしなかったら……なに?」
「きっと……きっと……―――誰にも覚えられないで、寂しく死んじゃうんだ」
「っ……!」
「でも、英雄は! どんな死んじゃい方したって、生きた証が永遠に残るんだい! 温かいご飯食べて、温かい布団の中で寝て、それから……」
言葉に詰まるイナリは、感情をありのまま表現する過程で自然と流れ出した涙を飲みながら、言葉を紡いだ。
「……家族みんなで笑って過ごした思い出が、ずぅ~っと。悪者なんかより、楽しく生きていけるんだよ」
「……そうなの?」
「きっとそうだよ」
「私でも?」
「うん」
「……どうすれば、悪者から英雄になれる?」
「それは……自分にとって大切なものを、命を失うようなことがあったって、この二本の腕で守り通す!!」
グッと拳を握るイナリは叫ぶ。
「ボクは波の国の英雄カイザの息子だい! ボクは、波の国の皆が! じいちゃんが! 母ちゃんが! そして父ちゃんが生きてたこの町が大好きなんだ! だから、ガトーなんかに波の国は渡さないぞーッ!」
「!」
カイザの息子―――それすなわち、タズナの孫という意味だ。
目が飛び出んばかりに見開く濃霧は、キッと睨んでくるイナリの気迫に圧倒され、大鎌を掴むことさえままならない。否、事実が衝撃的過ぎたからだということもある。
しかし、どうしてだろう。
本来であれば、人質にでもできるであろうこの子を、人質にする気分などにはなれなかった。
『おい、こっちだ!』
『今のはイナリ君の……急ぎましょう』
「っ!」
だが、そこへ聞いたことのある声が聞こえてきた。
一週間ほど前、自分を返り討ちにした者達の声だ。
暫く動かなかったことでなまった身体を無理やり動かし、その場を後にする濃霧。視界の端で、依然としてこちらを見つめてくる壮観な顔つきをしたイナリの姿は、脳裏に焼き付いて離れない。
「イナリ! 無事か、コラ!」
「あ……う、うん」
「怪我は……ないみたいですけど」
颯爽と参上するヒナイとシライトに、格好がつかないと思ったイナリは、零れる涙を拭いつつ無事を告げる。
(さっきのチャクラの感じ……あの血継限界使いの野郎だったな)
迷わずイナリを抱きかかえるヒナイ。
イナリは抱き上げられることに抵抗を覚えて暴れるが、ヒナイの腕力がそれを許さない。
「嫌な予感がするぜ。一旦、家に戻ってツナミさんが無事か確認すっぞ!」
「ええ。僕も、それがいいと思います……」
経緯はどうであれば、ガトーの手先にタズナの身内が接触した。
となると、カカシたちが護衛についているタズナは兎も角として、誰も護衛についていないツナミの安否が心配になる。
すぐさまタズナの家に戻ろうと駆けだす二人。
既に、家がもぬけの殻だとも知らず、彼らは急ぐのだった。
***
「ナルト、はいこれ!」
「おう!」
サクラからとある物を受け取ったナルトは、タズナの護衛をサクラに任せ、サスケの下に行かんと駆け出した。
先程から始まったカカシと再不斬の戦いにより、視界がゼロになるほどの霧が辺りを包み込んだが、ある仕込みをしていた二人にとって、それらはある意味僥倖だった。
―――なんにせよ、これでサスケを助けられる……ハズ。
チームメイトを助けられる確証はない。
しかし、やれる限りのことをサクラはしてくれ、託してくれた。
ならば自分もそれに応えなければならないだろう。
腹の奥底より湧き上がる沸々と燃え滾る想いを感じとり、ナルトもまた、ツルツルの脳みそで絞り出した作戦を実行すべく、行動に出る。
そして、霧が開けた。
***
(なんてことだ……あの両眼は写輪眼。まさか、戦いの中でその才能を開花させるなんて……)
一方、白とサスケの戦いはとある転機を迎えていた。
生殺しのような千本の投擲による攻撃。それらはサスケの体中に傷を作り、時には突き刺さり、貫通し、決して軽くはない傷を数多く負わせていた。
にも拘わらず、サスケの動きは次第によくなっていく。
これだけの緊迫した状況と負傷。運動機能や反射神経、状況判断能力など、全てにおいて低下し始めてもおかしくはない。
それでもサスケの動きが白に対応し始めたのは、彼の赤く光る両目が理由だった。
写輪眼―――木ノ葉のうちは一族に発現する血継限界。
サスケのそれはまだ未熟だが、写輪眼の基礎的な力である洞察眼は目覚めているようであり、次第に白の魔鏡氷晶にもついていけるようになっていたという訳だ。
(戦いが長引けば、僕が不利になる。ここは……―――)
一手仕掛けよう。
そう考える白であったが、突如、視界の端で現れるオレンジ色の塊に気付いた。
「サスケ、助けに来たぞ! 喰らえ、お面野郎! 必殺……手裏剣ありったけの術!」
「っ!」
「っ……あのウスラトンカチ! 一体何を!?」
霧から姿を現すや否や、手元に携えていた手裏剣をありったけ放り投げるナルト。
狙いはてんでバラバラ。サスケのように、狙いが精密とはとても言い難いものだ。
鏡を狙ったのか、はたまたサスケに渡すべく投げたのか。どのような目的で投擲したのかさえ分からぬ手裏剣攻撃であったが、万が一を考えた白は、手持ちの千本の数を考え、サスケの手に渡りそうな物だけを、投げ飛ばした千本で撃ち落とした。
その間も、ナルトは走る。
走る。走る。走る―――!
「本命は……こっちだってばよ!」
「なに!?」
ふと、上から響く声に、白は不意を突かれたように顔を上げた。
走っているナルトとは別に、魔鏡氷晶のドームの上に居るもう一人のナルト。その手には、袋のようなものが吊り下げられているクナイが握られていた。
どうやら、投げた手裏剣のいずれかに変化していたようだ。
再不斬との初戦を彷彿とさせる戦術に、先程まで呆れていたサスケも目を見張る。
「うりゃああ!!」
「ですが……」
投げられるクナイ。
しかし、これまた白の千本の投擲で弾かれた。
同時に、千本はクナイを投げた影分身のナルトを貫きつつ、クナイに吊り下げられていた袋は衝撃で開かれる。
中から溢れるのは、無数の小刻みに刻まれた紙。
ハラハラと舞い散る紙きれは、冬に降る雪のようだ。
「サスケェ、伏せろ!」
「なんだと?」
「サクラちゃん考案……サクラ吹雪の術だってばよ!」
「―――!」
魔鏡氷晶を覆う紙切れと思わせていたのは、それなりの数の起爆札だった。
続けざまに爆発する起爆札と共に、辺りは黒煙に包まれ、目の前を見るのも困難になるほど視界が悪くなる。
この程度では砕けぬ魔鏡氷晶ではあるが、敵のいる場所が分からねば、折角囲んでいるアドバンテージが台無しになってしまう。
(これが始めから狙いでしたか……!)
ナルトの狙いは、始めから視界を奪うことだったらしい。
では、次はどう出るか?
白は、その鏡の間を移動するスピードの如き思考の速さで、次のナルトたちが出る手を予測し、対策に出る。
(風……空気の流れを!)
黒煙に包まれる視界で、人を発見するのは至難の業。
しかし、人が動けばわずかながらに煙に動きが出る。
それを見極めようと、白は目を凝らした。
どこに居る?
どこから来る?
どこから逃げる?
―――居た。
僅かに煙の合間から見えた、黒い服。
あれはサスケの服だ。
今この場において、最も排除すべき忍は、うちは一族の血を受け継ぐサスケ。
迷う必要はない。
自分は“心”を圧し潰し、ただ相手を屠る“刃”となればいい。
それこそが“忍”なのだから。
(ごめんなさい)
鏡から飛び出し、千本を携えた手を振りかざす。
捉えた―――だが、
(手ごたえが……)
繰り出したのは刺突。
それにしては、肉を突き刺すあの感触が、骨を貫く感触が、
「ない!?」
「かかったな!」
咄嗟に白が振り返れば、寅の印を結んでいるサスケの姿が、黒煙の合間から覗いていた。
よく見れば、彼の服の右袖が大きく千切られているではないか。
やられた、と思い、たった今自分が突き刺した物を見れば、クナイに布の切れ端を結び付けたものだった。
寅の印で終わる術は火遁が多い。
火遁は、他の性質変化と比較すると、習得難易度にもよるが外傷に直接つながるような術が豊富だ。
それに、相手はうちは一族。下忍らしからぬ高度の火遁忍術を繰り出してもおかしくない。
これから放たれる高熱を想像して悪寒を覚えた白は、バックステップで背後の鏡に飛び込もうとした。
鏡に入れば、いくらでも避け切れるハズ。
そう思った白であったが、鏡に背を付けた瞬間、今まで感じたことのない抵抗感を覚える。
「入れないっ!!?」
「うっしゃ―――!!! 捕まえたぁ!!!」
氷の鏡は、煙に包まれたかと思えばナルトへと変化し、背を向けていた白をガッチリとホールドした。
(まさか……魔鏡氷晶に変化していたなんて!)
完全に不意を突かれた白は、無防備になってしまう。
そう、ナルトの狙いはこれだった。
サクラから託された起爆札で相手の気を引き、自分はサスケの下まで赴く。その後、何かしらのアクションを見せた白の隙を見計らい、大量の影分身で地上に近い氷の鏡に変化し、白がまんまと飛び込んでくるのを待つ。
本来は、氷の鏡の中からサスケを連れ出すだけの作戦だったが、サスケ自身チマチマと工作し尚且つ白もそれに引っかかったため、作戦変更で守勢から攻勢に転じたのだ。
「サスケェ! いっけ―――!!」
「火遁……―――
「ぐ、あああああ!!!」
口をすぼめ、紅蓮に燃え盛る火球を吐き出すサスケ。
白を捕らえていたナルトの影分身は、文字通りサスケによる意図的なフレンドリーファイアですぐ消滅したが、白は燃え盛る火炎に包み込まれ、逃げ出すことさえも叶わなかった。
(ああ、再不斬さん……ごめんなさい……)
身が燃え、服が焼ける中、白は恩人へ謝罪の言葉を心の中で呟いていた。
(僕は貴方の武器になりきれなかった……)
肉の焦げる臭いが鼻につく。
薄れゆく意識の中、白はいつの間にか晴れた霧の奥にある光景を目の当たりにする。
それは、カカシの電光爆ぜる右腕が、再不斬を貫く光景。
「再不斬……さ、ん……」
無意識の内に差し伸べた手。
しかし、いくら伸ばせど再不斬の下へは届かない。
白はそのまま意識を失い、彼が発動していた術のように、儚く崩れ落ちるのだった。