『ありがとございましたー!』
合同練習を終えた一同は、礼を言ってスタジオを出た。
「うぅー、疲れたね」
「そ、そうですね……。お疲れ様、です……」
「あの、お二人とも、ご指導いただいてありがとうございました」
「ううん、私もいい練習になったから、お互い様だよ!」
「わ、私も……! そう、思います」
担当がキーボードということでコウは、各バンドのキーボード担当である燐子とつぐみの二人と、特に関係を深めた様子だ。彼女らとコウには『もともとピアノをやっていた』という共通点もあり、キーボードとの差異や癖の治し方まで、細かく指導してもらった。
「あ、そうだ! ねぇねぇ、この後皆でファミレスでも行かない?」
道を歩いている途中、『Afterglow』のリーダーである上原ひまりが声を上げた。
「ひまり? 急になんでさ」
「えー、だってさ、ハロハピに新しく入ったその子、最初に名前言ったくらいで全然話せてないから懇親会……みたいな? 休憩中につぐに聞いたんだけど、すっごいいい子だって!」
曰く、彼女はコウともっと話したいらしい。その持前の明るさでひまりは、自バンドとハロハピ、そして『Roselia』のメンバーにまで詰め寄って、是非を訊いた。
「はぐみ、この後はお店の手伝いしなきゃなんだ。ごめんね……」
「……実は私もなんだ。この時間帯って特にお店が忙しくなっちゃうから……ごめん!」
つぐみとはぐみの家が店をやっている二人が、同じ理由で申し訳なさそうに不参加を伝える。そこから更に、今度は『Roselia』から二人が手を挙げた。
「私は帰って自主練をする予定なので、ここで失礼します」
「そうね、私も。参加する意味がわからないもの」
友希那と紗夜。練習前のやり取りからもわかるが、彼女らはストイックな気がある。言葉もどこか刺々しいところがあり、コウは若干の苦手意識を持ち始めていた。
「白金さんは、どうですか?」
丁度隣にいた燐子にコウが尋ねる。だが彼女は、すぐには答えを返さず困った表情を浮かべた。
「う、参加はしたいけど、今日は八時から緊急クエストが……」
「緊急……急ぎの頼まれ事ですか? 白金さんともっとお話ししてみたかったですけど、それなら仕方ありませんね」
「そうじゃ、ないんだけど……。ごめんね」
そんなズレたやりとりを、苦笑いをしながら一人の少女が見つめていた。
彼女は今井リサ。『Roselia』のベース担当で、バンドのムードメーカー。思わず周囲の世話を焼いてしまう癖があり、二人の事もスタジオを出た時から人知れず気に掛け続けていた。
(緊急クエストって……わかんないけど多分ゲームだよね? 燐子がゲームで無理だって言うんならあこも一緒だろうなぁ)
「うーん、となるとうちのメンバーは皆無理みたいだねー? 『Roselia』がフルで欠席ってのもあれだし、アタシは行こうかな」
「……今井さん、あまりこういった事は言いたくないのですが――」
「アタシが一番自主練が必要だってんでしょ? わかってるって。帰ったらちゃーんとやるからさ」
「なら、いいんですけど……」
紗夜が彼女の事を言い咎めるが、それは軽く躱された。リサの参加が決定し、ひまりはおおいに喜ぶ。ちなみに、残りの『Afterglow』の三人も参加である。
「うちははぐみ以外全員参加かな?」
合意を得る意味合いで美咲はそういったが、今度は薫が一人前に出て首を振った。
「いや、わたしははぐみとつぐみちゃんを送っていく事にするよ。確か、二人の家はすぐ近くだったね? できることなら全員送っていきたいところなのだが……『Roselia』の四人も気をつけて帰るんだよ?」
「薫さんが不参加、と……。そうなると、えっと――」
順々に指を折り、美咲は参加する人数の合計を求める。彼女の手は最終的に、九という数値を示した。
「減ったと言えば減ったけど、それでも九人って結構な大所帯だよね。大丈夫かな?」
美咲のそんな疑念は、『Afterglow』の中でも同様に浮かべられていたらしい。行動の早いもので、ひまりは既に携帯を耳にあてていた。
「……はい、九人なんですけど。えっ、ここからですか? 多分十五分くらいです。はい、本当ですかっ! わかりました、ありがとうございます。お願いします。……みんなー、大丈夫だって!」
無事、店側の承認を得られたようだ。ならあまり待たせるわけにもいいかないと、一同が歩き出すが、ひまりがそこで幼馴染四人に待ったをかける。なにやら嫌な予感のした蘭は、警戒をしながらひまりに問いかけた。
「……ひまり、なに?」
「ふっふっふー、今日こそは皆にも言ってもらうからね!」
予想が寸分違わず的中し、四人は『あぁ、またか』と溜め息を吐いた。
説明をすると、ひまりには何かにつけて号令をとりたがる癖があるのだ。ライブの前は当然として、今のようにただファミレスに行くだけでも。もっとも、彼女のそれがきちんと成功した事は未だ嘗て一度も無いのだが。
「ひまりも懲りないよね。毎度毎度さ」
「それは皆がちっとも乗ってくれないからでしょ!? いいじゃん、一回くらいさー。やってくれたら今度からもうしないからー!」
「もう、そこまで言うなら一回だけね」
「本当!? よーし。じゃあ、これから皆でファミレスに、れっつらー――」
ひまりが拳を固く握って胸の高さで矯める。そして、四人が同じくしたのを確認すると、勢いよく天へと手を突き出した。
「ごー! ……って、もおおおおおお!!」
もちろん、声も手も、数は一人分だけである。
「ご、ごー……?」
「うわああああん、ありがとおお!!」
「ふきゃっ!?」
その少し後ろ、断片だけを聞きとって、よくわからないまま続いたコウへ、ひまりは思いっきり抱きついた。
―――――――
「こちらの席へどうぞ」
それから特に何事も無くファミレスへ着いた一行は、店員に席へ案内されていた。九人が座る席などあるのかと皆は思っていたが、壁際の六人席に隣の四人席を移動させ、むりやり用意をしたようだ。
適当な席にそれぞれ腰を下ろした九人は、三つ置かれていたメニューを別れて手に取る。
「……?」
そしてコウは、そのとりどりの内容に驚愕した。ご飯物だけを見ても和、洋、中が並び、さらに細かく見ればイタリアンにフレンチまで。この店は、彼の知るレストランというものから、どうにもかけ離れていた。
「美咲さん、ここの何屋さんなんでしょう……?」
「んー、ファミレスっていう、なんだろ……食べ物界の、万屋さんみたいな? そこそこのお値段で普通においしい料理が食べれるから、あたしは気に入ってる」
「よ、万屋ですか……なるほど」
「それより、ご飯食べて帰るってちゃんと家に連絡入れた?」
「はい、さっきお姉ちゃんに」
「ん、なら良し。ちゃっちゃと決めちゃおっか」
ファミレスに行き慣れている美咲は気分でチキンソテーセットに、コウは脂っこいものは苦手という事で温そばに決めた。
ベルを鳴らす。やってきた店員は実に九人分もの注文を取ると、長々と内容を繰り返して席を去って行った。これで後は料理が運ばれてくるのを待つのみ。彼女らはここに来たもう一つの目的を、果たしにかかった。
「うーん、何から始めよっか。とりあえず、もう一回自己紹介でもしとく?」
「ひまりに異議なし。結局名前くらいしか言えてないしね」
「よーし、じゃあ私から! 私は上原ひまり。好きな食べ物はチョコで、嫌いなのはシイタケ! 趣味は……なんだろ、コンビニスイーツ食べ比べ的な? あと、『Afterglow』のリーダーだよ、よろしくね!」
「はい、よろしくおねがいし――え、リーダーですか?」
初めに出てくるのが食べ物関連なことや、趣味と言えるか微妙な趣味はまだいい。だが、その最後の言葉だけは、コウもすっと受け入れることができなかった。十数分前、必死に頭を下げた挙句、適当にあしらわれていたあの姿がリーダーのものだというのか。
「一応、ね」
「そうだな、一応」
「皆して何さ、もう!」
「あの、上原さん、周囲をひっぱるだけがリーダーではないと……えっと……」
「くぅ、その優しさがつらい! リサさん、バトンタッチ!」
コウに
「りょーかい。アタシは今井リサ。『Roselia』でベースやってるんだ。趣味は編み物だよ、よろしくね」
「編み物、ですか?」
「あー、今ギャルが編み物? って思ったでしょー!」
(リサさん、またやってるなー)
問い返したコウへ、リサは極めて軽く不平を言う。それを見て、『Afterglow』のギター担当モカがそう心中で呟いた。
この中ではバイトの同僚であるモカだけが知ることだが、このくだりはある種リサの持ちネタのようなものだった。彼女が趣味を編み物だと言うと、初対面の人は大概が困惑する。リサは外見だけの話をすれば、とても編み物をするような人種には見えないから。そこを軽く茶化す事により、ぐっと距離を縮める事が出来るのだ。
しかし、今宵の相手は世にも珍しい正しい意味での生粋の箱入りである。現実はリサの予想する通りには、ならなかった。
「その、ギャル? というのはよくわかりませんが……編み物、とっても素敵な趣味だと思います」
「ッ! じゃ、じゃあ、アタシ筑前煮が好きなんだけどさ、どう思う?」
「どう思う、ですか? えっと、とってもおいしいですよね、筑前煮」
「~~ッ!」
漫画、アニメ、ドラマ、映画。あらゆるホビーから隔離されて生きてきたコウは、ギャルなどという世俗の言葉は知らない。故に先入観や色眼鏡を無しに話すことができ、それがリサの心に刺さったようだ。彼女は目を輝かせ、身を乗り出した。
「やだ、すっごいいい子じゃん! 美咲、うちに頂戴よー」
「いやいや、何言ってんですか。駄目ですよ」
「えー……でも、そっかぁ。コウくんとハロハピはお互いに必要なんだもんねぇ?」
「うっ、それ掘り返しますか? もう、いいじゃないですかぁ」
リサが仄めかしているのは、もちろん『CiRCLE』で美咲がきってみせた啖呵の事である。彼女としては、本来もう少し穏やかに事を済ませる予定だったというのに思わず熱が入ってしまい、黒歴史までは行かなくともあまり思い出したくない出来事となっていた。
「いーじゃん、いーじゃん。あの時の美咲、かっこよかったよ。ねー、コウくん?」
「えっ!? えっと……はい。美咲さん、かっこよかったです……」
話を振られたコウは目線を下に、顔を赤くして答える。その色は美咲にまで波及し、してやったリサは満足げに頷いていた。
「美咲、顔が赤いわよ? 風邪かしら?」
「あーもう、いいから! 次の人!」
何もわかっていない様子で心配をするこころを脇に、美咲は強制的に話題の転換を図る。リサの隣にいた者、それは美竹蘭だった。
「ん、あたし? 名前は美竹蘭……よろしく」
「おい蘭、お前それだけか!?」
「別にいいでしょ」
「もう、それじゃ一回目の時と変わらないでしょ」
「って言っても、これ以上言う事ないし。そっちが何か訊いてよ」
「訊きたい事……。あ、さっきスタジオで自己紹介していただいた時、美竹って名字なんだか聞いたことあるなって思って、練習中に考えてたんですけど……もしかして華道などやっていらっしゃいますか?」
「――は?」
瞬間、空気が凍る。つれない態度をとりながらも、ただそれだけだった蘭が、コウの口から『華道』という単語が出た途端に敵意にも近いものを露わにした。
美竹家は長い歴史を持つ華道の名家である。そこに一人娘として生まれた蘭は当然後継ぎとして華道の技術を仕込まれてきた。それだけならば特に悪い事はなかったのだが、厳格な蘭の父は彼女のしているバンド活動を認めなかったのだ。それが原因で蘭は現在、父との冷戦状態を貫いており、直接何かを言われなくとも関連単語だけで気に障ってしまう程に敏感になっていた。
蘭を除く三人が『あちゃー』と言いたげな顔をしている。
「……なんで?」
「いえ、たまに家に来て僕に華道を教えてくださる方が美竹という名字でしたので……」
「ふーん……え、待って、父さんが?」
繰り返すことになるが、蘭の父は由緒ある華道の名家の現当主である。その関係上確かに華道の教室を開いたり、指導員を送るサービスなどは展開しているが、そういったものに当主が直接出向くだろうか? 普通なら、門下生などを送るはずだ。
「ねぇあんた、もしかして結構いい家の出?」
「普通……とは、ちょっと嘘でも言えないかもです、正直」
「そしがや……祖師谷……思い出した!」
最近はもっぱらバンド活動ばかりだが、それまでは次期当主として教育を施されてきた蘭であるから、その名には聞き覚えがあった。曰く美竹家より遥かに歴史があり家としての格も高い街有数の名家。いずれ関わるかもしれない相手の一つとして、蘭の頭には入れられていた。
「あんた、よく親がバンドなんて許してくれたね」
「親は許してくれたわけでは……」
コウははっきりとした言葉は吐かなかった――いや、吐けなかった。何故なら、彼はハロハピに入っている事を自分の口から親に伝えられていないから。食事の時など、顔を合わせる機会自体はそれなりにあるのだが、父がコウに対して口を聞くことは無く、蘭の問いには曖昧にするしかなかったのだ。
しかし、その態度から蘭はコウに自分と似た境遇を見たようだ。纏う雰囲気が急速にやわらかくなるのがわかった。
「まぁ、なに? もし何か困った事とかあったら言いなよ。ちょっとくらいなら協力してあげないこともないから」
「わお、蘭やっさしー」
「うるさいな。次、モカの番だよ」
「おっけー。あたしはね――」
四人目、青葉モカが自己紹介をしようとしたところで、店員が料理を持ってきた。数が数だけに大きめのトレイを使っている。
「んー、料理も来ちゃったし食べる前にちゃっちゃと自己紹介しとくね。あたしは青葉モカ。食べる事が好きで、特にパンが大好きだよー。気軽にモカちゃんって呼んでね、いえーい」
そう言ってピースを決めるモカの前には、三人分はありそうな料理が並んでいた。
改行具合、どのように感じましたか?
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地の文間もっと開けた方がいい
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セリフ間もっと開けた方が
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上記二つとも
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特に問題ない