びじょとやじゅう   作:彩守 露水

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序盤は主人公の家族の描写が多くなり、原作キャラの本格的な参戦は少し後になります。あと、地の文を書きやすくするために適当につけたので、父の名前は別に覚えなくていいです。


本作の前書きでは毎話、その話に出てくる難しい単語の解説が入ります。

・原級留置……留年の堅い表現

・形骸化……形式として存在しているが、ほとんど、またはまったく機能していない状態になる事


第1話「名家の命運」

「…………」

 

 真っ白な髪の少年が布団の中で体を起こす。目覚ましが鳴った訳ではなかったが、時計は六時丁度を指していた。

 

「ん……きょう、は」

 

 少年は半目を擦りながら、枕元に置いてあった携帯を手に取り、カレンダー連動のスケジュールアプリを立ちあげる。それはびっしりと打ち込まれ隙間もない程だったが、特別嫌気に溜息をこぼしたりしない。これは普通だ、彼にとっての。

 

(七時から茶道のお稽古、九時からは……。それまでは勉強して、えっと……)

 

 今日一日の予定を頭の中で確認しながら服を着替え、すぐさま勉強机へ向かう。

 朝起きてから初めの稽古までの一時間と最後の稽古からベッドに入るまでの三時間、そこに細々とした休憩時間を合計しておおよそ五時間半。彼に許された自由時間はそれだけだ。もっとも、自主勉強の時間もそこには含まれており、課された量をこなすだけで最低四時間はかかる。つまり、実質的には食事や風呂を含めて一か二時間程度しかないのだ。例え一分でも無駄にできはしなかった。

 

(何から、しようか……あれ?)

 

 机の上に色々な教材を散らかして、おかしいな、と彼は感じた。

 

(だって、おかしい)

 

 朝起きて、着替えて、まず思う事が『なんだか疲れたなぁ』、だなんて誰が考えてもおかしい。おかしいのだが、

 

(何から始めようかな)

 

それでも思うだけ。やることはやる。

 少年の行動は、生活は、人生は、()()変わらない。

 

 

 

――――――

 

 

 

 東京の街のとある一角。そこに、初めて目にする人が十中八九振り返ってしまうような大きな屋敷があった。この街一という訳にはいかなくとも、間違いなく有数の由緒ある名家、その名を祖師谷という。

 その居間で、一人の少女と父親による親子喧嘩が繰り広げられていた。

 

「だから! もっとあの子の事を考えてあげてよ!」

 

 声を荒げて怒りを露わにしている少女の名は祖師谷(そしがや)(ゆう)。この家の長女である。高校一年生であるが身長は一四三センチと低く、長い白髪と赤い瞳はどこかうさぎを彷彿とさせた。

 

「はぁ、こちらの台詞だな。お前はあいつの今だけを見てものを言ってるに過ぎん。数年の我慢で残りの人生が変わる、それを知らない子に成功の道を示してやるのも親の務めだ」

 

 対して、座布団に胡坐をかき、新聞を広げたまま視線も向けずに応えたのは祖師谷家の現当主、博則(ひろのり)。口にしている言葉はもっともらしいものだが、素っ気ないを通り越して、無関心にも近い態度を見ては、それが本心からだと優はとても思えなかった。

 

「やめて、お父さんがそういう事言っても気持ち悪いだけだから。お父さんはただ、都合のいい跡取りが欲しいだけでしょ。別に、あの子個人になんて何にも感じてない癖に」

「知ったような口を利いてくれるな……。あいつは我が祖師谷家の長男だ。本人も望んでいるところだろうさ」

「そんな訳ないでしょ!? 朝から晩まで毎日稽古、稽古、稽古! やりたい事もできないで、学校にも行かせてもらえないで……もっかい言うわよ。もっと! ちゃんと! あの子の事考えてあげてよ!」

 

 言葉に出たとおり、二人が言いあっているのはこの家の長男――更に言えば、優の弟にあたる人物についてだった。

 年は十三。この辺りの人ならば必ず聞いた事があるだろう名門中学に二年生として籍を置いているが、その実、入学してから一度として登校した事は無い。高校なら留年はまず免れないだろうが、中学の原級留置という制度がもはや形骸化してしまっている為、許されている所業だった。

 

「中学校など行くだけ無駄だ。必要無い科目も多いし勉強のペースは遅い。何より、周りから変な影響を受けては困る」

 

 博則の口にした内容は聞く人が聞けば憤慨するだろうもの。だが、学校へ行っていない彼が日々の自主勉強と家庭教師からの指導によって、既に高校卒業レベルの学力を身につけているという事も繕いようのない事実であった。

 

「学校は勉強をするだけの場所じゃないわ。同年代の子たちと友達になって、遊んで、そうやってこみゅに……こみにゅ? コミュニケーション力を高めたり、他にも色々あるんだから!」

「ふん、それで身に付くのは中学生という狭い輪でだけうまくやる方法に過ぎん。大人の世界の処世術を身につけるなら高校を出てからで充分だし、間違った事前知識はむしろ邪魔になる。しかしそうだな、やりたいことか……」

 

 ここにきて、ようやく博則は新聞を下ろし顔を見せる。まだ皺の深くなる年ではなかったが、その顔は見る者に厳格の二文字を思い起こさせた。

 

「なによ?」

「いや、この不毛な時間もそろそろ終わりにしなければ、と思ってな」

 

 二人がしているのはもはや話し合いですらない。相手が意見を曲げないだろう事を察しながらも、平行にある意見を思うがままにぶつけているだけだ。例えば一度や二度なら、将来いつか益に転じる希望もあるが、優の弟が中学に入ってから一年以上、この喧嘩にも近い行為は何度も何度も繰り返し行われているものだった。

 

「はて、あいつは今何をしているかな」

「はぁっ!? ……日曜日の十一時、なら家庭教師の人に勉強を見てもらってる時間ね」

 

 厳しい生活を強いている本人がその現状を把握していないのか、そう激昂しそうになる己を優はすんでの所で律する。口に自由を許せば罵る言葉は無限に湧いて来ただろうが、今ばかりは話を進める事を優先した。

 

「おい」

 

 博則が右手をあげて一言発すると、すぐにサングラスに黒服を着込んだ男が何処からか現れる。そして博則の口元に耳を近付け何かを聞くと、お辞儀をしてその場を去った。

 

「三十分後、もう一度ここに来い」

「何をするつもり?」

「説明は面倒だ。いいから三十分後に来い」

「……わかったわよ」

 

 渋々といった様子で優は言葉に従い、部屋に戻る。

 そして三十分後。優が居間へ戻ってくると、博則は変わらず新聞の上に目を走らせていた。

 

「なによ、これ……?」

 

 しかし、そんな中に一か所だけ異なった点が。

 それは机の上に設置された、一つの大きなディスプレイ。そこには、不安そうな顔を湛えて街を歩く件の少年が映し出されていた。

 

 

 

――――――

 

 

(……、……?)

 

 休日特有の騒がしさを引っ提げて、沢山の人が賑やかな街を形作っている。だからだろうか、独り立ち止り空を仰ぐ存在は少しばかり浮いてしまっていた。

 少年は数十分前の事を思い出す。

 いつもの通り、もう数え切れないほど繰り返した日常の通り、部屋で勉強をしていた時のことだった。突然開かれた部屋の扉から黒服の男が姿を現し、家庭教師にこそこそと何かを告げる。すると、何故か勉強の時間はそこで切り上げられ、続いて男は彼にこう伝えた。

 

『当主様より言伝です。この後の予定はすべてキャンセル、今日は自分の自由に過ごせ、と』

 

 そして口ごたえも、質問さえする暇もなく、ただ財布だけを渡されて家を締め出された。

 

(父様はどうしてこんな……?)

 

 彼の知る限り己の父親は冷徹で合理的な人物だ。感情は確かにあるが、それよりも実利を優先する事が出来るような、そんな。だからこそ、この指示にも何か意味があるはずだと彼は考えた。

 だが、いくら思考を繰り返しても答えへ辿り着ける気配はせず、ひとまずこの問題は保留することにした。

 頭のフリーになった彼が次に捉えたのは『何をするか』という問題。一見悩むまでもないような簡単な問いだが、しかし彼にとってはとてつもない難問だった。ともすればそれは、人の考えを推測する事よりも。

 驚く事なかれ、これは彼にとっておよそ一年半ぶりの外出なのだ。建物という意味での家ならば毎日のように出ているが、祖師谷の敷地を内から跨ぎ出た事は久しくしてなかった。その上、小学生の頃でさえ、学校が終わればすぐに迎えの車が来ており、言うなれば十三年間過ごしていながらここは彼の知らない街だった。

 

(靴屋さん、八百屋さん、アイス屋さん……これは、ゲームセンターってものかな?)

 

 足を進めながら、一歩ごとに首を左右へ回す。その度、目には知識にだけある、見た事の無い物が次々と飛び込んでくる。が、彼はその何処にも足を踏み入れようとしなかった。興味深い、おもしろそう、そう思いはするのだが、入ってそしてその後は? それを考えると足が竦んでしまって実行に移せなかったのだ。

 十分ほど経った頃だろうか、とことこ、とぼとぼと歩き続けていた彼はいつの間にか自分を取り囲んでいた良い匂いに気が付き、足を止めた。

 

(これは……?)

 

 顔をあげると、そこは交差点。そして、先程から彼の鼻孔をくすぐっているものの正体はすぐに見つけられた。

 パン屋、やまぶきベーカリー。彼の左手に角を陣取るその店は、尚も匂いという名の呼びかけを放っており、それに対して一匹の虫が呼応した。

 

「あっ……」

 

 一度鳴いてしまえばもうそれまで。はっきりと知覚された、何かを入れろ、という訴えはここで無視できないものとなった。

 腕時計は無い為、携帯で時間を確認する。

 現在の時刻は十二時過ぎ。昼食を取るタイミングとしては、まさに絶好だといえた。

 そうと決まれば行動は早い。店の前まで移動し、深く息を整える。

 

(お邪魔します……は、おかしいから、失礼いたします……かな? だよね?)

 

 失礼いたします、失礼いたします、と小さな声で何度も呟き、最後に特別大きく息を吐いた。そして、いざ扉を手を掛け――。

 

「お客さん?」

「ひぁっ!?」

「わっ!」

 

 直後、背後から投げかけられた声に大きく体を跳ねさせた。

 反射に任せて振り返ると、そこには一人の少女が立って、驚いた表情とバッグを引っ提げている。そこからは食材やらが覗いており、買い物の帰りだろうことが窺えた。

 

「えっ……あ、え……」

「ちょ、ちょっと、大丈夫!? はい、深呼吸してー……はい、もういっかい」

 

 少年は、予期せぬ事態に半ばパニックに陥いる。息を上手く吸えていない様子の彼に対し、少女は――それが適当な行動かどうかはわからないが――背中を優しくさすった。

 

「……ふー、ふー」

「どう、落ち着いた?」

 

 たっぷり十数秒が経って、少年は落ち着きを取り戻し、軽く頭を下げた。

 

「……ふー。はい、すいません、取り乱してしまいました」

「いやー、こっちこそ急に話しかけちゃってごめんねー……じゃないや、あー、どうもすいませんでした」

 

 ここで少女は、ふと砕けた口調で話してしまっている自分に気が付く。『お客さん?』という言葉から察せられるように、彼女はここ、やまぶきベーカリーの店員だ。常識に当てはめて考えれば、例え相手が子供だったとしても失礼にあたる。

 そういった事で、彼女は言葉を改めた。

 

「…………?」

 

 だが、当の本人は何が何だかわからないといった様子だ。

 

(まぁ、いっか)

 

 それならば、と彼女は態度を元のものに戻し少年の手を引いた。その様子はまるで弟に接する時の様な、それだった。

 

「じゃー、入ろうか」

「は、はい! 失礼いたします!」

「ぷっ、あははは! よーし、一名様ごらいてーん!」

 

 入店時のものとしてはおよそ聞いた事の無い彼の言葉に、少女は同じく普段は口にしないような台詞を放った。

 なんだか、そうしたい気分だった。




普通に留年と書いてもよかったのですが、中学に対して留年とはあまり言わないようだったので原級留置とさせていただきました

ハロハピがメインの話となりますが、彼女たちが登場するのはもう少し先となります

改行具合、どのように感じましたか?

  • 地の文間もっと開けた方がいい
  • セリフ間もっと開けた方が
  • 上記二つとも
  • 特に問題ない

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