びじょとやじゅう   作:彩守 露水

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第18話「思惑の錯綜」

「ちょっと、それ本気で言ってんの!?」

 

 祖師谷宅。食事は一般に家族間の交流の場となるものだが、そこには一家団欒とは口が裂けても言えないような状況が広がっていた。

 事の発端は博則の言葉だった。その内容がどういったものだったかは、もはや口撃の最中(さなか)に優の記憶から薄れていってしまったが、確か生まれて初めての友達との外食をしている彼女の弟を、よく思っていないものだったはずだ。

 

「もういいわよ! ごちそうさま!」

 

 空になった食器を乱暴に机に置き、優は席を立つ。そして、部屋を出る間際に、ありったけの怒りを込めた視線を光らせていった。

 

(ほんっと信じらんない!)

 

 それでも鎮まる事を知らない激情を心中で持て余しながら、優が向かったのは玄関。今日も今日とて、いち早く弟を迎えてやろうと、そう思っていた彼女だが、残念なことにそれは叶わなかった。

 

「……あれ?」

 

 優の辿り着いた玄関。そこには小さな靴が既に綺麗な状態で揃えられていた。

 彼女の記憶では夕食を食べ始めた時点では彼はまだ帰ってきていなかった。つまり、その帰宅は夕食中の出来事。父との口論に熱が入りすぎて気付かなかったと、そういうことだろうか。

 

「おーい……?」

 

 ならば、と優がすぐに弟の部屋に向かう。相変わらずノックをする習慣はないようで、断り無しに軽く扉を開け、小さく暗闇へ呼び掛けた。しかし、数秒待てど返事は来ない。

 

(……寝てるみたい?)

 

 そもそも電気が消えているのだから、考えられるのは寝ているか、今は部屋にいないかのどちらかだ。

 優がグッと目を凝らし続けると、次第に深い黒は薄れ、布団から覗く微かな白が浮かび上がった。果たして、彼は寝ていた。

 

(もう、ちゃんと歯磨きはしたのかしら――って、私じゃないんだし、大丈夫か)

「おやすみ。また明日、ちゃーんとお話聞かせてね」

 

 起こしてしまわぬように、小さな慈しみの声でもって優は言い、部屋を去った。その裏で、一対の赤がずっと煌めいていた事など露ほども知らずに。

 

「…………」

 

 

 

――――――――

 

 

 時は過ぎ翌日、花咲川女子学園の放課後。

 遊びに行く者、バイトに向かう者、家へ帰る者。校舎からは様々な目的地を持つ人たちが溢れているが、ハロハピの五人はそのどこにも属さずにただ屯している。

 

(遅いなぁ……)

 

 彼女達は今、六人目の存在を待ちこけていた。本来なら学校の裏手ですり替わりを果たしたコウがやってきている頃合いなのだが、何故か彼はまだ来ない。授業が終わってからどれほどの時間が経ったかは、他校の生徒である薫が既に到着している事からも瞭然だ。『昨日までは五分かそこらだったのに』、首をかしげる美咲はとうとう携帯を取り出して、電話を掛けた。

 

「……もしもし。いやに遅いけど、何かあった?」

『あ、美咲ちゃん? ちょっとトラブルっていうかなんていうか……とにかく、ごめんだけど先に行っておいてくれる?』

「うん、了解。一応、『CiRCLE』っていうライブハウスね。コウくんは知ってると思うけど」

『わかった。ありがと!』

 

 そこで通話は切られた。携帯の向こう側から拾えた音から判断するに、優は車の中にいたようだ。何かしらのトラブルが起こったらしいが、声色はそこまで焦っているという感じもしなく、深刻なものではないだろうと美咲は推測した。

 

「優ちゃんはなんて?」

「んー、なんかちょっとトラブルだとか。けど、後から行くって言ってたんで、もう出発しちゃいましょう。薫さん、その人だかりどうにかしてくださいねー」

「ふふ、すまないね子猫ちゃんたち。どうやらお別れの時間がやってきてしまったようだ……」

 

 律儀にも、不満の声を上げる女子たち一人一人に別れを告げる薫。おかげで彼女らが出発したのは十分も経ってからだった。

 

 程なくして、五人が到着したのは昨日と同じく『CiRCLE』。そこには既に今日の合同練習相手である二バンドが揃い踏みしていた。片方は昨日に引き続き『Afterglow』。

 

「あ、こんにちは。ハロハピのみんな、今日はよろしくね!」

「はい、こちらこそよろしくおねがいします。彩先輩」

 

 そして他方は、絶賛活動中のアイドルバンド『Pastel*Palettes』だ。実質アイドルと化したバンド、などではなく事務所からきちんと、そう銘打って売り出されている。デビューにこそ少し問題があったが、今ではそれなりの人気を獲得していた。

 リーダーで、且つボーカルの丸山彩が一歩前に出て挨拶をする。無名の頃から付き合ってきたが故、ガルパのメンバー内でその印象は掠れてしまっていたが、屈託のないその笑顔は彼女がアイドルなのだということを再認識させるものだった。

 美咲は壁に掛けられている時計をちらりと盗み見る。予約しておいたスタジオが使える時間まで後五分ほどあり、彼女は練習が始まる前に例の件を話しておく事にした。

 

「パスパレの皆さん、少しお話があるんですが……いいでしょうか?」

「あら、美咲ちゃん。別にかまわないけど」

「なになに、おもしろい話ー?」

 

 ベース担当の白鷺千聖、ギターの氷川日菜。前者が美咲の応対をしていると、そこに後者が好奇心を丸出しに駆け寄ってきた。

 

「簡単に言うと、うちに新メンバーが入ったていう話なんですが。この新メンバーの子っていうのが――あ、ちょっとすいません」

 

 その瞬間、美咲の言葉を途中で遮るようにポケットの中で携帯が鳴った。一言断りを入れて彼女が画面を確認すると、そこには丁度今の話題に関係の深い人物の名前が。通話ボタンを押すと、一瞬の間も置かず大音量の声が電話から美咲の耳を貫いた。

 

『美咲ちゃーーーーん!!』

「痛っ!? ちょ、祖師谷さん、耳痛いって。ちゃんと聞くから落ち着いて落ち着いて」

 

 優の声は非常に危機迫っており、どころか涙ぐんでいるようにさえ聞こえる。少し前に電話した時は『ちょっとトラブル』としか言っていなかったのに、状況が変わってしまったのか。

 

「で、一体何があったの?」

『あの、あのね、いつものとこに行ったら何か来てないからおかしいなって電話したんだけど出なくて! 帰ったら閉じ籠っちゃってて、返事なくてー! 反抗期だよー!?』

「おおう、もっかい言うけど落ち着いて……?」

 

 やっと話したと思えばその内容は支離滅裂で、美咲は思わず苦笑した。時間を掛けて優を落ち着かせ、改めて話を聞き直した。

 曰く、優はコウと入れ替わる為に学校の裏手に行ったのだがそこに彼の姿はなかった。黒服の人が仕事を違えるとは考え難く、どうにも不審に思った彼女は急いで家へと駆けた。ここで連絡を取らずに敢えて足を使った事に特別な理由はない。ただ、彼女がそれを思いつかなかったというだけの話だ。

 そうして辿り着いた自宅。すぐさま弟の元へ馳せ参じようとした優は、しかし部屋のカギにその身体を阻まれた。普段は施錠をすることなどないのに。仕方なく、扉を強く叩きながら大声で彼女は語りかけた。

 訪れたしばしの静寂。そして返ってきた言葉は……。

 

『『今お姉ちゃんとは話したくない』ってええええええ!! 美咲ちゃん助けてええええええ!?』

「いや助けてって言われても、こっちもすぐ練習始まるんだけど……」

 

 電話を耳につけたまま前にいる二人を確認すると、案の定様子は呆然としたものになっている。優の声が大きすぎて、その内容が断片的に届いてしまったようだ。

 

(うわぁ、ややこしくなってきた……)

「ねぇ」

 

 状況が複雑化してき、何から対処したものかと美咲が頭をフル回転させていると、意外なところから助け船が入った。

 

「なんか困ってるみたいだね。昨日のコウ……だっけ? その子に何かあったの?」

「あぁ、うん、そうなんだ。いや、困った……」

「呼ばれてるんでしょ、行ってきなよ」

「いや、でも」

「少し話って、パスパレの人にも昨日と同じ説明するつもりだったんだよね。あたしが代わりにしといてあげよっか?」

「えっ、いいの……?」

 

 それは『Afterglow』の美竹蘭からのものだった。美咲の記憶ではほとんど話したことも無く、彼女にそんな義理はないはずであるが……。

 

「ありがとう、美竹さん。それじゃあお願いしていいかな?」

「ん。ただし、あくまで説明するだけだからね。擁護とかそういうのは一切なしだよ」

「充分! ごめん皆、ちょっと行ってくる!」

 

 感謝の念を背後の蘭に送りながら、美咲は『CiRCLE』から飛び出した。

 

「今からそっち向かう! 祖師谷さんの家って――いや、ごめん。なんでもない」

 

 彼女はその場所を知らないはずなのに、質問を途中で止めた。何故なら、建物から一歩踏み出した瞬間、前に停まる車に気がついたから。

 

「まったく、黒い服の人はどこの家のも優秀だ……!」




初案は五バンドの合同練習で全員集合して説明をするというものでしたが、ポピパとだけ面識があったり、そもそも二十五人も同時に動かす自信がないということでバンドごとに説明をすることに。しかし、同じようなシーンを複数回描写するのもなんだと思い、このような形になりました。

改行具合、どのように感じましたか?

  • 地の文間もっと開けた方がいい
  • セリフ間もっと開けた方が
  • 上記二つとも
  • 特に問題ない
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