びじょとやじゅう   作:彩守 露水

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第16話「決死の懇願」

「うぇ……紗夜先輩、この子の事知ってるんですか?」

 

 最も警戒していた人物からの疑念に、美咲はひどく動揺した。まさかこの場に祖師谷優を知る人物がいようとは夢にも思っていなかったから。

 『Afterglow』のメンバーは全員が羽丘女子学園の生徒で、『Roselia』も内三名が羽丘で残りは花咲川だがいずれも二年生。花咲川の一年生で、特に部活にも入っていない優と接点があると予想できる人物は一人もいないのだ。だというのに、紗夜は一体なぜ優の事を知っているのか。美咲は次の言葉を緊張の面持ちで待った。

 

「えぇ。ご存知かと思いますが、私は風紀委員をやらせてもらっています。その仕事の関係上で祖師谷さんとはよく会うんですよ。何せ遅刻の常習犯で制服の着こなしも杜撰、私が服装チェックの担当の時なんて毎回注意していますよ? 顔も覚えるというものです」

「あ、あー、なるほど……。うわっ」

 

 そういえばあの人結構不真面目だったっけ。そんな事を内心で思っていた美咲は、あるものが目に入ってしまい意図せずを声を出した。咄嗟に視線を逸らし、その後ゆっくりと元の方向へ戻すと、そこにはやはり険しい表情を湛えた湊友希那が。その口は固く結ばれ動いていないが、音を伴わない大声が彼女の顔からビシビシと伝わってきた。すなわち、そんないい加減な人間が私たちと同じステージに立つのか、と。

 

(…………)

「それに祖師谷さんが楽器を演奏できるという話は聞いた事がありません。白金さんのような前例もありますから一概に言う事はできませんが、腕前の方は大丈夫なのですか? まさか楽器は始めたばかり、なんてことはないですよね?」

 

 オブラートを何処かに忘れてきたらしい、刀のような鋭い言葉が襲いかかる。その圧力に完全にひるんでしまっているコウだったが、そんな彼の前に遂に、黄金の少女が庇うように躍り出た。

 

「コウがどのくらいやってきたのかあたしは知らないけど、キーボードはとっても上手よ? コウが加わったあたしたちの演奏、前よりずっとずーっと楽しくなっているから、紗夜にもぜひ聞いてほしいわ!」

「……はぁ、技術に関してはいったん保留としましょう。それより、さっきから口にしているその『コウ』とは一体何の事なのですか? その子の名前は祖師谷優でしょう?」

 

 こころの言う上手が自分たちの中のそれと基準を同じくするものなのか、など言いたい事が紗夜には山程ある。だがここは敢えてそれらを飲み込み、先程から違和感を発し続ける二文字の言葉へ言及した。

 

「……?」

 

 それに対しこころは可愛らしく小首を傾げたが、数秒考えて何かに思い至ったようで、パンと手を鳴らした。

 

「さっきから何かおかしいと思ってたら、紗夜ったらコウの事を優だと勘違いしていたのね!」

「何を言っているのですか?」

「でも、無理ないと思うわ。あたしも最初はびっくりしたもの。ふふ、実はね、優の中にはもう一人の違う人格がいて、それコウなの! だから、この子はコウで、優じゃないの!」

『……はぁ?』

 

 美咲がたったの数十分ほどででっち上げた紛い物の事情。それを自信満々に説明して見せたこころに、全員が揃って――。

 

「そ、それは封じられし第二の人格みたいな……!? 何それすごい! カッコいい!」

「あ、あこちゃん? 多分嘘だと思うよ……」

「えー! そんなぁ……」

 

 否、若干一名を除き、揃って茫然としている。もしもこの場を切り取った写真が手元にあれば、ポカンと言う文字をマジックで書きいれてしまいたくなるような、そんな空気であった。

 

「弦巻さん、今私は真面目に話をしているのですが――」

「あーっと、すいません。ここからはあたしが代わりに説明しますんで」

 

 とうとう言葉の節々に怒りが滲み始めたのを感知した美咲が、急いでそこに割って入る。紗夜が優と面識があった事はともかく、こころがコウの事を説明してこうした空気を作り上げるというのは、実は彼女が立てていた計画の通りだった。

 

「こころ、ちょっと先にスタジオ入って準備しておいてくれない?」

「どうして?」

「いいからお願い、ね?」

「うーん、美咲がそういうならわかったわ」

「はぐみと薫さんも、こころを手伝ってあげて」

「でもみーくん、今大変な場面じゃないの? なんだかよくわからないけど、こーちゃんが疑われてるんだよね? はぐみも力になりたいよ!」

「はぐみに同感だね。仲間の危機だと知っていながら、それを置いて去るなんて、私にはできないな」

「いやー、うーん、気持ちはありがたいんだけどね……。大丈夫だよ。ちょっとした行き違いが起きちゃってるだけで、少し説明したらすぐ解決するからさ」

「それならいいんだけど……。でも、何かあったらすぐにはぐみたちの事呼んでね? 絶対だよ!」

 

 ちょっとした問答の末に、美咲は三人をこの場から離れさせる事に成功する。そして頭の中でこれから話す事を整理して、紗夜たちが居る方向へ向き直った。

 

「あの三人を行かせたという事は……また何か厄介事でも抱えたみたいですね、奥沢さん?」

「いや本当、いつもご迷惑かけてすいません」

「……別にかまいませんよ。きちんと納得のいく説明をしてくれるのであれば」

 

 美咲とミッシェル。目の前の少女が普段からハロハピというぶっとんだバンドの中で一人二役で苦労している事は紗夜も知るところであり、そんな彼女がこの場に残った。その意味を考えると、先程の怒りを押しのけるように、同情の念が湧いてくる思いだった。

 

「なかなか複雑な事情ですんで、全部この場でとはいきませんが。まぁ、結論から言わせてもらいますと、さっきのこころの言葉、実は半分くらいは本当なんですよ」

「半分が……? 失礼、続けてください」

「はい。それで一体何が本当なのかと言いますと、この子が祖師谷優じゃないって事です」

「またそれですか……」

 

 人が変わっても、主張される内容は同じ。呆れから顔に手をかざした紗夜は、ツカツカと歩み寄ってコウの顔を間近で見つめる。一秒、二秒、三秒とそれを続けたところで、彼女は小さな相違を拾い上げた。

 

「祖師谷さんあなた……少し縮みましたか?」

「そこが違い、ですよ。じゃ、コウくん、もう一回自己紹介しよっか」

「わかりました……。では改めて。付け加えて自己紹介させていただきます。僕は祖師谷コウ。今は訳あってこんな格好ですが、お姉ちゃんの……えっと、祖師谷優の弟です」

「おと……うと?」

 

 二度目の自己紹介。飛び出したその言葉に、紗夜は己の耳を疑った。もしや聞き間違いでもしたか、と周囲を見渡すが皆彼女とまったく同じような表情をしている。その線は、薄いように思われた。

 

「にわかに信じられないのはわかります。でも、本当なんです。あたしとミッシェルの関係はもう皆さん知ってると思いますけど、この子もまぁ、同じ感じの被害者でして。あの三人の中では、コウくんが弟じゃなくて同居する別の人格だってことになってるんですよ。それを誤魔化す為に学校が終わったら、こっそり入れ替わってもらってるんです」

「そんな事が……?」

「どう思う……?」

 

 美咲の補足を聞いて、十人はそれぞれバンドごとに集まった話しあう。普通ならば『あり得ない』と一蹴するところなのだろうが、ハロハピには実際の前例がある。心の底から信じることはなかったが、彼女らは一先ずそれを事実として受け入れることにした。

 

「わかりました。一応、信じましょう。しかし、そうなると……」

「言わんとしてることはわかります。…… 『()()()()バンドパーティ!』ですもんね」

 

 紗夜の言葉を途中に、美咲はその先を語る。それが正解だったかどうかは、紗夜の反応を見れば瞭然だ。

 

「なるほど。既に自覚していて、その上で言っていると。そういう事ですね」

「ガールズバンドのイベントに男子は相応しくない、あたしにも理解できます。その上で! お願いします、コウくんの参加を許してもらえませんか……!」

 

 美咲は必死で頭を下げた。ただ床だけを見て、自分の思いが紗夜に届く事をひたむきに信じて。

 

「しかし――」

「わかってるんです。この件について非はすべてこっち側にあって、頼めるような立場じゃない。全部、わかってるんです……! だからこれは、取引でも、提案でも、何でもない。ただの懇願です。皆さんが許してくれるその可能性に賭けて、縋って、お願いするしか、こちらにはないんです。どうか、どうか、お願いします……!」

「お、お願いします!」

「まだ入ってたったの数日だけど。それでも、もう大切な仲間なの! ハロハピにはコウくんが必要で、コウくんにもハロハピがきっと必要なんだと思う。この子を一人だけ、除けるなんてできない!」

「…………」

 

 後半敬語も忘れて感情を叩きつける美咲。普段は冷静で落ち着いた雰囲気の彼女の激情に、紗夜は面を喰らってしまった。

 

「……私は何も聞きませんでした。ここでは弦巻さんからハロハピの新メンバーである祖師谷()さんを紹介された。それだけです」

「紗夜さん……」

 

 紗夜は厳正な性格の持ち主だ。悪を許さず、常に正しく。例え美咲の言葉が自分の胸を打ったとのだとしても、不正を知りながら見て見ぬふりをする事はできない。だから彼女は、そもそも知らないと、そういう事にした。知らなかったのなら、許すも何もない。紗夜は信念を曲げずにコウもガルパに参加できる、一つの妥協点だった。

 

「ありがとうございます!」

「……正直に言いますと、あなたはもう少し冷めた人間だと思っていました」

「そう、ですね。自分でもびっくりしてます。あと、それを言うならあたしも。実のところ、紗夜先輩は許してくれないだろう、と思っていました」

 

 互いに腹の底を明かして、二人はフフと笑いあう。

 

「おかしな事を言いますね。ガールズバンドに新しく女性が入るのを咎める必要など、ありますか?」

「……いえ、そうですね。すいません変なこと言ってしまって」

 

 そこには普段通りの雰囲気を纏った、美咲と紗夜がいた。

 

「ところで奥沢さん、祖師谷さんはどういった経緯でハロハピに入る事になったのですか?」

「んんんん! やー、それはですねー、んん――」

 

 一件落着。そう思いきや、最後の最後で特大の爆弾は投げいれられた。

 コウの加入の経緯を説明するならば、必然的に一緒になって明らかになる事がいくつかある。彼が身分を偽って女子高に入った事。そして、姉の代わりにテストを受けた事だ。もしこれらがバレてしまえば、紗夜が許す許さないどころの話ではない。下手をすれば罪に問われる可能性すらある。

 

「ちょっと紗夜」

 

 まさに絶体絶命。そんな危機的状況の美咲を救ったのは、長らく黙っていた『Roselia』のボーカル、友希那だった。壁に掛けられた時計を指さして、彼女は言う。

 

「もう予約していた時間よ。絶対に今必要な事以外は後にしてちょうだい」

「……そうですね。わかりました、スタジオに入りましょう」

(よ、よかったぁ~)

 

 廊下の奥に消えていく五人の背を見て、美咲は安堵の息を吐いた。乱れていた呼吸を整え、振り返る。そして、若干の置いてけぼりをくらった異なる五人に話しかけた。

 

「『Afterglow』の皆さんも、大丈夫ですかね?」

「別に。私はもともとどうでもよかったよ。他のバンドに誰が入ったかとか関係なく、あたしたちはあたしたちの演奏をするだけだから。いいよね、つぐみ」

「え、えぇ!? そこで私に振るの!?」

「いや、だってあの子の担当キーボードみたいだし。つぐみが一番関わる事になるでしょ」

 

 蘭に問われ、慌てたのは羽沢つぐみ。これまた美咲には面識がほとんど無かったが、幼馴染たちと接しているのを遠巻きに見たところ、真面目な娘という印象が強かった。

 

「わ、私は全然気にしないし、いいと思うんだけど……」

「どうかした?」

「いや、その子って本当に男の子なのかなぁって思ってたり……」

『あぁ、確かに』

 

 今のコウの外見はまさしく、誰がどう見ても少女のそれ。紗夜は仮に事実として話を進めたが、場が落ち着いてみればつぐみの疑問ももっともな物である。とはいっても、彼女らにその正誤で対応を変えるような気は見られず、ただ単純な興味からの質問のようであった。

 

「男……なんですけど。こんな格好で言っても説得力ないですよね……」

「あー、あたしいい方法思いついちゃったー」

 

 と、ここで初めて声を発したのは青葉モカ。間延びした独特なリズムと口調で、彼女は続ける。

 

「この方法ならー、この子が男の子なのか女の子なのか、もう一発だよー」

「……なんかすごい嫌な予感がするんだけど、一応訊いとこうか。モカ、その方法って?」

「んふふー、そんなの勿論、スカートにお手手を突っ込――」

 

 モカがそれを言い終える前に、蘭がその頭を小突いた。たいして痛くも無いはずだが、その箇所を大げさに擦りながら抗議の声を上げた。

 

「もう蘭ってば、急に叩かないでよー。いーたーいー」

「どうせそんな事だろうとは思ったけど、何しようとしてんの!?」

「やだなー、軽いモカちゃんジョークじゃーん?」

「いやモカ、お前蘭が止めなかったらなんだかんだやるつもりだっただろ……?」

「トモちんまで。そんなことないってば、ほんとだよー?」

 

 モカはそう言うが、長い時を共に過ごしてきた彼女達はわかっていた。こいつはマジでやるつもりだった、と。

 突然悪寒が体を走ったコウは、何故か足をキュッと閉じた。そうしなければならないと、そう感じたのだ。




ゲームではアフロの面々が、三馬鹿がミッシェルの中身を知らない事を知るのはホワイトデーイベの時なんですが……まぁ、いいでしょう。
まだツンツンの頃のろぜりあ

改行具合、どのように感じましたか?

  • 地の文間もっと開けた方がいい
  • セリフ間もっと開けた方が
  • 上記二つとも
  • 特に問題ない
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