びじょとやじゅう   作:彩守 露水

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第30話「勝負の行方」

「カジノに着いたわ!」

「わー、金ピカだ!

「はぁ、ようやくだよ……」

 

 三人が怪盗の指定した場所になんとか辿り着いた時、美咲は既にげっそりとした様子だった。原因はもちろん左右にいる二人なのだが、かと言って彼女らが元気を吸い取ったなどということではない。

 まず、こころ。そもこれは自家用の客船で過去に何度か乗った経験があるという発言をしながら、てんで的外れな方向へ何度も走りだし、その度に美咲が追いかけて捕まえた。

 そして、はぐみ。船に乗るのは初めてだと堂々と宣言しておきながら、謎に自信満々な様子でこころとはまた別の方向へ駆けだす。

 二羽を追って結局は……。そんなことわざもあったはずだが、そもそも片方を得ることさえ困難な状況では一体どうする事が正解だったのか。

 いつまでも進まないどころか、むしろ戻っていく一行を見かねた黒服がわかりやすく札を立てた事で事態は収束したが、それがなければどうなっていたことやら。

 

(にしても、この船広すぎでしょ。こんなのを気持ち一つでポンポン動かせるんだから、ほんっとこころは――)

『怪盗さん! 花音を返しなさい!』

「うわっ、急に叫ばないでよ。びっくりするなぁ」

 

 乱れた息を整えながら美咲が考え事をしていると、突然はぐみとこころがそんなセリフを叫ぶ。それは完全な不意打ちとして、美咲に耳を叩いた。

 

「……って、あれ? 怪盗いないよ?」

「本当ね。場所を間違えてしまったかしら? カジノって言ってたと思うのだけど……」

(あたしも聞いたし、それは間違いないはずなんだけど……)

 

 その時、絶対にそうあって欲しくない仮説が美咲の頭に思い浮かんだ。

 先程も彼女が考えていた通り、この船は広い。二人に振り回されて美咲もいくらか探索をしてみたが、きっと船内の一割だって踏めていないだろう。なら、同じ機能を持つ施設が複数あってとしても決して不思議ではない。

 

(もしかして第二カジノとか第三カジノとかあって、集合はそっちとか――)

「待たせたね。ちょっとトラブルがあったんだ」

 

 だが、その懸念は嬉しい事にただの杞憂へと成った。

 声のした方へ顔を向けると、いつのまにか現れた怪盗が得意げな顔で台の傍に立っている。するとこころが、その姿を目にするなりピッと指を突き出して、こう言い放った。

 

「カジノに来たわよ! さぁ、花音を返してちょうだい!」

「ふふ、残念だけど、すぐにという訳にはいかないね。お姫様たちには今、別の場所で待ってもらっている。返してほしければ、少しだけ私に付き合ってもらおう」

(ん、()()()()()……?)

 

 何気ないこころと怪盗との会話の中に、美咲は耳聡くある部分を切り取った。

 

「その言い方、やっぱりコウくんもあんたがさらったんだな、怪盗」

「あ、あぁ、そういえばさっきは言い忘れていたね。そちらのお嬢さんの言う通り、純白の姫君も私の手の内、さ」

(言い忘れてた……あの薫さんが?)

 

 美咲の強い物言いに怪盗はそう答えたが、彼女にとってその回答は少しだけ違和感を覚えるものだった。

 普段は何処か抜けており、こころとはぐみと一緒くたに美咲から三バカと呼ばれている彼女だが、こと演技に関しては完璧超人と称しても過言ではない程のものを持っている。

 

(いや、セリフ自体は結構勝手に変えたりはあるけど、そうそう内容を間違えたりはしないと思うんだよな……)

 

 なら、考えられるのは万一を引いてしまったか、或いは……。

 

(あの時点では把握してなかった……花音さんをさらったら、一緒にコウくんもついてきちゃったとか? いや、ないか、そんなリアル一石二鳥みたいなこと)

 

 荒唐無稽なようで、その実かなり正確な推理をした美咲は、しかしそれが事実であると気付く事も無く思考をやめた。

 

(過程は分からないけど……まぁ、コウくんの安全がわかっただけ良しとしよう)

「いったい、どうしたら二人を返してくれるの?」

「そうだね。ここは一つ、私と勝負でもしてもらおうか!」

 

 怪盗の言葉に釣られてカジノ内を見渡してみると、スロットからルーレットまで、一般に賭け事へ言い含められるものが多く目に入る。美咲は、一番近くにあったルーレットテーブルの上に山と積まれたある物を、一枚手に取った。

 

(なるほど、いらない心配はしなくて良さげかな)

 

 それは両面に大きくスマイルマークの描かれた、おもちゃ感の強い銀のメダルだった。きっと何処へ持っていっても貨幣価値は生じず、また換金も叶わない代物に違いない。

 聞きかじりの知識となるが、世界的には未成年の入場、そして日本ではそもそもカジノという存在自体が禁止されていたと彼女は記憶している。だが、メダルを見る限り、このカジノは子供のお遊戯の延長のようなもので、法に引っかかる事はなさそうだ。もっとも、仮にそういった事態に陥っても、弦巻家の力でどうにかしてしまいそうな気がするが……。

 

「勝負ね、わかった! ソフトボールでいい?」

「…………」

 

 いつもは一緒になって馬鹿をやっている二人。だが、いざはぐみが敵に回って、怪盗()はその厄介さを苦く噛みしめている様子だ。

 

「そうだね、せっかくカジノにいるのだからルーレットなんてどうかな。私に勝てればお姫様を返そう」

 

 彼女が一体どう切り返すのか、内心で少しの期待を美咲は寄せていたが、怪盗ははぐみの意見をまるでなかったかのような態度を取った。

 

「ルーレットって何? どうすれば勝ちなの?」

「ちょっと、ルーレットなのは構わないけどはぐみがこんがらがるようなルールはやめてよね」

 

 判明した種目に、美咲ははぐみの頭のできを思って釘を刺した。なにせ、歴史のテストで『わからないところは織田信長で埋めれば一つは合う』などと、冗談抜きで言ってしまうような彼女だ。ルールに微塵でも数学的要素が混ざれば、それだけで敗色濃厚になってしまうだろう。

 

「大丈夫。赤か黒からどちらかを選んで、ボールの落ちた方が勝ちの簡単なものさ」

「どっちか選ぶだけ? ならはぐみ、赤がいい! 勝利の炎の色だからね!」

「そ、即答!? ……いや、まぁいいのか」

 

 幸いな事に、その内容は至極単純なものであった。ルールを理解してからノータイムで赤を選んだはぐみに、もっとよく考えるよう美咲は注意しようとしたが、直前で思いなおした。ここにいるのは知識も経験も皆無な者ばかりで、ない考えを捏ね繰り回しても時間を無駄に消費するだけだろうから。

 

「なら、私が黒だね。ディーラー、回してくれ」

「ドキドキするわね! どっちになるのかしら?」

 

 怪盗の指示を聞いて、一体いつからそこにいたのか、黒服の女性がルーレットへボールを放った。

 それは放物線を描きながら盤へ着地し、まだ赤と黒をごちゃ混ぜにしながら回る中心部の外周を、それとは逆方向へ走る。

 次第に、ルーレットが勢いを無くしていくとボールは円内へ入り込み、何度か体を跳ねさせながら赤と黒に冷やかしを繰り返した。

 一同が緊張の面持ちでルーレットを見守る。未だ中心が余韻の小走りを続ける中、ボールが一足先にカランと軽い音をたてて立ち止まった。

 

「決着だね。さて、ボールは……」

「あ、黒……」

 

 果たして、勝利の女神は怪盗へ微笑んだようだ。黒服と怪盗からは安心の、美咲たちからは落胆の息が漏れる。

 

「ふふふ、私の勝ちだ。というわけで、お姫様はまだ返せないな。次は……そうだな、シアターで君たちを待っているよ。さらば!」

 

 怪盗はそう言い残して、さっとカジノを出ていってしまう。

 

「あ、また行っちゃった! 次はシアターだって。早く行こう、こころん、みーくん!」

「えぇ、花音たちを助けなくちゃ!」

「もう、二人に付いてくの大変なんだから走んないでって……」

 

 駆け足で扉から出ていく二人を、美咲は必死になって追った。

 




『おだのぶなが』で変換したら最初に『小田信長』って出て、『あぁ、うちのパソコンははぐみレベルか……』ってなりました。

改行具合、どのように感じましたか?

  • 地の文間もっと開けた方がいい
  • セリフ間もっと開けた方が
  • 上記二つとも
  • 特に問題ない

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