向カイ風ニモ負ケズ   作:柴猫侍

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ヒナイ修伝 ‐自来也豪傑物語 閑話‐

 

―――これはとある来訪者が去った数か月後のお話。

 

 

 

 ***

 

 

 

「ヒナイちゃん。次、女湯お願いね~」

「はーい!」

 

 番台に対し溌剌とした返事をし、ごしごしとブラシで浴槽を洗うヒナイ。

 夕方から夜にかけてやってくる男の垢などの汚れがこびりつく浴槽だが、力が込められた彼女の磨きがあれば、あっという間にピカピカだ。

 

 綱手たちが鼠ノ寺を去り数か月。

 道を遮る大岩もなくなったことで、観光客の足も次第に戻っていき、厳しいながらも生活できるほどの収入は得ることは叶っていた。

 しかしだ。生活できるといっても、あくまでそれは最低限での話。自分より小さい子供たちにも我慢させるような思いをさせたくはないと、ヒナイは少しでも足しにならないかと、近くの町で働き始めたのだ。

 

 真っ赤な髪は、いい意味で目立つ。

 男勝りな性格はあれど、いい宣伝になるとヒナイの働きの申し出を受ける店は数多あった。この銭湯もその一つである。

 貰える金はそこまでではない。

 やることと言えば、浴槽の掃除と番台の代理だけだ。

 

「―――っつっても、こ~の一番風呂がたまんねぇんだよなァ~……」

 

 ふぃ~と息を吐き、身を包む少々熱めの湯に頬を紅潮させるヒナイ。

 そう、ヒナイがこの銭湯で働く理由は、ここにもあった。

 掃除後、番台の厚意によって一番風呂を頂けるのである。鼠ノ寺では、風呂などめったに沸かさず、身を清めるという行為は滝での行水のみだ。夏は兎も角、冬は寒すぎて耐えられない。冬の場合、一応水を沸かしてからなどの処置はとられるものの、こうして体の芯から温まることはできないのだ。

 

「極楽極楽ゥ~……ここが桃源郷よォ~っと……ん?」

 

 胸より下は熱い湯に浸かり、それより上は涼しい風が火照った体を撫でてくれる。

 見上げれば満点の星。ここを極楽と言わずしてどこが極楽か?

 恍惚とした表情で身を反らし、岩でできた浴槽の淵にもたれかかったヒナイ。

 すると、なにやら綺麗な景色の端に、邪な存在が映るではないか。

 

「なんじゃあ。ま~だガキしか入ってねえじゃねえのォ」

「……あ゛?」

 

 銭湯と路地を隔てる高い壁。

 そこの淵に腕をかけるのは、獅子舞を彷彿とさせる長い白髪を靡かし、目の下から赤い線が伸びている男だった。『油』と書かれた額当てをつけているが、油隠れなどという里は存在しないため、恐らくは自前の額当てだ。

 次に容姿。若くはない。初老ぐらいだろう。

 

 成程、大問題だ。

 

「ワシぁ、もっとピチピチの姉ちゃんが入ってると思ったんじゃが、期待(はず)―――ぶぉっ!?」

 

 壁の淵に寄りかかりながら残念がる男性に向け、円盤投げの如くたらいを投擲したヒナイ。

 見事顔面にヒットし、スコーンッ! といい音を奏でて男性は落ちていった。

 

「てんめェ! 今すぐとっちめてやっかんな、コラッ!!!」

 

 湯で火照っただけではない。

 男性にしてもヒナイにしても不本意だが、湯に浸かっている姿―――裸を見られたことに頬を紅潮させ、憤慨するヒナイ。すぐさま湯から上がり、恐ろしく凄まじい速度で着替え、男が落ちた場所まで駆けていった。

 ロクに体を拭かず、髪も乾かしていない。

 驚く番台に、『ちょっとでかける!』と一声かけ、雫を滴らせるヒナイは、一分も経たずして男性が落ちた地点までやって来た。

 

 しかし、そこに男性の姿はない。

 あの特徴的な白髪の男性は、すでに路地の奥へ奥へと逃げていた。

 

「待てコラぁぁぁああああ!!!」

 

 だが、ヒナイが見逃すハズもなく、彼女も全速力で男性を追いかけ始める。

 烈火の如く怒りを男性に向けて迸らせるヒナイは、怒号を上げながら男性との距離を縮めていく。

 

「おいおいおい! なんちゅう凶暴なガキだ!」

「他人の裸見といてただで済むと思うなよ、コラ!!」

「わしだって、お前みたいなちんちくりんの裸なんざ見とうなかったわい!」

「んだとォ!? 裸見た上に残念がるたぁ、失礼にも程があるってんだろぉうよォ!!」

 

 額当ての文字の如く、まさに火に“油”を注いでいく男性。

 熾烈な鬼ごっこは、往来の激しい路地まで続く。

 人混みをかき分ける二人。しかし、男性は歳に似合わず軽快な歩みで人混みをすり抜け、グングンヒナイとの距離を開いていく。

 無理やり人混みをかき分けるヒナイは、なんとかとっちめようと奮闘するものの、結局は男性を見失ってしまう。

 

「……っくっしょぅ」

 

 走って火照った体を撫でる風と向けられる人々の視線は、どこか生温かった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「く、クビィ~!?」

 

 そして、ヒナイの解雇は唐突に言い渡された。

 『なんでだよ!』と凄まじい剣幕で詰め寄るヒナイに、番台はおどおどした様子で応える。

 

「なんでもヒナイちゃん……君、昨日往来で随分暴れてたみたいじゃない? それで、途中で黒駒サンとこの人にぶつかったって言われてね」

「黒駒? んなの分かんねえよ! って言うか、そんだけでクビって……!」

 

 黒駒―――黒駒ショウゾウは、ここ最近この町で名を上げる極道だ。

 本人含め、何人かの忍くずれを雇っており、元々町に居た裏の人間を取り込み、急激に発言力を高めていると巷では噂されている。

 

「仕方ないんだよ。黒駒サンはこの町で一番名を利かせてる極道の人だ。ヒナイちゃんにゃ悪いが、ちょっとやそっとの因縁でも、しっかり応えなきゃウチの経営が……ねぇ? ほら、今までお世話になった分、お給金も増やしといたから、今日限りで」

 

 最終的には有無も言えずに銭湯を追い出されたヒナイ。

 手渡された巾着袋には、いつも以上の重みを感じるが、それで喜べるほどヒナイは単純ではない。

 トボトボとした足取りで往来を進むヒナイは、今後の働き口について俯きながら考える。

 男勝りな彼女と言えど、憂鬱になることはあるのだ。

 

「そもそも、悪いのはあの覗きの……」

 

 ブツブツとぼやきながら歩く。

 すると、俯いていたために前方より歩いてくる者が居ることに気が付かず、そのままぶつかってしまった。

 

「てッ! あ……」

「おー、いてー! こりゃ骨折れちまったなー!」

「は?」

 

 尻もちをついて倒れるヒナイが見上げる先には、わざとらしく腕を押さえてわめくチンピラらしき男と、それを見てにやにや笑う男が居る。

 ヒナイが呆気にとられていると、にやにや笑っていた男が近寄り、徐にヒナイの前に屈みこみ、胸倉を掴んできた。

 

「おう、嬢ちゃん。このオトシマエ、どーつけてくれんだよ?」

「んなもん知るか、コラ! あんくらいで骨折れるわきゃねえだろ!」

「おー、そうかい。でも、本人は痛がってるしなぁ。一応お医者さんに診てもらわなきゃいけない訳だし……さッ」

「いでッ!?」

 

 徐に突き飛ばされたヒナイ。

 すると、持っていた巾着袋が手から零れ落ち、中に入った小銭が擦れる音が鳴り響いた。

 その音ににやける男たちは、そのまま転がる巾着袋を手に取る。

 

「という訳で、このおこづかいは貰ってくよ」

「はぁ!? ざけんな! 返せ、コラ!」

「痛い目見たくないなら、早くおうち帰るこったね」

「んにゃろ……コラ!」

「ぎゃ!?」

 

 巾着袋を片手に携えて去ろうとするチンピラであったが、背中にヒナイの飛び蹴りを喰らい、もれなく前方へ無様に倒れていった。

 一人が蹴り飛ばされたことに憤慨するもう一方は、意地でも巾着袋を取り返そうとするヒナイともみ合いになり、彼女を羽交い絞めにするまでに至る。

 それでも尚暴れようとするヒナイであったが、彼女が拘束より解放されるよりも前に、顔を擦りむいたチンピラが、憤怒に染まった瞳をヒナイに向けた。

 

「ガキィ……子供だと思って見逃してやろうと思えば付け上がりやがって! おい、そのまま抑え付けてろ!」

「おう!」

「んにゃろう共が! オレだってただじゃやられねえぞ!! ホントに病院送りにしてやるぐれぇボコボコにしてやんよ!!」

「ふん、強がりやがって……子供だからって手加減してやらねえ! 二度と表出れねぇくらい、顔ボコボコにしてや―――ッ!?」

 

 羽交い絞めにされるヒナイを殴ろうと拳を振りかぶったチンピラ。

 しかし、拳は振りぬかれることなく、チンピラの背後で止まったままだ。

 幾ら力を込めど、微動だにしない。

 これはおかしいと、冷や汗を流すチンピラが振り向けば、飄々とした顔つきながらも、剣呑な雰囲気を漂わせる男が立っていた。

 その容姿に『あッ』と声を上げるヒナイだが、チンピラたちは突如現れた男に気を取られている。

 

「女に……それも子供に手を上げようとするたぁ……おまえら、男の風上にも置けんのォ」

「だ、誰だジジいててて!?」

「その意気のいい嬢ちゃんに免じて、わしが代わりに相手してやるぞ。なァに、安心するといい。きっちり病院送りにしてやるからのォ」

「は、放せ! いや、放してください!」

 

 腕を背中の方へ持っていかれるチンピラ。

 次第に骨が軋んでいくような感覚を覚え、堪らず放すように乞えば、男はスッと手を放してくれた。

 只ならぬ男を前に、完全に戦意を喪失したチンピラは、『お、覚えてろよ!』といかにもなセリフを吐き捨て、ヒナイと巾着袋を置いて去っていく。

 

 その様にやれやれとため息を吐く男は、地面に無造作に置かれた巾着袋を手に取り、ヒナイに手渡す。

 

「ほれ。これで貸し借りは無しだのォ」

「オッサン……おらぁ!」

「うぉおう!?」

 

 巾着袋を手にとったヒナイだったが、いい男ぶった笑みを浮かべる男の鳩尾へ、容赦ないアッパーを喰らわす。

 クリーンヒットだ。

 前のめりに倒れて悶絶する男は、抗議するような視線をヒナイに向ける。

 

「お、おまっ……助けた恩人になんたる仕打ちをォ……!」

「るっせぇボケァ! こちとら、裸見られた上に、仕事クビになったんだぞ! これで漸く貸し借り無しだろうが!」

「仕事クビになったことなんざ、ワシぁ認知しとらんぞ!」

「認知してるしてねえの問題じゃねえ! チビ共の生活費のためにあくせく働いてたのに、アンタの覗きが原因で働き口失ったオレの身にもなってみやがれってんだ!」

「そ、そりゃあ悪かったのォ……」

 

 若干涙目となって訴えるヒナイに、流石に同情したのか、男から引き下がってくれた。

 それからして、ようやく落ち着きを取り戻すヒナイは、目尻に溜まった涙を拭う。

 

「ったく……っつーか、オッサン誰なんだよ?」

「ワシか? あいやしばらく! よく聞いた! 妙木山、蝦蟇の精霊仙素道人、通称・ガマ仙人と見知りおけ!」

 

 見得を切る男―――ガマ仙人に、ヒナイは怪訝に眉を顰める。

 

「仙人? ……嘘つけェ! 仙人がガキの女の裸覗くわきゃねえだろ!」

 

 仙人。それは神的存在であり、一種の人間の到達点ともいえる尊い存在。

 一方で無欲な存在とも言われているが、目の前に居る男は、無欲と言うにはほど遠い人物のようにヒナイには見えた。

 

 何故ならば、女湯を覗こうとしたから。

 

 しかし、ガマ仙人は声を荒げて反発する。

 

「勘違いされる言い方するな! ワシが興味あるのは、お前なんかより年上でピッチピチで綺麗で可愛いナイスバディの女の子だ! ガキの裸なんざ見たところで、インスピレーションなんざ刺激されねェーってのォ!」

「裸見て刺激されるインスピレーションってなんだ! 刺激されんのは、股にぶら下がってるアンタのチ〇コだけだろ!」

「お、おまっ!? 女子の癖して、往来のど真ん中でなんちゅうこと言っとるんだ!」

 

 男の一物の名を恥じらうことなく叫ぶヒナイに、ガマ仙人の方が顔を真っ赤に染める。

 周りから送られる視線が痛い。

 だが、ガマ仙人はゴホンと咳払いし、途端に神妙な顔へと戻り、懐から一本の筆を取り出す。

 

「なァに。ワシはちょっとした物書きだ」

「……女湯覗いた感想でも書いてんのか?」

「失礼な奴だのォ! ちゃんとしたのを書いとるわい!」

「ホントか? どーせ、エロい小説だろ?」

「疑り深い奴だのォ……歯に衣着せぬというかなんというか……」

 

 やれやれと頬を掻くガマ仙人。

 だが、彼が言っていることも、ヒナイが言っていることも正しい。

 ガマ仙人の著書には、全年齢対象の作品もある。だが、代表作は18禁の官能小説だ。

 覗きをしていたから官能小説を書いているハズというヒナイの偏見も大概だが、その期待(?)に漏れず、大人気の官能小説を書いているのがこのガマ仙人という男だ。

 

(まあ、それはいいとして……赤髪にこの性格、間違いなくうずまき一族だのォ)

 

 ヒナイと言い合う中、ガマ仙人は彼女が何者かを推測していた。

 うずまき一族―――それはかつて木ノ葉と同盟を結んでいた渦潮隠れに住んでいた、生命力の高い一族のことだ。“かつて”とは、もう渦潮隠れが存在していないことを指す。だが、生き延びた一族は各地に離散していると、ガマ仙人は聞いていた。

 彼には、昔うずまき一族の知り合いが居たのだ。

 弟子の妻だったが、どこか娘のように思う節もあり、親交を深めていた。

 今はもう故人ではあるが、この赤髪を見れば彼女のことを思い出し、少しばかり胸が苦しくなる。

 

(うずまき一族は、珍しさからか人攫いの被害にあるって聞くからのォ……どれ)

 

「おい、嬢ちゃん」

「ヒナイだ」

「ん、ヒナイって言うのか? ならヒナイ。おめェ、チビ共のために働いてるっつったがのォ、そんなに家族多いのか?」

「家族っつーかなんつーか……オレァ、近くの鼠ノ寺っちゅートコで世話んなってんだ。そこァ、親の居ねェみなしごの世話も見るトコでさ」

「ほう……で、同じ境遇の年下のために働いてるってか。そりゃあ立派な心意気だのォ」

 

 素直に感心するガマ仙人に、ヒナイは『それほどでもな』とやや照れる。

 そんなヒナイへ、ガマ仙人は人差し指を立てて声高々に叫ぶ。

 

「なら、そんなお前にワシ直々にとっておきのド派手な忍術を教えてやる!」

「とっておきの……ド派手な忍術……!?」

 

(いい食いつきだのォ)

 

 目を爛々と輝かせるヒナイ。

 その食いつき具合は中々のものである、ガマ仙人もニヤリと一笑する。

 

 珍しい血族の者は、人攫いを生業とする者の餌食となりやすい。そうでなくとも、特殊な血族を収集する隠れ里の者の標的にもされ、連れ攫われる事件なども、かつてはあった。

 ここは火の国。しかし、他国より侵入して暗躍する忍がいないとも限らない。

 そしてなにより、身近にいる悪党どもが彼女を狙わないとも限らないのだ。

 

 自衛の手段は持つべき。そう考えるガマ仙人は、それなりに自然な流れでヒナイへ忍術を伝授しようと考えたのだ。

 今は亡き故人を彷彿とさせる少女。情が湧いた。情に動かされやすい歳にもなったという訳だ。

 

「その名も口寄せの術! どうだ? やってみるかのォ?」

「やる!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 ガマ仙人―――自来也がここに訪れたのは、そもそも小説の取材の他に、木ノ葉の抜け忍であり伝説の三忍の一人・大蛇丸の情報を仕入れるためであった。

 拳を交えてまで止めようとした同志。今やどこに居るのかさえ分からない。

 だが、田の国にて不審な動きがあるということだけは耳に入っている。

 なんでも、大名の話で新たな隠れ里を作るとのこと。

 

(だが、ここいらではなんの手掛かりも得られんかったのォ。もう少し、あっちゃこっちゃを巡るしかない……か)

 

 団子屋で団子を食べながら、往来を行くカワイ子ちゃんに目を泳がせ、頬を緩ませる自来也。

 だが、そんな彼の前に現れる二つの人影が……。

 

「おい、ジジイ」

「ん? なんだ……ワシは今、取材で忙しいから野郎と話したくないんだがのォ」

「るせえ! 今日は、この前の借りを返しに来たんだよ!」

「わざわざそのために来たのか。暇だのォ!」

「ぐぐぅ~……好きで暇なんじゃねえよ! っそゥ~……軌道にのったヤクの売買も、どっからともなくやってきた木ノ葉の忍の所為で取り締まられて、黒駒のオジキたちは捕まっちまったし……」

 

(まあ、木ノ葉に連絡したのはワシなんだがのォ)

 

 どうやら、所属していた組が忍よって取り潰され、行き場を失ったらしいチンピラ二人。

 その原因は、自来也が故郷の木ノ葉に依頼を出したからだ。正式な手続きをすればそれなりの金がかかるが、本の印税でたんまり儲けている自来也にとってははした金。

 町一つ助けたと思えば安いくらいだ。

 

 だが、そのような裏の事情を知らないチンピラは、ただ腹いせで手痛い目に遭わせてくれた自来也に仕返しに来た。

 

「殴らせろ、このジジイ!」

「一応ワシは忍なんじゃが……それでもやるのかのォ?」

「こっちだって元忍だ! この前とは違ぇ! 真正面からやり合やぁ、おいぼれごときになんぞ負けやしねえんだよ!」

「ふんっ。金欲しさに忍から崩れ、極道に落ち、はてにはクスリにも手を出しおって……忍者とは忍び耐える者だ! おまえらのように、金欲しさにクスリに手を染めるモンは、忍とは言わんのォ!」

 

 チンピラの言葉に、剣呑な雰囲気を漂わせ、凄みのある声を発する自来也。

 思わず気圧されるチンピラは、そのまま一歩、二歩と後退る。

 

 その時だった―――彼らの頭上より、大きな物体が落ちてきたのは。

 

「口寄せ・屋台崩しの術!」

「ぷげらッ!」

「ひでぶッ!」

 

 突如、降ってきた大きなジャンガリアンハムスターに圧し潰されるチンピラ。

 モフモフで伸縮自在な体だが、大人よりも体の大きいジャンガリアンハムスターに圧し潰されれば、ひとたまりもないことは想像をするのは難くないだろう。

 そのまま泡を吹いて気絶するチンピラ。

 彼らに圧し掛かるハムスターの上に仁王立ちするのは、得意げに笑みを浮かべるヒナイだった。

 

「へっへーんだ! どうだ、コラ!」

「おーおー。随分派手にやってきたのォ。火鼠も十分懐いとることだし、ワシもお役御免か?」

「へい、蝦蟇のオジキ! 俺っち、こうして姉御と仲良くやらしてる手前、もうオジキの手ェ借りなくとも、堅気でやってけるってチューの!」

 

 よく喋るハムスター―――ノブ雄の言葉を受け、満足気に笑う自来也。

 このハムスター……もとい、ネズミこそ、火の国に生息する少々特殊なネズミである“火鼠”だ。

 その毛皮で仕立てられた衣は、如何なる火遁忍術にも耐え、灼熱地獄に放られても紅蓮に染まるだけという伝承がある。

 この火鼠こそ、鼠ノ寺の本尊。

 火鼠は、クマネズミやドブネズミ、果てにはハムスターなど、姿は様々ではあるが、毛皮に耐火能力がありさえすれば火鼠と呼ばれる。

 

 普通、ドブネズミには近寄りがたいものであるが、可愛らしいハムスターであれば話は別だ。

 大きい大福のような見た目で、巨大な毛布の如き触り心地のノブ雄のお陰で、鼠ノ寺の知名度は上がった。

 現在進行形で町行く人々も、たった今ヒナイと共に現れたノブ雄を撫でまわしており、ノブ雄も満更ではない顔を浮かべている。

 

 良好なヒナイとノブ雄の関係。

 これならば、口寄せを拒否されるなどという状況にもならないハズ。

 

 潮時だと言わんばかりに、振り向かぬまま親指を立てて立ち去っていく自来也。

 

「そんじゃあのォ! 今度会う時は、もっとボンキュッボンの美女にでもなっとくれ!」

「るっせえぞ、このエロ仙人が! くっそ! 目にもの見せてやるからな、コラッ!」

「お~う、楽しみにしとくぞ!」

 

 そう言い残し、自来也はドロンと消え去る。

 

 やっと去っていったことで、こうして怒鳴ることもなくなり体力を浪費しなくて済む一方で、どこか寂しくもなるヒナイ。

 一週間ほどの付き合いだったが、やはり別れは寂しいものだ。

 どこかシュンとした面持ちとなり、気絶したチンピラをノブ雄に任せたヒナイは、なんとなしに往来を進んでいく。

 そして自然と導かれて入ったのは、かなり寂れた古本屋だ。

 繁盛しているようには見えない古本屋だが、店主が几帳面なのか、しっかりと本が著者名で五十音順に並べられている。

 

 ふと目に付くのはシの段。

 シとスの境付近に並んでいた、少し背表紙が日に焼けた本。題名は『ド根性忍伝』だ。

 

(これ、ガマ仙人が書いた奴か……)

 

 徐に頁をめくり、サッと本の内容に目を通す。

 一頁、また一頁と。

 そして暫く読み進めている内に、このまま立ち読みするのも気が引けると、ヒナイは携えた小説を店主らしき老人の元まで持っていく。

 

「おっちゃん。コレくれ!」

「あいよ。十両だ」

「おう!」

 

 嬉々として小説を購入したヒナイ。

 我ながら柄にもない買い物をしてしまったと反省しながらも、どこか満足気に笑みを浮かべるヒナイは、懐に小説をしまい込み、帰路につく。

 

 古本の匂いが鼻を擽る。

 どこか不快なようで、どこか温かさを覚えるような香りは、まさに自来也のようだ。

 

(帰って読もっと♪)

 

 

 

―――後に、ド根性忍伝に感化されたヒナイが、己を封天鼠太師と名乗るのはまた別の話。

 

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