「―――つい昨日、近くで巨大な蛙と蛇と蛞蝓が暴れてるのを見たって言ってるわ」
「成程……」
指に小鳥を止まらせていたミズチが、小さく『ありがと』と呟きながら、放るような仕草で小鳥を飛び立たせる。
曰く、彼は体に注入された特殊な酵素を完全に操ることにより、動物と話せるとのこと。
この世界では知能が高くなれば、犬や猫でも普通に話すが、人語を離さない動物の言葉を理解する彼の力は特異と言う他ない。
そんな中、師である綱手の足跡を辿っていたのだが、少々きな臭い話が出てきた。
巨大な蛙と蛇と蛞蝓の戦い。前者二つは兎も角、巨大な蛞蝓と聞いて咄嗟に頭に思い浮かぶのはカツユだ。
シライトは、チャクラの量がそれほどではないため、カツユを口寄せしたとしてもそれほど巨大にはならない。
だが、彼の森の千手一族の血を引き、尚且つ陰封印にてチャクラを溜めている綱手であれば、山のように巨大なカツユを口寄せできるハズ。
「……この辺に、綱手様が居るんですかね」
「蛙・蛇・蛞蝓と言ったら、真っ先に浮かんでくるのは伝説の三忍ね。うふふっ、折角だったら観戦したかったんだけど」
「つーか、その流れだとガマ仙人も近くに居んじゃねえか?」
伝説の三忍の三つ巴を観たかったと微笑むミズチの横で、久しぶりに会うことができるかもしれない男への思いを馳せるヒナイ。
「そうかもしれないわね。ま、行ってみたらわかることよ」
「だな」
「じゃあ……行きましょうか」
襟をパタパタさせ、少し涼んでみるミズチはヒナイに応える。
そう、百聞は一見に如かず。行ってみれば、自ずと真実は分かるものだ。
胸に抱く思いはそれぞれ違えど、一先ずはシライトの師である綱手の下へ向かうべく歩を進ませる。
天気は晴れ。
吹きつけてくる向かい風が前髪を靡かし、視界は良好だ。
***
「よォ。具合はどうだのォ、綱手」
「自来也。どうもこうも……疲労に加えて多量の失血。いくら九尾の人柱力だからって……ほら、見ろ。ぐっすりだ」
とある宿の一室。
昼間にも拘わらず敷かれている布団には、ボサボサの金髪頭の少年がすやすや眠っていた。
安らかに眠る様に安堵する男―――自来也であったが、ふぅ、と一息ついてから綱手を一瞥する。
「ワシはお前の方を訊いてみたんだがのォ……」
「ふんっ。薄情な師匠を持って、このガキが可哀そうだよ。これだからインテリスケベは」
「辛辣だのォ……ま、それだけ悪態つけるなら平気なんだな。がっはっは!」
綱手の言葉を受け、自来也は豪快に笑い飛ばす。
それを見て、今一度フッと笑う綱手の顔はいつになく穏やかだ。今までの曇りが晴れたかのような笑み。自来也はその顔を見て、かつての自分達を思い出す。今は亡き三代目火影・猿飛ヒルゼンに師事していた頃、まだナルトくらいであった自来也は、同期の綱手、大蛇丸と共に研鑽を重ねた。原石が輝きを放つには、他の二人より多少時間はかかってしまったものの、今では忍び五大国に名の轟く伝説の三忍と来た。
酸いも甘いも嚙み分けて今の自分達が居る訳だが、何も知らず、ただ我武者羅に強くなりたいと願っていた頃が懐かしくも、複雑な心境になってしまう。
だが同時に、落ちこぼれであった自分を笑い飛ばしていた頃の綱手が戻って来てくれたことを、嬉しく思う自分も居る。
(『同志』と呼ぶにゃあ、ちょいと距離が離れすぎちまったものだのォ……)
だからこそ、師を殺し、自分達の思いが届かぬ場所まで離れていってしまった大蛇丸のことを、歯がゆく思ってしまう。
豪快に笑い飛ばした後、深呼吸をして気を落ち着かせる。
ヒルゼンが命を賭した『死鬼封尽』により腕を封じられた大蛇丸だが、彼は綱手に頼らずとも治せる手はあると豪語していた。
となれば、大蛇丸の件は終わってはいない。寧ろ、気をかけるべきなのはこれからだ。
“暁”の動きも活発化してきて、どの方面に関しても油断はできない。
「まったく……乾く暇がないのォ。……ん?」
ふと、ドアを激しくノックする音が部屋に響く。
あからさまに不機嫌そうな顔を浮かべる綱手を横目に、半ば自来也は綱手に差し向けられるがのように、ドアの下まで駆けていく。
綱手の付き人であるシズネは、つい先ほど眠っている少年―――ナルトの治療のために必要な道具やらを調達するべく買い出しに向かったが、彼女は怪我人が眠っていることを知っていて騒音を奏でるような人物でないことは、自来也も知っている。
ということは、やって来たのは悪戯か、間違いか、はたまた伝説の三忍らが居ると知ってカチこんでくる者か―――。
「……綱手の借金取りかのォ?」
「なんだとォっ!?」
「おいおい、ナルトが起きるだろう。もうちょい声量をのォ……」
「お前が素っ頓狂なことを口に出すからだ、このバカがっ!!」
なくはない可能性だ。
彼女の借金は、木ノ葉の経済を傾かせる可能性があるほどの額だ。借金取りが意地になって綱手の所に来た可能性は否定できない。
もし借金取りであった場合は、シズネには悪いが、寝ているナルトを連れて一旦この宿からドロンするしかない。シズネとは、その後合流すればいいだけの話だ。
「まあ、出てみるしかないのォ」
ぶつくさ文句を言いつつ、ドアの取っ手に手を掛けた自来也。
「誰だ?」
「お」
「おォ……!?」
扉を開けた瞬間、自来也は目の前に飛び込んできた“紅”に目をぱちくりさせた。
「ガマ仙人じゃねえか! 久しぶりだな、コラ!」
「そー言うお前は……まさか、鼠ノ寺のちんちくりん小娘か?」
「ヒ・ナ・イ!」
「ぶっ!?」
名前で呼ばれないことを不服に思ったヒナイが振るった錫杖が、自来也の顔面に突き刺さる。
容赦ない殴打。自来也の顔には、錫杖の環の跡がくっきり赤く浮かび上がる。
「つつつっ……前に増して狂暴になったんじゃーねェーのォ……」
「なんだ自来也。知り合いなのか?」
「その声は……綱手様」
「っ! シライトか!」
「ん? 綱手。この優男、知り合いなのか?」
ヒナイの背後からひょっこりと顔を出したシライトに、部屋の奥に居た綱手が反応する。
「お~ま~え~は~……今まで一体どこで道草食ってた!!?」
「……まず、綱手様と別れた漁村を出た後……」
「みなまで言わなくてもいい! おまえの話は長いからな。はぁ……とりあえず、ようやく来たんだな? えぇ? 女一人を侍らせて」
「……ヒナイさんとご同行する理由につきましては……話すと長くなりますが」
「なら説明しなくてもいい! まったく、この弟子は……」
「お詫びと言ってはなんですが……人助けしてもらったお酒が……如何ですか?」
「飲む!」
数か月振りの弟子との再会。余りにも合流が遅い事に呆れと憤慨を覚えた綱手であったが、彼の手土産である酒に興味を示す。
そうだ。綱手は昼間から飲んだくれるつもりのようだ。
酒の肴は―――弟子の世助けの旅についてか。
だが、そんな綱手に対して『病人の目の前で飲むつもりとか如何に?』と言わんばかりの視線を向ける自来也。
そんな彼であったが、続いてシライトの背後からスルリと登場する人影に目を奪われることとなった。
「あら、パーティー? 楽しそ♪ アタシも混ぜてほしいなァ~」
「おォ!? おいおいおい、ええ感じのねえちゃんが一緒に居んじゃねェのォー! ヒナイ、おまえのツレか!?」
「あー……おう」
ミズチの登場に、自来也のテンションが一気に上昇する。
それもそのハズ。ミズチは、傍から見れば美人そのもの。女に弱いと見得切りで自負するだけあって、戦の時は精悍な顔つきも、今は鼻の下を伸ばす間抜け面になっている。
そんな師匠への呆れと、とある事実に対する複雑な心境を胸に抱くヒナイは、なんとも言えぬ表情だ。
だが、弟子の気持ちが分からぬ自来也は、そのままミズチの下へ下駄をカランコロンと鳴らして近づく。
「飲みに混ぜて欲しいのか! ええぞええぞ!」
「うふふっ。あなたが彼の有名な自来也様なのね。お酌してあげる?」
「お、ええのか!? いやぁ~、キレーなねえちゃんに酌してもらった酒ほど旨い酒はねーからのォ!」
すっかり鼻の下を伸ばしている自来也。
伝説の三忍と言えど、相手の性別を見抜くことは容易いことではないらしい。
だが、見かねたヒナイが深いため息を吐いて自来也の肩に手を置く。
「アガってっとこ悪ィが……」
「あー、なんだってのォ?」
「そいつ……ミズチは男だぞ、コラ。エロ仙人」
「……へ?」
間の抜けた声を漏らす自来也が、ミズチの体を頭頂部から足の爪先までじっくりと見つめる。
「うふっ♪ そうよ、オジさま。美男子のお酌でも構わないなら、存分にサービスし・た・げ・る……♡」
「い、いぃ! ワシぁ確かに美人のねえちゃんは好きだが、野郎はノーセンキューだってのォ!」
「あら、つーれないっ」
男と知った途端、自来也は全力でミズチの酌する発言を全力で拒む。
18禁の小説を書いている身分ではあるらしいが、あくまでノーマルな性癖であるようだ。彼にとって性別がいかに重要な要素であるか垣間見えた瞬間である。
そんな自来也の拒絶を受けたミズチだが、本人は言葉に対して大して傷ついた様子は見せていない。というよりも、慌てて拒む自来也の姿を見て楽しんでいる節すら感じ取れる。
「はぁ……なんだ、野郎の癖に女っぽい喋り方して、大蛇丸みたいなやつだのォ……」
「あら、大蛇丸様はアタシの師匠みたいなものよ。弟子は師匠に似るって言うしね。ある種、当然の結果っていうかー?」
「は……?」
またもや間の抜けた声を発する自来也。
だが、部屋の奥では声を出さないながらも、綱手も目を大きく見開いてミズチを見つめている。
驚くところは色々ある。
集約するとすれば、自分の弟子が、知り合いの弟子と共に行動していることだろうか。
だが、ただの弟子ではない。彼の雨隠れの長・山椒魚の半蔵に“伝説の三忍”という呼び名を与えられた、木ノ葉の誇る忍たちの弟子だ。
―――事実は小説よりも奇なり。
物書きである自来也の脳裏には、すぐさまその言葉が浮かんだ。
「「はァ―――!!?」」
だが、頭は容易く事実を受け入れ難い時もある。
威厳もなにもなく大声を上げる自来也と綱手に向かい、シライトは唇に人差し指を当て、ヒナイは騒がしいと言わんばかりに耳を両手で塞ぎ、ミズチは袖で口元を覆いつつクスクスと微笑む。
「んん~……なんだってばよ、ウルセーなァ……」
余りの騒々しさは、深い眠りに落ちていたナルトが寝言を口に出してしまうほどだった。
***
「ほーれ。ぴっちぴちの女の酌だぞ。喜べ、コラ」
「確かに若いが……色気がないのォ」
「あ゛?」
とある居酒屋にて、ヒナイに酌されている自来也は、お猪口に注がれた酒を仰ぐものの、どこか満ち足りていない様子だ。
更に、ポッと口から漏れた言葉に、ヒナイの額には青筋が立つ。
だが、そんなヒナイを窘めるようにミズチが声を上げる。
「駄目よ、ヒナちゃん。もっと女を生かしてお酌してあげないと」
「……性別が逆だったらのォ」
心底残念そうに項垂れる自来也。
ヒナイとミズチの性別が逆であれば、どれだけ嬉しかったことか。いつぞや出会った少女が、こうして成長して酌をしてくれるのは嬉しい限りではあるが、いかんせん色気―――つまりサービス精神が見当たらない。
その点、ミズチは男であるが、同性であるためか男が喜ぶツボを心得ている。
だからこそ惜しい。
と言うよりも、どうせであればどっちも女性であればよかった。そうすれば、一度で二度美味しい気分になれたのに……。
自来也は酒気の混じったため息を吐く。
一方、そんな彼の目の前で焼き鳥を齧る綱手。
イイ感じに酔いが回ってきているのか、頬はほんのりと紅潮し始めている。
「まったく! 久しぶりに会ったと思えば、女を侍らせて……お前と言う奴は!」
「……侍らせているつもりはないんですが……」
酔いが回って来た綱手を前に、オドオドと酌をするシライト。
本当に久しぶりに出会った訳であるが、いつもに増して当たりが強い気がした。
因みに、今シズネはナルトを看病するべく宿に留まっている。シライトの顔を見た途端、死人でも見たかのように『あひィ!』と声を上げていたが、姉弟子は相変わらずであると、シライト的にはホッとする一場面であった。
だが、安堵もつかの間、今は修羅の時だ。
酔った綱手ほど絡みづらい相手は居ない。
しかし、
「……綱手様」
「んー? なんだ」
「……やっぱりいいです」
「なんなんだ、お前は! 男なら、もっとこう……シャキっとしろィ!」
「っ―――!」
質問を取りやめたシライトの背中に、綱手の平手打ちがクリーンヒットした。
暫し痛みに悶えるシライト。
だが、どこか師が晴れ晴れとしていることを確信し、薄く笑ってみた。自分が居ない間にひと悶着があれど、それが彼女に対して良く働いたのであれば、弟子としては嬉しい限りである。
だが、ここで綱手が気づいたようにハッと顔を上げた。
「そうだ、シライト……私は、五代目火影に就任することになった」
「……はい?」
「木ノ葉隠れのトップだ。三代目が死んだからな……だが、お陰さまで夢に命を“賭ける”覚悟はできた。だから私は里に帰る」
「はぁ……」
「そこでだ……お前、どうする?」
ジロ、と睨みつけるかのような視線が、シライトを射抜く。
火影―――それは火の国の隠れ里である木ノ葉隠れの里の頂点に君臨する忍のこと。
初代火影・千手柱間。
二代目火影・千手扉間。
三代目火影・猿飛ヒルゼン。
四代目火影・波風ミナト。
里に安寧を齎さんと、その夢に命を懸けてきた者の遺志を継ぐべく、綱手は立ち上がったのだ。
一弟子としては、師が五影の一角に君臨することは誇らしいことこの上ないが、彼女の下で旅をしながら修行をつけてもらっていたシライトにとっては、少々厄介な問題は発生する。
「私の下で弟子を続けるにしても、火影ともなれば一個人に構ってる暇はとれなくなる。それに、そもそもお前は滝隠れの者だ。もし木ノ葉に移るというなら、それなりに書類届なんかもしなきゃあならんが……」
「はぁ……」
シライトは滝隠れの人間。そして綱手は木ノ葉隠れの人間。
つまり、出身の違いによって、彼らの円滑な師弟のやり取りが難しくなってしまうのだ。
このまま綱手の下で修行するのならば、シライトは戸籍を木ノ葉に移さねばならなくなる。
しかし、移ったからと言って綱手による修行が行われるとは限らない。
今迄放浪の医者のように各地を巡り、医者としてスキルアップしてきたシライトに、はたして一か所に留まらせるのは如何なものか。
そこを考えたからこその綱手の問いに、シライトはウンウン唸る。
長考。
気づかぬ内に、眉間に皺が寄ってしまっていたシライトを見かねた綱手は、徐にシライトのヘアバンドを少し捲り、額に手を当てる。
「……まあまあ溜まってきているな」
「!」
「それさえ会得できれば、後のことはお前だけでどうにか学んでいけるだろう」
「綱手様……」
「なんてったって、お前は五代目火影の弟子なんだからな。お前の地味な作業への集中力は、この私が保障してやる!」
―――あれ、これ貶されている?
一瞬そのような考えが過ったシライトであったが、ここは素直に綱手の話を聞こうと耳を傾ける。
「案外、人生はわからないもんだ。一度や二度、どうしようもないくらいに打ちのめされることもあれば、ちょっとしかきっかけで希望を見ることもできる。私にとって、お前を弟子にとったのはなんてことはない、ただの気まぐれさ。だけどな……案外、悪い時間じゃあなかった。ひたむきに人を助けようとする姿は、昔の自分を思い出したもんさ」
「……酔いが……回ってますね」
「歳をとると、どうも色んなところが緩んじまってね。まあ、願わくば、私が教えた術で大勢救ってやって、私の名を轟かせてほしいもんさ」
ケタケタと笑う綱手は実に楽しそうだ。
舌がよく回っている。すでに名声ならば十分である彼女が、それ以上を求める必要などないように思えるが、伝えたい内容は婉曲してしまうものだ。
だからこそシライトは、綱手の語りを酔っている所為にした。
「それと……もう一つ。今ある繋がりを大事にな」
「……はい」
「私らは、いつの間にか離れちまってたが……そりゃあそのハズなんだよ。どんなしっかりした糸だろうが綱だろうが、いつかは緩んじまったりたわんじまったりする。そのままだと、プッツンと繋がりが切れた時に、もう戻らないことさえ気づかない。馬鹿馬鹿しい話さ。アイツが離れたのも、私の所為もあるのかもしんないねェ……」
「綱手……」
しみじみと語る綱手に、思わず自来也が声を上げる。
“アイツ”の名を口にはせずとも、既に二人はそれが誰であるのかははっきりわかっている。
「だが……もしかすると、まだやり直せるのかもしれないのォ。まあ、なにを言いたいかと言えばだのォ……友達家族知り合いなんかとの付き合い大事にしろってことだ。人間死ぬ時ァポックリいっちまうもんだからのォ」
「まったくだ」
自来也の言葉を受けて首肯する綱手。
生きている間に、二度の忍界大戦を経験した彼らにとって、身近に居る人間が手の届かない遠い場所へ逝ってしまうことは少なくなかっただろう。
言葉の重みというのだろうか。ズシリ、と腹の奥底に響くような感覚をシライトは覚えた。
思わず目を細めるシライト。
そんな彼へ、俯いて語っていた綱手は面を上げ、口角をつり上げてみせる。
「……強いて言うなら……そうだ。たまには故郷に顔を見せていってやれ。尻が青かったあの頃よりはよっぽどマシな顔つきになってる。家族も居るんだろう?」
「……はい」
「なら、行ってこい! 決まりだ」
半ば強引に一度帰郷させられることとなったシライトであるが、余り嫌そうではない。
いや、寧ろ今まで里に帰らなかった方がおかしいのだ。齢十二の子どもが、一度も帰らず三年を過ごす。子どもの成長は早い。子どもの成長を見ることができない家族は、どのように寂しい思いをしていることだろうか。
そう思った途端、帰らずには居られない。
「それでは、一度滝隠れに帰ります。今まで、ありがとうございました……」
「なんだ、水臭い。死ぬわけじゃあるまいし」
「……まあ……そうですね。あと、厚かましいようですが、一つお願いしてもいいでしょうか?」
「ん? なんだ?」
弟子の珍しい願い出に首を傾げる綱手。
非常に言いにくそうに眉を顰めるシライトが、不意に笑って口にしたことは―――、
「僕が立派な医者になれるかどうか、一つ賭けてみませんか?」
「……ふんっ、なんだそんなことか。そうだなぁ……」
にやにや悪だくみするかのような笑みを浮かべている綱手は、フィンガースナップをして、シライトを指さす。
「そう来たら、私は勿論、お前が立派な医者になれない方に賭けるさ。『病払いの蛞蝓綱手姫』と謳われた私よりも立派になれるなんざ、これぽ~っちも思わないね」
「……じゃあ、僕は自分に賭けます」
「そうだな。そうではなくては勝負にならない」
非常に曖昧な賭け勝負をする二人に、自来也は呆れた笑みを浮かべる。
成程、これが彼らなりの師弟のやり取りという訳だ。自来也は、今まで自分が忍とは何かを教授してきた弟子たちとは、これまた違った関係だ。
綱手がシズネ以外の弟子を取っているなど、自来也にしては驚き以外の何者でもなかったが、このやり取りを見る限り、自分が思っている以上に信頼は固いようだ。
「善しや善しや。……んで、ヒナイ。お前はどうするんだ?」
「ん? どうもこうも……世助けの旅は続けるつもりだぞ」
「そうか」
「なんだよ。もったいぶった雰囲気醸し出しやがって。言いたいことあんならさっさと言え、コラ。言わなきゃわかんねえだろ」
「……坊主の癖に、相も変わらず口が悪いのォ」
げんなりする自来也であったが、ゴホンと一つ咳払いしてから、突然神妙な面持ちを浮かべる。
「さて、ここいらで一つ、師匠らしく大切なことを教えてやるとするかのォ」
「お、なんだ。もっとすっげー術でも教えてくれるのか?」
「バーカ。違ェーっての。“忍”の在り方についてだ」
自来也の言葉に、目を大きく見開くヒナイ。
“忍”の在り方。それは人や里によって違うものであるが、伝説の三忍の一人の在り方と言い換えれば、実に興味深い話になりそうだ。
だが、見当でもついているのか、得意げに口角を吊り上げる自来也の前で、ヒナイはジッと彼の唇を見つめて時を待つ。
「忍とは―――」
「『忍び耐える者』……だろ?」
「おぉ!? おまえ、一体どこで聞いて……」
「ド根性忍伝なら読了済みだぜ」
「成程……こりゃ一本取られたのォ」
白髪の生える頭をボリボリ掻く自来也。ここ一番の見せ場をとられ、なんとも消化不良感が否めない顔を浮かべている。
だが、ヒナイがいつの間にやら自分の忍としての在り方について知っていたことを、実に満足げに笑ってから酒を煽る。
「ふぅ……まあ、それが分かってんなら後は言うことはない。もっとボンキュッボンのカワイイねえちゃんに育ってから酌してくれ」
「こーのセクハラ爺がっ!」
「げこォ!?」
お得意の助平魂を見せた途端、容赦ないボディーブローが自来也に突き刺さり、潰れた蛙のような悲鳴が居酒屋の中で木霊したのだった。
***
名残惜しくなる前に、シライトたちは綱手たちと別れた。
自分たちとはまた違った道を進んでほしいと願われる三人は、まだ見ぬ助けを求める者たちの下へ向かうべく、歩を進ませる。
「……そう言えば、ミズチさんにとって“忍”ってなんですか?」
「アタシー? そうねェ……『自分の欲を忍ばない者』、かしら♡」
「だろうと思ったよ、コラ」
三人の珍道中は、一旦シライトの帰郷を挟んでまだまだ続いていく。
***四章完***
主要三人の名前の由来
たきのシライト→白糸の滝(特定の滝ではなく、流水する様が絹糸を垂らしたような様の滝のこと)
ヒナイ→児雷也豪傑譚に登場する児雷也の姉・雛衣姫。生き血を飲ませるとどんな毒でも解毒する力を持っている。
ミズチ→蛟(蛇と龍の間に位置する伝説上の蛇、または水神)