約束
橋を渡り切ったところで、太った男が明るく出迎える。
「やぁやぁゼーラさん、マルタスさん。よくぞご無事で。町への被害ならご心配なさらず。アナスタフ様の働きかけにより事はほぼ無傷で収まりました!」
「アナスタフ様が…!なるほど、とにかく町が無事ならよかった。ありがとうございます」
ゼーラが丁寧に答えたところで、太った男はゼーラの後ろに立つカランを見た。
「そちらの方は?」
カランは俯いてフードを引っ張り、深く被る。
「「どうやって町に入るか考えてなかった」」
カランとゼーラがそう思った。太った男がカランのフードに手を伸ばす。
その手をマルタスが掴み、制止させた。手を放してそのまま腕を肩に回す。
「ルフリクスのおっちゃん…ソイツなんだけどちょっと見逃してくんねぇかな、怪しくても危ない奴じゃねぇから」
ルフリクスという太った門番の男に静かに語りかけた。ルフリクスは声を押し殺して返す。
「何を言うんですかマルタスさん、私も立場ってものが…」
「アメリの病気をすぐにでも治してくれるかもしんねぇんだ…」
「アメリシテさんの病気を…?本当ですか?」
「絶対に治してやるって約束したんだ。頼むよ」
ルフリクスがカランを見下ろし、カランは苦笑いしながら胸の前で軽く手をひらひらとさせた。
「……後日お話を聞きますからね」
ルフリクスは若干躊躇った後そう答えた。
「サンキュ!」
マルタスは腕を放し、ルフリクスの肩を叩いた。
マルタスはそのまま門へと向かい、ゼーラとカランもそれに続く。カランはルフリクスとすれ違いざまに顔を見てこう言った。
「ありがとう、門番さん」
「…うむ、さっさと行きなさい」
三人は門を抜け、マルタス家へと向かった。
「なんか…もっと注目を集めるかと思ったけどそうでもないね。」
カランは周りを気にしながら小さく呟く。
「まぁ、今のカランの姿は…あまり言いたくはないけど奴隷に近いから、皆近付かないようにしてるのかも。奴隷を使ってるような奴らは大抵大きくて危ない組織だったりするからね…」
「奴隷、ね。あ、そういえばさっき門のところで出てきたアナスタフって…」
「アナスタフ様のことかい?」
「……いや、やっぱりいいや」
そこからはあまり喋らず、黙々と歩みを進めた。
やがて周りに建っている家よりは一回りか二回りか大きい家が見えてきた。三人はその家の門を潜り、庭を横切り、玄関のお洒落な扉を叩く。すると数秒後扉は開かれ、年配の女性使用人が出てきた。
「あらマルタス様でしたか、お帰りなさいませ。長い間のお仕事お疲れ様です。」
使用人は綺麗にお辞儀をした。
「ただいまゼマ、留守の間、何事もなかったか?」
「えぇ、アメリシテ様も今日はお体の調子がよろしいようで。そちらはゼーラ様と…」
ゼマと呼ばれた使用人はカランを見て表情が変わった。
カランはその表情を見て何かを感じ取り、逃げようとするが羽織っていた布をしっかりと握られて逃げることができなくなった。おまけにカランの頭が露わになり、血まみれの顔と、獣の耳がぴょこんと出る。
「コレ!女の子がそのような格好ではいけません!こっちへ来てください!こんなに汚れて、ちゃんと綺麗にしますよ!」
ゼマは年齢に似合わない力でカランの腕を引っ張り、物凄い勢いで家の中へ連れ込み、角を曲がって姿を消した。
「えぇ!?ちょっと!えぇぇぇぇぇ…!」
カランの声も小さくなり、やがて聞こえなくなる。一方ゼーラとマルタスはその勢いに圧倒され、唖然としていた。
すると曲がった角の陰からゼマが顔を出し、二人に向かってこう言った。
「お二人も!ちゃんと清潔な格好でアメリシテ様に会うように!こちらで確認するまでは二階には上がらせませんからね!!」
「は、はい!」「あーわかったよ」
ゼーラは身を強張らせ、マルタスは気だるそうに答えた。
カランは脱衣所でゼマに脱がされそうになっていた。
「いやボク自分でできるから!大丈夫だって!」
「何が『ボク』ですか!ホラ早く脱いでシャワーで流しますよ!」
「いやこれはまずいんだって!ちょっ…ちょっと!ほっといてよババァ!!」
「まぁ何て下品な言葉!後で教育が必要ですね!」
そのうち布は剥がされ、カランの長髪と尻尾が大きく揺れた。
「しまった…!」
カランはその場で構え、逃げようかと考えていると。
「さぁ流しますよ!」
ゼマにひょいと持ち上げられ、シャワールームまであっという間に持っていかれた。
「えっ、ちょっと!」
「なんですかちょっとちょっとって」
ゼマはシャワーの二つのひねりをどちらも回して、水を流し始める。カランは焦った様子で問いかけた。
「気にならないの!?尻尾に耳だよ!?」
「気になりませんね、それよりもあなたがどうしてこんなにも汚れているかの方が気になります!」
カランは頭から湯の雨を降らされた。
「あーもうこれ何?血?固まっちゃってるじゃないですか!」
ゼマはかなりイラついた様子でカランの髪に湯を馴染ませる。それから石鹸やシャンプーで丁寧に血を落としていく。カランは何か懐かしいものを感じた。
「使用人さんはもう長いの?」
「そうですねぇ、もうかれこれ六十年以上はこの仕事に就いているでしょうか」
カランは既に抵抗を止め、使用人になされるがままに洗われていた。
「…随分慣れてるね」
「私が最初にお仕えしたお方がとても元気のある方で、子供の頃は一度外へ遊びに行くと必ず怪我をして帰ってきていましたね…そのお方は私と共に御家を飛び出し探索家になられましたが、ダンジョンで命を落としたと聞きました」
「ふーん…ボクも昔、こんな風に使用人のババ…使用人に丸洗いされてたんだ」
「あなたはまだ子供じゃないですか」
「まぁ…これでも人生経験豊富なんだよ」
「聞けば聞くほどよくわからない子ですね、もう!尻尾ってどうやって洗えばいいのっ!」
全て洗い流し、白く透き通った肌と深緑色の髪と長い尻尾が綺麗に光る。
「お体を拭きますよ、こちらへ」
ゼマはカランをシャワールームに強制連行した時の気迫ある感じが抜け、落ち着きのある優しい声で言った。
「使用人さんはさ、結構歳だと思うんだけど…仕事は辞めないの?」
ゼマは柔らかそうなタオルを手に、カランの前から頭を包み、水を吸わせる。
「はい、私がこの仕事を辞めることはありません…。約束、しましたから」
ゼマは手を伸ばしカランの頬に指を触れ、カランの額に自分の額を当てた。
「あの方がお仲間の皆様とダンジョンに向かった最後の日、『いってきます』と言ったのです。あの方がまた帰ってきて、『お帰りなさいませ』を言うまではこの仕事をやめるわけにはいかないのです」
「…」
「きっとまた服を汚して、傷だらけでお腹を空かせて帰ってくることでしょう。そうしたら好物のサンドイッチをお召し上がりになって、すぐに寝てしまわれるのです」
「使用人さん、名前を聞いてもいい?」
「もちろん、私はゼマリオン、ゼマリオン・ハ…」
名前を言いかけて廊下の方で大きな音がした。それと同時にマルタスの声がする。
「アメリ…!!ゼマ!来てくれ!」
ゼマの顔つきが変わり、裸のカランを置いて急いで廊下に出て行ってしまった。
「はい!只今」
「え、ちょっとその名前…!」
一人取り残されたカランはゼマが落としていった柔らかいタオルで大雑把に体を拭き、それを体に巻いてからゼマの後を追った。
病気
廊下にはマルタスの黄土色の髪とはまた少し違った、美しい金色の長髪の女性がマルタスの腕の中で力なく倒れていた。ゼマが困った様子で言う。
「あぁ!もうアメリシテ様ったら、ちゃんと寝てないとだめじゃないですか。」
「ごめんなさいゼマ、でも早く会いたくって…」
アメリは少し苦しそうに、弱々しく答えた。
「マルタス様、二階のベッドまで運んであげてください」
ゼマがマルタスにそう言ったところで、カランがアメリの近くにまで駆け寄り、その金髪の綺麗な顔を覗き込んだ。
顔のところどころに青い靄のような模様が浮き出ており、随分呼吸が荒かった。そしてカランはハッとした。
「待った!!」
その声に驚いた四人は一斉にカランの方を向き、カランは倒れるアメリシテの首筋に手を伸ばした。
髪をどけると、その首筋に痣のようなものがあった。何重もの線が雫の形を模って、もぞもぞと動いている。
「『ペイズリーバグ』だ。こんなに大きいのは見たことがない。」
カランが信じられないといった様子で話す。マルタスが声を荒げてカランに問いかけた。
「なんだよそれ!」
「寄生虫の一種だよ、なるほど、テクタライトを使おうとしたのはそういうことか…」
「お嬢ちゃん、私の病気はマルタスが採ってきてくれたものじゃ治せないの…?」
アメリが静かにカランに聞いてみたが、カランはあっさりとそれを否定した。
「治らない、恐らく初めてアメリを診たメディックの誤診だ。無理もないさ、ペイズリーバグは囮症状を出して自分の身を守るから。成長するまでに気付けるケースが少ないんだ。」
その解説を聞いていた三人は、静かにカランの動きを見ていた。
「床でいいから寝かせて、髪を上に。あと離れてて」
カランがそう指示し、マルタスは言われた通りにアメリを床に寝かせ、すぐ後ろに立っていたゼーラの隣まで下がった。
その流れを見たゼマはカランを見て驚いていたが止めに入ることはなかった。
カランがアメリの首に人差し指を当て目を瞑り、数秒の間動くことはなかった。すると指先が光り始め、模様を綺麗に包み始める。
模様は蠢き抵抗するが、光が少し強まり、硬直した。カランはゆっくり指を離してゆく。アメリは目を強く瞑り、黙ってはいたが少し苦しそうにしていた。
「…」
光はカランの指から模様まで細い線で繋がっており、一定の距離だけ離したところで模様が一瞬で外に出てきた。そしてすぐさま光を強くし、出てきた模様を粉々に分解した。
「よし…!」
カランは冷や汗を拭く。アメリの首筋から少しだけ血が出ているが表情は和らぎ、随分に楽になったようだった。
「終わったのかい…?」
ゼーラがそう問いかけると、カランはそのまま目を回してアメリの胸に前のめりに倒れ込んだ。
「きゅう~…」
アメリは少し驚いたようだが、カランの頭をゆっくり撫でた。
「大丈夫…?お嬢ちゃんすごいのね、お姉さんびっくりしたわ。ありがとう」
マルタスはここで大きく息を吐き、緊張から解かれたように話す。
「はぁ~…よかった。アメリ、大丈夫か?」
「えぇ、何故かすっきりしたわ。体が軽くなったみたい」
「…ペイズリーバグはねぇ」
カランがアメリのふっくらした胸のなかで力なく話し始める。
「ペイズリーバグは模様のペイズリーから来ていて、その昔外国で発見された寄生虫なんだ。さっき言った通り見つけることが困難で、見つけたとしても必ず体の重要器官の傍にいるから、取り出すのには膨大な魔力と技術が必要~…」
「もういいよ、ありがとう。ところでどうしてこんな格好なんだい…?」
ゼーラはカランを持ち上げ、疑問を口にした。
「あっ私です!今すぐお着替えをお持ちしますね!ゼーラ様、その子をこちらへ」
ゼマはいそいそと奥の部屋に行き、ゼーラはカランを抱えてそれに続いた。
正体
マルタスとアメリはリビングでテーブルを挟んで椅子に座り紅茶を飲んでいた。するとゼーラがリビングに入ってくる。
「追い出されたか」
マルタスはにやけてそう言った。
「ゼマさんにお任せしたんだ!」
ゼーラは少しムキになって答える。そして続けた。
「あ、そうだアメリさん、カランからちゃんと安静にしているように言われたから。後でベッドに戻ってください」
アメリは微笑んで答える。
「あら、あの子カランっていうのね、わかったわ。もう少しマルタスと話をしてから戻ります」
ゼーラは頷き、今度はマルタスに問いかける。
「ダンジョンへはいつ戻るんだい?」
「とりあえず今日は時間が悪い。明日早朝に出るぞ」
「わかった」
―――
一方カランの方はまた抵抗していた。
「嫌だ!スカートなんて穿きたくない!ズボン!ズーボーンー!!」
「観念しなさい!これしかないんですよ!アメリシテ様のおさがりですが可愛いじゃないですか!」
「というか下着は!?」
「あります」
「あるの!?エーなんで!?」
ただでさえ疲弊していたカランはその抵抗もむなしく、ゼマに着替えさせられるのだった。
カランがゼマに手を引かれてリビングに行くと、ゼーラ、アメリ、マルタスの三人が話をしていた。カランに気付いたアメリは話しかける。
「あら、名医さんのご登場ね。可愛いじゃない」
カランはおとなしめのスカートをひらひらさせてむっとして言った。
「アメリ、安静」
「はいはい」
アメリは微笑みながら席を立ち、二階へ上がっていった。
「私はまだ仕事が残っておりますので…」
ゼマはそう言ってキッチンの方へと姿を消した。
二人が居なくなったところでカランはアメリが座っていた椅子に座る。ゼーラとマルタスを見据えたカランは話し始めた。
「マルタス、門での出来事で一つ引っかかってたことがあるんだ」
「なんだよ…」
「門番のおっちゃんを突破する口実として、どうしてボクがアメリの病気を治せるなんて言ったんだ…?」
「…」
マルタスの顔が強張り、今度はマルタスが質問を返した。
「お前こそ、本当の名前を言えよ」
「ボクの名前はカランさ」
「フルネームだ!」
マルタスが声を荒げる。
「以前、医療の名門にアイビー家っていうのがあったんだ。知ってるだろ?」
「よく知ってるよ」
カランはそっぽを向いてまるで他人事のように返す。
「アイビー家最後の代、その次女の名前がカラン。カラン・アイビーだ」
「カランなんて名前のやつ、いくらでもいると思うぜ?それにボクのフルネームは少し違う」
「カラン・コエ・アイビーだろ、お前の名前」
「…そうさ、よく知ってるね」
マルタスは声を低くしてさらに問いかける。
「カラン・コエ・アイビー、探索家協会では『ニトロア』の名前で通ってたな。今から五十年も前に存在した伝説の探索チーム『ヘレティック』のメディック。アメリの病気のこともあってカランの名前を聞いたときは藁にもすがる思いでそう関連付けたが…本人なのか?」
「その名前だけで判断したのか?」
「質問に答えろよ、お前一体何者なん…」
マルタスは突然腑抜けた顔になってテーブルに倒れた。ゼーラは驚き、カランの方を向く。
「カラン…マルタスに何かしたね?」
「きっと探索疲れだろうよ、寝かせてあげただけさ。はぁ~しかし名前だけでそこまで身バレするなんて…ん?」
カランはふとリビングの入り口を眺め、小さくため息をついた。ゼーラは疑問を口に出す。
「カラン、僕も一つ気になってたんだけど。なんで僕には色々話しておいて他の皆には内緒にしてるの?」
「まぁ…ゼーラは特別ってことさ。そんなことより、これから二人はどうするの?」
「え、うーんマルタスが決めると思うけど。多分明日の朝にはまたダンジョンに戻ることになるかな。仲間に報告してこないと。カランはどうする?」
「ボクはちょっと気になることがあるから。まずはそれを確認してくるよ。今晩にでも出発しようかな」
「わかった、僕も付いていきたいところだけど、仲間のこともあるからそれで一旦お別れかな」
「そういうこと」
するとゼマがサンドイッチを四つ乗せたトレーを持って笑顔でリビングに入ってきた。