びじょとやじゅう   作:彩守 露水

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以下、例のもの

・膝行……膝をついて移動する事。古文単語で『ゐざる』 受験で出ない事もない



第10話「秘密の交代」

「なーんか、新鮮」

 

 いつもとは違う周囲を見渡して、優は呟いた。

 現在彼女たちは、話が完全に片付いた訳ではなくとも一段落はついただろうと、各自弁当を持ち寄って食事タイムに入っていた。

 

「そっか。祖師谷さん、いつもは戸山さんたちと食べてるもんね。よかったの? こっち来て」

「うーん。美咲ちゃんとの朝の件もあってさ、訊かれるんだよね。何があったのって。私も話したいのは山々なんだけど、まだややこしい状態でしょ? だから色々ちゃんと決まるまでは避けたかったっていうか……まぁ、問題ナッシングよ」

 

 たはは、と笑ってサムをアップする優。それを聞くと、彼女の交友関係に実際的な影響を与えてしまっているのだと、美咲は改めて申し訳なく思った。

 

「なんか、ごめんね……」

「もー、それ聞き飽きたよ? その代わり、例の件はよろしくね?」

「あはは、それも耳たこだね……まぁ、期待せずに待っててよ」

「うん、期待して待ってるね! じゃ、ちょっとこころちゃんと話してくる」

 

 弁当片手に優は、膝行(しっこう)のような動きでこころに寄って行く。

 

「こころちゃん、おかずの交換しましょ」

「あら、優。素敵な提案ね。なんでも持っていっていいわよ? いーっぱいあるもの!」

 

 そう言うこころの周りに広がっているのは、段ごとに分けられた重箱。彼女、何のこともない普通の日でもこのような量を持ってくるものだから、消費にはいつも花咲川のハロハピメンバー総出である。おかげで美咲などは最近、朝弁当を作るときにおかずを減らしているとか。

 

「ありがとう! 今まで機会がなかったけど、こころちゃんとはずっと話したいって思ってたんだ」

「そうなの? とっても嬉しいわ。あたしにも優の事、もっと教えてちょうだい!」

 

 こころと共にきゃいきゃいと盛り上がる優を見て、美咲は感嘆した。

 

(祖師谷さん、すごい人だなぁ……)

 

 

 彼女が知る限り、弦巻こころに物怖じせず接することができるのは、香澄然り、はぐみ然り何処かぶっとんだ人ばかりだった。香澄やおたえと一緒になって有咲を疲れさせている場面を知っている美咲は、優にも密かにやばい奴の嫌疑をかけていたのだが、実際に話してみることでその認識は打ち砕かれていた。

 時には高いテンションで周囲とばか騒ぎし、美咲のように騒がしいのが得意ではない人には落ち着いて話ができる。

 

「ねぇねぇ、優。あなたの中のコウはどうすれば出てくるのかしら?」

「うーん、あんまり早い時間から出てくることって滅多に無いのよね……。ちょっと寝たりしたら出てくるのが多いかなぁ」

 

 加えて、このような誤魔化しを自分で咄嗟にしてくれるところも、美咲にはとてもありがたいこと。

 『メイビーぶっ飛びガール』から『人付き合いうま子』へ。美咲の中の優の印象はいつの間にか、そのように移り変わっていた。

 このあと優が意外な健啖ぶりを披露して、めでたくすべての箱はすっからかんとなった。

 

 

 

 特に何事もなく時間は過ぎ、やってきた放課後。香澄たちやはぐみに捕まる前に、急いで教室を脱出した優は普段生徒が使うことはない裏門へ走っていた。

 

「よっ、ほっ!」

 

 鞄は教室に置いてきている。これ以上ない身軽な身体で優がスカートの翻りも気にせず門横の塀を飛び越えると、その先には予定通りに黒の車が止まっていた。周りに誰の目も無いことを確かめ、彼女は車に乗り込む。

 

「よし、じゃあ今日あった事を簡潔に言うよ」

 

 挨拶やら前置きやらをすべて吹っ飛ばして、車内にいた人物へと話しかける。その相手はなんと、もう一人の優だった――。

 

「ん、お願いお姉ちゃん」

 

 というのは傍から見れば、の話。本人同士は互いに相手が誰なのかきちんと理解している。優は弟に向かって、学校での出来事を掻い摘んで説明した。

 

「二重人格、それに名前も一緒って……。それ、よくバレなかったよね?」

「うん、私もそう思う」

 

 ミッシェルの事といい、こころたちは鳥類のインプリンティングに近しい何かでも持っているのだろうか。

 名前が同じ方がコウが対応しやすい事は確かであるのだが、そう疑わずにはいられなかった。

 

「そろそろ教室に戻らないとね。『ちょっと野暮用!』って言って逃げてきたから、あんまり遅いと疑われちゃうし」

「う、うん。そうする」

 

 スライド式の扉を開け、地面を足をつける。一見すればただ優が車に乗って降りただけ。かくして、祖師谷姉弟の入れ替わりマジックは完了したのだった。

 

 

「お、おまたせしました……?」

 

 コウが教室へ戻ると、ハロハピかつ花女の面々が勢ぞろいしていた。対して、ポピパ組の五人の姿はなく先に帰ったのだろうと思われる。

 

「あ、おかえり! ……ん? 『しました』?」

「優は敬語なんて使わないし。もしかして、あなた……」

「はい、コウです。皆さん、昨日ぶりです」

 

 言葉の節々におかしさを感じ取ったらしく、何も言われるまでもなくはぐみたちはその正体を看破した。

 

「ねぇ。ねぇねぇ! 昨日はぐみたちと一緒に演奏して、ハロハピに入ったよね!?」

 

 昨日ぶりという言葉に反応して、はぐみがコウの肩をガッと掴む。昼前に優に『知らない』と言われたことが余程堪えているように見えた。

 

「はい、そうですよ」

「……! だよね! よかったぁ~。あ、そうだ。さっきの授業中にずっと考えてたんだけどね、君のこと何て呼ぼうかなって」

(や、授業はちゃんと受けなって……)

 

 はぐみは同学年以下の友達をあだ名で呼ぶ傾向がある。例をあげれば香澄や有咲をかーくん、あーちゃんと呼んだり、ハロハピ内でもこころん、みーくんなどの名が日常的に使われている。一応、山吹沙綾だけは『さーや』と呼ばれているが、これも『さあや』ではないため、厳密にはあだ名のようなものだ。

 

「『こーちゃん』なんてどうかな? 最初は『こーくん』かなって思ったんだけど、それじゃ弟くんの方と被っちゃうから」

「こーちゃん……。はい、いいと思います」

「ほんと!? 気に入ってくれたならよかった!」

 

 心の底から嬉しそうな様子で、はぐみはコウの名を何度も呼ぶ。昼休みの時の消沈ぶりが嘘のようだった。

 

「全員揃ったし、そろぼち行こっか。また薫さん待たせちゃうし」

「それもそうね。行きましょう」

 

 そこに異論のあるものは誰もおらず、五人は学校を出た。

改行具合、どのように感じましたか?

  • 地の文間もっと開けた方がいい
  • セリフ間もっと開けた方が
  • 上記二つとも
  • 特に問題ない

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