「あ、美咲ちゃん。おかえりなさい!」
すっかり気分も持ち直し、『CiRCLE』へと帰ってきた二人は一歩足を踏み入れたところで、雑務中の女性に声を掛けられた。
彼女の名前は月島まりな。一応、名目上はこの店のスタッフということになっている。だが、もはや仕事の大半は彼女によって管理、遂行されており、実質的な店長のような人物だった。最近でこそ、新人のスタッフが入り手伝っているが、それまではどうやって仕事をさばいていたのか不思議なくらいだ。
「それから、こんにちは、コウくん」
そんな彼女であるから、当然彼の事も把握し、また認可している。
実は
『すいません、まりなさん。さっきはロビーで騒がしくしてしまって……』
『あぁ、いいのいいの! 別に他のお客さんがいたわけでもなかったしね』
『ありがとうございます。それで、その内容なんですけど……聞こえてましたよね? いや、よく考えたら紗夜さんに許してもらっても、そもそも店側に許可貰わないと意味ないな、と思い至りまして……どうでしょうか?』
『うん? 全然おっけーだよ。っていうか、ぶっちゃけウチの経営状況考えたら選り好みなんてできる立場じゃないし。むしろこっちとしても、そんな程度の事で大事な出演者を失う訳にはいかないよー』
『え、えぇ……』
と、なんともあっけなく、しょうもなく、許しを得たわけだ。
「すいません、スタジオ何番ですかね?」
現在の時刻は五時四十分。スタジオを取っているのが四時半から七時までなので、ほぼ練習時間の半分が過ぎている事になる。ただでさえ回数の少ない合同練習を少しだって無駄にはできない、と二人は教えられた番号のスタジオへ急いだ。
「すいません、遅れました!」
二重扉の固いノブを上げ、二人はスタジオへ入る。
「あ、帰ってきた」
「もう美咲、今まで何処に行っていたの? ミッシェルも来ないし、連絡がとれるのあなただけなんだから!」
辺りを見回すと、メンバーは誰も楽器を手にしておらず、集まって談笑をしていたり一人で携帯をいじっていたりと、各々自由に過ごしていた。時間的に考えて、丁度休憩中に当たったらしい。
「さっきぶりね、美咲ちゃん」
美咲がやいやいと何か言ってくるこころを捌いていると、その元にある人物が歩み寄ってきた。
白鷺千聖。『Pastel*Palettes』のベース担当で、小さい頃から子役として芸能活動をしてきており、五人の中で芸能人という印象が最も強い。バンドのリーダーというわけではないのだが、その経験豊富さと頭が切れるという点で、難しい話の時には彩に代わって彼女が出てくる事が多々あった。
「こんにちは、白鷺先輩。美竹さんから話は聞いてますか?」
「えぇ。この子が美竹さんの話していた子かしら。初めまして、白鷺千聖よ。よろしくね」
「は、初めまして、祖師谷コウです。よろしくおねがいします、白鷺さん。それから、練習に遅れてしまって申し訳ありません……」
「何か事情があったんでしょう? いいのよ、気にしないで」
千聖は極普通に受け答えをしていた。その様子はとても朗らかで、何かマイナス的な感情を抱えているようには見えない。
「えっと……その反応を見る限り、受け入れてもらえたということでいいんですかね?」
「えぇ。私だけじゃなく、パスパレ全員ね。別に、私達に不都合がある訳でもなさそうだったから」
「はぁ、よかったぁ……」
懸念がまた一つ杞憂と変わり、美咲はほっと胸をなでおろした。パスパレのメンバーは総じて良い人だと彼女は思っているが、美咲の知らない芸能界特有のしきたりなどが存在する可能性もあり得たのだから。
「日菜ちゃんとイヴちゃんは今飲み物を買いに行っているから、先に後の二人を紹介しておきましょうか。おーい、彩ちゃん、麻弥ちゃん」
千聖がスタジオの奥の方へ呼び掛けると、今度は二人の人物がやってきた。
「どうもです、奥沢さん」
「こんにちは美咲ちゃん。……と、確かコウくん、だったかな? 初めまして」
一人は『Pastel*Palettes』のリーダー、丸山彩。他方は、ドラム担当の大和麻弥。二人は、中腰になってコウと目線の高さを合わせて挨拶をした。
「初めまして、祖師谷コウといいます。えっと、丸山さんと大和さん……ですよね?」
事前に美咲に聞かせてもらっていた情報をもとに、コウは二人の名前を当ててみせる。実は半分推測混じりで確信を伴っていない言葉だったのだが、それを受け取った彩は突然舞い上がった。
「ち、千聖ちゃん! 私まだ名前言ってないのに……知ってくれてるみたい! えへへ、私たちも有名になってきたってことかな」
「え、えぇ。そうかもしれないわね……?」
もちろん、生まれてこの方テレビなどまともに見たことがないコウに限ってそんなはずはないのだが……それを彩に知る由はなかった。
「ただいまー! って、あれ? 知らない子がいるー、こんにちは!」
そこで突然、扉から人影が飛び込んできた。その腕の中には、ジュースが複数抱えられている。
「わっ……は、初めまして。氷川日菜さん……ですよね?」
「うん、そうだよ。そういう君は……ふんふん」
ギター担当の氷川日菜。こころに似た突飛なところがあり、バンド内のトラブルメイカーだ。大抵の事は一目見ればできてしまう、一般に天才と呼ばれる類の者で、それ故に無意識のうちに他人を攻撃してしまっているという事態が起こる。一部で、天災と呼ばれている事は秘密だ。
そんな彼女はなんの遠慮もなし、コウの身体を上から下までじっくり観察した。
「蘭ちゃんが言ってた子だね? 話聞いた時から、ずっとおもしろそうって思ってたんだよー! ねね、ちょっとお話ししよーよ」
「あ、えっと……休憩時間中でしたら――」
「うーん、あたし事情知ってるんだよ? っていうか、ここの全員知ってるんだし。演技じゃなくて、普通に喋ってよくない?」
「演技、ですか……? すいません、何の事を言っているのでしょう?」
「えー」
意味不明な日菜の言葉にコウが首をかしげると、彼女は不服気に再度目の前の少年の姿を視線で舐めまわす。それから、落胆を隠そうともしない溜め息を、堂々と吐いた。
「ちょっと日菜ちゃん、目の前で溜め息なんて失礼だよ!? いきなり、どうしたの?」
「だってさー? 女の子の恰好してる男の子だって聞いてたから楽しみにしてたのにさ、話し方も態度も全然男の子っぽくないし……。これじゃ本当にただの女の子みたいで、ちっともるんっ♪ とこないよ」
「うぐ……」
包み隠さぬ日菜の尖った言葉が突き刺さり、コウは思わず呻いた。姉に頼まれ女装をするようになって五日。その内容は彼自身、少しばかり自覚していることであった。
「……ごめんなさい」
「別にいいけどさー? もう、私行くね。はい彩ちゃん、パース」
「わっ、と、と……って、何これ!?」
日菜はすっかりコウへの興味を失くしたようで、謝罪もなおざりに流す。そして、彩にトマトミルクと書かれた缶を放って、去っていった。
「ご、ごめんね! 日菜ちゃん、悪い子じゃないんだけど、たまにああいうところがあって……。で、でも、私も君はすっごく可愛いと思うし! 女の子みたいでも、全然大丈夫だよ思うよ!?」
「彩ちゃん? それ、フォローになってないどころか、追い打ちになってしまっていると思うのだけれど……」
「あ、あー確かに! ごめんね!?」
わたわたと、彩が空回る様子を美咲は、麻弥と顔を合わせて苦笑いをした。
「パスパレの皆さんも、賑やかで楽しそうで……色々大変そうですね」
「あはは、ハロハピの皆さんほどではないですよ」
そんな会話をする二人は、背後で顔を半分だけ覗かせてコウを見つめる何者かに、気付いていなかった。
改行具合、どのように感じましたか?
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地の文間もっと開けた方がいい
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セリフ間もっと開けた方が
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上記二つとも
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特に問題ない