向カイ風ニモ負ケズ   作:柴猫侍

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二十七. 不死と不死

 ホーホーとフクロウが鳴いている。

 時刻は夜中。これ以上の移動は困難と判断した自来也の指示により、たき火を囲んで休息を摂ることとなった。

 嫌と言うほどに静かだ。

 いや、単純にフウのことが気になって眠りにつけないと言うだけなのだろうか。

 どちらにせよ、シライトにはとてもではないが安眠は期待できそうにはなかった。

 

「……」

「いい加減眠ったらどうだのォ」

「……わかっているんですけれど……」

「お前は医者だ。無理に戦おうなんてするんじゃねえ。お前には命の瀬戸際のその子を助けるっつう、ワシらにはできんことができる。医者なんだからのォ」

 

 自来也の優しい声色に、寝付けずジッと煌々と燃えていたたき火を眺めていたシライトは、ようやく自分に眠気が襲ってきた感覚を覚えた。

 

「お前のやるべきことは、ワシらとは別にある。医者は集中力が命だろう。今は十二分に休んでおけ」

「……はい」

 

 医者たる自分にできることは、瀕死の彼女を助けることにある。

 蜘蛛の糸のように細く頼りない命の糸が途絶えぬよう、つなぎとめること。それが医者たるたきのシライトのやるべきことだろう。シライトは自分に言い聞かせた。

 

 ふと瞼を閉じれば、大蛞蝓仙人の顔が脳裏を過る。

 フウが特別な存在であることを自分に教えてくれたのは他でもない、彼女だ。そして何かできぬかと助力を乞う自分に、命を救う術を教えてくれの者も彼女である。

 ならば、今こそ誓いの時を果たすべき。

 自分の力は何のためにあるか。それは元を辿れば、フウを―――友達を助けたいという一心からだった。

 

(待ってて……フウ)

 

 意図的に呼吸を穏やかにするシライトは、このまま眠りにつけるようにと努めた。

 不安には駆られるが、その度に笑顔のフウが脳裏を過る。

 

『シライト!』

 

 屈託のない笑みは太陽のように輝いている。

 露ほどでも、あの輝きを守れるのであれば―――命は惜しいが惜しくない。

 

 彼にも、男としての意地があるのだから。

 

 

 

 ***

 

 

 

―――不思議な感覚だ。

 

 フウの意識は不意に覚醒した。

 しかし、辺り一面に広がっているのは何もない真っ白―――否、白という表現も正しいのかさえ分からない無が広がっている。

 

 訳も分からぬまま歩く、歩く、歩く。

 

 そんな時、大振りに振っていた自分の手が子どものように小さくなっていることに気が付いた。

 

 嗚呼、これは夢だ。

 

 ふわふわと浮かぶ感覚を覚えつつ、夢だと認識したフウは、大声を張り上げる。

 

「もォ―――いいィ―――よォ―――!」

 

 かくれんぼで、身を隠し終えた者のように合図を出す。

 

 しかし、誰も答えない。

 

「もぉ~~い~~よォ~~!!」

 

 もう一度。

 

「もぉ~いィ……よォ……!」

 

 それから何度も何度も声を張り上げるも、一向に返事は返ってこない。

 

 いつも傍に居てくれる七尾でさえも、今に限ってはなんの反応も返してこないことが、フウにはとても不安だった。

 

 しかし、ポジティブな彼女だ。

 諦めず繰り返し、声を上げる。

 十、二十、三十―――そして百回目を超えようとした辺りで、フウの喉からは声が出なくなった。

 最初は痛いと思った喉の痛みさえ、今は感じ取れない。

 

 代わりにあるのは胸の痛み。

 

 鼻を啜り、涙を拭うフウは、形容しがたい胸の痛みに手を当て、その場に膝から崩れ落ちた。

 

「もう……いいっスよォ」

 

 

 

―――誰か見つけて。

 

 

 

 独りの寂しさは耐えられなかった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 追跡を始めて三日が経った。

 休憩を入れながらの移動ではあるが、流石に三日に渡る移動に、本職の忍は兎も角として、シライトなどには疲労が垣間見えている。

 だが、途中一切弱音を吐かなかった。

 元々無口というのもあるが、それに加えてもなにも語らない。これから向かう先で待っている者のために、僅かでも体力を温存していたいという強い想いからだろう。

 

 そのようにして進み続けた五人がたどり着いたのは、空区。

 断崖絶壁の前に佇むのは、札のようなものが張り付けられている巨大な岩だ。

 

「これは……」

「“五封結界”だのォ」

 

 忍術についてはさっぱりのシライトが首を傾げれば、自来也が口を開いて説明する。

 

「“五封結界”は近くに“禁”と書かれた札を五か所に貼り付けて結界を作る忍術だ。随分大切な物がここにあると見た!」

 

 そう言い切る自来也に、他四人が頷く。

 

「じゃあ、オレらで探して中に突入するのか?」

「エロ仙人! さっさとやるってばよ!」

「待てってのォ、バカ弟子ども! 五か所に貼り付けてるって言っているだろう! ここの札を剥がせば、一人だけ襲われることになるじゃろうが。忍はできるだけ四人一組で動くべし。戦うにしろ救出するにしろ、下手にばらけて動こうとすれば敵の思うつぼだ」

 

 声を上げるヒナイとナルトを窘める自来也は、不意に後ろに視線を送る。

 

「そろそろだのォ……」

 

 そう呟けば、背後の木々がざわめく。

何事かと自来也以外が身構えれば、四人と一匹が姿を現す。

 

「カカシ先生! ヒナタ、キバ、シノォ!」

「よっ、ナルト。デカくなったな」

 

 現れたのは、シライトにとって波の国以来の木ノ葉の上忍“はたけカカシ”だった。

 その他に居るのは、少し暗そうな少女、大きな犬に跨る活発そうな少年、フードを被ってゴーグルを着けている少年だ。

 

「……ん? なんで紅先生じゃねえんだってばよ?」

「そ、それは……」

 

 ふと首を傾げるナルトに、少女“日向ヒナタ”が口を開こうとする。

 だが、彼女の代わりにフードを被った少年“油女シノ”が前に出てきた。

 

「ナルト。紅先生は事情があって来られない。何故ならば―――」

「あーもー面倒くせェ! 今回任務に抜擢されたのは、探知能力に優れたおれたちで、んでもって事情で来られない紅先生の代わりとしてカカシ先生が来てくれたって訳だよ!」

「なるほど、そーいうことか!」

「……」

「シ、シノくん……」

 

 しかし、シノの説明は活発そうな少年“犬塚キバ”によって遮られてしまう。

 結果、キバの説明だけでナルトは理解してしまったため、シノは無言で一歩下がることとなった。そんな彼を慰めるようにヒナタが声をかけるが、『放っておいてくれ』と言わんばかりに手で制止する。

 中々に個性豊かな面々だ。

 だが、彼らも立派な忍。今回のフウの救出任務に、綱手によって差し向けられた者達なのだ。

 

 そんな彼らを率いてきたカカシが、自来也に一礼する。

 

「ご無沙汰しています」

「うむ」

「それで、詳細を」

「ここにゃあ“五封結界”が張られとる。まずは、ここ以外に近くにあるハズの札を探さにゃ、突入も叶わんのォ」

「そういうことでしたら……ヒナタくん。白眼で」

 

 徐に振り向いて指示するカカシに、緊張したのか少し顔が強張っているヒナタであったが、すぐに気を取り直して身構えた。

 瞼を閉じ、一拍呼吸を置く。

 

 刮目。

 

 それと同時に彼女の目の周囲に浮かび上がる血管。初めて見る者にしてみれば何が何だかわからぬ光景ではあるが、彼女―――日向家の者達が扱う血継限界“白眼”を知っている者からすれば、安心してみていられる光景だ。

 

「……ここから東に、約800メートル先の木の幹。北北西、約450メートル先の、川沿いの岩肌。南南西、約600メートル先の廃墟前の林の中。南東、約700メートル先の岩の上……です」

「よし。じゃあ……」

 

 札の場所を確認したところで、ようやくシライトたちに目を向けたカカシ。

 なにか言いたげに顎に手を当てて考えるが、自来也の方に視線を向け、彼がコクリと頷いたのを目の当たりにし、言及することはなかった。

 ある程度綱手から話は聞いているのだろう。

 ただの一般人であればすぐにでも帰らせたいところだが、協力してくれる医者であれば話は別だ。綱手お墨付きの実力、わざわざ使わない理由もない。

 

「あくまで木ノ葉の忍でない君たちは、救出した子の介抱を最優先に」

「……はい」

「おう!」

「うふふ、これって信頼されているのかしら?」

 

 知らない顔も居るが、カカシは自来也の判断を信じ、ヒナタが見つけた札の場所へ赴く準備をする。里から持ってきた無線機をヒナタ、キバ、シノに配り、最後に自分に身につけた。

 

「あれ? オレはいいのか?」

「ナルト、お前は自来也様と一緒に居なさいって。なんだ、久々に会ったって言うのにオレが離れるのが寂しいか?」

「うぇっ……そんなんじゃねえってばよ」

「ま! 安心しろ。すぐに戻る」

 

 札を剥がす作業に自分が携わらないことを疑問に思っていたナルトであるが、人柱力たる彼をそう易々と一人にする訳にもいかない。

 自来也と共に行動するよう諭した後、カカシは『散!』と掛け声を上げ、そのまま札が貼られている場所へと向かっていった。

 

 待つこと数分。いや、数分も経ってはいない。だが、体感的にはそれなりの時間を覚えていたシライトたちの下に、カカシたちから事前に渡された無線機から連絡が伝わってくる。

 

『こちらカカシ。発見した』

『おれも見つけた。何故ならば、寄壊蟲が―――』

『あ……キバくん。もう少し東……』

『お、そうか!? ……あぁ、あったぜ! サンキュー、ヒナタ!』

『……』

 

 不憫な感覚は否めない。

 シノという少年に少々同情しつつも、無事札を見つけられた四人の言葉を受け、自来也が軽やかな跳躍で岩壁に貼られている札の下まで向かう。

 

「ようし、突入方法はボタンフックエントリーじゃあ!」

「ぼたんふっくえんとりー?」

「……入口の左右に待機しろっつーことだのォ。それより綱手の弟子! ワシらが剥がしたら、全力でこの岩ぶん殴れ! いいな!?」

 

 いまいち突入方法を理解できていないシライト(それとヒナイ)へため息を吐いた自来也だが、忍でない彼らにそこまで期待するのも如何ものかと、幾らか噛み砕いた説明をした後に、入り口の大岩を破壊するという大役をシライトに任せる。

 その気になれば自分でもできなくはないが、腕力に物を言わせて破壊することは、綱手の弟子たるシライトならば容易いことだろうという判断の下だ。

 事実、先日戦った鬼鮫との戦闘でも、彼の腕力は目を見張るものだった。

 

 顎で岩の前で待機するよう指し示し、シライトが深呼吸し、身構えた瞬間を見逃さず、自来也は声を上げる。

 

「今だ!」

 

 無線機の先からも札を剥がす音が響く中、シライトは地面に罅が入るほど踏み込み、全力の一撃を岩壁に叩き込んだ。

 蜘蛛の巣が広がるように罅が入る岩壁。

 一方で、シライトの拳は一切傷がついていない。

 かなり洗練された“桜花衝”。昔、綱手にその技で殴られて死にかけたことのある自来也はゾッと冷や汗を流しつつも、無残に砕け散っていく岩壁にニヤリと笑う。

 

「いい拳持ってんじゃねえのォ……!」

 

 そう呟く自来也は、アイコンタクトで指示を仰ぐナルトたちを視線で誘導しつつ、手で合図を送り中に突入した。

 

「あぁん!? なんだ、もう来たんじゃねえか!」

「構わん。なにせ―――」

 

 そこに広がっていた光景に、突入した五人は目を見開いた。

 不気味で巨大な像。それが突然消えたかと思えば、像の指先に乗っていた二名が飛び降りてきたではないか。

 同時に、宙に浮かんでいた一つの影も力なく地面に落下する。

 

「ちょうど終わったところだ」

 

 頭巾を被った男がゴミを見るような瞳で見下ろす先に居るのは、血にまみれたフウだった。

 

「―――!」

「待てィ!! 早まるな!!」」

 

 自来也の怒号が奔るが、シライトは我を忘れるように駆けだしてしまった。

 その光景に舌打ちする自来也は、すぐさま援護するべく、彼に続いて他の三人と共に前へ出る。

 

「ひゃっはァ!! ジャシン様への供物が一、二、三、四、五ォ!!」

 

 そんな五人を前にし、歓喜の声を上げる男“飛段”が、フウへ向かって走っているシライト目掛け、大鎌を振るように飛びかかる。

 しかし、敵が来ることだけは予想していたシライトが、服の袖から幾条かの線を繰り出す。

 

「んだ!? 気持ち悪ィ!」

「邪魔を……するな……ッ!」

「うぉお!?」

 

 袖から口寄せしたムカデが、飛段の両腕に絡みつく。

 それに伴い大鎌を振るうことさえままならなくなった飛段が、シライトのチャクラで強化した身体能力によって振り回され、広大な岩の中の空間の壁へ叩きつけられるではないか。

 そうして襲撃者を撃退したシライトは、目の前に転がるフウを抱きかかえ、スッと胸に手を当てる。

 

―――微かに鼓動を感じられた。

 

(でも、このままじゃ……!)

 

 余りにも弱弱しい命の灯火に、シライトの表情が歪む。

 胸に痛々しく穿たれている傷により、恐らくかなり血が流れている。それに加えてチャクラも少ない。

 数年ぶりに出会った友が、まさかここまで死に瀕している状態だとは―――。

 このまま『ドッキリっス!』と起き上がってくれればまだ気が安らいだことだろう。

 だが、そのような気配は微塵もなく、ただただ目の前の少女は本能のままに呼吸を繰り返しているだけだ。

 

「ヒナイさんっ!」

「血だな!? 任せとけ!」

 

 即座に理解したヒナイが、シライトとフウの下へ駆けだす。

 しかし、彼女の体が突然ガクンと下がる。

 

 何事かと全員が目を見開けば、ヒナイの足元から何者かの腕が生え、彼女の足を掴んでいるではないか。

 

「なッ……!」

「一文にもならん奴は早々にご退場願おうか」

「ぐっ!」

 

 頭巾の男“角都”がそう告げると、ヒナイの体は地中より生えている腕に振り回され、たった今入ってきた入り口へ放り投げられた。

 

「ヒナイ!」

「ヒナイのねえちゃん!」

「そして、お前らもだ」

 

 放り投げられるヒナイの身を案じる他の者達。

 そこへ角都が背中よりブチブチと線維が千切れるような音を奏で、奇怪な仮面を被った得体の知れない化け物を生やし、すさかず印を結び始めるではないか。

 咄嗟に身構える四人。

 しかし、彼らが思っていたよりも攻撃の範囲は広かった。

 

 風遁・圧害!!

 

 ぽっかりと空いた洞窟の中で、竜巻でも起こったかのような旋風が吹き荒れた。

 開けた外ならまだしも、出口が一つしかない洞窟内では、外へと抜けなかった風が暴れ回って不規則に洞窟内に居る者達へと襲い掛かる。

 チャクラコントロールで足下を固定しても体が浮いてしまう強風に、シライトとフウを覗いた三人が、ヒナイと同じく洞窟の外へ吹き飛ばされる。

 

 それを見届けた角都はと言うと、先程シライトに蹴り飛ばされ、壁に叩きつけられて崩れた瓦礫に埋もれていた飛段へ声を投げかけた。

 

「さっさとソレを片付けて来い。相手は九尾の人柱力と伝説の三忍だ……油断すると殺されるぞ」

「それをオレに言うかってーの!」

 

 首を鳴らしつつ、瓦礫の山から這い出て来る飛段。

 そうして飛段にこの場を任せた角都はと言うと、たった今外へ吹き飛ばした自来也たちの下へ向かっていく。

 この場に残るのは、シライトとフウ、そして飛段だ。

 

「さっきはよくも蹴ってくれやがったな。死ぬほど痛かったぞ、オイ!」

「……ボクはこう見えても医者です。人を殺すつもりはありません」

「医者だァ!? ……カァ―――! なんてことだよ! 医者ってこたぁジャシン教に最も則さねえ職業じゃねえか!!」

「……?」

 

 “ジャシン教”と飛段が口にする聞き慣れぬ宗教に、怪訝そうに眉を顰めつつ、掌仙術でフウの治療を行うシライト。

 そんな彼に飛段は、血走った眼を浮かべながら、その大鎌を肩に担いだ。

 

「ジャシン教は殺戮がモットーなんだよ! 半殺しも戒律じゃあダメだ。だってのに、必死に堪えてソイツ生け捕りにしたっていうのに、不敬にも命生き永らえさせるような職なんざもってのほかだ! もう我慢ならねえェ!! てめえもその女も、ジャシン様の供物にしてやるからよォ!!」

「……!」

「待っててください、ジャシン様ァ―――!!!」

 

 狂ったように声を上げる飛段が、大鎌を構えてシライトに突進してくる。

 それを目の当たりにしたシライトは、抱きかかえていたフウを一旦置き、カツユを口寄せしてから飛段へと立ち向かっていく。

 口寄せされたカツユはと言うと、一瞬何が起こっているか分からないとでも言わんばかりに辺りを見渡す。

 

「シライトくん!?」

「カツユ様、その子を……フウをお願いします!」

「っ……はい!」

 

 力強く頷くカツユにフウを任せ、シライトは飛段に肉迫した。

 次の瞬間、飛段がその大鎌を横に一閃するが、上体を反らすようにして回避する。

 続けざまに飛段が左足で蹴り上げようと足を上げたが、身体を捻ることで、紙一重で回避した。

 それから何度も攻撃と回避を繰り返す飛段とシライト。

 

「んだよっ! ちょこまか避けやがって!」

「っ……!」

 

 飛段は暁の中でも武器の扱いは下手な方だ。

 それに加え、シライトは綱手との地獄の特訓により、回避だけは上忍並みと言えるだけに育っていた。

 シライトが飛段に立ち向かったのは、彼からフウを意識から逸らすべく、自分が囮になるため。

 

 存分に鍛え上げられた回避能力を以てして、シライトは反撃の隙を伺う。

 

「んの野郎!」

 

 再度、大鎌を横に振るう飛段の一閃。

 それだけであれば回避は容易かったであろう。しかし、寸前でニヤリと口角を吊り上げる飛段に、シライトは得体の知れない不気味さを覚えた。

 その時、飛段の振るう大鎌の柄が突然伸びたではないか。

 

「死ねえ!!」

「くっ!!」

「あ、くそッ!」

 

 だが、薄皮一枚切らせただけで躱すシライト。

 完全に不意をついたものだとばかり思っていた飛段の顔には苛立ちが目に見えて募っていた。

 そんな彼の胴へ、今度はお返しと言わんばかりの“桜花衝”が突き刺さる。

 拳が直撃した胸が凹むほどの一撃に、飛段は『ごぶァ!?』と吐血しながら、再び背中の方に存在していた壁に激突し、崩れ落ちてきた瓦礫に埋もれた。

 

 それを確認したシライトは、すぐさま印を結び始める。

 

(確か……)

 

 師に教えられた術。

 だが、旅をする上で一度も使う機会がなかったため、印を結ぶ速度は異様に遅かった。

 一つ一つ丁寧に印を結び、チャクラを練るシライトは、現在カツユの中に埋もれて治療を受けているフウへ治療を施すべく、“その術”を発動する。

 

「よし―――」

「ジャシン様ァァアアア!!」

「!?」

「おれマジで頑張りますから、見ていてくださいぃぃぃい!!」

 

 いつの間にか瓦礫の中から出てきていた飛段が、奇怪な陣の上に立っていた。

 顔にはドクロを模したかのような紋様が浮かんでおり、肌も墨で塗ったかのように黒く染まっている。

 そんな彼が手にしていたのは、細く鋭い槍のようなもの。

 

 刹那、飛段はそれをあろうことか自身の胸に突き立てたではないか。

 

「……えっ……?」

 

 口から出た血が地面に赤い模様を作る。

 

「んぎもちいィ……!」

 

 恍惚とした表情を浮かべる飛段の一方で、何故かシライトもまた、胸に尋常ならざる痛みを覚え、その場に膝を着く。

 

 おかしい。

 どこから攻撃した?

 一体どうやって―――。

 

 しかし、シライトは結局答えにたどり着く前に、前のめりに崩れ落ちた。

 その光景を満足そうに眺めていた飛段は、あくどい笑みを浮かべ、自身の胸に突き立てていた槍を抜く。

 それを振るって血を払えば、今度は面倒くさそうにため息を吐きながら、出口の方へと向かっていった。

 

「はぁ……医者なんてやってるから、ジャシン様の裁きが下ったんだよ」

 

 そう言葉を吐き捨てる飛段は、外で戦っている角都の応援に向かうべく歩を進める―――ハズだった。

 

「桜花……」

「あん?」

「裂衝!!」

「お゛おォッ!!?」

 

 突如、飛段の体に襲い掛かる衝撃波。

 完全に意識外の攻撃であったため、飛段は踏みとどまることなく、本日三度目となる壁への激突を体験することになった。

 

 何事かと、逆さまになって壁にもたれ掛かる飛段が目にしたのは、これまた異様な紋様を顔に浮かべるシライトの姿だ。

 額には、ひし形と二重の円が重なるかのような模様を浮かべ、他にも隈取のような濃い緑色の線が顔に走っている。

 

(大蛞蝓仙人……綱手様……ボクは―――ボクは、この時のためにあなた達から忍術を教わったと、今なら言い切れます)

 

 刮目するシライト。

 彼が身に宿すは仙人の力―――仙人モードを体現していたのだ。

 加えて、以前はなかった額のひし形の紋様。それは綱手より授かった忍術“百豪の印”だ。三年間、額の一点に一定量のチャクラを集めることにより、必要な時に使うことのできるという忍術。

 至極緻密なチャクラコントロールと、三年間もの間、ただ一点にチャクラを集めるという気が遠くなりそうな過程を経て手に入れられる忍術を以て、ようやくシライトは仙人モードを完成させることに成功した。

 

 さらに極めつけは胸の傷。

 さきほど、謎の方法で飛段につけられたハズの傷は、みるみるうちに塞がっていくではないか。

 

 これこそ、“百豪の印”を会得した者にのみ許される究極の再生忍術“忍法・創造再生”だ。単なる回復ではなく、チャクラで細胞を刺激することにより、尋常ならざる速度で再生するこの忍術があれば、“百豪の印”にて溜めたチャクラが枯渇しなければ、戦いの中で死ぬことはなくなる。

 

 医者が患者よりも死ぬ訳にはいかない―――そんな綱手の教えが、この忍術には込められているのだ。

 

「……気は進みませんが……他でもない、フウのため」

「ああ!?」

「ボクは貴方を……倒します」

 

 拳を握るシライト。

 それは、拳を向ける先に佇む飛段を倒さんとする決意と、自分の後ろに横たわっているフウを助けんとする決意が込められた固い拳だ。

 

 例え相手が不死であろうとも折れることの無い信念が、そこにはある。

 

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