「あー、疲れた! 休憩、休憩!」
「お疲れさまー。はい、タオル」
ハロハピが歓迎パーティーを催している同刻。『Poppin'Party』の五人は市ヶ谷宅にある蔵の地下で練習に励んでいた。
近々披露する予定の曲を一通り練習し終えたということで、一同は休憩に入る。有咲などは、傷んでしまわないか心配な位の勢いでソファへ腰を投げ出していた。
「ああ~、茶がうめえ」
ポピパがここに集まると、練習を始める前に茶菓子などを用意して少し駄弁る事が習慣になっている。その時に入れておいた熱い緑茶が時間を経ることで冷め、疲れた体には丁度良い温度になっていた。
「ねぇねぇ有咲~、なんかお菓子ないの?」
「菓子ぃ? 上に行けばあるけど――いや、飴ならあったな。りみ、そこの棚のどっかに入ってると思うから、ちょっと探してみてくんね? あ、一番上は工具だから」
「うん、わかった」
有咲が、菓子の所在に一番近かったりみに頼む。彼女はそれを快諾し、まず棚の二段目を開けた。
「うーん、ないなぁ」
しかし、目当てのものは見当たらない。ここではないようだ、とりみはめげずに次の段に手を掛けた。
だが、またも目標は存在しない。そこには畳まれた古びた布や、よくわからない置物など、年季の入っていそうなばかりが入っていた。
(……あれ?)
その中に、りみは一つだけ違和感を纏う物を発見した。
それは財布。周囲の物が等しく埃を被っているのに対し、その上だけが何も降り積もっていなかった。
「ねぇ、有咲ちゃん」
「ん? あったか、りみ?」
「ううん、そうじゃないんだけど。このお財布だけ綺麗なのが、なんだか気になっちゃって」
「あー、それな……」
有咲は首だけをりみの方へ向けて何の事を言っているのか確認すると、途端に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「あー! 有咲そんなところに隠してたの!?」
「……香澄の目の届くところに置いておいたら、どうなるかわかったもんじゃねぇからな」
「もう有咲そんなこと言って、いくら私でも他人の物に変なことなんかしたりしないよ!」
「うるせー! お前自分がこれ拾ったときに言ったセリフ思い出してみろよ!?」
「え、えー? 何か言ったっけなぁ……?」
毎度のことながら、まるで漫才かのように会話する二人。状況の飲みこめていない三人から、たえが先んじて割って入った。
「二人とも、何の話をしてるの?」
「いやな、この前の日曜の話なんだけど――」
有咲は呆れ混じりに香澄の仕出かした事を説明する。話が終わる頃には、沙綾とりみは口元に乾いた笑みを浮かべていた。
「有咲、ねこばばは駄目だよ?」
「ちげー! 香澄が変な気起こさないように私が持ってるだけで、ちゃんと返すつもりだっつーの!」
「どうやって?」
「う……」
言葉が詰まる。たえの口にした至極もっともなその疑問は、既に有咲の中で何度も繰り返されたものであったから。
「にしても、香澄は相変わらずだね」
「うーん、私は普通にしてただけなんだけど……あ、そうだ! その子ね、さーやのとこのパン食べてたの。日曜、来なかった? ちっちゃくて白い髪の子なんだ」
「うん、来てたよ」
沙綾は即答する。彼女としてもその少年の事は濃く記憶に残っており、思い出すのに数秒もいらなかった。
「じゃあじゃあ、その子の事何か知らない? 住んでる所とか、よく居る場所とか」
「いや、知らないなぁ。知り合いってわけじゃないし、お店に来たのもその時が初めてだしね」
「えー、ほんとちょっとの事でもいいから、何か知らない?」
「そう言われてもなぁ……」
件の少年と沙綾との関係は、たったの数分一緒にいただけのもの。何も成果は得られないだろうな、と何処かで感じながらも沙綾はあの日の事を回想した。
(買い物から帰ったら、あの子が店の前にいたんだよね。話しかけたらすごいびっくりしちゃって……ふふ、あれはちょっと可愛かったな。それからおすすめのパンを見繕ってあげて、買って、それだけだよね? お会計はちょっとびっくりしたけど。その後はすぐに店を出て行っ――あ)
そして、思い出した。彼が出て行った後、そぞろに覗いた指の枠に映った光景を。
「どう、何かわかった?」
「……ううん、ごめんね」
「そっかー。じゃあ前会ったのも休日だったし、今度の土日にでもあの辺探してみるしかないなぁ」
香澄はそう言って、いつの間にかりみが見つけていた飴を口に放り込む。有咲の好みかそれとも祖母か、味の濃い塩レモン飴は疲れた体によく染みた。
「……で、何かわかったんだ?」
財布の事を過去に皆が思い思いの事をする中、ボソリと有咲が沙綾にだけ聞こえる大きさで問いかけた。
「あー、まぁね。けど、かもしれないってだけだから。不確かな事言う訳にもいかないし、確証が持てたら話すつもりだったよ?」
「ふーん、いいけど」
「ふふ、にしても、有咲は周りの事よく見てるねー?」
「……るせー」
再会のときは、きっとそう遠くない。
――――――
「ただいまー」
辺りが仄かに暗くなってきた頃、沙綾は自宅の扉をくぐっていた。
「姉ちゃんおかえりー!」
「おかえりー!」
「はいはい、ただいま」
出迎えてくれる弟、妹の頭を撫でてやり、階段を上がって自室へ入る。いつもならすぐに着替えて店の手伝いに行くところだが、今日はその前にすると決めていた事が一つだけあったのだ。
「…………」
携帯を取りだし、ある友人に電話をかける。少しの間を経て、電話の向こうから
『ちょっと待ってね。そ、友達……もしもーし。沙綾? 珍しいね、掛けてくるなんて』
「えー、そうかな」
その相手とは、祖師谷優だった。通話の初めに極めて小さな声が入っており、どうやら誰かと話していたらしい。
「誰かと話してたみたいだけど、もしかして今忙しかったかな」
『いや、まぁ確かにちょっと大事な話してたところだけど、別に今じゃないとって訳じゃないから問題ないわよ』
「そっか。あ、ちなみに、それって優の弟くんの話だったりする?」
『あれ、よくわかったわね。そうなの! 今ね、今日あった事をたっぷり聞かせてもら――んん?』
「優、どうかした? ……ふふ」
優の間の抜けた声が聞こえた。電話の向こう側できっと浮かべているだろう表情までもが容易に想像でき、沙綾は失笑してしまう。今自分はずいぶんと意地悪く笑っているのだろうと、彼女はそう思った。
『……私、沙綾に弟がいるって話したことあったっけ?』
「いやー、どうだろうね? 少なくとも私の記憶にはないかなぁ」
『え、えぇ? あれ、どういう事? なんで沙綾が……?』
「わぁ、待った待った、落ち着いて! ちゃんと説明するからさ」
優の混乱を極めた様子に、沙綾は思わずそれを鎮め、説明した。
「前の日曜ね、ある人がうちの店に来たんだ」
『へ、へぇ。そうなんだ』
「……その辺も知ってたね?」
『うえ!? ……まぁ、知ってたけどさ』
途中、その声色から沙綾が指摘をすると見事に的中する。『なんでわかるの、こわ』という声が微かに聞こえた。
「まぁ、私もそれなりに長いこと店の手伝いしてるし、しかも商店街の交差点じゃない? この辺の人はだいたい顔わかるんだけどさ、その子は見た事が無くって」
『……それで?』
「結局その時は特に何も思わなかったんだけど。今日、香澄たちがその子を探してるって知ってさ、色々考えてみたらなんとなく思っただけ。要するに、ほとんど勘みたいなものかな」
『え、それだけでわかったの?』
「髪とか目の色、一緒でしょ? 顔もかなり似てたし。それに、優ってば最近なんか振る舞いが変だったから。見た感じ学校に原因があるわけではなさそうだったし、家で何かあったのかなーって。あと、優の家がお金持ちって事も一つかな」
『…………』
自分が手掛かりにした事象を並べて告げると、しばらく無言の時間が続いた。そしてやっと捻出された言葉は、なんというか、疲れた様子だった。
『沙綾、あんた探偵になれるんじゃない?』
「名探偵沙綾ちゃん、調査に携えるはやまぶきベーカリーのおいしいあんぱん! ……なんてね」
『たまにそういうとこあるわよね、沙綾って……。ま、いいや。白状するとね――』
優は沙綾の茶番を適当にいなし、その事情を細かく話した。長く、それでいて普通の人からすれば突飛な説明だったが、沙綾は何も言わず最後まで静かに頷いていた。
「そっかぁ。それで最近ハロハピの人たちといたんだね」
『うん、最初はさ、沙綾たちに力を貸してもらおうと思ってたんだけどね? たくさん協力者がいればいいって訳でもないし、なりゆきで……』
その言葉の通り、優は初めは弟についてポピパのメンバーを頼るつもりでいた。香澄が周囲を引っ張ってバンドが作られていく様を間近で見ていた故に、彼女ならなんとかしてくれると、そう考えて。
『ごめんね、隠してて。でも、沙綾たちが信用できなかったとか、そんなんじゃ絶対ないから!』
「ふふ、わかってるよ。その代わり、今回の事はいいからさ、他に何か困った事とかあったら遠慮なく相談するんだよ? 友達に、一人で抱え込んでほしくないからさ」
それは実際に自分がそうだったからこその言葉。そこに乗せられた想いは、過去を知っている優に真っ直ぐに響いた。
『うん、約束する。色々落ち着いて、来週くらいになったらこの事も話せると思うから。それまで香澄たちには秘密にしておいてくれない?』
「しょうがないなぁ。わかった」
『ありがと、沙綾!』
こうして優に、気の置けない協力者が一人ばかり増えたのだった。
『話した』って『はなした』か『はなしした』かわかりませんよね
改行具合、どのように感じましたか?
-
地の文間もっと開けた方がいい
-
セリフ間もっと開けた方が
-
上記二つとも
-
特に問題ない