日は変わり、土曜日がやってきた。
休日故、外に見える人の数が倍増したかと見紛うような都内。その内のとある駅の改札から、一人の少女が姿を現した。彼女は自分の左手首を一瞥して溜め息を吐くと、帽子のつばに手を掛けて日光を避けるように角度を深くした。
(……はぁ、早く着きすぎたなぁ)
その少女――奥沢美咲は、すっかり自分に呆れた。決めておいた集合時間までにはまだ約四十五分ほど。約束事には時間の余裕を持って行動するよう心掛けている美咲だが、いくらなんでもこれは早すぎる。普通なら十分、重要な案件でも精々が二十分前というところであろうに。
(ちょっとの間、暇になるな……。ま、いいけどね。だって――あれ?」
待ち合わせ場所に歩いて向かいながら、美咲は心の中で自分に言い訳をしようとする。だが、目的地が一定まで近付いてその地点の様子が目に映った時、彼女の思考は乱れた。まるで何か信じられないものでも見たような様子で再度手首へ目をやると、美咲はその者の元へ足を動かした。
「おはようございます、花音さん。随分と早いですね」
「あ、あれ、美咲ちゃん? おはよう。美咲ちゃんこそ、早いね?」
視界の外から声を掛けられて驚いた花音は、挨拶をして広場の時計を見る。
「花音さん……もしかして大分前からいました?」
美咲が、怪しむようにそう言った。見ると、花音の首元などは薄く汗が滲んでいる。彼女が美咲と同じように今駅から出てきたところなら、内部は冷房が強く効いていたのでそうはならないはず。よって、おそらくこの太陽が燦々と輝く中で、それなりの時間を過ごしたということだろう。
「集合って、十二時で合ってますよね? いつからここにいるんですか?」
「えっと……十一時前くらい、かな?」
「えぇ……」
誰もの度肝を抜く、まさかの一時間前行動である。四十五分前にやってきてしまった美咲も大概だと言えるが、上には上がいたようだ。
「ちゃ、ちゃんと理由はあるんだよ? コウくんってすごい真面目だから、時間に余裕をもって行動しそうでしょ? だから、それより早く着いておきたいなって考えてて、気付いたら……」
「……ふふ。あぁ、なるほど、そういうことですね」
「もう、あんまり笑わないで」
花音のその理由を聞いて、美咲は失笑をしてしまった。ただそれは、花音の事を馬鹿にしているだとか、そういった類のものではなく……。
「いえ、私もまったく同じ理由で早く来てしまったものですから、おかしくって」
「そ、そうなの?」
美咲がそう言うと、花音はほっと胸をなでおろした。
さて、彼女たち二人が何故こうして、外で落ちあっているのかというと……ずばり、三日前の埋め合わせである。その日といえば、美咲がコウと沙綾と共に手芸店に出向いた日。当日、本来二人に同行する予定だった花音は部活で同行できなかった。
そして後日、花音は美咲からその日の様子を聞き、反射的に今日の事を提案したのだ。
「えへへ、楽しみだね?」
彼女の今日したい事はもう決まっている。だからこそ、昼過ぎという遊びに行くには少し遅い集合時間を設定した。もっとも、その意味はあまりなかったようだが。
周りに立っている、そちらもまた待ち合わせをしているのだろう人の邪魔にならないよう気をつけながら二人が話していると、にわかに美咲の携帯が鳴った。画面をつけてみると、『11:25』という時刻の下にコウの名前と通話マークが光っていた。
「ちょっとすいません……はい、もしもし。コウくん、どうしたの?」
『美咲さん、助けてくださいぃ……』
花音に断りを入れて美咲が電話に出ると、耳にはコウの助けを求める声が届いた。若干のデジャヴを感じながらも美咲は事情を伺う。
「はぁ? 服がねぇ……なるほど、確かに」
聞けば、この外出に着て行く服がないらしい。最初一瞬、何を言っているんだ、と思った美咲だったが、考えてみればそれも納得なものだと気付いた。
彼は小学生の頃から、私用で外に出たことがない。ここ数日になってその機会が訪れたが、それらはすべて姉の制服を着てのこと。家の中で過ごす為の衣服ならいくらでもあるのだが、今の身体に合う外行きの服を持っていなかった。
『どうしたらいいでしょう……』
「って、言われてもなぁ。正直私が今何かして、すぐどうにかなる問題じゃないし」
男子中学生と抽象的に考えれば、その成長具合によって父親の服を借りるなどの選択肢を取れる可能性もあるが、彼個人に焦点を合わせるとそれは望むべくもない。美咲が今から服を買って届ける事も可能であるが、それでは集合時間に間に合わないだろうし、彼の望むところでもないだろう。はてさてどうしたものか、と美咲が頭の悩ませていると、電話の向こうにもう一つの声が加わった。
『ちょっと、もうすぐ出るって言ってた時間だけど……って、まだ着替えてもないじゃない!』
『あ、お姉ちゃん。実は――』
姉、優の登場である。心配から部屋の様子を確かめに来た彼女に、コウは事情を説明し始めた。
『ふんふん、そういうことなら任せて! お姉ちゃんに良い考えがあるから!』
『えっ、お姉ちゃんのその表情ちょっと不安なんだけど』
『いいからいいから。急がないと間に合わなくなっちゃうわよー?』
『あぁ、もう、引っ張らないでってば!』
その話が終わるなり、姉弟のドタドタコメディーが始まり、すぐにフェードアウトする。離れたその場所の事など何も見えはしないが、美咲の頭にはその情景がありありと浮かんでいた。
「美咲ちゃん……? コウくん、何だって?」
「あー、なんかもう大丈夫みたいです」
「そ、そうなの?」
結局、解決策がなにもわからないまま電話は切れてしまったが、多分大丈夫だろう、と美咲は漠然とそう思った。
それからおよそ二十分後。少し人の減った広場で美咲と花音が変わらず話していると、駅とは反対の方向から二人のいる方向へタッタッと軽い足音が近づいてきた。その存在に先に気がついた美咲が、服を少し引っ張って花音をその方へ向かせる。
「はぁ、はぁ、すいません、遅れてしまいました……」
「ううん、私たちが早く来すぎちゃってるだけだから、気にしないで?」
「そうそう。なんだかんだ、まだ集合十五分前だしね。にしても……」
「うん……」
一般に理想と言われやすい十五分前行動を知らずに実行していたコウは、しかし二人を待たせたという事実にのみ着目して謝罪をした。だが二人は、強いて言えば自分たちが悪いということを自覚していた為、それを受け取らない。と言うよりも、美咲と花音にはそれより気になりすぎる事が目前にあった。
「コウくん、かわいい……!」
「うん。花音さんに同じ、かな」
「い、言わないでください!」
実を言うと美咲には電話の時点で若干の予想が出来ていたのだが、果たして、現れたコウはここ数日美咲たちが見慣れた姿をしていた。今日はハロハピとして活動するわけではないので、コウが姉のフリをする必要は微塵もないのだが、髪を一つに括りワンピースを纏う彼の恰好は、どこからどう見ても女の子のそれである。
二人がコウの姿に素直な感想を述べると、彼は抗議の声を上げた。初犯の花音はともかく、もう一人にはその褒め言葉を使ってコウをからかった前科がある。美咲の方だけに、コウはひっそり不満の視線を送った。
「いや、待ってよ。男の子がかわいいって言われて複雑なのは、理解できないこともないけどさ? その恰好じゃ、言われても文句言えないと思うよ?」
「うっ……」
コウは反論ができない。美咲の言い分は至極もっともなものであり、完全に丸めこまれてしまった。
「そ、それより、今日は一体何をするんですか?」
「ん、三日前と同じだよ。コウくんに楽しい事を教えてあげようってね。今日の先生は、花音さんです」
「その、参考になるかは不安だけど、私の『楽しい』を精一杯教えるから、よろしくね」
「花音さん……はい、よろしくおねがいします」
「それじゃ、出発しましょう」
太陽を丁度真上に、三人は歩きだした。
今回の話、ただ集合しただけ! 進むの遅ぇ!
改行具合、どのように感じましたか?
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地の文間もっと開けた方がいい
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セリフ間もっと開けた方が
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上記二つとも
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特に問題ない