向カイ風ニモ負ケズ   作:柴猫侍

5 / 33
五. ナチュラル窃盗

「シライトくんは勉強して偉いね~」

「……それほどでも」

 

 里のとある診療所。

 良いことなのか悪いことなのか、診療所内はガラガラ。人気がほとんどない室内で、この診療所に務める里医者である老爺と話しているのはシライトであった。

 人が居ないからと、畳の上に机まで用意してもらい、借りた医学の本を読み漁る。

 人体の構造や薬草についての知識、薬の調合方法など、ありったけの知識を頭に詰め込んでいるシライトの姿は、老爺からしてみれば勉強熱心にしか見えないだろう。

 

 しかし、彼がわざわざこうして診療所で医学について学んでいるのかと言えば、手っ取り早くお金を掛けないで医学を学べる場所が、ここしか思いつかなかったからだ。

 里の忍でもないのに、医療忍術を教えてもらうのは不可能。

 本格的な病院に赴いたとしても、相手にしてもらうことは難しい。

 となれば、比較的出入りし易いこの診療所しか選択肢がなかったのだ。

 

 この診療所は普段、内科として機能している……のだが、余りにも来院する人が少ない為、大抵昼間は里の老人たちの井戸端会議に使われるような場所だ。

 緩い雰囲気。

 シライトのような子供が赴けば、かなりの確率でお菓子をもらえたりする。

 

 さて、ここで何故シライトがお金を掛けないことを視野に入れているかを説明しよう。

 彼は、湿骨林での修行を終え次第、大蛞蝓仙人の知り合いであるという『綱手』なる者へ弟子入りするため、里を離れて旅するつもりなのだ。

 何をするにも金は要る。

 そう、彼が毎月貰っている五十両をコツコツ溜めているのは、路銀として用いようとしているからだ。

 好物のきな粉餅を買うのも我慢し、修行漬けの毎日。

 そんな時、『じゃんじゃん読んでいいよ』と医学の本をタダで提供してくれ、あまつさえ持ち合わせたおやつを山ほどくれる老人たちが集うこの診療所は、シライトにとって絶好の場所なのだ。……と言っても、老人たちがくれるおやつのほとんどが飴なのだが。

 

 外科については、後々師事する予定の人が教えてくれるハズ。

大蛞蝓仙人の言葉を受け、今はただ自分にできる範囲で勉強しようと考えるシライトは、ただただ文字を頭に叩き込む。

 

「……ドクダミって……食べれるんだ……」

 

 旅の道中での食事の幅も広がりそうだ。

 

 

 

***

 

 

 

「さて……一年間の吐納法の矯正。加えて、ついでの鍛錬。雀の涙ほどはチャクラが増えてござりんしょう」

 

(雀の涙……)

 

 あの割とキツかった水上スクワットで、雀の涙ほどしかチャクラが上昇しないのか。

 元々それほど期待していなかったとはいえ、面と言われたら言われたでショックだ。何とも言えぬ表情で大蛞蝓仙人を見上げるシライトは、何故か霞む視界を晴らそうと目を擦った。

 

「異身伝心の術の進捗具合はまずまず。まあ、後は自分で進めなんし」

 

(そこは放任なんだ……)

 

「さて……波紋呼法にて、自然エネルギーの存在自体は感じ取れるようになりささんす?」

「まあ……フワッと」

「なら良し。では、そろそろ仙術チャクラの練り方を伝授するとしんしょうか」

「せんじゅつチャクラ」

「近う寄れ」

 

 修行もそろそろ本番のようだ。

 言われるがままに歩み寄っていくシライト。すると、その途中で違和感を一つ覚えた。

 

―――なんか……いつもに増して潤ってるみたいな。

 

 大蛞蝓仙人が潤っている。

 いや、湿骨林そのものが常時より濃霧に包まれ潤っているようなものなのだが、それにしても今日の彼女は瑞々しい。

 と言うか、水々しい。

 

「ふふっ、今日は水分身にて此処に赴きささんす」

「あっ、だから……」

 

 成程、今日は幻術ではなく水分身の術で目の前に佇んでいるという訳か。

 自分と同体積の水を用い、分身体を作り出す術―――“水分身の術”。本体の十分の一程度の力しか発揮することができず、尚且つ今の彼女の姿は人間。本来の力を発揮することなど叶わないハズだが、一体何をするのか。

 怪訝そうに眉を顰めるシライトであったが、徐に歩み寄ってくる大蛞蝓仙人の姿に、ピタリと体の動きを止める。

 

「則天去私の印はもう要りんせん。代わりに……土遁・地牢(ちろう)

「?」

 

 ふとシライトの身体に触れる大蛞蝓仙人。

 すると、衣服の合間から、彼の皮膚に土色の縄文が刻まれたではないか。

 

 そこで察する。

 

「……また……なにか矯正される感じですか?」

「察しが良くなってきたでありんすな」

 

 またか。

 口には出さぬものの、また則天去私の印のように痛みが伴う術であるのは嫌だと考える。

 

「安心しなんし。この術は、体内のチャクラに反応し、体を石のように縛り付けるもの。普通に過ごす分に問題はなし」

「では、どういった用途で……」

「その前に、まずは仙術チャクラについて話しんしょう」

 

 大蛞蝓仙人曰く、仙術チャクラは普段は身体エネルギーと精神エネルギーで練るチャクラに加え、自然エネルギーをバランスよく練ったもの。これ自体は以前も聞いた内容ではあるが、取り込んだ自然エネルギーが少なかった場合と多かった場合の欠点の説明がまだだった。

 簡潔にまとめれば、少ないとそもそも仙術を扱えない。多いと、姿が元になった動物へ変化し、最悪は石像になってしまう。

 

「そこで使うのがこれ……湿骨林に伝わる仙酒、八塩折(やしおり)の酒でありんす」

「お酒……」

「これには過剰に取り込んだ自然エネルギーに反応し、飲んだ者を強い酩酊状態に陥れ、取り込みを困難にさせる効果がありささんす」

 

 妙木山の蝦蟇油。

 龍地洞の変若水(をちみず)

 そして、湿骨林の八塩折の酒。

 

 これら三つは、仙力を会得する際に用いる道具であり、何かしらのコツを掴めるような効能が秘められている。

 中でも八塩折の酒は、自然エネルギーの過剰取り込みを抑制し、最悪の事態を防ぐ効果があるのだ。

 

「更に地牢は、普通のチャクラには反応しんすが、仙術チャクラには反応し難い術……ここまで申せば理解できささんしょう」

 

 試すかのような視線。

 流石にシライトもそこまでバカではない。

 

 練ったチャクラに反応するも、仙術チャクラに反応しない術。

 そして、過剰な自然エネルギーに反応してくれる仙酒。

 

「……ちょうどいい塩梅を見つけろ……という訳ですか?」

「明答」

 

 大事にならぬよう練られた修行内容にホッと胸を撫で下ろす。

 

「しかし、心しておきなんし。ここからが至難の業。一朝一夕では為せぬと思いなんし」

 

 安堵を圧し潰すかのような、重く冷たい声。

 この日からシライトは、毎日吐き気を催す修行を行わなければならなくなった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 最悪の気分を、シライトは味わっていた。

 これが二日酔いなのか? 齢十一にして二日酔いを体験することになろうとは、まさか思いもしなかった。

 修行に用いている八塩折の酒は、実際にアルコールが入っている訳ではない。

 只、過剰な自然エネルギーに反応して、酩酊状態に陥れるものであるのだが、予想以上にその酩酊状態が酷かったのだ。

 

 頭の中で鐘が鳴っているようだ。

 煩悩を消せ、無心になれと鳴り響く年越しの鐘の如く、頭がガンガン唸っている。

 

 成程、確かに自然エネルギーの扱いは難しい。これは一週間や一か月程度ではどうにもならなさそうだ。

 そもそも、足りない身体エネルギーを周囲の生物から借りる異身伝心の術も併用せねばならない為、会得難易度が尋常ではなく高くなっている。

 

 片や身体エネルギーと精神エネルギーを2:8で練れと言っている反面、片や身体エネルギー・精神エネルギー・自然エネルギーを1:1:1で練れと言う。

頭がこんがらがりそうな手順を踏まなければならないのだから、難しいのも無理ではない。

 『万人が仙力を扱えるように』というコンセプトの下で編み出された手順ではあるが、それにしても難しいではなかろうか。先天的な才を重視しないとは言いつつも、これでは本末転倒……とは言い切れない。

 どうしようもないチャクラの上限を何とかできるだけでも、彼女の発明した術は素晴らしいのだろう。

 

 いや、だがそれにしても頭痛が酷い。

 

「ふぅ……」

「呼んだっすか?」

「……そっちの意味じゃないけど……うん……まあいいや」

 

 滝隠れを囲む断崖の上で寝そべっていたシライトに影が差す。

 なんのことはない。ただ、たった今ここへやって来た少女が、身を乗り出して彼を見下ろしているだけだ。

 『そうっすか!』と笑うフウは、大きな荷物を抱えたまま、彼女の特等席である断崖に腰を掛ける。

 

「どっこいしょっと!」

「……大荷物だね」

「にししっ、なんだと思うっすか?」

 

 かなり巨大なように見える巻物を地面に置くフウは、悪戯っ子のような笑みを浮かべながら言ってきた。

 やけに笑顔が輝いているのを見るに、それなりのブツなのだろう。

 とはいっても巻物は巻物。用途はある程度絞られる。

 この忍者の卵が、大層興奮して持ってくる巻物に書かれているもの、それは―――

 

「……凄い忍術でも……書い」

「ピンポーン! その通りっす!」

 

 食い気味に正解を言い渡された。

 続きの言葉は呑み込み、ワクワクと巻物の紐をほどくフウを温かい目で見遣る。

 

「里長の倉からこっそり持ってきたこの巻物……きっと、それはもうド派手でカッコよくてすんごい術が記されてるハズっすよ!」

「……待って……それは要するに……窃と」

「おーっぷん!!」

 

 友人の凶行を止めようとするも一歩遅かった。

 紐解かれた巻物を勢いよく開いて見せるフウは、瞳を爛々と輝かせ、食い入るように巻物に記されている術を眺める。

 

「どれどれ……んんっ? じ……じ……“地怨虞(じおんぐ)”って読むんすかコレ? 相手の心臓を取り込んでって……うぇ~! 気持ち悪い術っすねぇ」

 

 ゲェと舌を出すフウ。

 彼女が最初に目にしたのは、“地怨虞”というなんともおどろおどろしい名の術だ。体から黒い頑強な繊維を生やし、生きたまま相手の心臓を抜き取り、自身の体へ埋め込むことにより寿命を延ばす―――なんとも恐ろしい術である。だからこそ、『禁術』と銘打ってあるのかもしれない。

 フウもお気に召さなかったようであり、すぐさま別の忍術へ目を向ける。

 

 が、

 

(……心臓移植とかに使えるかなぁ?)

 

 割とシライトは食いついていた。

 しかし、術の内容が倫理に反している。医療に使うには、どうにも問題のありそうな術だ。

 少々胸に期待が込み上がっていたが、実用性に欠けると判断するや否や、冷や水を掛けられたように冷静になる。

 その後は、フウと共に様々な忍術の存在を目に焼き付けた。

 仙力同様、一朝一夕にて会得できるような忍術は記されていないが、子供という生き物は、その存在に歓喜する。夢を見るのだ。

 シライト自身、多少罪悪感はあったものの好奇心には勝てず、最後までフウと一緒に忍術を読み進めた。

 

 それからは、巻物を元の場所へ戻すべく去っていったフウを見送り、再び酔いを覚ます為の昼寝に勤しむ。

 温かな日の光。

 柔らかく吹き渡る風。

 ちょうどいい塩梅の気温に、夢見心地な気分になるには数分とかからなかった。

 瞼を閉じれば、先程まで実に楽しそうに巻物を眺めていた少女の笑顔が蘇る。

 

「フウ……」

 

 呼吸ついでに名前を口に出した後は、笑顔の残像を脳裏に過らせ、そのまま眠りに入る。

 今日は良い眠りにつけそうだった。

 

 

 

 だが、この時彼は知らなかった。

 

 

 

 禁術が残す禍根。

 そして、後に降りかかる凶刃の存在を。

 

 

 

 ***

 

 

 

 湿骨林に初めて来てから、もう二年が経とうとしていた。

 シライトももうそろそろ学校を卒業する時期。両親からは、普段読み漁っている医学の本を見られ、『医者になるのかしら』と期待を込められた視線を向けられているが、彼自身卒業後は里を出て旅するつもりだ。

 その為には、

 

「おっ」

 

 石の上で座禅していたシライトの目の周りに、スゥっと濃緑色の隈取が浮かび上がる。

 その様に、やや歓喜の滲んだ声を上げる大蛞蝓仙人であったが、隈取は五秒と立たずして消えてしまう。

 

「ふむ、仙術チャクラの練り方自体は大分慣れてきたようでありんすな。しかし、今のチャクラ量はこれが限度……あとは長い目で見ささんしょう」

「……そうですか」

 

 ぴょんと石から飛び降り、水面に映る自分の目の周りを凝視する。

 仙力を発動した―――仙術チャクラを体に巡らしている状態を、俗に“仙人モード”と呼ぶ。仙人モードが発動していれば、証拠として目の周りに隈取が出るのだが、シライトはその発動時間の短さ故、自分では鏡で確かめることさえできない。

 ここで彼女が言う『今のチャクラ量』とは、異身伝心の術を用いた上での、シライトの最大限度収集し、練れるチャクラ量だ。他の生き物から身体エネルギーを借りれるとしても、借りるにもチャクラが必要であり、尚且つ自身の精神エネルギーも多くてはならない。こればかりは、長い時間を掛けて増やしていく他ない要因だ。

 

 要修行である。

 

 そんなことを考えているシライトの下に、いつの間にやら歩み寄っていた大蛞蝓仙人は、掛けていた地牢を解く。

 これでシライトは晴れて自由の身。

 無駄に呼吸を矯正されることもなく、チャクラを練って体が全身痺れて石のように動かなくなることもない。

 余りの感慨深さに、流石のシライトも目尻からほろりと雫を零す。

 

「あちきがわざわざ手順を立てたとはいえ、その齢にして仙力を会得する……ふっ、大した童でありんす」

「……お褒め頂き恐悦至極」

「さて、これで一応主さんに仙力を伝授致しんした。これからは、あちきが兼ねてより申しんしていたように、綱手姫の下に赴いてもらいささんす」

「つなでひめ」

「人相はカツユが知りござんす。アレは医療忍術の専門家。医者になりたい主さんの師には適任でござんしょう」

「はぁ……」

「それと、約束通り各国の酒を献上しんせ」

「あ、はい」

 

 大蛞蝓仙人にとって、メインは最後の酒だ。

 仙人はここまで飲んだくれるものなのかと最初は幻滅したが、飲めども飲めども一切酔わぬ様を見て、『嗚呼、彼女は仙人だな』と思ったものである。ふと彼女が漏らした『あの世に酒は無い』という呟きは、至言とさえ思う。

 

「まずは……ふむ。空区に赴き、蜂蜜酒を手に入れて湿骨林にお出でなんし」

「はちみつしゅ」

 

 仙力会得の余韻を感じさせぬまま、大蛞蝓仙人に課された任務は、それはそれは甘そうな酒を持ってくることであった。

 




補足説明
・変若水
 独自設定の道具。妙木山の蝦蟇油、アレの龍地洞バージョン。
 飲めば若返ると言われる霊薬の一つ。エリクサーや仙丹とも呼ばれる。蛇と関係ある霊薬らしいため、興味のある方はお調べください。

・地怨虞
 言わずと知れた、滝隠れの抜け忍『角都』の扱う禁術。
 何故か、使う術は『機動戦士ガンダム』に登場するジオン軍の機体の名前に由来している。原作では水遁だけ登場しなかったが、出ていたならばゾックだったりグフなどをもじった術名だったかもしれない。

・蜂蜜酒
 森の千手一族に伝わる、お祝いの時に贈るお酒。
 蜂の巣に雨水が溜まり、自然とできたものを千手一族が見つけたのが始まりと言われている。紅先生お墨付きのお味。普通の市場には出回っていない。
 詳細は、『木ノ葉秘伝 祝言日和』を。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。