「ほんっとにごめんね! さっきのは日菜ちゃんに流されてつい言っちゃったっていうか、言葉の綾というか……」
「いえ、いいんです……。どう言い繕っても、事実なのは変わりませんから……」
「あっと、えっと……あ、そうだ! パスパレに、まだ君に紹介してない子がいるの。イヴちゃんっていうんだけど」
迂闊な失言からコウを落ち込ませてしまった彩は、先程からずっと謝罪を続けていた。ただ、それはどうにも効果を現していないようで、彼女は話題を転換を図った。
「って、あれ、イヴちゃんは? 麻弥ちゃーん、イヴちゃん何処いったか――え」
思えば、イヴと共に飲み物を買いに行ったはずの日菜は何故か、腕いっぱいに飲み物を抱えて帰ってきていた。普通に考えれば、二人が分担して持ってくればいいはずなのに。
本来訊くべき相手である日菜は既に何処かへ行ってしまったので、代わりに麻弥に尋ねようと彩はその方向へ向き……気付いた。
「イヴちゃん……何してるの?」
その探し人が、開けっ放しに扉から顔を半分覗かせてこちらをじっと見つめている事に。彩が呼びかけるとイヴは、おずおずと全貌を顕にし、二人の元へ寄ってきた。が、顔にはまだ怪訝の念が残っている。
「皺、寄っちゃってるよ。イヴちゃん、一体どうしたの?」
尋ねると、イヴはポツポツと事情を話し始めた。
まず、日菜と二人で飲み物を買いに行ったイヴは、スタジオに戻る途中で最近『CiRCLE』に加わった新人スタッフを見つける。ガルパについて運営側に確認しておきたい事があった彼女は、飲み物を日菜に任せてしばらくその場で話をした。そして、話を終えたイヴがスタジオへ戻ると、そこにいたのはこの場にいるはずのない人物。思わず、隠れてしまったのだと。
「本当はすぐに出ていこうと思ってたんですけど、ヒナさんの事などでタイミングを逃してしまいまして……」
「なるほどね。それで、あんなところに。……ん? その説明をし方だとイヴちゃん、この子の事知ってるの?」
「そう、それです! どうして、ユウさんがここにいるんですか?」
状況を正しく把握した彩が、浮かんだ疑問を口からこぼすと、イヴは食い気味に声を上げる。
「もう、蘭ちゃんが説明してくれたでしょ? ハロハピに新しい子が入るって」
「その話は覚えていますけど……はっ、まさか!?」
その瞬間、彼女の中の散り散りだった二つの要素が糸で繋がった。
「もしや、ユウさんではないのですか……?」
「美竹さんから聞いていたのでは……?」
「そう、なのですが……なにぶん、大雑把にだけだったので」
つまり、女装をした男子がハロハピに入る、と聞いてはいたが、詳しい名前や容姿などは聞いていなかったのだ。彼女としても、まさかそれだけの情報で、その人物が知り合いにそっくりだと予想などできるはずもない。
「では、初めましてになりますね。どうも、若宮イヴです! よろしくお願いしますね」
「……そう、ですね。初めまして、祖師谷コウといいます。お姉ちゃんがいつもお世話になっています」
一瞬の逡巡の後、その違和感がこびり付いた挨拶をコウは受け入れた。そこには、彼からすればイヴが既に会ったことのある人だとしても、相手にとっては完全な初対面だという事に加えて、もう一つとある事情があった。
「むむむ、どこからどう見てもユウさんですね」
じっくりと、コウの事を見つめたイヴは感嘆を漏らす。そこで、今まで話を聞いていただけだった美咲が、やってきた。
「若宮さんはコウくんのお姉さんと知り合いだったんだね」
「あ、ミサキさん。はい、ユウさんとはクラスメイトで、結構お話もするんですよ?」
「へー、クラスメイトでも見分けがつかないなんて、本当にそっくりなんだね」
彩の驚く通り、もしも優と女装したコウが横に並んだならば、双子を名乗っても誰ひとり疑問に思う事はないだろう。それ程、二人の容姿は似通っている。
「はい! これなら二人で入れ替わって、変わり身の術ができそうです!」
「んんん!? そ、そうだね。できるかもね」
(まさか、ほんとにやってたとは言えないよね……)
数日前、具体的に挙げれば沙綾と三人で遊んだ日あたりまで、美咲は特に何も考えずに事情のバレた者へは姉弟の入れ替わりの件を伝えてきた。だが、昨日の紗夜とのやり取りを経て、それが非常に不用意な行為だと、考えを改めていた。美咲からすれば友達がしてしまったおちゃめで、『おいおい』くらいにしか思わないが、客観的に見ればそれどころではない。
現状、優とコウの事情を、テストを代わりに受けたことまで知っているのは美咲、沙綾、花音の三人だけだ。優曰く、ポピパのメンバーにも近日中に暴露する予定だそうだが、どういった経路で紗夜まで情報が回ってしまうかわからない以上、話す相手は人柄の良さだけでなく口の堅さまで考える必要があるだろう。先ほどコウがイヴに初対面の態度を貫いたのも、これが理由だ。少しおっちょこちょいな気のある彼がきちんとやってくれるか、美咲はその実、内心冷や汗が滲む思いであった。
「あー、それよりさ。この子、若宮さんと一緒でキーボードの担当だからさ、是非色々教えてあげてやってよ」
「そうなのですか? もちろん。私にお任せください!」
好奇心旺盛なイヴにこれ以上言及されるのを避けるため、少し強引に美咲は話を反らす。
と、そこでスタジオ内にギターの音が響く。見ると、『Afterglow』の青葉モカがチューナーをとりつけて音を合わせていた。たったそれだけで誰が何を言った訳でもないが、皆一様にそれぞれの楽器へ手を伸ばす。
「再開、みたいね」
「えぇ、そうですね」
練習も既に終わり、帰り道。コウは、美咲と花音とあるY字路にいた。
「なんだかんだ、皆さん受け入れてくれてよかったです」
「うん、そうだね。昨日の紗夜ちゃんの件は、ちょっとだけハラハラしたけど……」
「それはまぁ、正直心臓が飛び出るかと思いましたよ……あはは」
その当時の事を考えて、美咲は苦笑した。今でも、思い出すだけで心臓が早鐘を打ち始める。
「あ、そろそろ行かなきゃ。ちょっと話しすぎちゃったね」
このY字路はコウ、美咲と花音の帰途が丁度分かれる場所なのだ。ここに着いた時点でしていた話が切りの良いところではなかった為、こうして立ち止まって話をしていた。
「じゃあコウくん、美咲ちゃん、また明日」
「花音さん、また明日」
「はい、また明日」
去っていく花音に、角を曲がって見えなくなるまで二人は手を振る。そして、その影すら曲がり角の向こうへ消えていったのを確認すると、顔を合わせ笑み合った。理由なんてものは、特になかったはずだ。
「……行こっか」
「そうですね」
足を再び進め、とりとめのない話を始める。他愛のない話をするという、どこまでも普通な行為が、今の二人にはとても楽しく感じられた。
楽しい時間はすぐに過ぎる、とは言われ古した言葉だが、美咲は今それを実際にその身に痛感していた。数時間前に居た大きな屋敷、コウの家が二人の目前にはあった。
「それじゃ、バイバイ」
「はい、さようなら」
短い言葉で別れの挨拶をして、美咲は再度自分の帰途に就く。背後では、どうにもよく似た二つの声が、実に楽しげに交わされていた。
『さぁ、お姉ちゃん署に連行よ!』
『うん。僕もお姉ちゃんに聞いてもらい事が、いーっぱいあるから!』
改行具合、どのように感じましたか?
-
地の文間もっと開けた方がいい
-
セリフ間もっと開けた方が
-
上記二つとも
-
特に問題ない