「いやー、ね? なんだかんだ色々あって連絡の確認を怠ったあたしも悪いとは思うよ。けどさぁ……」
幸を家に泊め、次の日の朝。
「返事ないのに、突然家まで来る? 普通」
美咲は、自分の家の前で満面の笑みを浮かべている少女に対して、蹴っ飛ばしてやろうかと考えた。
こころがやって来たのは、午前七時というまだ早い時間だった。目を覚ました幸と、朝食と食べた後にリビングで適当に過ごしていると、何の前触れもなくインターホンがなったのだ。しかも、その車内には既に花音、薫、はぐみの姿まであり、全員を拾って来たのなら、かなりの早朝に出発したに違いない。
よくもまぁそんなに早くから活動するな、けど誘いに来るにしてももっと遅くにしてくれ。そんな感嘆と辟易の二感情を抱えて、美咲は話を続けた。
「だいたい、もしあたしがいなかったらどうするつもりだったのさ」
「んー、その辺りはあんまり考えてなかったわね! けどまぁ、いいじゃない。実際に美咲はいたんだもの!」
「……はぁ。それで? 今日は一体何の用で来たの?」
「そうだ、言い忘れていたわ。美咲、今から皆でフネに乗りましょう!」
「はぁ!?」
ふね。その書き方には舟と船の二種類があるが、ここで言われているのはきっと後者なのだろうな、と美咲は口頭だけで予想がついてしまった。すなわち、動力を人の手に頼らない、機械のものだ。
「っていうか、何で急に船なのさ。ちょっとでも、そんな話してたっけ?」
「理由? 今日はとっても天気がいいでしょう? だから、船に乗ると絶対に気持ちがいいって思ったの!」
「あ、そう。……はぁ、着替えてくるから、ちょっと待っててね」
それは、あまり関係があるとは思えない理由だったが、美咲が反論する事はない。どうせここで自分が何を言っても、同行する未来は変わらないだろう。そんな諦めの感情が、彼女からは見て取れた。
踵を返して家の扉に手を掛けるが、そこで背後からこころの声が追加で投げられた。
「この後、コウも迎えにいかなきゃだから、なるべく急いでちょうだいね!」
「あー……」
一瞬、『何を言っているんだ』と疑念を持った美咲だったが、それを口に出す前に、なんとか気付く事が出来た。
(そっか、うちにコウくんがいるの、皆知らないんだっけ)
「その必要は、ないんじゃないかな」
「……?」
特に理由はないが、敢えて意味深な言葉を残して家へ入った美咲は、数分後に幸と共に同じ場所から現れ、四人を驚かせた。
そして、黒服の女性が運転する車の中。まるでホテルの一室かと錯覚するほど設備の整ったそこで、六人は思い思いの時間を過ごしていた。
「コウくんは、美咲ちゃんのお家に泊まってたんだね……」
船は初めてだと興奮するはぐみにその良さを薫が語る傍ら、花音がそう口にする。ただ、その雰囲気は何処か明るくなく、叱責や非難という類ではないが、暗い空気を纏っていた。
「あの、花音さん。なんて言いますか……」
その正体がなんとなくわかってしまい、美咲は気まずそうだ。
半日程を三人で共に過ごし、その後きれいに別れたと思えば、実はその二人はお泊まりをしていた。
(羨ましいやら妬ましいやらで、自分も、と言いたいけど図々しいかな、とも考えて言いだせない……ってところかな)
そんな完璧に近い分析をしてみせた美咲は、拙い弁明をする。
「もともとそんな予定はなかったんですけど、なんか急に決まっちゃって……」
「ううん、いいの。別れてすぐにお泊まりの話なんて、しにくいもんね」
だが、そこは先輩。自分の気持ちを割り切り、花音は笑って許した。
「みんなー、楽しんでるかしら?」
「あれ? こころん、かわいい服着てるー!」
そこで、奥の部屋から――車内で部屋というのもおかしな表現だが――こころが姿を現す。その服装は、はぐみが驚いた通り、いつの間にか真っ赤なドレスに変わっていた。普段から服装は一般人と変わらない物を身につけているだけに、ドレスを纏った彼女はお嬢様だという事を強く主張している。
曰く、こころは船に乗る時は決まってこの服を着ているのだと。
車に揺られ、かれこれ数時間。太陽がかなり高くなり、トランプをする事にも飽いてきたところで、ようやく車が停止した。
運転手とは別の黒服が外から扉を開けると、しばらくぶりの風が一気に中へ吹き込んでくる。日光避けに、額に手を当てながら美咲が車を降りると、そこは何処かの港のようだった。
「うっわぁ! おっきー!」
「ん? あの船、『スマイル号』と書かれているね。あれに乗るのかな?」
「うーん……みたいですね、はは」
薫が言って指差す先には、今まで映画でしか見たことも無いような、巨大な客船が停泊している。実はこの船、かなり遠くの時点でも車の窓から見えていたのだ。実際に近くに行って、小さめのクルーザーなどが他に泊まっていないかを確認するまで希望を捨て切らないぞ、と心に決めていた美咲も、この光景を目の当たりにして認めるしかないようだった。
「こ、これに今から乗るんですか?」
案の定、幸は美咲の隣で、船体を見上げて唖然としている。船、どころか海を見たことがあるかさえ定かでない彼の境遇を考えれば当然の反応だろう。
「驚いた? ……って言ってるあたしもびっくりしてるんだけどさ。まぁ、ハロハピにいる以上はこれくらいの事は日常茶飯事みたいなもんだよ」
「これが日常茶飯事……」
「はぐみがいっちばーん!」
その時、はぐみが一人、船の入口へ突撃して行った。美咲、花音、幸の三人が衝撃に動けない中、動じずに一番槍を飾ってみせるのは、さすがはぐみと言ったところか。
「あぁ、ずるいわ! 皆も早く行くわよー!」
「あはは。美咲ちゃん、コウくん、私たちも乗ろう」
「は、はい!」
「そうだね、いきますかー」
いつも通り過ぎる二人の言動に、すっかり硬直を
「みんな乗ったようだね。よし、それじゃあ私も――ん?」
その後ろ、誰の目も向いていない殿で薫に声を掛ける存在がいたようだが、それに気付く者は一人もいなかった。
「すっごいすっごいすっごーい!」
「確かに……これはすごい」
ぞろぞろと、並んで船に乗り込んでいく六人。そのまましばらく歩いていき、美咲たちはようやくホールに相当する場所へ辿り着いた。
中央にはいかにもなグランドピアノが鎮座しており、天井は二階、三階へ、吹き抜けている。細部の細部まで装飾の行き届いた壁をシャンデリアが照らす様は、見る者の語彙力を奪い、シンプルな賞賛以外を吐けなくするような魔力を持っていた。
窓から遠方に見える街並みは、残念な事に今はそうでもないが、夜になれば惚れ惚れする夜景に早変わりすることだろう。
「ねぇ、こころん、これから何をするの?」
「そうね……今はお日様がとっても気持ちいいから、とりあえず甲板に出てみましょうか。何をするかは、それから考えればいいわ!」
「わかる! 今甲板に行ったら、はぐみも絶対気持ちいいと思う!」
「よーし、そうと決まれば早速――」
甲板に行くわよ、そうこころが続けようとした瞬間――世界が暗闇に覆われた。
「わぁっ!!」
「きゃっ!?」
「ひっ?!」
停電でも起こったのだろうか。先程までは空いていたはずの窓も、
わーわーと騒ぐはぐみを適当になだめながら、美咲はきっとあるだろう予備電源が機能するのを待った。
「……あ」
果たして、彼女の予想は的中し、一分も経たずに電気は再び点く。
「復旧早いなぁ。さすが豪華客せ――は?」
正常な視界を取り戻した美咲は、驚嘆の言葉を吐いたが、それは途中で切られる事となる。何故なら……。
「ようこそ! 豪華客船『スマイル号』へ」
暗転する直前までは確実にいなかった何者かが、目の前に立っていたから。
「だ、誰!?」
「うーん、あたしの知り合いではないわね!」
黒を基調に、アクセントとして金のあしらわれた外套を羽織り、同じく黒の、花飾りが目立つハットを被っている。マスカレードマスクから覗く瞳は澄んだ赤色で、紫色の髪が……。
「私の名前は、怪盗ハロハッピー。今宵、あるものをいただきに参上したのさ」
(名前ださっ!? ってか、声といい見た目といい、服装以外完全に薫さんじゃん)
その色々と残念な感じに美咲は内心でツッコミを入れるが、はぐみとこころの二人は正体がまったくわかっていない様子だ。どころか、怪盗をハロハピに勧誘さえしてしまう始末で、状況を理解できている美咲からすれば、バンドメンバーをバンドに誘うというおもしろくもない茶番にしか見えなかった。
「ところで怪盗さん、その『あるもの』って一体なにかしら?」
「それは……ふふ、今はまだ教えられないね」
こころの問いに答える事なく、怪盗は含み笑む。それから外套を派手に翻し、よく通る声で美咲たちへこう語りかけた。
「それと、綺麗な水色のお姫様をさらわせてもらったよ!」
『……!?』
『水色のお姫様』と言われてこころたちの頭に一人の人物が浮かび上がる。慌てて振り返って探してみるが、怪盗の言う通り目当ての姿は何処にも見つけられなかった。
「本当だ、かのちゃん先輩がいないよ!?」
「怪盗さん! 花音をいったい何処へやったの?」
「ふふ、ここではない何処か、さ。心配しなくても危害は加えないよ。もし君たちが私を捕まえられれば、お姫様は返そう。まずは、カジノで待つ!」
怪盗は居場所を言い残し、走り去っていってしまった。
「急いで追いかけるわよ!」
「あ、こころん待ってー!」
「やれやれ……。何で薫さんがあんなことしてるのかは知らないけど、とりあえずは言う通りにしておこうか。ちょっとー、二人ともカジノはそっちじゃないよ! ……はぁ」
全力で駆けていく二人が、見事なまでに反対方向へ向かっている事に気付いた美咲は急いで、それを呼びとめる。そして、これから起こるだろう事を想い、溜め息を吐くのだった。
「行くよ、コウくん。……コウくん?」
幸からの返事がなく、おかしいと感じた美咲が振り返る。
そこに幸の姿は――なかった。
―――――――
「……ふぅ」
怪盗ハロハッピー、もとい瀬田薫は、ある部屋の前に立っていた。
船に乗る直前、黒服の人たちに一芝居打つよう頼まれた彼女は、見事その役を演じきってみせた。おかげで、『こころを楽しませる』という目的は既に十分以上に達成されている。
「十分に楽しませる。それも悪くはないが、どうせなら十二分に観客を楽しませるのが、一流の役者というものだ」
誰に言うでもなく一人呟いた薫は、そこで待ち人の到来を察した。
「やぁ、お疲れ様。首尾はどうだい?」
「それが、実は……」
やってきたのは、いつもこころの周囲に控えている黒服。彼女たちは起こした停電の内に花音をさらう役目を担っていたはずなのだが、どうにもその表情は芳しくない。何か問題が起こったのは明白で、その口が説明をしようとする。だが、それを薫は手を突き出して、制止した。
「いや、何も言わなくていいさ。なに、多少の問題くらいなら私がどうにかしてみせよう」
そう言って、薫は自信満々に扉を開ける。そこには、予定通り可憐な恰好へ着替えさせられた、まさにお姫様が椅子に座っていた。
「……ふむ」
ただし、
「うん、まぁ……そうだね……。お姫様が二人というのも、えぇっと……一興さ?」
『ふ、ふえええええ』
花音と幸の情けない声が、部屋中に響き渡った。
美咲と花音とばっかり絡んで、ハロハピ全体の描写が最近薄かったなー、と感じたので『怪盗ハロハッピーと豪華客船』編スタートです。話の都合上、原作ストーリーと何点か相違があります。現時点では
・時間が夜→時間が朝
・停電後、薫が花音をさらう→停電中に黒服がさらう
・怪盗の去り際に美咲が正体に気付く→すぐ気付く
・花音がさらわれる→花音と主人公がさらわれる
改行具合、どのように感じましたか?
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地の文間もっと開けた方がいい
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セリフ間もっと開けた方が
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上記二つとも
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特に問題ない