「ところで、これは何処に向かってるんですか?」
駅から歩きだして数分、コウは相変わらず自分の手を握る二人に問いかけた。彼女たちは迷いなく何処かに向かっているようだが、コウはただ手を引かれるままに進んでいるだけ。
その問いかけに答えたのは花音の方だった。
「その事なんだけど……コウくん、あの時あげた紅茶はもう飲んでくれた?」
「あ、そういえば言い忘れてました……。はい、まだ全部ではないですけど、少しづついただいてますよ。どれも新鮮で、違った味で、とってもおいしかったです」
あの時、とはずばり新生ハロハピ結成パーティーの事だ。
「私、紅茶とかが好きでね、休日にはよくカフェ巡りなんかをしてるんだ。それで、今日はおすすめのお店なんかを紹介したいなぁって……」
「カフェ……といいますと、確かコーヒーや紅茶と一緒に甘味を食べるお店ですよね?」
「う、うん。大体合ってるんだけど、普通そんな言い方はしないかな……」
コウの独特の言い回しに、花音も思わず苦笑いをする。直接体験が伴わず、知識だけが先行した結果であった。
「それでは、今はカフェに向かっているんですか?」
「いや、違うよ。カフェに行くには先に腹ごなしをしておかないとね……ってことで、今目指してるのはファミレス」
「ファミレス? 一昨日も行きませんでしたっけ?」
「ま、ファミレスだからね。色んなメニューがあるから、むしろ連日でも問題ないくらいだよ」
わかってないなぁ、と美咲はファミレスがいかに素晴らしいかを解説をしてくれる。好きな食べ物と訊かれて『ファミレスの料理』と答える程、彼女はそれを気にいっていた。
そうしてやってきた有名ファミリーレストラン。一昨日に親睦会が開かれた時とはまた別の店舗だ。
昼時という事で店内には客が溢れかえっており、どころかお待ちまでもがいる様子だった。軽く見ただけでも三組、予約だけとって外で待っている組もいる可能性を考えると、どれだけ早くとも十五分は掛かりそうだ。
「名前書かなきゃ――っと、ごめん。代わりに書いておいてくれる?」
「え、名前を書いてくればいいんですか……?」
「うん、一番上の空欄に書いてくれたらいいから」
美咲が予約板に名前を書きに行こうとしたところで、彼女の携帯がポケットで鳴る。そこで、何の腹積もりも無く、一番近くにいたコウへその役目を託した。
(こころからか。なになに……『明日皆で何処かに行こうと思うのだけど、何処がいいかしら?』か。はぁ、もう今更だけど事前に許可取ってほしいもんだよね。明日空いてなかったら、どうするつもりだったのさ……)
大きく溜め息をつき、美咲は『何処でも、任せる』とだけ返信して画面を消す。またいつもの思いつきなのだろうが、こころの行動の突飛さにも困ったものである。
「急に溜め息吐いて、美咲ちゃんどうかしたの?」
「あー、多分その内グループトークの方でも言いだすと思いますけど、こころが明日何処かに行こうって……」
「あはは、また急だね」
「まったくですよ」
「あの、名前書いてきました……よ?」
無事に任務を遂行してきたらしいコウに、美咲はありがとうと述べて頭を撫でる。
「あ……わ、私も!」
(なんなんでしょう、これ……)
すると、一体何に対抗心を燃やしたのか花音もコウの頭へ手を伸ばした。自分の頭の上で二つの手が縄張り争いを繰り広げられて、本人は居心地が悪そうだ。
それからおよそ十分。予想以上にするするとお待ちは捌けていき、遂に三人の順番が次というところまでやってきた。
「三名でお待ちの祖師谷……えっと、こう様? はいらっしゃいますか?」
「はい」
少しつまりながら、店員がコウの
「コウくん、もしかしてフルネーム書いてきたの?」
「……? 美咲さん、名前を書いてきてって言いませんでしたか?」
「いや、言ったけど……。まぁ、いいや。行こ」
それが、店員が一瞬口ごもった理由。こういった時には名字だけを平または片仮名で書くのが一般的で、漢字で氏名両方を記すような輩はそういないだろう。
店員が誘導する方へ三人そろって進んでいく。その途中で美咲は、件の板をちらりと盗み見た。そこに特別な思惑はなく、他人がやらかした場所に自然に目がいってしまった、という程度。
(祖師谷……幸?)
そこで美咲は意外な情報――コウの名の漢字を、偶然にも知った。
姉が『優しい』と書いてユウ。弟は『幸せ』と書いてコウ。なるほど、姉弟らしい似た名前だ。
(そっか、コウくんってそんな漢字書いたんだ……)
名前を記す機会の多い学校の友人などならいざ知れず、幸との関係は放課後だけのもの。当然それを目にするタイミングなどないし、もしかすれば彼も美咲の事を『岬』だとか『三咲』だとかだと思っているかもしれない。
(ちょっと驚いたけど、まぁ別に、だから何? って感じだよね)
「この後カフェ行くんだから、あんまりお腹一杯まで食べないようにね」
取り乱すことも無く、美咲は普段通りの様子で注意をした。
昼食をとり終え、三人は再び街を歩いていた。辺りの景色は幸にとって見慣れぬ街から若干知れた様子に移ろっている。端的に言えば、そこは商店街だった。
「花音さんのおすすめのお店は商店街にあるんですか?」
「うん、もうちょっとで着くよ」
そんな話をしながら更に足を進める事およそ十分。とある交差点に差し掛かった辺りで花音が足を止め、言った。
「ここだよ」
(……?)
その言葉を聞き顔を前方に向けたコウは、その目に映ったものに首を傾げた。何故なら、そこにあったのは彼のよく知るある店だったから。
「ここ、パン屋さんですよね?」
「あ、そっちじゃないんだ。こっちだよ」
やまぶきベーカリー。コウが数年ぶりに家を飛び出て初めて入った店だ。だが、彼女の言葉が指していたのはその建物ではないらしい。改めて花音が、今度は指で指したのはその向かいに建っていた店。
「ここが私のおすすめのお店の一つ、羽沢珈琲店だよ」
「はざ、わ……? 羽沢というと、確か……」
「うん、ここはつぐみちゃんの実家なんだ。けど、別に知り合いだから贔屓してるとかじゃなくて、本当に美味しいんだよ」
「あたしも何回かだけ来た事ありますけど、確かに美味しかったですねー」
あまり店の前で居座っていても迷惑が掛かるという事で、三人は店へ入る。
「……あ」
その際に、幸は店のガラス越しに手を振ってくる沙綾の姿を視界の端に見た気がした。
「いらっしゃいませ! 何名様で――あ、花音さん」
「こんにちは、つぐみちゃん。今、席空いてるかな?」
「えっと、三名様ですかね? はい、大丈夫ですよ。ご案内しますね!」
店内はそれなりに混んでいたが満員という程でもなく、運よく空いていた窓際のテーブル席へ三人は着いた。
「ご注文が決まりましたら、またお呼びください」
今は従業員モードだとでも言うのか、普段から先輩などに使うものより更に堅い敬語で言い残し、つぐみはメニューを置いて去っていった。
「うーん、今日はどれにしようかな?」
メニューを開き、花音はむむむと唸る。だが、この悩む時間こそがカフェ巡りとする上で、彼女の最も楽しいと考える時間でもあった。
「あたしはなんか今重めが良い気分なんで、このベイクドチーズケーキにしましょうかね」
「じゃあ私はさっぱり系のレモンのムースケーキにしようかな」
「あー、それもいいですねー。コウくんはどうする?」
「えっと……」
美咲と花音の二人がパパッと食べる物を決めてしまう間、幸はずっとメニューを見つめていたはずだが、まだ決まらない様子。
「って、そうか。コウくんケーキとかあんまり食べないだろうし、そもそもよくわかんないか」
「すいません……」
「ならもう、いっそのことこれでいいんじゃない?」
そう言って美咲が指さした先には『本日のおすすめ』の文字が。その下には『内容は店員までお尋ねください』と書かれている。選べないならば、いっそ選ばない。それを二人は妙案だと、すぐに受け入れた。
「あと、セットのドリンクはコーヒーと紅茶から選べるけど……どうする? 私は紅茶だよ」
「コーヒーって、苦いんですよね……? 実はあんまり得意じゃなくて……」
「私はどっちも好きだけど……苦いのは確かだから、初めて飲むんだったらびっくりしちゃうかも」
「……紅茶にしておきます」
「んー、あたしはコーヒーですかね」
「美咲さん、なんていうか大人ですね」
「いやいや、ブラックで飲むならそうかもだけど、あたしちゃんとフレッシュとか入れるから、そんなことないよ」
そこを素直に白状して認められるところがまた大人なんだけど、二人のやりとりを見た花音はそんなことを思ったが、口に出すことはなかった。
「じゃ、これで全部決まりましたかね? すいませーん」
「はい、ただいま! ご注文はお決ま――えぇっ!?」
美咲がつぐみを呼んで注文を取ってもらおうとしたが、何故か彼女はその途中で驚きの声を大きく上げた。何事だ、と三人がつぐみの視線の向く場所へ目を移すと……。
「えー、何やってんの……?」
そこにはガラスに頬をべったりと貼り付けてこちらを見つめる戸山香澄と、通行人の目を気にしながらそれを必死に引きはがそうとする市ヶ谷有咲の姿があった。
参考:超電磁砲の某シーン
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地の文間もっと開けた方がいい
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セリフ間もっと開けた方が
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上記二つとも
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特に問題ない