向カイ風ニモ負ケズ   作:柴猫侍

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第二章 糸と綱
七. 口寄せのじゅちゅ!


 

 鬱蒼と生い茂る竹。あまりの密度に、昼間にも拘わらず日光が地表へほとんど差し込まない。

 少しの肌寒さを覚えながら進むシライトは、竹の根でがっしりと固められている地面を踏みしめながら、とある人物の下へと歩を進めていた。

 

 歩を進めていたのだが……。

 

「……迷いましたね」

「そうですね」

 

 たきのシライト、只今空区の竹林にて迷子。

 

 

 

 ***

 

 

 

 事の始まりを説明しよう。

 シライトは、木ノ葉の三忍の一人・綱手の下へ弟子入りすべく旅を始めた訳なのだが、大蛞蝓仙人に、道中にて森の千手一族に伝わる酒『蜂蜜酒』を持ってくるよう頼まれた。

 元々、各地の銘酒を献上する約束で修行をつけてもらっていた身。断るハズもなく、大雑把な地図を片手に空区まで辿り着き、蜂蜜酒を探すべく行動を開始したのだった。

 

「……廃墟」

 

 『空区』と仰々しく掲げられた看板、そして巨大な門を潜った先に広がっていたのは、無数のボロボロなビル群であった。

 人気はあまり感じられない。衛生状態も余りいいとは言えなさそうだ。本当にここに蜂蜜酒が売られているのか、甚だ疑問ではあるものの、入ってみなければ話は進まない。

 気乗りせぬまま、肩にカツユを乗せたまま空区に足を踏み入れるシライトは、初めて都会に来た者のように、高くそびえ立ってているビル群を見上げる。

 

(ボロボロとは言え、滝隠れよりも近代風に見えるのがなんとも言えない所だなぁ……)

 

 故郷と今いる場所を比べ、物思いにふける。

 滝隠れは、木ノ葉などに比べると田舎だ。古き良き暮らしを大切にしているという節はあるものの、巨大な崖の上という立地が、里の近代化を妨げている要因であることは、想像に難くない。

 

 そんな滝隠れに比べ、空区は“衰退”といった栄枯盛衰を思わせる物悲しさこそ漂っているものの、存在する建物の数々はシライトにとって目新しいものばかりだ。不謹慎であるかも分からないが、多少の好奇心が沸き上がってくる感覚はあった。

 そして更に奥へと進んでいけば、これまた奇妙な通路が広がっている。

 無数の配列されたパイプ管。色がチグハグな壁。

 何度も増築を重ねたように思える通路は、広々とした田舎で育ってきたシライトにとっては、かなり息苦しく、不可思議な光景だった。

 

「ちょっとカビ臭いですね……」

「私は平気ですが、シライト君には少々厳しいかもしれませんね」

 

 逃すことのできない湿気がとどまり、あちこちにカビが生えている。これも、息苦しさを覚えさせる原因の一つだろう。マスクが欲しい所ではあるが、この狭い通路で荷物を漁るのは厳しい為、シライトは服の袖で口元を覆ってみせる。

 

「こんな場所に、蜂はおろか人が居るとも思えないんですけれど……」

「猫なら居るニャ」

「……? なにか言いましたか、カツユ様」

「いいえ、私では……」

「上を見るニャ」

 

 不意に響く声。

 音が反響する為、一瞬声がどこから発せられたものか分からなかったシライトであったが、続きの言葉を聞き、即座に上へと目線を遣った。

 そこに居たのは、灰色がかった毛の猫。鼻先だけは白く、爛々と光る瞳を以て、真下に居るシライトたちを睨みつけていた。

 

「……猫」

「見て分からんかニャ?」

「シライト君。あの猫は、恐らくこの空区に住まう忍猫です」

「忍猫?」

 

 聞いたことのない言葉に首を傾げるシライト。

 しかし、猫が喋っているという時点で、只の猫でないということは理解していた。続きの説明を求めるような視線を彼がカツユへ向ければ、彼女は再び話に戻る。

 

「空区は、猫たちの楽園という裏の顔があります。この空区を取り仕切っているのは闇商人の一族なのですが、彼らに仕える獣こそ、今目の前に居る忍猫です。彼らは昼夜問わず空区全体に監視の目を光らせ、侵入者を即座に追い払う……つまり、実質的な空区の支配者というところでしょうか」

「よく知っているニャ。ここはお前のような尻の青い子供が来る場所じゃないんだニャ。さっさとマタタビだけを置いて帰るといいニャ」

 

 マタタビを置いて去るよう催促する忍猫。

 ここで『ム』と口を結ぶシライトは、怪訝に眉を顰める。

 

「……なんでマタタビがあるの分かるんですか?」

「そんなもん、匂いで分かるニャ」

 

 一度たりとも『持っている』と告げた訳ではないマタタビの存在に気が付いて居た忍猫。どうやら匂いで気が付いて居たらしいが、かなり鼻が利いているようだ。

 道中、夕飯におひたしにでもして食べようとしていたマタタビ。味はそれほどいい訳でもないが、マタタビには多少の薬効がある。尤も、薬効が存在するのは樹皮であって、食べられる部分は葉であるが……。

 

「……」

「どうしたニャ? 早めに渡せば、痛い目を見ずに帰れることができるニャ」

「……マタタビを手に入れて……何するつもりですか?」

「変なことを聞くニャ。そんなもん、嗅いで気持ちよくなってゴロゴロするに決まってるニャ」

「……マタタビは、猫にとって麻薬のような代物ですので……そう簡単に渡すわけには」

「ニャんだと!?」

 

 シライトの言葉に、フシャー! と毛を逆立てて威嚇するような行動を見せる。

 

 あの忍猫はマタタビが好きであるようだが、たった今シライトが言ったように、マタタビは猫にとって麻薬のような存在であると言われている。

 麻酔が何故人間に効くか分からないように、マタタビが猫を恍惚とした状態になるかは、未だ詳しくは解明されてはいない。しかし、マタタビの成分であるマタタビラクトンという物質が、猫の上あごにあるヤコブソン器官―――フェロモンを感知する器官に反応し、大脳を麻痺させ、眠気を引き起こし、運動中枢や脊髄などの反射機能を鈍らせることで起こっているとまでは分かっている。

 

 これが、マタタビが猫にとっての麻薬と言われるが由縁だ。

 

 マタタビを服用することによる麻痺が重度になると、呼吸不全により、最悪死に至るケースも存在する。

 そんな危ない代物を、医者を目指しているシライトがホイホイと手渡す訳がない。

 威嚇してくる忍猫に憶することなく、その場に立ち続ける。

 

 膠着状態とはこのことか。

 

 時間が止まったかのような静寂の間を、冷たい風が吹き抜けていく。

 

「モモ、なにしてるの?」

「ニャ。タマキ、何しに来たニャ?」

「何しにって……あれ、お客さん?」

 

 突然、通路の奥からひょっこりと現れた栗色の髪の少女。歳はシライトと同じぐらいだろうか。陰気な空間とは裏腹に、明るく活発そうな少女の登場に多少空気が和らいだところで、シライトは『あの……』と声を上げる。

 

「蜂蜜酒……知りませんか?」

「蜂蜜……酒?」

 

 不思議そうな声色の少女の声は、寂れたビル群の谷間へ吸い込まれていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「蜂蜜酒を作ってる養蜂家さんなら、この竹藪の先に居るって、おばあちゃんから聞いたことがあるよ」

「成程……ありがとうございます」

 

 少女―――タマキに連れられ、竹藪へと導かれてきたシライト。

 朽ちたしめ縄で巻かれている石碑は、どうやら道祖神のようらしい。道祖神があるように、此処は神聖な場所であるようだ。

 廃墟群を抜けた先にある竹藪。どこか摩訶不思議な世界へといざなわれているようで、少々肌寒さや恐れを感じてしまうところだ。

 

「ちなみに、どういった感じの人でしょうか……?」

「えっと……ごめんなさい。わたしも直接見た訳じゃないの。ただ、ここにお野菜とかのお供え物を置いておくと、また来た時に蜂蜜とか蜂蜜酒の入った瓶が置いてあってね。便宜的に養蜂家だって、空区の人は……」

「はぁ」

 

 空区の商人の一族だと、道中自己紹介してくれたタマキは、そう説明してくれた。

 誰もあった事のない養蜂家。只でさえ不気味な場所だというのに、シライトは今の説明で鳥肌が立ってしまう。

 

(幽霊とかじゃないよね……)

 

 一目でも見る人が居れば、こんな心配なぞしなくてもいいのに。

 

 そんな考えを頭に過らせるシライトであるが、ここは空区だ。忍猫という優秀な監視者は、時としてお尋ね者にとって有益に働く。ひっそり静かに隠れながら過ごすには、ちょうどいい場所でもあるのだ。

 この竹藪の中に居るとされる養蜂家(仮)も、そのようなお尋ね者が、残りの人生を蜂蜜製品造りに費やしているのかもしれない。

 

 閑話休題。

 

「じゃあ、行ってみます……案内ありがとうございました」

「ううん。うちのモモが迷惑かけてごめなさいね」

「フンだニャ!」

 

 タマキの腕に抱かれている忍猫―――モモはそっぽを向く。

 

「タマキは不用心なのニャ! 仮にも商人を血を引いてるなら、どんな些細な情報でも見返りを求めるべきニャ! ギブアンドテイク、これが基本ニャ」

 

 マタタビがもらえなかったことが不服なのか、モモの機嫌は大層悪い。

 まだまだ子供であるタマキがお人好しであった為、シライトとモモの邂逅は穏便に済んだ。だが、彼ら忍猫の仕事を考えれば、追い払おうという所業に対しては致し方なかった部分もある。

 色々と納得できない点があるのだろう。損なってしまったモモの機嫌を取り戻すには、どうすべきなのだろうか。

 シライトは一瞬思案し、『仕方ない』と言わんばかりに背嚢の中を漁る。

 そして、

 

「これ……」

「え? いいの?」

「案内料だと思ってください……ただし、用法・用量は守って……」

「そう。ありがと!」

 

 彼が取り出したのは、モモが渇望していたマタタビだ。

 効果が麻薬と同じとは言え、用法と用量を守れば、猫にとっていい効果を発揮する。薬は毒にもなり、毒もまた薬となるという訳だ。要は使いよう。

 

 マタタビを受け取ったタマキは、礼儀を弁え、しっかりとお辞儀をして感謝の意を示してくれる。

 

「ほら、モモも!」

「むっ、ぐぅ……」

 

 中々礼を言わないモモ。彼なりのプライドがあるのだろう。

 唸ること数秒、モモは苦虫を噛み潰したかのような顔で、シライトの顔を睨みつける。

 

「……一つ情報を教えてやるニャ。この先の竹藪は、空区の猫たちでも迷う場所……迂闊に入るより、食い物でも供えて、養蜂家の方からやって来るのを待つべきニャ」

「……迷いの森ということですか?」

「今言った通りニャ。今の情報で手打ちだからニャ」

 

 フンッ、と再びそっぽを向くモモ。少々ひねくれているのか、よっぽどシライトにマタタビの礼を言いたくなかったようだ。

しかし、その代わりに情報を教えてくれる辺り、ある程度義理を大切にするようだ。これもまた、闇とはいえ商人に仕えてきた故の性格なのだろう。

 

 

 

―――それから、特に悩むことなく竹藪に入ったシライトであったが、見事迷ったという訳だ。

 

 

 

「一体全体どうしよう……あ、たけのこ。ちょっとだけ……」

 

 迷っていることについての焦燥を欠片も見せないシライトは、道端―――そもそも道と言えるかも怪しいが―――に生えているたけのこを見つけ、夕飯のおかずとすべく収穫に取り掛かった。

 霧深い竹藪の中、呑気だこと……カツユは口に出さぬものの、呆れたようにため息を吐く。

 

 そんな時だった。

 竹藪の奥から、耳障りな羽ばたきが聞こえたのは。

 

「シライトくん、何か来ます」

「えっ」

 

 完全にたけのこへ気が向いていたシライトは、一瞬、迫って来た存在に気付くのが遅れた。

 それを見かねたカツユはと言うと、やって来る危険な存在へ向け、口から濃硫酸を吐き出す。

 『舌歯粘酸』―――吐き出された濃硫酸は、見事襲来した存在に直撃した。

 

「ふぅ……危ないところでしたね」

「……ありがとうございます、カツユ様。これは一体……?」

「スズメバチのようですね。それもかなり大きな……」

 

 濃硫酸を喰らった物体は、少々溶けてしまっているものの、黒と黄色の縞々模様という特徴的な姿から、すぐにスズメバチだと判明した。

鬱蒼とした竹藪に蜂が居ること自体はなんらおかしくはない。

 しかし、これから空区に住まう養蜂家の下へ向かうという状況での蜂の襲撃は、一つ考えさせられるものがある。

 

「……なんか……奥から凄い音が聞こえるのは気のせいですかね?」

「気のせい……じゃ、ないですね」

 

 ヴヴヴヴヴッ、とおおよそ虫の羽ばたきでしか奏でられない音が聞こえてくる。

 すると、霧深い竹藪の奥から、なにやら巨大な影が迫ってくるのがシライトの目に見えた。一定の形を保たず、まるで竹の合間を縫うように泳ぐ様は、得体の知れない生き物と錯覚してしまうほどだ。

 だが、シライトはそれらが何なのかをハッキリと視認するよりも前に、その場から走り出した。

 

「……逃げるが勝ちとはこのこと」

「シライトくん! スズメバチの大群です! 気を付けて!」

「みなまで言わないでください」

 

 信じたくなかった現実を、カツユの声によって突き付けられた。

 そう、只今シライトたちを追っているのはスズメバチの大群だ。巣一つ分では収まりきらないであろう数のスズメバチが、同胞に手を掛けた少年たちを迎え撃たんと、尻の先にある毒に濡れた針を向けている。

 

「あの統率のとれた動き……間違いありません。忍に飼いならされたスズメバチのようですね」

「あまり……知りたくはなかったです」

 

 カツユの冷静な分析から導き出された結論。

 それは、シライトにとって良いものではないことは、言うまでもないだろう。こちらが忍術を齧った一般人であるのに、相手は本職かそうであった者。実力の差など、考えるまでもない。

 逃げるが勝ちとは言うが、果たして逃げ切れるかどうかすら怪しい状況だ。

 

 足場は悪い。

 一面霧と竹で視界も悪い。

 おまけに、出口も辿り着く場所もどこにあるか分からない。

 

「シライトくん、こうなってしまっては仕方ありません! 今こそ、彼を呼び出すべきです!」

「ッ……分かりました」

 

 カツユに何かを示唆され、指を少し噛み、血を流してから印を結び始めるシライト。

 しかし、

 

「えっと……亥……戌……酉……と、なんでしたっけ?」

「亥、戌、酉、申、未です!」

 

 印を結ぶのが異様に遅いのが、今後の直すべき課題と言ったところか。

 大蛞蝓仙人に教わった術のほとんどが、印を必要としないものだった弊害なのかもしれない。忍としての基本の基本である印も、今のシライトにとっては『あれがこんな形で……』と考えながらでないとできないのである。

 

 それでもカツユが居たお陰で、何とか印を結び終えた。

 そこへちょうど、スズメバチの軍勢が、なんとシライトを囲むように陣形を組み、尻の針を彼へめがけて発射するではないか。

 

「シライトくん!」

「口寄せのじゅちゅッ!」

 

 表情に出ないものの、その焦りは滑舌に出た。

 迫りくる無数の針が当たる寸前で、口寄せの術を発動したシライト。彼の姿は、元々霧深い竹藪の中、突如として巻き上がった煙によって消えていく。

 

 瞬間、放たれた毒針は固い物体に弾かれたような甲高い音を響かせ、辺りに散らばる。

 

 まさか弾かれるとは思っていなかったのか、スズメバチたちの間に動揺が奔った。

 だが、すぐさま統率を取り戻し、煙の中に居るであろう者たちへの警戒をさらに強める。

 片時も目を離さず、触覚の感覚も研ぎ澄ませるスズメバチたち。

 するとどうだろう。もくもくとその場に立ち込めていた煙が、何故か螺旋を描くようにして上空へ巻き昇っていくではないか。次第に細くなる煙。同時に、煙の中に潜んでいた巨大な影が正体を露わにした。

 

 漆器のような鈍い光沢を放つ甲殻。

 無数に生え並ぶ足。

 大蛇のように長い節くれ立った胴体。

 その姿を見るだけで、常人であれば総毛立つ思いをすることだろう。カサカサという移動音を錯覚させるその虫は、たった今自身を呼び出した主人を守るべく、己の身を城壁とせんととぐろを巻いていた。

 

「……シライト殿、如何様に?」

「……スズメバチに襲われているので……助けて頂きたいです」

「承知」

 

 刹那、その物体はとぐろを巻くのを止め、周囲のスズメバチを蹴散らさんと長い胴体を振るって見せた。

 

「主の命を受け、百地(ももち)タンバ……参る」

 

―――一瞬龍と見間違うかの体躯を誇るその正体は、大ムカデだった。

 

 毒が滴るキバを振るい、スズメバチを一蹴していく大ムカデ―――百地タンバは、湿骨林での修行にてシライトが新たに契約した口寄せ獣だ。

 どうやら、湿骨林のナメクジと大ムカデの一族は、古くより良好な関係を結んでいるとのこと。

 その甲殻は並みの刃や牙を通さず、仮に守るべき対象を取り囲むようにとぐろを巻けば、ものの数秒で頑強な城壁が完成する。

 しかし、功に転じれば一辺として、猛毒滴る鋭いキバで相手に噛みつき、体が溶けていくような激痛を与えるのだ。

 攻撃と防御―――どちらをとってみても優秀な能力を持つ。それがこの大ムカデだ。……見た目の気持ち悪さを除けば。

 

 だが、彼の一族の特徴はそれだけではない。

 

「土遁―――」

 

 今まさに、一族の最たる特徴とも言える技を発動しようとするタンバ。

 

土流割(どりゅうかつ)!!」

 

 地中を流れる特殊なチャクラの流れ―――“龍脈”を操って術を発動し戦う。それこそが、彼らの特徴だ。

 たった今地面にキバを突き立て発動しようとしている術も、龍脈を操り、大地を二つに裂く術である。

 

 ……であったのだが、大地は唸りさえすれど、本来の術の内容ほど大地が隆起して裂かれることはなかった。これではただの地割れだ。

 スズメバチが飛び回る音が響く中、何とも言えない空気が漂う。

 

「シライト殿、一つよろしいか」

「なんでしょう」

「……ここは竹藪故、竹の根が地中に深く硬く蔓延り、思うような土遁を発動できませぬ」

「それは……死活問題ですね」

 

 落ち着いて話す状況ではない。

 現に、こうしている間にも、好機と言わんばかりにスズメバチは特攻してくる。

 『不味い!』と叫ぶタンバは、すぐさまシライトをスズメバチの毒針から守る為に取り囲んだ。

 

 しかし、次の瞬間にスズメバチは、甘い香りを発する黄色い蜜へ変貌し、とぐろを巻いたタンバに降りかかる。

 これは蜂蜜だ。本来であれば、滋養強壮にもよく食欲そそられる食材であるものが、今は敵を捕らえる為の道具として働いている。

 かなりの粘度であるのか、タンバは身動きすることができなくなり、その場に留まってしまう。

 

 残ったスズメバチの羽ばたきしか聞こえなくなり、再び竹藪に静寂が訪れる。

 すると、敵が沈黙したと判断したスズメバチの主が、竹藪の奥より正体を現した。

 蜂を模した暗部の面。更に全身は無数のミツバチに覆われており、顔どころか体さえ望むことができない人物。彼こそが、蜂を操りし養蜂家と言ったところだろうか。

 養蜂家は蜜に固められたタンバ、そして中に居るであろうシライトたちの下へ静かに歩み寄る。

 

「ッ……ム!?」

 

 しかし、そんな養蜂家の足元から、地表から空目掛けて伸びるかのように大ムカデ―――タンバが出現し、養蜂家の体を締め上げる。

 抵抗を試みようとする養蜂家。スズメバチたちも、主の危機を察知して再度臨戦態勢に入る。

 

 一方で、タンバのキバから滴る毒は、竹藪の地表を覆っていた笹を溶かす。それだけで毒がどれほど強力なものであるのか察することは難しくない。

 キバをカチカチと鳴らし、『すぐにでも首を噛むことができるぞ』と威嚇するタンバ。それでは蜜に固まっていたのは何なのだ? その答え合わせをするかの如く崩れ落ちるタンバの皮を前に、養蜂家は諦めたようにハァとため息を吐く。

 

「脱皮して抜け出すとは……大した奴だ。それから地中に潜って移動したんだな?」

「思うように土遁を発動できぬとは言えど、某のキバと毒があれば、地中を掘り進めることなど容易いこと」

 

 養蜂家が述べた内容を肯定し、続けて解説するタンバ。

 彼は蜜で完全に固められるより前に、脱皮することによって抜け出したのだ。そして、そのまま竹の根が張り巡らされている地中を掘り進め、奇襲する形で養蜂家を襲い掛かったのである。

 

「どっこいしょ……」

 

 タンバが飛び出してきた穴から、続いて姿を現すシライト。土にまみれて汚れては居るが、これといった怪我は見当たらない。無論、カツユもだ。

 

「まいったな……こんな子供に負けるとは、私も衰えたものだ。目的はなんだ? 敗者たる者、命をとられる覚悟はもうできている」

「……いや、その……」

 

 重苦しい声色で話す養蜂家に、的外れな憶測を言い放たれたシライトは、実に複雑な表情を浮かべ、穴から上半身だけ出したまま告げる。

 

「蜂蜜酒……ください」

「え」

「蜂蜜酒を……」

「……ウチに……来るか?」

「……はい」

 

 

 

 ***

 

 

 

「ほぅ……」

 

 透き通った黄金色の液体を一口含み、存分に甘みと香りを味わった後、大蛞蝓仙人は一息ついた。

 懐かしい味だ。

 この酒―――蜂蜜酒を飲むと、かつて湿骨林を訪れた男のことを思い出す。

 思い出に浸りながら飲む酒というものは、一味も二味も変わってくるというものだ。

 

 これを見事手に入れてきたシライトは、もう湿骨林を発った。

 経緯を説明すると、彼は蜂蜜酒を手に入れた後、特殊な結界が張られていた竹藪を抜けることが叶わず、奥の手として湿骨林に居るカツユに逆口寄せして脱出したのだ。

 滝隠れから空区へ。そこから急に火の国から再出発になろうとは、彼は思いもしなかっただろう。

 

 だが、そんなことは大蛞蝓仙人にとって最早どうでもいいこと。

 

「はぁ……柱間。いい男でござんしたなぁ」

 

 かつて仙力を得る為に訪れた初代火影を思い出して酒を飲めば、酒の中に、僅かに酸味があることを錯覚するのだった。

 




小話 三竦みについて

NARUTOの世界の三竦みと言えば、日本で有名な三竦みの一つ蛙・蛇・蛞蝓が元となっていますが、元々の語源となった中国の古典においては、蛞蝓の部分が百足となっております。
それでは何故、百足だった部分が蛞蝓になったのか……それは単純に翻訳の間違いと言われています。

因みに、原作に出てくる『ド根性忍伝』―――そして、実際に販売されている小説の作中に登場する三竦みでは、鼠・百足・鶏が三竦みとなっています。曰く、鶏は百足を喰らい、百足は鼠を刺し、鼠は鶏の卵を盗む……とのこと。因みに、鼠が蛙、百足が蛇、鶏が蛞蝓ポジションです。
さらに補足ですが、百足が”地”を象徴するのに対し、蛇は”河”を象徴する生き物とのこと。NARUTO世界の五代性質に当てはめれば土→水ですので、相性は現実の三竦みに当てはまっていますね。
そんな感じの小話でした。
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