向カイ風ニモ負ケズ   作:柴猫侍

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二十. 献血はご計画的に

 逃げなければ。

 

―――どこへ?

 

 殺らなければ。

 

―――誰を?

 

 そんな自問自答を繰り返しながら、遁走を図る濃霧は、自分の思考に答えを導き出せず、もやもやと霧に纏わりつかれたような不快感を覚えていた。

 

 自分に数日間、頼んでもいないのに食事を運んでくれていた少年―――イナリの言葉が、タズナを殺さなければという囁きを遮ってくる。

 どうすればいい。

 自分はどうすればいいのか?

 反芻する疑問は、次第に濃霧の歩幅を狭くしていく。

 

 自分の歩みに自信が持てなくなった。

 いや、そもそも自分という存在がなかったのかもしれない。

 両親に売り飛ばされ、ガトーの手先として数々の任務をしていく中で、一切の感情が不要だと判断し、人並みの罪悪感を押し殺してきた。

 

―――そっちの方が楽だった。

 

 やがて、人を殺しても何も感じなくなったが、それはいつ頃だっただろうか。

 ただ“刃”として、“心”を圧し潰して多くの人を傷つけた。

 しかし、今になって考えてみれば、それがいかに恐ろしくあさましい行動であったか、震え上がる思いをしてしまう。

 濃霧という人間は、今まで存在させていなかった。

 文字通り“霧”のように、正体も掴めぬような形の定まらぬ存在として在り続けてしまっていたのだ。

 

 それが如何に恐ろしきことか。

 それが如何に寂しいことか。

 誰一人として、自分の存在を覚えてくれない。

 それが如何に悲しいことか。

 

 ツー、と涙が頬を伝う。

 忍との戦いの後遺症で、いつしか見えなくなっていた右目から零れていた。

 

(熱い)

 

 涙がこんなにも熱いものだったとは、気が付かなかった。否、気が付かないフリをしていたのかもしれない。

 傷ついて涙を流す自分を、見て見ぬフリをしたままだった。

 悪者だ。

 自分は悪者だ。

 傷つき、涙を流す者を見ないフリをする悪者だったのだ。

 しかも、傷つけているのが自分自身なのだと言うのだからタチが悪い。

 

 今一度、どうすればいいかと自問自答する。

 

 そんな中、濃霧の視界に人影が見えた。

 男二人に、縄で手を縛られた女性が囲まれている。

 男たちに至っては、ガトーの手先として働いている侍だとすぐに分かった。となると、あの捕まっている女性は一体誰なのだろうか?

 

 疑問を思い浮かべている間、無意識の内に三人の前に降り立つ濃霧。

 警戒し、柄に手を掛ける侍―――ゾウリとワラジだったが、向こうも見知った顔の登場に警戒を緩める。

 

「おまえ……誰かと思ったら、濃霧じゃねえか。一体どこほっつき歩いてた?」

「その人、誰?」

「ん? こいつはタズナの娘だ。人質に連れてきたんだよ」

「てめぇも連れてくの手伝え。さもなけりゃ、今すぐに切ってやっても構やしねえんだぜ?」

 

 悪党らしい下卑た笑みを浮かべるゾウリと、チキッと刀を少し抜き、濃霧を威嚇するワラジ。

 一方で、タズナの娘であるツナミは、これでもかというほど殺気に満ちた瞳で、濃霧の方を睨んできた。

 それだけで、どれだけ彼女がガトーとその手先に恨みを抱いているか計り知れよう。

 

 だからこそ、濃霧は携えていた大鎌の柄を強く握った。

 

―――……そっちの方が楽だ。

 

 ズンズンとゾウリたちの下へ歩み寄る濃霧。

 だが、凡そ味方の下へ赴く際の雰囲気でなかったのか、ゾウリたちの額には脂汗が滲み始めた。

 『なんのつもりだ!』や『ふざけた真似してっと、斬るぞ!』と怒声が轟くも、濃霧の歩みは最早止まらない。

 

―――英雄(ヒーロー)の味方の方が、楽だ。

 

 

 

 ***

 

 

 

 家に戻ったシライトたちが目の当たりにしたのは、もぬけの殻となっていた家だ。

 そこにツナミの姿はなく、無残にもバラバラに斬られた扉の木片が転がっている。

 

 最悪の予感が脳裏を過った。

 しかし、血の跡はない。それから鑑みるに、この場でツナミが殺害された可能性は小さいだろう。

 となれば、ツナミがここに居ない理由は、

 

「連れ去られた可能性が高いな」

「人質……ですかね」

「だろうな。せこい奴が考えそうなこった。チッ、急ぐぞ!」

 

 ツナミが居ないと知るや否や、神楽心眼にてツナミの探知に移るヒナイ。

 まだそう遠くへは行けないハズ。探知にも、そう時間はかからないだろう。

 

「……見つけた!」

「分かりました……イナリくん。君は……―――」

 

 ツナミが攫われたならば、イナリの身の安全も確保せねばなるまい。

 ヒナイとシライト。どちらがイナリの護衛につくか、視線で会話しようとする二人であったが、彼らの答えを聞くよりも前にイナリは口を開いた。

 

「ボクは、波の国のみんなを呼んでくるよ!」

「え……ですが……」

「泣き虫のまんまじゃ、なんにも守れやしないんだって分かったから……ボクもなにかしなきゃ!」

 

 そこに、昨日の夕食にて泣きながら騒いでいた少年の姿はなかった。

 まだか弱くも、確りと信念をその身に宿す男が、母を救おうとしている。

 

 その姿にフッと笑みを零すヒナイは、乱暴にイナリの頭を撫でた。

 

「おうよ! じゃ、オレらは先に母ちゃん助けに行くからな。あんましチンタラしてっと、折角呼んできてくれた皆に無駄足運ばせちまうかもしんねえ……急げよ!」

「うん!」

 

 力強く頷いたイナリは、颯爽と駆けだしていく。

 そんなイナリに、ヒナイは口寄せ獣のネズミを一匹付けさせながらも、彼の意思を尊重し、踵を返す。

 

「人質使うってことんなったら、可能性が高ぇのは……橋だな」

「ええ。タズナさんたちの目の前で……行きましょう」

「おうよ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「は……ははっ。サスケ、やってやったってばな!」

「……」

「サスケ? おい、無視すんなァ!」

「気ぃ抜くな。まだ、やったって決まった訳じゃないからな」

 

 へたり込む、煤だらけのナルト。

 敵を倒せたことにホッとしているようだが、サスケに関しては、豪火球の術で敵を倒しきれたかが不安なのか、クナイを片手に倒れている白に歩み寄った。

 『何する気なんだってばよ……?』と、ややきょどるナルトを横目に、クナイを白の仮面に突き刺すサスケ。

 カツン、と乾いた音がよく響けば、これまた煤けた仮面は一気に罅が広がり、白の顔から砕け落ちた。

 

「―――!」

 

 露わになった素顔に、ナルトは息をのんだ。

 そんな馬鹿な、と。

 この顔は―――、

 

「あん時のっ……!」

「……知り合いだったのか?」

 

 震えた声を発しながら、今まさに目の前で倒れている少年が、木登りの業の際に出会った美人な少年であることに気が付いたナルト。

 まるで、自分自身に確認するかのように声を発したナルトの横で、体の至る所に突き刺さっている千本を抜き捨てる。

 いずれも致命傷は避けていた。

 いや、避けさせられていたのかもしれない。

 そうでなければ、あの怒涛の攻撃の中で自分が生き残っていられた訳がない。

 

 今回の勝利は、相手の甘さが主な理由だ。

 決して、サスケの実力が白の実力よりも上だったからではない。

 

「……くそッ!」

 

 また一本、抜いた千本を乱暴に橋の上へ投げ捨てる。

 その間、いつの間にか晴れた霧の奥に、カカシたちの姿が見えてきた。

 

「サスケくーん! ナルトォー!」

「おお……超無事……でもないか」

 

 自分達が生きていることが確認できたサクラは、歓喜の声を上げながら、クナイを持った手をこっちに振る。タズナも無事のようだ。ホッと息を吐いている。

 しかし、ナルトもサスケも、そんな彼女の行為にリアクションをとることができない。

 いずれもショックが大きかったのだ。

 

 片や、顔見知りを知らぬうちに、“敵”として倒してしまったことに。

 片や、敵に情けを掛けられ、味方にも助けられた上で漸く勝てたことに。

 

 各々のショックに差はあれど、後味の悪い勝利を掴んだ二人は、霧が晴れた先にもう一つの光景を目の当たりにした。

 

「ぐっ……がはっ!」

「だから言っただろう。お前の未来は……死だ」

「う゛ッ!!」

 

 再不斬の体から右腕を引き抜くと同時に、再不斬の体に噛みついていた忍犬たちが煙と共にドロンと消え去る。

 “コピー忍者カカシ”―――彼のオリジナル忍術の一つ、“雷切”により、胸に大きな穴を穿たれた再不斬は、口布の上から血を滴らせていた。体中を噛まれ、その上で体に風穴を開けられた人間が長生き出来ようハズもない。しかし、再不斬は気力一つで、背負う首切り包丁の重さごと自重を支える。

 

 だが、最早勝敗はついた。

 

「お前の野望はここで潰える。そうだろう、再不斬」

「ま、まだだ……まだオレの野望はぁ!!」

 

 首切り包丁を抜き、カカシに斬りかかろうとする再不斬であったが、カカシに辿り着くよりも前に、足がもつれて倒れてしまう。

 そんな鬼人の倒れる様を、カカシは思うところがあるような目で見下ろす。

 

「オレの……()()()()の野望はぁっ!!」

「再不斬……」

「―――くっくっく。おーおー、随分派手にやられて。がっかりだよ」

 

 その時、不敵な笑い声が響いた。

 複数の足音に皆が振り向いた先には、物騒な武器を携えるごろつきたちの先頭に、杖をついて歩くガトーの姿があるではないか。

 優に百人は下らない軍勢。

 下忍や一般人であるナルトのみならず、カカシでさえゴクリと生唾を呑み込んだ。

 

「ガトー……どうしてお前が……それに、その部下共はなんだ!?」

「なぁに。ちょいとお前に恨みのある人に手を借りてねェ。お前は、水の国のクーデターで誰かさんの部下を殺っちゃったみたいじゃないか」

「……成程。大黒天善の野郎の」

 

 再不斬の問いに、意味深に応えるガトー。

 それから導き出された大黒天善の名。

 彼は、水の国の大名の側近だ。表の顔は政治家だが、裏では大盗賊団の棟梁もしており、大名に大量の賄賂を贈ることによって悪事を働く悪漢でもある。

 

 再不斬は、里抜けするきっかけともなった彼自身の起こしたクーデターの際に、その大黒天善の率いる部下を多く倒した。

 その恨みを返すべく、波の国に城を持つ彼は、波の国を牛耳ろうとするガトーと手を組み……、

 

「そうさ。私は始めから、お前を始末するつもりだったのさ」

 

 正規の忍を雇えば金がかかる。

 だが、抜け忍であれば後処理もしやすい。使い捨ての利きやすい手駒という訳だ。

 最初から金を払う気がなかったガトーは、タズナを再不斬の手で暗殺した後、更には大黒天善の手も借りて再不斬らも始末する手筈だった。

 

「ま、一つだけ作戦ミスがあったといえば、お前だ……再不斬。霧隠れの鬼人が聞いてあきれるわ。私から言わせりゃあ、なんだ……ただのかわいい小鬼ちゃん……ってとこだなァ」

「今のお前ならすぐぶち殺せるぜェ!!」

 

 ガトーの言葉に続き、取り巻きのごろつきたちが下品な笑い声を上げる。

 その光景に、首切り包丁を支えに立ち上がる再不斬は、横で神妙な面持ちを浮かべているカカシを見遣った。

 

「そういう訳だ。これで、オレらとお前が戦う理由はなくなった訳だ……カカシ」

「……ああ」

「あと、少しいいか?」

「?」

「―――」

「! ……ああ、頼まれたよ」

 

 何かをカカシに告げた再不斬は、今際の肉体には酷な重さの首切り包丁を担ぎ、ガトーたちを睨む。

 

 その気迫、鬼の如し。

 

 一瞬にして、ガトー共々睨まれた者達は再不斬の気迫に怯む。

 その隙に駆け出す再不斬は、真っ先に頭であるガトーに向かっていく。

 

「ひっ……も、もういい! お前たち、やっ―――」

 

 目の前に迫る恐怖から逃げんと、背を向けて走り出したガトー。

 しかし、少し前より軍勢の後ろから物音も立てずすり抜けてきたフードの少女が、ヌッと軍勢の前に躍り出て、向かってきたガトーの腹をドンと蹴り飛ばした。

 

 尻もちをつくガトーは、何が起きたのか分からない様子だ。

 しかし、自分を確かに蹴り飛ばした者の顔を―――フードの下に隠れるその顔を、しかと目に焼き付けた。

 

「お、おまえはっ!? の……―――のッ」

 

 一瞬だった。

 遠のくガトーの断末魔。

 

 ガトーは、肉迫する再不斬の首切り包丁により、文字通りその首を切られたのだ。

 

「最後の最後で飼い犬に噛まれるとは……いい様だな、ガトー」

 

 鮮血を迸らせる首のないガトーの体を邪魔だと蹴り飛ばし、すでにこの場から瞬身の術で消え去ったガトーの飼い犬に礼を告げつつ、再不斬は首切り包丁を横に一閃する。

 それだけで数名、ごろつき共の体が上下に分かたれる。

 驚異的な切れ味。そして、再不斬の膂力。

 次元の違う再不斬の戦いぶりに、数で勝るガトーの手下たちも怯え竦み、一歩後ずさってしまう。

 

 そんな時だった。

 ガトーの手下たちが居る場所の後方で、ドドンと太鼓を鳴らしたような轟音と共に、巨大な影が現れる。

 

「な、なんだありゃあ!?」

「バカでけぇ!?」

「ば、化け物か!?」

「い、いいや、あれは……!」

 

 その山のような毛玉の上には、一つの人影があった。

 

「お控えなすって、野郎ども!!」

「あいや、しばらく! さしつけました仁義、失礼でござんす! 生まれは火の国! 鼠ノ寺仕えて数十年! 奇妙奇天烈な縁にて、ヒナイ法師のために東奔西走! そんな俺っちの名ぁ、ノブ雄。人呼んで『ノブ』だっチューの!!」

 

 ぴょこんと生えている丸い耳。

 一陣の風に揺らぐ長い髭。

 そして、立派に生えた長い前歯。

 

 そう、その生き物はまさしく―――、

 

(ハムスターだってばよ……)

(ハムスターだな……)

(ハムスターね……)

(ハムスターでしょ……)

(超ハムスターじゃわい……)

 

 ハムスターだった。詳細を言えば、ヒメキヌゲネズミ(ジャンガリアンハムスター)だ。

 

 腹巻を巻いていたり、ドスをその腹巻に差していたりはするが、違うことはなき、それはハムスターである。

 ネズミはネズミだが、ハムスター。

 巨体である故の威厳も、ハムスターの愛らしい容姿によって半減してしまっているように見える。

 そんなハムスターの上に乗るヒナイは、錫杖をガシャガシャ鳴らすことで、下に居るガトーの手先たちへと警鐘を鳴らす。

 

「おうおうおう! それ以上好き勝手やるっつーなら、オレとノブが許さねえぞ!」

「姉御! ここは俺っちがお任せ、男負(おま)かせ、波任せ! あっチューまに、海ン中叩き落として頭冷やさせてみせますよゥ!」

 

 饒舌なハムスター……もとい、ノブ雄がドスを抜き、ガトーの手先たちに切っ先を向ける。

 その巨体に比例して大きいドスは、それだけで普通の背丈の人間に恐怖を与えた。

 それもそうだ。自分の背丈の何倍もの刃物を向けられる機会など、普通ならばありはしない。

 

 巨大なハムスターを前に、流れが悪くなってきたことを悟るガトーの手先たち。

 そんな彼らの下へ、さらなる刺客がやって来ていることを、彼らはまだ知らない。

 

 橋の陰からゴソゴソと忍び寄る、巨大な縦長な影。橋と見間違うほどの巨体は、敵が居る地点を触覚で探り終えた瞬間、すさまじい速さで彼らを取り囲んだ。

 

「ひぃぃぃ!? 今度はなんだ!?」

「む、ムカデだ―――!!」

「―――ヒナイさんだけじゃありません」

 

 ガトーの手先を囲んだ大ムカデの主たる人物が、ボウガンを携える少年と共に、波の国と橋の境辺りで大勢波の国の者を引き連れつつ、そう声高々に宣言する。

 

「そうだ! ボクたち波の国のみんなが、波の国のみんなを傷つけようとする奴らを許さないぞ!!」

「イナリ!」

 

 シライトに続いてイナリが、自分が呼び掛けて連れてきた波の国の町民と共に、国を守ろうと立つ姿は壮観だった。

 ハムスターの陰になって少々見えづらいものの、感無量のタズナは、涙をほろりと流しながら孫の名を呼ぶ。

 

 一方でイナリは、とある人物が居ないかも、辺りを注意深く観察していた。

 

(あのねえちゃん……いないかぁ)

 

 ガトーの手先だった少女―――濃霧。

 素性がバレるや否や逃げた彼女だが、彼女の辿った足跡は僅かに辿れた。

 連れ攫われたと思っていたツナミが、濃霧と思しき少女に助けられたと、ヒナイたちがたどり着くよりも前に家へ向かって戻っていたのだ。

 何故、彼女がそのような行動に出たのかは分からない。

 だが、その報告を聞いた時、イナリは言い知れぬ喜びを覚えた。

 

 そして今、自分の呼びかけで集った町民と共に、大好きな国を守るために立ち上がっている。

 

 その後、ガトーの手先は、巨大な口寄せ獣二体を始めとした勢力を前に、抵抗する気も失せ、町民全員の手によってお縄につくのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

『安心してください……ボクは再不斬さんの武器です。言いつけを守るただの道具として、お傍に置いて下さい』

 

 ふと、とある日の白の言葉を思い出した。

 白を拾ったあの日から、自分は白と一緒だ。

 己の言葉を守ろうと、白はいついかなる時も自分の傍に居て、文句も言わずに付いて来てくれた。

 

 心のどこかで、自分はそれを嬉しく、有難く思っていたのかもしれない。

 孤独は耐え難い。

 だから、自分を『同じ目』と称してくれた白を拾ったのだろう。

 血や力だけではない。その存在を傍らに置き続けたいと、無意識の内に願っていたと、今際に来て―――いや、もうあの世だろうか。どちらにせよ、傍に居なくなった途端、自分にとって白がどのような存在か、分かったような気になれた。

 

(できるなら……お前と同じ所に居てェなぁ……。それにしても、あの世ってのぁ随分居心地の悪いとこだな……)

 

 体中に走る鈍痛に、ゆっくり瞼を開ける再不斬。

 まず真っ先に視界に入ったのは、見ず知らずの少年だ。汗水たらし、なにやらカカシの雷切で貫かれた部位に光を翳しているらしい。

 掌仙術か―――そんな思考が脳裏を過った時、再不斬はまだ自分がしぶとく生きていることを理解した。

 

「お……おまえ、は……」

「喋らないでください……傷口が……」

「白は……白は……」

「白なら、ちゃんと生きてるってばよ」

 

 目の前の少年―――シライトの代わりに応えるナルトは、複雑な表情を浮かべて、再不斬に見えるよう白が横たわっている方を指さした。

 その近くでは、青ざめた顔で寝転んでいるヒナイが居るが、彼女に関しては再不斬に輸血するための血を抜いたことで、絶賛貧血中なだけである。

 だが、彼女の特異な血の供給の甲斐あって、あの絶望的な負傷からも再不斬は回復していた。

 そして、白もまた……。

 

「……軽い……とは言えないやけどですが、命に別状はありません」

「そう……か」

 

 ナルトに続いて、白の容態を話すシライトに対し、再不斬はホッと息を吐いた。

 

「それにしても……敵だった奴を治すたぁ……随分甘ちゃんらしいな。てめぇらは」

「もうガトーやっつけたんだから、敵もどーもこーもねえってばよ! それに……白の大切な奴って、お前なんだろ?」

「……それがなんだ?」

「白ってば、大切な何か守りたい時に強くなれるっつってた。きっと、オレたちと戦ってる間も、お前のこと守ろうって頑張ってたんじゃねえのか?」

 

 ナルトの真っすぐな瞳が、再不斬を射抜く。

 最早逃げ場はない。

 ガトーが死亡したことで、敵同士でもなくなり、因縁も消え去ったと言えよう。

 今際から戻ったばかり再不斬は、夢見心地のまま口を動かし始める。

 

「……だろうなァ。だが、あいつは優し過ぎた」

「?」

「自分が守りたいモンも……大切なモンを守りたい気持ちが分かるからこそ、他人が守りたいモンにも気が向いて……心を痛めていた。小僧、お前もそのクチだろう?」

「……うん」

 

 頷くナルト。

 彼もまた、白の大切な物が再不斬であると察したからこそ、つい先ほどまで敵であった白と再不斬の治療をシライトたちに頼んだのだ。

 

 そして再不斬は、己の今際でようやく白こそが自分の大切な物だったと理解した。

 挙句の果てには、敵だった忍たちに自分ごと大切な物を守ってもらってしまったではないか。

 

「忍も人間だ……感情のない道具にはなれない。あぁ……負けだ、負け。オレらの……―――負けだ」

 

 鬼人が笑う。

 だが、鬼人の笑う様は泣いているようにも見えた。

 

 痛む体に鞭打ち、大切な物を見遣った再不斬の目には、安らかな笑顔で眠っている白の姿が映る。

 

 今度こそは、大切な物を離すまい。

 鬼人は、季節外れの雪に誓うのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 二週間後。

 完成した橋の名は『ナルト大橋』。ナルトがイナリの心を変え、イナリが町民の心を変えた。そんな、彼の“勇気”が皆へ“希望”という架け橋を掛けたことから、決して崩れず、いつか世界中にその名が響き渡るような有名な橋となるようにとの願いが込められた名だ。

 

 橋が完成すれば、木ノ葉の忍たちはお役御免。

 名残惜しさもあるが、彼らは里への帰路につく。

 

 次に、再不斬と白は、シライトの治療を受けた後に人知れず姿を消してしまった。

 元より追われている身。ガトーという庇護がない今、いつ追手が来てもおかしくはないのだから、足がつくよりも前に波の国から去ろうという魂胆なのだろう。

 

 そしてシライトは、待たせている師の下へ行かんと出発した。

 何故か、『暇』という理由でヒナイが彼に付いていったが、お互い世助け目的の旅ということで意気投合していたかもしれない。

 

 どちらにせよ、多くの者が波の国を発った。

 

 しかし、発たない者も……。

 

「ねえちゃん、またここに居たんだ」

「……」

 

 イナリがよく釣りに来る桟橋。

 そこでここ最近波風に当たっている少女が、イナリの方へ振り返った。

 

 何とも言えぬ顔。居た堪れないのか、少女は顔を俯かせる。

 そんな彼女へ、イナリは満面の笑みで助け船を出す。

 

「そういえば、名前言ってなかったね。ボク、イナリ。ねえちゃんは?」

「……濃霧」

「ふーん……あのさ、母ちゃん助けてくれてありがとう」

「ん」

「だからさ、お礼に……ボクの家でご飯食べない?」

 

 思わぬ提案に目を見開く濃霧。

 色々と考える部分があるが、ガトーという唯一の巣であった場所さえ失った彼女に、まともに食事をとれる手段など残されていなかった。

 だから、今まではイナリの弁当に頼っていたのだが……、

 

「……食べる」

 

―――誘われたならば、行くしかない。

 

 後に、イナリ家の食卓に一人増えたことと、ナルト大橋に守り人が就いたのだが、それはまた別の話。

 




***三章完***

補足説明
・大黒天善
 アニナルで登場した、再不斬に恨みを持っている水の国の大名の側近。アニメでは、再不斬がすでに死亡していたため、再不斬の墓から首切り包丁を盗んだが、後に首切り包丁を回収しに来たサスケと水月に手下をやられた挙句、首切り包丁を持っていかれた。

・沸遁・死息巧霧(しそくこうむ)の術
 オリジナル忍術。吸うと気道が焼けただれる強酸性の霧を吐く。術名の元ネタは、『災害の予兆として、黄色い霧が辺りに満ちる』……みたいな意味だったハズの『四塞黄霧(しそくこうむ)』です。
 沸遁の忍術、原作やアニメや小説、どれを探しても巧霧の術しかなかったので、今回考案するに至ったという経緯があります。
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