びじょとやじゅう   作:彩守 露水

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二話同時投稿の一話目です。


第26話「欺瞞の腕前」

「楽しかったですね」

「本当? なら、よかった」

 

 帰りの電車。行きのような失態を犯すこともなく乗り込む事に成功したその中で、三人はぐったりとしながら談笑していた。花音の提案から行く事になった水族館だが、他の二人もおおいに楽しめたようである。

 そのまま感想などを言い合っていると、三人の耳に乗車してから何度目かのアナウンスが届いた。

 

「あ、次か」

 

 告げられた駅名は、聞き落としがないよう軽く心に留めていたもので。

 

「では花音さん、また明日」

「さようなら、花音さん」

「うん、またね。コウくん、美咲ちゃん」

 

 家の所在の関係で、花音を一人残して幸と美咲は、車上からホームへ足を移した。

 電車が遥か遠くに去っていくのを確認して二人は階段を上がる。美咲は預かっていた切符を幸に手渡し、何かやらかさないか最後までハラハラしながら改札を抜けた。

 

 最近めっきり高くなってきた気温に少々辟易しながら、二人は並んで道を往く。時刻は夕過ぎで暑さのピークは既に去っていたが、それでも空気はじっとりとしていた。

 

「やー、暑いね」

「もうほとんと夏ですから。しょうがないですよ」

「それは分かってるんだけどさー? ……あ、ちょっと寄ってっていいかな?」

 

 天を仰ぎながら愚痴をこぼす美咲は、その視界の端にある物が入り、寄り道を提案した。

 

「いいですけど、お買い物ですか?」

「ん、ちょっと夕飯の材料をね」

 

 了承を得て美咲はその建物――スーパーの扉をくぐった。

 

 外の暑さがまるで嘘だったかのように、一瞬で冷えた空気が二人の身体を包む。それを彼女らは心底心地よく感じたが、身体は突然の温度差に驚いたようで、一つ、身震いをした。

 

「ひゃー、涼しー。……けど、これは後々寒くなってくるやつだなぁ」

 

 そう悟って、美咲は早めに買い物を済ませようと密かに決めた。

 入口の脇にあった籠を取り、カートへ乗せる。そしてポケットからメモ用紙を取り出して、書かれている物の置かれているコーナーを順々に周って言った。

 まずは卵。八個入りの百八円のパックを二つ籠へ放り込む。割ってしまわないよう、優しくだ。

 

「お(うち)では美咲さんがよくご飯を作るんですか?」

「いや、そうでもないんだけど」

 

 次はキュウリ。残っている物の中から、できるだけ形の崩れていないものを選び、取る。

 

「いつもは親が作るんだけどさ? 今日はなんか会社に泊まり込みらしくて、妹と弟にご飯作ってやんなきゃいけないんだよ」

「美咲さん、兄弟がいたんですね」

 

 最後にトマトを入れて、レジへ向かう。会計を終えると、取りだしたエコバッグにそれらを詰めていった。

 

「それだけでいいんですか?」

「うん、残りの材料はもともと家にあるから」

 

 予想していた通りに少々冷えてきた手を繋ぎ直して、二人はスーパーを出る。うんざりするような暑さが再び二人を襲った。外はこれだが、先程まではその逆が過ぎる。自分で温度を調節できる我が家が、美咲は恋しくなった。

 スーパーからは、美咲よりも幸の家の方が近い。適当な話をしながら歩き続けていると、先に祖師谷宅が遠目に見えてきた。

 

「あれ、もうこんな所まで来てたんだ」

「本当ですね、気付きませんでした」

「それじゃあ、また――ん?」

 

 幸の家の前まで来て別れの挨拶を美咲が告げようとしたところで、彼女の携帯がポケットの中で鳴った。

 

「もしもし。……はぁ? え、二人とも? いや、別にいいけどさ。誰のところ? ……あぁ、あの子ね」

 

 電話に出た彼女は非常に親しげな口調で話し始める。そこから考えるに、相手は家族だろうか。

 

「はいはい、いいよ。もうちょっと早く言って欲しかったってのはあるけどね。お母さんには? ん、了解。あんまり失礼ないようにね。……はぁ」

 

 半ば投げやりに電話を切った美咲は、疲れた様子で溜め息を吐いた。

 

「どうされたんですか?」

「いや、なんか妹と弟が友達の家に泊まるって、急にさ。お母さんには許可貰ってるみたいだからいいけど」

「な、なるほど」

「はぁ、どうするかなぁ」

 

 右手に掛けられたバッグに視線を落とし、美咲は呟いた。スーパーで買った材料は三人分なので、これでは二人分が余ってしまう。卵ならば人数の分だけ使う事も簡単だが、トマトやキュウリなどの水分の多い野菜は、冷蔵庫を使っても長く持たせる事は難しい。そもそも、美咲が夕飯を作るのだって妹弟がいたからであり、必要なのが一人分だけだったなら出来合いの物か外食で済ませるのが彼女だ。

 

「あー、うーん――あ」

 

 少しの間だけ美咲は唸り、唐突に何かを思いついたようで幸へと視線を向けた。

 

「美咲さん?」

「ねぇコウくん……今から、うち来ない?」

 

 その提案は、当然に幸を呆けさせた。

 

 

 

「お、お邪魔します……」

「誰もいないけどね。いらっしゃい」

 

 あの後、幸は着替えなどの必要なものを黒服に取ってきてもらい、現在奥沢宅の玄関をくぐっていた。果たして出るかどうか怪しかった外泊許可は、いざ電話をしてみると驚くほど簡単に出た。優が何か手を回してくれたのか、それとも父親が自ら許したのかは定かでないが。

 

「んじゃ、パパッと作っちゃうから適当に寛いでてよ」

「は、はい。精一杯寛ぎます!!」

「……なんか矛盾してない、それ? ふふ」

 

 初めての宿泊の緊張からか、支離滅裂な言葉を発する幸を微笑ましく感じながら彼女は台所へ入る。買ってきた材料と、冷蔵庫から取り出した鶏ささみその他を器具と一緒に並べ、美咲は調理を開始した。

 

「あ、そうだ。何か飲み物とかいる?」

「い、いえ! 大丈夫です!!」

 

 調理の途中、リビングのソファーで像のように姿勢を崩さないでいる幸に美咲は何度か声を掛けたのだが、いずれも短い答え以上は返ってこず、大半の時間はただ器具を振るう音が響いているだけだった。

 おおよそ二十分。それだけの時間で美咲の料理は完成した。

 

「おまたせ」

 

 美咲が両手に運んできた皿に盛られていたのは、俗に言う冷麺という品だった。キュウリにトマトに鶏ささみ、卵は錦糸卵とゆで卵の二種が乗っており、彩も良い。ただ、三人分の量を二人で分けているので、若干具が多いように見える。

 

「わぁ、美味しそうです」

「いやぁ、夏の冷麺は美味しいよ? いただきます」

「はい、いただきます!」

 

 忘れずにそう言い、二人は食事を始めた。その間、特筆するような事は何も起こらなかったが、ただ幸は大袈裟なくらい何度も『おいしい』と料理を褒めていた。

 

 夕食を食べ終えると、そこからの時間が流れるのは早かった。食器の片付け、入浴、歯磨きなど、やらなければいけない事をこなしただけで、気付けば時刻は九時を過ぎていた。帰宅した時点で既に七時近くになっていたので、妥当ではあるか。

 

(さて、今から何しようか?)

 

 無難にテレビを見てもいいし、カードやボードゲームに興じるのも悪くない。相手の意見も聞いておこうと、美咲はソファで隣に座る幸へ目を向ける。

 

「…………」

 

 そこで彼は眠たげに目を擦っていた。

 

「コウくん、眠たい?」

「……ぅ? はい、家ではいつも布団に入っている時間なので……」

「そうなの? だいぶ早いね……」

 

 平均的な就寝時間が十一時以降である美咲からすればそれは、驚きの情報だった。彼女の感覚では、まだ今から何かできる時間なのだが。

 

「そういうことなら、もう寝ちゃおうか?」

 

 ここは彼に合わせて健康的な生活をするのもいいか、そう美咲は考えた。

 コクリコクリと舟を漕ぐ幸の手を引いて美咲は階段を上がっていく。朦朧としていた意識が次に浮き上がった時、彼はいつの間にか狭い部屋に立っていた。

 

「大丈夫? 立ったまま寝ちゃう勢いだけど」

「へっ? あぁ、えっと、すいません……。何のお話をしていましたっけ? それに、ここは……」

「ん、あたしの部屋だよ。あんまり眠そうにしてるもんだから、もう寝ようかって話になって」

「そう、でしたっけ……?」

「さ、おいで」

 

 眠気のあまり、記憶まで曖昧になってしまっている幸を、美咲はベッドの前まで引っ張って行き、自分は先に横になる。それから自分の横の相手スペースをポンポンと叩いて、そう言った。

 

「はい……はい?」

 

 判断力の低下していた幸は言われたとおりにベッドの縁に寝転ぼうとしたが、腰を掛けた時点で、なんとか違和感に気付く事が出来た。はてさて、今自分は何をしようとしていたのか、と。

 

「どうしたの、コウくん?」

 

 冷や水でも掛けられたように、幸の頭の中がすっとクリーンになっていく。その、もともとは明晰な頭脳で以って状況を分析し終えると、途端に顔を暗い部屋の中でも分かるほど真っ赤にした。

 

「な、何を自然に一緒に寝ようとしてるんですか!?」

「……? コウくんちっちゃいし、ちょっと狭いかもしれないけど大丈夫でしょ」

「そう言う事を言っているんじゃないんですけど……」

 

 美咲は、彼の言葉の真意を理解できていない様子で首をかしげる。幸の知る限り彼女はもっと聡く、このような天然な発言をするような人物ではなかったはずなのだが……。

 

「って言っても、親とか妹とかのベッドで寝るのもあれでしょ?」

「う、そうですけど……。お布団とかないんですか?」

「布団は……うーん、確か無かったと思うんだよなぁ」

「そんな……」

 

 美咲の言葉に、幸の顔が強張ったが、それでも必死に案を考えている。今度はソファで寝ると言い出しそうな雰囲気を目敏く察知した美咲は、彼が口を動かすよりも前に、その胴に腕を回すとベッドの上に優しき引き倒した。

 

「わっ!?」

「まぁまぁ、いいでしょ。別に一緒に寝るだけ。寝るだけなんだからさ」

「……そういうものでしょうか?」

「そういうもんだよ。じゃ、おやすみなさい」

 

 そのまま、抱き枕よろしく足まで絡めてガッチリとホールドする。それでも疑念を捨てきれない様子の幸の言葉を、しかし美咲はこれ以上は口を利かないとでも言うように遮った。

 

(市ヶ谷さん、どうやら……あたしは嘘が上手いらしい)

 

 押入れには触れさせないようにしないと、そう心のメモに書き加えると、美咲は意識が落ちるその瞬間まで腕の中の感触を楽しんだ。

改行具合、どのように感じましたか?

  • 地の文間もっと開けた方がいい
  • セリフ間もっと開けた方が
  • 上記二つとも
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